梗 概
ニオベーは遺言の夢を見ているか
十年前、集団自殺した新井の妹は遺体ではなく、硬質化した石像となって家に帰ってきた。本当にそれは妹なのかもわからない。両親はずっと混乱の中にいる。悩んだ自分も三浪して医学部に入った。
研修医の新井は休み時間にスマホで「石化現象解明」という見出しを見る。類似症例も見つからなかったそれをタップする。「ブロイラーの石化現象、飼育環境との相関を解明」という記事で畜産の話。何の手がかりもなかった妹の症状に近づくためにメールした。
研究した博士課程の柚木に新井は怒られる。論文ぐらい読んできたら、と。ブロイラーの異常胸肉と呼ばれる硬化は年々悪化し石のようになっていた。論文は硬化を環境から割り出す数理モデルを導いた。「私は原因究明をしていない」五十日で出荷される経済動物への施策は治療ではなく抑制だ。だが、鶏の石化写真を見た新井はこれを調べるしかないと思った。妹の肌によく似ていた。
現物はなかった。「ここは分析しているだけ」週末養鶏場にサンプルを取りに行くと言われ、新井は一緒に向かう。研究の話を聞きつつ移動する。養鶏場には足の踏み場もないほど鶏がいる。無線で指示され、かき分け、指定された異常に硬い鶏を捕まえカゴに詰める。作業後、彼女のパソコン画面をふと見る。鶏舎を見下ろす映像に鶏に対応する光点。障害持ち、瀕死、死亡という色の違い。経済動物だから割り切られた管理にショック受け、帰りは喋らなかった。新井らは分析担当に鶏を届けた。その教授に彼女のドライな姿勢に困惑したと言うと「あの子は優しいから。効果的利他主義だよ」と返される。彼女の技能と研究を考えると少しわかる気がした。
次の会合で研究の目的を聞く。人類は進化しないといけない。だが、世界の悪化に適合するのは遅すぎる。なので私はより過激な変化を探している。「結果はこのザマだ。巨大経済の歯車だよ」新井は自分の妹の話をする。特異な事件でありネットでも話題であり柚木は知っていた。謝られる。「部外者が邪魔しに来たと思っていた」だからキツい養鶏場の作業をさせた。新井は妹に会わないかと持ちかけた。
柚木は妹を見て、新井の問題を実感する。統計処理しかできないが手助けをしたかった。得意分野での調査案を出す。零れ落ちた粉を成分解析する。鶏の石化に近い。CTスキャンで脳を撮り、人体モデルと比較し、妹に生じた特異点らしきものを浮かび上げる。新井は鶏の脳に似た構造を見つけた。脳発達の可能性をシミュレータに加え、推計モデルの精度を上げる。計算機上で示されのは、鶏が硬質な異性物になる可能性だ。
柚木から連絡が来る。医療分野に進み、脳の情報読み取りを実現し、妹さんにお礼を言いたい、と。だが、彼女の研究を手助けして思う。妹が石となったのは何かを遺したかったからだ。あの鶏たちのように。自分しかやれないことがある。まだ時間はかかる。救急の呼び出しがかかる。俺は立ち上がった。
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内容に関するアピール
生き物は死ぬと石になるという嘘を考えたのですが、なんとか小さくして、一人だけが石になった話になりました。類似事例を探したらあるものでブロイラーを突破口にしたわけですが、実際は石というよりは筋という感じです。そういえば神話上の怪物であるコカトリスも石化の能力と鶏のモチーフを持ちますが偶然です。とりあえず、打ち上げをしたいです。焼き鳥食べたい。
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