世界の容量

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世界の容量

世界は白と黒で構成されており、0と1が浮遊する世界で0と1だけが黒で表示されている。0と1が地平線の彼方まで広がっており、そんな中、唯一形をなしている白衣を着たkamiが0と1の数をオーケストラの指揮者のように自分を中心に手や体の動きで数を動かし、新たな世界を作ろうとしていた。
「OS作っていればもっとわかりやすかった・・・。」
神は螺旋状に構成されている0と1の数が気付き、手を動かし、自分の元へ引き寄せた。神は螺旋状に構成された0と1の数から一人の年老いた女性を作った。女性はは四つん這いになり、赤ちゃんのように動いている。
「そうか、転送しても身体情報の連続性はあるが、記憶には連続性がないのか・・・これは生きているというのか?」
神は深いため息をつき、自分の人差し指から細い螺旋状の情報を年老いた女性に送っていた。すると、今まで赤ちゃんのように四つん這いで動いていた女性が止まり、上下左右を見て目に留まった神を見た。
「ここはどこ?」
「えーっと、ここは・・・。」
神がどう説明するか考えていると、女性は自分が裸であることに気付き、叫び声を上げ、手足で体を見せないようにした。神は叫び声の原因に気づき、頭をかき、指を鳴らし、女性に黒のワンピースを着せた。叫び声は止まったが、女性は自分がいきなり黒のワンピースを着たので困惑の表情を神に向けた。
「アンタ誰?」
神はまたため息をつき、そこからか・・・俺がその質問をしたいのだが、と思いながら、手を額にあて唸っていた。
「まあ簡単に言うと神だ。神と呼んでくれればいい」
女性は神を訝しげに見ていた。神はいつも自分のことを神と名乗ると馬鹿にされるか、奇妙な目線で見られるので、神と語るのを止めていたが、この世界に来ても不審者を見るような目線で見ていることに人間の想像力の限界を感じていた。情報量storyを増やすか・・・、そう呟くと、右手の人差し指で女性の頭を指し、0と1の螺旋を女性の頭の中に入れようとしていた。すると女性は自分に迫ってくる0と1の数に驚き、鞭のように素早く体を動かし、0と1の記号から逃亡した。それを見て、面倒だな、と言って中指を上げ、女性の体を停止させた。0と1の記号が女性に侵入してくる。女性は叫び声を上げるばかり
「人間はこういう異物が自分の体内に侵入してくるのを嫌うのかね?」
0と1の螺旋が女性の頭の中に入り終わると、女性の叫び声はやみ、ゆっくりと神の方を向き、満面の笑みを浮かべながら、神に近づいてき、片足を下げ、こうべを垂れた。
「神様この度はありがとうございます。私は情報学者のランです。私が世界の創世に関わることができて大変感謝しています。」
神は手を下に振り、木目調の椅子を出現させ、椅子に座ると深く溜息をつき
「私としては問題を説明し、それに関わってくれればいい・・・・・・・・・・のであって、このようなやり方はマインドコントロールにも繋がるので本当はやりたくなかったんだ。」
「いえ、世界の創世に私の知識をお使いいただけて大変光栄です。」
そうじゃなくて・・・、と言って神がランを見ると、その目は既に宗教の指導者をみるような目線になっていた。神はその目を見て、今までの経験上、これはもう道具・・として使うしかないと思ってしまった。

 

 

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サトコはスマホを見ながら学校から家までの帰り道を歩いていた。紺のネクタイを少し緩め、学校でのストレスを大きな呼吸音ともに口からですと、淡い黄色のカーディガンからBluetoothのイヤホンを取り出し、耳につけ、下り坂を歩いていた。暫くすると、コンビニがあったので、自然と体が動いた。
「いらっしゃいませ!」
やたら元気なマッスルがサトコに向け挨拶してきた。マッスルはサトコのグループの中でのあだ名で、本名は田中英世たなかひでよ。マッスルはイケメンであったが、サトコのグループの中では悲しい名前になっていた。身長も180ぐらいの高身長、何かスポーツをしているのか、肌は少し焼けていて、あだ名の通り、筋肉もガッシリついている。嫌いになる要素が一つもない。みんなマッスルを狙っているのか?、サトコの中でそんな疑問が浮かんだ。もっともサトコのタイプはコンバースが似合う瘦せ型の色白の男の子だったので、マッスルにあまり興味はなかった。ただサトコは未だコンバースが似合うような男子には出くわしたことはなかった。
コンビニでファッション雑誌をパラパラめくると綺麗で太陽のような笑顔を向けてくる女性ばかりでウンザリする。毎月消費される彼女達は雑誌だけではあきたらず、SNSで自身を消費している。現代の消費の象徴であるコンビニの頂点に立つファッション雑誌を見るのに飽きたので、サトコは雑誌をそっと元に戻した。小腹がすいてきたので、体は自然とお菓子コーナーに動いた。板チョコが食べたかったので、裏のカロリー数を見ると、286kcalと書いてあった。お菓子のコーナーでカロリーを見ながら、食べるものを考えていると
「サトコ痩せてるから、好きなもの食べればいいじゃん」
いつも友達(スペア)が言ってくるのだが、サトコはそんな甘い罠に引っかからない。なぜなら、彼女達は学校という社会の中で、自分を理解してくる存在をいつも探しいるからだ。レースに一人でも多くの人間を脱落させたいと思いは常に存在し、言語や行動で人を操り、誑かす悪である。そんな悪鬼に返す言葉は簡単だ。
「XXXちゃんも半分個して食べようよ~~」
大抵の子は
「いやー、私はぶよぶよだから~」
テメーが食べないものを人に勧めるんじゃねえよ!と言いたくなるが、グッと堪えて、サトコは自分が思う最高の笑顔を相手に向け
「そんなことないよ~」
お互いを褒めあうループを繰り返す。長いものになると、このループを一時間も続けるくる者もいて、難儀なわけだが、そんな言葉は使わずフェードアウトしていくのが処世術。もちろん例外もいるわけだが
「何をそんなに真剣に見てるの?」
振り返るとカナ(例外)が来た。
「また、カロリー気にしてるの?」
「ああ、まあね」
「また半分個する?」
「OK~」
話が早い。これが理想形。お菓子コーナーから板チョコを手に取り、マッスルの元へ向かい、レジの台に乗せると、マッスルはピッという音と共に、112円です。と言ってサトコを見た
サトコはマッスルが自分を見てくるのが好意かどうか図りかねていた。サトコがトレイにお金を置くと、レジから出てくるレシートとお釣りをトレイに置いてサトコに渡した。
「いつもありがとうございます。」
マッスルはサトコに笑顔を向け、頭を下げた。マッスルのスマイルはハンバーガーチェーンの店員にも見習わせたい笑顔だった。コンビニを出ると、カナが待っていたので、包装紙を破り、銀紙ごと半分にし、カナに板チョコを渡した。ありがとう、と言ってカナは受け取り、二人はしばらく歩きながら板チョコを食べた。
「あんた、本当チョコ好きよね?」
「銀紙からむき出しになった毅然とした茶色の甘味を時には歯で砕くように食べて、時には舐めて、その甘味を舌に浸透させるように食べる。しかも100円という安さ。この多種多様な食べ方を可能にした甘味の頂点を食べて、何も感じない方がおかしい。」
カナは体を捩らせ、涙をながしながら、笑っていた。
「板チョコ食べるだけでそんな大層な言い方する?」
「板チョコ最高!」
サトコが板チョコを掲げると、雲一つない晴天で建物は鮮やかな色を放っていたが、急に世界が灰色になり、鮮やかさを失った。代わりに神様のコスプレをした40、50のおじさんが現れた。急な不審者に戸惑いカナを見ると、カナは体を捩じらせ笑っている姿のまま止まっていた。
「カナ?」
「無駄だ。世界は今、停止しているんだ。」
サトコは停止?意味不明?と思っていると神と名乗る男は面倒くさそうに舌打ちし、説明しなくてはいけないか、と呟いた。
「今、世界は容量不足なんだ。だから、神つまり俺が現世に来ただけで、容量オーバーになり、世界が停止してしまうんだ。」
電波?と思っていると、神は溜息をつき
「電波じゃない。周囲を見渡してみろ」
周囲を見渡すと、スマホで電話しているサラリーマンや遊んでいる子供達や話をしている主婦達が全員、動画を停止させたかのように止まっていた。それも一瞬ではなく何秒も停止している。この人は神なのか?とサトコは思った。
「それを証明するのは、なかなか難しいな一種のマジックや詭弁を使えば、超自然的現象を信じさせることは誰にでもできるからな。だから宗教というものが、この世界に成立するんだが・・・本物に触れることができるのはあまり少ない。」
心を読まれている・・・。神はサトコの目を見て少し微笑し
「そうだな神の力ってやつを使うなら・・・君があのコンビニでいつもチョコを買うのはマッスルという男が好きで買っていて、となりの友人、カナか?この子もそのことに気付いてる。」
サトコは驚いた。まさか、カナにバレているとは思っていなかったからだ。
「これも君のストーカーをやっている奴ならわかることなんだが・・・。」
神と言うわりに、神でないような言葉を使う
「それぐらい、神を証明するのは難しいということさ・・・。まあ、また会いに来るよ。別の形で、消えるとはいえ、私が一瞬でも出てきたら、その履歴だけで世界の容量を食ってしまうからな。」
そう言うと神は消え、世界は鮮やかさを取り戻し、カナはまだ笑っていた。しばらく笑い続けると、サトコの異変に気付いたのか、どうしたの?、と心配そうな目で見てきた。
「なんでもないの、行こ!」
「あ、うん」
サトコはカナの手を握り引っ張り今の現実から逃げるように足を前後に動かした。

 

 

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ナオトは大量の本が山積みされている暗い部屋の中でノートパソコンを操作していた。
「こんな暗い所でよく作業するな」
ナオトは後ろから声がしたので声を上げ、振り返ると神がいた。
「なんだ神様ですか・・・。」
ホッと胸を撫でおろすナオト。ナオトの周りに息が詰まるほど、山積みされているのを見て
「本は読んでいるんだな・・・。」
「ええ、あなたの教えですから」
「そんなこと言った?」
「ええ、私がコンビニでもらってきたダンボールで家を作って、山の上に住んでいる時に言われました。」
神は目線を上に向けて、ああそういうこともあったな、と言って覚えているのか覚えていないのかわからないような返事をした。
「その時に渡されたノートパソコンは今でも思い出の品としてそこに置いてますよ。」
ナオトは今の最新のノートパソコンに比べると、インターフェースが多く組み込まれ、重量も何十倍もあるノートパソコンを指差した。神はノートパソコンを見ながら、神の腰ぐらいまで山積みされている本の上に座った。
「もうあれを渡してから何年になる?」
「20年ぐらいですかね」
神は下を向き、そうか、と呟いた。部屋の薄暗さの所為か、神の瞳には一切の光も含んでいなかった。ナオトは神が現れると世界が停止することを知っていたので、停止しない状況に違和感を感じた。
「世界停止してないんですけど、なんでですか?」
神は顔あげ
「この空間ごと一時、こっちの世界・・・・・・に移動させたんだ」
「そうでしたか」
自分の部屋を勝手に移動させたことは少し癪に障ったが、神の勝手はいつものことだと思い、話を続けた。
「今は停止しませんでしたけど、さっき停止しましたね。ということは例のプロジェクトの実行役とコンタクトをとったということですか?」
「そうだ。そして、シナリオの作成具合はどうなっているか聞きたくてここに来てもらった。」
「予定通りです。次は私が実行役とコンタクトを取る段階に入ろうと・・・」
「まだ、実行役には具体的な話をしていない。」
「いつもと違い。進行が遅いですね。」
神は眉間に皺をよせ
「仕方ないだろ。俺だって思うところがあるんだよ・・・!」
ナオトは神が怒ることはないので驚いた。すみません、ナオトが謝ると神はいつも通り冷静さを取り戻し
「いや、すまなかった。」
神はまた下を向き話し出した。
「シナリオを見せてもらっていいか?」
ナオトは神に返事をすると、ノートパソコンの画面を見せるべく、リモートの画面を表示させた
「この表はなんだ?」
「シナリオは三つあります。2050年から2100年に渡り、段階的に下げていくものと、2050年の人口を一定にキープさせるものと、最後おすすめはしませんが・・・」
「なるほどね。でもそれを選択するのは私でも君でもない。実行犯だよ。」
「実行犯って意味あるんですか?」
神はまた下を向き
「いずれわかる」
神はそれだけ言って消えた。ナオトはノートパソコンで作業を再開しながら考えていたが、神が消えたのではなく、自分が空間移動しただけか、と思いながらキーボードを打っていた。

 

 

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サトコが家に帰ってくると、玄関に「KOUGA」というスマイルマークが書かれたダンボールが置いてあった。サトコは靴を脱ぎつつ、この中身が気になり
「お母さん、このダンボール何?」
声を出すも、母は何の反応もせず、包丁を一定のリズムでまな板に打ち付け、野菜を切る音だけが聞こえてきた。靴を脱ぎ終わったので台所に行き
「お母さん!」
と叫ぶが母は相変わらず包丁で野菜を切っていた。母の肩に手を乗せ、こちらを向くように引き寄せると、母は周囲を見まわしキョロキョロしていた。
「お母さん。ふざけないでよ!」
母はまた野菜を切ることに集中している。
「無駄だ」
路上で会った神が現れた。サトコは少し驚き神から距離をとった
「なんで、あんたがいるのよ?」
「この家の空間を私の空間に持ってきた。」
「どういうこと?」
神は髪をかきながら言った
「此処は君が思っている世界とは別物だ。ファイルの移動は簡単だが、後々、世界の崩壊に繋がる可能性があるんで、あまりやりたくない作業ではあるんだが、一番最初に会った時のように、君の世界に俺が来てしまうと世界が全て止まってしまうから、君の空間を切り取り、俺の空間に移動させるこの方法が、最善作なのだが・・・」
サトコは神の胸ぐらをつかみ
「お母さんを元にもどしてよ!」
「説明をしたら、元に戻すよ」
「早く元に戻してよ」
髪をかきながら、目をつぶり
「このようになるのでこの方法は対象者からしたら最善とは言い難い。」
神はサトコの母に向かって指を鳴らした。するとサトコの母は爆発するように弾けて0と1の数が周囲に飛び交った。それを見たサトコは膝から崩れ落ちた。
「安心しろ、説明を聞けば、元に戻してやる。」
サトコは神を睨み、そういう問題?、と言ったが、神はサトコの話を聞かず、玄関に移動して、「KOUGA」のダンボールから何かを取り出そうとしていた。サトコはその様子を見ていて、何をしているの?と聞くと
「黙って見てろよ」
神はダンボールの緩衝材を玄関に出して、deleteというロゴが書かれたノートパソコンを取り出した。
「このパソコンが何?」
神がパソコンを持つサトコの部屋のドアノブに手をかけた。
「ちょっと待ってよ!」
神がサトコの部屋に入る前に、サトコは部屋への侵入を防いだ。
「ああ、そういうことか、しばらく待つから片づけてくれ」
サトコは頷き、素早く部屋に入り、部屋の整理をしだした。

10分後

「もういいか?」
外から神の声が聞こえてきたのでサトコは、もうちょっと待って、と言った。
「部屋の片づけと母の生死どっちが大事なんだよ?」
サトコは仕方なく部屋の片づけを止め、扉を開けた。神はサトコの机にノートパソコンを置き、電源を入れた。サトコが椅子に座るとノートパソコンが立ち上がり、WARNINGという文字が大きく表示され、「空き容量10/256RBルムバイトしかありません。素早くファイルを削除し、世界を安定的な状態に戻してください。」と書かれてあった。ノートパソコンの表示を指差し
「どういうこと?」
神を見ると、髪をかきながら、
「あいつがいればなこんな面倒事やってくれるんだけど、こればっかりは仕方ないな・・・」
神は溜息をつき
「簡単に言うと世界が容量不足だから、このパソコンを使って、多くのstoryを生み出す人間をデリートしてほしいという話だ。」
「殺せっていうこと?」
「厳密に言うと違う。その人間の存在を過去から未来に渡って消して、その人間が関わった記憶に関しては消去もしくは捏造するということだ。」
殺すより質が悪い。と思っていると
「まあ、たしかに殺す方がまだ存在があったという証拠が残るからいいという考えもあるのだが・・・。」
「やりたくない」
「そうなるか・・・」
神は目をつぶり、上を向き、黙って何か考えているようだった。しばらくすると目ゆっくりと開き
「最近、君のお母さん痩せていない?」
「えっ?」
「お父さんは帰ってくるの遅くなっていないか?」
「あっ」
「お父さんが友達の借金の連帯保証人になっていて、一億の借金を抱えているんだ。」
思い当たる節はいくつかあった。一ヶ月前に母と父が口論していたので、どうしたの?と聞くと何もなかったように黙っていたので、どうしたのだろうとは思っていた。
「1人デリートする毎に50万。200人したら完済だ。余裕だろう?」
サトコはおそらくこの依頼を拒否することはできないと思っていた。もし、借金の話を拒否したとしてもまた別の話をもってこられ、結局デリート作業を強制されると考えていたからだ。神の嫌味な笑いを見ていても、この推論が間違いないことに気付いた。
「やるよ」
「そうかでは実際のデリートの仕方を話そう。」
神の話ではOSは現在、多くの人が使っているOSと同じものを使っており、人間のデリート作業を行うときは「デリーター」と「神のリスト」いうアプリを立ち上げ、神のリストに載っている人間の簡単な履歴書と「凶悪さ」を見ながらデリーターから人をデリートをしていくという単純なものらしい。
「この凶悪さってなに?」
「いいとこに気付いたな。それは人を多く救う者、人に多くの影響力をもたらす者の順に、凶悪となっている。逆に人を多く殺すものの凶悪さは低い。」
「えっ!じゃあ刑務所に入っている死刑囚とかは凶悪さは低いの?」
「いや、彼らは過去の人だから、未来に置いておくと多くのstoryを生み出し、情報容量を増やすだけだから、凶悪さは高くなっている。逆に殺人鬼なのに犯行が世間にばれていない人間なんかは凶悪さは低くなる。」
サトコは理不尽だと思った。神はサトコの顔を見て
「容量の問題なんだあまり意味を考えるな・・・。説明はさせてもらったから空間を元にもどす」
神は一瞬で消え、サトコはしばらくノートパソコンを見ると溜息がでて、母がどうなっているか確認するべく、台所にもどると、母は相変わらず包丁で野菜を切っていた。
「お母さん・・・」
母はサトコの方向を振り向いた。
「あら帰っていたの」
母の頬が少しこけているように見え、母の笑顔がひどく悲しく思えた。

 

 

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教誨師、尚城聡なおしろさとるは手を机の上で組み、来訪者を待っていた。尚白はノックの音がしたので、どうぞ、と言うと、1人の男が中に入ってきた。男の名は斉藤乱さいとうらん、妻が浮気していたことを知り、帰宅してきた妻を出刃包丁で使って殺害し、死体をバラバラにして捨て、殺人罪と死体損壊の罪で10年の懲役をくらった男である。
尚城が正面の椅子に座るように促すと斉藤は深々と頭を下げ、ゆっくりと椅子に座った。
「おめどとうございます。今日でやっとこの塀を出ることができますね。」
いつもは尚城の目を見てしっかりと話す斎藤が目線を下に向けているので尚城は不思議に思った。
「どうしました。斉藤さん。以前からここを出たいと言っていたじゃないですか?」
机を見ていた目はゆっくりと尚城の目線と重なったがどこか虚ろであった。
「この十年、ずっと考えてきました。あの時、なぜ妻を殺したのか・・・ただの浮気ですよ?妻は家を出たわけではないんですよ。いつものように帰ってきて、料理を作っていたんですよ。ただちょっと寄り道をしていただけなんです。私はその寄り道が許せず・・・」
静寂が空間を包む、尚城は静寂を破ろうと考えていたが、あえて静寂を破らず、斉藤の次の言葉を待った。
「死体もバラバラにしたくはなかったんですよ。火葬できれば火葬したかったですし、火葬がダメなら、山で穴を掘って埋葬したかったんですよ。でも、ダメでした。金も無ければ、頭も体力もない私には、燃えるゴミで捨てるしか思いつかなかったんです。」
「斉藤さん。以前、「赦し」の話をしましたよね?覚えてますか?」
「ええ、囚われないということですよね」
「そうです。私はあなたの罪は許されない・・・・・と思います。ですが、「赦し」はどんな人間にもあてはまるんですよ。無条件に・・・。」
「頭ではわかっているんですが・・・」
「禅の言葉に生死事大しょうじじだい 無常迅速むじょうじんそくという言葉があります。いかに生き、いかに死ぬかを決めるのは自分自身です。恐れや迷いを断ち切り、自分なりの答えを見つけることができた時、人間は悟りに到達するのかもしれません。」
「悟りまで開かなくても・・・」
「たしかに普通の人なら悟りを開く必要性はありません。ですがあなたは人が人を殺すという究極の選択をしてしまった。その時点であなたは自分の罪に囚われてしまった。実際あなたは刑期を終え、出所しようという今になってもその事を考えている。」
「・・・」
尚城は斉藤の納得できないというような表情を見ていて、どのような言葉を尽くそうとも人は言葉だけでは救えない時もあると感じていた。それに斉藤は大きな勘違いをしていることに気づいていた。死体をバラバラにしたのは自分のせいではないかのように斉藤は話をしていたが、斉藤が奥さんを殺した後、すぐに警察に出頭すれば、奥さんは火葬されただろうし、彼の懲役も短いものとなった。なのになぜ彼はすぐに出頭するという道を選ばなかったのか、それは意識しているのかどうかはわからなかったが、斉藤の前提に「殺人は隠し通すもの」という前提があるからである。だが、少し考えれば今の社会で殺人を隠し通すことは難しい。遅かれ早かれ、いつかは警察に気づかれるだろう。この十年という無意味な月日は一言で言うと、斉藤の「愚かさ」からくるものである。しかし、斉藤を愚かだと言うことはできなかった。なぜなら、斉藤は幼少期、義父から虐待を受け、小学校・中学校もまともに行けず、斉藤が中学校を卒業すると同時に建設会社で働きだて、そこでの給料も大方、義父や母に渡し、斉藤は働くだけの機械と化していた。そんな斉藤が唯一自分で選択し、幸福を感じ、斉藤を苦しみの連鎖から断ち切ってくれた聖母、それが殺した妻である。聖母の裏切りは斉藤の宗教では絶対に許されるとことがなかったとも言える。だから、そんな人間を愚かだと言うことはできず、尚城も言葉がでず、かなりの時間が経ったように思えた。
斉藤は突如立ち上がり、深々と頭を下げ、微笑を見せ、尚城の心の臓を射貫く矢を目という武器を使い飛ばしてきた。
「先生、今までありがとうございました。話を聞いていただいて、これからは前向きに生きていきます」
心を射貫かれた尚城は目線を外した。返す言葉もない。痛むのは自分の心に住む悪であろうか、正体不明の幽霊である。しかし、幽霊は正体を現したと思ったが、急速に消えてなくなり、消失した。斉藤はなぜか横を向いていた目線は元に戻すと、誰もいない。
自分は今まで何をしていたのだろう?
疑問が浮かんだが、休憩時間かなと思い、刑務官に事情を聞くべく、椅子から立ち上がり、ドアを開けた。すると刑務官が不思議な物でもみるような表情で尚城を見てきた。
「何か?」
尚城は少し焦りと恥ずかしさがあった。なぜなら、自分は今何をしてましたか?という質問をするからだ。
「いや、今の時間はいつもの人が来ていたから、なぜ来ないのかと思ってね。」
いつもの人の名前も出てこない。
「ああ、田中は今日はお休みしたいという話でしたから、先生には昼休みをとっていただくように朝言っていたかと思うんですが・・・。」
「ああ、そうだった・・・そうだった・・・。うっかり忘れていたよ。」
刑務官はクスりと笑い
「珍しいですね。いつもキチンとされている先生がそういうことを忘れるなんて」
尚城は恥ずかしさを誤魔化す様に頭をかきながら笑い
「いや、私もボケが入りだしてきましたかな」
刑務所内で珍しい笑い声が起こった。

 

 

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サトコがノートパソコンで神のリストを見ながらデリート作業を行っていると、神が現れた。
「また、急に出てきて、なんですか?」
神のいきなりの登場に文句を言った。
「今回は君の部屋だけを転送させたから、許してくれ」
「神様、私にはプライベートはないんですか?」
はいはいごめんなさい、と言って、神はサトコのベットに座った。
「何人デリートした?」
「212人です」
「ほう、なかなかの人数だな」
神は袖からスマホを取り出し、電源を入れ画面をスクロールしだした。
「本当に一ヶ月で212人デリートしているよ。こんなにデリートして良心が痛まないのかね?」
スマホの画面でどんな人間がデリートしているのか見ているのだろうと思うと、サトコは神が悪魔のように思えた。
「一応、神ですよ。」
心を読まれた。私の思っていることなんて大した事ではないとでも言いたいのかと思った。
「それより、このデリートしている人間の基準を教えて欲しいんだが・・・。」
「とりあえず刑務所に入っていて、凶悪さが高く、明らかに犯罪行為をしている人間を選んでデリートした。」
明らかに・・・・というのは君の主観かな?」
「第三者の目から見てという事。例えば録画機器にその現場が撮られていたとかそういう類の人間よ。」
「つまり、冤罪である可能性が低い人間ということ?」
「そこまでは神のリストからは読み取れないし、読み取る暇もない。だから、倫理なことはあまり考えず事務作業のようにこなしていったわ。」
「なるほどね」
満足したような顔で神はスマホをしまい、サトコの目を見てきた。
「さて報酬の話なんだが、ここが現実世界の面倒なところで、君に現金を渡したところで、いきなりそんな現金を渡しても、ご両親や銀行も不審がるだろう?税務署の調査などもあるかもしれない。そこで今回は借金の件を全ての関係者に忘れもらい、なかったことにすることにした。そして、君が今までデリートしていった12人はお父さんの建築会社にリフォームの依頼が来たということにしようと・・・」
「待って!」
「ん?何か不満でも?」
「10人までリフォーム会社の案件で問題ないわ。だけど、100万は私に現金で欲しい・・・。」
「ほう、それはなぜ?」
神は答えを知っているはずなのにわざわざ質問をしてくる。意地悪なところだ。
「あんたならわかるでしょう?」
「心を読むというのは自動的に読むものではないんだよ。自動的に読むもできるが、面倒事が多いんで、読むというスイッチを押すと、ある程度過去まで読めるというだけなんだよ。」
「読めばいいじゃない?」
「読まなくてもわかる。小遣い稼ぎだろ?何もやましいことはない。200人以上もデリートして家族やお父さんの建築会社の社員の生活も守ったんだ。自分の幸せのために金を使うことは当たり前だ。」
サトコは手をだした。神はサトコの机を指差す。振り返り机を見ると、そこには金の束が積んであった。サトコは金を手に取ったが、全く嬉しくなかった。以前、ファミレスでアルバイトして受け取った2、3万のお金の方が嬉しかった。しかし、これで終わりと思うと少しホッとした。
「終わりではないぞ。容量はまだ全然減っていない。今は世間を賑わせた犯罪者が少なっただけで容量自体はあまり減っていない」
落胆というより、そうなんだ、と思うことしかできなかった。サトコはどこか遠くを見ていた。それは大きな青空が広がり、入道雲がでているそんな景色。
「喝!」
サトコはどこか遠くを眺めていたがやっと近くにいる神をみることができるようになった。
「気持ちはわからんでもないが、もっとポジティブに考えてくれ」
こんな話をポジティブに考えることなんてできない。
「まあ、そうなんだが、仕方ない。30億人ぐらいデリートしたら、デリート作業を終わらせてもいいよ。」
その途方もない数字に、ただただあきれるばかりだった。
「後、デリートしてて何か気になることとかなかったか?」
一瞬、考えたがすぐに思いついた。
「・・・あ、私以外にデリート作業している人いるの?」
神はよく笑顔になるもんだ。
「サトコは面白いな。もう一人のデリートしている人間より反応がいいよ。」
「やっぱりいるんだ。」
「ああ」
サトコはおそらくもう一人の人間も自分の気付いているだろうなと思った。
「その人デリート作業はいつ頃からやっているの?」
「あいつが9才の時でこの前28の誕生日を向かえたと言っていたから19か20年ぐらいだな。」
「そんなに長いの!」
「あいつは特例だ。参考にならないよ。ではそろそろ部屋を元に戻させてもらおうか」
神は消えた。神が座っていたベットの一部が凹んでいたのが元に戻ろうとしているのを見て、幻をみていたわけではなかったことに気付かされ、サトコはベットに体を預けるように寝転がり溜息をついた。

 

 

💻

 

4年前

 

国家顧問の邸宅の前に多くつめかける人間。皆、国家顧問ユサリの登場を今か今かと待っている。牢獄のように大きな扉が開かれると民衆は沸き立ち、扉の前にあらかじめ置いてあった台の上に乗り、ユサリが大きく手を挙げると、民衆の温度はさらに増していく、それは狂おしいほどに、ユサリがゆっくりと手を下ろし、マイクの前に近づくと、先程の騒がしさが嘘のように消えた。
「私は私の力でなく、皆の力によって軍から開放された。私は今から皆の奉仕者となり、この国の為に貢献しなくてはいけない。皆さんの力が世界を変える!」
ユサリの言葉にみんなが熱狂した。踊り出す者もいれば、国歌を歌い出すものもいた。今この場この空間が一つとなっているかのようにユサリには感じられた。ユサリが家に戻ると、執事が玄関の前に立っていた。奥さま!、と言ってユサリの元に走って来たので驚き、どうしたの?、と聞くと
「応接室にアイル首相が来ています」
執事は全身を動かし、息を整えていた。ユサリはアイルの突然の訪問に驚き、急足で玄関から応接室に向かった。応接室に行くと、国軍出身で強硬派と言われるアイル元首相が大きなソファーにゆったりと座り、テレビで放映されているユサリの演説を目を細め、ひややかに見ていた。
「アイルさん」
ユサリの言葉に気づき、ゆっくりとユサリを見て、またゆっくりと目線をテレビに戻し、アイルはゆっくりとテレビを指差した。
「見たまえユサリ君。君の所為で新しい時代が来ると盲信してしまった人間達だよ。」
ユサリは執事から渡された椅子に座り
「実際、新しい時代が来るでしょう?」
アイルは溜息をついた。
「我々は国軍というヒール役をやりながら、この国の安定を図っていた。しかし、人の自由を求める心を抑えることはできない。だから、我々は君たちに機会をあげた。それだけだ。構造を変えなければ、結局の所は同じだよ。」
「嫌味を言いにきたんですか?」
「これを嫌味ととることに君の考えの浅さを感じるよ。君はアラカーン問題をどう考える?」
ユサリは、空気に水をさす、という言葉はこういう時に使うものだと感じた。
「彼らは別の国の人間ですよ。」
アイルはユサリを小馬鹿にするように笑い、ソファーからゆっくりと立ち上がった。アイルは軍の帽子をかぶり、去ろうとした時に、思い出したかのように立ち止まり、ポケットから小箱を取り出し、それをユサリに向けて投げてきた。ユサリが小箱を受け取り、開けると古びた指輪がそこにはあった。
「この国の歴代の王が受け取ったとされる指輪だ。今日の用事はそれを渡すことだったんだ。また暇になったら来るよ。」
アイルは片手を天に向かって上げ、しばしの別れを告げるかのように、左右に手を降って、玄関から出て行った。ユサリはアイルが何をしに来たのか解らなかったが、指輪がひどく重たく感じた。

 

4年後

 

ユサリは自分の書斎でテレビを見ながら、溜息をついていた。ドアのノックがしたので、どうぞ、と言うと、執事がドアを開け、アイルが中に書斎に入ってきた。アイルはユサリを見ながら、静かにソファーに座った。ユサリはアイルに話をしようとしたが、アイルがすぐにテレビを見だしたので、言葉を飲み込み、二人ともテレビを見ていた。テレビでは「ユサリ氏を解放せよ!」というプラカードを持ち、デモ行進をしている人々がいた。
「4年ぶりか・・・」
ユサリは何も言わなかった。
「君を軟禁している理由はわかるか?」
ユサリは机の木目を見て、この机は何年製だろうと思った。ユサリの父の代から使われているので半世紀は経っている。机は古びているがまだ十分に使える。机も変わらないのに4年程度で国を変えることができるだろうか?という問いが浮かんだ。
「君は民主制を取り込むことにグローバル化を促進させようと考えていた。たしかに一部成功したものもあった。それがこれだ」
アイルはスマートフォンを机に置いた。
「スマホの普及は目覚ましく、アナログな私までスマホを持ち歩き、メールや音声アプリでの通話をさせられるハメになってしまった。しかし、これは便利ではあるが既存のグローバル企業が製造したもので、製品からアプリまでその収益のほとんどはグローバル企業に行ってしまい、我々の利は小さい。」
ユサリは机の木目を見るのを止め、アイルを見た。
「私はこれは必要なプロセスだったと考えています。」
アイルは机に置いてあったスマホを手に取り、電源を入れる。電源を入れると勢いよくメッセージアプリの着信音が鳴り始めた。メッセージが浮かんでは消えていく
「ここ一週間、この状態がずっと続いているんだ。私はこんなメッセージを見たくて、君に権力を渡したわけではないし、君には今まで続いている民族問題を解決して欲しかったし、君なら多くの民衆の心を変える力を持っていた。」
「言論の自由を・・・」
アイルはユサリの言葉を遮るように手を挙げ
「言論の自由は大事だ。たが、それは人権を無視する理由にはならない。」
ユサリは古びた机を見て、溜息をついた。アイルは机に置いているスマホを見ながら
「指輪は返してもらおう。こんなメッセージを大量に送ってくるうちの軍が上手く政権運営をやるとは思っていないが・・・」
アイルはテレビを見たのでユサリもテレビを見た。民衆がデモをまだやっている。
「軟禁しているのは、まだ君を正義の使者として期待している人間が多いからだ。あれ以上、君に政権運営をやらされていたら、多くの人心が失われ、軟禁する価値さえなかっただろう。」
ユサリは机の引き出しから指輪の箱を取り出し、何も言わずアイルに差し出した。アイルは指輪の箱を開け、指輪の有無を確認し、ポケットにしまった。ユサリはアイルを見ていて、4年前に会った時のようなどこか楽天的な感じは消え、代わりにアイルの場所だけが重力が強くかかっているように感じた。ユサリは権力を得るということの重要性をアイルに比べて甘く見ていた自分に気付き恥じた。
「君はイギリスでジャーナリストをやっている30代ぐらいの息子がいたよな?」
ユサリは息子の話は話したくなったが、仕方なく、はい、と答えた。
「今度、政権を譲り渡すとしても、君でなく、息子の方だな。君は高齢で今ほどの求心力は失っているだろう?内政的にも外交的にもどこまで持つかはわからないが、それまで君の息子を教育しておいてくれ」
「息子の人生ですから・・・なんとも」
「ジャーナリストなら政治に興味がないわけでもないだろう?それに君は国の奉仕者など四年前は言っていたのに、もう奉仕者は止めたのか?」
「わかりました。息子に話してみます。」
アイルはユサリを見て頷き、帰っていた。4年前は軍帽を脱いでいたが、今回脱ぐことはなかった。アイルの責任感や愛国心を思うと自分が情けなくなり、ユサリは机に肘をつき、両手で顔を覆い、目をつぶり、思い浮かぶのはあの時にこうしてたら良かったのにと思うことばかりで「歴史にifはない」とだれかが言ったのか解らぬ言葉が浮かんでは消えていった。すると突然、暗闇だった両目に光を取り戻ってきた。不思議に思い目を開くと、両手が手首までに消えていて、0と1の数字がものすごい勢いで肘まで消えていくことに驚き、立ち上がり、執事の名を呼んだが、誰も来ない。腕も無くなり、足もバタバタさせるが、太腿しか動いていない。上半身、下半身と徐々に0と1の螺旋で消えていき、首まで達した頃には涙がでてきた。これが自分がやってきたことに対しての神の罰なのかと思うと、何も見えなくなり、意識も無くなった。

 

 

💻

 

 

サトコはデリート作業をするようになってきて、もう一人の人間がどうやってデリートを行っているのか気になり、デリートをする人間の数をメモしていった。メモしていくと、ある一定のパターンでデリートしていることに気付いた。
「221 0 222 0 211 0 212 0 11 0 1211 0 1211 0 2122 0 222 0 112」
1日にデリートする人間は最大2名、連続でデリートするのは最小2日、最大4日、そして連続でデリートを行った後は必ず1日デリートしない日を挟む、サトコが最初にそのパターンに気付いた時、デリートしている人間の習慣なのかと思っていたが、サトコがデリート作業をやることになってから、ずっとこのパターンを続けていることので何か自分にメッセージを送っているように思えてきた。サトコはクラスにミステリ研究会の人間いるので聞いてみようと思った。
「あのー北見さん。」
北見は眼鏡をかけておかっぱ頭の校内ではいつも一番を取っている秀才である。北見はサトコが話しかけてきたのに少し驚いているようだった。
「どうしたの?」
サトコはいつも話さない北見に話しかけるので少し気恥ずかしさがあった。
「友達から暗号みたいなのを出されて答えがわからないから教えてくれないかな?解ったら1000円あげるから」
北見は報酬よりも暗号という言葉に少し興奮していた。
「いいよ、どんな暗号!」
サトコはパターンを書いたメモ書きを渡した。北見はそのパターンを一分間ほど見て
「・・・わかったかも」
急に冷めたような目つきになった。
「えっ、もう?」
「うん、だけど、スマホ見ながら書かないといけないから10分ぐらい待っててくれないかな?」
「いいよ」
「ちなみにこの問題作ったの外国人?日本人?」
サトコは少し答えに詰まった。日本人の可能性もあるが、外国人の可能性もある。選択肢の幅は狭めない方がいいかもしれない。
「おそらく、外国人かな?」
北見は首を傾げた。
「いや、この暗号が作ったのが友達の友達で外人か日本人かまでは聞いてないんだよね。それで北見さんだったらミステリー研でこういうのよく作っているからわかるかなと思って」
北見はまんざらでもない顔で、まあね、と言って
「答えを書くから自席で待ってて」
北見に言われて、サトコは自席に戻った。自席に戻ると休み時間を有効に使うべく、サトコはしばしの眠りについた。

夢の中でサトコは真っ赤な夕日が落ちる中にいた。周りに何もない草原の中で、小さな男の子を抱えていた。男の子は無邪気に笑う。サトコも男の子の笑顔を見て笑いが零れる。サトコと男の子だけの世界で、風が吹き草木の揺れが音となり、二人の笑いが止まらない。
「サトコ・・・サトコ・・・」

カナの声がしたので起きると、北見が困っているような様子で立っていた。サトコは事態が呑み込めた
「あ、ゴメン北見さん。カナありがとう」
カナはあきれた顔で自分の席に戻っていった。
「北見さん。結局暗号とけた」
「うん・・・、だけど意味がわからなくて」
「見せて」
北見がメモ書きを渡してきたので見てみると
「God kill you」
と書かれてあった。サトコは動揺のあまり、体が硬直してしまった。
「大丈夫?」
北見から心配され、正気に戻り
「北見さん。これってどうやって解いたの?」
サトコが北見にメッセージの解読法を聞くと、北見はモールス信号のアルファベットの配列を見ながら、長点を2と考えて、短点を1と考え、アルファベットに変換すると、先ほどのメッセージがでてきたことを説明した。
「ありがとう」
サトコが北見に1000円渡すと、北見は申し訳なさそう1000円を受け取り、その場を去っていった。サトコはしばらく学校の白い無機質な天井を見ていた。

 

 

💻

 

 

サトコは「God Kill You」というメッセージが送られてきてから、「122 0 1111 0 2122」whyというメッセージを何度も送っていた。最初、もう一人のデリートしている人間はパターンを崩さずに送っていたが、ある時、0の日が連続三日続き、そこからいつもとは違うパターンで信号が送られてきた。最初は何を意味するのかわからなかったが、メールアドレスを記載しているようであった。サトコはスマホで自分のメールアドレスを新規で作り、そのメールアドレスからメッセージを送った。
「Are you deleter」
すると、直ぐに返信が帰ってきた
「Yes, Are you Japanese」
サトコは驚き、世界の数多ある国でなぜ日本人であることがわかったのかという疑問が浮かんだ。Noというのは簡単である。しかし、サトコの英語力ならば、どこかのタイミングでバレてしまうだろう思ったし、相手は疑問文を用いているが、ピンポイントで日本人と書いていることにある程度確信を持っている。
「日本人です。サトコと申します。なぜ日本人とわかったんですか?」
サトコは日本語で直球で返信した。すると、また直ぐに返信がきた
「私はナオトと申します。私も日本人です。日本人でないかと思ったのは、メールアドレスにjpと書いてあったからです。」
サトコは思わず、頭をかいて、そうかー、と呟き、スマホで返信した。
「God kill Youと書かれてありましたが、あれはどういう意味ですか?」
「今、デリートした人間の情報を覚えていますか?」
「詳細までは覚えていません。」
「ユサリ氏は知っていますか?」
「民主主義の母と言われる方ですよね?歴史の教科書に書いていました。」
「ええ、しかし歴史の教科書にも載っていませんし、神とデリートする者以外知りません」
「なぜですか?」
「ユサリ氏をデリートしたのは私だからです。」
「自国のために努力した人をなぜ?」
「著名人を一人でもいいのでデリートするしかありませんでした。そうしなければ、情報がデリートしている者の中で共有できることの証明になりませんから・・・。」
スマホを見ながらサトコは指が止まってしまった。ナオトのヤバさに返す言葉を考えていた。するとナオトからメールが届いた
「あなたは私のことをサイコパスか何かだと考えているのかもしれませんが、この際、私の精神が異常であるかどうかというは抜きで考えてください。今は消えてしまった情報・・・・・・・・・を私たちが保有してしまい、そして、デリートすればするほど、情報が私たちの中で増えていき、容量の大きくなった私たちを神が最後にどうするかという問題になってきます。」
サトコはスマホを見ながら考えていたこのままメールに返信するほうがいいか、黙っているほうがいいか、考えた。しかし、この情報は全くの嘘ではない。実際、この前のテストでユサリ氏の話を問題に出すといいながら、問題に出していなかったことを不思議に思い、先生にテストが終わった後、ユサリ氏の話をしたところ、ユサリってだれ?と言われてしまった。サトコはスマホで返信した。
「回避方法はあるの?」
「容量が増減しないように、デリートをしていくしかありません。神はこの世界の調整者バランサーを求めているようですから、私は自分の住める家を買ってからは、ある一定の数の人間しかデリートしていません。しかし、それでは容量が減らないことに不満を持った神があなたに接触したのかもしれません。」
サトコは自分も20年もこの状態をつづけないといけないのかと思うと憂鬱になった。神と出会ってから、もう一年過ぎ、サトコは心身ともに疲れていた。言葉も直球になってしまう
「容量を大きく減らして、私が数年間は一人もデリートしないという方法はないの?」
そうな都合がいい方法あるわけないか、と思っていると、ナオトから返信が帰ってきた。
「あります。しかし、あまりお勧めはしません。」
「どんな方法?」
「デリーターのイベント機能を使うんです。イベント機能は自然災害・感染症・戦争など色々な方法があります。私も自然災害で使ったことがあるんですが、もう二度使うつもりはありません。心の痛みが激しく、私は自殺することを考えました。しかし、私はまだ死ねずに生きています。後、イベント機能を使う際は私にも教えてください。私も情報を知りたいですし、イベント機能に関するアドバイスもできるかと思います。」
「了解しました。ナオトさんありがとうございます。」
サトコはスマホに返信すると、ベランダに行き、外を眺めた。サトコはタバコは滅多に吸わないが、メンソール系のタバコを一本だして、タバコにライターで火をつけ、タバコから人工的な雲を作った。雲は流れ、直ぐに消えた。雲はサトコの中にある思いを吐き出せるほどの大きさではなかった。

 

 

💻

 

 

財政省、5年目の濱中は右手に重いファイルを持ち、左手で胃のあたりを摩りながら、廊下を歩いていた。口から出てくるのは溜息ばかり、最近体の調子が悪いので医者に診てもらいたいのだが、そんな所に行っている暇はない。
「財政官はブラック企業」
東都大学時代の先輩の忠告が今でも蘇る。廊下を抜けるとライトが煌々と照っている広いフロアに戻り、自分のデスクに重いファイルを置くと、必要な資料だけを抜き出し、奥でスマホを見ながら、コンビニ弁当を器用に食べている課長の元に行った。
「課長何見てるんですか?」
濱中が話しかけると少し課長を驚いていた様子で
「なんだ、濱中か、脅かすなよ。」
「すみません」
まあ、いいよと言って、課長はコンビニ弁当を食べるのを止め、課長と奥さんが最近生まれたばかりの娘さんが寝ているベビーベットの周りで仲良く写っている写真を見せてきた。
「へえー、課長でもこんな顔するんですね。」
率直な感想を言うと、課長はスマホを取り上げ、コンビニ弁当を食べながら
「お前はそういうこと言うから、上から嫌われるだよ。」
課長に睨まれた。
「それは間違いですよ、課長。正確に言うと相手にされないんですよ。」
コンビニ弁当を食べながら、箸で濱中を指して
「そういう所だよ」
「入省して、5年経つのに出世していないですから、気づいてます。」
コンビニ弁当の混ぜご飯の最後の一粒まで胃の中にかきこむとペットボトルのあったかいお茶を飲みほす
「もういいよ。何の用だ?」
濱中は資料を渡した。課長は資料を見ると段々と顔が曇りだし
「なんで俺にこの資料を渡した?」
「大臣に受け取ってもらえなかったからです。」
「当たり前だ。これはお前が処理する事案だ。」
「しかし、既に死者もでて・・・」
課長は立ち上がり、資料を投げつけてきた。大臣にも投げつけられたのでこれが二度目だ。
「そんなこと俺は知らないし、関与してない!こんなもの俺に持ってくるじゃない!」
投げつけれた紙の資料がゆっくりと地面に落ちていった。濱中は地面に落ちた資料を全部手に取り、課長のデスクにそっと置いた。
「課長、大臣にも受け取ってもらえなかったんです。これが何を意味するかわかりますよね?それに・・・」
濱中は課長の耳元に近づき
「噂では課長を主犯とするシナリオもできています」
フロアの皆が課長と自分を見ているのはわかっていた。課長も大声を出しても無駄だと思ったのかゆっくりと外を見た。
「俺から大臣に説明しろと?」
いつもの落ち着いた口調だったが、こういう時の課長は何よりも恐ろしい。
「大臣が受け取らないなら、大臣の近くにいる人に受け取ってもらうしかありません。フリーのジャーナリストだけでなく、大手マスコミも騒ぎ初めています。」
「ある学者の話がある。多くの人間の利益に繋がるなら、1人の人間の死もしかたがないという考えかただ。」
「それは100年以上前にされた話ですし、政治家でない・・・」
濱中は自分で話をしていて、ある結論に導かれていることに気付き、焦った。課長の表情は濱中の方向では全くわからない。
「政治家でないの続きは?」
課長の言葉に敏感に反応してしまった。言葉が宙を彷徨い、次の言葉を捕まえ声を発するのに時間がかかり、その間無言になった。
「まあ、いいよ。それより俺は時期衆議院選挙に出ることになっているから」
「どういう意味ですか?」
「知らないのか?俺が選挙に出ること?」
「いや、知ってますよ。それぐらい、てすが今このタイミングで・・・」
この男が選挙に出ると聞いた時、濱中は不思議に思った。総理と深く親交があるわけでないもこの男が総理が出馬しないと表明している選挙区にマスコミから「息子」と呼ばれ出馬することに、しかし、今話をしていて理解した。この男は何か・・を行った。そして、その何かのおかげで政治家になることを約束されたそんなストーリーが思い浮かんだ。
「子供がいない総理の息子だ。総理は今住んでいる家から自分の大きな家に移りなさいとまで言ってくれているよ。」
課長が濱中の方を向くと、課長の肩から一瞬外の光が差し込み、濱中には薄っすらとしか課長の表情を読み取ることができなかったが、ピエロの真意が見えない空虚な仮面を見ているようで、背筋が凍るような恐怖を感じた。
「課長あなたは総理にでもなるつもりですか?」
課長は微笑した。
「30年経ってやっと議員になることができた男が総理になるなんて夢みたいなことはできないだよ。私の30年は日本が変わらないという一種の証明だよ。日本で革命はできない。だから、私は半径5mの人間だけが潤えばいいと思っている。」
課長の言葉はまるで水車のように殻々カラカラと虚しく流れる。そして、課長はゆっくりと濱中に近づき、耳元で小さな声で
「君は真面目過ぎるからな・・・沖縄なんてどうだ。楽しいだろう」
課長の表情はいつもの無表情であったがいつもの無表情とは別物に思えてきた。濱中は急にお腹がいたくなり、地面を見た。自分は何のために東都大学まで通って、財政官になったのだろうか、自分のしていることは無意味ではないではないのだろうか、友人の中には既に結婚する人間もでてきているし、夏や冬にはバカンスを楽しんでいるのに「なぜ自分だけはいつも苦境に立たされているのだろうか」そんな思いが濱中の頭の中を駆け巡ると、急に腹痛が止み、気分が晴れやかになった。
周囲を見ると、皆いつものように仕事をし、濱中だけがなぜか無人のデスクにいる。このデスクは次期課長のデスクである。コンビニ弁当とスマホだけが置かれているが、これは自分の物ではない。スマホが誰のものか気になり、スマホを見ると一つの写真が表示され、ベビーベットの周りに一人の女性が笑顔で自撮りしている写真が撮ってあった。

 

 

💻

 

 

「こんなウイルスは思いつきませんでしたよ。人間の想像力には驚かされます。(笑)」
スマホで送られてきたナオトの返信にサトコは不愉快さを感じた。
「ウイルスは生物ではないという観点に立つとよくある発想だと思うけど・・・」
「確かにそう言われれば、そうですね。ですが、ネットワークを介し、高齢者を優先的にランダムにデリートしていくというのはなかなか聞いたことありませんね。ただこのウイルスはセキュリティソフトを作らないと我々に近い人間達もデリートされてしまいますよ?、私は家族・友達・恋人もいませんから大丈夫ですけど、サトコさんはそうでもないでしょう?」
サトコはベットに横たわりながらスマホ見て溜息をつき、返信をした。
「もし世界がよくなるのなら、家族がデリートされるのは仕方ないのかもしれない・・・。」
ナオトはいつも直ぐに返信するのだが、少し間があった。
「わかりました。イベント内容はそれで行きましょう。ただ期間についてなんですが、一年というのは些か急ではありませんか?それに目標は30億人という可能ではありますが、急な反応には人間なかなか対応できないものですから、50年という長さで徐々に減らしていってもいいのではないですか?」
この問いにサトコは迷いはなかった。
「ナオトさんの考えはだれも犯人がいない。社会現象としてのデリートをしようとしているんでしょう?私は誰かがこのデリートに責任を持って行う必要性があると感じている。だから、私は私が決めたことについて等価ではないかもしれないけど責任は取るつもり。」
ナオトからしばらく返信が返ってこなかった。サトコはスマホをベット置いて寝ているとメールの着信音がした。
「サトコさんがそこまで考えているなら私はもう止める理由は持ち合わせていません。ですから、いつでも実行ボタンを押してください。しかし、サトコさんこれだけは忘れないでください。私もサトコさんに色々とアドバイスした共犯です。ですから、苦しいことがあったらメールをください。私が相談させていただきます。」
「ありがとう」
サトコはメールに返信して、ベットから起きて、机に置いてあったノートパソコンを開き、電源ボタンを押して、デリーターを開き、イベント機能をクリックし、実行ボタンを押した。すると、画面に
「イベントデリートを実行します。実行した場合、二度と戻ることはありません。」
と表示され、文言の下にはOKとキャンセルのボタンがあった。カーソルをOKに合わせると息を吞み、クリックした。サトコは次の日からデリート作業を一切行くなった。

 

一カ月後

 

デリーターを使って履歴を見たが、ナオトもデリート作業はやっていない様子だった。銀行の預金通帳を見ると異常な額になっていることに気付き、匿名で難民を救済するNGO団体に自分の食い扶持以外の金額はほぼ全額寄付を行っていた。額の大きさから名前を出してくれという話もあったが断った。サトコは自分のしていることの矛盾さを感じていた。デリート作業を行い人間を減らし、もう一方ではお金に困っている孤児に金を与えている。そんな矛盾した行為を一年続けた。

クラスの人間は半分になり、カナはもういない。ある日、いつも登校するはずのカナがいないことに気付き、カナの後ろの席の友達にカナについて聞いても、誰それ、とだけ言われたので、カナもデリートされたことに気付き、トイレに行き、静かに涙した。高齢者を設定していたがイレギュラーもあるということらしい。唯一の友を失った今、学校にも行かなくなった。もう全てに意味が感じれなくなったからだ。
ベットで寝ているとメールの着信音がしたので見てみると、一年ぶりのナオトからのメッセージだった。
「おめでとうございます。サトコさん30億人達成しましたね」
おめでたくはないと思いながら、返信した。
「ありがとう。しばらくはデリート作業は行わないつもりだから」
直ぐにナオトが返信してきた。
「そうですか、しばらく静かに暮らすのもありかもしれませんね。またメールします。」
素っ気ない返信が送られてきた。スマホをベットの上に置き、ベットに横向きになり、長い溜息をつき、眠りについた。

夢の中でサトコと小さな男の子が川の浅瀬で水を掛け合って遊んでいた。男の子はキャッキャッと喜び、サトコも男の子と水かけを楽しむ。もう一人のサトコが、このは誰?と問いかけるが、二人に声は聞こえず、夕暮れになるまで水遊びを楽しんでいた。

 

 

💻

 

 

ナオトがノートパソコンを閉じると、神がナオトの前に現れた。
「神様、久しぶりですね。今回も空間転移ですか?」
「いや、今回は君たちが容量を減らしてくれたことによって、世界の停止までしないから、現世に来させてしてもらったよ。それに今回はその方が都合がいいかなと思って」
ナオトは神がこのタイミングで来ることは想定済みだったが、都合がいい・・・・・という意味がわからなかった。
「ちなみに今回のサトコさんを使って、大量の人間をデリートするプロジェクトに成功した時に一つ望みを聞いてもらえると言っていましたよね?覚えていますか?」
「ああ、もちろん。言って見たまえ。」
「自分のデリートを行ってください。」
「いいよ。だけど、君に自殺願望があるとは知らなかったよ。」
「違います。」
神はニヤリと笑った。
「違うとは?」
「今までデリートした人間は別の世界に移動されているんですよね?」
頷く神
「ですから、僕はいままでデリートした人間に対しても、責任を取るべく、自分をデリートするんです。」
「つまり、サトコとは別の形で、君はもう一つの世界で責任をとろうと考えているわけだ。」
「ええ、その通りです。」
「だが、あそこは人がとても住めるような世界ではないぞ?」
「そうかもしれません。ですが僕は人間の「知」の力を信じています。だから、別の世界に行っても僕がやれることは小さなことをコツコツと積み重ねるしかないと思っています。」
神は泳ぐような掴みどころのない微笑を見せ、いいだろう、と言うと、手をナオトに掲げ、ナオトをデリートした。

 

 

💻

 

ナオトは0と1が浮遊する世界に転送された。
「ここは・・・」
そうつぶやくと、突然0と1の数字の塊がナオトの前に集結し、木目調の椅子に座る神が現れた
「神様」
神は微笑し
「神と認識してくれるだけでも話が早いよ。」
ナオトが左右を見渡し、ここはどこですか?、と問うと
「君に話をしていたもう一つの世界だよ。」
神は深く椅子に座った。竜巻のように大きな渦を巻き、浮遊する0と1の記号。滝のように流れては消える0と1、この世界は0と1の黒い記号以外は果てなき白が全てを支配していた。唯一、神とナオトの肉体、衣服、椅子だけが色彩を保っていた。
「ここが・・・。」
自分が思っていた世界とは違っていたので少々驚いたが、自分の肉体と記憶が存在することのありがたさに比べれば、そんな物は些細な事象であった。
「あまり、驚きはない様だな、世界が変わったというのに本当に淡白な男だ。」
あきれる神
「自分でも正直意外ですよ。世界が変わっているのにあまり驚きがない自分に・・・。」
神が落胆していることがわかったので、ナオトの中では結論が出ている当然の問いをしてみることにした。
「私としては最終的にあなたとの約束を果たした時に、自分をデリートしてもらおうと考えていたので、約束を果たしていない自分がここにいるのが少し解せないのですが・・・。」
神の表情が少し変わり、座っていた木目調の椅子からゆっくりと立ち上がり、ナオトの頭を指さし
「約束の三年前の記憶を君の身体にインストールしたからな」
やはりな、と思った。
「なぜ、そんなことを・・・?」
話を進める上では仕方ない言葉ではあったが、あまりの陳腐な言葉に少し恥ずかしくなった。
「記憶まで連続性を保っていたら、君が同じ結論を出す可能性があるからな。それではダメなんだよ。」
連続性を保てないようするというところまでは想定内だったが、同じ結論・・・・という言葉にナオトは引っかかた。神はナオトの気持ち知ってか知らずか言葉を紡ぐ
「近代になり、空き容量が少なくなっていく社会で、最初は単純に人口を減らせばいいと思っていた。戦争や災害や飢饉を起こし、人口を減らせば、容量は減ると・・・だがそれは一時だけであった。有名人を殺しても、逆効果だった。有名人の死は伝説となり、多くの2次創作を生み出す源泉になってしまう。この容量の問題とは言わば、人間が生み出す、storyが多すぎるという話なんだ。だから、人を単純に殺しても意味がない。そこで私は「デリート」という過去、未来の情報を消す方法を作り出し、君が僕と出会った時からこの大きな人口の削除というプロジェクトは始まっていたんだ。そして、君たちがやってくれたデリートで容量は大きく減るものと思っていたが・・・。」
「あまり減らなかった?」
「いや、空き容量が10RBだったのが、80RBになったので大きく減ってはいるが・・・。まだ大きく容量を占めている存在がいるんだ。」
ナオトはデリートしていく中でその存在に気づいてはいたが、口にしたくなかった。
「私だよ。神という存在だ。」
ナオトが神を見ると、笑みとも嘲笑ともわからぬ表情を浮かべている。人知を超えたものの境地を理解することはできなかった。
「ナオト、私は君にデリートして欲しいんだよ。」
ナオトは拒否したかった。なぜなら、育ての親と言ってもいい神をデリートなんてしたくない。
「ナオト君の気持ちはわからないでもない。だが、デリートするのは誰でもいいというわけでない。私が育て、自らをデリートするという結論に至った君だからこそ、私のデリートを行って、私の力を君に渡して、この作りかけの世界を君に作ってほしいんだ。」
神は椅子に座り、少し猫背になり疲れたかのように呟いた。
「私は生きすぎた。」
ナオトも神も黙っていたが
「強制はできるんだが、できるならそんなことはしたくない。これが君の責任とりかたと考えて私をデリートしてもらえないか?それにアシスタントもつける。」
神が指を鳴らすと、ユサリがでてきた。
「ユサリさん!」
「ユサリ?それは私の以前の個体名ですね。私は今からあなたのアシスタントをさせていただくランです。」
「君の世界のユサリさんとは別物のロボットと考えてもらっていい。」
ナオトと神は見つめあった。
「お願いだよナオト。」
ナオトは苦笑いを浮かべる神に近づき手をかざした。
「さようなら」
「ああ、さようなら」
神は目をつぶり、ゆっくりと消えていった。ナオトはまだ何もない真っ白な天を見て
「今までありがとうお父さん」
ナオトは彼方へと消えゆく父を思い、一粒の涙を流した。

 

小さな男の子と口喧嘩するサトコ。泣いてしまう男の子。
サトコに手を引かれ、岩の上に上り大きな夕日を見ると、機嫌をよくする男の子。そんな男の子を見て、涙をながすサトコ。

0と1の記号となって消えるサトコ、男の子は消えてなくなるサトコを捕まえようとするも捕まえられず、サトコも手をだし男の触れようとするも記号になる速度が早すぎて、ついていけない。

シャンティー我が子・・・」
授業中に流れてきた走馬灯がサトコが神であったころを思い出させた。神の力も弱いが少し残っていた。サトコは立ち上がり、指を鳴らして、ナオトがいる空間に移動した。
「サトコさんでいいのかな?」
ナオトが問うと
「今は少し違うわね。彼の母ということでいいわ。」
「なぜ今現れた?」
「私は一万年生きて、彼という後継者を見つけて、今の人生を生きることを止めて、彼の死後、もしもの時の補助役として復活するようにプログラムを組んでいただけ、そして彼は私が考える何百倍・・・いえ何万倍生きて、私と同じようにあなたという後継者を見つけて死んでいったわ。」
「サトコというのは?」
「サトコはただの高校生、それ以外の何者でもないわ。彼の死が近まっていたから、たまたまサトコの中に入っていた。私の匂いをかぎつけて来たのかもしれないわね。」
「なるほどね。でも彼の母ならなんで彼を生き返らせるようとしないの?」
「100年生きて、100の質の人生を生きるのと、10000年生きて、1の質の人生を生きるのどちらがいい?」
「それは前者のほうがいいよ。」
「そう、これ以上、彼を生かしておくのは彼の人生にとっては辛いことなのよ。」
「そうか・・・。」
サトコは周囲を見渡し
「まだ未完成ながら世界が出来かけているみたいね。私はサトコとして今後生きていく、今の私の記憶は消して、そしてあなたは新しい世界を作って、多くの人がいて多くのことを理解する環境を作って他者を受け入れるそれが神の使命だから。」
「わかった。ただ・・・。」
「ただ何?」
「神様はわかっていたじゃないかな?サトコがお母さんだってこと、そう考える神様の発言の辻褄があうから・・・。」
サトコは神を残して自分が勝手に死んだ罪悪感から解き放たれたような気持ちになった。
「たしかにそうかもしれない。だから、私を実行犯に選んだのかもしれない。ただそれでも私はあの子にごめんなさいとしか言えないわ・・・。」
「それでもいいじゃないかな。最後、消えていくとき、安らかな顔していたよ。」
「やっぱり、彼が選んだだけの人ね。あなたはこれから辛いだろうけど頑張って」
「ああ」
サトコはその瞬間消えた。ナオトは一人となり、椅子に座るとまた天を見て、母さんありがとうと呟いた。

 

【参考文献】

ブリッカー・ダリル、イビットソン・ジョン、河合 雅司、倉田 幸信『2050年 世界人口大減少』文藝春秋,2020年.

中西 嘉宏『ロヒンギャ危機―「民族浄化」の真相』中央公論新社,2021年.

シェリー・ケーガン,『柴田 裕之「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義』文響社 ,2019年.

マルサス, 斉藤 悦則『人口論』 光文社古典新訳文庫,2011年

仲正 昌樹『悪と全体主義 ハンナ・アーレントから考える』NHK出版新書,2018年

中村 陽志『心の居場所が見つかれば人生はいつでもやり直せる 200人の受刑者が生まれ変わった教誨師の奇跡の言葉』マガジンハウス ,2015年

坂本 敏夫『元刑務官が明かす刑務所のすべて』‎ 文藝春秋 2009年

文字数:26670

内容に関するアピール

人口は常に増加すると考えると、人間はいずれ、人口を減らすか、現在の状態をキープするような政策を実行しなくてはいけません。しかし、現在の世界を見ると、先進国では人口が減っており、「途上国」と言わる国でも、同じような減少が起きているように思えます。ここでは1年で30億人を殺すという偏った行為を行っているわけですが、要は段階的に減るかすぐに減らすかの違いだと思います。例えば、50年というスパンで最終的に30億人に減りましたと結論に至ったら、感情的な怒りはないのかもしれません。実際、本編中でナオトはそのシナリオも用意しています。しかし、今我々はコロナ禍の時代を生きています。コロナ禍の時代に「当たり前」という言葉は通じません。次の年もしくは2、3年後になったら30億人死んでいてもおかしくない。少なくとも私はコロナ禍でなければ、50年後に30億人に減りましたというシナリオを選んでいました。

文字数:394

課題提出者一覧