淫売ビッチ比薩ピッツァ

印刷

梗 概

淫売ビッチ比薩ピッツァ

遣手ババア「男を愛せば地獄に落ちる」

娼婦「とっくに地獄だよ」

 

 1656年、イタリア、ナポリ。高級娼婦ヴェロニカは、愛する男アントニオを探して、貧民窟へと足を踏み入れていた。傍らには、送迎からポン引きまで、なんでもする下僕のペペ。

 平民であるヴェロニカは、貴族(騎士)のアントニオに愛されるため、娼婦になった。一方、奴隷の子孫であるペペは、永久に乗り越えられない階級差をまえに鬱々としている。

 30年戦争は終結していたが、いぜんプロテスタントとの戦いの渦中にあるスペイン・ハプスブルク家。カトリック陣営、ローマ、ナポリ王国への収奪は強化され、民衆の不満はマザニエッロの乱などによって、都市に甚大な傷痕を残していた。

 一方で、間断ないスペイン王国によるポルトガル王政復古戦争に駆り出された騎士アントニオは、傷ついて帰還していた。

 

 もともと植物学が好きで、研究者肌だったアントニオ。戦争に駆り出されることは悲劇だが、それを利用して精力的に新世界の植物を収集してもいた。

 今回、深手を負って帰還したが、いくつかの重要な発見と着想を深めるべく、研究室にこもった。壊血病の予防や治療など、天才的な発想力を示す。ヴェロニカは彼のため、献身的にはたらいた。

 最初は毒だと思われていた新大陸原産のトマトが、貧民の食卓にはしばしば上がるようになっていた。かの有名な「マルガリータ」が生み出されたのも、この時期かもしれない。

 栄養が豊富で、抗菌作用もある植物を配合したピザ。アントニオの指示で焼かれる「魔法の赤ロッソ・マジコ」は、地域で有名な「宅配ピザ」になりつつあった。

 

 ナポリでは、いよいよペストが流行しはじめていたが、アントニオの住む一角だけは死人がほとんど出ていなかった。

 病魔から逃れるため彼らは悪魔に魂を売ったのだ、とささやかれはじめ、その声は教会にも届いた。最初は高級娼婦であるヴェロニカの活躍で迫害の動きを押さえるも、結局は動きだす異端審問官たち。

 魔女裁判。その告発者の重要な一員に、ペペがいた。一途なヴェロニカとアントニオへの嫉妬が、彼を裏切らせたのだった。

 魔女と告発され、死刑を宣告されようとしたとき、ペペの穴という穴から出血。裏切り者への天罰だと騒がれ、伝染病の恐怖が広がる。

 流れに乗って、ヴェロニカがどれだけ地域住民を救ったかがアントニオの口から語られる。多くの有力者(高級娼婦の顧客たち)が支持にまわる。司教さえ、彼女の客だった。

 結局、「この場に裁かれるべき者はいない」という逆転裁判。

 大団円を思わせるなか、ヴェロニカの鼻から滴る血。

 

 オチは「当時のナポリで流行していたのが、ペスト(だけ)ではなく(マールブルグ)出血熱であった可能性」に言及。

 どんな善人も悪人も、いかなる対策をほどこそうと、必ずそれを上回る災厄によって上書きされる、という不条理と無常を示唆してエンディング。

文字数:1199

内容に関するアピール

17世紀「サイエンス」の勃興期、多くの天才を輩出したイタリアで、目に見えない「菌」的なものを想定し、試行錯誤しながら初歩的な感染対策と抗菌薬、抗生物質をも見出した科学者がいたら、という「フィクション」です。

そこにピザを宅配する娼婦が絡むことで、さらにおもしろい作品になると思いました。モーパッサンの描く「やさしい娼婦」に世話になっておきながら、平気で裏切る行為は許されない、という展開も盛り込んでいます。

ヴェネツィアを舞台とする名作映画『娼婦ベロニカ』からも、主人公の名前を含め多くの着想を得ました。カミュなど『ペスト』系の小説は多く、デフォー『ペスト』では主人公のH.F.氏に親近感がわきます。

1656~57年のスペイン属領ナポリ・シチリア王国におけるペスト流行による死者は、全人口の5分の2に及んだとされます。歴史ものは調べることが多くて大変ですが、苦労しがいのある作品だと思います。

文字数:394

課題提出者一覧