梗 概
寄生する人
高校から帰ると、マミちゃんと名乗る人がおかえりと出迎えてくれた。知らない人が家にいるのでびっくりしていると母がやってきて、早く中に入りなさいと言う。この人誰?と尋ねると、母はマミちゃんが『寄生する人』なのだと教えてくれた。
「うちにしばらくいるって。仲良くしてね」
寄生する人は、ヒトモドキという名前の人工生物で、掌には生体番号が入っている。元々労働者不足を解消するために開発された生物で、家族の一員として寄生することで、人と共に生活をしていた。
寄生する人には家族に馴染む能力があるので、マミちゃんは私たちにとってすぐに家族同然の存在になった。マミちゃんは母と特に馬が合うらしく、友だちのような親子のような不思議な関係になっていた。どちらかというと内気な母は、だんだん明るくなってよく笑うようになった。
マミちゃんが寄生して数ヶ月経ったある日、寄生する人が寄生先の家族を殺害したというニュースが流れてきた。犯人は殺害現場をSNSにあげ『これから人類は破滅する』とポストした。これを機に、SNSなどで寄生する人に対するヘイトスピーチが広がる。今まで家族内のことだからと黙っていた人たちが声をあげ始めた。人々は寄生する人が起こしてきた犯罪について話すようになった。ヒトモドキがいることで、自分の仕事を失ったとか、人間は搾取されている主張する人もいる。手に生体番号が書いてあるかどうかを確認して、暴力を振るうような私警察まで出てきた。識別するのが掌の番号の有無なので、手を見れば簡単に判別がつくというのも、動きを加速させた。ヒトモドキと人の関係がどんどん悪化していき、私警察によってトラックで運ばれるヒトモドキの姿を見かけるようにもなった。
最初は家族でそういう話を一蹴していた。マミちゃんに外に出る時は手袋をするようにと、私は自分のお下がりをあげた。不安そうなマミちゃんを励ますため、私は外に出る時はいつも一緒について行った。マミちゃんはだんだん元気がなくなって、家に籠もりがちになった。
マミちゃんが一人で留守番をした後、母が大事にしているネックレスがなくなっていることに気が付く。やっていないと分かっているのに、私たち家族は真っ先にマミちゃんのことを疑ってしまった。
盗まれたネックレスはマミちゃんの部屋からは出てこなかったけれど、行方知れずのままなっている。家の中はギスギスした空気に包まれた。それから数日後、マミちゃんはいつの間にか家から出ていってしまった。唐突にやってきて寄生するヒトモドキは、お別れをするという概念がない。私たちは何事もなかったかのように振る舞って日々を過ごした。それでも家の中はどこか寒々としていて、私は大事な家族を失ったような気分になってひどく寂しくなった。
文字数:1148
内容に関するアピール
今まで良い関係を築いてきたのにデマによってヘイトが噴出して、互いを敵対視してしまうということは、現実世界の様々なところであまりにも沢山起こっていると思います。そういう時に、自分の経験よりもニュースや時流に乗ってしまうのは一体どういうことなんだろうということを深く考えながら、実作を書かなければと肝に銘じています。
また実作を書く際にヒトモドキの設定をもう少し掘り下げて考えて、SFとしての違和感に引っかかることなく、話のドラマに目がいくように書いていければと思います。
文字数:235
寄生する人
ただ、学校から帰っているだけ。バス通りの十字路のところで、黒いトラックが止まっているのを、ほんの少し横目で見ただけだった。トラックは街角でよく見かけるようになった。今までいろんな家族を転々として生活していた寄生する人を回収するために走り回っている。寄生する人は元々労働者不足を解消するために開発された人口生物で、家族の一員として寄生することで、人と共に生活をしていた。自然と早足になる。このままいけば、信号に引っかからずに帰れるかもしれない。私は緩んでいたマフラーを巻き直した。トラックに寄りかかって話し込んでいる人たちは銃を持っている。
持っているだけで突然撃ってきたりしない。そうであって欲しい。ほんの数ヶ月前までは、誰も銃なんて持っていなかったし、寄生する人を家族として迎え入れている人はたくさんいた。だから私は、いまだに銃を誰かが持っているとびっくりしてしまう。リュックの紐を握った。ドキドキしているのは慣れていないだけで、やましいことがあるわけじゃない。誰に指摘された訳でもないのに、黒いトラックを見かけるたびに、勝手に頭の中で言い訳を並べてしまう。
ちょうど信号が赤になってしまった。肩を叩かれた。
「ちょっとだけ話、聞かせてもらえますか」
ゴクリ、と喉が鳴った。武装した男の人は、にこやかなのに、私の腕をしっかりと掴んでいる。全身から汗が吹き出てきた。マミちゃんがまだ家に寄生しているから、うまくかわさないといけない。どうして狙われたんだろう。人通りが全くない訳ではなく、今も幼稚園ぐらいの子どもを連れた母親が、足早に通り過ぎている。
面談所と張り紙の貼ってあるトラックの中には、ボルトで留められたテーブルとパイプ椅子が置いてあった。扉は少しだけ開いているけど薄暗い。男は書類とパンフレットを渡してきた。パンフレットは家の郵便受けに、時々入っているものだ。
「書いてもらってる所すみませんが、簡単に説明させてください。我々は寄生する人の駆除をしています。寄生する人が、家族を殺害した事件は知っていますか?」
寄生する家族を殺したのがニュースになった時、思わずマミちゃんの方を向いてしまったからよく覚えている。テレビを見るマミちゃんの目は異様に輝いていた。そのきらめきの中には、いろんな感情が渦巻いていた。
家族が殺されたのは発見される一ヶ月前ぐらいで、寄生する人がまだその家族に属していて発見が遅れたらしい。寄生する人は薬の治験を行っている最中で、幻覚症状を起こす薬を服用していた。家族のことを逆恨みしたのがきっかけだった。足下がおぼつかない男が、防犯カメラに向かってピースサインを向けている映像が出てくる。写真で出てくる人とはまるで別人だった。モザイクばかりで何が起こっているのか全く分からない映像は、その解像度の低い画像の奥で家族が無残に殺されているんだと思うと恐ろしかった。
たくさんの人たちに拡散され過ぎた映像は、ありとあらゆる脚色をされている。本当は、ただの合成映像なんじゃないかと疑う声もあった。映像からは、寄生する人の手にあるはずの生体番号がはっきりと読み取れない。SNSにもポツリポツリとそういうポストがあったけど、すぐに削除されていた。溜め込んでいた膿を吐き出すように、寄生する人に対しての不満が吹き出す方が、勢いがよかった。
「今まで、報告されていない被害はたくさんあります。っていうのも、寄生する人のことを家族だと思っている人がたくさんいたから。ほら、家族のことは家族でって思っちゃう人とかいるでしょ? そうやって罪を隠してた人が結構いたと思うんだよね。我々としては、治安維持のために一度寄生する人を回収し、政府管轄の保護施設で過ごして欲しい。もう、今までみたいに、勝手に家族として入ってきて欲しくないんです」
私はスカートの裾をぐっと引っ張って、強く握り締めた。逆らうのはよくないと分かっていても、反論してしまいそうになる。マミちゃんはそんなことしない。昔からの家族みたいに家に馴染んで、かけがえのない存在になっている。
ものが無くなっているとか、家にあるものを勝手に使われるとか、そういう些細な積み重ねだけでなく、寄生する人が受けたありとあらゆる恩恵が、恨みの対象になっている。男が説明しているのを、ぼんやりと見つめる。言葉を噛み砕いて理解するのを、脳が拒否していた。
寄生する人へのヘイトが強くなるにつれて、マミちゃんからどんどん笑顔が消えていった。部屋を覗くと、いつも布団に籠もっている。私たちの家はただ雨風を凌ぐだけのものになり、その中でひたすら身体を丸めている。
「寄生する人って、全員がそうなんですかね」
男の表情が固まった。小さくため息をついて、パンフレットの端を小さく千切る。
「先生はどなたですか?」
はい? と聞き返しても同じことを言われる。口から乾いた笑いが漏れた。担任の名前を告げる。担任の苗字が、ありふれたものでよかった。
「もし学校でそういう風に教育されているんだったら、間違いですから。危害を加えることはないと言っても、寄生する人は勝手に家に入りこんで住みついているわけですよね、そもそも。見返りもなくただ寄生する人だからという理由で生活している訳ですけど、これって普通の人が他人の家に住みついたらそれだけでも犯罪じゃないですか」
息を吸うタイミングまで測ったように淀みなく、口を挟む隙が全くない。何回も繰り返しているんだな、と分かる喋り方だった。相手が気にならないようにさりげなく、長めの瞬きをする。
「家に、寄生する人がいたりしませんか?」
首を横に振る。唇を何度も舐めて、何か言おうと口を開いても、息を吸ってしまって喋れない。そんな私を観察して、何かを書き込んでいる。
「まぁいいや。寄生する人がいる家族とか、知ってたらぜひ教えてね」
君だって、殺されるのは嫌でしょ。向こうは人工物だからね?
目を細めると、目尻にくっきりとしたシワが寄る。きっとたくさん笑ってきた人だ。男は眉を潜めているけど見なかったことにする。
「ありがとうございます。次に、念のため身体検査をさせてください」
男が立ち上がると、勝手に扉が開いた。外にいた人にまで聞こえていたのかと思うとゾッとする。
トラックから出ると、すでに十人ぐらいが集まっていた。寒空の下、それぞれ不安そうな顔をしている。後から数人連れられてきて、一列に並ばされた。手を上げろ! と言われてゆっくりと言われた通りにする。乱暴に手袋を脱がされて、数字があると腕を掴んで意味もなく寄生する人を押し倒して地面に膝をつかせていた。
おじさんの分厚い手が私の手を掴む。ささくれだった手で、親指の付け根のところから手のひらを乱暴に引っ掻かれる。手をギュッと握ろうとすると、指を掴まれた。皮が剥けそうなぐらいにひっかかれる。くすぐったくて笑ってしまいそうにもなって、それがすごく悲しかった。
私のように道端で声をかけられた人の内、二人が寄生する人だった。びっくりしているのは私だけで、拘束を解かれると皆すぐにどこかへ行ってしまった。
寄生する人が集まる施設で何をしているのかは分からない。政府が面倒を見て、今まで通りに働いてもらっているんだろうか。施設を出入りする人が限られているから、何の情報もない。
この場にマミちゃんが居なくてよかった。目に力を入れて、なんとか涙がこぼれないようにする。目立たないように早足ぐらいで離れようとしたけど、家に着く頃には全力で走っていた。
文字数:3085