ニーバルの夢

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梗 概

ニーバルの夢

砲撃音や射撃音が断続的に響く中、逃げ回っていた少年は家族とはぐれてしまう。半分瓦礫と化した街中で力尽きて月を見上げていた少年の前に現れたのは、ニーバルと名乗る若い女だった。ニーバルに安全な地下道へ案内され、飲食の世話をされた少年は、名を訊かれてサラームと答える。「平和」という名にニーバルは目を細め、自分は平和を求めて闘い続けていると語った。ニーバルに連れられ、サラームは家族を探して大小の避難所を巡り始める。巧みに敵の攻撃を避けながらニーバルはサラームを連れ歩き、僅かだが食料も調達してくれた。二日目に辿り着いた大きな病院で、サラームは家族と再会を果たす。けれど、医薬品も燃料も尽きかけた病院は殆ど寝るだけの場所で、腹に傷を負っていた妹が動かなくなり、母の足の怪我も悪化していく。そこへ敵の攻撃が迫ってきた。この敵達が何を求めているのか、八歳のサラームには分からない。彼らはサラーム達の街が憎くて仕方ない様子で、建物を破壊したり橋を破壊したりする。人々がどれほど巻き添えになろうと構わず、抵抗する人々は情け容赦なく銃撃されて死んでいく。一部の大人達は敵と話そうと試みることがあるが、何故そんな無駄なことをしようとするのか、サラームには理解できない。敵は敵なのだ。母は最早立ち上がれず、一緒には逃げられない。離れ離れになるのは二度と御免だった。覚悟も決められないまま迫り来る敵を見たサラームの前で、ニーバルが動く。武器の一つも持たず、両手を上げ、瓦礫を越えて敵に向かっていくニーバル。しかし銃撃は続き、ニーバルの足元でも銃弾が跳ねる。ニーバルは髪を覆う白いヒジャブを外して振った。吹いてきた風に白いヒジャブがはためき、長い栗毛が広がる。攻撃は一瞬鎮まったが、また始まり、ニーバルの体は何発かの銃弾を受けて地面に倒れ、サラームはただただ叫んだ。
 気づけば、彼は寝台の上に横たわっていた。体は大人の大きさで、肌の色は薄くなっている。寝台脇には医師らしき男が立ち、「カズマさん」と呼びかけてきた。そこで、どっと記憶が戻ってくる。自分は国連職員に採用されたばかりの二十四歳で、「サラーム」としての自分は研修の一環の催眠VR体験だった。実際に限りなく近い形で戦争を体験することで、平和への意識を高めるというものだ。だから「敵」は何者とも特定できない姿で描かれていたのだ。けれど、ニーバルは本当に生き生きとした物言いだったので、単なるAIだとは思えず、カズマは、その催眠VR体験について資料を漁る。するとある日、ニーバルと名乗る九十歳の女性から連絡が来た。彼女は元国連職員で、その催眠VR体験を作り上げ、研修に取り入れるよう働きかけた張本人だった。カズマと対面したニーバルは、あれはかつて自分がパレスチナで体験した戦争そのもので、「ニーバル」はAIではなく彼女自身が動かしていたのだと明かして、微笑んだのだった。

文字数:1200

内容に関するアピール

現在のパレスチナの状況には本当に心が痛みます。けれど、あの状況を、どこかしら他人事としている自分もいて、そういう人々が多数派だからこそ、酷い状況が改善されないのだとも感じます。ウクライナの状況にしても、アフガニスタンや、その他の地域の状況にしても同じです。他人事にしないために、どういう手法があるか考えた時、思いついたことを物語に落とし込んでみました。つらい過去を背負い、長い人生を歩んできた生身の人間が演じる「ニーバル」を、情熱的な嘘つきとして、細かなエピソードを盛り込んで最大限魅力的に描きたいと思います。また、催眠VR体験が、PTSDを引き起こすことはないよう、ぎりぎりの体験に制限してあることなど、実際にあり得る形で書きたいと思います。因みに、ニーバルという名は、実在のパレスチナの女性の名であり、彼女を尊敬する親がそう名づけたという設定にしようと考えています。

文字数:385

課題提出者一覧