梗 概
重くて甘い水の声
僕は酒造メーカーに就職し、窓際上司と二人だけのラボで、水を研究している。
昨年、過疎化した故郷に隕石が落ちて、立入禁止になった。だが封鎖コスト節約のため、今年になって解除された。
僕は雨の日の帰省を再開。祠の閼伽棚に溜まる甘い水をなめ、耳をすませると「リバース・エスレベル」と繰り返す〈声〉が聞こえた。
幼いころから、雨の日に祠で〈声〉を聞いていた。十歳のとき、好きだった女の子に意地悪をして泣かせたことがある。祠で懺悔すると「いつか謝る機会がくる」と〈声〉は言った。今もその機会を待っている。
〈声〉は予言やアドバイスもくれた。日記も勧められた。大学で理学部に進学したのも〈声〉のおかげだ。
帰省のたびに祠を訪れたが、年を重ねるごとに〈声〉はたどたどしくなり、明瞭なアドバイスではなく、片言のフレーズになっていった。
隕石落下の二年前、〈声〉は「次回は『リバース・エスレベル』を繰り返して言え」と言った。
隕石落下の一年前、指示されたとおり僕は「リバース・エスレベル」を繰り返した。〈声〉は言葉を発せず、息遣いだけが聞こえた。
隕石落下から、一年後の今日「リバース・エスレベル」が聞こえる。僕は声に出して録音し、逆再生すると「リバース・エスレベル」と聞こえた。僕は水をラボに持ち帰り、重水だと判明。雨が降ると共鳴するらしく妙な振動をする。舐めると音が聞こえる。
「祠の重水は、隕石落下時を起点に、過去と未来で振動を送受信できる」と仮説を立てた。未来の僕が、過去の僕にアドバイスをしたのだ。日記に合わせて祠を訪れると、過去の僕と会話ができた。子供のころに聞いた〈声〉のほうが流暢なのは、僕が逆再生の会話に慣れていくからだろう。
窓際上司に相談すると、予算をとって共同研究になった。僕は過去との通信に注目したが、上司は醸造タンクに重水を入れて、音波を送ったり測定したりした。
ある日、上司と口論になりラボから追い出される。不当だが、苛ついたので、休暇をとって帰郷。祠で「すぐにラボのスプリンクラーを壊せ」と聞こえる。昔そんなことを言った気がしてきた。
ラボに引き返し、防火スプリンクラー設備を壊そうとすると、火災報知器が鳴り響く。スプリンクラーを壊したら、火災が広がってしまう。僕は逡巡したが〈声〉を信じてスプリンクラーを壊した。
ラボの壁が壊れ、上司のタンクが割れ、水が吹き出す。上司は人生に絶望し、タンク内の重水に衝撃波を送り、会社を過去から破壊しようとしていた。タバコで煙を立て、雨代わりにスプリンクラーを作動させようとしたが失敗し、衝撃波は過去に送られなかった。
翌日、雨の中、祠の前で「明日『スプリンクラーを壊せ』と言え」と過去の僕に伝える。この重水は危険だと判断し、閼伽棚ごと壊した。そして傷つけた女の子に謝れるのは、現在の僕だけだと気づく。
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内容に関するアピール
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