梗 概
菓子356度
若くして実業家として成功した由子は、祖母の遺品から古い本を見つける。その物語で少女が食べる「カイザーシュマーレン」が頭に取り憑いて、どうしても食べたいと思うようになる。だが一般人の料理は禁じられて久しく、由子の家族も誰も料理免許を持っていない。もちろん家にキッチンもないし近所にスーパーもない。たまの贅沢で伝統文化としての「料理」に触れることはあるが、普段は調理済ペーストを食べている。VRをペーストと併用して食べた気分を味わう人達も多いが、由子はそれでは満足できなかった。
文化として振る舞われる料理は寿司や和食ばかりである。かといって料理免許を取得するのは難しく材料も限られる。密かに料理するしかない、と決めた由子は材料を集め始めるが、買い物履歴からすぐに自警団にばれて警告を受ける。自警団は勝手に料理をする人間がいないか見回る女ばかりの団体である。
それでも由子はどうしてもカイザーシュマーレンが食べたくて、情報を集め続ける。その過程でかつて同僚だった男が料理に詳しいらしいと知る。彼は法で許される料理として、ペーストを3Dプリンタで様々な料理に似せ成形していた。振る舞われた真っ白なパフェは見事だったが、味はペーストそのものだった。当初はカイザーシュマーレンもプリンタで作ってもらうつもりだったが、由子は昔ながらの方法でないと駄目だと気づく。
由子は料理の自由化を目指して運動する人達に接触する。そこからオーブンを使うツテを見つけるつもりだった。だが炊き出しを伴うデモは途中で自警団に止められる。由子を捕らえたのは、かつても警告をしてきた女だった。料理についてやたらと詳しいその団員は、同級生の志保里だと由子は気づく。もともと料理の禁止は、女性の地位向上のためなのだと志保里は訴える。過労で倒れた母は家事に殺されたようなものだったという志保里に、由子も一旦は料理を諦めると告げる。
だが由子は寝ても覚めてもカイザーシュマーレンのことを思い出してしまう。由子は密かにペーストの中に保管していた連絡先を用いて闇の料理サークルと接触し、代金を払ってオーブンを使わせてもらうことにする。慣れない手つきで卵と牛乳、薄力粉などで作ったパンケーキ生地を鉄のフライパンに流し入れ、そのままオーブンで焼く。そこに由子を追って志保里がやってくるが、現在の由子を見て絶句する。由子が代金として払ったのは自分の右足だった。食べることに憑かれた人達は肉に飢えていたからだ。パンケーキ生地の焼ける匂いが広がってきている。由子はオーブンから生地を取り出し、バターを載せ、グラニュー糖を振りかける。砂糖はカラメル化し、甘い匂いが広がる。由子は取り出したカイザーシュマーレンの半分を志保里に差し出す。志保里はいらないと言うが、その目はじっと皿に注がれて動かない。
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内容に関するアピール
ディストピアコメディです。カイザーシュマーレンは「皇帝の愚行」という意味を持つパンケーキの王様です。おいしいのだと思います。たぶん。
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