目覚めた世界

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梗 概

目覚めた世界

1.

中学二年の柳川千春には、瀬野心美という嘘つきの幼馴染がいる。千春は嘘をつく心理がわからず心美を苦手に思っていたが、母から仲良くするように言われていたため一緒に登下校をしていた。

ある日、千春の父親が急死し、精神を病んだ母は新興宗教にのめり込む。傷心する千春に、心美は「自分のパパもさっき死んだ!」と言うが、家に行くと心美の父はピンピンしている。千春は心美と絶交する。

 

2.

千春は母から宗教の集会に行くよう強要される。集会の教え曰く、いま人々が生きている世界は修行を積むための踊り場に過ぎず、目覚めることで〈真世界〉に行けるとのことだった。ある日、千春は教祖が奇跡を披露する大集会に連れていかれる。現れた教祖は千春の母を含めた数人の教徒をステージに上げ、「目覚めの草」を強く嗅がせる。たちまちに教徒は意識を失うが、彼らは眠ったわけではなく、むしろ目覚めて〈真世界〉に到達したのだと教祖は語る。教祖は〈真世界〉にいる千春の母と交信する。母は夫が生きていて、千春の産まれていない世界で幸せに暮らしているらしい。千春はインチキだと怒り、母を起こすよう教祖に訴えるが、彼の口から語られた「私はいま幸せだから、絶対に起こさないで」という母の言葉を真に受けてしまう。

 

3.

千春は母の眠る病室に通いつつも、話しかけることを躊躇い、寝顔を見つめては帰ることを繰り返していた。ある日の放課後、千春が病室に行くと、心美が優しい顔で眠る母に何かを喋りかけている。陰で聞き耳を立てると、なんと心美は千春の母に、ありもしない千春の死亡エピソードを詳細に語っていた。慌てて心美を病室から引き摺り出して問い詰めると、心美は千春の母親だけが幸せな世界にいるのは許せないのだと憤る。

「嘘ってね、現実と夢を擦り合わせるためにあるんだよ。夢見る人を正気に戻して、正気の人に夢を見させる。それが嘘」

「だとしても頼んでないし、そもそもママを虐めるのはやめてほしいんだけど」

心美はそれには答えず、千春の手を取り病室を出る。千春は拒もうとするが、隠してきた母への怒りを代わりに吐き出してくれた心美のことが前より苦手ではなくなっている。

 

4.

病院から帰る途中、千春はこれまで誰にも話さなかった、これまでの経緯を心美に話す。話し終わったところで、心美が土手に生えている雑草をむしりとり、これは「目覚めの草」なのだとうそぶく。千春は話を合わせることにする。二人は土手に寝転がり、それぞれの〈真世界〉を吐露する。千春は父親が死ぬ前の世界を願い、心美は千春の隣にいられる世界を願う。二人は同時に「目覚めの草」の匂いを目一杯に嗅ぎ、瞬間、千春は階下で父が自分を呼んでいることに気付く。リビングに行くと、両親が笑顔で朝食の準備をしている。玄関のチャイムが鳴り、返事も待たずに入ってきた心美は、四人がけのテーブルの椅子にどっかりと座り、焼きたての食パンにかぶりつく。

文字数:1199

内容に関するアピール

嘘は現実を歪ませる行為ですが、嘘そのものの効果より、嘘をつく人の感情を大事にしたいと考えました。

文字数:48

課題提出者一覧