梗 概
月面の朝食
赤池と室谷がホテルのレストランで会話をしている。窓には宇宙空間にぽっかりと、曇ったグレーの地球が浮かんでいる。
赤池は30代と若手だが、名門一族に生まれた実業家。室谷とは実業家のパーティで知り合った。室谷は二十代前半の若いAppleコレクターで、赤池の持つiPhone7を欲しがっている。その取引のため、赤池がバカンスを過ごすこの月面ホテルまで追ってきたのだ。
二十年前、地球が核ミサイルで壊滅した。現在人間は主に火星と月にテラフォーミングして暮らしている。
地球とともに滅びたApple製品にはファンがいる。救い出されたわずかなiPhone等はコレクターズアイテムとして高値で取引されていた。
しかし、iPhone7は初期の機種でも当時の最新機種でもないため人気は低い。執着する室谷を訝しみ、赤池は思い出があるからと言って値段を吊り上げる。
テーブルには、月では貴重な牛肉やフォアグラが並ぶ。が、味はここ数年落ち気味だと赤池は感じる。ふたりとも皿にはほとんど手をつけず、交渉は決裂する。
翌日、プールサイドのバーで会っても言い値は変わらない。バーで出すカクテルは、月では貴重な天然の果実を使っているためか、渋すぎる。
話の流れで二人はiPhoneを賭けて泳ぎで勝負することになるが、僅差で赤池が勝つ。悔しがる室屋に、赤池は売らないが触らせてやろうと言い部屋に誘う。
部屋で室谷に見せたiPhoneは汚れており、コレクションには不向きだ。パスワードがかかっており、ロックも解除できない。10回以上間違えるとデータが消えるため試すこともできない。しかし室谷は一発でパスワードを解除する。それは室谷の母のものだった。
室谷は核攻撃で家族を全員失った。長じて探偵になり、当時教師だった母の最期について調査し、学校の生徒だった赤池にたどり着いた。赤池は室谷と全く違う人間だ。恵まれた環境で育ち、母の形見を欲しがる室谷を理解できないだろうと室谷は考えた。形見だと知られたらむしろ交渉に不利な可能性もある。そこで身分を偽りコレクターのふりをして、取引を持ちかけたのである。
赤池はこれを手に入れた経緯を説明する。ミサイルが落ちてきた日、赤池は学校の教室にいたが部屋は一瞬で弾け飛び、赤池と、室谷の母である教師以外は全て死んだ。教師も重傷で、赤池を学校の外に連れ出してすぐ亡くなったが死に際に「これで助けを呼んで」とスマホを託した。赤池はそれからずっとスマホを保存している。
室谷の家族は写真をiCloudに保存していたため、Apple亡き今は失われてしまった。iPhoneの本体に残るものが唯一の家族の写真だ。赤池はこれを無償で渡す代わりに、室谷が災害時何をしていたか知りたがる。二人は酒を飲みながら、地球の思い出話をする。
次の朝、二人一緒に朝食ビュッフェにゆき、黄色くとろとろのオムレツを食べる。鶏の卵は月でもよく見る食材だ。しかし一晩思い出を語り合ったあと室谷と摂る朝食は、昨日までに食べた高級な食事よりずっと美味く感じられる。
赤池は室谷に、食べ終わったらホテルの庭を散歩しようと誘う。
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内容に関するアピール
以前ゲンロンSFで世界を滅ぼす話を書いたとき、「主人公は本当にこれを望んでいたのだろうか」とコメントをいただきました。
ふだんから何もなくても「世界が滅べばいいのにな」と思っていた私は「世界の滅びを望むことに疑問をもつ人がいるとは……」と衝撃を受けたのですが、あれから考えてみるに、世界が滅んだら滅んだで、昔のことが懐かしく、滅びたものが惜しくなるんだろうなと思います。
何度か飲み食いする登場人物を書きながら、関係が変わっていくさまを書けたらと思います。親しい人と食べるものは美味しい、みたいな感じです。
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