梗 概
記憶の記憶
つぐみとツバメは双子の14才。つぐみが眠りに着く少し前にツバメは目覚める。目覚めと同時に、頭に取り付けていた機械からコロンと小さなキューブが生み出される。それは、昨日のツバメの記憶だ。
そのキューブを料理に溶かしてつぐみは食事を摂る。メニューはいつも、野菜たっぷりのコンソメスープ。キューブの中には味覚から脳が直接読み取ることができる「記憶」の情報が詰まっている。二人はお互いの記憶を交換しあって生きていた。人の二倍の速さで学び続けるために。それは、このキューブの技術を生み出した亡き母、ソラの研究を受け継ぐためだ。
明日からは、母の研究を引き継いだM教授のところで研究を始めることになっていた。研究室へはつぐみが訪問した。教授は母の教授室を手つかずのまま保存していた。部屋の中を探ってみると、棚の奥から古いキューブが見つかる。もしや母の記憶ではないかと思ったつぐみは教授に内緒でそれを持ち帰る。ツバメと相談して、それを摂取することにした。
最初に選んだキューブは、母が生まれたばかりの二人を抱いている記憶だった。しかし、その年にはキューブの技術はまだ確立していなかった。慎重に何度も記憶をたぐり寄せると、それは母が「昔のことを思い出した」記憶のようだった。それでも母の事を知りたい一心で二人は記憶として純度の低いキューブを毎日摂取する。やがて記憶に混乱が生じて「母の人格」と思えるものが二人の頭の中に生まれ始めた。二人のどちらかが人格を母のものに切り替えることで、母との対話が可能になった。
頭の中の母は思いがけないことを話し始める。「ママはM教授に殺されたと思うの」「教授が残りの記憶をもっているわ」「すべて取り戻して、ママと暮らしましょう」
双子はその言葉に従い、研究室に二人で乗り込んだ。教授に過去を問いただすが、話が通じず、業を煮やしたツバメが母の人格をその場で披露する。その様子にM教授は動揺し、泣きそうな顔でツバメの手を取った。
「違う、それは君たちのママの記憶じゃない。私が想像し、創造した君たちのママだ。彼女は心臓発作で亡くなったんだ」
それは、母と恋仲にあった教授が、研究の過程で母との悪ふざけで作り出した試作品だった。母はそれを時々舐めて、かつて劇作家志望だったM教授の想像力を楽しんでいたという。試作品の失敗から学び「想像」を抜いた純度の高い記憶の抽出技術を確立しようというのが、母が亡くなる前に取り組んでいた研究テーマだった。
M教授はふたりに「本物の」母が遺した記憶のキューブをひとつ渡した。教授が大切に取っておいた唯一のものだという。
二人はもらったキューブを溶かして、夏の野菜をたっぷり刻んで入れたコンソメスープを一緒に作った。トマトの酸味、ズッキーニの歯ごたえ、噛みしめると少し甘い風味のするパプリカ。その日、二人は母と手を繋いで夏の日の公園の木陰をどこまでも歩いて行く夢を見た。
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内容に関するアピール
食べること、口から何かを取り入れて自分のものにするという活動について、実は結構すごいことをしているのではないかとふと思うことがあります。カロリーや栄養だけではなくて、何か特別なものを取り込むことができるとしたら何がいいかな、と思って、誰かの記憶や人格を摂取できる技術があったらどうなるだろうと考えました。
実際、記憶とまではいかないにしても、料理には単に目の前の食べ物としてだけではなく、手間暇とか、作っている間に考えていたこととか、色々なものが付いた状態で食卓に並ぶものだなあと思います。
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