機械の中の幽霊

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梗 概

機械の中の幽霊

 雨が降った日には必ず、このロボットは墓の前で、豪雨に巻き込まれ死んだ、隼一しゅんいちの父と対話を始める。

 2035年、山奥にある隼一の故郷は、巨大な台風によって大規模な土砂災害が発生し、町は破壊され、多くの死傷者が出てしまう。
 その被害者の中には唯一の肉親だった父、ただしの名もあった。
 母が死んでから、一切連絡を取ることがなかった父の葬儀のため、隼一は十数年ぶりに帰郷する。
 昔から、ただしと隼一は折り合いが悪く、実家に暮らしていた頃は、母の李枝子が自分と父親の間をうまく取り持ってくれた。
 だが、十年前の雨の日、父が運転していた車が豪雨でスリップし、母だけが亡くなってしまう。
 自分の過失を認めようとはしない父を隼一は許すことができず、就職してから一度も、地元に帰ってくることはなかった。

 久しぶりに地元に帰ってきた隼一は、自分以外の家族が眠る墓の前を訪れる。この場所にも、災害によって派遣されたロボットが数体、近くで稼働していた。
 このロボットはレスキューや避難民のケアなど、多目的に開発されたため、簡単な意思疎通も取れるようになっている。
『征さん、本日もいらしたんですね』
 墓の前を通った一体が、突如、まるで父親の幽霊と話しているかのような挙動を見せる。
 隼一は驚き、ただの偶然だと思いつつも、もしもと考え、幼馴染である市の職員である鉄也に相談する。
 鉄也は、ロボットのAIの学習機構は数兆ものパラメータによって最適されているから、演繹的にはわからず、帰納的に類推するしかないのだと告げる。
 そのため隼一は地元を回りながら、なにかヒントが無いかを探す。その過程で、自分の記憶と様変わりした故郷の姿に愕然し、自分の育った場所が喪われたことに、空虚感を感じてしまう。

「原因がわかったぞ」
 父の四十九日が経った日、鉄也が言う。
 父の幽霊の正体はロボットに使われた学習データにあった。そのデータの一部に、災害前の町のデータを利用していたのだ。
 その学習データである、災害によって破壊される前の、日常を映した映像を隼一は見る。
 その中では、雨が降った日には、父は決まって、母が好きだった百合の花を携え、墓前を必ず訪れていた。そして、母に向かって。毎回毎回、涙を流しながら懺悔していた。
 これが、ロボットが対話していた父の幽霊の正体。ただしが十数年間、ずっと繰り返していた懺悔がログとして残り、町を復旧するための学習データの中に組み込まれた。その過去の情報を過学習したロボットは、まるで幽霊と対話をするかのような挙動を見せていたのだ。
 既に失われた地元の町と父親は、AIの中の数兆次元のパラメータの中に折りたたまれていた。そして、雨と墓がトリガーとなって、かれらロボットの頭の中にだけ、父の姿が蘇っていたのだ。

 翌日、鉄也は地元を発つ隼一に、餞代わりにとロボットの学習結果を低次元に圧縮した画像を送ってくれる。
 隼一はその画像を見て、戦慄する。
 その本来、人間には意味をなさないはずの画像の中に、母親の好きだった百合の形だけが、なぜか、はっきりと現れていたからだった。

文字数:1298

内容に関するアピール

幽霊とコミュニケーションをとるロボット(身体性をもっているのでロボットと表現します)と、その謎を解き明かす人々の話です。

ルールベースでない機械学習ロジックでは、開発者の当人でもどうしてそのような挙動をするのかが、わからないことが多々あります。そこで、何らかの情報をもとに、学習したロボットが、人間には感知できない存在とコミュニケーションを行うことがあるのでは、と思って書きました。

その学習に使うデータや、発現するトリガー、登場人物たちの人生の契機となったイベントに、さまざまな雨を絡ませつつ、登場人物の心理状態や、幽霊という存在を印象づけさせながら、物語を構築していこうと思います。

文字数:291

課題提出者一覧