紘乃は海辺の町で派遣社員をしながら、小さな平屋に一人で暮らしている。梅雨入りが間近のじめじめとした夜、いつものように帰宅すると、お風呂場に体長30cmほどのアメフラシがいた。浴槽の縁にへばりつくそれが、よく縁に長い黒髪を垂らして半身浴をしていたかつての同居人・美代子の姿と重なる。アメフラシは、うねうねと身体をくねらせながら小さく紘乃の名前を呼んだ。
紘乃と美代子は5年前まで一緒にこの平屋に住んでいた。ふたりとも、この町の寂れた温泉街の端にあるストリップ劇場の踊り子だった。ほぼ同時期に入店し、すぐに意気投合。美代子は5歳年下の紘乃を妹のようにかわいがった。同棲していた男に追い出された美代子が紘乃の家に転がり込み、共同生活が始まった。
紘乃は若さの溢れるのびのびとした踊りで人気があった。しかし、美代子の踊りは別格だった。人間離れした美しい容姿だけでなく、豊かで精緻な身体表現によって観客の心を激しく揺すぶった。美代子の劇薬のような踊りは観客だけでなく、紘乃の心をも捉えた。紘乃は美代子の踊りに魅了され、次第に美代子自身にも惹かれていった。けれど、当の美代子は自分の才能には無頓着で、いつも結婚や出産といったものへの憧れを口にした。入店から3年後、美代子はその言葉通り舞台をあっさり捨てて唐突に結婚。すぐに町を出て行った。誰よりも美代子とその踊りを愛していた紘乃は、天性の有り余る才能を持ちながら凡人と同じ幸せを追い求める美代子が理解できず憎しみすら感じた。美代子の面影に苦しみ、紘乃もあとを追うように店を辞めた。
アメフラシになった美代子は紘乃の家の風呂場に棲みついた。紘乃は、自分を頼る美代子を追い出せなかった。ふたりは一緒に暮らしているうちに、かつての仲を取り戻してゆく。美代子はどんどん成長し、1mを優に超え、いつしか紘乃を追い越した。紘乃もおかしいと感じていたが、その頃にはもう美代子と一緒にいられるならなんでもいいと思うようになっていた。
次第に紘乃は、人間としてはおろか、アメフラシとしても生きてゆけない美代子に対して支配的でゆがんだ愛情をむけるようになる。仕事も辞め、社会とのつながりを断ち切り、ふたりだけの世界に溺れる。ある日、つまらない喧嘩が発端で、紘乃は異形になったのは才能をドブに捨てた報いだと美代子を罵った。美代子も、所詮、紘乃にはわたしの苦しみなんてわかりはしない、と言い返す。激昂した紘乃は、美代子の身体を切り裂いて、自分の身体をうずめた。
大嵐の夜、美代子は海へ向かう。夜の闇と土砂降りの雨が美代子の異形を覆い隠してくれた。案の定、海岸には誰もいない。美代子はそのまま海へ身を投げた。
紘乃は美代子の背中で目を覚ます。さっきまで身体に打ち付けられていた雨が消え、生ぬるくてやわらかい感覚に包まれていた。海の中だと気付く。視界の端にちらちらと薄いベールのようなものが舞う。それは美代子の背中のヒダだったが、紘乃には美代子が舞台で好んで着ていた紗の衣装のように見えた。紘乃はまた美代子と踊れるよろこびに震えながら水底に向かって、深くふかく落ちてゆく。