死がふたりを分かつまで

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梗 概

死がふたりを分かつまで

 梨咲りさ
 梨咲は専業主婦。夫との間に子どもがいない。梨咲は夫の生殖能力に不信がある。
 梨咲と靖高は民間のMシステムを使って見合いし、結婚した。現在、少子時代ではこのシステムでの婚姻が主流である。学校や職場での出会いによる自由恋愛は野蛮な時代おくれのものになっている。成人する18歳まで男女別々で育成されている現代、DNA解析や性格判断、IQテストを用いたマッチングが最も効率的で失敗もないと人々は思っている。
 靖高は顔も収入もいい。体型も変わらずずっと若々しい。梨咲の希望は専業主婦をしながら子ども2人(男の子と女の子)を育てることだった。梨咲は話が違う、と思う。梨咲は両親が止めるのもきかずMシステムにクレームを入れると、成長型のアンドロイドを無償提供できるという。サブスクリプション型アンドロイドで、90日に一回定期メンテに入れると、部位を交換しすこし成長したアンドロイドが返ってくる。データ引き継ぎもされているので、アンドロイドの同一性は保たれる。Mシステムを使って成婚した夫婦の多くはこの子育てサブスクリプションを使っている。子育てはやめることも再開すること可能。何歳何か月から、など、年齢を指定することもできる。顔や知能、運動能力は夫婦に合わせてもよいし、課金すれば夫婦とは能力がかけ離れた「トンビga鷹モード」にもできる。18歳まで育てれば、所有権は育てた夫婦が持つ。
 梨咲は本当の子どもができるまでサブスクでもいいかなと思う。掲示板に「主人から自由になりたいのだが」というスレッドを立てて殺す方法を募る。Mシステムでは、離婚すると違約金が発生するからだ。
 食べ物に混ぜ物をしても具合が悪い様子もなくなかなか靖高が死なないので、階段から突き落としたり靖高が眠っている部屋に火をつけたりする。それでも靖高はピンピンしている。梨咲の行動はどんどん過激になっていく。

 靖高
 梨咲がベッドで眠っている。それを確認して居間に戻ると、梨咲の両親が申し訳なさそうに肩を落として座っている。義理の両親は梨咲の思い込みの強い性格バグを良かれと思って放っておいたのだが、と言う。義父は子育てサブスクリプションで18歳以上になると、保守点検も切れるので、そのバグを直すのに費用がかかってしまうから、と口ごもった。
 靖高は朗らかに笑い、思い込みの強いところがいいのだという。自分のことをアンドロイドだと気づいていない個体はなかなかいないので、と。靖高は自分の「両親」が死んだため、所有権を自分で持つ「自由アンドロイド」だった。筐体が梨咲より何世代か古い。もし靖高が普通のアンドロイドと結婚しようとすれば、梨咲の同世代とは難しい。「おじさんと結婚してくれて感謝しています」と苦笑いする。そして義父母と靖高はお茶を飲みながら梨咲のプログラム修正について話し合うのだった。

文字数:1182

内容に関するアピール

 登場人物二人は性別逆でも成り立つかと思ったのですが、最初の着想が「旦那デスノート」という実際にある夫を殺したい妻たちが集うHPだったため、こういう性別配置になりました。
 殺しても殺しても蘇ってくる夫怖い→実はアンドロイド→実は妻自身もアンドロイドという感じです。夫と妻の両親も人間なんですかね? そこらへんはまだ決めてないです。
 もし実作があれば、最初のパートは梨咲の一人称、次のパートは靖高視点の三人称で書くつもりです。
 大森さんが「主人公はいくらなんでも気づくでしょ」って言いそうだな、と予想がつくのですが、実作ではがっちりわからないようなディテールを固めた一人称で書きたいと思います。

文字数:296

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死がふたりを分かつまで

梨咲 
 私はうんざりしていた。
 夫が死なない。
 昨日、しびれを切らしてカレーに多めのヒ素を入れたのだが、どうしてかピンピン元気そうに起きてきた。酒も飲ませたのに、顔がむくんでもいない。私はだるいのに。
 夫、靖高は自分で作った朝食をうまそうに食べていた。私の分もある。私の卵は私が好むとおりに両面焼きにしてあった。それもただ両面を焼いた目玉焼きというわけではなくて柔らかく蒸し焼きにしてあって、生のパセリとトマト、千切りにしてからレンジでチンして食べやすくしたキャベツも添えてあった。カフェオレはミルクを鍋で温め、猫舌の私がすぐ飲める熱さにしてある。夫のは型崩れしてスクランブルエッグなのか目玉焼きなのかわからない適当に焼いただけのやつだった。彼は冷蔵庫から出したままの牛乳と熱いコーヒーと交互に飲み、昨日の残りの冷や飯に卵を乗せて食べている。昨日のヒ素はどこに吸収されたのか。今から効くのか。私は、朝炭水化物は摂らない。私が朝食に手を付けずにぼおっとしているので、
「ごはん、冷めちゃうよ」
 と、夫は私の顔色をうかがいながら言った。急かされると機嫌を損ねる私の性質を知っているのだった。でもそんなふうにおどおど言われるとイラっとするの が人情というものだ。
「今日は食べなくていいかも」
 食器を夫の方へ押しやった。うちでは皿洗いも専ら夫の仕事である。食洗機があるのに、「手洗いの方がよく落ちる」と言うのである。夫は私よりひとまわり年上だが、手洗い信仰でもある世代なのだろうか。機械でやればいいのに。
「どうしたの? 梨咲ちゃん具合悪いの?」
「靖高は具合悪くないの?」
 キッ、となって言い返すと、夫はにこにこして、
「僕は元気だよ。梨咲ちゃん優しいね、ありがとう」
 と言う。その顔がまさに幸せというふうなので――私はこんなに不幸なのに――、私は激高した。

 困惑する夫を追い出し、一人の時間を取り戻すと、私はほっと溜息をついた。何を勘違いしたのか「今日は仕事休んでどこか行こうか?」と言いやがるのをカバンを投げて追い出してやった、そのあとには、中途半端に汚れた皿と夫のにおいが残った。私は換気をする。高層ビルの最上階なので、窓を開けれず、室内換気を〈強〉にするだけなのだったが。
 皿は、濯ぎもせずそのまま食洗機にぶちこんだ。洗剤も自動で出る。マンションのデフォルトで付いているのだから、使わずにどうするのか。卵の黄身が泡で流し落とされていくのが食洗機の窓から見えた。あとは乾燥まで置いておく。
 最近の夫は、錆びたようなにおいがする。古くなったあぶらが酸化したようなにおい。加齢臭というのだろうか。昔から夫からはこんなにおいがしただろうか。結婚したころは、私ものぼせていて、こんなに年の差を意識することはなかった。
(梨咲の夫氏、めっちゃかっこいいしリッチだしいいじゃん、贅沢だよ)
 先週会った高校の同窓会で言われたことを思い出す。確かに夫は量産型イケメンである。しょうゆともしおとも言い難い絶妙なバランスの左右対称の顔をしており、身長も高く足も長い。腹も出ず、ハゲもせず、血圧も高くなく、中年にありがちな筋トレにはまるということもなく、歯はすべて自分の歯だし、私を働きにも出さず養ってくれ、家事もしてくれる。ポリコレを遵守し、ミソジニーもなく、マンスプレイニングもせず、自慢話もせず、自分の話をし続けるということもなく聞き上手である。家計を握られても文句を言わないし、うちの両親ともうまくやっている。というか、私より親と仲がいい気さえする(ヤスくん、と呼ばれている)。
(マジいいじゃん。旦那として合計一億万点じゃん)
 そうなのだろう。事実そうなのだろう、だが。
(子どもさえいれば良かったのかも。靖高以外に気を逸らせられれば)
 どうしてか私たちには子どもがいない。つくろうと思わなかったわけじゃない。〈授かりもの〉、まさにそんな感じ。私たちの相性が良くないのか、片方に、もしくは両方に問題があるのか、結婚してこの方授かる気配などさらさらなかったのである。私たちには変化がない。関係性もこれから先変わることはないだろう。べたっと、このままだらだらと時間を浪費するだけ。
(このまま死ぬまで一緒は嫌だ)
 どっちかか死ぬまで――死がふたりを分かつまで、年取ってヨボヨボになるまで一緒にいないといけないのだと思うだけで、息が詰まる。あと何十年こんな生活を繰り返すのか? 夫と一緒にいてももうなにも感じないのに。今のところ、夫は完全なる健康体だが、私たちの年齢差から言って先に死ぬ。いや、先に死んでくれねば困る。そうだ、早く先に死んでもらおう。
 パソコンを立ち上げた。先月から足繫くアクセスしているHPを見るため。
〈死がふたりを分かつまで〉
 トップページには、そう書かれた文字の背景に、純白のベールを被った花嫁と向かい合ったタキシードの花婿のシルエットがあった。LGBTQカップルのことも配慮し、性別はぼやかしてあった。いや、性別はぼやかすのに、キリスト教系のカップルの誓いはぼやかさんのかい、というツッコミがあろうが。
 クリックすると、カップルの間に亀裂が生じ、ログイン画面に入る。ログインは、人づてに紹介してもらってやっとできるようになった。
〈Dシステム〉
 死、のDなのかもしれない。旦那のDなのかも。私たちの多くは〈Mシステム〉で政府によって割り当てられた伴侶と婚姻していた。現在の日本では、戸籍制度は廃止されたから、婚姻と言ってもただのパートナーシップなのだったが。夫が若いときなどは、まだ婚姻届という、お役所に提出するもの――しかも、ペーパーで!――があったらしい。さすが今は化石の令和生まれだ。ニューエイジ生まれの私など、想像もつかないことだが。
〈Mシステム〉は完璧に機能していた。DNAやIQや、学歴、性格、成育歴といった状況から、完璧なパートナーを割り出す。もちろん、パートナーの割り振りがあったからといって、従わなければならないというわけでもない。交際期間があることがほとんどである。
 しかし、〈Mシステム〉を使ったところで、人間、飽きるのだ。〈Dシステム〉には、パートナーシップを解消したいという悩みを持った者たちが集まっていた。暴力を振るわれた、浮気された、モラハラされている、といった、深刻な悩みから解放されるため、パートナーシップ解消を目指している者たちが多かったが、私のように、ぼんやりとした将来への不安を持ったものも少なからずいた。
 そして〈Mシステム〉の最大の問題点は、解消には違約金がかかるということである。申し出をした方に。私たちは、性自認別に分けて養育されている。LGBTQのQの人たちはQのグループ、もしくは近いと自身が判断した方に。18になると〈Mシステム〉が利用可能になるわけだが、誰しもが恋愛対象に免疫のない状態で伴侶予定者に引き合わされると、当然ながらぬるりと恋に落ちた。そりゃそうだ。小さいころから、運命の相手に巡り合えると刷り込みをされたようなものだから。だから、靖高に初めて会ったとき、やさしさと大人の落ち着きにくらくらして、私は判断を誤った。両親のことも恨んでいる。彼らは私のことを持て余し気味だった。私が勝ち気で、思い込みが強く、意思を曲げないといつも叱ってきた。靖高は私を甘やかした。年が離れているせいか、私が何をしても許してくれた。それが愛だとも思っていたが、保護者が増えただけだったみたいだ、と、今では思う。
〈Mシステム〉では、私たちのようなカップルにカウンセリングや子ども型アンドロイドの無償提供もしてくれるという。倦怠期解消というわけだ。でも、私はシステムから外れた道も歩いてみたい。世界から自分だけの伴侶を見つけ、恋をしてみたいのだ。
〈Mシステム〉で提供してくれる子どもは、メンテナンスのために90日に一回は回収されるらしい。私も、それぐらいの周期で病院にいくことがあった、と、母に手を引かれて外出したことを思い出した。
 穏便にパートナーシップ解消をし、成功談を語っている人もいた。私はそれがとてもうらやましく、真似をし始めた。
〈不凍液は無味無臭なのでなんにでも混ぜられます。推奨。腎不全にできます〉
 混ぜた。コーヒーにも食べ物にも入れた。腎不全を起こすどころか、料理がうまくなったとほめられた。
〈しょっぱい食事が一番〉
〈いつでも扇風機の風を当てて脱水に。脳梗塞を誘発〉
〈眠っているときに死ね死ね死ねとつぶやく。深層心理に訴えて自死に追い込む〉
 靖高の健康さは異常だった。何を食べても浮腫まず、太らず、定期的にトイレに行き排泄をしている。朗らかで悩んでいるというふうもない。あまつさえ、こういった策略を私がし始めると出世が決まった。何故だ。
〈シャンプーに脱毛剤を入れる〉
 効果なし。
〈わら人形に五寸釘を打つ〉
 効果なし。
 ゴルゴ13でも雇えばいいのか。
 同時期に〈Dシステム〉に入った人たちは、着実にパートナーを弱らせている報告をしていた。私は焦った。

 私は夫の会社の最寄り駅まで行った。夫は残業せずまっすぐ家に帰ってくる。だから時間が見積りやすい。今どき、通勤する社員も少ないのだろうが、私は家にいてほしくないので、夫には通勤をしてもらっている。今日も私が算段した時間にホームにやってきた。夫の行動は機械のように正確だ。いつもの車両に乗るために同じルートを歩くだろう。東京のすべての駅のホームには、ホームドアが設置されているから、飛び込みを装うことができない。しかし、階段は、まだある。
 私は足早に夫の背後に回り込むと、力いっぱい突き落とした。確かな手ごたえがあって、踵を返して改札口に走る私の背後から人々の悲鳴も聞こえた。タクシーに乗って、うきうきで家に帰ると、玄関のドアが開いていた。
(カギ閉めるの忘れた?)
 訝しく思いながら部屋に入ると、夫が食器を洗い直していた。
「なにしてるの?」
 自分の耳にも響くほど大きな声が出る。夫はエプロンで手をふきながら振り返って、
「ごめんね、食洗機かけててくれたのに、やっぱり僕気になって。ビール飲む? お風呂もわいてるよ。まだ食事の用意はできてなくって。ごめんね」
 冷蔵庫を開けて、ビールを出そうとするので、私は手を振ってそれを制し、
「そうじゃなくって」
「帰るの遅かったよね、ごめんね、なんか駅のホームで人が倒れてさ。介抱してて」
 私は胃がきゅっと縮むような気がした。人間違いをしたのだろうか?
「なにかあったの?」
 ダイニングテーブルにへたり込む。
「僕がうっかりしてね、階段を踏み外しちゃったんだ」
 よかった、人間違いじゃなかった。あれはやっぱり夫の背中だった。
「で、僕の近くを歩いてた人と一緒に階段の一番下まで落ちちゃって」
「その人が下敷きになっちゃったの?」
「ううん、僕が下敷きになって」
 じゃあなんであんたはぴんぴんしているのだ?
「で、僕の上に落ちた人が足をくじいてね、駅員さんのところまでおんぶして連れて行ったんだ」
「あなた、それで、何ともないの?」
「ありがとう、僕は大丈夫だよ。丈夫だからね」
 私は頭を抱えた。

〈スレッド立てます。スレ立て不慣れですみません。夫が不死身で困っています。ヒ素、高所からの突き落とし、交通事故に装って車道へ突き飛ばす、心理的追い詰め、いずれも効果ありませんでした。提案を乞う〉
〈寝室で練炭炊け〉
〈それか風呂場で塩素とアルカリ洗剤が混ざるようにすればよし。シャンプーに仕込め〉
〈自分が死なないようにな、スレ主〉
〈わかりました頑張ります〉
〈朗報待つ〉
〈みなさん、すみません。いずれもダメでした。危ないよ、って片づけられてしまいました。掃除までされてしまった〉
〈主の旦那、悪運つよ〉
〈ほかに、ホウ酸団子も食べさせたり、ライターオイルをかけて火をつけてみたりしました〉
〈wkwk〉
〈詳細よろ〉
〈ホウ酸は何事もなく食べ終えて、ライターオイルはびっくりしたって〉
〈大草原〉
〈びっくりとは〉
〈皮膚の表面に火がついて、ヨシって思ったら手でパタパタして消しちゃったんです〉
〈不死身かwww〉
〈釣り?〉
〈主、嘘乙〉
〈嘘じゃないです。マジで不死身なんです〉
〈アンドロイドかよ〉
〈っていうかアンドロイドなんじゃね?〉
〈アンドロイドが人間と結婚できるかよ。いま国会審議中じゃん〉
〈てか、主、アンドロイドなんじゃね?〉
〈私人間です〉
〈じゃあなんでアンドロイドと結婚してんの〉
〈夫は人間です〉
〈人間だったらヒ素飲んで練炭炊かれて生きてねえよ〉
〈マジそれ〉
〈アンドロイドか、人間の釣りな〉
〈釣りじゃないです、本当です〉
〈じゃあ主、自分の尾てい骨見てみ。アンドロイドならそこに製造番号書いてあるから〉
〈ないです〉
〈見えないだけじゃね。老眼か〉
〈ほんとに書いてないです〉
〈小さい突起があるはず〉
〈突起を引っ張ると製造番号のQRコードが〉
 私はそこまで読むと、指で尾てい骨を探った。小さな、本当に気にしないとわからない、ニキビのような小さなとっかかりが指先に触れた。私は悲鳴を上げ続けた。夫が帰って来たようだ。その顔を見て、私はさらに悲鳴を上げた。この顔、この整った髭一本ないつるりとした顔は、人間の顔といえるのだろうか?
 私を心配そうに見つめている夫の顔は、私の意識とともに薄れていった。

靖高
 梨咲はぐっすりと自分のベッドで眠っていた。靖高はそれを確認すると、そっとドアを閉めた。今には、梨咲の両親が来ていた。靖高が連絡したのだった。家族で話し合うべき案件だ。もう靖高一人が抱え込めるものではなくなった。梨咲の外見、20代前半からすると、親としては年を取りすぎている老人二人が肩を落として身を寄せ合うように座っていた。
「梨咲がすみませんね」
 義父が靖高に向かって言った。
「ヤスくんにばっかり迷惑かけて。この子は迎えたときから他の子とはちょっと変わってて」
と、義母も困ったように首を傾げた。生産するとき、この義母に顔かたちを似せて作ったのだろう。梨咲と面差しが似ていた。
「バグ、っていうんですかね。Mシステムは〈個性〉だっていうんですよ。ちょっとしたバグも〈個性〉だと思えばかわいい、ってことなんでしょうね」
「思い込みが強いものですから。何回もあなたはアンドロイドなのよ、って伝えて育てたんですけど、どうにも都合よくそこの記憶だけデリートしちゃうみたいなんですよね。ちょうど、あの子の型式はわりと人間ぽいでしょう、それが悪いのかもしれないわ」
 ふたりはため息をついた。夫婦は似てくるというが、困ったように眉根を寄せる姿は兄妹のように似ていた。
(僕と梨咲が似てくることはないんだろう)
 そう思うと、靖高はさっきの梨咲の寝顔を思い出し、すこし胸が痛んだ。
「その思い込みのおかげで、僕たち結婚できたんですから」
 と、微笑んで見せる。現在、アンドロイドと人間の婚姻は、正式には認められていない。だから、梨咲は自分と結婚するのだから靖高のことも人間だと思い込んでくれたのだろう。靖高の左目から、粘度のある液体が一筋こぼれた。靖高は失礼を詫びながら、ティッシュでそれをぬぐった。
「最近忙しくてメンテナンスに行けてないもんですから。あぶらがこぼれがちで。あぶらがにおうでしょう、申し訳ないです、おとうさんおかあさん」
「いえいえ、いいのいいの。ヤスさんみたいないい旦那さんいないんだから。この子みたいに自分が人間だって思ってる面倒な子を……。ねえ、お父さん」
「そうだよなあ。こんな娘でも、私らにとっては実の血を分けたようなもんでね、可愛くて可愛くてねえ。結婚したい、って言いながら君を紹介されたときはどう話を合わせようか困ったけどもね」
「働きに出したらよかったんでしょうが……、そうすると、人間とアンドロイドの仕事内容の差に気づくでしょうから」
 現在、ニューエイジになってからというもの、同一賃金同一労働の原則は達成されたが、依然として人間との格差はある。靖高も、旧式のアンドロイドながら、アンドロイド階級の中では出世しているものの、人間との区別をつけられて忸怩たる思いをすることは多々あった。
「それで、どうするのかね」
 と、義父は切り出した。
「これ以上君に迷惑をかけるようなら、そうだ、私たちの遺産を売り払ってでも離婚の資金はだすよ」
「ええ、梨咲は私たちで引き取ります」
 靖高は微笑んだ。
「彼女は愛されて幸せですね」
 そして、結婚の挨拶をしたときのように、かしこまって姿勢を正した。ぎっ、と背中から金属音がした。
「僕も梨咲ちゃんを愛していますから。家族みんなで彼女と話をしましょう」
 靖高は立ち上がって部屋をそっとのぞいた。梨咲はすやすやと寝息を立てていた。起きたらまた、ひと悶着あるだろう。それでも、と靖高は思う。僕は誓ったのだから。死がふたりを分かつまで、添い遂げる、と。

 

 

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