梗 概
座敷封司の鬳
真実錨の示す情報になんの根拠もないとわかった以上、俺にとって誰が大切な人だったかなどわかるはずもなかった。
鬳 をはじき、字空を曲げ、妻や友や親戚だったかもしれない人を、一人ずつ打ち消していく。墓標へ変わっていくそれらを見て、ありもしない思い出に浸りながらも、俺はこの惑星の地表を墓石で埋め尽くしていった。
はたして何億字打った頃だろうか、鬳 からほとばしる祝詞がすべての人に行き渡ると、もはや、生きているものは一人もいなかった。
人々は皆、唯一確かな安らぎに包まれて眠っている。青白い墓標の山の中にもはや彼らはおらず、ゆえに、この惑星に座敷童子がいようが、いまいが、関係ない――もう、めそめそと苦しみ嘆きながら衰退していくことなど、ありえようもなかった。
そして、その救済は俺にとっても必要なものだろう。
鬳 を額に押しつけて、俺はゆっくりと死を諳んじていった。人々にそうしたように祝詞を込めて、鬳 強く握ろうとした。するとその刹那、でたらめな記憶が、走馬灯のように俺の脳裏によぎった。
あの封子祭の日の夜、馬に乗った姉の妛彁に抱き留められながら、おれは無間城への道程をゆっくりと進んでいた。道ばたから眺めている村人の好奇と忌避が入り交じった視線を受けながら、おれは姉に懇願していた。
「なぁ、妛彁。おれは逃げたりなんかしないよ。約束する。みんなが不安に思ってるのはわかってるんだ。おれがどこかに逃げてみんなが不幸になるんじゃないかって、みんな怖がってる。でもね、妛彁。おれはどこか遠くに一人でいったりなんてしないよ。だって、おれは怖がりだからさ、いつだってみんなと一緒じゃないとダメなんだ。そう、だからひとりぼっちでお城にいなきゃいけないなんて――そんなの嫌だよ」
姉は聞いているのかいないのか、うなずきもせずに、ただその言葉を聞いていた。
おれはそれ以上何も言えなかった。
城にたどり着くと、おれは姉から引き離され、城の奥の石棺の中に閉じ込められた。
何重にも重ねられた石棺の中で、おれは自分の情けない声を幾度となく聞いた。それ以外には何も聞こえず、何も見えない。無明の闇の中で、俺はすこしずつおれがおかしくなっていくのを眺めていた。
おれは石棺の中で、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「おれは座敷童子なんかじゃない。おれはひとりぼっちなんかじゃない。みんなと一緒に石の中で眠って、時間が来たら起きるんだ。そう、墸見村から異蟐谷の果てまでみんながみんな眠っている。おれが起きてお城の中から出たらみんなを起こしてまわるんだ。ほら、みんな石の中で眠っている」
その光景は、今まさに俺の目の前に広がっていた。
青白い墓石の山、その奥には、今もなお増殖を続けている無間城がうっすらと見える。
俺は考えた。ここにいる俺は偽物で、本当のおれは今でもあの城の中の暗い石棺の中で眠っているのだろうか? それともこうして眺めている俺が本物なのか? おれは一体誰でどこにいるのが正解だったのだろうか?
考えるのをやめ、俺は鬳 を強く握った。
その後のことはもう誰にもわからない。
おれがどうなったのかを俺自身はもう知るよしもない。
ただ、ひとつ確かにいえることはある。
漪能 はもうこの惑星にはいない。
文字数:1405
内容に関するアピール
作品名:WZ PictureCode:DG-2234
制作年:1985
作者名:ズジスワフ・ベクシンスキー
本作は『惑星に取り憑いた座敷童子が逃げないように、ウィンチェスターミステリーハウスめいた無限増殖する城に閉じ込め続けるSF』です。
主人公である座敷封司の漪能 が、座敷童子の怪異に対抗すべく、鬳 という現実改変ツールを用いて戦うのですが、なんやかんやあってくたばります。
元々お題が発表された当初は「よし、我が子を食らうサトゥルヌスでヴィーガンを喰うSFを書いてやろうやんけ!」だのとぼんくらなアイディアを発散させていたのですが、過去の講座参加者であるT氏とU氏に諫められ、もっと異なるアプローチで今回のお題に挑もうと考えました。
1,過去にエンディングが決められず執筆できなかった作品をベースにする。
2,DailyArtやCityArtSearchなどで気になるアートを集める。
3,ベースとなる作品のラストを様々な絵画の中から探し、その絵画に合わせてストーリーをチューンナップする。
大まかに上記のような流れです。ラストシーンへのつながりが上手くいくのかどうかわかりませんが、仮に上手くいったならば、講座修了後も本手法を用いていくつかストックしている作品を完成させられそうです。
絵画はポーランドの画家、ズジスワフ・ベクシンスキーの作品にしました。
滅びの画家と呼ばれるベクシンスキーに負けないように、良い滅びを書きたいと思います。
追記:「一点を選び」とお題に書いてありましたが、二点組み込んではいけないとは記されていなかったため、ズジスワフ・ベクシンスキーの「無題 picture code:DG-2231」もサブとしてビジュアルに組み込みました。
◆参考文献
宮沢賢治『ざしき童子のはなし』青空文庫
田中克彦『エスペラント――異端の言語』(岩波新書)岩波書房 2007
松原隆彦『目に見える世界は幻想か?~物理学の思考法~』(光文社新書)光文社 2017
マルクス・ガブリエル『なぜ世界は存在しないのか』(講談社選書メチエ)講談社 2018
佐藤勝彦『[図解]相対性理論と量子論』PHP研究所 2006
リックアンドモーティ シーズン2第4話『ニセモノか、ホンモノか』
BLAME! THE ANTHOLOGY(ハヤカワ文庫JA)
文字数:962
座敷封司の|鬳
講座で頂いたコメントを元にして改稿したいと思います。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054890349589/episodes/1177354054895585119
惑星に大童あり。
とこしえの繁栄と約束する座敷童子なり。
されど、童子去りしとき、死すらも霞む大禍あり。
大いなる衰退と没落が遍く命に訪れん。
◆
幼い頃に一度だけ、座敷童子を見たことがあった。
封子祭の夜店が立ち並ぶ袮宜の小道を通り抜けて、大通りに出ると豪奢な神輿が運ばれようとしていた。
「大童めぐり、大童めぐり」
祭りの大きなかけ声を聞いて、俺は行列をもっとよく見える場所で見ようと、妹の妛彁の手を引いた。
「お兄ちゃん痛いよ」
「急げって、早くしないと見逃しちまうぞ」
人だかりを押しのけ、最前列まで来ると、お城まで続いている行列がよく見えた。
隣にいる老婆のつぶやく声が聞こえる。
「ああ、童子さま。大童がいらっしゃる」
よくみると、その神輿の上には一人の少女が、綺麗な支贄着をまとって座っていた。結紅色の袖を綺麗に膝の上に重ねて、身じろぎもせずにじっとしている少女。よく見ると彼女は鎖で神輿につながれているのだとわかった。
大童様。座敷童子だった。この惑星に取り憑きとこしえの繁栄を約束する童子神。そして立ち去る際にありったけの衰退と退廃をもたらす否巳霊。
童子様は無間城へと運ばれていき、これからそこで永久に眠るのだ。祭り囃子の響くなか、少女は城へとゆっくりと進んでいく。
その様をじっと見ていると童子様と目があった。誰にも信じてもらえないが、その時、確かに俺の方を見て、何かを言った。まっすぐ切りそろえられた黒い前髪から覗く青白い眼光が俺を見据えて、そしてか彼女は聞き取れないほどのかすかな声で何かをうわごとのように繰り返しいっていた。
人々が祝祭に沸き立つなか、俺はその言葉を確かめようと、彼女の口元をしっかりと見た、しばらく見ていると何をいっているかわからなかったそれが、確かに理解できた。
そう。座敷童子は確かに俺にいったのだ。
「汝に呪いあれ」と。
◆
その日、俺は同郷の架藏に誘われて、墸見村からほど遠からぬ椦挧の林に狩りに出かけていた。最初こそ妹の妛彁に立派な橥を喰わせてやりたいと張り切っていたものの、せいぜい䖘が数匹取れた程度で、橥には逃げられてばかりだった。
俺と架藏は不毛な橥追いに飽きると、槍を放りだし、切り株に腰掛け、一息つくことにした。
「なぁ、漪能。ありゃあなんあろうか?」
唐突に架藏は俺をつついた。彼が指さす方向を見ると、そこには無間城があった。高名な武器職人である宇院千重守扯が設計した生き城である。今日もいつもと変わりなく赤い煙を吐き出しながらメキリメキリと房室を増やしている様が見えた。
「無間城がどうかしたか?」
「いやいや城じゃねさ。城の上のほうさね」
良く目をこらすと城の上部から、白い葦のようなものが無数に伸びているのが見えた。左右に不自然に揺れ、くねくねと奇妙に動くそれには、やたらと大きな目玉が一つずつついており、ぎょろぎょろとあたりを見渡すように、黒目を動かしていた。
「ああ、見えたありゃあ何だろうな。村に戻って槞䀾さんに知らせた方がよいかな」
「そうやな。ってあれ、なんか飛んできちょるぞ」
架藏がそう言うや否や、まるで林が生き物になったかのようにうごめき始めた。
白い葦のような怪が、あたりを飛び回り、世界を飲み込んでいった。
◆
第一次童子溶融によって引き起こった災禍は、墸見村にとどまらず、惑星全土に広がった。童子のもたらす妖力によって産み出された数々の怪子によって殺された者、人ならざる存在へと変容させられた者など、大勢の被災者が出た。
俺の妹の妛彁もその一人だった。大童様の祝咼を受け取ったものとして、祝咼者と呼ばれたその人ならざる姿の禍者は、他者への影響を避けるために、異蟐谷の果てにある閠丸癲狂院へと隔離された。
人だけで済めばまだ話は簡単だった。一時的な童子溶融によってかつての文明は溶け、異質なものへと変容してしまった。現実の変容によって使われていた技術や文献は理解はおろか、認識すらできない代物になってしまった。
無間城による物理的な封じ込めの対抗策として、現実を改変しはじめた座敷童子。
皇汪はさらなる災禍を防ぐために、これまで無間城の外郭を見守る役目であった封司たちを、城の内部へ送り込み、大童のもたらす怪を有つように命じた。
童子の力に唯一対抗できる武具――現実を改変し字空を回す、字源釜である鬳 。
いかなる妖力によっても変異することのないアリアドネ真実錨。
二つの武具を用いて、無明の生き城をさまよう志士――座敷封司。
彼らに惑星の未来は託された。
◆
小一時間ほど経過し、物音が止むのをまってから、石棺の蓋を中から押し開けた。あたりを見渡すとそこは城のどこかの座敷らしかった。危険がないかあたりをよく見渡してから、部屋の端へと歩き、ふすまを開けると、隣にも今いる部屋と同じような座敷が広がっていた。
城の内部がどのような構造になっているかの話は、噂程度でしか聞いたことがなかったが、城の外郭のほとんどは、同様の構造の無限とも思える座敷で構成されているという。
漪能は妹の妛彁の治療の手がかりを探すために座敷封司となった。無間城を探索し、怪異を止める手立てを見つけることができれば自ずと、治療の方法も見つかるはずだった。
無間城は高名な武器職人である宇院千重守扯が設計した超構造建築群である。元々は「亡霊に取り殺される」という幻覚にとらわれた宇院が、自分の命を守るために作ったものだとされているが、今や座敷童子を永遠に封じ込め続けるための無限の檻となっている。自己増殖し、複雑に増築し続けるその城は、最初は五慧荷のほどもない家のようなサイズだったものの、いまや一六二億慧荷という惑星の半分を占めるほどの超城となってしまっていた。
一般的な建築物とは違い無間城には入り口も出口もないが、城の端へ物を括り付けると、数刻も立たないうちに飲み込まれるため、座敷封司たちは石棺に入り、その生き城へと入城するわけである。
漪能は石棺の蓋を閉じる前に、皇汪様が言った言葉を思い出す。
「よいか。生き城は大童様の妖力で満ちておる。つまり、この世で起こりうることは当然のこと、よもや起こるはずのない怪すらも容易に起こりうる。だが、忘れてはならん。座敷封司は童子喪失による大いなる衰退と没落からすべての民を救うためにある。無間城が惑星に住まう民にとっての刃なれば、お主らは鎺じゃ。お主らが刃を支える最後の希望なのじゃ。大任の成就を祈る。永劫の祝福と繁栄を」
漪能は石棺の蓋がとじるその瞬間まで、腰に括り付けられた鬳 と真実錨を強く握りしめていた。
◆
漪能は城の中を進みながら座敷童子の生みだした怪異と戦い、駆除していく。字空釜鬳 を繰り、
字空釜によって改変できる現実には三種類ある。
自意識とは別に存在している現実=実界。
それぞれの認識の中に存在する現実=意界。
虚構の中に存在する架空の現実=虚界。
その三つの現実を座敷封司はねじ曲げたり、書き換えることによって、攻め、守る。
漪能は他の座敷封司と遭遇する。にわかに戦いが始まる。
現実改変者と現実改変者との戦いは定跡外の手にどこまで対鬳できるかによって決まるといっても過言ではない。改変のパターン――定跡をどれだけ知っているか、一般的に定跡外とされる鬳 戟に対してどこまでによるところが大きい。
漪能よりも先に相手の座敷封司が鬳 を弾き、ラブコメの虚界が展開される。パンを加えた女子が「遅刻遅刻」と言いながら走ってくるのを、鬳 で捻じ切り、ぶつかりそうになるすんでのところで回避する。
追撃してくる敵に対し、漪能は後の先をとり、打ち切る。
相手が架藏だということがわかり、一度戦闘が終わる。
架藏は他の座敷封司たちと共に城の中に拠点を作っていると話す。
漪能は一度他の座敷封司たちと合流する。
◆
先遣隊と合流した漪能は、現状わかっている情報を整理する。
怪の巣となっている場所がいくつか存在することと、覚者と呼ばれる暴走した座敷封司がいることを知る。
大童様の分身に等しい怪がおり、その者の涙を用いると祝咼が治るという噂話を聞く。
◆
合流した座敷封司たちと、怪を駆逐してまわる。理刕という若き天才の座敷封司と、舷というベテラン座敷封司がいる。城内のルートを確保しながら、進むが、今までの怪とは違う異質な存在と遭遇する。覚者となった座敷封司、憬ではないかと噂されるが、まったく別のいきものだった。
座敷童子が産みだした怪異の中から、異質な世界線の化け物が現れる。明らかにこの物語の人物ではないものと遭遇する。魔法少女めいた生き物と鬳 を用いて戦う。
魔法少女めいた怪にやられ消失しかける漪能。
すんでのところで再起をはかる。
俺、は、俺、は。
俺はナミノ、漪能だ。墸見村の座敷封司。
消えかけた自己を取り戻すと、再び鬳 を握った。禍り、ねじ切れかけた半身を切り離し、左腕を中心に躰を再生成する。
同時に祝詞を放った術者を見据える。
漪能は辛うじて勝利するが、主人公がいくつか精神に異常を来す。
様子がおかしい漪能に対して同じ隊の座敷封司が声をかける。
「あのさ。お前本当に漪能だよな?」
「なんでそんなことを聞くんだ?」
「いやだってそのさ。墸見村の漪能つったら女だろう?」
「そうだ。だから俺は女だろう」
漪能は証明するために服をはだけさせる。
その封司は顔を赤らめながら去って行く。
特異な怪を倒したことで、座敷童子が眠る石棺がある本殿へいける、新たなるルートが開かれる。
おかしな状態の漪能よりも先に、他のメンバーが先遣隊としていくこととなる。
漪能は回復の為に眠りにつく。
◆
先遣隊が一人を残して全滅したとの報が入る。
漪能とあわせて七人の座敷封司たちも新しいルートを途中まで進み、先遣隊が消失した問題の場所へとさしかかる。
長い廊下の先に一人の座敷封司が腰据えている。
先遣隊の生き残り曰く、廊下を渡ろうとしたら、理解不能な攻撃を受け全滅したとのいう。
舷は、おそらく憬という覚者だから気をつけろと言う。
理刕は「覚者とはいえ、座敷封司だろう。それに一人だ」と侮って廊下を渡ろうとする。
廊下を半分も渡らないうちに理刕は立ち止まる。
「やられた。なんなんだよ。本当に、何、なんなんだよこりゃ。最悪だ。ひでぇ気分だ。本当に何しやがったあいつは!」
と理刕は吠える。漪能たちは鬳 を弾く瞬間すら見えなかったため、何が起こったのかと戸惑う。
漪能たちは理刕に関する記憶などが欠落していることに気がつく。
「俺は誰だ。違う。俺は猫じゃない。ふざけるな猫なんかじゃねぇ」と言い残して理刕だったものが猫の形にゆがんでいくのが見える。
漪能と架藏とあわせて七人の座敷封司は理刕を助ける為に、廊下へと飛び込む。
◆
なんとか理刕を回収する。憬は微動だにしないが、架藏と漪能は攻撃されたと気がつき、味方に向かって鬳 を構える。
「架藏。やめてくれ。鬳 を下ろしてくれ。お前を有ちたくない」
「黙れ、衛維。もう俺にも誰が幻で誰が実なのかわからん。お前らこそ鬳 を下ろせ」
「衛維も、架藏も、㞍理も、喬比も落ち着け、少なくとも我々は墸見村の同郷だろう? 争うな」
漪能は架藏たちに落ち着くよう言うが、一触即発の状態となる。
「うるせぇな。お前も黙れ。漪能なんて嘘くせぇ名前しやがって。お前本当に仲間か? 嘘つくんじゃねぇ」
架藏は激高すると鬳 を振り回した。その怒号に呼応するように衛維や、㞍理や一万人の仲間も同時に鬳 を構えた。
漪能は憬が一体何をしたのか考えていた。彼が鬳 を抜いた瞬間はまるで見えなかった。何かをされた気配というものがまるでなかったが、何かをされたのは明白だった。
我々が元々何人でここに来たのかは、記憶が確かではなかったが、少なくとも一万人の大部隊ではなかったはずだ。何らかの術理によって憬は我々の中に敵を潜り込ませたようだった。
「落ち着け、良いか、俺たちの中に敵が紛れ込んだというのは明白だ。だが、今は理刕の手当が先だ。みんな鬳 を下ろせ。架藏もとっととやめろ。上官命令だ」
幽鵠と杜箭が皆を説得しようとするが、何者かが鬳 を弾き、二人を消失させる。
誰が先に鬳 を弾いたのかはわからないが、にわかに仲間同士での鬳 の有ち合いになる。一万人いたはずの仲間たちのほとんどが消え去り、最後に漪能と架藏だけが残る。
架藏は漪能を有ち、漪能は完全に消滅する。生き残った架藏は叫ぶ。
「なんでだ。敵はたった一人だろう。なのになんで全滅してるんだ」
なぜこんなにも大勢に干渉できるのかと吠えると、動かなかった憬がおもむろに話し始め、近づいてくる。
「技を聯拘策という。確かに汝の言うとおり一度に意界を操れるのはせいぜい一人二人が限界。そこは間違ってはいない。ただ座敷封司同士の戦いであれば話は別だ。一人を操り、他の者を鬳 で有ち、操るように仕向ければよい。されば、鬳 の数だけ操れるという訳だ」
架藏よりも先に憬が鬳 を有ち、架藏は消失する。
憬は元の場所に戻ろうとするが、背後から声をかけられ振り返る。
そこには消えたはずの漪能がたっている。外見は今までの漪能とは似ても似つかない姿になっている。
憬が鬳 を弾くも、その都度違う姿になって漪能は現れる。
「憬、無駄だ。変なルールや設定を付け加えて惑わせようと、何度俺を有ち消そうと、俺はもう折れない」
「なるほど、勝つためなら、生きるためなら手段を選ばない。お前は憬と同じだな」
憬だと思っていた男はそう言って道を譲る。
「お前が憬じゃないのか?」
「いいや。私も憬だ。憬を守るためにつくりだした虚界 の憬が私だ」
「なら本物はどこにいる」
「この奥だ。大童様の御殿に彼女はいる」
そう言って座敷童子がいるはずの本殿への門をくぐる。
小さな少女がいる。座敷童子かと思ったが、彼女が憬なのだという。
彼女はお菓子をかじり、くつろぎながら漪能と話す。
憬は我々座敷封司が、正しくは封子といい、座敷童子の為の遊び相手となる人身御供だと伝える。
また、今まで漪能が心の支えにしていた姉を治療するための手段は存在しないと告げる。漪能は「姉を治療する手段はないのか」といって心折れそうになるが、
憬は「そういう世界設定も過去にはあったが、重くなりすぎるので止めようか」と言って、鬳 を弾く。
憬は姉が助かる設定に変えたと漪能に告げる。
正直この世界はもうどうでも良いと思っている。と憬はいう。
困惑する漪能に、憬が質問を投げかける。
◆
「最後に一つ尋ねてもいいかな?」
「なんだ? 何が聞きたい?」
「漪能、きみの真実錨にはなんて書いてある?」
「なぜだ。なんでそんなことを聞く」
「きみは漪能、墸見村の座敷封司で、年の離れた妛彁という姉がいる――だったかな」
「そうだ」
「なるほど。それじゃあ、きみの真実錨にはそう書いてあるんだよね?」
憬は子どもっぽく笑いながらそういうと、俺の真実錨に目線を向けた。
俺は憬に言われ、真実錨に刻まれた文字を目で追った。
そこには、書いてある。
俺はそれを読み、理解し、答える。
「そうだ。俺は漪能、墸見村の座敷封司。姉の妛彁を助ける為に座敷封司になった」
「なぁ、本当にそこにそう書いてあるのかい?」
俺は真実錨の文字を読み、理解し、真実を語っている――真実錨に書かれていることは絶対に真実であるから、俺は真実を語っているはずだ。優しかった姉の妛彁、母の作ったボロボロの襟巻き、俺の父、消えていったみんな、幻想であろうはずもない。死んでしまった妹の妛彁、祝咼者となった弟の妛彁、座敷封司になった俺のことを「誇らしい」と言ってくれた姉の妛彁、俺の帰りを待ち続けている妻の妛彁、真実錨に刻まれた俺のこれまでの人生、それらはすべて真実のはずだ。幻想であろうはずもない。
「なぁ、もっとよく見てみろ。そこにはなんて書かれている?」
俺のアリアドネ真実錨にはこう書かれていた。
#!/user/bin/env ank
# ー*ー Coding:UTF-RPF128 ー*ー
#Ariadone:The Truth Keeping System
ナミノ/キョウダイアリ/両親アリ/争イヲ好マズ
[EOF]
ただそれだけだった。姉のこと妛彁のことも、俺を見送ったはずの母のことも、消えていった墸見村の旧友たちのことも、舷の親父のことも、座敷封司のことさえも記されていなかった。これまで俺が俺だと思ってきたすべてのものがそこにはなく――つまり俺は。
目を向けるとそこにはもう憬はいなかった。
いや、憬などそもそもいなかったのかもしれなかった。
憬とはなんだったのか。俺は既に思い出すこともできなかった。
辛うじて思い出すことができたのは、確かにどこかにいたはずの妛彁のことだけだった。
背後からか細い声が聞こえた。
「ナミノ」
俺は声の方に目を向けた。振り向くとそこには妛彁が立っていた。
「ナミノ」
それは紛れもなく妛彁だった。まっすぐ切りそろえられた黒い前髪も、そこから覗く青白い眼光も、その声は、姿も、紛うことなくそれは俺の思い出の中の妛彁そのものだった。現実錨にもそう刻まれて――。
俺は妛彁を抱き留めると、祈るような心持ちで語りかけた。
「なぁ、妛彁。お前がいないなんてことはないよな」
「……」
「妛彁、俺はお前のためにここまで来たんだよ。これまでやってきたんだよ。だから、いないなんてことはないよな」
妛彁はただ、黙って微笑んでいた。頷くことも否定することもせずに、ただ悲しげに微笑んでいた。
「なんで黙ってるんだよ。何かいってくれ。頼むから」
「……」
「本当にいないのか。存在しないのか。妛彁、なんで、こんなに近くにお前を感じるのに」
「……」
「妛彁、なぁ、妛彁。お前がいないんだとしたら、俺はなんのために戦ったんだ。何のために生きた。何のためにここまで来た。お前がいないのだとしたら、俺はもう何がなんだかわからないよ。そんなのもう、俺はもう生きていかれないよ。なぁ、いるって言ってくれ」
「……」
「なぁ、妛彁。頼むからなんとか言ってくれ」
妛彁は問いかけに答えることなく、ただ静かに俺の背後を指さした。
そこには妛彁がいた、姉の妛彁、妹の妛彁、弟の妛彁、兄の妛彁、死んでしまった妛彁、生きている妛彁、存在しうる限りの妛彁がいた、架藏がいた、舷がいた、理刕がいた、母が、父が、座敷童子が、ありとあらゆる存在しうるすべての可能性がいた、俺が生きるために、俺が俺であり続けるために必要なすべてがいた、俺が生みだしたのか、最初から本当にこの世界にあったのかわからない、ただただ可能な限りのありたったけのすべてがいた。
無間城を埋め尽くすほどの、ありとあらゆるすべてがいた。
そしてそれと同時に誰もいなかった。
いるのか、いないのか、なにもかもが確かではなかった。
座敷童子がここにいるのか、いないのかさえも――。
真実錨の示す情報がなんの証明にもならないとわかった以上、俺にとって誰が大切な人だったかなどわかるはずもなかった。何が真実で何が嘘かわかるはずもなかった。故に、俺は最悪の最悪を想定した上で、出来ることをするしかなかった。
座敷封司は童子喪失による大いなる衰退と没落からすべての民を救うためにある。
それすらも嘘かもしれなかったが、俺はその現実にすがることにした。
鬳をはじき、字空を曲げ、妻や友や親戚だったかもしれない人を、一人ずつ打ち消していく。墓標へ変わっていくそれらを見て、ありもしない思い出に浸りながらも、俺はこの惑星の地表を墓石で埋め尽くしていった。
はたして何億字打った頃だろうか、鬳からほとばしる祝詞がすべての人に行き渡ると、もはや、生きているものは一人もいなかった。
人々は皆、唯一確かな安らぎに包まれて眠っている。青白い墓標の山の中にもはや彼らはおらず、ゆえに、この惑星に座敷童子がいようが、いまいが、関係ない――もう、めそめそと苦しみ嘆きながら衰退していくことなど、ありえようもなかった。
そして、その救済は俺にとっても必要なものだろう。
鬳を額に押しつけて、俺はゆっくりと死を諳そらんじていった。人々にそうしたように祝詞を込めて、鬳強く握ろうとした。するとその刹那、でたらめな記憶が、走馬灯のように俺の脳裏によぎった。
あの封子祭の日の夜、馬に乗った姉の妛彁に抱き留められながら、おれは無間城への道程をゆっくりと進んでいた。道ばたから眺めている村人の好奇と忌避が入り交じった視線を受けながら、おれは姉に懇願していた。
「なぁ、妛彁。おれは逃げたりなんかしないよ。約束する。みんなが不安に思ってるのはわかってるんだ。おれがどこかに逃げてみんなが不幸になるんじゃないかって、みんな怖がってる。でもね、妛彁。おれはどこか遠くに一人でいったりなんてしないよ。だって、おれは怖がりだからさ、いつだってみんなと一緒じゃないとダメなんだ。そう、だからひとりぼっちでお城にいなきゃいけないなんて――そんなの嫌だよ」
姉は聞いているのかいないのか、うなずきもせずに、ただその言葉を聞いていた。
おれはそれ以上何も言えなかった。
城にたどり着くと、おれは姉から引き離され、城の奥の石棺の中に閉じ込められた。
何重にも重ねられた石棺の中で、おれは自分の情けない声を幾度となく聞いた。それ以外には何も聞こえず、何も見えない。無明の闇の中で、俺はすこしずつおれがおかしくなっていくのを眺めていた。
おれは石棺の中で、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「おれは座敷童子なんかじゃない。おれはひとりぼっちなんかじゃない。みんなと一緒に石の中で眠って、時間が来たら起きるんだ。そう、墸見村から異蟐谷の果てまでみんながみんな眠っている。おれが起きてお城の中から出たらみんなを起こしてまわるんだ。ほら、みんな石の中で眠っている」
その光景は、今まさに俺の目の前に広がっていた。
青白い墓石の山、その奥には、今もなお増殖を続けている無間城がうっすらと見える。
俺は考えた。ここにいる俺は偽物で、本当のおれは今でもあの城の中の暗い石棺の中で眠っているのだろうか? それともこうして眺めている俺が本物なのか? おれは一体誰でどこにいるのが正解だったのだろうか?
考えるのをやめ、俺は鬳を強く握った。
その後のことはもう誰にもわからない。
おれがどうなったのかを俺自身はもう知るよしもない。
ただ、ひとつ確かにいえることはある。
漪能はもうこの惑星にはいない。
●後書き
書き切れませんでした。本当に申し訳ありません。
一部初稿以下の部分がございますがご容赦いただけますと幸いです。
講座で頂いたアドバイス等を元にして改稿したいと思います。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054890349589/episodes/1177354054895585119
●反省点
・初稿(プロット)で挫折してから復帰するまでが遅すぎました。かける時間が足りていないと思います。
・設定をしっかりストーリーの中に馴染ませられませんでした。盛りすぎなんだと思います。
・よくわからない生き物とのバトルシーンがどう書いて良いのか思いつかないという問題に、プロット段階でちゃんと気がついておくべきだったと思います。バトルってどうすれば上手く書けるのでしょうか?
・主人公の設定が途中で変わるみたいなことをやりたかったのですが、それを魅力的に見せられるストーリーの組み立てが上手くできませんでした。おそらく、物語を進めるための動機が希薄になるとか、そもそもの主人公がよくわからないので、行動原理がわからず、ストーリー上で動かしにくいという問題だと思います。
・良い中二病になるよう頑張りたかったのですが、全然そうなりませんでした。
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