梗 概
ヨモツヘグイ
Kは、従兄が大人に頼んで焼いてもらっていた、あの焼きおにぎりが食べたかった。
網の上で程よく焦げ目がつきパリパリになった表面、香ばしい醤油の匂い、それを頬張る従兄。
シャイだったKは自分も欲しいと言い出せず、あと一つあった焼きおにぎりも、他の子に取られてしまった。
20年後の今、Kは漁船に乗っていた。
といっても魚を取るわけではない。漁師になったのはあの従兄だ。
Kは20年前と同じく客人として船に乗っている。
地元では網を海底に仕込む定置網漁で魚を獲る。従兄の漁場は半島の先にあった。半島には漁師たちが寝泊まりする番屋があり、本格的な漁が始まる前の7月上旬頃には、当番の者がそこに知人を招く。
役者になる夢破れて出戻った30歳無職のKも、暇だべ、と従兄に誘われた。
港から番屋まで約2時間。Kは密かにあの焼きおにぎりのリベンジを誓っていた。
海の男たちは肉が好きだ。朝や昼には魚も出るが、夜は外にコンロを並べ、大量の肉を焼く。電波が届かず、電力は自家発電で賄う番屋の生活で、宴は唯一の楽しみだ。
到着後、船酔いのため横になっていたKが目を覚ますと、外では宴が始まっていた。Kも加わる。料理自慢の漁師がおにぎりを焼き始めた。ついに食べられる。焼きおにぎりに箸を伸ばす。と、物言いがつく。それはおにぎりを焼いた漁師からで、宴の準備を手伝わなかったKへの苦言だった。動揺するK。その漁師は泥酔しているようで、さらにKの出戻りを詰り出す。傷ついたKは食欲を失い箸を置く。
二日目、Kは従兄にボートを出してもらい、海釣りに行く。釣果は上々だったが、Kの頭は焼きおにぎりのことで一杯だった。
番屋に戻ると、違和感があった。見知らぬ子供がいるのだ。昨日の船にはいなかった。となるとどうやってここへ来たのか。従兄に聞くと、他の番屋の客人だという。一応納得するが、Kは胸騒ぎを覚える。
夜、二度目の宴が始まった。料理自慢の漁師と和解し、後顧の憂いはないと箸を伸ばすKだったが、例の見知らぬ子供とかち合ってしまう。金網の上で激しい攻防を繰り広げるが、焼きおにぎりを全て奪われる。一触即発となるが、周囲の冷たい目線に気がつき、泣く泣く箸を置く。
三日目、Kは例の子供を滝に落として殺そうと思い、山の探検に誘う。しかし繁みを掻き分けてたどり着いた滝は、20年前の記憶と違い、ちっぽけだった。がっかりすると同時にほっとしたKは、子供の方を振り向いて思い出した。
夜、最後の宴が始まった。Kは動かなかった。思い出したのだ。この子供は20年前、あと一つの焼きおにぎりを奪ったあの子だ。そうすると自分が焼きおにぎりを食べられないのは、資格がないから食べられないのか、それとも、あのとき食べなかったから資格がないのか。
紙皿が差し出された。焼きおにぎりが載っている。みんながKを見つめていた。
食べるべきか、食べざるべきか。
ゴクン、と喉が鳴った。
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内容に関するアピール
焼いた
米は
美味い。
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