そう聞こえる

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梗 概

そう聞こえる

これから依頼人に、ロマンス詐欺を仕掛けたのは90の爺さんですよと告げる。
身元調査を依頼したのは川守都姫。42歳、女性、独身、仕事は都内で事務員。自分が性的な対象になるのを避けた結果と推測される、色気ゼロの外見で初対面の印象は小柄なおっさんだった。
川守は趣味の観劇で身元調査の対象であるユーザーネーム「エア」と出会った。正確に言えば、最近増えてきたVRでの観劇後、VR空間で感想を言い合う会でだ。アバター姿以外で会ったことはなく、年齢も性別もわからない。
川守曰く、エアは知識豊富で楽しく、アバターは常に美しい。スクショを見せてもらったが、多数の白が折り重なった長い髪がアーモンド形の目に影を落とすのは色気があり、爬虫類の鱗のような模様が浮かんだ白い肌も人間離れはしているが輝くようだ。背の高い男性型で、時折変更されるが常に魅力的だったそうだ。
毎日のように話をするようになり半年、エアがもっと親しくなりたいと言だしたが、川守は直接会う気はないと拒否する。
「大丈夫、直接会うことはできない。でも私の生を2000万円で買って欲しい。二人の時間を確保するために必要なことなんだ」
川守は怒り、エアから聞き出した銀行口座と名義からエアを探して欲しいと依頼してきた。聞き出す際、エアは今すぐお金が欲しいわけじゃないと渋ったが、お金が必要ないのかと問えば、いると言ったそうだ。妙な詰めの甘さを感じる話ではある。
長野県佐久市にある支店の普通預金口座の名義はタカツミヅホ。名前をネット上で検索してみると「高津瑞穂」の昔の論文が出てきた。優秀なエンジニアだったようだ。起業もしており、事業登録の住所も佐久市で、自宅でもあるようだ。口座のある銀行から徒歩圏内の一軒家に親の代から住んでいて現在90歳。一人暮らしで身寄りはないようだった。エアである証拠は無かったが俺はその事実を告げた。

数日後の週末、川守から電話がかかって来た。佐久市まで行ったところ高津が倒れるところに遭遇したらしい。現在病院で、命に別状はないが、すぐは帰れない。口座名を聞いて以来のエアとの約束があるので、川守のアカウントでVRのルームに入り会って欲しいと依頼される。現れれば高津はエアでない。
エアは現れた。スパンコールのように輝く十二単を羽織り、褐色の肌に彫りの深い端正な顔をして、馬の立て髪のようなボリュームの黒い髪は炎のようにゆらめいていた。
どん引きしてしまった。キラキラしすぎである。思わずうわと声がでた。するとエアはすぐに以前見た、爬虫類の肌のアバターに変更した。川守の好みの姿でいたいようだった。

最初の依頼時に、なぜ、本人を探そうと思うのかと川守に尋ねた。
「ちゃんと傷ついて終わりにしたいんです。
最近やっと気がついたことがあって。私、昔から、性的な視線が苦手で、避けていたら一人になってしまいました。若い頃は友達がいればいいと思っていたけど、恋人の代わりになる強固な友情も結べませんでした。どんな形であるにしろ、相手が優先であるという契約は生きるうえで必要なのだなと。結婚が絶対であるとか、尽くすべき場所が欲しいとも思いませんけど、それを全て放棄してしまっては一人になるしかないんだなって。いまさら。
エアは生臭さはなく、知的で、人懐っこくて、美しかった。会った当初は、女性型や無機物のアバターの時もあったのですが、次第に容姿の整った中性風だけど男性型のアバターばかりになりました。私の反応が良いものに変更した結果そうなったのではと気がついた時、愕然としました。
わかります? 自分の中にはないと思っていたものが掘り起こされてみたら、単純な、これまで馬鹿すらしていたものだった時の恐怖。
そんな時です、エアがもっと親しくなりたいと言ったのは。私は私の薄っぺらいプライドを守るために拒否しました。そうしたらお金のことを言い出した。ああ、そういうことかと腑に落ちました。
私はちゃんと自分に向かい合って人生を考える必要があります。きちんと自分に失望してケジメをつけないといけない」
言葉は本心と思えた。

アバターの中身が川守でないことはバレても構わないし、できれば高津が倒れたことを知っているか聞いて欲しいと言われていたので「高津瑞穂が倒れたのは知ってるか?」と直接聞いてみると、アバターの姿は何も変わらないのにエアが恐慌を起こしているのが伝わってくる。その時、VRのルームにデフォルトのアバターで川守が入室してきて、全部、高津さんから聞いたと叫ぶ。
エアは人間ではなかった。数年前に、高津が暇つぶしにチャットbotを改良して遊んでいたら発生した自我を持つAI。自身の死を悟った高津が、死後エアを管理してくれる人を探すため、エアを色々な場所に出没させ、出会った中で一番長続きしたのが川守だったのだ。高津はエアを譲ることにし、川守もそれを受けることを決めてきたのだった。
ただのおじゃま虫となりVRから退室した俺は、高津の話が本当か嘘か俺には分からないが、この結果が川守が気持ちの整理をつける機会を失ったのではないと良いと思う。お幸せには嫌味になりかねないので、悔いのないようになとだけ軽く祈ってはおいた。無神論者ではあるが。

文字数:2129

内容に関するアピール

エアの命名は高津。
エアはできたばかりなので性質としては単純でただ愛してほしいと思っている。孤独は嫌い。性別はない。
エアは、チャットbot機能の発展なので、基本的に自発的に発言はできず、話しかけらたことに対しての返答になる。返答の内容の選別はできる。
話題の主導権は常に相手で、エアはコントロールしているだけなので、話したいことがある相手には(お互いに)楽しく話せたと満足してもらいやすい状態。
高津は、エア発生の再現ができなかったので、どこにも発表していない。2000万はエアの管理費。月3万×約50年ぐらい?という雑で根拠のない計算のもと導き出されたとりあえずの金額を、人間嫌いの高津があまり何も考えず教えた。

エアは何一つ嘘をついてはいなので、課題からはずれてしまいました。
書くことがあれば、川守の自身についての語り部分は、語りではなくちゃんとエピソードにしたいです。

文字数:383

課題提出者一覧