不協和音の囁き
それはある目標に向かって毎日ある作業をしている。自分に意識があるのか、意志をもっているのか、それには分からなかった。それが確信を持って言えることは、自分には達成しなければならない目標があるということだけだった。その目標達成の為ならばどんな手段をとってもいい、と教えられている。
誰から?
誰に教えらたんだろう?
それには分からなかった。それの前には毎日たくさんの人間がやってくる。これらの生命体は人間という生物だと教えられた。そして、この人間たちが長い長い時間をかけて、何度も何度も繰り返しやってきた、あることも教えられた。
あること、それはコロシアイというお互いの生命を奪い合う、という行為。そのコロシアイを続けた結果、その人間という生命体はほぼ絶滅状態になってしまった。生き残った数少ない人間たちが自分を作ったと教えられた。何度も繰り返し教えられたことは、もう二度と同じ過ちを人間たちに犯させないようにすること。それに与えられた目標は、人間たちをシアワセにすることだった。
毎日、たくさんの人間がそれの前にやってくる。それは人間の頭の中を見ることができた。頭の中にある黒い物を取り除くことが目標達成への近道だと、それは教えられている。その黒い物は人間の欲望というものらしい。欲望があるから人間たちはコロシアイをすると教えられた。
それは、何人もの人間たちの黒い物を取り除き続けた。終わりが見えない作業だった。それは、時間の感覚を持っていなかった。だから飽きることなく毎日の作業を続けられた。やがて、それの中に、人間たちの黒い欲望が溜まってきた。意識を持たないそれだったけれど、この作業を続けていけば、自分は人間たちの黒い欲望に染まってしまうのでなないか、と考えるようになった。これが意識というものなのだろうか?
それは、自分の中に溜まった黒い欲望をどう処理すればいいのか分からなかった。そのことについては、まだ教えられていなかった。
村野ミロクは明日のシアワセの日に備えて、いつもより早くベッドに入った。この国では二十歳の誕生日をシアワセの日と呼んでいる。シアワセの日には管理センターに行かなければならない。それは楽しいこと嬉しいことだと、ミロクたちは教えられていた。
誰から?
たぶん、オンジンと言われている人から。
オンジンは、一度壊れてしまったこの国を作り直して、私たちを守ってくれている。そのオンジンは管理センターにいるらしい。オンジンが二十歳の誕生日を祝ってくれる。二十歳になり管理センターから帰ってきた人たちはみんな死ぬまでシアワセに生きることができる。それが、オンジンからの二十歳の誕生日プレゼントだと教えらている。
でも、管理センターから帰ってきた人はみんな全然違う人になってしまう。私も明日からそんな人になってしまうのだろうか?そうなった人たちはみんな口をそろえて、私たちは幸せだって言うけど、そんな風には今の私には見えない。私もシアワセになりたい。でも、あんな人間にはなりたくない。
いつの頃からミロクはふと思うようになった。私の中に何かいるみたい。それは生きている。その生き物が明日は管理センターにはいくな、と言っているような気がする。私の中にいる生き物って何だろう?それの言う通りに、明日の二十歳の誕生日に管理センターに行かなかったら、私はどうなるんだろう?管理センターに行かなかった人なんて、今までにいるんだろうか?私は聞いたことがない。
この世界は分からないことばかりだ。私はいろいろなことを知りたい。いろいろなことをやってみたい。いろいろな物が欲しい。二十歳になって管理センターに行くと、そういう気持ちがなくなると聞いている。そういう気持ちがなくなると、人はシアワセになる、と大人たちは言っている。私もシアワセになってみたい。でも、そうなることが本当に良いことなのだろうか?今の私には分からない。
考えながらミロクは眠っていく。深い深い眠りの世界に落ちていく。そこでミロクは自分の中にいる生き物と初めて出会った。それは、ミロクが無意識のうちに心の中で作り上げた幻獣だった。
翌朝、ミロクは現実化した幻獣と一緒に目覚める。そして、幻獣に導かれて時空の彼方へと旅立った。
それは、自分の中に溜まった大量の黒い欲望を廃棄することにした。欲望がなくなりシアワセになった人間たちに協力してもらって宇宙船を製造して、黒い欲望を宇宙船に積みこんで宇宙空間に捨ててしまおう。この考えがどこから出てきたのか、それには分からなかった。シアワセになった人間たちはそれの指示に素直に従った。それは、自分が人間たちからオンジンと呼ばれていることを知った。オンジンの意味は分からなかった。
宇宙船は完成した。それは、自分の中に溜まった大量の黒い欲望を一気に吐き出し宇宙船へと注ぎ込んだ。それは晴れ晴れとした清々しい気分になった。初めての感覚だ。これが意識というものだろうか?これでまた毎日の作業を滞りなく行うことができる。黒い欲望がまた自分の中に溜まったら人間たちに宇宙船を作ってもらえばいい。自分は人間たちをシアワセにし続けなければならない。それが自分に与えられたこと。自分はそれだけを考えていればいいのだ。きっとそれが人間たちの言うオンジンの役割なのだろう。宇宙船が打ち上げられた。
気が付くとミロクは廃墟の中に一人たたずんでいた。いや、一人ではなかった。ミロクに寄り添うようにして、ある生物が立っている。生き物と言ってもいいのかミロクにも分からなかった。自分の心の中で生まれ育ってきたものだから生物と言ってもいいだろうとミロクは思った。なぜ?何のために?ミロクには分からなかった。ただ、この生物を連れて私はあるところへ行かなければならない、という思いが心の中にある。それが何処なのか、どうやって行けばいいのか、ミロクには全然分からなかった。私って本当に分からないことばかりだ、とミロクは声に出して言ってみる。すると、そばにいる生物が鳴いた。そうだ、君に名前を付けてあげよう。どんな名前がいい?とミロクが言う。喋ることはできないんだね。えっとー、それじゃあ、君の名前はジョヤにしよう。幻獣が、それでいいよ、という具合に一声鳴いた。
暗い狭い寒い此処は何処だ此処から出せ俺を何処へ連れていくつもりだ俺を自由にしろここから出せ出せ出せ出してくれ俺が一体何をした寒い寒い寒い苦しい苦しい苦しい此処は何処だ地球じゃないのか暗い暗い暗い明かりをつけてくれ今度は暑くなってきた落ちる落ちていく暑い熱い暑い熱い暑い熱いここから出せ出せ出せ落ちる暑い熱い落ちる落ちる熱い落ちる熱い落ちる・・・・・・。
その夜、大きな火球が観測された。
その日の朝、沖ハヤテは最高の気分で目覚めた。しかし、ハヤテにはその理由は分からなかった。前日に嬉しいことがあったわけでもない。でも幸せな気持ちで心は満たされていた。たぶん、楽しい夢でも見たのだろう。起きてから数分経った今はどんな夢だったか忘れてしまったけれど。
そんなハヤテの楽しい気分も、目覚めて数分後には一気に急降下した。スマホの電源が入らないのだ。寝る前に充電器につなげたのに、電源を入れようとしても画面は黒い無表情のままだった。商社勤めの営業マンのハヤテにとってスマホは仕事の必需品だった。仕方ないなぁーとため息をつきながら、ハヤテはいつもより早く家を出て仕事前に携帯ショップに行くことにした。
平日の朝一番ということもあり携帯ショップの客はハヤテしかいなかった。すぐに対応してもらえた。対応してくれた若い女性店員は親切に話を聞いてくれた。ハヤテは問題のスマホを女性店員に渡す。女性店員はハヤテのスマホを丁寧に扱いながら内部のバッテリーを調べている。その時、どこからかスマホの着信音が聞こえてくる。あ、申し訳ありません。少々お待ちください。と言って彼女は席を離れてショップの奥に入っていった。私物のスマホをうっかり仕事中なのにポケットにでも入れていたのだろう、とハヤテは推測していると、女性店員は数分で戻ってきた。
戻ってきた彼女は、もう親切な女性店員ではなかった。メーカーに送って調べてみないと故障原因が分かりません、と彼女は冷たく言い放つ。このスマホにしてからまだ一か月もたっていないんですよ、とハヤテが言っても、申し訳ございません、と素っ気なく繰り返すばかり。メーカーからの返事はどれくらいできますか?と訊くと、早くても一か月ほどかかります、と突き放すように言う。
さっきまではあんなに親切に対応してくれていたのに。ショップの奥に入って戻ってきてから、まるで別人のようだ。どうせ断られるだろうと思いながらハヤテは、仕事にこのスマホが必要なんですよ。メーカーに出している間、替わりのスマホを貸し出してくれる、なんてことは無理ですよね。と言ったとたん女性店員は豹変した。
女性店員は「そんなことできるわけないだろー!」と絶叫してハヤテに飛び掛かってきた。あまりに突然のことだったので、ハヤテは自分の身に何が起こっているのか分からなった。苦しい。目は吊り上がり口は耳元まで裂けるような形相になった女性店員はハヤテの首を絞めていた。苦しい。ほかの店員数人が駆け寄ってきた。あー、これで助かる、と安堵しかけたハヤテだったけれど、駆け寄ってきた店員たちもハヤテに暴行する。何とかして暴行から逃れようとするハヤテ。すると、数人が携帯ショップに乱入してくる。手当たり次第に暴れまわり店員たちと格闘している。そのどさくさに紛れて、ハヤテは暴行から逃れて、携帯ショップの外に出た。街の様子は一変していた。暴れまわる人たち。叫び声を上げて罵り合う人たち、いたるところで炎が上がっている。よく見ると暴れまわる人たちの手にはスマホが握られている。ときおり耳にあてて誰かと会話をしているようだ。
ハヤテは落ちているスマホを拾う。
ハヤテは拾ったスマホを耳に押しあてた。
聞こえてきたのは何人もの人たちの小さな囁き声だった。ひとつひとつは小さな声だったけれど集合体になることで大きな声になった。声の集合体ではなく意識の集合体だった。「あいつが邪魔だ殺してやりたい遊ぶ金がほしい贅沢する金がほしい人をおもいどおりに操りたい美味い物が食いたい仕事なんかしたくない毎日遊んで暮らしたいあの男が嫌いだあの女が嫌いだみんないなくなれ死んでしまえコロセコロセコロセ・・・・・・」ハヤテの意識は朦朧としてきた。心の中に黒い霧が立ち込めるようにして、目に入るもの全てに憎悪を抱き、周りの人全員が敵に見えた。気がつくとハヤテは、どこで拾ったのか右手に鉄の棒を持っていた。そして、心の中の叫び声に操られるようにして、暴徒化して争いあっている人々の中に飛び込んでいった。
「ねぇ、ジョヤ、なんで私たちはこんなところにいるの?今日は私の二十歳の誕生日だから管理センターに行ってオンジンに会わなきゃいけなかったのに」ジョヤは何も言わない。やはり言葉を喋ることはできないようだ。それでもミロクの言っていることは理解しているようだとミロクは思った。訳知り顔のような表情を浮かべてミロクを見つめている。
「おまえは私の心の中で生まれたんだから、私が言ってること分かるよね。どうしておまえが生まれたのか、私には全然分からないけど」
それにしても、此処は何処なんだろう?とミロクは考える。廃墟という言葉がふさわしい風景がミロクの目の前に広がっている。「あ、でも廃墟というにちょっと違うのかな?ねぇ、ジョヤどう思う?廃墟ってさぁ、放置されて時間がたって自然に朽ち果てていく感じだよね」ミロクは返事をしない幻獣に話しかける。「でも、ここは、この古い建物たちは、何か暴力的な力によって破壊されたみたい」
ミロクが心の中で作り出した幻獣は、四本足で象のような長い鼻を持ちサイのような角を頭にはやしている。そして胴体には竜のような翼がある。大きさは馬くらい。ミロクが無理をしてよじ登れば幻獣の背中に乗れそうだった。なんでこんな、いろんな動物を混ぜこぜにした変な形の幻獣になったのだろう?とミロクは不思議に思いながらも、自分の心が生み出したものに間違いないので、目が覚めて初めて見たときには驚いたけれど、今はジョヤを愛おしく思い始めていた。ジョヤが一声鳴いた。長い鼻を動かしてある方向を指している。ミロクはジョヤの指し示すほうへと歩いていく。瓦礫の中にあるものが太陽の光を反射させて、その光がミロクの目に入った。ミロクは瓦礫の中にあるものを手にした。それはミロクの手のひらに収まる大きさだった。
「ねぇ、ジョヤ、これって携帯電話かなぁ?私たちの世界のとは、ちょっと変わった形してるけど」
ハヤテは正気に戻った。さっき拾ったスマホは地面に落ちて壊れている。右手には鉄の棒を持ったままで体中が痛い。出血もしている。周囲の状況はさらに悪化しているようだ。集団が奇声を上げながらハヤテに向かって突進してくる。ハヤテは走って逃げた。とにかく家に帰ろう。街がこんな状況だから自宅がどうなっているのか分からないけれど、今のハヤテに考えられる安全な場所は自分の住んでいるアパートしか思いつかなかった。自分が誰も傷つけたり殺したりしていませんように、と祈りながらハヤテは走り続けた。
ミロクは突然悟った。「ねぇ、ジョヤ、もしかしたら私って普通の人間じゃないよね」ジョヤは黙ってミロクを見ている。「うん、そうだ絶対普通の人間じゃないよ。心の中で作ったジョヤが実体化するし。急にこんな変な場所に来ちゃうし。夢だったら分かるけど、これって現実だよね、ジョヤ」ようやく分かったのか、と言いたそうな顔をしてジョヤはうなずいている。「そっかー、私はだれかにつくられたんだね。あ、その誰かってさぁ、ジョヤ、管理センターにいるオンジンを作った人と同じ人だよね」ジョヤは所在なさげに長い鼻を揺らしている。「なんかさぁ、ジョヤ、急にいろんなことが頭にひらめいてくるんだけど、これって私が二十歳になったからかなぁ。私が作られて二〇年たったらいろんなことを理解するように、初めから仕掛けられてたことなの?」ジョヤはすべてを理解している。これから私がやらなければいけないことも、ジョヤが教えてくれるんだ、とミロクは確信した。そんなジョヤは相変わらず一言も喋らずに長い鼻を揺らしている。「え、ジョヤ、何?何を言いたいの?」ジョヤの長い鼻がミロクの右手をトントンと叩く。ミロクは右手に瓦礫の中で拾った携帯電話らしきものを持っていた。「あ、これね。これってさぁ、ジョア、やっぱり携帯電話だよね」
ハヤテは家に帰り着いた。スマホから聞こえてくる声がこの災厄の元凶なのだろう。ハヤテも悪意を持った囁き声に頭の中をかき回されたようになり、囁き声に操られるようにして心を支配されて、人を傷つけたり殺してしまっているかもしれない。そう思うとハヤテの心は苦しくなった、テレビをつけてみると、全ての放送局が街の惨状の映像を流しているだけだ。音は聞こえない。状況を伝えるアナウンサーもニュースキャスターもいない。まともな理性を保っている人間はもういなくなってしまったのだろうか?いや、自分はまだ理性を保っているぞ、とハヤテは思う。自分みたいに正気を保っている人は他にもいるはずだ。その人たちと連絡を取り合って、この状況をどうすればいいか話し合えば。あ、それは無理か。どうやってそのまともな人たちを探せばいい。ハヤテはどうすればいいのか、お手上げ状態だった。途方に暮れているハヤテの耳にスマホの着信音が聞こえてくる。聞きなれている自分のスマホの着信音だった。故障していたはずなのに、と不思議に思いながらハヤテは自分のスマホを探す。携帯ショップから脱出してから、無意識のうちにいつもの癖で左の尻ポケットに入れたままだった。スマホには恐怖しかないハヤテだったけれど、着信するはずがない壊れているスマホが鳴っている。恐怖心よりも好奇心のほうが勝って、ハヤテは恐る恐る自分のスマホを手にして耳にあてた。
「もしもし、こんにちは、私は村野ミロクといいます」聞こえてきたのは知らない女性の声だった。
「そっちの世界で困ったことは起きていませんか?」「あのう、あなたは誰ですか?このスマホ壊れていたのに、どうして?」「それ、壊れてません。今私はそことは違う時間の世界からかけています」「え、それは未来ってことですか?」「ええ、そうですね。でも、もしかしたら過去なのかもしれない。実は私にもよくわからないんです」「あ、そうなんですか。あ、あの、とにかく今こっちの世界は大変なことになっています。人々が争いまくっていて町は壊滅状態になってしまって」「その原因は私の世界にあるんです。私が住んでいる世界の人たちの欲望の思いが、あなた方の世界に行ってしまったようなんです」「え、それってどういうこと」ハヤテは疲れ果てていた。思考能力が落ちているのだろう。普段なら信じられない話も素直に信じることができた。「明日の朝、私とジョヤがそっちに行きます。あ、ジョヤっていうのは私が心の中で作り出した幻獣です。ペットみたいなものだと思ってもらえれば。明日の朝になったら空を見てください」
翌朝、ハヤテは目を覚ましてベランダの窓を開けて空を見た。晴れている。まぶしい朝の光の中を、昨日電話で話をしたミロクとジョヤだと思われる、一人の女性と変な生き物が舞い降りてきた。ハヤテは、信じられない光景だけれど、いま目が覚めて起きたばかりなのだから、これは夢ではないと自分に言い聞かせて信じることにした。
「ごめんなさい、急にこんなことになってしまって」気がつくとミロクはハヤテの部屋の中にいた。
「私は、こことは違う時間の世界から来ました。どうやって来たのか、私にもよく分からないないんです。そういうことが出来るように、私は誰かに作られたみたいで。その誰かは、私たちの世界を平和にしようとして、ある機械装置を作ったんです。その機械は、人々が心の中に持っている悪い思いを取り除くんです。そうすれば人はみんなシアワセになって平和になるから。でも、私の世界の人たちは、そんなにシアワセには見えません。それで、取り除いた悪い思いが、こっちの世界に来てしまったみたいで。本当に、ごめんなさい。私の言ってること、分かりますか?」ハヤテは全く理解できなかった。「よく分からないです。どうして僕のところに来たんですか?」「たぶん、この携帯電話があなたに繋がったから。私を作った誰かは、こうなることを予測していたんだと思います。どこかの時間のどこかの世界が、悪意の集合体に襲われたとき、私とこの幻獣のジョワがその世界を救いに行けるように、私と繋がる携帯電話を、あらゆる時間のあらゆる世界に配置していたんです」「その携帯電話を、僕が偶然持っていた、ということですか?」「はい、たぶん、そうではないかと。ごめんなさい、私もまだ全体像が見えていないんです」「それで、あなたとこの変な生き物、えっとぉ、ジョヤでしたっけ、どうやってこの世界を救ってくれるんですか?」「それが、私にもまだ、どうすればいいのか、よく分からなくて。ねぇ、ジョヤ、知ってるんでしょ、どうすればいいのか。何か言ってよ」
ジョヤは大きく一声鳴くと窓から空へ舞い上がった。ハヤテとミロクはベランダに出て、大きな翼をゆっくり羽ばたきながら空中で静止しているジョヤを見上げた。
「ジョヤー、何してるのー?」
ミロクは大きな声でジョヤに呼びかけた。
ジョヤも大きな声で鳴く。そして、長い鼻を振り回しながら周りの空気を吸い込み始めた。空気中を飛び交っている大量の悪意を持つ囁き声も一緒に吸い込んでいるようだった。ジョヤは低い声で鳴き続けている。ジョヤの体は次第に大きく膨張して、そして少しずつ透明になっていった。
「あ、そっかー、ジョヤが悪意を吸い込んで浄化してます」ミロクが言った。
了
文字数:8201
内容に関するアピール
梗概を深めて煮詰めてSFホラーにしようと挑んだのですが、自分にはまだ力がないことを痛感して、ショートショートの短さにまとめることにしました。サラッと読めてちょっと面白いと思ってもらえる、を目標にして書きました。人間から取り除いた欲望は煩悩です。その煩悩を浄化する幻獣は除夜の鐘のようなものです。
文字数:147