驟雨の燕よ、電脳空魔ドローンを撃て!

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梗 概

驟雨の燕よ、電脳空魔ドローンを撃て!

シジュウカラの言語発見で加熱した鳥類言語研究にて、燕と会話が可能となった近未来のお話。

小6の陸は自宅の燕に、隣の弘美と一緒に登校しない理由を聞かれ、急に大きくなった彼女と歩くのが恥ずかしいと答えた。父親が鳥類学者の陸の家の燕達はとても優秀で、翻訳兼通信モジュールを装着して実験に協力している。

一年前に近所の小山の頂上と中腹の無人施設を、20名程の若者が荷物を持込み占拠した。
近隣住民が警察に通報するも、宗教法人申請中の集団で問題なしと却下される。

彼らのドローンが多数飛び始め、逆茂木や障害物が設置され、小山は山城の様相を呈してきた。
陸達数人で偵察し無数の爆弾を積んだドローンを発見、見つかり逃げる途中で弘美が罠に捕まる。
警察に状況を伝える中、彼らのメッセージがネットに流れた。

彼らはベルゼバブと名乗り日本からの独立を宣言、弘美を含む人質10名を公表する。
二千台の武装ドローンが近隣を示威飛行し、政治犯7名の釈放が要求された。
爆弾が周辺に投下され交通網は寸断される。

特殊部隊の侵入の試みは、監視装置とドローンにより撃退された。
自衛隊に治安出動が要請されたが、装甲車は低空からの爆撃で車輪を破壊され沈黙する。
攻撃用ヘリも特殊兵器搭載ドローン多数の壁に阻まれ接近できない。
人質がいるので施設を砲撃できない為、手詰まりとなった。

民間有志がドローンによる攻撃を試みるが、敵ドローンの多機連携AI操作にて全滅。
同時に実行された軍用燕による対ドローン攻撃も健闘したが大物量の前に負傷撤退した。
陸達の秘密の洞窟を使った偵察で食料と燃料は3年分備蓄され、兵糧攻めの効果がないことが判明する。

専門家協議で、線状降水帯制御装置で雨を降らし、驟雨の中、燕がドローンを攻撃する計画が立案される。
装置が山の四方に設置された。適性のある燕としてリク家の親燕と子孫20羽が徴用された。

攻撃を察知したベルゼバブは、期限までに釈放がない場合は弘美を含む人質数名を処刑すると発表。
同時に線状降水帯制御装置の一角がドローンに破壊され、短時間では修復できない状況となる。

当日の予報は晴、治療中の軍用燕リーダーからリク家燕達はドローンを一撃停止させる攻撃箇所を伝授される。
3方向だけの線状降水帯制御装置の影響は予測できない。ダメ元で起動するも雲は起こるが雨は降らない。
期限まで4時間の午後2時、この季節には珍しい東風が吹くと降り始めた雨は車軸を揺るがす豪雨に成長した。

特殊部隊の雨中の救出作戦に気づいた敵の全ドローンが発進した。
豪雨で二千台のドローンの通信が悪化、ワイパーも十分に機能しない状況で、上空から20羽の燕が襲いかかる。
瞬膜と翼の油分で飛行能力の落ちない燕達が、激闘の末にAI操縦ドローンを全滅させる。
施設内の戦闘はベルゼバブリーダーの自爆ボタンを陸と燕の連携で奪い決着した。

雨上がりの虹の下、弘美に抱擁されて赤面する陸の姿があった。

文字数:1200

内容に関するアピール

雨に関しての一番の思い出は、最寄駅近くのゲリラ豪雨で、愛車が水没し廃車となった事件です。
自宅から10分の平坦に見えた道路での水没は想像すらしておらず、突然の驟雨の恐ろしさが骨身にしみました。
比べて我が家の燕達は、台風の風雨でも果敢に雛の餌さがしに飛びだしていきます。
課題提示後にドローンが悪天候に弱いと知りこの話を思いつきました。
舞台となる小山は、数年前に単身赴任していた熊本駅のすぐ近くにある花岡山と万日山がモデルです。
新幹線の駅近くで、標高は高くないけれど登りがいがあり、自然が残された素敵な空間です。(写真参照)
タイトルは今年読んだ中で一番面白かった『同志少女よ敵を撃て』から、敵ドローン2千台全滅は『三体Ⅱ』から、小6凸凹カップルは『僕の心のヤバイやつ』から、それぞれイメージを参考にさせていただきました。
FF回で豪雨被害を書いたので今度は雨が味方する物語です。

 

文字数:385

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驟雨の燕よ、電脳空魔ドローンを撃て!

 
「リク、学校行こう!」
隣の同じ小学校6年の弘美が、玄関の外から呼んでいる。

梅雨が明けて、朝からジワリと汗ばむ気候の下、もうじき夏休みというこの時期は小学生にとって一番楽しい季節のはずなのだが……
リクは玄関扉の内側で、モジモジしている。
 
「リク、遅刻しちゃうよ!」
弘美はリクが玄関にいるのに気づいているようだ。何か応えなければとリクは焦って言い訳を考える。
 
「今日は、鳥の世話があるから……ごめん……先に行ってて……弘美」
リクは、若干の後ろめたさを感じながらそう応える。
「……今日も鳥の世話? 最近、リクはいつも鳥の世話だね。つまんないなあ」
少しの間をおいて、弘美の足音が遠ざかっていく。

ドアスコープから覗いて、彼女の後姿が遠ざかっていくのを確認する。
“俺より、頭一つ大きいよな。小学校の高学年だと女の子の方が大きいって聞くけど……弘美、デカすぎない?”
彼女がデカいのは身長だけではないところもリクを悩ませている。

ここ一年で急に背が高くなった弘美に頭一つ差をつけられたリクの目線の正面は、丁度彼女の胸のあたりだ。
先日、一緒に登校していて、テストの話をしながらふと横を向いた時、ノースリーブのワンピースの袖ぐりから覗く、彼女の白い脇から胸元にかけてのふくらみを間近で見てしまった。
それに気づいてからは、もうリクはまともに弘美の姿が見られなくなっている。
横並びで歩いていても、顔は常に正面を向けて絶対に弘美の方に曲げないようにしていた。
そのくせ、視線は挙動不審な動きで、弘美の胸元や脇あたりをチラ見してしまう。
そんな自分が恥ずかしくて、一緒に登校するのを避けるようになった。

リク家の玄関扉の内側には不思議な空間がある。上がり框から三和土、玄関扉と一直線に連なる構造のはずが、扉の直前で左側に折れるL字型だ。
曲がった三和土の突き当りには、天井付近に泥でこねられた茶碗のような物体が木製の台の上に載せられている。
地方の民家ではよくみかけるその構造の正体は、巣台とその上に盛られたツバメの巣だ。
今は、今年の二番子の5羽が、巣立つまであと数日といった状態でひしめいている。
 
「ピッピ、チュピ、ピー、ピピピ、ッピ……おはよう!」
リクが子ツバメ達に声をかける。『おはよう』の前の何かの呪文ような言葉は、二番子達の名前だ。
子ツバメ達はリクの声に反応して、一斉にさえずる。
 
『リク! ヒロミと行かない、どして?』
『リク、おはよ、いけ!』
『ロク、ハラへッタ』
『ぐきぐか』
『りづああこまわ……』

雛達のうち大きく育った3羽は何とか言葉を返す。
小さい方の2羽はまだ言葉になっていない。

そう、リクの家のツバメ達は人の言葉を話すのだ!

  **

それは2020年代の初めにシジュウカラの鳴き声がいくつかの言葉から構成されており、文法のような規則まであると報告されたことがきっかけだった。
鳥類研究者によるシジュウカラを含む鳥の言語研究が一気に過熱する。

意外なことに、世間一般で話す能力がありそうに思われているインコやオーム、九官鳥などの鳥には、言語は発見されなかった。
これらの鳥には話す能力の兆候は見られるのだが、それは人の声をまねた鳴き声であり言語ではない。
人間に飼育され、孵化後の早い時期に親鳥から離されるこれらの鳥たちには単語や文法の意味での言語は発生していない。
インドで発見され当時は狼に育てられたと思われていた姉妹など、乳幼児期に人間社会から隔絶されて育った子供たちが言語を持てなかった事例から、言語能力の発達には親とのコミュニケーションが、共通言語の成立にはそれなりの規模の社会が必要なことが認識されている。人間に飼育されているいわゆる『話す』鳥たちに言語がないのはその部分が欠けている為ではないかと推測される。

シジュウカラの報道以降、一時期、世間で流行った飼育している鳥に話しかけて反応をネットにあげるブームも去り、加熱した鳥とのコミュニケーションの夢が沈静化する中で、野鳥の中に本当の意味での言語能力を持つ種がいることが判ってきた。
渡り鳥の一部には、安全な休息場所や集団での寝ぐらを確保するために、数万羽に達するような大規模集団を形成する種が存在する。そうした種類の鳥から共通言語と呼べるような地域や血族集団を越える言葉が発見されたのが15年程前のことだった。

大規模集団を形成する渡り鳥の中で、人間の生活環境で子育てをし、観察が容易だという理由でツバメの言語研究が他の鳥よりも活発に行われるようになる。
鳥類の言語能力研究者の中には、自宅内にツバメの営巣に適した環境を作り、毎日観察する者もいた。

自宅でツバメの営巣を日々観察している鳥類研究者の一人、中島祥平氏が孵化したばかりのツバメの巣の観察中に不思議な現象に遭遇する。
ツバメの親鳥は孵化した雛の卵の殻を、通常はどこかに運んで捨ててしまうことが多い。蛇や猫、カラスなどの天敵に雛が産まれたことを察知される危険を考えれば当然の行為だ。
彼は、抱卵する母親ツバメに頻繁に声をかけていたが、最初の雛が孵化する直前の時期に、巣の下で何気なく自身の願いを口にしていた。
 
「卵の殻が欲しいから、捨てないでくれないかな」

翌日、彼が日課の庭木の手入れをしていると、毎日形を整えている枝に、地面に落ちないように巧妙に引っかけられた卵の殻を見つける。その場所はツバメの巣から見える位置だった為、振り向くと巣の縁でこちらを見つめながら頷くような動作をして小さく鳴く母親鳥と目があった。
 
「お前、俺の言葉が判るのか?」
 
そう尋ねると、母親鳥はまた頷いて小さく鳴いた。
この名前もない一羽の雌ツバメが気まぐれでしたような行為から、彼はツバメに声をかけ続けて反応を観察した。
その結果、世界で最初の人の言葉をある程度理解できると推測されるツバメの個体が確認された。
翌年、研究体制整えていた中島氏のもとに、母親鳥は渡りから戻らなかった。その後、中島祥平氏の観察対象にそのような個体は現れていない。
まさに一期一会の出会いだったと言えるだろう。

  **

数年後、誕生から巣立ち迄の能力が急激に発達する期間に、人間の近くで過ごしたツバメの雛達、中でも人間にたくさん声をかけてもらった者の中に、鳥の言語を持ちながら人間の言葉もある程度理解できる、バイリンガルとでも呼べるような個体がいることが明らかになってきた。
リクの父親の志郎は、この超言語能力ツバメ:Super Language Ability Swallow 、略称SLASの研究者の一人だ。そして独自の飼育方法で高い確率でSLASの育成に成功している飼育家としても有名だ。

そうした経緯で、リクの家の玄関土間のL字の曲がりの先には、SLASの雛達が陣取って、人間たちの朝の営みを見下ろしながら、好き勝手なことを喋っている。

巣台の裏側には、親ツバメ2羽と子ツバメ用に9基の、長さ4cm直径1cmの円筒状の超小型言語翻訳装置、通称pinkyが設置されており、SLAS各個体の発する鳴き声を、リアルタイムで翻訳・音声化して伝えてくれる。SLASの発達段階で雛が発するノイズのような鳴き声も、鳥類の言語能力発達過程の分析には貴重な資料となっている。

今年の2番子5羽の名前は、発達の早い順から、『ピッピ』、『チュピ』、『ピー』、『ピピピ』、『ッピ』と名付けられた。
ツバメの鳴き声に近い名前でないと反応してくれない。人間が発音できるツバメの音声の要素は少ないので『ピ』や『ツ』や『チュ』といった音が多くなる。毎年同じ名前や似たような名前となってしまうが仕方がない。

リクの父、志郎が自宅を改造してツバメの観察を開始したのが12年前のこと、当初は倉庫のような建物の中に多数のツバメを営巣させていた。
7年前に、待望のSLASの夫婦がリク家を訪れる。いろいろ苦労して倉庫から、新しく改造した玄関のL字型の土間に営巣場所を誘導し、観察できるようになったのが5年前。
以降、SLAS夫婦の巣からは毎年ほぼすべての雛がSLASとして巣立っていくようになった。言語能力は少しづつではあるが毎年向上している。

親鳥2羽は、リクが幼稚園の頃にその鳴き声を真似してつけた名前がついている。
父親ツバメは『ピピ』、母親ツバメはより低い声で鳴くので『ビビ』と呼ばれている。

  **

志郎と父親ツバメのピピが、巣台の裏につけられたpinkyを介して、研究用の機器の装着について話し合っている。
「君たちSLASの巣の外での生態をモニターする為に設計した機器の試作ロットを、装着してもらった感想を聞きたい?」
 
『2gのこの機械はとても重い。これを着けていると、虫がほとんど捕まえられない! 外してほしい』
 
「了解した。より軽い機械を開発するが、どのくらいの重さなら常時着けてもらえるのか?」
 
『人間に捕まって金属製の足環着けられた奴がいた。ワタリの時、大嵐で疲れて海に落ちた! ワタリでなければあのくらいの重さであればなんとかなるのではないか?』
 
「調べてみたところその型の足環の重量は0.2gだった。君たちの体重の1%程度だ。それくらい軽くないと飛ぶ能力に支障がでるということか、ツバメの飛行能力の高さがうかがい知れる数値だ」
 
『ほんの少しの重さの違い、羽の状態の違いが飛ぶチカラを無くす。協力はするが飛ぶチカラが一番大事!』
志郎の目論む常時装着可能で、ツバメの行動を監視できる装置が実現するには、まだまだ時間がかかりそうだ。それまでは観察とpinkyでの会話による情報採取を行うしかない。

防衛省が飼育している軍事用ツバメでは、4gの通信機器を装着しての実験が開始されているらしい。民間の研究の場合、鳥類保護法の拡張条項により、対象の鳥が言語能力を持つ場合は、同意なしに機器等を装着することは禁止されている。この時は防衛省の職権を羨ましく感じていた志郎だが、金属製の機器を装着しなかったことによる幸運に感謝する事態が、将来訪れることを知る由もなかった。

  **

平野の南北に四、五百m離れて隆起した東西に延びる横長の標高133mの白岡山と138mの万平山、二つの山の西側を結ぶ標高60m程度の稜線は、東に向けて開いたコの字型の山地を形成している。それらに囲まれた小さな平地にリク達の住む住宅地や小学校がある。

リクが弘美との登校を避けた日から3か月程遡った4月の初めに、二つの小山に二十代から三十代の20名程の男女の集団が現れた。
白岡山の頂上には無人の神社と社務所があり、中腹には廃業したホテルの跡地がある。廃業したホテルには彼らの3/4位が、神社社務所に残りの人数が宿泊し、いろいろな資材を運び込み始めた。万平山には建物も舗装道路もないが、広くて平らな山頂部分が整地されて、傾斜のある運動公園のような場所となっている。そこにもテントが張られ物資が山積みとなっている。
2か所の建物には自家発電装置とその燃料タンク、廃業したホテルには施設内ネットワーク機器、サーバ群とPC、浄水装置、大型の食品庫と冷蔵庫、調理器具、二つの小山の頂上には5Gの小規模基地局施設が設置される。そして厳重に封印された縦横50cm高さ30cm程の段ボール箱が施設と万平山のテント内に大量に運び込まれていく。

一月ほどして、近隣住民から不法占拠しているように思われたこの集団に対する苦情が警察に寄せられる。
数名の警察官が、ホテルと神社をそれぞれ訪れて不法占拠の訴えに関する聞き取り調査が行われた。彼らのリーダー格の男からホテルの地権者からの定期借地契約の公正証書と神社の借地契約書、そして宗教法人設立の申請書のコピーを提示され、書面の内容に虚偽がないことが証明される。
彼らの滞在は合法であることが認められたが、近隣住民とは一切、会話しないため、運び込まれた機器の使用目的や、段ボール箱の中身は不明なままに時が過ぎていった。

警察が聞き込みを行く際に、リク達の町内会役員だった弘美の父親が同行したので、興味本位でリクと弘美もついていった。
警察に書類を渡していろいろと説明している彼らの服装は、スニーカーにダメージデニム、Tシャツやタンクトップの上にカラーシャツを羽織ったラフなものだった。
雰囲気的にはIT企業の三次下請けに突貫作業が発生し、仮設オフィスに急遽集められた非正規の若年層といった感じなのだが、目つきの鋭さが普通の人間ではないような印象を与える。
リーダー格と思われる男は、長髪を後ろで結わえ、小さめの口髭をはやし、角型のフチなし眼鏡をかけた自由業といった風情で、端正な顔立ちをしている。笑い方と視線の配り方に特徴があり、何か企んでいる油断ならない人物といった印象を与える。
 
“こいつら絶対にヒーロー戦隊とかに出てくるような悪の組織だ! 警察は誤魔化せても俺たちは騙されないぞ! スパイして悪事の証拠を掴んでやる!”
リクはそう思いながら、隣にいる弘美に話しかけようとすると、彼女が赤くなっていることに気付いた。その視線の先には、リーダー格の男がいた。
「なんか格好いいかも」
弘美が小さな声で囁く。
「弘美! 何言ってるんだよ! こいつらきっと悪の組織だぞ!」
弘美の意外な反応に動揺して、リクは結構大きな声を出してしまった。
 
リーダー格の男がそれに気づき、リクと弘美に視線を向ける。
目と目が合った瞬間に、リクの背中に鳥肌がたった。
 
笑顔を浮かべているが本心ではないことは、小学生のリクにも判った。射るような視線からは強い敵意を感じる。
そして心の中でこう言っているように思われた。
『悪の組織? いいとこついてるな、ガキども! 俺たちを止められるものなら、止めてみな』

  **

ツバメの一番子と二番子の巣立ちまでの世話と夏休み前の試験とで、一学期の残りほとんどを使ったリクには、小山の悪の組織を調査をする余裕はなかった。
夏休み初日、リクは近所の友達を部屋に集めて対策会議を開いている。
 メンバーは、同じ6年生の弘美とユーマ、5年生のコタローとタクミの良く遊ぶ5人だ。ユーマとタクミは近所の少年サッカーチームに所属していて走るのが早い。
2階のリクの部屋、六畳の和室に車座になって座り、夏休み初日の開放感もあってダラダラと喋っている。勉強会という名目にしたので、リクの母親が麦茶とお菓子を出してくれた。

リクが先日の小山の集団の印象を説明して、偵察に行こうと誘っている。
「リクは悪の組織だとか言うけれど……そんなの今どきいるのかな? 弘美ちゃんは、どう感じた?」
同じ年のユーマが同行した弘美に感想を求める。
全員が弘美に視線を向ける、皆が話すとき以外は弘美の方を見ないようにしている。
ユーマはリクより少し背が高いけれど、やはり弘美の方がずっと大きい。5年生の二人は頭一つ半小さい。
“去年はこんな感じじゃなかったよな。今年は、弘美と目を合わせるの、恥ずかしいんだよな!”
 
「うーん? 私はそんなに悪い人たちには見えなかったけど……」
「絶対、怪しいって! 調べないとまずいって! 弘美、お前、あいつらのリーダーが恰好いいとか言ってたな? 騙されてるよ!」
「私、そんなこと言ったっけ?」
視線をそらしてとぼける弘美にリクはイラっとしている。ユーマが弘美を好きらしいこともリクを複雑な気持ちにさせている。

その後のリクの必死の説得が実り、3日後の早朝にカブトムシを捕まえるという口実で廃業したホテルに偵察に行くことになった。
長口舌を振るって、腹が減ったリクが手を伸ばした菓子の盆には何も残っていなかった。コタローの前に包装ラップがたくさん散らばっている。
“相変わらず食いしん坊だな、コタロー! ここのところ急に太ってきたけど偵察、大丈夫かな?”

  **

早朝の林道の冷たい空気が心地よい。標高は低いけれど白岡山の山頂に続く一本道の両側の樹木は日差しを十分遮ってくれる。リク達はピクニック気分で中腹のホテル跡地を目指していた。
三合目あたりから、舗装道路に直径1m、深さ70cmほどの穴が登り車線、降り車線に交互に現れる。逆茂木を組んだバリケード状の柵も現れ、林道は山城のような様相を呈していた。
 
「これじゃ自動車でホテル跡地までいけないね」
上り坂で息が上がり始めている弘美がリクの後ろから声をかけてきた。
「私有地じゃないのに、勝手に通行を妨害するのはおかしいよ。もう帰って、警察に知らせようよ」
登り坂が苦手なコタローが弘美に同調して、帰りたがっている。
 
「いやホテル跡地までは行く! そこであいつらが運び込んできた段ボール箱に何が入っていたのか調べるんだ」
リクがコタローの提案を拒絶した時、ユーマが足元を横切る陰に気がついて頭上を見上げた。
 
「リク、あそこにドローンが飛んでいる! 大きくて高そうな機種だ! ホテルから飛ばしているのかな?」
幅20cm、長さ30㎝の大ぶりの筐体の四隅から4本のアームを張りだし、先端に円形のプロペラガードが見える。
一同はすぐに他のドローンの存在にも気がついた。いつの間にか、十機以上のドローンに周りを囲まれている。
スピーカーらしき機材を積んだドローンが接近してきてリク達の正面で止まった。
 
「ここは私有地です。許可なく立ち入りはできません。速やかに退去してください」
リク達は顔を見合わせて首を傾げる。
“ここは市道のはずなのに、いつから私有地になったんだ?” 
「公道を通って山頂まで行こうとしているのに、何故退去しなければいけないの?」
リクがドローンに向かってそう応える。
『202X年7月20日をもって、K市から、私どもの社団法人『ベルゼバブ』に山麓からの道も含めて譲渡されています』
リクの質問にドローンが応えた。警報音とともに搭載LEDを点滅させて警告メッセージが発せされた。
『速やかに退去しない場合は、10秒後に攻撃を開始します』
何かを充電しているような甲高いキューンという音とともに周囲のドローンのLEDの点滅間隔が短くなっていく。

ドローンから一条の強い光が発射される。光はリク達の衣服に当たりジュっという音をたててその部分を黒く焦がした。
「熱っち! なにするんだ! このポンコツドローン!」
『退去しない場合、次は肌の露出部分に照射します』ドローンが攻撃を再び予告する。
ドローンの群れは再びLEDを点滅させながら攻撃準備のキューンという充電音を発し始めた。
 
「車道から横道に逃げろ! やけどするぞ!」
そうユーマが叫んで、車道脇の草むらに飛び込む。リクとタクミが後を追った。
弘美とコタローは草むらを走る自信がないようで、登ってきた車道を走って下っていく。その途中でコタローが路面の穴につまづいて転んだ。
リクが草むらの中を逃げながら、最後に弘美たちの方を見た時には、コタローと彼を介抱している弘美が、数十機のドローンに囲まれていた。

  **
 
「ドローンはどうやら道路の上しか飛ばないようだ。追ってきていない。ここから林の中を通ってホテルの裏手に出よう。弘美とコタローがどうなっているかも気になるし」
リクが林の中を走りながら、前を走るユーマとタクミに声をかける。
ユーマとタクミがリクの呼びかけに反応して、立ち止まり振り返る。
ユーマの目が真っ赤になっている。
「リク。俺、弘美ちゃんを置き去りにして逃げちゃったよ! 彼女に合わせる顔がないよ。どうしよう?」
「だからこれからホテルの跡地にいこう。もしかしたら助けられるかもしれないし」
「……判った。一緒に戻る」
リクはタクミが傍らで緊張して震えているのに気が付いた。
「タクミ、お前は山を下りて大人に知らせろ、それから警察に行って助けを求めろ」
タクミが無言で頷き、林の中を下って行った。

リクとユーマは、大きく迂回してホテルの裏手の林の中に潜んで、様子をうかがっている。
ホテルの裏庭は先程、リクたちを襲ったドローンと同じ大きさの機体で埋め尽くされていた。
何百台もあるように見える。ホテルの中から引かれた電源兼用と思われるUSBケーブルが、それぞれの機体に接続されており充電中のようだ。

しばらく様子をみていると、建物の裏口から3人の男女がでてきた。そのうちの一人は先日遭遇したリーダと思われる長髪の男だ。
裏口扉の脇に灰皿が設置されている。そこは彼らの喫煙スペースらしい。

リーダー格の男が、煙草に火をつけながら、比較的若そうなメンバーの男を詰問している。
 
「セットアップ後のドローンの待機場所がメンテナンス通路込みで1台当たり1㎡必要というから計画時に確保した。ホテルの庭の500台、屋上の700台は既に配置済み。お前たちが頂上の神社に明日までに800台配置すれば完了の予定が何故遅れている?」
「リョウジさん、予定が遅延したのは秘密保持の為に仕方がなかった。道路に穴を開けたり私有地を装ったり、いろいろ色々細工はしたが近隣住民が山道を使って神社にお参りに登ってくる。既に8人を捕まえてホテルの部屋に監禁している。その度に、何時間か作業が中断してしまう。もう少し時間を延長して欲しい」
リョウジと呼ばれたリーダー格の男が思案している。
「……」
 
「状況は理解した。それだけ住民を確保しているということは、そろそろ警察にも伝わるだろう。2行程先の人質10名確保を神社で確保した8名で代替する。できれば社会的地位の高い人間が欲しかったが仕方がない。それで2日程スケジュールが詰められる。期せずしてファーストトラッキングできた訳だ」

もう一人のメンバー、色が浅黒く髪が長い東南アジア系の印象を与える若い女が口を開いた。 
「報告が遅れたけど、先程、ホテルから少し下った道路で小学生の男女二人を確保した。監視チームのオペレータの報告では、同行していた小学生3人は車道脇の草むらに逃げ込んだとのことだ」
「OK、ベッキー! これで人質は10人そろったな。小学生の写真出せるか? 逃げた奴らが警察にいくから、またいろいろ面倒くさくなるな……いっそのこともう蜂起しちゃおうか?」

ベッキーと呼ばれた女がスマホの画面をリョウジに見せる。
「ヒュー、小学生には見えないな、今どきのガキは! ビジュアルいいね、ジジババの人質じゃ楽しめないからな……というか、どこかで見たぞ、この女?」
弘美とコタローの写真を見ながら、薄笑いしているリョウジの反応に、リクはとても嫌なものを感じた。
“弘美があぶない。早く何とかしないと!”
ユーマが隣で真っ赤な顔をしてリョウジと呼ばれた男を睨みながら歯を食いしばっている。
“ユーマ。やっぱり弘美が好きなんだな……”

リクとユーマは、彼らが煙草を吸い終えて建物内に戻るのを待ってから、庭に並べられたドローンを写真に撮り、急いで山を降りた。

  **

白岡山の麓の交番で先に下りたタクミが、二人の警官を前にして、悔し涙を流している。
“どうして信じてくれないの! もたもたしてたら弘美ちゃんとコタローがあいつらにやられてしまう!”
 
「ホテルに居住している宗教法人の方に連絡したら、小学生の集団が不法に敷地内に侵入したので監視用の機材で警告した。3名が逃走したが、2名はその場にとどまったのでホテルで休ませたところ、反省の色が十分に見られたので先ほど帰したとおっしゃっていたぞ!」
「電話では、丁寧でとても感じのいい女性だった。お前達をあまり叱らないように気を使っておられた。お前達の方こそ反省する必要があるんじゃないか?」
 
「だからドローンにレーザー光線で撃たれたんだって、このままでは弘美ちゃんとコタロー君が危ないんだって!」
 
「レーザー光線? 馬鹿言ってんじゃないよ! これ以上、聞き分けがないとご両親と担任の先生に連絡するぞ!」
 
「……」

そんなやり取りをしている現場にリクとユーマが現れた。
 
「ユーマ、リク! この人たち俺の言うこと全然信じてくれないんだ」
涙をボロボロと流しながらタクミが2人に訴える。
 
「判った。頑張ったなタクミ、後は任せろ」
リクとユーマが、2人の警官に説明を始める。最初は鼻で笑っていた警官たちだったが、2人が撮影したホテルの裏庭を埋め尽くすドローンの写真を見てから顔色が変わった。

警官の一人が、先程連絡した宗教法人の電話番号に通話する。
同じ女性が応対に出たようだが、数百機のドローンのことを質問すると、何語か判らない言葉で暴言らしきものを叫び通話が切られた。

警官たちは、リク達が提供した写メを含めて、警察署と市役所とマニュアルに記載された緊急事態発生時の連絡場所に報告を始める。

後に歴史の教科書にも載ることになる、反国家組織『ベルゼバブ』と日本政府の20日間戦争はこの時から始まった。

  **

夕方のニュースでK県の県庁所在地K市で起きた、反政府組織による人質を取っての立て籠もりが報道されている。平和な国と思われていた日本で久しぶりに起きた人質立て籠もり事件は世間を騒然とさせている。
『ベルゼバブ』と名乗る彼らのSNSへの投稿がトレンド入りし、彼らがアップしたYouTuve映像が短時間で300万アクセスを稼いだ。

リクとユーマとタクミの3人は、事情聴取で任意同行している県警本部の部屋で彼らのYouTuve映像を見ている。

「……腐敗した日本政府にこれ以上、我々の国土を任せることはできない。我々の名は、救国戦線『ベルゼバブ』、我々の要求は3つ!
第一に、不当に拘束されている我々の同志政治犯7名の即時釈放、
そしてK市の我々の拠点である。白岡山と万平山に囲まれた3km四方のエリアの日本からの独立、
最後は人質一人当たりの10億円の身代金を日本政府が支払うことだ」
リーダー格のリョウジが日本政府の外交姿勢と政治腐敗を糾弾した後に、彼らの要求を公表した。

画面は切り替わり、ホテルの屋上と裏庭を埋め尽くす武装ドローンの映像が流れる。
兵装担当と思われる短髪で大きな体躯の色黒の男が、彼らのドローンの性能と特性について説明する。
「我々は高価な軍用品ではなく民生品を部材として、二千機に及ぶ武装ドローン集団を作り上げた。しかもこの二千機は高機能サーバ上のカプセル化したAIパイロットエージェントに操縦の大部分を依存する為、たった20人の訓練されたオペレータによって全機を動員しての作戦行動が可能となっている」

続けていかにも経理担当といった風情の、痩身で色白、頭髪を七三に分けた男が、彼らの兵装の経済性を説明する。
「ドローンの基本装備は一機あたり20万円で合計4億円、攻撃用オプション兵器が一機当たり平均30万円で合計6億円、制御用の情報機器に凡そ4千万円、5G基地局施設レンタルに8千万円、自家発電装置、燃料、調理器具、食糧、生活用品に合わせて8千万円、合計12億で実現したドローン軍団の威力を日本政府はこれから存分に味わうこととなる。彼らが某国から我々の税金を使って言い値で高値掴みしている第5世代戦闘機の一機100億円超の値段がいかに割高かを思い知るだろう」

ベッキーと呼ばれていた女性が画面に映り、背後にいる10人の人質の氏名を公表し、人質を取った理由を説明する。
「卑劣な日本政府がマスコミを操作して我々の主張を黙殺し、秘密裏にこの拠点を爆撃して我々の存在を闇に葬る可能性を考慮して、一般人の人質10名を確保した。今後我々のメッセージが途切れた場合には、政府が人質を我々とともに消し去ったものと認識して欲しい」

背後の映像には見たことがある近所のご老人8名とともに、弘美とコタローが映っていた。弘美は俯いていて表情が見えないが泣いているように見えた。

リーダーのリョウジが再びマイクを持つと、背景の右側に日の丸が、左側に先ほどから映像に映りこんでいた『ベルゼバブ』のトレードマークの巨大な蠅のイラストが配置され、中央にVSの文字が浮かび上がる。日の丸と蠅のイラストが激突し、日の丸が粉砕されたところで、リョウジが宣言する。
「日本政府よ! さあ我々『ベルゼバブ』と戦争をしようじゃないか!」
 
「人質をとっておいて何が戦争だ! 卑怯なことしやがって!」
YouTuve映像をユーマとタクミと視ていたリクが吐き捨てるように叫ぶ。
「日本政府と戦争になってあのホテルが攻撃されたら、弘美ちゃんとコタローの命が危ない」
ユーマが唇を噛みながらそうつぶやく。
「それにしてもあいつら何の為に、こんなことをしているんだろう?」
交番で泣き疲れて、無言だったタクミがそんな疑問を口にした。

軽い気持ちで始めた悪の組織と思われる不審者への偵察が、これ以上ないほどの過酷な現実となってリクたちの心を打ちのめしていた。

  **
 
「それで米軍から借用したドローンバスターを携行した昨夜の特殊部隊の人質救出が失敗したのはどういう理由なんだ? PR映像ではスイッチ一発で数十台のドローンがいきなり墜落してたのに」
県警本部に設置された対策本部で、県知事が県警の幹部を問い詰めている。
「民生品から作ったと公言している連中のドローンは、軍事用の通信チップでカスタマイズされているようです。ドローンバスターの電波妨害、GPS妨害を回避する技術はまだ公開されてませんが米軍のドローンには既に搭載されており、そのチップが使用されているらしい彼らのドローンにはドローンバスターの全ての攻撃が無効化されました。彼らがその技術をどこから入手したかは不明です」

県警幹部の説明を咀嚼していた県知事が苦笑いしながら、特殊部隊の体たらくへの感想を述べる。
「ドローンと正面切って戦わなくてもよいだろう。特殊急襲部隊SATの精鋭なんだから、通報してきた少年達のように草むらに潜んでいけばいいものを……」
質問に政府から派遣された公安幹部が応える。
「連中のドローンの見た目は、民生品で秋葉原とかで手に入りそうだが、中身は特別仕様だ。最低でも暗視カメラと赤外線センサーを装備している。そんな機体が2か所の拠点に100機ずつ巡回して警戒しており、人間が近づくのは困難だ。少年達を草むらに逃がしたのは故意だろう。昨晩は草むらにも難なく侵入し、林の中でも樹木との衝突を回避しながらSAT隊員を追跡してきた」
「SAT隊員の損害はどんな状況なのか」K市市長が質問する。
「警告に使われるレーザー照射は人体にはやけど程度の被害しかないが、暗視装置が無効化された。小口径の銃を搭載した機体も見受けられたが威嚇射撃のみで拠点からある程度離れると攻撃を止めた。今のところ人的被害はないが、爆弾らしきものを多数搭載した機体も見受けられた。頭上から投下されるとかなりまずい、命に関わる」
SATの指揮官が報告する。
 
「加えて、ドローン破壊用の電子照準器と炸薬弾を装備した銃で近接射撃した隊員からの報告では、発射直後に標的のドローンが上下左右に炸薬弾を回避したとのことだ。対ドローン戦闘に関する最新技術が漏れているとしか思えない。過激派風情が何故これほどのドローン戦のノウハウを持っているのか? 政府としての情報収集を指示しているが、短期的にはやつらはドローン戦では無敵の状態だ。非公式に通知された人質処刑開始までの残り18日間で解決する目途は全く立っていない」
公安幹部の男が、追加情報とともに敵の戦力を総括した。

  **
 
「こちら現地からの中継です。白岡山、万平山を占拠した過激派『ベルゼバブ』に対して、検討された自衛隊の治安出動は一旦は保留となりました。替わりに自衛隊から警察庁対策本部が借用した装甲車を、自衛隊を除籍して県警に臨時採用された職員が操縦して彼らの拠点に向かっています。ホテルの庭及び神社に設置されたドローンの充電施設を装甲車で踏みつぶすことで彼らの二千台のドローンの2/3を使用可能とする作戦とのことです」
上空を飛ぶテレビ局のヘリに搭乗したアナウンサーが、現地の映像に合わせて警察の作戦を説明している。

上空のテレビ局のヘリの映像は、山道をゆっくりと進んでいく装甲車15台を映している。逆茂木のバリケードを踏みつぶし、道路に開けた穴を乗り越えて、装甲車はホテルに徐々に近づいていく。
攻撃を察知した数十機のドローンが装甲車を包囲してレーザーと小銃で攻撃しているが効果がないようだ。
暫くして別のカラーリングのドローン群が現れた。機体の下部に爆弾と思しき装備を抱いている。新参の機体が装甲車の車体下部を通過すると数秒後に大きな爆発が起こった。
爆炎と粉塵が徐々に収まっていく間、日本中の視聴者の目が中継映像に釘付けとなる。
粉塵の中から装甲車が再び姿を現し、何事もなかったかのように走行を再開した時、誰もがこの事件の収束が近いと感じていたのだが……

ポリタンクのような装備を抱いた初めて見るカラーリングのドローンが静かに装甲車に近づき、各車体の同じ部分に液体を噴霧してさっていった。
数分後、装甲車の速度が落ち始める。更に数分後に排気口から煙を出しながら装甲車が停止した。
乗員が乗降ハッチを開けて車外に脱出し、慌てふためきながら逃げていく様子が日本中に放送される。

装甲車が機能停止させられた10分後に『ベルゼバブ』のYouTuve映像がアップされた。
「賢明なる日本政府高官は、工業用素材には疎いようだ。今回、君たちの装甲車に使わせてもらったのは特殊な液状ガスケットだ。粘性が極端に低く、硬化の開始が遅い。吸気口からかなり奥まで抵抗なく入っていく。煙が上がっていたからエンジンのシリンダーまで届いた車両もあったかもしれないな! そこまでいかずともエアフィルターはスポンジから硬質粘土に変化する。シリンダーに入れば即焼き付きだ。内燃機関を使用する限り、この攻撃から逃れる術はない。人間ではできない武装装甲車に近づき吸気口に液体を噴霧するリスクは、大量のドローンがカバーしてくれる」
リョウジが得意満面と言った体で装甲車無効化のカラクリを述べている。
「日本政府に推奨したい……今から、テスラ社に電気装甲車を発注された方が良い!」
そう言い放って高笑いするYouTuve映像が、彼らが一筋縄ではいかない厄介な存在であることを日本中に知らしめた。

装甲車での作戦と並行して、近隣の河川で発生した水害対応との名目で、自衛隊に災害派遣が要請され、被災地の視察と称して攻撃型ヘリAH64Dが白岡山近辺を飛行している。
『ベルゼバブ』の拠点を攻撃する意図があったのか否かは不明だが、攻撃型ヘリの接近を検知して発進した爆薬搭載ドローン多数が構成する防御圏内に侵入することができずに撤退している。
この時点で非公式の人質処刑開始までの残り14日間となっている。

  **
 
『ベルゼバブ』が立て籠もる白岡山の隣の万平山山頂の平地部分に、100人ほどのドローン愛好家が集結している。掌に乗るような小さなものから荷物運搬に使えるような巨大で多数のプロペラを有するものまで様々な形と大きさのドローンが地面に置かれて戦闘開始を待っている。

きっかけは『ベルゼバブ』のYouTuveアカウントに、K市と近隣都市のドローン愛好家のコミュニティが投稿した挑戦状だった。
「平和を愛するK県のドローン愛好家連盟はお前達ベルゼバブを強く非難する。卑怯者の集団ベルゼバブ、俺達の百機のドローンと同数で勝負しろ! 二千機揃えないと俺たちが怖くて戦えないのか?」
日本政府と戦争中と嘯く『ベルゼバブ』が応じる訳はないと高をくくっていた彼らは、リーダーのリョウジからの回答メッセージに激高する。
「ドローンの本当の飛ばし方を教えてやるから、XX日正午に万平山の山頂の平地に来い! こちらは100機のドローンを俺一人が操作する。それでお前らには丁度いいはずだ」

リクの父親志郎に、知り合いの防衛省の課長から、軍用のSLASに対ドローン装備をしてこの機会に試験するとの連絡があった。
志郎は、軍用SLASの体力、知力を観察する為に、万平山に行くことにした。リクも弘美とコタロー救出の手掛かりを掴むために同行する。

万平山の山頂平地には、焼きそば、ソーセージ、ジャンボ焼き鳥などいろいろな屋台が立ち並び、お祭りのような状況となっている。
“コタロー、後で聞いたらきっと羨ましがるよ。K市の祭り、食中毒が出てから屋台が制限されてるからな”

正午になった。白岡山方向からの敵ドローンの襲撃に備えて、皆がドローンを離陸させる。
5分経過した。『ベルゼバブ』のドローンは現れない。
“なんだ、脅かしただけか? 一人で百機動かすなんて無理だよな!”
その場の100人がそう思い、警戒を緩め各々がデモ飛行を仲間内で披露し始めたその時だった。

誰かが上空にきらりと光る2つの点を見つけた。その周りに8つのもう少し大きな黒い点が現れる。
ドローンだとしたらかなり高い位置にいることになる。上空のドローンに愛好家連盟メンバーが気を取られていると、
山頂平地の周囲の草むらから数十機の『ベルゼバブ』のドローンが同時に広場に侵入し、愛好家連盟のドローンに体当たりしてきた。
民生品のような外観だが『ベルゼバブ』のドローンは躯体やブレードの素材が異なるらしく、衝突すると必ず愛好家連盟のドローンが墜とされる。
ほんの十秒で百機の愛好会ドローンの半数が飛行不能となっていた。
次の1分間で残りの半分も墜とされる。逃げ回る愛好家連盟ドローンを『ベルゼバブ』のドローンが3機1体とでも言うような体制で追い詰めていく。
3分後、広場には飛んでいる愛好家連盟のドローンは存在していなかった。

  **

広場の中央にいた防衛省課長は、愛好家連盟ドローンが殲滅されていく中で、軍用ツバメ10羽に空中待機を命じていた。
『ベルゼバブ』のドローンはツバメを戦闘相手と認識していないようなのでこのまま逃走することも可能かと思われた。
しかしそれでは戦闘経験は得られない。課長は危険を冒してでも経験値をあげることを選択する。
「こりゃあ『島津の退き口』だな! 何羽残れることか」歴史好きの課長はそんなことを呟きながら、攻撃命令の笛を吹いた。

軍用ツバメのリーダー、リューワンは、愛好家連盟のドローンが殲滅される様子を観察していてあることに気が付いた。
“上空の10機のドローン、そのうち特に高い位置にいる2機が奴らの司令塔だ! あれを壊せば低空のドローン達は統制が取れなくなる”
部下達にやや低い位置にいる8機のドローンを、各自が装備した4gの電磁槍スピアで攻撃させ、リューワン自身は最も高い位置の2機のドローンを目指した。

白岡山中腹のホテルの広間で、『ベルゼバブ』のリーダーのリョウジがVRゴーグルを頭部に、大きなグローブを両手に装備して叫んでいる。
「何? ツインタワーが破壊された? 奴らのドローンはさっき全滅させたのに、なにが起こっている? 8EYESも機能していない! これじゃ目隠しされてるのと同じだ」
 
「ベッキー? カマラ? ケンジ? 誰でもいい! 万平山にスペアの眼を送ってくれ! このままでは百機隊ケントゥームが一つ全滅する!」

ベッキーが駆けつけてコンソールを操作した。
「リョウジ、今、予備の眼が万平山についたところ、切り替えて!」
「……」
「了解、視界が戻った! なんだこいつら? 軍用ツバメか! やってくれたな。ひねり潰してやる」
「プロペラガード・オフ」
万平山、山頂の90機のドローンの円形のプロペラガードが外れた。
「緩衝ガード・オフ」
万平山、山頂の90機のドローンの相互の距離が近づき、互いにぶつかるものが現れた。
「ロールアップ・モード」
リョウジの両腕のグラブ全体に埋め込まれたLEDが全て点灯する。

両手の間に見えない大きなボールがありそれを撫でるようにリョウジは手を動かす。
十分に全体をなでたところで少し小さめのボールを撫でる動きに変わる。
何度かボールを小さくしていくうちに両手の間隔は大きなおにぎりほどのものとなった。
「掴まえた!」リョウジが舌なめずりしながらそう叫び両手の間の空間を潰す。

リューワンとその部下は90機のドローン集団が形成する球体の中で、徐々に逃げ場を失っていった。
プロペラガードを外して、互いが衝突することをいとわなくなったドローン集団の形成する球体は徐々に小さくなってくる。
“このままでは全員がプロペラに切り刻まれる! 完全に球体が閉じる前に多少の怪我は覚悟して脱出するしかない”
リューワンは自分が最後と決めていた。9羽の部下のうち6羽までが脱出し、そのうち3羽がプロペラでは軽傷を負っている。
時間が立ち、球体が小さくなるほど失敗する確率は増え、怪我は重大なものとなってきた。
リューワンの前に脱出したツバメは右の羽に大きな傷を負い、地に落ちた。
リューワンが脱出を試みる。しかしもうほとんどドローンの隙間は残っていない。
左肩に大きな衝撃を覚えてそちら見るとリューワンの左の翼が切り離されて地面に向かって落下していく。
“もう2度と飛べないな、このまま死ぬのだろう”
そう思いながら意識を失った。
 
「切り口がきれいだから! まだくっつくから! 頑張って」
リューワンは泣きながら自分を介抱している子供の存在に気づいた。
“この子は……課長の知り合いの鳥類学者の子供、たしかリクと言う名前の……”
リューワンは温かい掌の中で再び意識を失った。今度は安心して。

この日で非公式に通告された人質処刑開始までの残り10日間となり、You Tuve上で人質処刑が正式に『ベルゼバブ』から公表された。
「人質たち」と言うタイトルで弘美とコタローが涙を流している写真が、SNSにアップされた。

  **
 
「線状降水帯制御装置、通称アメフラシを使って豪雨を起こしてドローンの動き封じ、雨の影響を受けにくい戦力でドローン破壊と人質救出を行う。これを『驟雨作戦』と名付けます。」
県警本部では全国から招いた多種多様な分野の専門家と事態打破の方策を探っていた。その中でクローズアップされたのがドローンは悪天候に弱いことと、K市付近の暴れ川、筑紫川の水害対策として設置された線状降水帯制御装置を利用して豪雨を起こそうというアイデアだった。
 
「豪雨でどれ程、ドローンの戦力が低下するのか? 気休め程度では話にならんぞ!」
この場の最上位職である県知事が疑問を呈した。
これまでの度重なる失敗で県知事も市長も公安関係者もいら立っている。県知事の
「最大の効果は電波が弱くなり、操縦が不安定になること。『ベルゼバブ』のドローンは飛行及び姿勢制御の基本的な部分は、AIパイロットエージェントが行い、人間はより上位の部分を指令している。雨で悪化した通信環境の下では、人間が有視界で操縦するよりずっと誤りが起きやすくなることが予想されます。ドローンのカメラのレンズは直径が小さい為、大粒の雨滴の付着はかなり周囲の情報取得と判断を難しくします。更に驟雨が雷雨に変われば、落雷によるドローンの破壊も発生します。とにかく連中の最大の武器はドローンであり、ドローンが飛べなければ、ただのひ弱な若者でしかない」
「豪雨が効果があることは判った。それにしても線状降水帯制御装置は本当に雨を降らすことができるのか?」
今度は市長が疑念を表明する。
「線状降水帯制御装置は、非常に狭い範囲の上空に高電圧をかけて塵や埃などの雨滴の核となる物質を捉えて離しません。だからその場所に吹き込む湿った空気の流れがあれば装置の手前で雨が降ります。標高千mの山が装置の上にそびえてそこに吹き込んだ雲が雨をふらすといった原理です」
線状降水帯制御装置の専門家が判りやすく説明した。
「そうであれば、あまり風が吹かず、湿度も温度も低いこの季節のK市には豪雨は降りにくいのではないか?」
公安関係者から鋭い質問が飛ぶ。
「雨が降りにくい環境と言えばその通りですが砂漠というわけではない。2つの山と稜線の背後に装置を設置し、東から湿った風を待つというのは悪くない戦略かと思いますよ」
「装置の移動に何日かかる?」
「凡そ5日間、人質処刑予告の3日前から雨を待つこととなります」
「今すぐ着手してくれ!」
県知事が政治家らしい即断を見せた。

  **
 
公安関係者と防衛省の例の課長がリク家を訪れている。志郎にSLASのツバメが借りられないか相談しているようだ。
「『驟雨作戦』が実行されたとして、うまく雨が降ったとして人質救出に向かう特殊急襲部隊SATへのドローンの脅威がなくなったわけではない」
公安関係者が口火を切る。
「SLASのツバメがドローンに有効なことが、先日の万平山の一件で証明されたのに、肝心のツバメ達は病院で治療中だ。志郎さんのところから巣立ったSLASのツバメを集めることはできないかという相談だ」
課長は例の『島津の退き口』をやってしまったことを大変後悔しているように見える。
 
「そうは言ってもうちのツバメ達が強力してくれるかは判らない。4gの装備、電磁槍スピアで武装したオタクのリューワンは大怪我してたしな。うちは0.2gの重さを嫌がっているよ……」
傍らで聞いていたリクが我慢できなくなって口をはさむ。
「父さん、弘美ちゃんとコタロウ君の命が危ないんだよ! ピピとビビに頼んでSLASの子供たちを探してもらおうよ!」
「そうだな、話してみるか」
志郎も隣家の弘美を自分の娘のように可愛がっており、助けたい気持ちはリクと変わりはないようだ。
「それとうちのリューワンがお宅のピピに会って話をしたがっている。どうも奴らのドローンを一撃で倒すことができるかもしれないと言っている」

翌日の朝、志郎とリクは、二番子の巣立ちも終わり巣でまったりしていた父親ツバメのピピと母親ツバメのビビに、弘美を救い出したいから『驟雨作戦』に協力して欲しいと頼んでみた。
志郎の頼みはなかなか聞いてくれないピピがこの時だけは即答だった。
「弘美の命がかかっているなら協力するのは当たり前だ。でも金属製の重い装備はつけない! 軍用ツバメと違って私達は重さになれていない。まして期限は1週間なのだから……」
ビビも頷いている。
「弘美はまだ玄関の外に巣があった頃に落ちた子供を拾って巣に戻してくれた。今度は私達が彼女を取り戻してあげなきゃね」

翌日から、ピピとビビはリクの家から姿を消した。

3日後に、リクが三和土のツバメの巣を見上げると、止まり木や巣台の上に、十八羽の黒くて精悍なくちばしをしたツバメ達が留まっていた。
ピピがpinkyを通して彼らの紹介をする。7年前から2年前までの子供達18羽、皆が弘美のことを覚えていて協力してくれるとのことだ。
中でもひと際、熱心なのが弘美に巣に戻してもらった6年前の雛、ピツーだ。彼のpinkyは残っていた。
『巣から落ちた時、もう助からないと思った、猫が遠くから近づいてくるのが見えた。諦めて目をつぶった時、掬い上げてくれたのが小学校に入ったばかりの弘美だった。彼女は俺の女神だ! 絶対に助ける!』

  **
 
自衛隊の獣医病院の一室でハーネスに固定されている軍用ツバメのリーダー、リューワンと、同じ部屋の鳥用の止まり木に一列に並んだピピ達20羽が対面している。
志郎とリクと課長も同席しているがリューワン以外にはpinkyが設置されていないこと、リューワンも自分のpinkyを切ってい欲しいと頼んだため、SLASとしてではなくツバメ同志として彼らは話している。
『リューワン、災難だったな! リクが助けてくれたと聞いたが?』
『そうだ。あの子はいい子だ泣きながらおれの翼を拾って介抱してくれた』
『そうあの子も弘美も人間の中で一番いい部類のものだ。ここにいる全員が彼らを好きだ、そして弘美を救いたがっている』
『……羨ましいな、民間のツバメ達が……』
暫く世間話をしてからピピが本題に入る。
『リューワン、伝えたいことはなんだ?』
『やつらのドローンの弱点だ。これは隊のなかでも俺しか気がついていない』
『どのようなものだ?』
『奴らのドローンは通信アンテナを二重化している。だからアンテナを潰しても飛び続ける。
しかし2つのアンテナとの接続ケーブルがボディの下に露出して僅かにたるんでいる』
『そこを何かで切断すれば一撃で沈黙する訳か……』
『切断する器具が必要だ。お前たちは金属製の器具は普段はつけていないから急に装着するのは無理だろう。
0.2gのセラミック製の嘴に装着するカッター、これしか選択肢はない。俺がネットで調べて注文しておいた。
病院の受付に預けてあるから帰りに受け取るとよい』
 
『判った、ありがたい。他にも奴らを倒す秘訣はないか?』
『奴らのドローンのうち10台だけは特別な仕様となっている。2台が上空に留まり、戦場の全体を俯瞰していると思われる。
残りの8台は先の2台より少し低い位置で戦場の中心から8方向を俯瞰している。これらを破壊したところ全体の動きが急におかしくなった。
まずはこいつらをたたけ。但し、予備のドローンが飛んできて交替できるようだから、一回混乱させても油断するな。何度でも叩け』
『理解した』
 
『それと俺たちがやられた戦術も覚えておけ。監視ドローン10台以外の90台が鞠をこねるように球状に配置されて万遍なく飛び廻りながら徐々に鞠を小さくしていく。
そして最後にはプロペラガードを外した状態で体当たりしてくる。こいつらに囲まれたら別のツバメがその集団の上空に浮かんでいる監視ドローンをたたけ。自力で脱出しようとせず声を出せ』
『大変、参考になった。必ず声を出して連携する』
 
『やつらは凡そ百台で1つのチームであり、一人の操縦者が操作しているようだ。協力することは難しいと思われるから、こっちは連携して戦え』
『判った。相手の百台を一羽で叩くのは不可能かと思っていたがお前の情報で勝てる可能性を感じている。やれるだけやってみる』
 
『最後にやつらの武器を紹介しておく。爆薬、レーザー銃、小銃、電撃、装甲車を止めた液体、武装ヘリを撃退した鳥もちのようなゴムの6種類だが、液体とゴムは俺たちのスピードでは怖くない。電撃も雨が降れば効かないだろう。爆薬も躱せる。レーザー銃は雨に濡れた体にはほとんど利かないだろう。小銃だけは気をつけろ! 小銃の向いている軸線上に体を置くな。撃たれてから躱すことは難しい』
『判った。小銃は撃たれる前に躱していく』
 
『弟よ、死ぬな! 俺のように飛べなくなるような怪我も負うな!』
『リューワン、兄さん、必ずあなたの前に元気な姿で立つよ。ありがとう』
『ドローン愛好家連盟をなめて、俺達に手の内をみせたベルゼバブの糞野郎に一泡吹かせてやれ』
ピピとリューワンは自分たちが兄弟であることを人間には伝えていない。まだまだ人間という種族全体への警戒はといていないのだ。

ピピとその子供たちはこれ以上にない貴重な情報とセラミック製の嘴を得て、病院を後にした。

  **

線状降水帯制御装置は、白岡山の北側と万平山の南側、二つの山を繋ぐ稜線の西側に人質処刑の期限3日前に設置完了して稼働しているが何の変化も起きていない。
リクとユーマとタクミは焦ってきた。早く雨が降らないと弘美たち人質が危ない。隣の弘美の父親は、法務省に政治犯釈放を請願したが、法治国家ではそれはできないと却下された。
ピピとビビと18羽のSLASのツバメ達は、セラミック製の嘴をつけて、晴れている時は餌を取り、曇ってきたらリク家の玄関で待機している。
そうこうしているうちに期限の前日となった。『ベルゼバブ』のYouTuveでは連日カウントダウンしながら恐怖に震える人質たちの表情をアップしている。
弘美とコタロウは泣きはらして頬がそげて別人のような風情となってきた。
当日の天気予報は快晴、降水確率0%の予報にリクはスマホをベッドに叩きつけた。

親しくなった警察関係者からは雨が降らなくてもSATは潜入を試みる予定だと伝えてもらったが、前回撃退された時と状況は変わらない。

当日の朝、予想通り快晴、昼まで雲一つない天気が続く、処刑の予告時刻は17時、リクには弘美が選ばれるような気がしてならない。
14時の残り3時間となった時、かすかに東風が吹いたように感じた。
止まり木のピピがpinkyを通して呟く。
『どうにか間に合ったようだ! もうじき雨が降る! それも凄い雨が……』

  **
 
15時に降り出した雨は、急激に激しさを増し車軸を流すような豪雨に発達した。
雨に乗じて特殊急襲部隊SATの精鋭がホテルを目指して、山中に潜入する。
それに気づいた『ベルゼバブ』はドローン2千台全機を発信させた。
今度こそ、SATを殲滅しようとの意気込んでいるのか、それとも予想外の豪雨に怯えているのか?

リク家に集結したツバメは静かに玄関を後にした。油分を豊富に含む羽は、驟雨のなかでも濡れることはない。
雨粒が体に抵抗をもたらすが、強風に比べたら大したことはない。
眼に侵入してくる雨粒は瞬膜が防いでいる。瞬膜を閉じていると細かいものが見にくいのだが、直接目に雨粒が当たる状態よりも視界が安定している。
ホテルの周囲には、SATを迎え撃つために離陸した2千機のドローンがひしめいている。20組の偵察用ドローンが上空に制止しているが豪雨で極端に視界が悪いようで何度も位置を外れては周囲を確認しながら所定の位置に戻っていく。
 
オペレーションルームのそれぞれの操作カプセルに入った『ベルゼバブ』のメンバーたちが盛大にぼやいている。
「こんな雨、聞いていないぞ! カメラに雨粒がついて何も見えない! 赤外線センサーも全然反応しない」
「ワイパーを全開にしてもすぐ雨粒だらけになる、操作しようがない!」
「そうかっかするな、ここに攻めてくる奴らも状況は一緒だから」
そうメンバーをなだめながらリョウジは先日撃退したツバメのような敵が現れたらまずいのではないかとの不安を抱いていた。

驟雨の中、監視ドローンより更に高い位置で瞬膜を雨に慣らしていたツバメ達の準備が整った。
『これより全員で驟雨作戦を開始する。ベルゼバブの監視ドローンを破壊せよ。リューワンの仇を撃て!』
ピピの掛け声に乗って、20羽のツバメ達は、上空から各自の標的とする監視ドローン2機、ツインタワーに襲い掛かった。

ピピとビビ、そして経験豊富な7年間と6年前に巣だったツバメ6羽は、瞬膜を閉じて朧げな視界の中で、的確に2機のアンテナを繋ぐケーブルの露出部分を切断していく。
『ベルゼバブ』の百機隊ケントゥーム8隊が、司令塔を失い混乱して次の司令塔を立てるまでの間に、3割近い機体を失った。
それ以外のツバメはツインタワーの1体を無効にできたものが6羽、瞬膜をうまく扱えず、視界が乱れ苦戦しているものが6羽といった状況となっている。
開戦してから30分で、ベテラン勢8羽が割り当てられた敵ドローン800機のうち半数の400機程を無効化した。中堅の6羽が600機のうち200機、若手の6羽が600機のうち120機で大いに苦戦している。それでも全体の1/3以上の機数を無力化できているのは大変な戦果だ。

「敵はこの間、俺が退治したような軍用ツバメと思われる。爆薬や液状ガスケット、粘性ゴムの攻撃は効かない。それらの装備は動きが遅くなるから外せ。ついでに全機のプロペラガードと緩衝ガードも外してロールアップ・モードにしろ! ドローンを仮想的な掌と考えて握りつぶすんだ!」

リョウジの方針転換により、戦闘は第2ラウンドに突入する。
ベテラン8羽が対峙する百機隊ケントゥームは穴だらけで、監視ドローンも交替を繰りかえしているが、中堅と若手の12羽は苦戦していた、接近しようにも衝突を恐れないロールアップ・モードの巨大な掌が包み込んでくる。彼らはリューワンから教わった助けを求める声を出して、球状の空間内を逃げ回った。
中堅と若手の助けを求める声を聞いたベテラン8羽は、すぐに殲滅戦から離脱し、助けを求めるものが対峙している百機隊ケントゥームのツインタワーを攻撃する。司令塔を壊された百機隊ケントゥームは混乱して、掌中に掴んだツバメを逃がしてしまう。それでもベテランの応援が届かなかった4隊の百機隊ケントゥームの包囲網は狭まり、今にも4羽のツバメが握りつぶされそうになった時、分厚い雲に覆われた空が光った……
 
グワラ、グワラ、グゥオーン
 
巨大な雷鳴とともに稲妻が数台のドローンを串刺しにする。掴まれかけていたツバメがその隙間から脱出していく。
続けざまに落ちる落雷は上空のツインタワーを打ち落とす。

『雷が遠ざかるまで、低く飛ぶんだ!』
ピピの鳴き声がツバメ達に届き、落雷に撃たれる前にそれを回避することに成功する。
 
「雷? 俺の管理下の機体がどんどん減っていく。百機隊ケントゥームを保つことができない!」
「ツインタワーと8EYESが壊された! 何も見えない! 誰か助けてくれ!」
「攻撃を受けているのに視界が悪すぎて、相手の姿が補足できない。ロールアップの包囲が穴だらけだ!」
『ベルゼバブ』の操作者たちはもう攻撃態勢を維持できていない。大半の百機隊ケントゥームの監視ドローンは雷に打たれて機能していない。

雷が治まってきたのを知り、草むら近くにいたツバメ達は再び攻勢に出る。
ツバメ対ドローンの戦闘は、最早、殲滅戦の様相を帯びてきた。既に千六百機以上のドローンが地面に転がっている。

ツバメとドローンの戦闘を見上げながら驟雨の中、SATはホテル裏口にたどり着いた。
ホテル内に忍び込むと19人のベルゼバブメンバーが絶望的な悲鳴を上げているオペレーションルームに入り、天井に向けて威嚇射撃を行って操縦者達を制圧した。
その瞬間、操作手を失った残り四百台近いドローンが地面に落ちていった。

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「これからホテルを脱出して、麓まで降りるから迎えに来てくれ。ここで実験したドローン戦闘のノウハウを約束通り100億円で売り渡す」
リョウジが両手を縛られた弘美を人質として引きずりながらホテルのロビーの一角に隠れて電話をかけている。
『リョウジさん、あなたがたには失望しました。今、県警が20羽のツバメがあなた方の二千台のドローンを破壊したと発表しています。世界中のどこの国もあなた方のドローン構築のノウハウを購入したいとは思わないでしょう。当然、わが国もあなた方に関わることはありません……』
電話が切れた。リョウジはスマホを地面にたたきつける。
 
「こうなったらお前を人質に逃げてやる」
リョウジの眼が血走っている。弘美は恐怖で背筋に鳥肌がたった。

開け放たれたホテルの正面玄関から十羽以上のツバメがホテル内に飛び込んできた。
ツバメ達は弘美を認めると、彼女を引きずっているリョウジの顔に群がりつつき出した。
リョウジは両手を振ってツバメを追い払おうとする。
 
「弘美、こっち! 早く!」
正面玄関にいつの間にかリクが立って手招きしている。
ピピの子供達の一羽が大勢が決した時にリクの家に状況を知らせに来た。
リクはそれから必死で走ってホテルまで登ってきたのだ
弘美はリョウジの手を振り払うとリクめがけて走り寄る。
両手を縛られている弘美は足がもつれてリクに向かって倒れこんでしまう。
リクは倒れこんできた弘美の身体を支えきれず、一緒に倒れる。
「リク、助けに来てくれてありがとう」
「何言ってんだよ! 当たり前だろ?」赤くなりながらリクが応えた。

二人が起き上がった時、リョウジはSATの隊員に確保されていた。
囚われていたコタローと近所のご老人達もSAT隊員に連れられて姿を現す。

縛られていた両手の紐をほどいてもらった弘美がまたリクに抱き着いてきた。
「リク、本当に、本当に怖かったんだから! 死ぬかと思ったんだから!」

二人してホテルの玄関から外に出ると、雨上がりの澄んだ空に大きな虹がかかっていた。
リクと弘美の周りには、二十羽のツバメ達がホバリングしながら何さえずっている。
 
「リク、ツバメ達は何て言ってるの?」
リクはポケットに入れていたピピのpinkyを取り出してかざしてみる。
『リク、弘美 末永くお幸せに!』
「ピピ! いくら何でも気が早すぎるだろう?」
そう言って弘美と二人で笑った。

〔了〕

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