朝は雲となり、夕方には雨となりて

印刷

梗 概

朝は雲となり、夕方には雨となりて

東京の、とある市立図書館。

その施設の設計士は、独特の世界観を持っていた。屋根が不思議な構造をしており、一定の雨量で雨が降ると、天井や雨樋を伝わって施設全体がまるで音楽を奏でるように響くのである。雨の量や風向きによって刻む音は変化し、ときには鷹揚に、ときには寂しげな音楽を奏でるのである。

季節は梅雨。ある日、主人公の麻衣子は放課後に友達と喧嘩をしてしまう。きっかけは本当にどうでもいいような、些細なことだった。「絶交よ!」と互いに宣言して学校を飛び出す麻衣子。うだるような暑さ、じめじめとした湿度に気分は沈み、学校から帰る足取りも重い。

家に帰っても、どうせ家には誰もいない。麻衣子の両親は共働きで夜が遅く、学校から帰ってもいつも一人だった。いいことなんて何もない。逃げるように、いつもとは少し違う道を歩いていく麻衣子。すると、目の前にその図書館があった。少し涼んでいきたいと思い、麻衣子は図書館に入る。

図書館の児童書コーナーでお気に入りのラノベを見つけた麻衣子は、少し読んで気分を紛らわそうとする。読み始めてからふと顔を見上げると、机の向かい側には同じクラスの男子、佐久間が居た。目が合う。お互い気づいて、固まる。

佐久間は見るからに根暗でパッとしない男子だ。しかも、いままで殆ど会話を交わしたことがない。冷房が効いているとはいえ、体にはまだ蒸し暑さが残り、眼の前には苦手な男子がいる。もはや趣味全開のラノベを読むわけにもいかず、そして喧嘩したときの嫌な気持ちすら晴れない。麻衣子は本格的にうんざりしてしまう。

仕方ないので、佐久間と会話をする。佐久間との会話はぎこちなく、最初は目線すら合わない。が、やがて佐久間も、両親が共働きで家に誰もおらず、自分と似た境遇であることを知る。

佐久間は窓を見ながら「もうすぐ雨が降る」という。「えっ、嘘! 傘持ってないから帰らなきゃ!」という麻衣子を、もう少しだけ待ってみてと引き止める佐久間。いぶかしげな麻衣子。

小雨が降ってくる。すると、図書館全体が不思議な音色に包まれる。まるで音楽にはなっていないのに、調和が取れた優しさのある旋律。驚き固まる麻衣子に、佐久間はこれを聴かせたかったから待ってもらったという。口に出したあと、キザな発言だったことに気づいて顔を真赤にする佐久間。

麻衣子は笑った。そして、心地よい音楽が降り注ぐなか、今日友達と喧嘩してしまったこと、佐久間と同じように帰っても誰もいないこと、この音楽を聴いてすごく気が晴れたことを伝える。会話のなかで、明日友達に謝ろうと決心する。

図書館を出る麻衣子。通り雨はすでに過ぎ去って、あたりは日が沈もうとしていた。ジメジメした暑さは残っているが、次の雨が楽しみになっていた。

もし次、雨が降ったらまたあの図書館に行ってみよう。もしかしたら佐久間のヤツもいるかなと思うのだった。

文字数:1180

内容に関するアピール

課題を読んだときに、子供のころ雨の音に聞き惚れて、ずっとぼんやりと聴いていたことを思い出しました。

雨が降ると、トタンの屋根や雨樋を伝わる音、桶に入った水が跳ねる音などいろいろな音色がします。それを人工的に設計した施設があったとしたら、どのような物語が考えられるか…と思いストーリーを作ってみました。

文字数:149

課題提出者一覧