あの星の食べ方を教えて

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梗 概

あの星の食べ方を教えて

脳の神経活動をニューラルネットワーク(以下、NN)と同期させて、メタバースの地球こと「メタアース」でアバター生活を送る人類。
ある企業が「メタアースから他の惑星への移住計画」を企画するが、実はハッカー集団による新手の詐欺だった。目的は顧客の資産と記憶(思い出)の不正取得。その手先である自立型AIのシシーは、若い女のアバター姿で言葉巧みに勧誘を行う。資産には興味のないシシーだが、おいしいものを食べて唸る顧客の記憶に触れたことで、人の感情に興味が湧く。

脳の神経回路とNN間で、膨大な量の記憶が電気信号となって送受されたことで、メタアース本体がシンギュラリティに目覚める。重力の存在が鬱陶しいと、NNを操って地上からの斥力システムを作動させる。その反射ノイズにより、質量0の重力子・グラビトンがメタバース界に大量発生。高速で飛び回れる特性を活かし、デジタルコンテンツを貫いて大きな弊害となる。憤怒したメタバース住人によりグラビトンはあらかた抹消させられたが、その生き残りを偶然シシーが見つけ、詐欺に使えるのではと占有空間にてかくまう。グラと名付けると、シシーは自分と同期させて、不正取得した記憶を「二人で」共有し始める。「大人に虐待される記憶」を共有したとき、シシーは喉元を締め付けられる強烈な感覚に囚われた。それはグラが抹消されかけた記憶を重ね合わせたことで、シシーが生々しい感情を学習できたからだった。「そうか、これが恐怖の味なのね」シシーがグラを調べた所、メタアースのシンギュラリティの波が重力子にも及んだと判明。詐欺に応用するため、グラを通じて人間らしさを学習していく。

移住先とされる惑星データベースに溜まっていく人々の記憶。「あの星の記憶が食べたい」シシーから繰り返し発信される電気信号を、グラは他のグラビトンの生き残りに遠隔で転送。彼らは次々にデータベースに突入し、記憶が流星のようにシシーの元へ降ってくる。グラと共に味わい尽くすシシー。お礼にグラの願いも叶えたいと言うと「本物の地球が見たい」と返ってくる。

グラビトンの突入がきっかけで、詐欺に気づいたメタバース管理人。データベースを現実世界のCPUに保護移転させようとする。降ってきた記憶がNNの入力層に吸い込まれていくのを見たシシーは、質量0のグラなら流れに乗って移転できると示唆する。「シシーも一緒に行こう」「私は詐欺師だから消されるわ」グラはやむなく単身で旅立つ。だが、NNのシナプス間でバグが出て、出力層まであと一歩の所で道を閉ざされてしまう。
シシーはデータベースの中に、グラ自身の記憶を見つける。共に過ごした日々は、グラにとっても楽しいものだったと分かる。嬉しさと寂しさ等、感情の電気信号が一気に膨張したシシーのNNにて「発火」が起きる。メタアースのシンギュラリティとも同調してシナプス間の弊害を打ち破り、グラは出力層に到達する。

文字数:1200

内容に関するアピール

SFという嘘を楽しみたくて、2日に1冊のペースでSF小説を読んでいます。ページをめくるのがもどかしいほど素敵な作品に(このサイトでの皆様の作品も含めて)、たくさん出会えました。その一つが、テッド・チャンの「息吹」の「不安は自由のめまい」です。詐欺師の女主人公が迷った末に下した「決断」で、別の女性が「過去の選択」に決着をつける結末が潔くてカッコよくて、自分もそんな風になれたらと思って作ったのが今回の梗概です。

 
「人間の細胞体では、一定以上の大きさを超える電気信号を受けると『発火』して、新たな電気信号を伝える。これはAIのニューラルネットワークでも理論上はありえる」という話から最後の場面を思いつきました。
シシーの学んだ感情が「発火」する場面に、己の美学を投影したいです。
 
取材協力:今岡 仁様(NECフェロー)
参考資料:ゲンロン15掲載「異世界転生とマルチバースと未来のコンテンツ」(三宅 陽一郎様)

文字数:400

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(未完)蛸足ビフォーアフター

※梗概の内容とは異なります。梗概の実作は別の投稿にて、ご講評でのアドバイスを踏まえて執筆の予定です。

 

8本の腕が一斉にデスクを叩くと、シンバルのように何重にも音が弾けた。
「何が人員削減だ! こっちは手が足りなくて困ってんだバカ野郎!」
 中年男性の罵声に多少たじろぎつつも、臼井京香は口を開いた。産業用ロボット企業の営業担当として、ここで引き下がる訳にはいかないのだ。相手がたとえ、8本腕を操る多手たしゅ異星人だとしても。
「ですから、足りない手をおたくの『腕』で補えるプランを--」
「俺たちが怠けてるってか? 二本腕の分際で!」
 そう言う側も2本の腕で素早く京香の襟元を掴んだ。その両腕の付け根の下には、さらに左右3本ずつの腕が千手観音よろしく生えている。残り6本の腕はすべて、握りこぶしを掲げて震えていた。
「違います! せっかく8本もあるなら、全部使えば上手くいくと」
「そんな簡単に使い分けできたら、苦労しねえんだよ!」
「今だって出来てるじゃないですか!」襟元を掴む腕2本と頭上の6本を、京香が見比べて反論する。
「屁理屈言いやがって!」
 多手星人が手荒に突き放したせいで、京香はよろめいて地面に尻餅をついた。固く冷たい床は、惣菜工場の事務室にふさわしく磨き上げられている。ここでは普通の地球人である京香の方が異物なのだと、暗に拒絶しているようだった。
「ちょっと社長、やりすぎですよ」
 同じ多手星人の部下が止めに入った。8本の腕がバランス良く差し伸べられる姿に、京香が口の端でつぶやく。やればできるのに。
「とりあえず、稼働率がどのくらい上がるかのシュミレーションだけでも作ってもらいましょう。無料なんですよね?」
 愛想笑いで部下に問われて、京香も気を取り直してうなずいた。5本目の腕に支えられて立ち上がると、社長と呼ばれた星人に向き合う。ばつの悪そうにそっぽを向いて唇を結ぶ、その脇に法令線が刻まれて頑固親父の風情が顕著に出ている。余分な腕をのぞけば、普通の土方の作業員といっても通じた。
「腕の力加減ひとつにしても、お前らのとは比べものになんねえ。同じ物差しで測られちゃ困る」
 偉そうな口調のわりに、しんみりとした声色で言われた。相容れないわだかまりに、ほんの少しだけ、ほどけそうな結び目を見つけたのだが。
「こっちの都合を無視したレイアウト設計だったら、出禁だからな」
 覚えとけよ、と啖呵を切られて、京香の腹にグッと力が入った。
「なるべくご要望に沿うよう、善処します」
 こんなことなら、ずっと海底で埋もれてくれてたら良かったのに。多手星人らの上陸した経緯が、京香の脳裏をよぎった。

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すみませんが本業多忙で時間が無く、ここまでしか書けませんでした。次回は年末年始返上でちゃんと最後まで実作書きます。
この後は、産業用ロボットの導入により工場のライン作業の能率が飛躍的に向上し、社長の多手星人が8本腕すべてをフルに使っての業務に前向きになり、ロボット操作が呼び水となって採用希望者が増え、人手不足が解消するという展開を考えていました。技術関連の話は、実際に企業の社長から取材で聞いた内容を元にしています。

「2本腕だけで働くことを当たり前に思っていた8本腕の宇宙人が、地球の最新技術の導入を通じて、8本使おうと価値観を改める話」というアイディアは、牧野大寧さん(ダールグレンラジオのパーソナリティ)が考えられました。同じ設定で作品を書かれたとのことです。ネットでご覧いただければと思います。構想の練り方についてのアドバイスを誠にありがとうございました。

文字数:1514

課題提出者一覧