梗 概
さいごの晩餐
騒がしい居酒屋の隅で、井元駿と早川航大が酒を飲んでいる。汚い小さな店だが、とびきり旨い串焼きを出す人気店だ。陽気そうな井元の向かいに、やけに暗い表情の早川が座っている。
分厚い牛タン串を食べながら、井元が「人生最後に飯を食うとしたら、なに食う?」と話し始めた。鶏ハムのポテサラ、揚げたての唐揚げ、ネギたっぷりのガツ刺し……次々候補を挙げる井元だが、早川がいちいちネガティブなことを言って台無しにしてしまう。初めはスルーしていた井元だが、どんな料理を挙げても早川が水を差すので、次第に腹が立ってきた。「やっぱお袋のカレーかなぁ」「おまえの母ちゃんもう死んだだろ」とうとう井元は怒った。「おまえさっきからなんなんだよ!」
29歳の二人は高校からの親友だ。二人とも結婚しているがまだ子供はおらず、よく一緒に飲みに行く。井元はグルメの酒好きで、安くて旨い居酒屋をよく知っていた。一方早川は食事全般に興味のない下戸だが、井元が語る飯の感想を聞くのが好きだった。
井元が「今日のおまえおかしいぞ」と言うと、早川が「おまえのせいだろ」と返す。実は井元は、自分の胃と腸を医療機関に売却していて、体内を機械化する摘出手術を数日後に控えていたのだ。何より生身の体にかかる健康保険料は高額で、機械化するだけで負担は半分以下になる。「それで呑気に『最後になに食う?』。ついてけねーよ」と早川が呟く。だが井元は、内臓を売ってでも多額の金が欲しかった。叶えたい夢があるのだという。低い給料と、高額な奨学金を返済しながらでは叶えられない、金のかかる夢が。
食べることが好きだった井元が、よりにもよって食べるための臓器を手放すことが、早川は悲しかった。どうしてそれが自分のような食に興味のない人間じゃなかったんだろう。「でも眼球売るのはリスク高いし、心臓は万一電池切れたら怖いじゃん?」落ち込む早川を、井元が陽気な声で励ます。「しょげるなよ。これからは居酒屋以外で会おうぜ。カラオケとかさ」「…おまえクソ音痴じゃん」
二人には貯金がない。ボーナスも出ず、大して高くない給料のほとんどは税金で消える。当然不動産も株もなく、親もまた自分たちと同じか、それ以下だ。それでも死ぬまで生きていく。前向きに、前向きに、様々なものを手放しながら。
手土産を持った早川が、井元のいる病院を訪れる。教えてもらった病室を訪れると、元気な赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。きらきらした顔の井元が、彼の妻が座るベッドの脇で生まれたばかりの赤ん坊を抱いている。臓器を摘出した一年後、売却して得た金を使って続けた不妊治療が成功して、待望の女の子が生まれたのだ。
「もう気軽に遊びに行けなくなるな」井元の冗談交じりの台詞に、早川が笑う。「そりゃ助かる。危うく俺の音感まで狂うとこだったからな」。早川が赤ん坊の手のひらに人差し指を乗せる。握り返してきた小さな手は力強かった。
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内容に関するアピール
居酒屋で旨い飯を食いながら酒を飲むのが死ぬほど好きなのに、コロナのせいで全然行けません。もう気が狂いそうです。宅飲みやオンラインじゃこの薄汚れた魂を浄化できない。旨い居酒屋で酒を飲みながら友達や仕事仲間と喋り倒したい。5期生の皆さん、コロナが収束したらみんなで打ち上げしましょう。
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