二毛作デスマーチ

印刷

梗 概

二毛作デスマーチ

日本列島 コメ vs コムギ

現実拡張技術と人工衛星による観測データを融合したオンライン稲作ゲーム「Saterice」のプレイヤーは、デジタル圃場を管理する。プレイヤーは公共施設や公道の拡張現実に”米”か”小麦”を選んで播種し(二毛作システム)、植えた作物は実際の衛星観測データを反映して生長していく。コンクリートの上でも育つ仕様になっており、収穫も簡単。位置情報の紐づけされた作物の上をGPSを起動して歩けばよい。プレイヤーは米派と小麦派に分かれて、年間収穫量を競い合う。
 
「Saterice」のプレイヤーである陽平は、大学のオンライン講義を終えると、「天穂大学Saterice同好会」のバーチャル部室へ入室した。会場ではコメ派の勝利を確信した部員たちが既に祝杯を挙げている。同期の”オレオ@コメ最高”と”みるきー@無課金”は陽平を待っていた様子でスペースを展開し、三人で祝杯を挙げようとした。すると急に辺りが騒がしくなった。
 
「なんだ、これは……一体何が起きてるんだ!」と既に酩酊している部長が叫んでいる。
「コムギ派のやつら何をしやがった!」

陽平たちも端末を起動する。
 
 コメ = 366982 DP
 コムギ = 364321 DP
 *収穫総量(DP) = 収穫量 + 潜在収穫量

「へ、減ってる……」とみるきーが呟く。米の収穫総量が大幅に減っている。そんなはずはない。収穫総量は基本的に右肩上がりしかしない。過去収穫した作物量(収穫量)+現在生えている作物量(潜在収穫量)=収穫総量で、作物が枯れるという仕様がない以上、減ることはあり得なかった。あり得ないことが起きているにも関わらず、部員の出足は鈍かった。というのも大半の部員が講義をブッチして、昼から飲んでいたため判断能力に問題があった。

まだ動ける陽平たちが状況を確認していると、公式フォーラムでプレイヤーたちが本現象を報告しあい、原因を追究していた。その内、一つのスレッドが陽平の目につく。「シュレディンガーの稲作バグ?

本現象は、SARマップにおける位相特異点更新の脆弱性を突いたバグ。特異点更新時のセルにA23系列の水稲が存在するとき、小麦を再播種すると、本来上書きできない米セルが小麦に上書きされてしまう。

え、つまりどういうこと?と陽平が思っていると、オレオが頭を抱えている。
「要するに何も手を打たなかったら、コメ派が負ける、ということさ」

では、コメ派はただ敗北するだけのなのか。
 違う。我々は勝利する。その後の検証でセルの上書きを防ぐ方法が見つかった。
 コムギ派によってセルが上書きされる前に、特異点で米を再播種し上書きを防ぐ。
 二日酔いの部員たちが一斉に走りだす。よろよろの姿はまるで死の行進デスマーチ

陽平は走る。人間なので腹が空く。喉が渇く。新入生歓迎会の時、やたらに走らされた後、部長の彼女が握った白飯を食べたことを思いだす。当時は部長の彼女って知らなかったけど、あの塩むすびはうまかった。たくあんが添えられていたのもよい。

陽平は、白飯のことを思いながら、特異点を走り抜けていく。
もし勝てたら、白飯に焼肉を添えるのも、よい。

文字数:1290

内容に関するアピール

 
・二日酔いの学生たちが、特異点を探して都内を走り回る青春稲作譚です。
・今回の話は世界SF作家会議で話されていた「地球が滅亡する最後の日は、米を食べるか麺を食べるか」を少し念頭に置きました。米vs麺(小麦)が日本中に広がったら、みたいな。
・「食べたくなる」という課題でしたが、大学生の頃、研究室の同期に無理くりマラソン大会に参加させられ、20キロ近く走った後の、塩むすびとたくあんが一番おいしかったので、これにしました。あと二日酔いの時は、しじみ汁を飲むと、おいしいと聞きます。
・焼肉の参考画像を念のため配置します。白飯が欲しくなったら米派で、ビールが飲みたくなったら麦派です。皆さんはどっち派でしょうか。

文字数:303

課題提出者一覧