おまえは犬のように吠えたのか?

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梗 概

おまえは犬のように吠えたのか?

「カンタンにできる地球征服方法」にはただこう書かれていた。

“我らの戦闘員2名を人型の幼児とさせ、赤ちゃんポストに放置せよ。あとは彼らの能力もってすれば、成人となる頃には容易に地球を征服しているだろう”と。

男の赤ちゃんとなった地球外生物の二人は、別々の子供がいない家族へ引き取られていった。

一人は小学生のうちから超越した運動能力を見初められ、5レンジャーの一員(四人と一匹)ホワイトとして、悪の結社と闘っていた。

もう一人の男の赤ちゃんは照美といい、日曜朝7時にTVで5レンジャーを見るのが一番の楽しみだった。部屋にはグッズを飾り

毎日5レンジャーのことを考えるだけで、幸せになれた。

ホワイトは毎週、悪の結社と戦闘を繰り返していた。その日も悪の結社から女の子を助けたが、一般人の車輛を7台破損させたため、リーダーは、上司へ始末書を作成した。ヒーローも悪の結社の戦闘員も同じグループ会社員として働いていたのだ。

照美はホワイトが特に好きで彼の写真を持ち歩いていた。同級生からは度々照美の女っぽい仕草をからかわれれていた。高校生になると、照美は自分で女の恰好で生活するようになった。

正義について悩むホワイトの戦闘は、飽きられていた。そんな時、不注意で首領を怪我させてしまうと、会社からは、番組の打ち切りを告げられた。

照美は姫のコスプレをするようになった。姫コスプレが評判となり,悪の結社のオーディションを受けると、彼女は2代目悪の首領に選ばれてしまう。照美はホワイトと共同で戦闘シーンの練習をするために、マスクを被った本物のホワイトに出会う。ヒーローと悪の首領は度々ランチデートを重ねた。

最終回の対決では、素顔の2代目首領の人気が爆発した。打ち切りは取り消され、彼女を主役にした番組となる。決闘以外での照美の言動にも人気が出て、その人気から政治家となっても成功し、企業経営でも成功し会社を世界的企業へと躍進させたていった。まもなくヒーロー番組には興味がなくなり出演を止めるが、最後の収録で、ホワイトの後ろ姿をいつまでも見つめていた。

忙しくても見続けていた番組だったが、日曜朝七時になって放送が無いことに気づいて驚き、身体が動かなくなる。照美は何をやっても失敗を重ね、それが原因で全てを失ってしまう。照美は富士の近くに一人で引っ越した。

ホワイトは同じ会社で総務担当となっていた。彼宛ての番組復活依頼が書かれた手紙を読み、悪の首領から自分への思いを知った。彼はマスクを被り大声で吠えた。

彼は、そのまま飛び上がり富士の麓へ向かった。照美を見つけると空中から照美目指してパンチを見舞わした。飛ばされた照美も嬉しそうにホワイトへ向かっていった。ヒーローと悪の首領の壮絶な戦いが始まった。

その時、自分たちが生まれた星の宇宙船が、こちらへ向かってきているのが、二人にも見えた。

それでも彼ら二人は幸せそうにいつまでも殴り合っていた。

文字数:1202

内容に関するアピール

10年くらい毎年フジロックに行っていた頃は、一年中毎日フジロックのことを考えて、わたしはニコニコしていた。旅行や他人と一緒の行動が苦手なはずが逆にそれが楽しみにすらなった。ただ10年たったある年のある会場で大雨が降りだして、「あ、ここはもうわたしの場所ではない」と突然感じて長い間わたしは冷たい雨の中を動けなかった。急にそこはわたしを受け入れてくれる場所ではないように強く感じたのだ。「もう、ここに助けはこない」と。

「ヒーローへの一方的な熱い思い」「突然ヒーローがいなくなる喪失感」「ヒーローと悪の首領の恋愛」「真の正義と悪とは何か」が書かれるはず。
フジロックに行かなくなって数年の夏を過ごすと、フジロックこそが、わたしのヒーローだったのかもしれない。フジロックで一番みたのは、この「渋さ知らズ」彼らの音楽を聴けば何時でも、あの時のあの匂いを何時でも思い出せる。見よ、不破さん渾身のこの一撃を。

文字数:397

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おまえたちは、犬のように吠えたのか?

簡単にできる地球侵略ガイドブック第一版」には、ただこう書かれていた。

1.我々の二体を地球人型幼児とする。
 2.彼らを『赤ちゃんポスト』に置く。
 3.地球時間で35年間待つ。

地球時間の35年間というのは、この侵略ガイドブックを作成した地球外生物にとっては一瞬でもあり、一瞬という時間概念が存在しない彼らにとっては、その赤ちゃんポストを置く国の広く周知された言語で言い換えると、「お湯を入れてあとは待つだけ」と感覚的には近かった。実際彼らは地球侵略と同時に地球人よりは格段上級と想定したいくつかの惑星侵略を進めていた。そういうわけで、彼らが下級生物と見做した今回の地球侵略の方法は多少大雑把で杜撰さも帯びていたが、彼らなりに過去の失敗から改善を施していた。数千年前から地球へ夥しい数の仲間を送り込んでいたが、みな侵略半ばで夢途絶えていたのだ。そのため、今回の大きな改善策とは、「二体を同時に」地球へ送ることだった。惑星を侵略する目的は、彼ら自身の満足感を得ることだけであったが、さすがに今度の侵略に失敗した場合は、「ぜつゆるだ」*1と一人の地球外生物は両手を挙げて声を上げた。

 👍0歳

彼らが派遣した双子の男の赤ちゃんは無事に鹿児島の赤ちゃんポストに届けられた。ぎゃあぎゃあ泣き叫ぶ双子が入ったバスケットには、ただ一枚のメッセージカードが添えられ、メルセデスベンツのマークの上に「なかよくしようぜ」とだけ書いてあった。看護師たちはなぜベンツのマークなのかと言い合っていたが、双子の彼らは赤ちゃんらしく泣き声を出しながらも、それは彼らの仲間(ぜつゆる*1と言った奴)がベンツマークとピースマークを書き間違えたのだろうと察せられる程度の文化知識は既に持ち合わせていた。

程なくして、一人の男の子は千葉県舞浜に住む大手SI企業に勤める子供のいない夫婦に引き取られ、シロと言う名前をもらった。母親がただ白色を好きで名付けたのだが、実は同居している雌ラブラドールレトリーバー犬1歳(チョコレート色)の名前もシロと名付けられていが、これを機に彼女はシロからチョコへと名前を帰られてしまったが、彼女は、なしよりのあり*2といった体であった。夜8時30分のベランダから花火が見える海辺のマンションに住み、母とともに海辺まで一日三回チョコと散歩をして帰りに犬用ガムをチョコと奪い合うことが日常な、凡そ舞浜住民と同様の幸せな幼児期を過ごしていた。取り立てて、彼の幼少期に特記すべきことは無かったが、しいて言えば、母と父の不在な時に、彼は雌ラブラドールレトリーバー犬のチョコに対してコミュニケーションを取ることに夢中になった。シロはチョコの吠え声を理解し、チョコはシロの日本語をそれなりに理解できるようにはなった。ただ、シロが少し真剣に愛と平和について語ろうとすると、チョコは決まってハアハアと涎を垂らしながら「そういうの、わたし興味ありませんから」と言うだけだった。

一方もう一人の男の子は、シロが引き取られた翌日に東京都西葛西の、住民の9割はインド人が占めるUR賃貸住宅に住む子供がいない夫婦に引き取られ、クロという名前をもらった。父親は金融関係の仕事をし、母親は二ヶ月だけ家でクロを育てたが、その後すぐに元のスーパーへ働きに出始め、クロは隣に住むインド人家族に預けた。このUR住宅の自治会では働きに出る若い母親のために何人かのインド人女性達が昼間は子供を預かっていた。クロの隣に住むインド人夫婦も共働きで、夫の母親が孫と一緒に0歳児の子供二人の面倒を見ていた。クロもそこの家に預けられ、すぐにインドなまりの英語とヒンディー語とネパール語を習得し、インド神話の世界とカリースパイスの用法にも精通するようになった。

クロがインド神話に惹かれたのは、そこの神々に自分たちの仲間の誰かがいるように感じたからだった。実際に、無限とも言えるインドの神々について、インド人宅の書籍を眼球スキャンし、「マハーバラタ」を暗唱できるようにすらなっていた。しかし、多くの神々が行う夥しい殺戮と性交には多少の興味を持ちつつも、自分とは異質な物を感じていた。インド神話の他にも、中国、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカと神話の中に自分の仲間を見つけようとして読み漁った結果、世界各国の言語と歴史を学ぶことができたが、どこの神話に現れる神も、自分と似ているようで何かしら決定的な物が異なっていると感じていた。クロが教えられた過去の地球侵略の失敗原因は、「ちょっと運が悪かっただけ」ではなく、正義が邪悪に勝てないこの地球世界の成り立ちにあった。じきに一歳になるクロはこの邪悪の本質に関して知ることにも興味が傾いていった。0歳から自分の能力を周りに知らせないことを第一に考えていたクロは、隣のインド人が飼っている猫以外には、誰からも不審がられなかったし、クロ自身も地球人の0歳生活を享受し、両親からの適度な愛情に喜びを感じていた。毎週末、両親に連れられて葛西臨海公園へ行き、夕方になると観覧車に乗って父の膝の上に抱かれて舞浜のディズニーランド方向を眺める生活を楽しんでいた。

  👍 1歳

まだ夜の帷が降りる前に、全ディズニーランド施設の照明が一斉に灯す光と、海に沈みかけている夕日が重なって、夢の国全体が黄金色に染まる瞬間を観覧車から見るのが両親のお気に入りだった。そして観覧車が最上部に上る瞬間に決まって二人はキスをした。クロが一歳を迎えたその日も、観覧車からディズニーランド方向を父の膝の上で見ていると、クロは突然涙が頬を伝わって落ちるのを感じた。それは人があまりに美しい物を見たときの感じる“多幸感”によるものだろうとクロは理解したが、またそれは一歳の地球人幼児の自然な行為ではないとも察し、慌てて一歳児らしい鳴き声をあげて、両親の気を引いた。クロを抱き上げてあやす母親をみて、観覧車が最上部に登ると、やはり父親は幸せそうに母親にキスをした。クロは一歳の誕生日に、口に出せる全ての単語、「パパ、ママ、チュウ」を泣きながら口にすると、父親と母親もなぜだか涙ぐんでしまった。

クロが葛西臨海公園の観覧車が頂点に登って母親とキスをしていた父親の膝にいたその瞬間、シロは自分の家のベランダで目から光線を発射できることを知った。ただ、この光線はシロが意識して出そうとして出した光線ではなかった。シロの家のベランダから丁度ディズニーランドのシンデレラ城が見えたが、このシンデレラ城の先端と自分がたっている位置が地上、123メートルであることが目測で正確に計測できた。さらに視線を右方向へ向けると全く同じ高さ123メートルの場所に葛西臨海公園の観覧車の最上部のゴンドラがあった。またこの葛西臨海公園の観覧車とディズニーランドのシンデレラ城を結ぶ直線距離は正確に3キロメートルであり、このシンデレラ城から自分がいるマンションの直線距離も正確に4キロメートルであり、この二本の直線の交わる角度は正確に90℃であることも計測できた。すると、ピタゴラスの定理c2=a2+b2を当てはめるまでもなく、目測にて正確に直角三角形の斜辺である、マンションのベランダと観覧車のゴンドラ間が5キロメートルであることが瞬時に計測できた*3。しかも、自分の家のベランダで母親に抱かれて眺めている場所A点と同じ高さにある、葛西臨海公園の観覧車ゴンドラ最上部のB点、ディズニーランドのシンデレラ城尖点*4のC点の距離が全て完全整数で表せることにシロは感動していた。如何に世界は、都合の良い数字で美しく成り立っていのだろうかと。この時、シロの父親の会社のプロジェクトリーダは、昼間クロの面倒を見てくれているインド人の息子であったが、そこまでシロが推測をすることは不可能であったし、それはこの物語と全く関係がなかった。結局のところ、シロの目から出るビームとは、三点の距離を計測する能力があったのだ。数字を話すことができるようになったシロが「さん、よん、ご」と指を開いて数字を示しながら声を出すと、母親はベランダでシロを抱きながら一緒に「さん、よん、ご」と声に出した。「ごー、ごー、5」

  👍5歳

日本の日曜日の朝七時半、子供達はみな、「巨人戦隊5レンジャー」を見るために、テレビのブラウン管モニタの前に座った。クロもその一人で、ドラマの内容には微塵も惹かれるものはなかったが、このドラマの主人公であるホワイトが登場すると、わけもなく胸が苦しくなり、あの1歳の誕生日に悲しくも痛くもないのにゴンドラに乗って夕日に包まれた夢の国ディズニーランドを見ると涙した瞬間を思い出した。人間の体というのは幸福が溢れると涙が頬を伝わるのだ。

ただ、ひとりの男の子は絶対に日曜日の朝、テレビの前に座ることはできなかった。自分が番組に出演していた5レンジャーのホワイトだからだ。

シロが5歳の時に入った「運動塾」は、一方で体操競技の国際大会に出場する選手を輩出しながら、一方では、アトラクションのタレントを育成していた。シロの親は、一般的な習い事の一つで運動クラブに入れたつもりだけであったが、シロにとっては、控えめな能力を出しているだけでも、すぐに運動塾中の注目を浴びた。特に体操競技の床運動を教えていた元五輪のブロンズメダリストは、自ら演じてみせる宙返り技を即座に反復できるシロの才能に惚れ込み、この子供に日本の体操競技の未来を託そうと考えたのだが、運動塾千葉塾長の考えは少し違っていた。知り合いのプロデューサから、本物の並外れた能力を持つ役者を探してほしいと頼まれていたのだ。プロデューサは、千葉塾長に並外れたという例を説明するのに、築地の朝呑みでウーロンハイを呑みながらこう説明した。「たとえば、目から光線を出すような奴ね」

千葉塾長にオーディションと聞かされて連れられた場所は、豊洲駅の上に立つオフィスビルで、最上階の大きな円卓がある会議室だった。窓からはレインボーブリッジとお台場の先にある横浜までが見渡せた。24人が座る円卓の上には各自の名前のプレートが置かれ、シロが案内された前には四角錐の全面に「ホワイト」と書かれていた。シロがそこの前に立つと、スーツとネクタイ姿の年老いた男達が起立して拍手で迎えた。プロデューサの男が「巨人戦隊5レンジャー」最後のホワイト役として、シロを紹介した。そしてその隣から、車椅子の女子高生パープル、80代の男シルバー、柴犬のブラウン*5、OLスーツの女グレーを略歴と合わせて、5レンジャーでの役柄も紹介した。プロデユーサが、パワーポイントでプレゼンを始めようとする前に、シロが手を上げた。「この“巨人戦隊”って、どういう意味ですか?」「そりゃあさ」とプロデューサは右目つむり右唇の先を持ち上げて言った「巨人になって戦うからだよ」「やっぱり、そうかあ」とホワイトになったシロは玉葱の房のような天井を見て言った。

プロデューサ本人がジョブズ級だと信じ込んでいる一時間に及んだプレゼンテーションを要約すると、およそこういうことだった。

厚生省と文部省の共同外郭団体の中に存在する一課、「巨人戦隊課」とは、巨人になる(かもしれない)ヒーローが悪と戦うために作られた5人の戦隊を補助するボランティアグループおよそ5000人からなる。早瀬久美千葉県知事絶賛協力のもと、5人の各々の特技を使ったリアルな闘いが、京葉線、東西線、総武線、京成線の沿線及び駅構内や車両内を巻き込んで繰り広げられる。フレッド・ホイル現象を使用し、闘いは時の狭間へ移行され*6、生物が存在しない同地形による闘いとなる。土曜日撮影、日曜日の朝までに編集して本放送。出演者も同時に吹き替え。未成年者の深夜労働についても本件は、緊急施行された“巨人戦隊法”が優先。夜食は和の鉄人による胃に優しい雑炊、朝食はフレンチの鉄人によるビュッフェ。出演者による不祥事などが発生した場合は、即座に降板とし、可能であればすぐに代役を立てる。パワポのスライドが終了した後、プロデューサは、両手を広げてこう言った。「巨人戦隊課の活動目的は、1.継続的な番組高視聴率。2.フレッド・ホイル現象を使い、宇宙マイクロ波背景放射*7の観察から宇宙メッセージを解読。3.子供達に正義と愛を伝える」と聞くと、ホワイトの瞳は燦然と輝いた。5レンジャーの一人パールが挙手をしてから質問をした。「悪の首領。ってさ、どこにいて、どういう奴なの?」

豊洲の42階で巨人戦隊課会議が行われていた正にその時、同じビルの19階社員食堂スペースを使って、悪の結社キックオフミーティングが開かれていた。齢80は越えている悪の首領が、作業服を着た高齢な悪の結社構成員たちと白い調理服を着た厨房係たちを前に手書きのフリップを使って説明をしていた。内容は、巨人戦隊課のプロデューサの発表と全く同じだったが、孫がクレヨンで書いた手書きのイラストで見る物の心を和ませていた。首領は説明が終了すると、腰に手を当てゆっくりと立ち上がってから両手を広げてこう言った。「悪の結社の今期目的は、1.正義のヒーローを立てる。2.気の利いた負け台詞を吐く。3.子供の心を捨てきらない大人共へ、真の正義とは何かを思い知らす」その瞬間、ランチタイムを知らせるルロイ・アンダーソンの「タイプライター」*8が流れて、厨房係たちは慌てて持ち場へ戻った。

👍

「巨人戦隊5レンジャー」第一回放送の「京葉線は総武線の夢を見るか」撮影中にロケバスで主役の5人と悪の首領ゲルニカが一緒にロケ飯を食べていた。全員がそれぞれの色をメインにしたパワードスーツを着ている。犬のブラウン*5も。ブラウンだけはロイヤルカナン低脂肪用を食べて、こう言った。「みんな、夜中に油物はよくないよ」女子高生のパープルは答えた。「夜食は、和の鉄人が作った雑炊だから」老人のシルバーが重ねて言った。「プレゼンを聞いてなかったのか?」OLのグレーが電車内の撮影シーンを思いだして言った。「あの、優先席の前に悪の構成員が立って座っている若者を脅しつけるって、悪が小っちゃすぎ」「どうして、あなたはグレーなのですか」「わたしはスパイだからグレー」「え。何の何に対するスパイ?」「そこは、おいおいね」「風も大して強くないのに、風速計を回して京葉線を止めるってのは、すごく悪辣だった」「京葉線は止まり慣れているからな」和やかに会話が進むがホワイトと悪の首領ゲルニカだけは、一言も話さずに夜食のロケ飯を食べていたが、ゲルニカが弁当を放り投げて、ようやく怒気を含んだ口調でこう話した。「こんな小汚いバスの中で、食べるとは思わんだ!」ホワイトは、何も話せずに打ちひしがれていた。普通に日本語を話せるブラウン、車椅子のまま瞬間移動をするパープル、巨人化できるらしいシルバーと悪の首領ゲルニカ。彼らはいったい何者なのか。どこからやってきたのか。

初めて彼らと会ったあの日、豊洲の42階のトイレで隣同士になった犬のブラウンには、こう尋ねた。「いったい、ブラウンはどうやって、日本語を話せるようになったの?」ブラウンはすがすがしく、こう答えてくれた。「僕らはこの宇宙の束の間の旅行者さ」「え?手を洗わないの?」「どうせ、四つ足で歩くだろ。」ブラウンは、そう言って小便をしたあと、後ろ足で歩き、前足で扉を開けると四つ足でスタスタと出て行った。ホワイトは、柴犬のブラウンが手を洗わない理由は納得できた。しかし柴犬ブラウンがトイレで何でもない天気の話をしているかのように日本語を話すことにも、答える内容にも許せなかった。なぜなら、ホワイトは自分たちがこの宇宙を作ったのだと教わったからだ。あいつらは一体、どこから来たのだというのだ。

ロケ飯を食べているところに、ADがシルバーとゲルニカを呼びに来た。「本日最後、巨人化での戦闘シーンになります。よろしくお願いします。」シルバーとゲルニカ二人の老人は、ゆっくりとバスのタラップを降りて出て行った。バスにあるモニタからも撮影シーンをみることができるが、巨人化とは一体何が起こることなのか、それが知りたくてホワイトが自分用のマスクを付けて二人のあとを追ってバスを降りると、全員が同じようにマスクを被って降りてきていた。幕張本郷駅は、JRと京成線が同じ構内に併設し、駅に面して巨大な車両基地があり、その中にロケバスは駐車していた。シルバーとゲルニカは、お互いの距離を大きく空けて立っていた。ゲルニカの立っていた一帯から、砂漠に埋めた対人地雷が爆発するような、くぐもった音を立てて土煙が立ち上がった。大きな煙の中から、屈めていた上半身を起こすようにしてゆっくり身を立たすと、胸の辺りが10階建てのビルとなる巨人が現れた。巨人は黒く滑りがある皮のような全身をし、人型の体型をしていたが、鼻は短い象の鼻のような形で顎まで垂れ、黒く太い紐状の物で両目を「×」字で縫われ、顔全体がフードのような皮膚で覆われていた。「悪い方、かっこいい」とシルバーを除く四人は、だいたいそんなことを口にした。シルバーはかけていた遠近両用眼鏡を外して天に向けると、雷のような音が響き、右手を天に突き出したシロクマが現れた。誰も何も反応はできなかった。「オジサンが変身した、白いのは何ていうの?」パープルは誰にとも無く訊ねた。「シロクマ。だってさ」グレーは脚本を捲りながら答えた。

ゲルニカは、数歩歩き、幕張本郷駅の上に両足で跨がった。駅に入ろうとする京成線の下り電車を見つけると、無造作に車両を持ち上げてしまう。乗客が驚き怖がりながら、窓越しに外を覗いている。天高く、京成線車両を持ち上げると、シロクマが向かって行くが、軽く繰り出された前蹴りで車両基地まで飛ばされてしまい、何本もの線路を曲げてしまう。持ち上げた6両編成の京成千葉線車両を、隣のJRの上り線路へ乗せてしまう。JR総武線も京成線も標準軌であり、実際に多くの京成線車両は中古の総武線車両を使用しているため、同じ線路にぴたりと填まった。ゲルニカが不器用な手つきであるが丁寧に架線に車両を掛けていると、JRの上り電車がやってくる。総武線特急電車は、幕張本郷は停車駅でなかったが、運転手が巨人と京成車両を発見するとすぐに手ブレーキへ腕を伸ばした。その瞬間と二点の距離から、二つの電車はあと2秒で衝突するとホワイトは目からビームを出して計算をした。シロクマがJR総武線の線路へ手を伸ばし、丁度線幅に中指を乗せると、総武線車両はシロクマの指から手の甲を通って毛だらけ上腕部へ上り速度を緩めた。乗客もシロクマも安堵の表情を浮かべた瞬間、またゲルニカがシロクマの体にかかと落としをすると、シロクマは体から総武線車両を落としてしまう。京成線線路へおちていく車両を、ホワイト、ブラウン、パール、グレーの3人と一匹が両側から支え、京成線線路へぴたりと填めた。パールが瞬間移動の力を使い、グレーを車両基地の管制室へ送り、ブラウンを総武線車両の運転席へホワイトを京成線車両の運転席へ送った。グレーは本来交わることがない京成線とJR線の車両基地を、先ほどシルバーが倒れたことでずれた線路の箇所を利用して、転車台*aを操作したブラウンは犬の愛嬌も使い、動揺している総武線運転手へ、このまま車両を進めるように伝えた。ホワイトも五歳幼児が着たパワードスーツ姿という奇妙さの圧力でこのまま車両を進めるように運転手へ伝えた。グレーのコントロールにより、二つの車両は引き込み線から車両基地へ入り、転車台を経由して、また本来の総武線と京成線の線路から幕張本郷駅に戻ることができた。起き上がろうとする巨大シロクマを上から押さえ込み、ゲルニカが殴りつけようとした瞬間に、ゲルニカの右掌底がシロクマの顎を砕くまで2秒だと計算をしたホワイトは、ホワイトの体を這い上り、後頭部あたりから飛び上がると、ゲルニカの左テンプルへ右フックを叩き込んだ。ゲルニカは、パンチで顔を歪めながら「あ、捨て台詞わすれた」と独りごちた。

 

日曜日の朝、クロはテレビのすぐ前で両手を強く握ったま画面を凝視していた。画面では、巨人戦隊5レンジャー第一回放送の「京葉線は総武線の夢を見るか」を放送中だった。ホワイトの繰り出したパンチ。大きく飛ばされるゲルニカに画面いっぱいに字幕が出る。「I’ll  go easy on you today今日はこのくらいにしといてやるわ!」。クロはこの悪の首領が倒れるのと同時にホワイトから心臓を撃ち抜かれた。なぜかホワイトの顔を見るだけで胸が張り裂け、痛んだ。番組のエンディングタイトルで、5レンジャーのカットが何度も現れるが、ホワイトが出る度にクロの瞳は輝きを増した。そして、涙した。

程なくして5レンジャーの特集雑誌が出るとホワイトのポスターを何枚も家に貼った。服、靴、鞄もホワイトが印刷された商品が出れば、店の床を転がってでも親に買ってもらい、外でも家でも、ホワイトに囲まれ、毎晩ホワイトの枕に顔をつけて静かな夢を見た。

 👍 20歳

20歳になったクロは、今でも5歳のホワイトの顔が描かれた枕で寝ていた。日曜の朝七時には、15年間ずっと長寿番組となった「5レンジャー」を見ていた。毎年5レンジャーシリーズの頭に付ける言葉は代わり、今は「全員集合5レンジャー」というタイトルで放送されていた。クロは今でも西葛西の同じ2DKの家に母親と暮らしていた。父親はクロが18歳の時に家を出て行った。父親か母親のどちらかの不倫だったか、もしかしたら双方の浮気が原因だったかもしれない。どちらにしろ、クロが高校に入る頃からすでに両親は喧嘩ばかりしていて、クロも自分のことでいっぱいだった。学校でも誰とも口を聞かず、毎日血だらけで帰ってきた。ホワイトの鉛筆と消しゴムを持って学校へ行き、それをからかわれて取り上げられたときだけ相手を殴って入院させてからは、相手から殴られるままにされていた。それでも、同級生から殴られる日は続き、「犬のように鳴いてみろ」と言われて鳴かないでいると、「どんな犬も、いつか鳴く」と何時までも殴られた。そしてクロはいつまでも鳴かなかった。地球外の生物であるクロは、一般的な筋肉と各神経系が発達していたが、痛覚も異常に発達していた。殴られているうちに、何度も気を失った。そして何度も犯された。クロを犯した彼らにとって18歳の嗜虐性と好奇心が捻れて現れてしまった出来事であったが、彼らもまた20歳になると、この時の事件をクロとは違う意味で強く思い出すことになった。

高校時代も、卒業して一人住まいを始めても、クロは毎週日曜日の朝7時30分は、必ずテレビの前に座って「5レンジャー」を見続け、ホワイトが登場すれば必ず両手を握りしめた。

高校を卒業したクロは、わざわざ大学へ行って学ぶ必要も無かったので、憧れの千葉市海浜幕張で一人住まいを始めた。派遣会社から文部省の文化推進事業課の総務業務アウトソーシング先の企業で働き出した。ただし女性社員として。

クロが地球へ来る前に住んでいた世界では性別は存在しなかった。地球人が捉える生と死の明確な差異も存在しなかった。日本語で簡単に書けば、「性差も生差もなかった」ということだ。クロが地球へ来た目的の地球侵略も、5歳から地球の文化歴史を吸収することに費やし、20歳から地球侵略を開始しても、悠々と残りの15年で侵略が完了する予定であった。あるいは、20歳のこの一年間だけほんの少し頑張れば「なんとかなる。」と考えていた。

クロは地球人の男の子になって以来、ずっと人の男女差に興味を抱いていた。そしてその男女を容易に跨いでしまう、ある人々についても。クロが同級生らに犯されたことの僅かな一つの理由は、クロが日本人の目で見て女にも見える体と容姿だったかもしれない。極度に細い体と長い髪の後ろ姿は誰もが少女と思った。小さく丸顔に大きな目は、何も話さなくとも強い意志を感じられた。少年達が正面からクロを犯せなかったのも、その目に見られたくなかったかもしれない。クロが女性社員となったのは、こういう偶然があった。

18歳の日曜日朝七時半に見た「忍者戦隊5レンジャー」では、ホワイトの妹役という設定で、パールというインド人のお姫様が出演する回があった。そのお姫様の姿を見て、隣の家に住む同じ年のインド人の娘エミにインド風の化粧を頼み、服も借りた。一緒に鏡を見ると、そこには二人の知らない女の子が立っていた*9。  それ以来、インドの衣装を着たエミとクロ二人は時間を見つけては、船橋のららぽーとへ遊びに出かけた。エミがいないときも、クロは一人で女の子の格好をして、ららぽーとでプリクラを撮るのが楽しみになった。そして、高校を卒業して一人住まいをするようになってからは、家でも外でも、女として生活を始めた。

20歳の日曜日朝七時半に見た「全員集合5レンジャー」のその回では、マリンスタジアムでビールの売り娘が、悪の構成員の膝にビールをかけて怒らせるという、マンネリとも言われる小さな悪からいつもの物語は始まった。やがて5レンジャーらと悪の構成員がサマソニ開催中の満員のスタジアムでアクションを繰り広げた。悪の首領の仕掛けた爆弾でスタジアムは半壊したが、ホワイトがビールの売り娘一人を助け出すのに成功した。番組は、ホワイトがビールの売り娘との恋愛路線へ進むかのように終わり、予告編では、犬のブラウンと入れ替えでその娘が5レンジャーの一員となっていた。

クロにとっては、「5レンジャー」は、欠かすことができない番組だったが、15年続く長寿番組となると、当初の人気にも陰りがあり、毎回相当な路線変更や、キャラクタの追加があった。今回は、最近のオーディションで選ばれた女子大生と20歳になったホワイトとのラブストーリィになるという噂は知っていた。また番組の最後に告知された“5レンジャー構成員大募集!正社員登用実績もあり!” というオーディション募集の案内に目を惹かれた。

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5レンジャーと悪の組織を統括する、官公庁の外郭団体である「戦隊課」は当初の「巨人」という名前を下ろしていた*10。団体設立以来15年が経ったが、その殆どの活動をボランティアに頼っていたこともあり、人員の高齢化と減少により組織は急速に弱体化していき、常に構成員を募集していた。役者についても頻繁にオーディションは開催され、戦闘課期待のもと、かの女子大生のビール売り娘をデビューさせた。しかし放送の当日に彼女から「へんな暴漢に遭ったので、5レンジャーはやめますから」と連絡があった。「グレーの仮面を被っていたんだし、5レンジャーのグレーさんが犯人に決まっているじゃないですか」と彼女は一方的に怒って電話を切った。もちろん、グレーがわざわざグレーの仮面を被って出演者の仲間を襲うなどとことはありえない。普通は。しかし、この時の犯人はグレー本人だった。

クロがオーディション会場の豊洲センタービル19階(社員食堂)の入り口で、素顔のグレーから言われた。「はい、バトンタッチ。残り時間、あと15年」「えっ」とクロが振り向いた先には、もうグレーの姿は無かった。グレーの言外の意味は「あなたたちシロとクロがなかなか地球侵略進まないから、わたしが見張り役で来ていたの。これであなたたち二人を合わせたのだから。あとは、二人でよろしく、ちゃちゃっと侵略終わらせてよね」という意味だったのが、不幸にして、クロにはグレーによる元の世界の言語は全く伝わらなかった。

オーディション会場で、番組関係者とホワイト以外の5レンジャーのメンバと、偶然時間が空いているというので、悪の首領(95歳)が座っていた。クロはよく着るインドベリーダンス風衣装で、得意の歌とダンスを披露し、概ね好評を得て、審査評には「○+」が並んでいた。

カンガルーのブラウンが聞いた。*11「最後に、世の中に何か疑問を持っていることや、訴えたいことがありますか?」

クロは即座に早口でこう答えた。「砂糖が沢山入っているお菓子って、煙草より数倍体に悪い食べ物なんです。ええ、確実に。だから砂糖入りの菓子にも絶対『このお菓子を食べると、あなたにとって糖尿病と心筋梗塞により死亡する危険性が砂糖を摂取しない人に比べて約1.7倍高くなります』とか書くべきなんですよ」審査員はみな高齢なため、軽く頷いた。「とかね。そんなことを、テレビで呟いてですね。先物取引で一儲けして、5レンジャーの製作費に充てたいです。まずは潤沢な資金を得て、みなさんと、いい番組を作りたいですね」と、大きな瞳に力を込めて微笑みながら、クロはこう言った。

本来は5レンジャーの構成員を探すオーディションであったが、偶然同席していた悪の首領にクロは何かしらの才能を見いだされ、悪の組織からデビューするためのトレーニングをすぐに開始することになった。

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その日、午後に授業がないホワイトは、午後から新しく悪の構成員となった新人と一緒にトレーニングをするため、松戸へ向かった。朝5時11分の電車で舞浜から松戸駅に朝の6時28分に到着し、ホームから中華蕎麦「とみ田」まで走ると、6時35分に列に並ぶことができた。列の20人目なので昼食はここで3巡目に新人と一緒に「とみ田」のつけ麺をたべることができる。朝7時の予約券を受け取ると、いそぎ松戸発7時23分の東武電車に乗り、西千葉に8時55分に到着し、すでに遅刻になっている一限目に出席するため大学まで走った。

クロは、トレーニング場は稲毛海岸にあると聞いていたのに、なぜ松戸駅に集合するのかを不思議に思いながら駅を降りた途端に、松戸醤油の強い匂いを嗅いで顔をしかめた。そして、閑散とした駅のロータリイにホワイトが待っているのを見つけた。あの、素手で新京成バスを持ち上げることができ、3回アパホテルを押し倒し、幕張スタジアムを突きで崩したことがある、あのホワイトが。そしてまた、素顔の生ホワイトを見ただけで、クロの目から涙が溢れてきた。

ホワイトは、駅から降りてきたインド風女装のクロと松戸工場と自分の距離をビームで測りながら、この三平方の整数解は、どこかで出したことがあるところまでは思い出したが、5歳の自分の家と観覧車のクロの間の距離を計ったことまでは思い出せなかった。

「なんで、つけ麺にしないんだよ」と、ホワイトはクロに言った。そこから会話かよとクロは思ったが。「つけ麺の意味がわからないじゃない。」「おまえ、とみ田で、そんなことを言うなよ」「全然いいんですよ」「でも、朝から、この食券のために並んでくれたんだ」「つけ麺、一口たべてみろよ」「うまい」「つけ麺と餃子もたのもうかな」「すいません、うちで餃子はやっていません」「えー、でも、やっぱり、つけ麺たべたい」「おまえな。じゃあ、おれのを食べろ」

クロは、初めて会ったホワイトに「おまえ」と呼ばれて嬉しくて舞い上がっていた。自分が注文して一口だけ食べた中華そばをホワイトが食べ、ホワイトが食べた「つけ麺(特盛り450g)特選全部載せ」*bを食べるのが嬉しくて嬉しくて、へらへらと笑いながら食べた。

千葉の稲毛海浜公園にある、アクアマリンリンクのトレーニングルームで、他のメンバと一緒にコシュチュームをつけて、クロとシロが殺陣の練習をしている。そこへ、悪の組織の構成員が息せき切って入ってくる。「首領が、今朝、たおられました」「誰にやられたの?」「そういうのいないだろ」「家の風呂場で。朝風呂入って、出るときに、転んで。たおられました。そして、次の放送は、クロさんに首領をたのむと」「え?」

プロデューサや演出家らスタッフが現場でロケ弁を食べている。「でも、急だよね」「シナリオは同じで大丈夫なの?首領は、おじいさんだったからね」「それが、自分でシナリオ書き換えて、バス2台でエキストラも来てるのよ」「音楽も入れ替えてね」「絵コンテも切ってきたんだよ」「これはまるで」

舞浜のイクスピアリで、シロとクロは、距離を置いてにらみあいをしている。シロとクロの顔のアップの後、シロと5レンジャーズの後ろには、インド人たちの男性ダンサー。クロの後ろにはインド衣装の女性ダンサーが、大音響のなか、ダンス対決をする。*12 何度も衣装を換え、激しく踊った。

スタッフ達全員が口をそろえて言った。「ミュージカルだね」

新ミュージカル路線は、新しい悪の首領クロのカリスマ性も添え、一時は下降であった「5レンジャー」の人気も再度盛り返すことになった。新シリーズとして「踊るchiba:5レンジャー」という番組名に変更になった。クロが住んでいた西葛西のインド人たちの多くは東京勤務のSIerであったが、ダンスや歌に自信のあるものや、CGエンジニアや撮影関係のプロも多く、5レンジャーへのインド人スタッフが増えた。さらに番組がインド、中国で火が噴くと、あっというまに「ミュージカル戦隊物」というコンテンツが世界を席巻した。

ミュージカルシーンを中心とした戦隊物は、大胆にかつ日本的に様々なインドミュージカルシーンをパクリという誹りを怖れつつも日本風にアレンジを施した映像作りがまた評価された。*12

毎回番組の舞台は千葉県湾岸沿線であるため、この周辺へ本社ビルを移す企業も後を絶たなかった。企業の広告効果だけでなく、世界中の観光客や映画、文化関係者が千葉県湾岸を訪れるため、幕張メッセ周辺は毎日、文化的コンファレンスが開催され、日本の文化、科学から商業活動、政治活動も千葉県を中心に向かい始めた。

ホワイトは、今まで毎日5レンジャーメンバとテレビドラマのため、シナリオの読み合わせからアクションの練習、基礎トレーニングをするのが好きだった。毎日コンクリートを数十枚割り、幕張の海辺を走り、時に海辺のウインドサーファーらと一緒にサーフィンをした。街を歩くと知らない人から声を掛けられる。「このボトルの蓋を開けてください」とか。西千葉の階段ではよく、乳母車や車椅子を担いで上り下りをする。千葉県内の殆どのラーメン店内ではホワイトの色紙が貼られていた。フクダ電子アリーナでクロと一緒にサッカーのし合いを見ているところを週刊誌に撮られた。最近は、皆でトレーニングをすることも少なくなり、撮影もCGを使うことが多くなった。自分が撮影日に行くことも少なくなり、合成された画面と音楽ばかりの戦隊物を見るばかりになった。父親の仕事はプロジェクトのインド人が大量に抜けたため、大きな官公庁のプロジェクトを失敗した責任をとらされて、父は重い鬱病になった。犬のチョコが死んだ。そして母からはおまえは実の子供ではないと言われた。シロにとって、それは知っていたような、初めて聞いたようにも思われた。

「おまえは、鹿児島の赤ちゃんboxからもらってきたんだよ。本当の両親?そんなことは知るわけがない。おまえみたいな目から光を出す子供は、地球人でないことくらいは知っていたよ」と昼から酔っ払った母から言われた。地球人ではないのなら、自分は何なのだろうか 何のためにここへ来たのだろうか。ホワイトは全く思い出せなかった。

クロは、ホワイトに会った瞬間から、自分たちは別の世界から送られてきた片割れ同士だとすぐにわかった。そして、ホワイトの近くにいると、いつも踵があがってしまった。いつもつま先立ちをして、何でもないように同じ年の同性らしく接した。たまには女装もしてしまう、お茶目な所もある同性らしくホワイトと接した。千葉県中のラーメン屋に一緒に食べに行ったが、近くにいるだけで味はわからなくなっていた。ホワイトは、超人と呼ばれる様々な能力もあって、5レンジャーにいたのに、最近は目から役に立たない光を出すことしかできなくなった。一緒に殺陣の練習をしても、あまりに弱いホワイトに力に驚いた。ホワイトは最初から、クロを見ても何も思い出せず、ただの職場仲間としてしか接していなかった。ホワイトの力の衰えを知らせないように、歌や踊りの番組にした。ホワイトはそれに不満を感じていることはわかっていた。明らかにホワイトから輝きが消えていった。

ホワイトは、自分から番組を降りると伝えてきた。それを誰も止める者もいなかった。お互いが20歳の最後の日、すでに番組のプロデューサと監督になっていたクロは、ホワイトのために派手なCGを使った見せ場の多いシーンを準備したが、ホワイトに断られた。ホワイトが望んだ自分が出演する最終回の最後の場場面はこんなシーンだった。事件が片付いた後、マスクとパワードスーツのままホワイトが買い物中に普通の少年に腹を刺される。マスク越しにホワイトの鳴き声が漏れる。男がホワイトのマスクを剥がすと、苦痛で顔をゆがめたホワイトの顔があった。

「カット」クロが大きな声で長く叫んだ。

最後の撮影も終わり、マスクを手に持って撮影所を去って行くホワイトの後ろ姿を、クロはしばらく眺めていた。それも、来訪者に気づくと、すぐに手を振って黒いスーツを着た中国人達へ合図をした。

 👍 35歳

クロは大抵の時間を黒いスーツを着て過ごした。世界を統べる者として相応しく、地球侵略者として相応しくあろうとしていた。クロが5レンジャーに関わるようになると、毎日千葉市を訪れる人が溢れ、その受け入れのための商業施設が発達し、また千葉市へ本社を移す企業が増えた。千葉市に移住する人が急増する頃には、日本の政治経済、文化の中心が千葉県千葉市へ移っていた。また、番組の中で登場する商品は瞬く間に売れ、ディスる商品もあっというまに売れなくなることを利用し、株と先物取引で成功を収めていった。5レンジャーの世界的ヒットを利用し、5レンジャーのキャラクタを中心としたテーマパークでの世界展開を始め、グッズ、映画、音楽、動画配信を成功させた。アミューズ方面より、さらに人材が豊富だったインド人、中国人を中心として、世界のインフラを設計するシステム会社から、先端科学、医療への進出を成功させ、世界最大のコングロマリット企業と成長していた。

クロは15年間、どれだけ忙しくても、どれだけ出演時間が短くても、5レンジャーの番組には出演し続けていた。そして、日曜日の朝七時半には録画を撮ることはなく、必ず自宅でテレビをつけて、5レンジャーの番組を見ていた。それは子供のころの習慣的儀式、あるいは無意識な宗教的儀式のようなものだと考えていた。実際に、自分で番組に出演し、番組を作りあげることは、喜びであったし、商業的成功をおさめられたのも、「戦隊5レンジャー」の成功が基盤になっていると確信していた。

日曜の朝、5レンジャーが終了する7時54分に、「地球の支配者は誰?」とsiriに聞いてもアレクサに聞いてもgoogleに聞いても、「はい。5レンジャーです」という答えを聞くと安心できた。

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シロは、20歳で5レンジャーの番組を降りてからも、ずっと母親と一緒に同じマンションに住んでいた。仕事は、5レンジャー関連会社の医療廃棄物処理工場の掃除を任された。そこで、彼は処理工場の敷地と屋上に工場の熱と水を使用し、自然芝と草花の植林を設計して、小さな成果を上げた。芝は手で育て、花も全て野生の花を植えた。シロが自分の手で植える植物はみな、よく育った。シロも、今の自分の唯一の能力は、植物を育てることだと自覚していた。5レンジャーの廃棄物施設は世界各地に数千か所あったが、その全ての敷地と屋上を、シロは緑で覆った。もっとも廃棄物処理所の緑を見に来る者など誰もいなかった。ただ、それを15年間続けると、小さな草が林となり、野生の昆虫や鳥が飛来し、樹木には美味しい果物も成っていた。しかし、気づく者はいなかった。

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クロとシロが住んでいた世界の住人たちは、「ちょっとお湯を入れて待っている時間」が来たので、地球の様子を見てみると、今度こそ、地球侵略が成功に近づいていることを知り安心した。ただ、彼らにとって地球人類を下等生物と見做している理由のひとつは、未だに人類が宇宙マイクロ波背景放射にある、彼らのメッセージを解読できていないからであった。それどころか、メッセージを壊している者すらいた。宇宙マイクロ波背景放射は、観察してはメッセージを読めなくなるのだ。

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クロは、自分の任務は完遂したと感じていた。ただ、何も満足感は無かったが、向こうの世界の人々にとって、意味があれば、それでいいのかもしれない。35年間かけて収集したデータは全て送り終わっていたし、業務は全て然るべき手段で、あるものは継続し、あるものは中止していた。すでに「5レンジャー」のドラマも最終回の放映も、一週間前に終わっていた。

日曜日の朝、七時半になって、テレビをつけると、「俳句サクサク」という番組に代わっていて、ようやく「5レンジャー」が終了したのだと気づいた。クロは、テレビを消した。何の音もしない広い部屋にクロは立っていた。部屋には豪華な家具があったが、自分の周りには何も無かった。そして、もう一度テレビの前に座った。また両手を握ってみた。両手を強く、強く握ってみると、クロは何か大切なことを思い出して、泣き叫んだ。

クロは泣きながら首領のマスクを手にして、そとへ走り出した。泣き止まらない顔を隠すように、マスクを被っても、マスク越しに嗚咽が聞こえた。クロは葛西臨海公園へ向かい、観覧車へ乗り込んだ。

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シロは、毎週日曜日には、ベランダからディズニーランドのシンデレラ城と葛西臨海公園の観覧車間の直角三角形の美しい3:4:5の距離を計測しては、何かを思い出そうとしていた。そして、その日も目からビームを出すと、シロは大きな犬のような声で叫んだ。シロはホワイトのマスクとパワードスーツに着替え、ベランダから、観覧車に向かって飛んだ。

観覧車のゴンドラに飛び乗ったホワイトは、クロの乗っているゴンドラのガラスを割った。

座っていたクロも、遠くからホワイトが向かってくるのを見ていて、ガラスを割って入ってくるホワイトへ、カウンタのキックを入れた。ホワイトは観覧車の軸に強く飛ばされると、観覧車は軸から外れて、転がりだした。地面に落ちたホワイトは、クロが乗ったままの観覧車を強く放り投げると、観覧車は水族館を乗り上げ、ディズニーランドへ向かって、速く転がっていった。

ディズニーランドを周回するディズニーリゾートラインのレールを壊し、シンデレラ城に強くぶつかり、シンデレラ城を半壊させて、ようやく観覧車は止まった。観覧車から飛び出してきたクロは、追いかけてきていた、ホワイトの体へ、強いタックルをすると、二人の体はキャプテンEOのアトラクションの中まで飛んで行った。起き上がったホワイトが、クロの右頬を強く殴ると、そのまま逆側のツリーハウスまで、クロは飛んで行った。

ディズニーランドに来ていた家族連れは、撮影が始まったと思い、駆け寄ってきた。クロとシロは、ディズニーランドのシンデレラ城前で、殆どのアトラクションを破壊しては、嬉しそうに殴り合った。二人の両腕は折れ、顔も腫れあがり、目も見えなくなっていた。周りの観客の応援する声は聞こえたが、誰も「カット」と叫ばなかった。二人は、マスク越しに何かを話しているようだったが、まるで犬が吠えているようにしか聞こえなかった。朦朧としている中で、お互いが、最後のパンチを相手に放って、二人は倒れたシンデレラ城の中に入っていた、大きなバスケットの上に二人は倒れた。

地球侵略が終了した二人には宇宙マイクロ波背景放射のメッセージがメルセデスベンツのマークと共に届いた。「なかよくしようぜ」と。

【全中】

*1 https://static.blog-video.jp/output/hq/5PqdB3P1ieu6M1fy6IRxynxf.mp4

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*3 日本のシンデレラ城の先端は、キャストの園内無線用のアンテナになっている

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*5 

*6 宇宙には多量の時間の狭間が存在しており、この狭間だけに存在する炭素を材料として地球上の生命は存在しているが、このことはトリプルアルファ反応が実際に上手く働いたはずであることを示している。この考えに基づいて、ホイルは時間炭素原子核があるエネルギー準位を持つと予言した。これは後に実験によって裏付けられた。この状態はホイル状態と呼ばれている。

*7 標準的な宇宙論によると、宇宙マイクロ波背景放射は宇宙の温度が下がって電子と陽子が結合して水素原子を生成し、宇宙が放射に対して透明になった時代のスナップショットであると考えられる。

*8 https://www.youtube.com/watch?v=nW8dGwa2zRw

 

*a 

*9        

*10 戦隊の一人が巨人になるというのは、製作費が膨大にかかるころ、また役者の体力の限界があり、シルバーが巨人に変身するのは、シーズン2で終了した。またシーズン3でシルバーは「巨人になれないなら、戦隊にいる意味が無い」と言って、この「5レンジャー」を降板した。ちなみに柴犬のブラウンはシーズン3で老いを感じたため引退。車椅子のパープルは、学業に専念したいと、シーズン5で引退。

*b 

*11 この時のメンバは次の通り、ホワイト:20歳地球外生物らしい男子。ブラウン:カンガルーの雄。イエロー:中国無錫人の太った手品師。ピンク:長野県上田市在住主婦36歳。ブルー:インド人日本の主な基幹プロジェクトリーダ経験者49歳。

*12 https://www.youtube.com/watch?v=A4LgdFEomiw

*13 https://www.youtube.com/watch?v=81z0TuAN6t0

https://www.youtube.com/watch?v=c5OaGG0WroA

https://www.youtube.com/watch?v=hz2j80o3gx0

https://www.youtube.com/watch?v=K8o_na_j6IE

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