マカロサササィトの友人

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マカロサササィトの友人

「マカロサササィト」

私の口から漏れ出たのは、今まで一度も聞いたことのない単語だった。

校舎中庭のベンチから空を見上げると、青空が夕焼けに侵食されていくところだった。学内に残ってる生徒は私たちくらいで、いつもは聞こえてくる部活の活気ある声や音もしなかった。もう当たり前になったマスクも、してない。
 隣にいる久奈も黙ったままで、風音と草木のざわめきが心地よく感じた。
 少しでも、この時間が長引いてほしいなぁ。
 そう思っていた時に、不思議な単語がするりと口から出てきた。考えていたというよりも、降ってきた、そんな感じで。あまりにも自然だったから、自分の口から出たということが一瞬分からなかった。
「どしたの羽衣? 電波受信した?」
 久奈は真顔でわざとらしく首を傾げる。あえて作ってますよ感を強調した真顔で笑いを誘ってきている。
「なによその顔」
 そんな久奈の仕草を見て、私は思わず笑う。
 そんな私の反応に久奈は満足そうだ。
「なによ、はこっちのセリフよ。なに、さっきのマカロニみたいなやつ」
「マカロサササィト、かな。うーん、よくわかんない」
 改めて聞いてみても意味が分からない。なんでそんな言葉が出てきたのかよく分からない。でも、妙に頭に残る。脳内でリフレインする。マカロサササィト、マカロサササィト……なんか可笑しくなってくる。
 やば、どんどん笑いがこみ上げてきた。
「ふふっ」
「えっ、もしかして本当に電波受信しちゃった?」
 久奈は楽しげに訊いてくる。いたずらっ子が好きな子の脇腹をつついちゃうような、甘くてちょっとしびれちゃうような笑顔。
「ううん、なんか可笑しくなっちゃって。マカロサササィトってなに……ふふっ」
「いやぜんぜん分からないんだけどさ……でもほんとなんなのよマカロサササィトって……ふっ」
 二人ともツボに入っちゃった。だんだんと笑いが大きくなってきて、普通に声を出して笑いだしちゃう。涙まで出てきちゃった。やばい、ほんとなんなのこれ。
 誰もいない学校の中庭でよく分からない単語を呟いてツボに入っている二人という構図すらおかしい。
「なんか……ひっ、シュールじゃない? ひひっ……」
「そう……ふっ、ほんとそう……あはははっ」
 なんも考えずしばらく笑いを吐き出しちゃう。涙をなんども拭ってだんだんと落ち着いてくる。
「あー笑った笑った……ふふっ」
「ほんとね、ふふっ」
 高校生を最大限有効に無駄づかいしてるっていう充実感で満たされる。こういうのが最高に楽しい。
 いや、違う。私たちはもう高校生じゃない。今の私たちは数時間前に高校を卒業したなんでもない十八歳なんだった。

     ■

緊急事態宣言下での卒業式はとても簡素だった。講堂に揃った出席者は先生たちと卒業生だけ。在校生も保護者もいない。業者のカメラマンが私たちを映してYouTubeで限定公開配信をしていた。卒業式保護者参列なしの決定を聞いたとき、お父さんもお母さんも残念そうにしてた。
 始まった卒業式はすごく静かで、約三百人がこんなに静かにしているのが奇妙だった。卒業生同士の座席間隔はいつもの何倍も遠くて、久奈との距離もとても遠かった。
 進行役の教頭先生、卒業証書を渡す校長先生、点呼してくれる担任の先生、それぞれの声がとても静かな講堂内に反響していく。あまりにも響き渡っていき過ぎていて、それが逆に寂しさに拍車をかけてた。校歌斉唱も自粛になって、きっと昔に録音したんだろう微妙な音質の校歌が流れていた時間がやけに印象に残ってる。
 卒業式後の最後のホームルームもYouTubeで配信されていて、画角なんかを気にしながらのぎこちないホームルームは一切涙を誘われなかった。泣いてた子たちもいたけど、私には一緒になくクラスの友達はいなかった。
 最後の起立礼が終わると、すぐに部室に向かった。卒業証書の筒はリュックに入りきらなかったから、チャックを少し開けての上から少し飛び出させている。いつもの大きさのリュックでくれば良かったな、とどうでもいい軽めのドジを後悔をしながら階段を一段飛ばしで登っていった。

軽く息を切らしながら部室のドアを開けたけど、久奈はまだ来ていなくて、電気と緩い暖房をつけていつもの席に座った。
コトコトと動き出した暖房の音が、がらんどうの部室に充満する。
 縦長の部室の中心を陣取るようにして置かれた折り畳み式の長机二つ。私は入って左側、久奈が右側。部員二人の文芸同好会は両サイド三席ずつをそれぞれが好きなように使ってる。でも、それも今日が最後だ。久奈と二人っきりの部活動ライフもおしまい。
 久奈は私にとって唯一の親友だ。誕生日が一緒で、高三の秋までは志望校も英米文学科志望も一緒だった。
 でも、久奈のお父さんがコロナ不況で仕事が無くなって進路を変えた。奨学金を貰ったり借りたりすれば大学も行けるはずだった。でも久奈は「手に職つけたいから」と言って美容専門学校に入学することを決めちゃった。両親や田中先生と色々話したみたいだけど久奈は頑なで、それっきり進路の話はしなくなった。大学受験をしなくて済むようになった久奈は三学期の間にバイトを始めて車の免許も取った。指導員のおじさんの目線がエロきもかったとか、色々な話を通話でときどき聞いていたけど、そういった話の端々に、今までとは違う大人っぽさを感じた。私にはない、世知辛さを知ってる雰囲気。

部室のドアが開いた。
「おつかれー。待った?」
 久奈はいつもと変わらないノリで入ってきた。いつも通り、リュックを手前の椅子にするっと落とすと、ポケットから取り出したスマホを机にばたんと置いて、真ん中の椅子に座った。座る時に、久奈のボブヘアがふわりと浮き上がって、一瞬だけ右耳のピアスが見えた。キュービックジルコニアのピアス。ダイヤモンドに見えるシンプルなピアスはかわいくてすごく綺麗。耳に穴を開けるのは痛そうだけど、その輝きに少し憧れてしまう。
「ううん、全然。ホームルームどうだった?」
「特に。なんか最後に一人ずつカメラに向かって一言とか言われたけど適当に済ませちゃった」
 急に言われてもお父さんお母さんありがとうくらいしか言えないよねぇ、と久奈は笑った。
「久奈はこのあとクラスの打ち上げあるんだっけ」
「そうそう。みんな色んな先生に挨拶したいとかで集合は六時にしたって。羽衣の方は?」
 ドキッとする。訊かれると思ってた質問。リュックからスマホを取り出して、平静を装いながら用意してた答えを言う。
「うーん、あるっぽいけど、乗り気な人が少ないっぽいから行かなくていいかなって」
「そうなの? 恩田とか結構張り切ってそうなもんだけど。みんなと会うのもこれで最後かもしれないんだからとりあえず行ってみれば?」
 久奈の言うとおりだ。本当は恩田君が頑張って企画してくれてるおかげでクラスは結構盛り上がってる。きっとほぼ全員が参加するんじゃないかと思う。
 でも、ずっとクラスの友達関係とかに無関心でぼっちだった私が最後の打ち上げだけ行くなんてできる訳ない。
「うーん、でももうお店の予約とかもしちゃってると思うし、今から急に参加するって言っても迷惑だと思うからやめとくよ。久奈の方の打ち上げどんなだったかだけ後で聞かせて?」
スマホをいじりながら一気に言い切る。久奈の顔は見れない。この話はもう終わりにしたかった。
そんな私の気持ちを察してくれたのか、「わかった」という久奈の声が聞こえてきた。
 久奈は優しい。私に友達が少ないことを心配してくれるし、私の気持ちもすぐに察してくれる。趣味とかは違うけど話のテンポとか笑いのツボとかが一緒で。こんなに優しくて気の合う友達なんてこれから先一生出会えないと思う。だからこそこういう時だけちょっとだけ心苦しい。私は久奈になにもしてあげられない。
「そういえばさ、これ知ってる?」
 そう言って久奈がスマホの画面を見せてきた。見ると、「【神か!?】AIが新発見の生物を予言していた!」というネット記事だった。
「こういうの、羽衣好きでしょ」
 なんか小説に出て来るすごいコンピュータみたいだよね、と笑ってる。
「へぇ、こんなことあるんだ」
 記事の内容を見てみると、AIが無作為に生成した造語と意味のセットが後日発見されたというニュースだった。記事には実際に発見が予言されていた生物の写真が載っていた。茶色くて小さなカエルで、正直そこら辺にいてもおかしくないような普通のカエルだった。
 AIが予言だなんて実際は偶然だろうけど、少しだけロマンみたいなのを感じる。「ライブチケットで良い席当たったりして」みたいな、言ってみた冗談が本当になった時に感じる、なんとも言えない高揚感をちょっとだけ期待しちゃう、みたいな。
「このAIがさ、これからも色んなこと予言したりして」
「えーさすがに無理でしょ」
 当然の返し。だけど、ちょっとだけ期待や笑いが含まれてるような久奈の言い方が会話を弾ませてくれる。
「七百億くらい造語作ったら一つくらい当たるってきっと」
「それは逆に少なすぎじゃない?」
「たしかに」
「何分の一で当たったらすごいってなるんだろ?」
「私だったら千分の一くらいかな」
「いいとこ突くねぇ。でもせっかくならもうちょっと欲張らないと」
「妄想で欲張るってなによ」
「たしかに?」
 久奈が急にチャラ男の語尾を上げる言い方をして思わず噴き出してしまった。
「かったー」久奈がなぜか勝ち誇った。
 ボケてツッコんでおどけ合うのがすごく楽しい。
 そうしてしばらく雑談に華を咲かせた。部室の鍵を先生に返さないといけないからと部室から出る時間になったけど、このまま帰るのは名残惜しくて。それで久奈と私は中庭のベンチに腰を下ろしたんだ。

     ■

「マカロサササィト」
 大笑いが落ち着いたタイミングで、ボソッとつぶやくと「もぅ」と久奈が肩を小突いてきた。
「さっき話してたAIじゃないけど変な単語思いついたね」
「だね。しかもググったら検索結果0件だよ」
 久奈は「マカロサササィト に一致する情報は見つかりませんでした。」と表示された検索結果を見せてくれた。
「すご」
「ね」
 目と目が合う。私も久奈も自然と笑みがこぼれる。
 こんな変な言葉いっこだけでも楽しくなれる。これって多分すごく幸せなことだ。
 心があったかくなっているのを感じていると、久奈が口を開いた。
「あれ? じゃあこれって私たちだけが知ってる単語ってこと?」
「え、ほんとだ」
 久奈に言われて気づく。そうか、これって世界中で久奈と私だけが知ってる単語なんだ。言われてみれば当たり前だし、そんな単語なんて作ろうと思えばいつでもいくらでも作れると思う。でも、卒業式の日にどこからともなく口からこぼれ出たってことがなんかすごく特別なキラキラしたもののように感じてくる。
 そんな思いが、私にちょっとだけ恥ずかしいセリフを吐かせた。
「……マカロサササィトって単語、ずっと二人の秘密にしようよ」
 口に出してから、だんだん顔が熱くなってきた。なに言ってんだ私。いまどき小学生でもこんな恥ずかしい約束しないでしょ。やばいやばい、変に思われる。なんか言い訳しないと。
 内心慌ててると、久奈が「おー」と感心したような声を出した。
「いいね。なんか卒業式の思い出って感じするじゃん」
 久奈の少し抑えた声と笑顔が返ってきた。頬がさらに熱くなったのが分かる。どうにか相槌を返したけどそれどころじゃない。恥ずかしさやらなんやらがごちゃごちゃに混ざってしまって、早く頭を冷やしたくなる。
 大きく息を吐いて空を見上げる。そこでようやく空がすっかりオレンジ色に染まっていることに気づいた。そんなに時間が経ってたんだ。
 久奈もそれに気づいたみたいで、スマホで時間を確認した。さすがにそろそろな時間だ。
「じゃあ、いこっか。わたしもうそろそろ打ち上げ行く時間も気にしなきゃだし」
「うん」
 そう頷きながら私は立ち上がらず、もう一個だけ勇気を振り絞ってみた。
「あのさ、また一年後とかにさ、こうやってベンチに座っておしゃべりしたいね」
 そう言った私の顔を見て、久奈は少し驚いた顔をした。
「……うん、そうだね」
 久奈からの返事に、なんか、無性に嬉しくなった。こうやって私が呟いたよくわからない言葉で久奈が笑ってくれて、それを大切に思ってくれて、未来の約束もしてくれて。
久奈と私はベンチから立ち上がった。
これで、この学校とはお別れだ。なんかのタイミングで来ることはあるかもしれないけど、その時はこの学校のOGとしてだ。多分色々と気持ちとかが違う。だからお別れだ。
 昇降口で靴を履き替える。脱いだ室内シューズをビニール袋に入れてリュックに入れた。下駄箱が空っぽになったのを確認してそっと下駄箱の扉を閉じた。
 正門を出る時、二人で手を繋いでジャンプした。こうやって学校ではしゃぐのもこれで最後。なんとなくやりきった気分になった。
 駅までの通学路を二人だけで歩いていく。リュックが上下に揺れて、卒業証書の入った筒と室内シューズの重みを感じた。なんか、卒業って感じだ。

「あ」
 駅に向かっている途中、久奈がなにかに気づいた。
「どうしたの?」
 そう言うと、久奈は軽く眉をひそめて、小声で私に教えてくれた。
「アレ。またいるよ」
「……あぁ」
 その言葉だけで久奈がなにを言ってるのか分かった。私は左手前方にある公園の方を見た。
 公園内のベンチに、一人の男の人が座っている。
 今年に入って見かけるようになった人だ。いつも座っていて、目深に被っている帽子のせいで目は見えなくて、当然マスクもしているから人相がほぼ分からない。
 それでも男の人だと分かるのは、体格と服装でだ。座っていても分かるほどの背の高さ、黒で統一された帽子とロングコートと皮手袋とボトムと革靴。怪しさしかない。
 受験勉強で学校の自習室にほぼ毎日通ってたけど、謎の男の人は週一のペースくらいで見かけた。久奈は、登校日と気まぐれ登校の何日かだけだけど毎回謎の男の人を見てたらしい。
 なにもしていないからこそ怪しい。そんな黒づくめの男の人を見るのも今日で最後になるはずだ。
「これであの人を見るのも見納めだね」
「そっか。それはちょっと嬉しいかも」
 なんか怖いんだもんと久奈が表情を緩めた。私も笑顔で同意する。
 それと同時に、謎の男の人が立ち上がった。
「えっ」
 思わず声を出してしまった。もしかして、会話が聞かれてた? いや、そんなことあるはずない。小声で話してたし、謎の男の人との距離は五十メートルはある。
 それでも、謎の男の人が立ち上がったのは事実で、それだけでちょっと怖い。
「    」
 今、目が合った。声にならない悲鳴とともに心臓が暴れ始める。
 久奈が立ち止まりかけたけど、私は咄嗟に久奈の手をとって歩き続けるように促した。何事もないように、こっちは何も気づいていないと思ってもらえるように、相手を出来るだけ刺激しないように。
 そんな抵抗も虚しく、黒づくめの男の人はこちらに向かって歩いてきた。身長が二メートルくらいありそうな大男が、ゆっくりと、でも確実にこちらに向かってくる。
「やだっ!」
 久奈と私は同時に全力で走り出した。分からない。たまたまこっちに向かってきただけで、実際は関係ないかもしれない。それでも、謎の大男が歩いてくるという事実だけで逃げるのには十分すぎる理由だった。怖い。逃げなきゃ。怖い。
 息が上がる。もっと早く走らないと。こんなにすぐ息切れしてたっけ。逃げなきゃ。やっぱり受験勉強で運動不足になってたんだ。追いかけてきてないよね。こんなことなら少しは運動しとけばよかった。自分たちの足音がうるさい。久奈もめっちゃ走ってる。怖い。お願いだから追ってきてないでください。肩つかまれたらどうしよう。走り続けないと。足が、息が苦しい。
 幹線道路沿いまで無我夢中で走って、車通りと人通りに安心して足が止まった。心臓の音がうるさい。そこでようやくうしろを振り返ったけど、誰も追ってきていなかった。
「こわかったぁ……」
 息を切らしながら恐怖を吐き出すと、久奈も「こわかったよぉ」と私の手を握ってきた。
 勘違いだったかもしれない。きっとその可能性の方が高い。そうだったらあの男の人には悪いことをしてしまったことになる。でも、絶対目が合ったし、初めて立ち上がって歩いてきたのだ。申し訳ないけど許してほしい。でもごめんなさい。
 心のなかで謝った。これで今のことはおしまいにしたかった。
「今日いろいろありすぎでしょ……」
 久奈の言葉に、私は心の底から頷いた。

 

     ■  収束した未来の一地点:1.2563.11.19.15.04.17.52

俺が発現した場所は、目的地の門前だった。目的地と言っても、人が残っている場所という条件で、照準が合わせやすい場所と時間がここだったのだ。しかし、それにしても今の俺にとっては最適の目的地であるように感じた。
 黒のロングコートのポケットからPDAを取り出し、映し出されたステータスを確認する。
 スマートフォンという光を前に影となったデバイス、PDAは俺の生きる時代における最先端デバイスであり、これがタイムトラベルを可能にした。
 PDAが正常に稼働している事を確認して、俺はこの時代の地を踏みしめた。
 目の前の石段を登ると阿吽像が両脇を固めた楼門がある。久しく続いている寺院の楼門は、丁寧な手入れだけではどうにもならない劣化が覗き見えていた。
 楼門をくぐる。砂利が敷き詰められた広い境内では、穏やかな風が枯葉を控えめに踊らせている。
 革靴が一歩毎に心地よい砂利の音を鳴らす。紅葉シーズンを終えようとしている境内は静けさに包まれ、参拝者に恒久性を錯覚させる。
 歩を進めると、右手に石段が見えてきた。「聳え立つ」という言葉が非常に似合った傾斜と高さを持つ石段の先には金堂がある。一五〇〇年以上前からほとんど変わることなく参詣者を迎えてきた石段は、これまでの参詣者と同様に俺の足裏を支えてくれた。
 軽く息を切らしながら堂内に入った。そこは空間だった。ぽっかりと、「空」と「間」のみ在り続けている、神護の場だ。
 薬師如来立像を目の前にして、居住まいを正す。正座し、目を閉じ、呼吸を整える。俺という異物の存在をできるだけ薄めるように、この空間の一部となるよう努めるように。目をつむり、時を受け入れる。誰が言わずとも、そうすべきであることはこの空間が教えてくれた。
 しばらくすると、右隣に気配が現れた。
「これはこれは……五〇〇年以上も過去からようこそいらしてくださいました」
 気配の主は非常に落ち着いた声で俺に語りかけてきた。
 目を開け、声の主の方へ体を向けると、壮年の住職は静かに手を合わせ、お辞儀をしてきた。俺もそれに倣う。
「はじめまして、俺は」
 住職は右の掌で俺の言葉を制し、口を開いた。
「土江子時郎。二〇〇二年十月十九日に人類初のタイムトラベルに成功。十度目の過去へのタイムトラベルによって二〇〇二年十月十九日以前の人類の可能性を一つに収束させてしまった人物である」
「また、未来へのタイムトラベルによって二〇二一年四月一日以降の人類の可能性が一つに収束することを知った人類初の人物でもある」
「そして私の目の前に立っている土江子時郎は、二〇〇二年十月二十日から二〇二一年三月三十一日に残された僅かな可能性を使って未来の可能性を取り戻そうとしている最中の人物でもある」
「そうですね?」
 住職の丁寧な説明に首肯する。歴史に刻まれクラウドに残されているであろう情報通りだ。
 そう、この時代にはもう情報の共有というものが必要とされなくなっている。全人類の脳およびクラウドネットワークの常時共有化。その感覚がどんなものなのかは俺には分からない。しかし、そんなものはこの時代の彼らにとって非常にベーシックなものであり、驚くに値するものではない。俺の生まれた平成の時代と比較すればなにもかもが違うのだ。
 なぜなら、この時代の全人類はこの世の事象とその大いなる原理のすべて知っている。P≠NP予想も、言語の起源と言語能力の起源も、全ての病の原因も、生物の進化の実相も、RNAフォールディング問題も、宇宙のあらゆる原理も、あらゆる謎が人類自らの頭脳と技術と努力によって解明・解決され、百科事典に単語と意味のセットで掲載されている。
 ただ一つを除いて。
「それで、土江子さんはこの時代にどのようなご用件で」
 住職の言葉は少しばかり形式ばっていて、言葉遣いにたどたどしさがある。脳が共有されていない人物との、口頭でのコミュニケーションがいくらか不慣れなのだろう。
「確認したいと思って。地球終焉の日が本当に来て、あらゆることを知り尽くした人類が別の惑星へと移り住んだという事を、自分の目で見ておきたかったんです」
 今、金堂を出て空を見上げれば、無数の流れ星が見えるだろう。
  三十分後、直径四十キロの隕石が地球に落ちてくる。すると北アメリカ大陸の大半が抉れ、地球の自転速度は遅くなり、太陽光は砂塵などによって遮られ、稲妻と硫酸の雨に覆われ、いくらかの時間をかけて生物は絶滅し、地球は死の惑星に至る。そういう未来予測が五十年前からなされている。
その未来予測に基づき、すでに人類の九九・九パーセント以上が居住可能な惑星へと移住を完了している。
 目の前にいるこの壮年の住職は、数少ない地球残留人だ。自ら地球とともに最期を迎えることを望んでここにいる。そもそも、望めば誰でも悟りの境地に至れるにも関わらず、何にも頼らず自らの力だけで悟りに至るための修行をしているという奇特な人でもある。俺はそんな人に、今の自分の気持ちを吐き出して、言葉を貰いたいと思ってここに来たのだ。
「俺がこれからすることは、可能性を、並行世界を取り戻すことです。実際には元あったはずの可能性を取り戻すだけですが、結果的には何十億何百億何千億という人が不幸な最期を遂げる可能性をも復活させるということになります」
 言葉にするだけで心が重くなるのを感じる。
「俺には、それが正しいことなのかは分かりません。それでも、やると決めたのは俺で、最後の一押し、肚を決めるために来ました」
「……あなたは、俺のこの行動についてどう思いますか?」
 勇気を振り絞ってそう尋ねると、住職は一度目をつむり、開いて、俺を見据えた。
「うまく説明できるか分かりませんが、出来るだけ伝わるように話してみます」
 そう前置きをして住職は話し始めた。
「あなたはあなたにとっての未来へ干渉しようとしています。一方で私たちが過去や未来への干渉をしなかった理由は、一つの見方として、する必要が無かったからということが挙げられます。なぜなら、私たち人類は間違いなく最小の犠牲で最大最高の成果を得てきたと知っているからです。またもう一方の見方として、私たちのあらゆる行動は、全知に至るという結果から帰納しているという事実があります。つまり、過去への不干渉も誰が望んだわけでもないただの必然だったということです」
 住職の言葉に深く頷く。俺が知ってしまった、この世界の三つの大原則。
 一つは、人類の好奇心がもたらす絶対的な実現力。
 一つは、大いなる原理がもたらす決定論。
 この二つの大原則と冗談が生んだ一つの技術によって、人類の未来は収束してしまった。
「私たちは、大いなる原理が人類に要求する無慈悲の帰納法に則っています。これは、私たちに自由意志や可能性というものが存在しないという事なのですが、当然ながら私たちにその実感はありません。それゆえ、あなたの「可能性を取り戻す」つまりは「人類の自由意思を取り戻す」という行動にどういう意味があるのかも正直よく分かりません。理解が及ばない、というのが正しい表現でしょうか」
 土江子さんは全知でも理解出来ないことがあるというのは不思議ですか、と問われて苦笑してしまう。そんなことはない。知っていても理解出来ないこと、理解出来ても受け入れられないことなんていくらでもある。それが人間で、感情で、個性なのだ。
「決定論的な、自分の行動が自分の意志ではなく世界によって元から決まってしまっているという事実は、本人には割とどうでも良いことなんだと実感しています」
「あなたが成そうとしている、誰一人希望も絶望もしていない可能性の復活は、あなたが過去を確定させてしまったという負い目から生まれた、転嫁された贖罪でしかない。言ってしまえばただの自己満足なのでしょう」
 贖罪、自己満足。その単語が胸に突き刺さる。その通りだ。俺の不用意で不注意な行為が、過去の可能性を奪った。それが未来の可能性を絞ることになった。
「批判的に聞こえたかもしれませんが、そうではありません。むしろ逆です」
 住職は優しい言葉とともに話を続けた。
「自己満足で人類の可能性を取り戻そうとする、なんだかとってもワクワクしてしまいます。こうして逃れられない地球終焉の日を迎えている身からすると羨ましく感じます。と言っても、私は自ら望んで死のうとしてるんですけどね」
 望むというのは、客観的な自由意志ではなく主観的な話ですよ、と住職は付け加えた。
 彼の言葉には何一つ嘘が無いのだろう。彼を含め全人類は可能性や自由意志の消失というものについて知識はあれど実感はなく、主観として自由に楽しく豊かに暮らせていることに満足しているのだ。加えて、たとえ俺が人類の可能性を取り戻したとしても彼らにとっては何の影響もない。別の世界の彼らが少し苦労したり理不尽な目にあったり不幸になったりする可能性が生まれるだけだ。勝手に俺がその責任を感じて負っているだけだ。
「なので、私から言えることはひとつです」
「あなたの行動は二〇〇三年から二〇二一年の人類に残された貴重な自由意志によって決められた尊いものでありますが、それには何の責任も付随しません。責任を感じるというのは驕りです。私たちの人生は私たちのものです。生まれようが消えようがそれは私たちのものです」
「だから、あなたの思うとおりにしてください。どう転がっても人類はそれなりな人類史を刻むはずです。あなた一人なんかの行動だけで人類が不幸になると決まる訳はないのです」
「だって、人類の可能性を取り戻すだけなんでしょう?」
 そう言った住職の顔を俺はしばらく見つめ、深々と頭を下げた。もしかしたら、彼の言葉が無かったとしても可能性を取り戻す覚悟は出来たかもしれない。それでも、今ここで彼と会ってこの言葉が貰えたことは決して無駄じゃないと思えた。
「ありがとうございます」
「いえいえ。私は思ったことを言っただけですよ。……それにしても、それが伝説のPDAなんですね」
 先ほどまでの雰囲気とは打って変わり、住職は俺の手元もまじまじと見つめていた。俺は無意識で握りっぱなしにしていたPDAを住職に見せる。
「まぁ使われていた時代は本当に一瞬でしたからね。当時も持っていた人は少ないですよ」
「でも、これがタイムトラベルと実現したのだからすごいですよ」
 住職は感心するようにPDAを見つめている。
「ちなみに、どうやって人類の可能性を取り戻すんですか?」
 住職は興味が抑えられないと言うかのように訊いてくる。その様子は修行に身を置いた者というよりは、純粋な子どものようであった。
 しかし、俺は話せない。
「すみません、ご存じの通り「別時代の未知の事項の共有は一人までしかできない」ので……」
 今の俺にとって、世界の大原則に触れることは、世界に敗北することに直結しかねない。
 脳の常時共有化がされているこの時代の人たちには教えられない。また逆説的に、今彼が可能性を取り戻す方法を知らないという事は、過去に戻って行われた作戦の成功も失敗も完全に伏せられた情報であるということの証左でもある。その点だけは少し安心した。
「大丈夫、分かってます。だから、常時共有は切りました」
 住職は微笑みながら人差し指でこめかみ辺りを二度叩いた。
本当に常時共有が切られているのか分からない。それだけで余計なリスクは負えない。しかしながら彼にいくらかの感謝の念があることもたしかだ。
「分かりました。余計なリスクは負えないので細かい話は出来ませんが」
 そう言って俺はせめてもの思いで、彼らも知っているはずの情報だけで作戦内容を伝えた。

「あなたたちもまだ知らない言葉を世界から守りつつ、NEWDの稼働を止めるんです」

 

     ■  可能性を内包した現在の一地点:0101.2021.03.22.07.44.17.52

休みなのにはやく起きた朝は、いつもより寝覚めがよかった。
 いつもよりぼさぼさな髪の毛といつもより多めにかいた寝汗をどうにかするために浴室に行く。寝汗の分だけ重くなったパジャマを洗濯機に放り込んで、浴室の電気を点けて、浴室に入って給湯器のスイッチを入れた。
 レバーを上にあげてシャワーを出すと水が出る。あったかくなるまで足先にしゃばしゃばとシャワーを当てておく。その間に、空いてる右手で目頭と目尻についてる目やにを取っておく。右目頭、左目尻、左目頭、右目尻。決まった順番、右人差し指でグリっと。一周目では取り切れてない感じがしたから二周目に突入する。うん、大体いい感じで取れた気がする。
 足先があったかくなってきたところでシャワーを頭からかぶる。顔を上げると、ぺちぺちぴちぴちとお湯が顔に当たる。シャワーが体にうるおいをくれている気分になる。ぺちぴちを楽しんだら、シャンプー、コンディショナー、ボディソープで全身をすっきりさせる。清潔な私、デビュー。
 浴室から手を伸ばしてバスタオルを取って体表から水分を拭きとる。髪の毛はしっかりとバスタオルで押さえつける。腰上まで伸びるロングヘアーは毛先までキューティクルが行き届いている。タオルを体に巻き付けると、ホカホカな私はゆっくりと時間をかけて髪を乾かす。少し古めのドライヤーは結構うるさい。でもそのうるささが割と好きだったりする。目を閉じれば世界がドライヤーの出す風と熱と音だけになって、その瞬間だけは私と旧型のドライヤーだけで世界が成立しているような気分になれる。髪の毛が温風でなびく。乾かしても潤いを失わないこのロングヘアーが唯一自分を褒めてあげられる部位だ。
 バスタオルを巻いたまま部屋に戻って洋服を着る。白のニットセーターとワイドデニムパンツ。お母さんに見立ててもらったものをそのまま着ただけ。着る服を自分で決めるのが苦手だ。センスが無いのは分かってるし、それで変に思われるより「お母さんが選んだのだから」っていう言い訳が出来る方が楽。しょうもない責任の押し付けだけど、それだけで気持ちが楽になる。
ニットセーターの中に隠れている後ろ髪を両手の甲と指でそっと外に出してあげる。髪はまとめない。うなじを見せるのが苦手だから。すごく無防備で、見せていると背後からスナイパーに狙撃される想像をしてしまうのだ。

リビングに行くと、お母さんがソファでくつろいでいた。
「おはよう」
「おはよう。朝食ありがとう」
 テーブルに朝食が用意されていることにお礼を言うと、お母さんは「なによ」と笑った。
「高校卒業して少し大人になっちゃった?」
「そんなんじゃないけど」
 ちょっとだけ心もちが先週までと違うのは自分でも分かってるけど、指摘されるとなんだか恥ずかしい。
「いただきます」
 手を合わせて、トーストを手に取る。バターを塗って、トーストを噛り付きながらテレビを眺めた。朝の情報番組では、「存在しない単語を生成するAIが新発見!?」というテロップが表示されていた。久奈と部室で話してたAIのことかな?
明るく元気なBGMが流れるはじめるとコーナーが始まった。

「佐藤さん、存在しない単語を生成するAIが今話題なんですけど、知ってましたか?」
「いや、知らないねぇ」
 MCの佐藤さんは興味なさそうな反応を返した。そんなにべない反応にもめげず、アナウンサーの竹田さんは紹介を続ける。
「アメリカの若きプログラマー、トーマスさんが作ったAI、NEWDがもしかして神なのでは、とネット上で話題になっているんです」
「神ぃ?」
 いやいやと佐藤さんは笑い交じりのあきれ顔を見せる。
「NEWDは、Not Exist Words Dictionaryの略で〝存在しない単語辞書〟という意味のAIです。このNEWDが作った造語が、その後発見されたものと一致したという事なんです」
「どういうこと?」
「こちらをご覧ください」
 スタジオのモニターに映し出されたのは、茶色いカエルだった。昨日久奈に見せてもらったネット記事で見たカエルだ。
「このカエルはリリパット・フロッグというボリビアで見つかった新種のカエルなんですが、このカエルが発見されるよりも以前に、NEWDはリリパット・フロッグという単語と「ボリビアのゾンゴ渓谷に生息する世界最小級のカエル」という意味を当てていたんです」
 これに佐藤さんが「うそだぁ」と言う。そりゃそうだ。私も百パーセントは信じられない。
「これ本当にAIの方が先だったの?」
「みたいです」
「このボリビアのゾンゴ? がそういう新種の生物が発見されやすい場所なんじゃないの?」
「それは、そうみたいです」
 竹田アナウンサーが佐藤さんの質問にたどたどしく答える。竹田さんも渡された資料を読んでいるだけなんだろうな。
「じゃあそこからAIが推測して適当に作ったのがたまたま当たっただけじゃん」
 納得いく回答が得られて佐藤さんはしたり顔になった。私もなんか安心した。
「このカエルを予言した事について、AI製作者のトーマスさんは「このAIはネット上の単語や文章を解析・学習して一日に何千という造語を作るジョークAIで、今回の件は神様がくれたちょっとしたサプライズだよ」とインスタグラムに投稿しています」
 その情報に佐藤さんは「ほらぁ」と返した。佐藤さんは視聴者目線に立って話すのが上手いなぁ。
「でも、他にも人の喉の奥に未知の臓器に関する単語を作ったら実際にそれが発見されてNEWDが作っていた単語がそのままその臓器名になったりと、挙げきれませんが他の実績も結構すごいんです。世界の研究者がNEWDの造語を見て研究を始めるといったことも出て来ているらしいんです」
 竹田アナウンサーは「なので」と付け加える。
「このAIが作る単語が未来に発見する物とかを指し示してくれるかもしれません」
 それってなんかワクワクしませんか? という竹田アナウンサーの言葉と勢いに、佐藤さんも私も控えめに頷いてしまう。私も同じようなことを考えていたことを思い出した。
「ということで、これから我々はこのNEWDの動向を追っていきたいと思います!」
 力強く頷きながら宣言する竹田さんと「いやそこまでしなくても」と呟く佐藤さんの姿でコーナーが終了した。

「なんだか不思議な話ねぇ。羽衣はどう思う?」
 お母さんは本当に不思議そうに言った。
「偶然が起こることもあるって話でしょ」
「そうよねぇ……ってほら羽衣、そろそろ準備しないと久奈ちゃんとの約束の時間に遅れちゃうわよ」
 言われてテレビの右上を見る。八時五十五分。そろそろ出ないといけない時間だった。
「ほんとだ。やば」
 朝食が乗っていた食器を流しに置いて、玄関でお泊りセットが入ったリュックを背負って、不織布のマスクをして、スニーカーを履いた。
「じゃあいってきまーす」
「いってらっしゃーい。気をつけてくるのよー」
 間延びしたお母さんの声を聞いてから玄関のドアを開ける。
 今日から一泊二日で久奈と二人っきりの旅行だ。それがこれから始まると思っただけで足取りが軽くなった。

     ■

「お待たせ、待った?」
 待ち合わせの時間よりちょっと遅れて、最寄り駅のロータリーに銀色のトヨタの車が止まると、中から久奈が声をかけてきた。大人って感じがしてカッコいい。
「ううん、今来たとこ」
 そう言って後部座席のドアを開けてリュックを載せた。運転席から「今日はドジらなかったね」と軽口をたたかれた。ペットボトルとスマホだけ持って助手席に乗ってシートベルトを締める。
「じゃあ行こっか」
「はい、運転お願いします」
 久奈がアクセルを踏んで車がなめらかに動き出した。目的地は中禅寺湖だ。本当はもっと遠出もしてみたかったけど、車で行ける範囲でと親に止められた。でも、華厳の滝とか日光東照宮とかに言ったことがないから楽しみ。
運転している久奈の横顔を見つめる。目鼻立ちがくっきりしていて整った顔。本当に絵になる横顔だななんて思って、ついつい見続けちゃう。
 ちらりと見える左耳にはピアスも穴もない。ピアスは右耳だけだ。
 しばらく見ていると、私の視線に久奈が気づいた。
「なに? ちょっと恥ずいんだけど」
「いやぁ、久奈の運転姿カッコいいなぁって」
 表情をニヤニヤさせながら冗談めかして言う。
「やめてよ。そんなこと言われたら手が滑って事故っちゃうかもよ?」
 そう言いながら久奈は赤信号で車を止めた。
 まだ死にたくないよぉと言って二人して笑った。
「運転これで何回目なの?」
「免許取ってからだと五回目かな。一応練習で高速も一回運転しておいた」
「おぉ」
「でも、高速って信号とかないからむしろ運転楽なんだよね。人を轢く可能性がないって気持ち的にめちゃくちゃ楽なの」
「へぇ」
「てか人が本当に邪魔。免許取るまでは分かんなかったけど、車運転する側からすると自転車とか歩行者がふらふらしてるの本当心臓に悪いから。しかも事故ると大体車を運転してる方が悪くなっちゃうし、ほんと困るわー」
 久奈はいつも以上に喋りまくる。私がなにも言わずとも教習所通い始めてからの話が次々と出て来る。授業がめちゃくちゃだるいって話、マニュアルにしたら坂道発進がめちゃくちゃ難しかった話、ペーパーテストに十回以上落ちてる人と会った話、ちょっとカッコいい大学生の人と一緒に公道教習をした話、前に聞いたのも初めて聞いたのも色々あった。相槌を返すだけになってるけど、聞いてるだけで楽しくて、車内がどんどん盛り上がってくる。
 久奈の話を聞いてるうちに、高速道路に入った。久奈が親から借りたETCカードのおかげで高速の入り口もスムーズに通れた。うちは一昨年まで現金で払ってたから時間もかかってたし面倒そうだなっていう記憶があったから久奈の親には感謝だ。
「教習所ってすごいところなんだね」
「そうなの。ほんと色々あったよ。だから羽衣も車の免許取る時はちゃんと調べて良さそうな教習所に行きなよ?」
「うん、そうする」
「あー、てかごめんね。わたしばっかり喋って。まだ運転慣れてなくて緊張して喋ってないと落ち着かないんだよね。とりあえず高速に入れたから少し落ち着けると思う」
「ううん、全然。久奈の話めっちゃ面白かったし。むしろこっちが申し訳ないよ。車の免許持ってないし、車も久奈の家の借りてるし。やっぱ運転って緊張するんだね」
「まぁね。でも自分でもびっくりだよ。緊張するとこんなに喋るようになるタイプだって自覚なかったし」
「私も久奈にそんなイメージなかったな。新しい一面だね」
「お、もしかして、新しいわたし、デビューしちゃった?」
 久奈がイェイと言って左手を挙げピースした。二人とも笑う。久奈は運転し始めた時よりも表情が柔らかくなってきていた。
「ではでは、他の話題に移りましょう。ゲストの羽衣さん、高校三年間で一番の思い出はなんでしたか?」
 続けて久奈はラジオDJみたいな感じで質問してきた。ラジオ聞いたことほとんどないからなんとなくのイメージだけど。
「えー、真面目なやつとふざけたやつがあるけどどっちがいい?」
「じゃあふざけたやつから」
「それなら、久奈との部活動かな。特に二年の文化祭の時の」「わたしとの思い出がふざけたやつなんかーい!!」
 間髪入れない久奈の見事なツッコミが決まってまた一笑い起きる。
「ふふっ、ごめんごめん。冗談だって」
「どれが冗談なのよ、まったく……んで、真面目な方はなんなの?」
「うーん、いや、いいや。真面目過ぎてしらけちゃうやつだ」
「いや気になるじゃん。いいよしらけても。わたしたちだって時には真面目に語り合う時間も必要だよ」
 もう高校も卒業しちゃったしね、と促してくれた。
 久奈の言葉に甘えて、私は自分が救われたと思えた時の話をし始めた。

家庭科の授業で詐欺について習っていた時の話だ。
 家庭科の先生らしくエプロンをつけている先生が、お金を騙し取る、の「騙し取る」は何を基準にしたものなのかと問題を出した。
 先生は三十代で子供が一人いて、非常勤講師として適度なワークライフバランスを実現した一人の成功者だった。先生の左薬指で光る指輪がやけに目についていたのを覚えてる。
 先生の問いに対して、みんなはお金だとか人生かなぁとか愛でしょとか好き勝手に答えていた。私もそんな感じの事を考えていたと思う。
 そんななか、お調子者の恩田君が「世界!」と大声で言うと、教室に笑いが起きた。
 だけど、先生だけは真面目な顔で恩田君に「正解です」って言った。
「そうです。「騙し取る」の基準は世界なんです。皆さんが生きている世界、大抵の場合はもう少し狭くした「世間」での基準で「騙し取る」と言われているのです」
 先生は黒板に白のチョークで棒人間を二人描いて、それぞれに「A」「B」と書き添える。そして、二人の棒人間の間に両端が矢印になった直線が引かれ、「契約」と書いた。
「このAとBは契約を結びました。契約の内容はこの二人しかまだ知りません。その時、両者もしくは片方の人は騙し取られたと思って契約していると思いますか?」
 多くの生徒が首を横に振る。
 当たり前だ。騙し取られたと思っているなら契約しないはずなんだから。
 私たちの反応を見て、先生は話を続ける。
「では、いつこの契約が詐欺になったのでしょうか……そう、それは世間にこの契約が知られた時です。「AさんはBさんから石ころを百万円で買わされた」と世間で認識されてようやくAさんは「騙し取られた」と認識するのです」
 黒板の「契約」の文字から黄色チョークの線が伸びて「石ころ=百万円」と書かれた。
 続いて、「世間」の棒人間が書き足されると、「世間」の棒人間から「石ころ=百万円」に矢印が飛んで、その矢印に「詐欺だ!」と書かれる。ここで世間が詐欺の存在に気付いたということだろう。
「つまり、二者間で執り行われる物事はとても不安定なものなんです。契約と言って書面を交わすものでも、お互いの意図が完全に通じ合っていることは無いですし、それが第三者に知られることがなければ世間的には存在しないようなものなのです」
 あぁ。
 その先生の言葉で、すとんと腑に落ちたのを今でもはっきり覚えている。契約とか詐欺とかの話ではなく、世界の在り方と私が感じていた違和感の正体が分かった気がしたんだ。
 私はそれまで、周りのみんながSNSとかでいいねの数を見て喜んでたり、何人も連れだって食堂やトイレに行くという行為が理解できなかった。自分が良いと思ったものは良いものだし、お腹が空くのも便意を催すのも自分なのに、何故周囲と共有しようとするのか、同調しようとするのか。
 でも、その時分かった。きっとみんな不安だったんだ。自分の感じるもの考えているものが良いのだと正しいものだと誰かに証明して欲しかったんだ。

自分一人だけで抱えていると、世の中的には存在しないもので。
 自分ともう一人しか知らないと、先生の言う通りそれは不安定なもので。
 第三者も含めた多くの人が知ることで、この世に存在が認められたものになる。

みんなはそれをどこか直感的に感じていて、だから出来るだけ多くの人に自分や自分の感じたものや考えたもの、その存在をこの世に認めてもらいたいと思って行動していたんだ。
 身近にあった疑問が解消されて気持ちがすごく楽になった。直接言うのは恥ずかしかったからできなかったけど、家庭科の先生には心のなかですごく感謝した。

「まぁ、先生に直接お礼を言うことは結局なかったんだけどね」
 そう言ってこの話を締めた。本当にしょうもない話。本来なら人に話すようなことじゃない。
 けど、久奈にだけなら話しても良いかなと思えた。それならまだこの話はこの世の中的に不安定で曖昧な話ってことで済むはずだから。
「なんか、めっちゃ哲学って感じだね。なんとなく分かる気がする」
 久奈はゆっくりと、私の話を咀嚼するように言葉を紡いだ。きっと私の考えた感じたことの全部は分からないと思うけど、理解してくれようとしてくれてるのが分かって、それだけで嬉しくなる。
「……」
 少しだけ間が空く。真面目な話をしたあとの独特な沈黙。私は嫌いじゃないけど、久奈がどう思ってるかわからないし、せっかくなら早く別の話題に切り替えて楽しい雰囲気にしたいと思った。
「じゃあ、羽衣にとって三人以上でなにかを共有するってことは嫌なことっていうよりかは必要と感じたことがないものって感じなの?」
 さっきのコメントでこの話題は終わりだと思ってたところにまさかの質問が来て驚く。
「え? あ、あー、うん。多分そんな感じ」
「ふぅん……」
 また静かになる。ルームミラー越しに久奈を見たけど、顔は無表情で、少しなにかを考えてるように見えた。
 すると、表情を変えずに久奈が口を開いた。
「でも、私とかインスタやってるけど、そんな難しい話とかじゃなくて、友達と楽しいとか嬉しいとか色んなことをたくさん共有したいとか、新しく気が合う人と出会ったりしたいとか思ってやってるところあるから」
「羽衣もたまには考え込まないで行動に移しちゃうのもいいと思うよ」
 久奈はそう言うとまた黙ってしまった。
「うん、そうだね」
 私はそう返して、今久奈が言ったことについて考えてみる。
 私には友達と言える人が久奈しかいない。だからなにか久奈に話したいことがあったら直接話せばそれで済んだしそれだけで満足だった。でも、もし私にも友達がたくさんいたりもっと友達が欲しいと思えたなら、SNSとか使って友達となにかを共有するってことが楽しかったりするのかもしれない。
 友達がたくさんいる様子を想像する。クラスの中心にいるようなイケイケな感じじゃない、ちょっと落ち着いた感じだけどワイワイ話せるような友達。
 想像だけど、ちょっとだけいいなって思った。

     ■

「曇ってるねぇ」
 車から出て、大きく伸びをしながら久奈が空を仰いだ。
「そうだね。でも中禅寺湖の方は晴れてるらしいよ」
 さっきスマホで調べたことを言いながら、私も大きく伸びをする。思ってたよりも体が固まってたみたいで、結構気持ちいい。
 中禅寺湖まであと半分くらいのところのサービスエリア。あんまり栄えてないけど、トイレも売店もあるし、ちゃんと無料Wi-Fiもあった。スマホを取り出してパスワードを打ち込む。通信容量制限が厳しい高校生にとってWi-Fiの有無は死活問題だ。
「そういえば、インスタどうしてるの?」
 久奈が屈伸しながら訊いてきた。
「どうしてるって、特になにもしてないよ」
 久奈に勧められるがまま始めたインスタは、久奈のアカウントをフォローしただけで止まってしまっている。普段あんまり写真も撮らないし、撮ってもインスタに載せようと考えることがない。
「じゃあさ、今回の旅行は羽衣が写真係ね。写真撮ったらインスタに載せて」
「え、いいけど」
「私の顔とかも載せていいから」
「え、大丈夫なの?」
「いまさらだよ。自分のアカウントで顔がっつり載せてるし。あ、でも顔写ってるの載せる時はちゃんと盛ってからだよ? 羽衣どうせ加工アプリなんて一個も入れてないでしょ。ほら、今ダウンロードしてみて」
 SNOWも良いけどわたし的にはSODAの方が好きなんだよね、と言う久奈に言われるがまま、加工アプリをいくつか入れた。Wi-Fiがあってよかった。ついでにそのまま二人で写真を撮る。
「練習ってことで今の写真中禅寺湖に着くまでに盛っておいてね」
 羽衣先生の超絶テクニック期待してるよぉ、と茶化される。
「えー、そんなこと言われたらめちゃくちゃにしたくなっちゃうなぁ」
 久奈のノリに乗っかる。加工アプリなんて使ったことないし、正直あんまり興味ない。
「だめ」
「え」
 久奈が急に真剣な声と顔になった。え、どうしたの。
「ちゃんといい感じに盛って。インスタに載せても良いくらいちゃんと」
冗談とかじゃない、本気の目だってわかった。百パーセント真剣に思いを伝えようとしているような、怖くて綺麗な目。
「あ……うん。頑張ってみる」
 久奈の急な変貌に理解が追い付かないまま、ただ頷いた。
 私の返答に久奈は笑顔になった。
「よろしくね。じゃ、いこっか」
 さぁ残り半分くらい、運転がんばるぞー、と久奈は右のこぶしを空に突き上げた。
「おー」
 私も乗っかる。さっきの真剣な久奈はなんだったんだろう。そんなに私に加工アプリをマスターして欲しいのだろうか。よくわからないけど、久奈に頼まれたし、それならやってみようかなと思っちゃうんだから我ながら現金なやつだと思った。

     ■

サービスエリアで撮った二人の写真を加工アプリでいじっていると、いつの間にか車はいろは坂に差し掛かっていた。中禅寺湖まであと少しだ。
「弱ペダで見たやつだ」
 テンションが上がって口に出してしまった。
 アニメで見たいろは坂の光景。実際の場所を舞台にしてるんだから実在するのは当たり前だけど、それでも実在するのを見ると本当にあったんだと感動する。
「ほら、どんどん曲がってくよー」
 そう言って久奈はハンドルを大きく回した。
 窓から道路を見てみると、三月下旬のいろは坂はまだ凍結してる部分があった。久奈はスピードを落として慎重に運転してる。お父さんの運転と比べてもすごく丁寧な運転だと思う。
 平日で緊急事態宣言下ということもあってか、車通りは少ない。そのおかげで久奈は後続車を気にせず運転出来てる。
「目が回りそう」
 こんなにすぐ何度もカーブしてると頭が揺らされてる感覚が強くなってくる。
「大丈夫?」「大丈夫。久奈は?」「運転してるとあんまり気になんないんだよね」
 遠くの曇り空を見ながらなんでもない会話を続ける。スマホなんていじってる場合ではない。吐き気はないけど、気は抜かないでおく。
そうしてると、頭を揺らされすぎたのか、ボーっとしてきた。
 グルグルと、頭の中に色んなものが浮かび上がってくる。
 久奈と二人で車旅行。車内に流れる「ドライフラワー」。楽しい会話と久奈の真剣な目。もう高校生じゃない私。もうすぐ一人で通うことになる大学生活。LINEのトーク履歴。上から、久奈、LINEクーポン、お母さん、家族グループ、既読スルーしたクラスのLINEグループ、あとは記憶に残ってないくらいのがいくつか。
 全部現実なんだけど、どれも私から少し遠いところに離れた感じがする。このままでいいのかな、なんか思ってたのとちょっと違う、ちぐはぐな感じ。
 この旅行が終わったあと、私はどうしていくんだろう。どうすればいいんだろう。
 大学には久奈はいない。多分それが一番の違和感の正体なんだと思う。
 秋までは一緒の志望校だったのに。これからもずっと一緒にいれると思ってた。根拠はなかったけど同じ大学に行くんだと思ってた。
 だから、仕方ないと分かってても久奈が専門学校に行くって決めたのがさびしかった。唯一の友達が遠くに行ってしまう。その実感が急にやってきた。
 そんな私の気持ちとは関係なく車はいろは坂を登り切る。そうして見えてきたのは、目的地のひとつ、中禅寺湖だ。

「着いたー!」
 車から降りると空は晴天だった。まぶしくて少しだけクラっとする。
 写真写真! とテンションの上がってる久奈に急かされ、中禅寺湖をバックに久奈がバンザイしてる写真を撮った。
「今度はジャンプするからタイミングよく撮ってね」
 そう言って久奈は高くジャンプする。背中を反らして体全体がゆるめのCっぽい形になった瞬間を撮った。我ながらよく撮れたと思える出来だ。
「ほらぁ、今度は羽衣の番だよ」
 久奈はそう言って場所を入れ替わるよう促してきた。
私は控えめなピース写真と、めっちゃねだられて仕方なく飛んだ写真を撮られた。「目つぶっちゃってるの、頑張ってる感じが出てて可愛いね」といじられた。
「もーやめてよぉ。ほら、写真撮るのもいいけどボート乗るんでしょ?」
 そう言って私はボート乗り場へ歩き始めた。

青空が気持ちいい。
「気持ちいいね」
 ボートの上で緩やかな中禅寺湖の波に揺られ、正面で頑張ってオールを漕いでる久奈に声をかける。二人だけだからってことでマスクも外して解放感を満喫しちゃってる。
「ね。天気も良くなってるし、漕いでると体もあったまってテンション上がってくるよ。羽衣もやってみなよ」
 そう言ってオールを渡そうとしてくる久奈に「あとのお楽しみにしておくよ」と笑って返す。ボートに乗る前にじゃんけんで行きは久奈、帰りは私が漕ぐと決めたのだ。しっかり久奈に体を動かしてもらおう。
「それにしても結構人多くない?」
 久奈は岸辺を見て言った。
 私も改めて遠くに見える岸辺を確認する。たしかに多い。そこそこ密だ。駐車場は割とガラガラで、旅行者はあんまりいないのかと思っていたけど、その割には結構人がいる。近所の人だろうか。
「なにかイベントとかあるのかな?」
 そう思ってスマホでググってみる。けどイベント情報は出てこなかった。緊急事態宣言が出てるんだしイベントがある可能性なんてほとんどないのだから当然だった。
「もしかしてこれじゃない?」
 いつの間にか漕ぐのをやめていた久奈はツイッターの検索結果を見せてくれた。「NEWDが中禅寺湖上空にUFOが飛来することを予言!」という見出しだった。
「これ見て近所の人が来たって感じなんだね」
 さすがにUFOはないでしょと思いながらも空を見上げる。青空と少しの雲。UFOを探すにはもってこいの天気なのかもしれない。
 岸辺に集まってる人たちはスマホを掲げているみたいだ。いつでも録画ボタンやシャッターボタンを押せるように準備してるのかも。マジでかと思ってしまう。
「さすがにUFOは来ないでしょ」
 久奈もちょっと呆れたように言って、仰向けになった。ボートの縁に手首をかけて、手だけボートの外側に出している。とても気持ちよさそうだったから、私はスマホを取り出して久奈を撮った。
「不意打ちやめてよー」
 そう言いながら久奈は仰向けになったままだ。
 太陽が雲に隠れてちょうどいい陽気で、ボートはゆらゆらと揺れて、風がゆるやかに吹いている。黙ってるとちょっと眠くなってきそうな心地よさだ。久奈と二人だけで共有してる今この感覚。この感じを少しでも覚えていたくて、私は久奈にカメラを向けて録画ボタンを押した。
 それとほぼ同時だった。
「羽衣、ちょっと、あれ」
 久奈はなにかに気づいたように、空の一方向を見つめて指を差した。私も指をさしてる方を見た。
青空に、黒い影がある。しかもその影はジグザグに飛んでいる。そんな飛び方、鳥にも飛行機にもできないってすぐわかった。
「いやいや、うそでしょ?」
 そう言いながらも、じっと黒い影を見つめ続ける。自然と持っていたスマホを黒い影に向ける。黒い影はだんだんと近づいてくる。
「やば、マジ?」
 ボートのほぼ真上に、馬鹿にされてるのかと思うほどテンプレの形状をしたUFOがやってきた。どれくらい上空なのかわからないけど、気のせいとか見間違いとかなんて言えないくらいにはしっかり見えちゃってる。なんならスマホの画面にも映っちゃってる。
「あ」
 消えた。なんの音もなく一瞬でUFOはいなくなってしまった。
 非現実的過ぎてなんも考えられなかった。
「……夢?」
 互いに顔を見合わせたけど、久奈のなんとも言えない微妙な表情が現実なのだと教えてくれた。
 千分の一くらい信じてた造語AIを、今では八割がた信じてしまってる。
 もしかしてだけど、NEWDは本当に予言できるAIなのかもしれない。

     ■

ざわついてる中禅寺湖をあとにして、華厳の滝に取りあえず行ったあと、近くのお土産屋さんの二階にあった食堂に入った。店内はガラガラで、四人席に案内された。湯葉が名物らしくて、味付け湯葉がある定食を頼んだ。
 ボートを降りてから口数が少ない。私も久奈も。UFOのことがまだ咀嚼できてないし消化できてないのだ。
「あれ、なんだったんだろうね」
「なにって、UFOでしょ。どう見ても」
 スマホ見てみなさいよ、と久奈は言った。
 スマホを取り出すと、通知がうごめいていた。さっきボートで撮ったUFOの動画を言われるがままインスタにあげたらとんでもなくバズってしまっていた。通知が止まらない。
 設定からインスタの通知をオフにする。
「なんかまだ信じられないというか、現実なのかって感じ」
「ほんとね。とんでもないもの見ちゃったって思った」
 二人分の定食が運ばれてくる。マスクを外す。とりあえず一息つこう。
「いただきます」
 同時に手を合わせて食べ始める。普通かもしれないけど、食事するときはちゃんと手を合わせなきゃって思うし、それを当たり前のように一緒にやってくれる久奈を見ると、やっぱり気が合うなぁと思う。
 お茶を飲んで、箸を取る。親に教えられてから、和食の時に最初に手をつけるのは味噌汁と自分のなかで決まっている。
 味噌汁に手をかけたところで、階段から足音が聞こえてきた。
ドンドンと大きく重たい足音がしてくる。
 UFOを見た直後だからか、またとんでもないものが現れるんじゃないかと思って味噌汁をゆっくりと元の場所に置いた。
 足音が上がってくる。
 久奈も私の様子を見て階段の方を振り返る。
 現れたのは、黒づくめの大男だった。
 体も頭も固まった。なんで、なんで? なんでここにいるの?
「あれって、公園にいた人かな」
 久奈は、あの人も観光に来たのかな、なんて呑気なことを言い始めた。え、なんで? あんなに必死で逃げた相手じゃん。勘違いだったかもしれないけどめっちゃ怖かったじゃん。なんでそんな平気でいられるの?
 そう思ってる間にも、大男はこちらにやってきて、隣の四人席に座った。
「久奈、逃げよう」
 どうにか勇気を振り絞って小声で久奈に訴える。どうにか隙を見て逃げないと。
 私の声が聞こえたのか、大男が声をかけてきた。
「怖がらなくていい」
 低い声に、体がビクッとなった。やっぱり公園のあの大男だ。
「危害は加えない。ただ、お願いがあってきただけだ」
「……お願いのためだけに東京からわざわざここまで追ってきたんですか」
 頭をフル回転させて、どうにか声を出した。
 声が震えてるのが分かる。でも、言わなきゃ。話さなきゃ。本当にお願いがあるなら話してる間はなにもしてこないはず。
「あ、やっぱり知り合いなんですか?」
 今さらな事を久奈が言う。
「久奈、なに言ってるの? 見れば分かるじゃん! 卒業式の日に追われたばっかでしょ!?」
 思わず声に出た。やばい。なに言ってるんだ私。刺激するようなこと言っちゃった。
 そんな私の焦りも知らず、久奈は平気そうな顔をしてる。
「え、なに言ってるの? 卒業式の日はいなかったじゃん、この人」
「……え?」
 え、久奈、なに言ってるの?
「待って。いや、卒業式の日だよ? 夕方くらいに公園通った時にこの人が立ち上がってこっちに向かってきたじゃん。それで私たち必死に走って逃げたじゃん。あの日の話だよ?」
「なにそれ。羽衣、夢でも見たの? 卒業式の日は中庭のベンチで話し込んだあとは普通に帰っただけじゃん。むしろ謎の大男がいない公園を久しぶりに見たねって話したじゃん。あと、そんな言い方この人に失礼だよ」
 久奈が不思議そうにこっちを見てる。
 意味がわからない。
 なんで、久奈と私の記憶が違うの? あんなに印象的な思い出で、しかもたった三日前の話なのに。微妙に時間が違うとか、誰がなんと言ったかみたいな些細なレベルじゃない。根本的なところから認識が違ってる。
 訳がわからなくて、大男を見る。本当はどっち? 卒業式の日、公園にいたの?
 私と目が合った大男は、頷いた。
「説明する」
 大男は大きく息を吐いた。
「信じてもらえないかもしれないが、俺は過去からタイムトラベルしてきた。目的は君たちが卒業式の日に共有した秘密を守ること。それと造語生成AI、NEWDを止めることだ」

 

     ■  可能性を見出した過去への回顧:0205318.2002.10.19.22.18.45.31

俺のPDAが変な挙動をしているのに気づいたのはたしか土曜の夜だった。
 当時俺はPDAに入れてたモノポリーを一人ですることにハマっていた。社会人にもなって何をやってるんだという話だがそうだったのだから仕方ない。俺はただひたすら何も考えずサイコロを振って買える土地を買って適当にプレイヤーを破産させていた。勝手に勝って欲しいと願ってるプレイヤーがボードウォークを買った時は喜んだ。全部俺が操作してるだけなのだから喜ぶような事でもなかったのだが。
その時も、次の日が休みだからとモノポリーに明け暮れていた。
 そうやって遊んでたモノポリーが急にバグったのだ。サイコロの表示は五と六なのに七マスしか進まなかったり、逆にサイコロが一のゾロ目だったのに九進んだりした。よく分からなかったが、PDA自体が壊れている様子もなかったし、ひとりで遊んでるだけだからまぁいいかとスルーしていた。
 そのまましばらくやってると、俺はサイコロバグの法則に気付いた。モノポリーを遊んでいる時は、基本的にタッチペンで操作していたが、時々めんどくさくなって手で連打したりしたのだ。その時に限ってサイコロの挙動が変なのだ。
 そうと分かると、それが面白くなってどんどん手で画面の色んな場所を連打していった。他の変な挙動が出てもっとバグったプレイが出来たらひとりモノポリーがもっと面白くなると思ったのだ。
 そうして連打してると、ガビガビな背景に数字の羅列が現れた。同時に数字のキーボードも現れた。数字を書き換えられるようだった。
 数字を変更したら本格的にバグって壊れるかもしれないという恐怖と面白いものが見たいという好奇心が混じり合い、俺は一箇所だけ数字を「9」から「8」に変えてみた。
 それが初めてのタイムトラベルだった。一日だけ前の日に遡っただけのかわいげのある人類史上初のタイムトラベル。それに気づいたのは朝起きた時だったが。
 理論とかは分からなかった。それでもタイムトラベルという現象の再現性だけはあった。ただPDAでモノポリーを開いて手で連打して数字を変えるだけだ。
 俺は分かりやすく調子に乗った。
 遊びで同じ過去の日時に複数回タイムトラベルした。未来ではなく過去にしたのは、戻れなくなったり取り返しのつかないことをしたりしても、元の時点まで自然と戻ることが出来ると思ったからだ。
 その遊びで、毎回微妙に違う過去であることに気付き、並行世界の存在を知った。同時に、PDAに表記される変更不可能な数字の羅列が並行世界のナンバリングであることもなんとなく理解した。この時点で、自分が全知全能の神であるかのように勘違いしたのだ。
 だから俺は失敗した。この世界の大原則を知らなかったから。タイムトラベルという世界を大きく変える現象の影響力を分かっていなかったから。
 そして俺は二〇〇二年三月三十一日に飛んでしまった。その日は俺がPDAを買った日だった。次の日から社会人になる自分に気合を入れるために買ったのだ。そんな気合を入れているはずの俺に、ちょっとだけ今の自分を自慢したくなったのだ。自分に声をかけて何か変なことが起きても自分の事だけなら何とかなるとも思っていた。
 呆れるほど楽観的になっていた俺は、秋葉原で友達二人を引き連れてPDAを買おうとしている過去の自分の肩を叩いて話しかけた。
「よう俺、今から買うPDAを大事にしろよ。それで俺は将来タイムトラベル出来るようになるからさ」
 そう言って過去の俺の前で元の世界に帰って見せた。
 浅はか過ぎた。もう少しタイムトラベルというものについて真剣に考えておけばよかった。そうすれば、もう一人の俺が目の前に現れた事でことも無かったかもしれないのに。
 その瞬間、俺の頭の中に新たな記憶が増えた。秋葉原で友達とPDAを買おうとしていたところで肩を叩かれて未来の俺から話しかけられる記憶。
 怖くなった。今、確実に自分が書き換えられてしまったと分かった。
 混乱した俺はすぐにまた二〇〇二年三月三十一日に戻った。そこで、過去の俺に声をかけようとしている俺を止めれば何とかなると思ったのだ。
 でも、ダメだった。どう頑張っても浅はかな俺の行動を止められなかった。
 更に過去に戻っても、その更に過去に戻っても、俺が過去の俺の肩を叩くという事実だけは変えられなかった。
 そして俺は気付いた。何度過去に戻っても、どんな過去の時点に行っても、並行世界を表しているはずの数字が一度も変わっていないという事を。
 心臓が押しつぶされそうになった。取り返しのつかないことをしてしまった。自分が過去にあったはずのあらゆる並行世界を消失させてしまったのだ。
 もしかしたら俺がこの一並行世界に閉じ込められただけで、他の人ならそうではないのではないかという一縷の望みはあった。だから本当に信じられる友人数人にだけ何度かタイムトラベルしてもらった。
 結果は全て同じだった。
 そこから俺は必死に研究を始めた。過去は自分のせいでどうにもならなくなった。ならせめて未来だけは守らないといけないと思った。
 覚悟を決めて未来へタイムトラベルした。幾度とない過去へのタイムトラベルを経て見つけた世界の大原則に触れないように。

一、人類の好奇心は絶対的な実現力を持つ。「人が想像できることは、必ず人が実現できる」というジュール・ヴェルヌの言葉は全くもってその通りである。
 一、大いなる原理は絶対的な決定力を持つ。タイムトラベル等の世界の原理が解明されるという事実が世界に認められた時、その事実へ収束するために過去の全ての現象が決定する。
 一、三人以上が認めたものが世界の事実となる。二人までの主観でしか認識されていないものは世界の事実にならない。三人以上に認識されたものが世界に固定化し世界を構成する。
 
この三つの原則に触れないように行った未来へのタイムトラベルは、一つの絶望と一つの希望を俺にもたらした。
 一つの絶望は、二〇二一年四月一日以降の未来が一つに収束してしまっているという事実。
 一つの希望は、何故か二〇〇二年十月二十日から二〇二一年三月三十一日だけは並行世界が存在しているという事だった。
 その二つの事実を目の前にして、俺はどうにかして二〇二一年四月一日以降の未来に並行世界を取り戻したいと思った。実際は元から未来は一つに収束する運命なのかもしれない。それでも、まだこの世界に並行世界が存在しているのなら、未来にも並行世界という可能性が生まれてもおかしくない、そう信じるしかなかった。でないと俺は潰れてしまうに違いなかった。
 とにかく何度も未来へ飛びまくった。二〇〇二年から二〇二一年の間でも、可能性が早い段階で収束してしまっている地点とそうでない地点があることが分かり、その差をもたらしている正体を探った。
 そこで行き着いたのが、二〇〇二年十月二十日生まれの三人だった。
 一人は、トーマス・ダイモンというアメリカの学生だ。彼の作る造語生成AI「NEWD」が世界の原理の全てを定義し、人類の好奇心を最大限に刺激することが分かった。
 残りの二人は、日本の高校生宮元羽衣と逢澤久奈だ。推測の域を出なかったが、どこにでもいる普通の女子高生二人は、おそらくNEWDも辿り着けなかった二人だけが共有する何かを持っているのだと、俺は結論づけた。

     ■

久奈が運転する車が予約していた温泉宿に辿り着いたのは日が暮れてからだった。
 中禅寺湖を望むことが出来る温泉宿は、写真で見た通りの綺麗な旅館だった。久奈と私はチェックインしてすぐに夕食を食べて、その勢いのまま客室の畳に寝そべった。
「なんかよくわからない話だったよね。土江子さんの話。結局時間も取られちゃって戦場ヶ原にちょっとしかいれなかったし」
 久奈はちょっと不満そうだった。当然の反応だと思う。あれから一時間ほど土江子さんの話を聞く羽目になったのだから。
 過去からタイムトラベルしてきたという土江子さんの話は信じられないことばかりだった。
並行世界、世界の大原則、土江子さんが犯した罪、収束する未来、そして久奈と私が未来の可能性を担っているかもしれないということ。
 どこぞのアニメなんだと思った。なんの証拠もない、十代女子二人に目をつけた謎の変態紳士の妄言でしかない。旅行中に災難にあった、襲われなかっただけよかった。そういう話だ。
 でも、それにしては卒業式から今まで変なことが起こり過ぎてる。
 UFOを見てしまったこと、久奈と私の記憶が違うこと、土江子さんが久奈と私だけの言葉の存在を知っていること。
 色んなことがあり過ぎて混乱してる自覚はある。
 そしてその上で、土江子さんの話は、作り話にしては上手く繋がってるような、それでも荒唐無稽のような、判断に迷うレベルにまで私は信じ込まされてしまってるという自覚もある。久奈はそこまで信じているようではないみたいだけど。
「とりあえず、なにも変なことされなくてよかったよね。私結構怖かったもん」
 当たりさわりない感想を言っておく。もうあまり考えごとをしたくなかった。

と、思っていたのに露天風呂に入って夜空を見上げた瞬間、思考が土江子さんの話に持っていかれた。本当はもっと綺麗な夜空を楽しんだり久奈と馬鹿みたいに騒いだり笑ったりしたいのに。
 ならこの温泉に入っている間に考え切って今度こそきれいさっぱりして久奈との時間を過ごせるようにしとこう。うん、それで切り替えよう。
 頭を整理する。色々起きたし色々考えることは多いけど、一番ショックだったのは久奈との記憶の齟齬についてだった。あんなに印象的な思い出が久奈と共有出来ていなかったというのが、なんか嫌だった。
 たしか久奈と私の記憶が違うことについて、共有してる言葉への認識の齟齬が可能性のゆらぎを生み出して部分的な並行世界の共有が起きた可能性がとかなんとかって言ってた。
 つまり、私の考えてるマカロサササィトと久奈の考えてるマカロサササィトが違うってことだ。
 そりゃそうだ。特に意味は考えてない、というか意味のない単語なんだから。
 でもそれが、可能性のゆらぎになって部分的な並行世界の共有になるというのがわからない。というかハナから意味がわからないんだからわからなくて当たり前だった。
「なに馬鹿なこと考えてるんだろ……」
 信じる方がおかしい話をまだ真面目に考えてる。
「おまたせー」
 背後から声がして振り向くと、久奈が左隣にちゃぽんと入ってきた。
 さっきまで考えてたことがふっとんだ。
「やっぱ温泉って気持ちいいね」
 そう言って肩にお湯をかける久奈は頬が赤らんでいて、ちょっとエロい。
「肌きれいでいいなぁ」
 思わず声が漏れ出てしまった。これじゃ変態オヤジだ。
「ありがと。でも羽衣も肌きれいじゃん。あと髪もめっちゃきれいで羨ましい」
 そんな言葉にも久奈は素直に返してくれる。こういうところが久奈の綺麗で良いところだと思う。
「そんなことないよ。久奈スタイルいいし目鼻立ちもしっかりしててずっと見てられるもん」
「なになに~そんな褒めたってなんも出ないよ~」
 お互いの二の腕をぷにぷに押し合って褒め合う。クラスでお互いを褒め合ってる子たちを見てた時はなにしてんだろって思ってたけど、思ってたより楽しくてびっくりする。
「あーやばい、ちょっと熱くなってきた」
 そう言って久奈は湯船の縁に座ってお湯につかるのは足だけにした。私も熱くなってきたから浅い段になってるところに移動して半身浴にする。
 春の柔らかくて冷たい夜風が気持ちいい。
「久奈ってさ」
「うん?」
「ピアス右耳にしか開けてないじゃん。なんで?」
 のぼせたついでに訊こうと思って訊けていなかったことを訊いてみた。
「あー、ほんとはちゃんとピアス二つセットで買ってるから左も開けられるんだけど、とっといてあるんだよね」
 そう言いながら久奈は手で顔を仰いだ。よっぽど熱いみたいだ。
「え、なんで」
「えー…………」
 言いよどむ久奈。私が首をかしげると、久奈はこっちを見て小声で言った。
「羽衣の左耳につけたいなぁ……なんて?」
 上目遣いでそう言う久奈は恥ずかしそうで、すごくかわいかった。ぽろっと好きだと言っちゃったうぶな女の子ってこんな感じなのかなとか思った。
「え、本当に?」
「うん」
 一気に顔に血がのぼってきた。やばい、熱い、嬉しい。まさかそんな風に考えてたなんて思いもしなかった。手足がしびれてきて、ふわふわしてくる。
「でも、その前に羽衣にいっこ聞いときたいことがあるの」
「え、なに?」
 ふわふわなまま返事する。そんな私を見ながら、久奈はさっきとはちょっと違う言いよどみ方をした。
「……羽衣ってさ、友達あんないないじゃん? 下手したらわたしくらい、みたいなところあってさ。でも、もうすぐわたしたち別の学校に行くことになるし、羽衣がわたしばっかになるっていうのはちょっと、良くないなかなぁ、ってかもっと友達作って羽衣には楽しい大学生活送ってほしいと思ってるの。わたしはわたしで専門学校で友達も作るし勉強も頑張るからさ、羽衣も大学で友達作って楽しくしていて欲しいの」
「だから約束して。大学行ってちゃんと友達作るって」
 聞いているうちに、ふわふわが消えていった。
 久奈のまなざしが痛い。夜風に当たりっぱなしの肌が乾いてきた感じがする。
「あ、えっと……」
 今度は私が言いよどんでしまう。え、さっきまでの会話もう一回聞き直したい。どこか聞き漏らしたことあった? 気持ちの浮き沈みがすごくなってる。自分でもなんでこんなに動揺してるのかわからない。
 なんかうまく言えない。でも、言わないと。「大学生活頑張るよ」って。「久奈がいなくてもちゃんとやれるって」って。じゃないと久奈が心配しちゃう。ここまで私のこと考えてくれて、言いにくいこととかもちゃんと言ってくれて。本当に私にとって大切な、唯一の親友。
 でも、ダメだ。なんか涙が出てきた。別にひどいこととか言われてないのに、なんでだろう、でも、悲しい。なんか、いやだ。
「ごめん、ちょっと……もうあがるね」
 気持ちがどうにもならなくなって逃げるように温泉から出た。今私に出来ることは、私を心配してくれている久奈から逃げることだけだった。

夜の中禅寺湖は寒くて寂しかった。
 とりあえず急いで防寒用のダウンとスマホとマスクだけ部屋から取って宿を飛び出してきたけど、行くあてなんてないし、結局最後は宿に戻るしかない。
 ちゃんと謝らなきゃ。
 そのために、しっかり頭を冷やしてうるんだ目を乾かさないといけない。
 中禅寺湖を沿うように伸びる道路には車も人もいない。道路沿いに建ってるお店も閉まっていて、なかには雑に打ち壊されたような状態のところもある。
 外灯も少なくて、月夜が中禅寺湖を照らしているのが綺麗に見える。
 歩いてると、ベンチが目に入った。
 三人掛けくらいの大きさのベンチに座ると、さっきの温泉での会話が思い出された。また目がうるんでくる。なんで素直に返事が出来なかったんだろう。後悔が次々に湧いてくる。
 ベンチに座ってるのに、隣に久奈はいない。卒業式の日に座った中庭のベンチがすごく遠くに感じた。

ボーっとしていたら、足音が聞こえた。こっちに近づいてくる。
 一瞬、久奈かなって期待したけど、足音が全然違う。むしろこの足音は。
「君がこの時間にこのベンチに座るところを何度も見た」
「……なんの用ですか。ストーカーだって通報しますよ」
 黒づくめの土江子さんは月明かりで口元だけが浮かび上がっていた。マスクしてないんだ。
「昼間は時間と取ってしまって申し訳なかった。せっかくの旅行を邪魔してしまった」
 土江子さんは頭を下げてきた。今そんなこと言われてもなんとも思わない。
「でも、今回が初めてだったんだ。君と逢澤久奈の記憶に齟齬があるなんてケースは。だから、このチャンスかもしれない機会を逃すことは出来なかった」
 すまない、と再び謝ってくる。そんな謝罪どうでもよかった。
「それで、なんなんですか。謝りに来ただけなら早く帰ってください。お願いされた通り、久奈と私で共有してるものについては誰にも言いませんから。というか頼まれてなくても言いませんし」
 久奈とだけの大切なものを人に教えるわけないのに。
「いや、君だけに伝えておきたいことがある」
 そういう土江子さんの声は少し緊張しているように聞こえた。
「君と逢澤久奈の未来についてだ」
 その言葉に、私も緊張する。もしかして、今から未来の事が聞けるってこと?
 久奈と私の未来。久奈は専門学校に行って、私は大学に行く未来。ずっと仲良くしていたれるのか、それとも。
「今から一年後の未来の話だ」
「その頃NEWDはこの世界のほとんど全ての事象に関する言葉とその意味を全世界に発信している。その中には君たちが共有している秘密も含まれている」
「そして俺は、未来の君が母校の中庭のベンチで一人泣いているところを見た。俺がどうしたのかと訊くと、未来の君は「友達が来ないんです」と言っていた」
 目の前の景色が一層暗くなった。マカロサササィト、久奈と私だけが知ってる言葉じゃなくなって、しかも久奈との縁も切れてしまっている未来。
 最悪の未来だ。そんな未来、嘘でも聞きたくなかった。
「それが、今のところの君たちの確定している未来だ。俺はこの未来が確定しているという状態を何とかしたいと思って動いてる。だから協力して欲しいんだ」
 その言いぶりにイラついた。なんだそれは、訳も分からないことで理不尽に脅されてるという状態に対して無性に腹が立った。
「なんですか、脅してるんですか? 本当かもわからない未来をぶらさげて犯罪にでも手を貸してもらおうと思ってるんですか? なにが目的なんですか? 私をいじめてそんなに楽しいですか?」
 怒りに任せて吐き出す。もうどうなったっていい。ここで殴られても犯されても連れ去られてもいい。でも絶対抵抗してやる。指を折ってやる噛みついてやる。
 そんな私の言葉に土江子さんは慌てたように手を振った。
「違う、そうじゃないんだ。決して君を騙そうとしてる訳じゃないし傷つけたい訳じゃない。ただ、俺だけじゃどうにもならないんだ。だから少しでもいいから力を貸して欲しいんだ」
 土江子さんの声がさっきよりも大きくなってきている。興奮しているみたいで、少しだけ怖い。
「これまでにも何度も君たちの共有している何かを守ろうとして、実際守れてきた。けど、NEWDを止めることがなかなか出来ないんだ。ネットからのハッキング、メッセージでの脅迫や嘆願、物理的な破壊も試そうとした。でも、止まらなかった。俺が何をしてもトーマスを、NEWDを止めることは出来なかったんだ」
 土江子さんの体が震えている。手を見ると、強く握りこぶしを作ってる。
「多分、可能性を持っている者同士でしか出来ない事があるんだと思う。だから、君にトーマスとコンタクトを取って欲しいんだ」
 土江子さんの言ってることは支離滅裂だった。そこに根拠があるように思えなかった。変だ、おかしくなってる。そんな人を目の前にして、逆に冷静になれた気がした。
 そこで、急に土江子さんの声が途切れた。力が入って丸まっていた体が弛緩して、ベンチの背にもたれかかった。
「いや、本当はそう思いたいだけなんだ。色んな手を尽くしたけど俺には何も出来なくて。でも何かどこかに可能性があると信じたくて。だから大の大人が女の子の君に威圧して脅すような事を言ってどうにか力を貸して欲しいって願ってしまったんだ」
 土江子さんがこちらを見た。
目が合った土江子さんの目はすごく澄んでいて、とても疲れた目をしていた。
「だからこれは、あらゆる過去と未来に飛んでどん詰まったタイムトラベラーの最後のお願いだ。試しにトーマスと連絡を取ってみてくれ。それで何が起きるか分からない。いや、きっと何も起こらない。でも、俺はそれで諦められると思うから」
 そう言って土江子さんは深々と頭を下げた。私には土江子さんがどんなことをしてどんな思いで、どれだけの時間をかけてきたのかわからない。だから、今の土江子さんの姿だけを見て、ただかわいそうとしか思わなかった。
「分かりました。それで土江子さんの気持ちが済むなら」
 もうなんか色々疲れた。とりあえずまた一人になりたかった。
「ありがとう。よろしく頼む」
 もう一度深々と頭を下げた土江子さんは、静かに立ち去った。ようやく私は静寂を取り戻した。
 鼻から大きく息を吸って、吐く。落ち着くまでずっと繰り返す。
 十回くらいして、だんだんと落ち着いてきた。月を見る余裕も出てきた。
 スマホを見ると、久奈からLINEが来ていた。通知を見ると、一行の文章だった。
『さっきはごめん。いまどこ?』
 なんだか申し訳なくなって涙が出そうになる。もう部屋に戻らなきゃ。それで、久奈に謝らなきゃ。
 そう思って返信しようとして、ニュースアプリの通知が目に入った。
「NEWD製作者トーマス氏、造語を加速させる」ってタイトルの記事は、NEWDの造語生成スピードを上げるためのサーバ強化とNEWDのオープンソース化をする予定との内容だった。
 NEWDは、あらゆる造語を生成するAI。だから土江子さんが言ってた通り、マカロサササィトもいずれはNEWDに生成されて意味もつけられて全世界に発信されちゃう。

「土江子さんからも頼まれたし……」
 久奈からのLINEに返信するのは少し待って、私はメモ帳を開いた。

     ■

「忘れ物はない?」
「うん」
「じゃ、行こっか」
 着替えも荷物もバッチリ。何度も確認して久奈と私はチェックアウトした。
 今日の予定は日光東照宮にお参りしてちょっとだけお土産を見て帰るだけだ。それでこの旅行はおしまいで、明日からはお互い新生活への準備に入ってしまう。

昨晩、部屋に戻ってからは、お互い謝っておしまいっていうあっけない終わり方だった。久奈がくすぐり攻撃をしてきてくれたおかげで空気もほぐれて、二時くらいまでおしゃべりしたり撮った写真を加工したりしてぐっすり寝た。
 起きてつけたテレビでは、昨日ネットニュースで見たトーマスさんの発表と、NEWDの新たな成果について特集してた。昨日はUFOだけじゃなくて、数学の方程式とか未知の惑星の存在に関する造語も新たに生成されてたみたいで、研究者がNEWDの造語をもとに必死に計算とかしはじめたらしい。
 もうNEWDがとんでもないAIだってことがほぼ認められているような空気だった。
 昨日の朝の特集ではおどおどしてた竹田アナウンサーが、今朝はドヤ顔で佐藤さんにNEWDについて説明していた。佐藤さんはまだなんか不満げで「まだわかりませんよ」って言ってた。

久奈が運転する車は風を切って走っていく。カーナビは目的地まで三十分と示していた。
「インスタどんな感じになってる?」
「やばいよ。まだいいね増えてる」
 久奈に訊かれてインスタを開くと、まだUFOの動画のいいねは増え続けている。そのあと夜に投稿したいくつかの写真もUFOにつられるように時々いいねが増えてる。もう訳がわからない。
 フォロワーも0だったのが四〇〇〇人くらいになってる。フォローは六人だ。昨日の夜、とりあえずってことで好きな作家さんと書店の公式アカウント、あとトーマスさんのアカウントをフォローした。
 タイムラインを更新すると、トーマスさんの新規投稿があった。英語だからなんとなくしか読めないけど、今日インスタライブをするっていう予告みたいだった。
 ついでにメモ帳も開いた。昨日書いたトーマスさんに送るための英文はまだそこにあった。
土江子さんと約束はしたけど、いつ連絡とるかなんて言ってないし、文法とか間違ってるかもしれないから文章の確認しないとと思ってそのままにしてる。
 赤信号で車が止まる。横断歩道を通る人はいない。
 久奈はペットボトルのお茶を飲んで「やばいね」とつぶやいた。
「羽衣、もう有名人じゃん。UFO少女参上! って投稿してみなよ」
 笑いながら冗談を言われて、つられて笑う。
「そんなこと言ったら久奈だって有名人だよ。UFO動画に映ってるんだし久奈こそUFO少女じゃん」
「たしかに。じゃあわたしたちUFO少女ズじゃん」
 なにそれ、と言うとちょうど信号が青に変わった。
「UFO少女ズ、発進!」
 久奈は語呂の悪いセリフとともにアクセルを踏んだ。二人で「だっさ」とハモって笑った。

    ■

日光東照宮に着くと、車も人もそれなりにいた。それなりにって言ってもダッシュしても誰ともぶつからずに走れるくらいで、観光名所にしては人が少ないのには変わりがない。
「でっか」
「なっが」
 二人して入り口から圧倒された。
 表参道の砂利道は今まで見たどの神社やお寺よりも広くて長かった。これなら徳川さんの大名行列だって余裕で通れるなって思った。大名行列が来たのかは知らないけど。
「写真撮ってよ」
 そう言って久奈が私に向かってバッチリとピースを決めた。私はあわててスマホを取り出して写真を撮った。
「もういっちょ」
 今度は避難口の駆け込む人のポーズをとった。それもバッチリ撮る。
「あ、そうだ」
 久奈はスマホを取り出してなにかを打ち込むと「これやろう」と私に画面を見せてきた。
「なにこれ」
 昔の画像っぽいそこには二人の女の人がマイクを持って膝を曲げて後頭部の上から右手の手のひらをこちらに見せているポーズを取っていた。
「知らない? ピンクレディーっていう昭和のアイドルの「UFO」のポーズ」
 有名らしいよと言って久奈は画像のポーズを真似する。めちゃくちゃ変だ。
「あ、あの人に写真撮ってもらおうよ」
 久奈は近くにいた人に声をかけに行こうとする。見るとお坊さんだった。
「いやちょっと久奈、お仕事中だって」
「えー、でも他に人いないよ。大丈夫だって」
 え、と思って周りを見るとたしかに他に人がいない。全然気づかなかった。
「すみませーん」
 久奈は構わずお坊さんに声をかけると、お坊さんはにこやかに対応してくれた。久奈はこっちを見てサムズアップした。
「ここを押せばいいんですね?」
「そうですそうです」
 久奈はお坊さんにスマホを預けてこっちに戻ってきた。
「じゃあポーズ取るよ」
 久奈がさっきのダサいポーズをした。しぶしぶ私も同じポーズをする。
 お坊さんはスマホを縦にしてなにかをタップしてる。もしかしてカメラアプリを落としてしまったのだろうか。「うーん」とお坊さんは頭を掻いた。「この中には入ってないのか」とよくわからないことを呟いてる。
「あれ? アプリ落ちちゃいましたかー?」
 久奈がそう言ってお坊さんの方に近づいていった。
 お坊さんを見ると、なぜかニヤついている。
 やばい。直感的にそう思った。久奈を止めなきゃ。
その瞬間、誰かが久奈の前に立ちはだかった。
「土江子さん……?」
 全身黒に身を包んだ大男は間違いなく土江子さんだった。
「何で、あなたがここにいるんですか」
 私が言おうとしたセリフを、土江子さんはお坊さんに向かって言った。どういうこと?
 お坊さんはまた頭を掻いて「あー、来るの早いですね」と困ったような声を出した。
「いやぁ、何でって……あなたと同じようにタイムトラベルしてきただけですけど」
「だから何でそんなことをしたと言っている!」
 土江子さんは叫ぶ。あまりの大声に呆然としてると、後ろから手を引っ張られた。
「えっ」
 振り返ると、土江子さんがいた。え、土江子さんが二人? なんで?
「走って!」
 言われるがまま走る。でも久奈はもう一人の土江子さんと一緒にいる。
「久奈は」
「大丈夫だから! それより二人で一緒にいるのが危ないんだ!」
 なにもわからないけどとにかく走った。砂利道は走りづらくて、足音がザクザクなって心臓がドクドク鳴ってる。こんな風に走るの、卒業式の日ぶりだななんてどうでもいいことを思った。
 途中わき道に逸れて走り続ける。手を引っ張られたまま走って、つらくなってくる。
「もう、だめ……」
 土江子さんの手を振り払って足を止める。息が荒い。汗がどんどん出て来る。
「突然すまない」
 そう謝る土江子さんは若く見えた。格好も黒一色なのは変わらないけど、ちょっとおしゃれだ。
「なんなんですか、さっきの……土江子さんが二人になるって……」
 息が整わない。土江子さんがまた私の手を引っ張って、今度は歩き始めた。
「俺はこの時代の土江子で、昨日まで君たちとコンタクトを取っていたのはさっきの過去からタイムトラベルしてきた土江子だ。この世界この時代に生きている俺はタイムトラベルをほとんどしていない、そういう選択をした土江子が生きている世界がこの世界だ」
「俺はほぼ年齢通りの姿だけど、タイムトラベルを繰り返している土江子の方はタイムトラベル先での時間経過が積み重なって年を取っているんだ」
「さっき、君と逢澤久奈を引き離したのは、あの住職が何かを言う前にあの場にタイムトラベルの存在を信じかけている君たちが二人同時にいる状態を脱する必要があったからだ。じゃないと、あの住職にこの世界でまだ認識されていない未来の事象を言われて現時点より過去が全て一つの世界に収束する可能性があったからね」
 そういう土江子さんも軽く息を切らして、額に汗が浮かんでる。
「つまり、あの住職さんは未来から来たやばい人で、タイムトラベルを信じかけてる私たちがなにかを知ってしまうと世界がやばいみたいな感じですか」
 走り過ぎてあまり頭が回ってない気がするけどそんな感じっぽいことを言うと、若い土江子さんが「その理解で大丈夫」と言ってくれた。なんとなく昨日までの土江子さんより物腰がやわらかい感じがする。
「じゃあこれからどうすればいいんですか?」
 ずっとこのまま逃げ続ける訳にもいかないはずだ。なにより、ずっと久奈とはなればなれになるっていうのはありえない。
 そう訊くと若い土江子さんは少し考え込んで
「俺も正直よく分かってないんだ。昨晩急にタイムトラベルしてきた土江子から電話がかかってきて「明日日光東照宮で宮元羽衣を連れて未来から来る住職から逃げろ」と言われただけなんだよね」
「タイムトラベルしてもその世界の自分に接触するって基本的にしないって決めてたはずなのにそんな電話がかかってきたから相当な事が起こってるんだなっていうくらいの認識だし、それ以上知ってしまうとどんな影響があるか分からないから、本当に最低限の情報しか教えてくれなかったんだと思う」
 そう説明してくれた若い土江子さんは、むしろ宮元さんは昨日までに土江子から何か言われてないの? と訊いてきた。
昨日土江子さんから言われたのは、久奈と私のマカロサササィトを守り通すことと夜に頼まれたトーマスさんへの連絡だけだ。あの時は打つ手がもうなくて諦めたいからみたいな感じのお願いだったはず。だけどさっきの土江子さんは諦めるにしてはかなり必死な感じだった。なにか事情が変わったのだろうか。
「一応言われてるには言われてますけど……」
「じゃあその言われたことやってもらえないかな?」
 そう言って若い土江子さんは笑顔を見せた。土江子さんの笑顔初めて見たなとか思ってしまった。
「わかりました」
 スマホをポケットから取り出そうとして、なかった。
「スマホがない……」
「え」
「スマホがないんです。走ってる間に落としちゃったかも……」
 走ってきた道を振り返る。見える範囲にはスマホは落ちていない。
「分かった。俺が探してくる」
 土江子さんは屈伸と伸脚をし始めた。
「え、でも危ないんじゃ」
「でもスマホ無いと駄目なんでしょ?」
「そうですけど……」
「じゃあ、イヤホンで耳を塞いで日光東照宮の奥宮に行って。そこで落ち合おう。あそこなら住職に追われてもぐるぐる回り続けてれば逃げれるから」
 きっともう一人の俺もそう言うと思う、と土江子さんは恥ずかしそうに笑った。
 私は黙って頷く。
「じゃあ行ってくるね」
 そう言って土江子さんは周囲を見回しながら元来た道へと走っていった。
 土江子さんが走っていくのを見て、私も奥宮に向かって走り出す。このまま久奈と離れたままになるなんて嫌だ。その一心で足に力を入れる。
 走りながら門をくぐっていくたび、私は神様に祈った。
 神様お願いです。私に出来ることがあるんだったらなんでもします。だから神様、久奈とずっと一緒にいさせてください。

 

     ■  可能性の萌芽を得た現在の一地点:0101.2021.03.23.10.57.22.09

目の前に現れた土江子さんの大声にあっけに取られてると、後ろでなんか声がして走っていく音がした。振り返ろうとしたら、土江子さんがわたしの腕をつかんで「前を見てろ」とすごい剣幕で言った。
 なにが起きてるのかわかんない。
でも、思い返してみれば、ちょっと前からなにかが変だった。
 卒業式の日に羽衣が急に変な言葉を言い始めるし、車で羽衣を迎えに行こうとしたら公園でたまに見かけて話してたお兄さんがやってきて「宮元羽衣に友達を作るように説得してくれ」なんて頼まれるし、土江子さんは羽衣の親戚なのかなとか思ってて中禅寺湖の食堂で再会したら羽衣は驚くわ怒るわで、しかも土江子さんも実は電波な人だってわかって大変だったし、てかUFOとか見ちゃうし。わたしも羽衣に友達作って欲しいと思ってたから説得したらちょっと喧嘩っぽい感じになっちゃうし、お坊さんに声かけたら意味わかんない状況になったし。
「なんなのこれ……」
 わたしの知らないところですごいことが起きててそれに巻き込まれちゃったっていうのはなんとなくわかった。でもわかったところでわたしにはなんもできない。悪いことにならなきゃいいなって願うくらいしかできない。
「住職、なぜこっちに来たんですか」
 土江子さんの声が怖い。
「なんでって、やっぱり未来は一つの方がいいなって思ったんですよ。もちろんうら若き彼女たちに手荒な事なんてしませんよ。だから旅館には突撃しなかった訳で」
「ただちょっと未来に分かる事を早めに教えてあげようと思ってるだけなんですけどねぇ」
 わたしのスマホを持ったままのお坊さんは平然としてる。あまりにも平然としすぎててちょっと怖い。
「あなたは自らの終わりを受け入れたはずです。私の後押しもしてくださったじゃないですか」
「自ら厳しい修行の道も選ばれた方でもあるあなたがなんでこんなことを……」
 わたしの腕をつかんでる土江子さんの手に力が入った。
 土江子さんの問いに、お坊さんは「えー」と呆れたような反応をした。
「いやいや、土江子さんよく考えてみてもくださいよ」
 わたしのスマホを手の上で遊ばせながらお坊さんは言った。
「悟りを開けてない人間に、死ぬ覚悟も別世界の自分を受け入れる覚悟も出来るわけないじゃないですか」
 あなたと似たようなもんですよ、なんて笑ってる。意味はわからないけど、きっと土江子さんを馬鹿にしてるんだってことはわかった。
 土江子さんは動かない。お坊さんをにらみつけたままだ。
 その間もお坊さんの口は止まらない。
「いやぁ、ベストは彼女たちから内緒にしてる言葉を教えてもらうことなんですけど」
 そう言ってお坊さんはわたしの方を見る。
「ちょっとサービスして教えてくれません?」
「絶対言うな!」
 土江子さんはこれ以上ないってくらい大声で叫んだ。その声は怖いというより、心配になる声だった。
「いいか、絶対誰にも言うな。頼むから……」
 そう言うと、土江子さんが軽くかがむようにして顔を近づけてきた。でも目線はずっとお坊さんの方を見てる。
「俺があの住職を止めるから、君は宮元羽衣と合流して車にでも乗って逃げてくれ。羽衣はきっと奥宮に逃げてるはずだ」
 そう言って土江子さんは顔を離して、お坊さんに向かって走った。
「行けっ!」
 土江子さんの声に突き動かされて、振り返って表参道の砂利道をまっすぐに走り始めた。
 走り始めてすぐ、地面に羽衣のスマホが落ちてるのを見つけた。拾ってまたすぐ走る。
 後ろでは暴れる砂利の音が聞こえてくる。「やめろ」とか「くそっ」とかも聞こえてきた。
 砂利道が終わって石畳の階段を登っていく。おっきい石の鳥居をくぐってまっすぐ進む。全速力では走れなくなってきて軽いジョギングくらいの速さで進む。
 門とか鳥居とかを通って細い石畳道を進む。途中三猿もいたけどちゃんと見れなかった。
 人は全然いなくてすごく静かだ。木々のざわめきと自分の荒い呼吸音と心臓の音がよく聞こえる。
 何段あるかわからない階段を登っていく。本当はもっとゆっくり、羽衣と一緒に登りたかった。この旅行が終わったらきっと羽衣と一緒にいる時間はすごく減る。もしかしたら全然会わなくなるかもしれない。
 羽衣には申し訳ないことをしたと思う。お父さんがリストラされて大学の学費とかが厳しくなって、車の免許くらいしか持ってないお父さんが「もっと手に職つけてればな」って言ってたの聞いちゃって、わたしがなんとかしなきゃと思った。本当は羽衣と一緒の大学に通いたかったけどそんなこと言ってられないと思った。早く家にお金を入れられるようになって、自立しないとと思った。だったらせめて興味あった美容師になろうと思った。ずっと羽衣の綺麗な黒髪が羨ましくて、いつか機会があれば羽衣の髪を好きなだけ触って、なんなら切ってみたいと思ってた。それが実現するならそれも悪くないかなって思ってた。でも、羽衣は友達が少なくて、大学でどうするんだろうって心配だった。だって羽衣って頭良いのに引っ込み思案で友達作ろうとしないんだもん。だからこの旅行で少しでも友達を作ろうと思って欲しかったしそのための手助けができればと思った。ついでにお揃いのピアスつけてくれたら最高だなとか思ってめっちゃ楽しみにしてた。
「なのに、なんでこんなめちゃくちゃになっちゃうかなぁ……」
 息が荒れて声が震える。汗が目に入って涙が出てくる。
「羽衣とずっと一緒にいたいよ……」
 好きなものとかバラバラなのになんか気が合う女の子。一年の時にお昼ご飯食べる時に毎回ちゃんといただきますって言ってるのがわたしと同じで気が合うかもと思って声をかけた同級生。笑いのツボが一緒でボケとかツッコミとかが気持ちいいくらい決まって、会話のテンポも黙るタイミングも時間もピッタリなわたしの大切な親友。
 気持ちが募る。色んな思いが積もりに積もって階段を登り切ったところで、わたしは思いっきり叫んだ。

「羽衣ぃーーー!」

     ■

呼ばれた気がした。
 耳栓代わりのイヤホンをしたまま叶杉の影に隠れてた。
 恐る恐る叶杉の影から出口の方を見た。木の板で作られた通路の向こうに久奈がいた。
「久奈!」
「羽衣!」
 思わず駆け寄る。そのまま久奈を抱きしめる。
「怖かったよぉ……」
 思わず漏れ出た言葉に久奈は「ほんとね」と苦笑いで応えてくれる。
「そうだ、これ」
 そう言って久奈はポケットから私のスマホを出した。
「拾ってくれたの?」
「うん。まったく、羽衣ってドジなんだから」
 そう言った久奈とふふっと笑い合う。
 スマホのロックを解除してメモ帳を開いて文章をコピーした。文法のチェックとか全然出来てないけど、仕方ない。
 インスタを起動すると、ちょうどトーマスさんがインスタライブをしているところだった。
気づくかわからないけど、そのままトーマスさんのアカウントのDMにコピーした文章を貼りつけて送る。
 なんかちょっと気になってインスタライブを開いた。視聴者数は百万人を超えていて、トーマスさんは早口の英語でなにかを言っていた。
「羽衣」
 久奈の小声が耳をくすぐる。
「なに?」
 久奈の方を見ると、頬を赤らめてる久奈はすっと息を吸った。
「これからもずっと友達でいようね」
 不意に言われた言葉で一気に視界が揺れ始める。最近ずっともやもやしてつかえていたものが一気に吹っ飛んだ。そうだ。この言葉が欲しかったんだ。なんで気づかなかったんだろう。なんで私から言わなかったんだろう。
「羽衣? どうしたの?」
 心配そうに肩をさすってくれる久奈に喉も胸も熱くなる。
「ありがとう。嬉しくて……」
 涙をぬぐって久奈に笑顔を見せる。久奈が安心した顔をする。
「私もね、久奈に言わなきゃいけないことがあるの」
 そう言って私は一気に全部口に出した。
「久奈のことが好き。優しいところが好き。趣味は違うけど性格とか気が全部合っちゃうところが好き。いつもちゃんといただきますって言うところが好き。誰にでも優しくて、でも私にはもっと優しいところが好き。これ以上の友達なんていないってくらい好き。だからこれからも一緒に色んな所に旅行したい。いつまでも馬鹿なこと言い合いたい。だから」
「私とずっと友達でいてください」
 途中から顔とか声とかぐずぐずになりながらになっちゃった。でも、ちゃんと伝わったみたいで、久奈も泣きそうな顔してる。
 その顔を見てようやく気づいた。
 あぁ、久奈も不安だったんだ。
 お父さんがリストラされて、家が不安定になって進路を変えなくちゃいけなくなって。久奈だって友達が全くいない環境に飛び込まなきゃいけなくなったんだ私以上に不安になったに決まってる。今さらそんなことがようやくわかった。
 気づくの遅くなってごめん。
 久奈の頬に触れる。熱くなってる久奈の頬は冷たかった私の手を温かくしてくれた。
「ねぇ、久奈」
「なに?」
「今、ピアス開けてくれない?」
 私がそう言うと、久奈は背負ってたリュックからピアッサーを取り出した。
 私は髪をかき上げて左耳が見えやすいようにした。
 久奈がアルコールで耳たぶを消毒してくれる。少しスース―して緊張してくる。
 久奈がピアッサーを持って近づいてくる。鼓動が早くなってくる。
ピアッサーの針が耳たぶに当たる。神経が全部左の耳たぶに集中してるみたい。
「いくよ」
「うん、お願い」
 久奈の手が震えてるのが伝わってくる。久奈が大きく息を吸った。目をつぶった。
 ぷしゅ。
 思ったより軽い音がした。だんだんと耳たぶがジンジンしてくる。
「あいたよ」
 同時にふぅーと大きく息を吐いた。めっちゃ緊張した。たぶん久奈も。
「ありがとう」
 そう言って左耳たぶを触ってみる。ファーストピアスがついてるのがわかった。あけるときはあんまり痛くなかった。今もジンジンするくらい。
「じゃあ代わりに一個お願いしちゃおっかな」
 ピアッサーを片付けながら久奈は軽口っぽく言った。
「なに? 百億とか払えないよ?」
 そんなんじゃないって、と久奈は笑うと、
「わたしが美容師になったらさ、わたしのお客さんになってよね」
 って言った。もちろん私は迷いなく頷いた。

久奈と手をつなぎながらトーマスさんのインスタライブを見つめてる。英語は全然聞き取れない。そんなことより隣の久奈の方が大事だった。
「ねぇ、卒業式の日、中庭のベンチで言った単語覚えてる?」
 久奈に訊いてみる。土江子さんの記憶は違ったけど、これは覚えていて欲しかった。
「あの変なやつ?」
「うん」
「マカロサササィトでしょ? 忘れないよあんな意味わかんないの」
 良かった、久奈も覚えていてくれた。心の底から安堵して大きく息をついた。

「今なんて言いました?」
 急に男の人の声がした。息が詰まる。
 慌てて振り返ると、数メートル離れたところにあのお坊さんがいた。
「なんで……」
 私たちは手を握り合って固まってしまう。
「いやぁ、一度未来に戻ってまた来直したんですけど、私のいる未来が地球滅亡直前なもので細かい時間とかの調整する余裕がなかったんですよね。ミスっちゃいました。でも、邪魔なやつらはいないんで不幸中の幸いですね」
 お坊さんは笑顔で私たちに語りかけてくる。
「今ちょっと聞き取れなかったんですけど、もう一回言ってくれます? なんちゃらサイトみたいなやつなんですけど」
 笑顔でどんどん近づいてくる。
 やばい、逃げなきゃ。
 そう思って後ろに逃げようとしたらつまづいて転んでしまった。一緒に久奈も転ぶ。こんなところで本当にドジやるなんて馬鹿すぎる。全身に力が入る。
 神様。
 普段願いもしない神に願う。そんな都合よく神様なんて現れるわけないのに。

手に持っていたスマホの音量が上がった。
『Stop running NEWD.』
 聞こえてきたのはトーマスさんの声だ。インスタライブの音量が上がったのだと分かった。
「え、今」
 聞こえた。「Stop running NEWD.」って。それってNEWDが止まるってこと?
 インスタライブの音声はお坊さんにも聞こえたみたいで、「今なんて?」と笑顔が凍りついてる。
「おりゃっ!」
 声と同時にお坊さんの後ろから土江子さんがお坊さんの首を絞めた。ずるずると二人の体が地面に座るような体勢に変わっていって、そのままお坊さんを気絶させた。
「遅れてすまない」
 土江子さんはお坊さんを捕まえたまま私たちに謝った。
「一度取り逃がしてしまって焦ったんだが、なんとか間に合ってよかった」
 そう言う土江子さんの後ろから若い土江子さんがやってきた。歩きながら泣いてた。
「今、インスタライブでトーマスがNEWDの稼働を完全に停止するって言ってました……」
 その声に、土江子さんは反応したのに振り返らない。振り返らないで俯いて肩を震わせ始めた。
「ありがとう」
 振り絞るように出た低い声に、私も目がうるむ。久奈が握っていた手をぎゅっと握った。

 今、終わったんだ。わかんないけど、そう思った。もうぐっすり眠りたかった。

     ■

休みなのにはやく起きた朝は、なんだか寝覚めがよかった。
 リビングへ行くと、いつものチャンネルで竹田アナウンサーがNEWDについてのニュースを紹介してた。

「トーマス氏はインスタライブでNEWDの稼働停止とオープンソース化の取り止めを発表しました。氏はその理由について、「とあるキュートでユニークな少女から頼まれたんだ。「私たち二人だけの秘密の言葉を奪わないで」って。僕にとってはこのAIはジョークでしかないし、現実にこのAIが成し遂げたとされる事たちもジョークだと思ってる。そんなジョークと少女のかけがいのない秘密のどちらが重要かなんて天秤にかけるまでもないだろ?」と述べました」
 そう言っている竹田アナウンサーの顔は少し残念そうに見えた。
 一夜明けてニュースを見て、やっぱり現実だったんだと実感する。
「佐藤さん、このニュースどう思いますか?」
「いやぁ、まぁ作った人が決めたんだから仕方ないですよね」
 そういう佐藤さんは竹田アナウンサーの残念そうな顔を見てニヤついている。
 そんな佐藤さんの反応に竹田アナウンサーは納得いかない様子だ。
「もー、佐藤さんはNEWDにロマンとか感じなかったんですか!?」
 竹田アナウンサーは半分投げやりな感じで佐藤さんにつっかかる。
 そんな様子を見て佐藤さんはニコニコだ。
「いやぁ、正直あんまりでしたね。だって」
 そう言って佐藤さんがカメラ目線になる。
「AIとかに頼らず自分たちの力で新たな発見とかした方がロマンありませんか?」
 そうドヤ顔で言った佐藤さんを見て、私は心のなかで拍手した。
 ニュースをソファで見ていたお母さんはふぅんと興味なさげに反応した。
「なんかよくわかんなかったけど、これって良いことなの?」
 そう言って私に意見を求めてきた。インスタとか若者文化が少しでも混ざるとお母さんはすぐに私の意見を求めてくる。
 そんなお母さんに私は自信をもって言った。
「うん、きっと良かったんだと思うよ」
 私はそう言いながら、インスタのDM欄を見返した。

     ■

『NEWDを止めてくださりありがとうございます』
『大したことはしてないさ。でも、もし君が少しでも感謝の念を持っているなら、僕たち友達にならないかい? 出来る事なら、秘密の言葉を共有している君たちの様子を見ていたいんだ』
『友達って、いいんですか? 大したことは出来ないですけど』
『何を言っているんだい? 友達なんて、些細なきっかけでなるもので、そこに利益なんて求めないものだろう? だからあくまでも一人の友人からのお願いだけさせて欲しい。たまにはインスタに君たちの写真をあげてほしいんだ。ほら、あのユニークなポーズの写真みたいなのをさ』
『わかった。期待に応えられるかわからないけど、たまには写真をアップするね』
『嬉しいよ。これからよろしく、UFOガールズ』

 

     ■  可能性を切り拓いた近未来の一地点:????.????.??.??.??.??.??.??

「複数地点の未来で複数の並行世界を観測出来ました。成功です」
 電話の向こうの俺は涙ぐんでいるようだった。つられて俺も涙が出そうになる。
「よかった」
 心の底からの声が出た。もう何十年分動いていたのだろう。ようやく休める。そう思った。
「あなたは、これからどうするんですか?」
 この世界の俺から質問された。自分に質問されるっていうのはなんとも不思議な気持ちだ。
「俺は元の世界に戻ったあと適当にふらつくよ。だいぶ老けたし変に怪しまれるよりかは風来坊みたいな生活でもしてどこかでくたばるのも良いかなと思ってる。ちゃんとあの住職を元の時代の奴らに引き渡せたし、俺にやり残したことはないからな。PDAも壊して、ちょっとばかし自由な生き方をしてみるよ」
可能性に溢れた世界で自由を謳歌する。罪を負っている自分がそんなことをしていいのかという葛藤もある。それでも、少しだけ休ませて欲しかった。
「そうですか」
 そう言うもう一人の俺の声は少し悲しげだった。同じ俺でも過ごす時間や世界が違うだけで性格は結構変わるもんだななんて思ってしまった。
「ところで、彼女たちが共有していた秘密って何だったんですかね」
 何を惜しんでいるのか、また質問が来た。そろそろ制限時間が来るから勘弁して欲しいんだが。
 仕方ないから適当に答える。
「さぁ、分からんな。分からないから未来に可能性が生まれたんだしな」
 言っている内に、ふと根拠のない考えが浮かんだ。何も考えないまま口に出す。
「けど」
「もしかしたら別の世界の、全てが解明されない世界でなら、逆に知る事が出来たりするのかもしれないな」
 自分で言いながらあまりにも荒唐無稽な話で笑ってしまう。それで言えば自分の身に起きた事全てが荒唐無稽だったなと思った。
「じゃあな」
 向こうの返答を待たないまま電話を切る。じゃないといつまでも話が続きそうだと思った。

二〇二一年現在、公衆電話の数はめっきり減ってしまった。ただ、俺の母校にはまだ一台だけ残っていたのを知っていた。だからOBとして来校して少しの間だけ公衆電話を借りさせてもらった。

そのついでに、俺は中庭に足を運んだ。
 あの卒業式の日、彼女たち二人が座っていたベンチを見つめる。
 本来なら、今から一年後の今日にこのベンチに座っているのは宮元羽衣だけだった。
 でも、今となってはそんな未来が来るのか分からなくなった。一年後の今日、この世界のこのベンチには二人が仲良く座っているかもしれないし、二人ともいないかもしれない。
 でも、どんな未来であっても、その未来は彼女たちが自らの意思で選び取る事が出来た、とても尊い未来なのだ。

 

文字数:45528

内容に関するアピール

セカイ系百合です。
 人間の好奇心と可能性と言葉の力を過信してみました。

【参考サイト】
「「客観的現実」は存在しないのかもしれない(ウィグナーの友人)」
(https://www.gizmodo.jp/2019/04/there-may-not-be-objective-reality.html)
「AIが架空の単語を生成する辞書サイト「ThisWordDoesNotExist.com」
(https://japan.cnet.com/article/35153906/)
「写真特集:ボリビアのアンデス山脈、新種が続々見つかる」
(https://www.cnn.co.jp/photo/35163826-4.html)
「人の喉に未知の臓器を発見、オランダ研究チーム発表」
(https://www.cnn.co.jp/fringe/35161316.html)
「米情報当局、待望のUFO報告書を公表 正体特定は1件のみ」
(https://www.cnn.co.jp/fringe/35172977.html)

文字数:450

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