梗 概
Rain Rain Rain
雨女倶楽部は、校内の雨女・雨男を集め、気に食わないイベントを雨天中止とする秘密部活動だ。
しかしそれをものともせずに生徒たちは踊り続ける。今このときが、自分たちの青春の頂点かというように。今この瞬間、生徒たちはみな、晴れ人間だった。竜平の雨が押し返される。しかし、そのことがまた、竜平は気に食わなかった。雨脚を強める。強まるほど、生徒たちは猛烈に踊り狂う。
一進一退の攻防のさなか、竜平は、いまだ消えずに燃え盛る焚き火の組まれた木の上に仁王立ちする天達照彦の姿を認めた。照彦が、ゆっくりと竜平の元へ歩んでくる。目の前まで来て、もうここまでか、と観念したその瞬間、竜平は、自分が照彦に抱擁されていることに気がついた。
雨が、肌に心地のよい、優しいものへ変わった。
文字数:1200
内容に関するアピール
小学校の頃、急に校舎の中が暗くなって、大雨が降り出すと空気が変わり、廊下で叫び出すやつが必ずいました。私ではありません。
実作では、登場人物の心理状態に合わせて、雨を縦横無尽に操作したいと思います。
文字数:100
Rain Rain Rain
1
海野竜平は、スマホに届いた指示に従い、校庭を挟んで校舎の反対側に位置する、ビニールハウスの裏手に辿り着いた。
校庭では、野球部とサッカー部が練習をしている。空を見上げると、まだらに雲が浮いていた。今のところ雨が降る気配はなく、このままであればやつらは、何の問題もなく今日の部活動を終えることができただろう。
しかし、そうはさせない。サッカー部が、縦横無尽にフォーメーションを変化させるように、竜平たちもまた、校庭を取り囲む結界の間隔を微調整する。ある者は、校舎側のシバザクラの下に体育座りをし、ある者は部室棟の傍らに身を潜め、ある者は車道に面した歩道を行ったり来たりと、さまざまにポジションを変化させる。
指示を出しているのは──竜平は首にかけていた双眼鏡で、校舎の屋上を見た。同じように双眼鏡で、地上を俯瞰する女子生徒が一人。我らが部長、鯰尾滑子先輩だ。時刻は、午後六時を回ったところ。
滑子が、右腕を掲げた。
竜平は目をつぶり、なるべく、気が沈むようなことをイメージした。幼少期のトラウマ。足に纏わりつく大量の赤蟻。小学校で隠された上履き。家族への悪口。体育のペア作り。中学の修学旅行の班決め。去年の学校祭の後夜祭。今年の学校祭の準備。ダンス。模試の結果。進学。就職。年金。増税。日本の将来。俺の未来……。
一五分ほど続け、目を開く。
雲が、だいぶ重く垂れてきている。
だが、あともう一歩というところか。
大事なのは、自分の心を不安定にすること。決して信じてはならない、安心してはならない。心の中に乱気流を作りだすのだ。そうすれば、自ずと天も応えてくれる。
今、この校庭の周りで、竜平の仲間たちも一生懸命に心を曇らせている。
部長曰く、人間には、心の状態を天候に反映させる不思議な力が元々備わっているそうだ。実際には、それは微々たるもので、大きな力を持つことはない。しかし中には一定数、天候に強い影響を及ぼす人間がいる。俗に言う、雨女・雨男だ。
そして、学校中から選りすぐりの雨女・雨男を集め、雨を降らすために日々活動する、それが晴山高校秘密部活動、雨女倶楽部である。
──今日の雲は粘り気があるというか、なかなか落ちて来ないなぁ。
竜平がそう思っていると、スマホにメッセージが届いた。滑子からだった。
「ごめん、海野くん! 今度の土曜日、一緒にカラオケ行くって約束してたけど、別の予定入っちゃった。また今度!」
読み終えると、竜平はため息を吐き、天を仰いだ。
──もちろん、わかっているさ。俺たちの心が曇れば、雨が降る。だからわざとこうやって、最初から行くつもりもないのに気を持たせて、裏切って落ち込ませているんだろう。わかるよ。わかってるけどさ。ワンチャンあるじゃないかって思っちゃうんだよなぁ~人間って!
顔に、冷たいものが触れた。降り出した。
雨は、さわさわと音を立て、大地に空から透明なベールをかけた。
竜平は、雨女俱楽部支給の黒いこうもり傘をさした。
校庭では、野球部が慌てて撤収を始め、サッカー部は、どうやらそのまま練習を続行するようだ。
双眼鏡で屋上を見上げると、滑子は器用に右腕だけで双眼鏡と傘を持ち、左手はサムズアップを作っていた。
2
窓際の席から、竜平は灰色の空を眺めていた。今日の降水確率は何%だったろう。40%くらいだったか。この空模様なら、もう一押しで降り出しそうだ。
今、竜平の所属する二年C組では、一月後に開催される晴山高校文化祭、通称晴祭に向けた話し合いが行われていた。
晴祭は毎年七月に開催され、クラスごとに取り組むいくつかの催しがあった。模擬店、教室を使用した出し物、校舎の壁にかける垂れ幕、仮装行列、山車、アトラクションと称されるダンス……。
問題はこのダンスだ。竜平は運動神経が全て壊死しているのではないかと思えるほどの運動音痴だった。竜平の身体では、あるところでは糸が切断され、あるところでは絡まり、あるところでは付け間違えられている不良品の操り人形のような動きにしかならなかった。だから、自分の身体の不細工さをわざわざ衆目に晒さなければならないこのダンスというやつが、竜平は特に苦手だった。
「じゃ、2Cのクラステーマは“魔王”で」
わっ、と歓声が上がり、少し遅れて万雷の拍手が鳴り響き、やんややんやと囃し立てる声が上がった。
──ま、まおう? なんだよ、まおうって……。
話を聞いていなかったので、どういう流れでそうなったのかはわからなかった。黒板にチョークで大きく“魔王”と書いてある。クラステーマは、晴祭全体のテーマとは別に決めるものだ。それに従って山車と衣装とダンスを作る。得点審査もあって、クラス対抗で順位がつけられる。
竜平は、周りにあわせて形だけ拍手をしながら、心の中で舌打ちした。
──話し会いが始まる前は「だり~」「うぜ~」「めんどくせ~」みたいな雰囲気だったのに、結局盛り上がるのかよ。
とはいえ、盛り上がりすぎだと思った。たかが学校祭のテーマ決めで、いい高校生たちがこんなに盛り上がることがあるのだろうか。
──あいつのせいか。
竜平は、黒板の前に立つ、一人の男子生徒に目をやった。
その生徒は、白チョークで書かれた黒板の“魔王”に、赤チョークと黄色チョークでグラデーションをつけていた。学ランの上着は脱いでおり、ワイシャツ姿の背中が小気味よく動いている。しばらくして、チョークを粉受けに放ると、手のひらの粉を払い、出来栄えに満足したのかうんうんと大きく頷いて、こちらを向いた。
教室が静かになる。みんな、彼の言葉を待っているのだ。
竜平はワイヤレスイヤホンを取りだし、バレないようにそっと耳につけた。
彼が話を始める。竜平は爆音で楽曲を再生した。
みんな、彼の話に真剣に耳を傾けている様子だ。何を喋っているか知らないが、お調子者の男子たちのモーションから察するに、ずいぶんまた盛り上がっているようだ。
ご演説に一区切りついたのか、ニッ、と笑った彼の口元からは、完璧な白い歯並びが覗いていた。その笑顔を見ると、誇張抜きで教室が何段階か明るくなったように思えた。心なしか、外の天気も良くなってきた気がする。
天達照彦。文化祭実行委員で、おそらく学年一の人気者。
竜平は苦手だった。
3
「でもさー、ダンスとか頑張っても他のクラスに勝てっこないしさ、どうせ負けるなら参加しない方がよくね?」
クラスメイトの一人が言った。竜平は珍しく心の中で同意した。
「それならそれでいいじゃん」
「いや、そうじゃなくて、俺ら雨男が参加すると可哀想だなって思ってさ……」
「ああ、確かになあ」
「俺ら全員、雨男なんだからしょうがないよな」
別の男子生徒が同意する。
すると、女子生徒の一群の中から声が上がった。
「え~っ! 私は晴れ女だよ!」
「あたしだってそうだもん!」
「私なんて雷神だよ!?」
口々に反論しては盛り上がっている。この手の議論になるといつもこうなるのだ。もちろん、こいつらが本当に雨男や晴女なわけではない。
──天候を作用する力を持っているのは、俺や他の俱楽部メンバーのような、選ばれた人間のみなのだ。何だったら今すぐ俺の力を見せてやっても……。
「あの、話聞いてます?」
「あ、はい、すみません」
目の前の女子に注意をされ、竜平は力なく返事をした。
現在はダンスの練習のために、放課後に生徒だけで自主的に集まって練習をしているところだった。今日は港にある倉庫前を使わせてもらっている。
この練習は学校側の公認ではない、非公式な集まりで、晴高生の間では闇練と称されている。自主的とはいっても、ほとんど半強制だ。竜平のような同調圧力へ容易に屈しうる人間は、皆勤賞にならざるを得ない。
今は案の定、竜平があまりにもダンスができなさすぎるので、振り付けを考えている女子生徒が、ワンツーマンで個人レッスンをつけてくれている。しかしさっぱり上達する気配がないため、最初は言葉もタメ口でフレンドリーだったのに、今はその感じも消え、敬語で話しかけてくる状態だ。
──つらい、本当につらい。
ゴロゴロと、上空のどこかでくぐもった音がした。
「やべ、雷? これ雨降るんじゃね?」と、男子生徒の一人がいった。
竜平は、一刻も早く雨に降ってもらい、今すぐこの場をお開きにしてほしかった。
──倶楽部のみんながいれば、とっくに雨を降らしているのに……。
いつもこういうときはお互いに協力し、雨が必要な時には降らし合い、面倒ごとを避けるのも雨女俱楽部の美点である。しかし残念なことに、現在は各クラスで闇錬を行っているため、俱楽部メンバーに招集をかけることができないのだ。
「あの! 本当に聞いてます!?」
「あ、す、すみません……」
こうなったら、自分一人の力で心を曇らせ、雨を降らせるしかない。しかし、それまでにどれほどの血の涙を心で流せばいいのかと、竜平は憂鬱になった。
「じゃあさ、竜平くんに魔王やってもらったら?」
竜平のことを馴れ馴れしく名前で呼ぶ人間は、学校で一人だけだった。
いつのまにか、天達照彦が側に立っている。
ダンスをレッスンしてくれている女子生徒のさきほどまでのとげとげしい雰囲気も一気に解ける。
「え、でも、でも。やっぱり魔王役は、メインだし、照彦くんがじゃなきゃ……」
確かに、そんな荷が重い役は御免こうむりたいと竜平と思った。
「いやーでも、あれさ、あんまり動き無くて退屈なんだよね、ぶっちゃけ。こうさ、タイミング見て腕をグワーッて上げるだけだからさ、魔王。基本、棒立ちだし」
それなら是非やらせて貰いたいと竜平は思った。
女子生徒はそれでもまだ悩んでいる様子だったが、天達の「俺も××ちゃんの考えた振り付けで踊りたいんだよ!」という口説き文句が決め手となり、竜平は晴れて、タイミングを見て腕をグワーッて上げるだけの基本棒立ちの魔王役をゲットした。
話しがまとまると、天達はさっと別のグループのところへ向かったが、去り際に竜平の方を振り向き、あのお得意の笑顔でサムズアップして見せた。
悔しいが、めっちゃいいやつじゃん、と竜平も認めざるを得なかった。
4
本日の雨女俱楽部活動場所は、校舎裏だった。ここで告白をする生徒がいるという情報が入ったのだ。
──文化祭の非日常感にやられて思い切って告白してみちゃうパターンね。あるある。
校舎裏は、雑木林に囲われ、涼しいが寂しげな雰囲気だ。離れのように建つ弓道場も、今日は弓道部が休みなので、ひっそりとしている。
竜平たち雨女俱楽部メンバーは、各自周囲の雑木林の中に身を潜めていた。
そのまま待つこと三〇分、ようやくターゲットが来た。
──おぉっと、今日はすぐに雨を降らすことができそうだ。
何とも初々しい感じの坊主頭の男子生徒が先に来て、後から活発な印象のショートボブの女子生徒が来た。どちらも竜平は顔を見た覚えがなく、つまり同学年ではない。まだ幼さの残る顔立ちから、三年でもないだろう。つまり、一年生ということになる。
──生意気な!
竜平の中で、嫉妬の炎がメラメラと燃え上がる。その想いは他のメンバーにも共有されているのだろうか、哀れ二人の前途多望な若人の頭上には、急速にとぐろを巻くように黒雲が出来上がっていた。
「あの……」と、一年坊主がモジモジしている間に、雲はどんどん垂れ下がってくる。
竜平は、この雲の状態なら、ゲリラ豪雨をキメられるはずだと思った。
「あの……ええと……」
──落としてやる。最後の言葉を伝える寸前に、滝のような雨を。そして物理的に届かないようにしてやる。お前の愛の言葉を!
「俺と……!」
──させねえよ!
竜平は、今この時この瞬間、雨よ降れ、と強く念じた。しかし。
「つき、付き合ってください!」
──あれ?
一瞬間のうち、ショートボブの女子生徒が照れながら出した答えは、
「はい」だった。
雨は、降らなかった。それどころか、暗雲に裂け目が入り、そこから差し込んだ光が、新しいカップルの誕生を祝福するように、二人を包み込んだ。
カップルがいなくなってから、竜平はすっくと立ち上がり、さきほどまでの雲が影も形もなく消え、晴れ渡っている空を茫然と眺めた。
周りの雑木林からも、竜平と同じように、雨女俱楽部のメンバーが次々に立ち上がり、茫然と空を見上げている。
竜平はどうしても納得がいかず「な、なんで」と口にした。
それに応じるように、どこからか「なんでだろうなあ?」という男の声がする。
「だ、誰だ!」
竜平がそういうと、男は、雑木林からは死角になる、弓道場の影からゆっくりと現れた。
「人の恋路を邪魔するやつは、馬に蹴られて死んじまえ、って言葉を知らないのかお前は」
それは、めっちゃいいやつ、天達照彦だった。
竜平はやはりよく状況がよく飲み込めず、「な、なんで」と、再び口にした。
「それはこういうことだ」
天達照彦が手を掲げて合図をすると、今までは気がつかなかったが、隠れていた生徒たちが姿を現した。
しかもその面子を見て、竜平は恐れ慄いた。みんなサッカー部、野球部、バスケ部、ソフトテニス部、バレーボール部などなど、俗に上位カーストに分類される運動系部活動、その中でもクラスの中心人物となるような上澄みの生徒ばかりだったのだ。
「俺たちが晴高秘密部活動、晴男クラブだ」
日差しが一層強くなった気がした。逆光か、オーラなのか、まるで後光が差しているようで、竜平は彼らをまともに見ることができなかった。
5
晴男クラブとの邂逅の翌日、竜平は雨女俱楽部部長・鯰尾滑子にことの次第を報告した。
「そう」とだけ滑子は言い、少しの沈黙のあと、続けた。
「滅んだと思ってたのにね、晴男クラブ」
滑子が入学するよりも前、晴高の制空権を巡る秘密部活間の熾烈な闘争があり、それに勝利した雨女俱楽部は、一気呵成に責め立てて、晴男クラブを事実上の廃部に追い込んだという。
「そうか、命脈は保たれていたのか……」と、感慨深げにつぶやくと、滑子は瞑想に入った。
竜平は、天達照彦、並びに晴男クラブによる雨女俱楽部に対する宣戦布告の内容を伝えた。曰く、「もう雨女俱楽部の好きにはさせない、俺たちが晴高の空と、明るい学園生活を守ってみせる」とのことだった。
しばらくの沈黙ののち、滑子は両眼をカッと見開き、言った。
「気に食わないね」
その日から、雨女俱楽部と晴男クラブの、熾烈な戦いの火蓋が切って落とされた。
明るい学生生活の気配を察知すると、竜平たちは必ず現れて雨を降らし、全てを台無しにしていく。
しかし、晴男クラブも負けじと快晴を作り、暗い気持ちをポジティブなものへ変換していった。
一進一退の攻防が続き、晴祭当日までの一カ月間、晴山高校の上空の大気は非常に不安定な状態であり続けたのだった。
6
結論からいえば、雨女俱楽部と晴男クラブによる抗争の天王山ともいえる晴祭初日、敗北したのは雨女俱楽部だった。その日の天気は、絶望的に良かった。
誤算だったのは、晴男クラブとの闘いを通じて、雨女俱楽部の中に結束や友情愛など、正の感情が醸成されてしまったことである。それは俱楽部メンバーの雨を降らす力を徹底的に弱体化させた。
そして一般の生徒に置いても、度々降る雨が適度な障害となり、それを乗り越えることによりさまざまなドラマを生み出し、個々としては小さいながらも、総量として莫大となった青春パワーが、ちぎれ雲一つ残らず吹き飛ばしてしまったのである。
ことここに至って、今回の抗争で実質的廃部に追い込まれたのは、雨女倶楽部であった。
7
二日間の催しが全て終わり、後夜祭が始まった。
生徒たちはみな、校庭に集まり、思い思いのポジションにとどまっている。
校庭の中央には、木材が積み上げられている。焚火の準備だ。
仮説ステージの上では、文化祭実行委員のメンバーが並び、マイク越しに何かを喋っている。その中には天達照彦の姿もあった。
竜平は、適当なタイミングで校舎裏の弓道場前へ移動した。他には誰もいなかった。
この辺りは静かで、暗い。やはり竜平は、こちらの方が落ち着いた。
しばらく、待った。
「お待たせ」
黄色クラスTシャツを来た、鯰尾滑子が来た。
お互い、押し黙る。
先に話し始めようとした滑子を制して、竜平が言った。
「もう、終わりですか」
「……そうだね」
また、沈黙。
校庭の方から、マイム・マイムが流れてきた。
「みんな、もう新しい学生生活を始めてるとよ」と、今度は滑子から言った。
「……そうですね」
竜平もわかっていた。もう前のような、ジメジメとした学園生活は戻って来ないのだと。
自分もまた、新しい一歩を踏み出さなくてはならないのかもしれないと、思った。
「鯰尾先輩」
滑子は、今度は何も言わなかった。
「俺と、付き合ってください」
竜平は、頭を下げ、真っ直ぐに滑子へ手を差し出した。
滑子が、言った。
「まあ、それは普通に、ない」
「ありがとうございまぁっす!!」と、叫び、竜平は校庭へ疾走した。
焚火を囲んで踊りながらグルグル回る生徒たちが目に入った。
瞬間、竜平の中でドス黒いものが爆発する。
それが豪雨となって降り注ぐ。
しかし、それをものともせずに生徒たちは踊り続ける。
今このときが、自分たちの青春の頂点だというように。
今この瞬間、生徒たちはみな、圧倒的な晴れ人間だった。
竜平の雨が押し返される。
だが、そのことがまた、竜平は気に食わなかった。
雨脚が一層強まる。強まれば強まるほど、生徒たちは猛烈に踊り狂った。
一進一退の攻防のさなか、竜平は、いまだ消えずに燃え盛る焚き火の組木の上に、仁王立ちする天達照彦の姿を認めた。
照彦が、ゆっくりと竜平の元へ歩んでくる。
一緒に、雨が降る境界も押し戻されて来る。
目の前まで来た。もうここまで、南無三、と観念した次の瞬間、竜平は、自分が照彦に抱擁されていることに気がついた。
雨が、肌に心地のよい、優しいものへ変わった。
文字数:7319