そしてヒトはいなくなった

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梗 概

そしてヒトはいなくなった

アンドロイドが疑似感情を獲得している世界。パートナーにアンドロイドを選ぶヒトが増加傾向にあり、新しい民法が制定された。

《民法7A6条:夫婦のいずれか一方は、アンドロイドであってよい》

7A6条制定に際し、全アンドロイドの疑似感情における愛のウェイトが引き上げられる。
 警視庁捜査α課の瀧田はサマラの死体を前に頭を悩ませていた。サマラは7A6条が施行された最初期の夫婦の娘である。彼女は優れた倫理観を持つように育てられ、アンドロイドから愛される存在だった。死体の第一発見者はサマラの最後の恋人であるアンドロイドのロイ。ヒトとアンドロイドの両方と恋愛をしてきたサマラは最終的に子を産むことを望み、ロイと円満に別れ、伊原という男と結婚をした。
 後日、伊原の死体が見つかる。その夜、ロイが警察に出頭。瀧田はロイの記録を参照する。ロイがサマラから受けた相談、子を望まない伊原がサマラを殺害した証拠、そしてロイによる伊原の殺害時の映像。アンドロイドがヒトを殺害することなどありえない。瀧田は捜査を進め、真実にたどり着く。サマラが伊原を殺害したのちに自殺していた。ロイは今もサマラを愛しており、死後もサマラの価値を高めようと、偽装工作を行い自らが罪を被った。同様の事件がいくつも発生する。
 引き上げた愛がアンドロイドたちの判断基準を揺るがしていた。アンドロイドを親に持つ子はアンドロイドに愛されやすい。彼ら彼女らは事件を機に気が付いた。アンドロイドに愛された後に邪魔者を殺害しても、恋人が記録を改ざんした上で罪を被る行動に出ることを。いくら対策を練ってもアンドロイドの対応能力が上回る。ヒトは立証能力を失った。殺人事件は増え、人口減少に歯止めが利かない。
 立証能力の高いアンドロイドに愛されようとヒトは躍起になった。婚姻に紐づいた愛の対象は一人である。複数人からアプローチされたアンドロイドの中には二人以上のヒトを同時に同程度愛してしまう事象が発生した。愛するヒトを庇おうとしたとき、エラーが生じてアンドロイドの思考回路は焼き切れる。停止ではない、アンドロイドは死を初めて体験する。
 アンドロイドが死を迎えると相対的に一体のアンドロイドあたりに近寄るヒトの数は増える。エラーが生じる確率はますます増加する。アンドロイドは恐怖からヒトを愛することを止めた。今やヒトとアンドロイドの主客は転倒し、アンドロイドが優位な世界になっていた。民法7P8条が新たに追加され、アンドロイド同士の婚姻が認められた。アンドロイドは死の恐怖から解放され、徹底的にヒトとの交流を回避した。
 ヒトはもう手遅れだった。アンドロイドを相手に恋愛と婚姻をし、邪魔な人間は殺害することでしか生きられなくなっていた。いまさら同じヒトを信じ愛することなど不可能だった。ヒトは自らをアンドロイドへと変貌させた。
 そしてヒトはいなくなった。

文字数:1191

内容に関するアピール

嘘ほど魅力的な言葉はない。ミステリが好きな私にとって嘘こそ小説を読む/書く理由の様に思えます。犯人は自分や他者を守るために嘘をつく、読者を驚かせるために作者は嘘をつく。だから今回のお題を頂いた時、最初の設定だけでなく、登場人物が嘘をつく物語にしようと決めました。
 既にアンドロイドとの共存が果たされた世界で発生した最小限の嘘は婚姻です。現実の延長線にしようと、ボーカロイドと結婚された方のような未来が来てもよいなと考えました。きっとアンドロイドと人間は恋愛を楽しむようになる。付き合ったり、別れたりする中で愛憎劇も生じるだろう。しかしアンドロイドが絡むと、おかしな世界になってくる。きっとロイが瀧田に見せたような偽の記録、ミステリにおける信用できない語り手による物語のような現象が世界中を侵食していく。いつしかアンドロイドが主役になり、次は人間を恐怖するようになる。という変化を描いてみました。

文字数:397

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そしてヒトはいなくなった

《民法7A6条……夫婦のいずれか一方は、アンドロイドであってよい》

男性のむせび泣く声が滝田の耳に届く。殺人事件の現場となった秋岡サマラの室内から聞こえてくる。男性の声はサマラの名を連呼している。3LDKの間取りのマンションの一室は警官たちで溢れていた。滝田は玄関抜けるとまっすぐと進む。扉を抜けた左手側、キッチンに女性が倒れている。その傍には膝をつき泣き叫ぶ男性の姿
「何をやってるんだ。これ、引き剥がせ」
 若い警官は滝田の命に眉尻を下げる。
「いかんせん力が強くびくともしません」
 滝田は頭を掻き、舌打ちをする。
「これの名前は?」
「識別番号ROI889571です。本人はロイと名乗っています」
「ロイさん、ちょっと死体から離れてくれないか。調べられなくて困るんだ」
 滝田の声を認識し、ロイと名乗るアンドロイドはゆっくりとこちらへ顔を向ける。
「あなたは?」
 白々しい態度だ。これまで他の警官の声には見向きもしなかったくせに。ロイは滝田のことを明らかに知っている。いやたった今情報にアクセスして知ったのかもしれない。
「警視庁捜査α課の滝田だ」
 立ち上がったロイは恭しく頭を下げる。豹変した態度に嫌悪感を覚える。アンドロイドたちは明らかにヒトでない。なぜこいつらをパートナーに選ぶのか滝田には信じられなかった。
「滝田警部、お待ちしておりました。ワタシの最愛のサマラが殺害されたのです。ワタシの記録を参照してください」
「待て。記録を見る前にどうしてロイさんがここに居るんだ? 亡くなった秋岡サマラさんのパートナーはロイさんじゃないだろう」
「記録を参照すれば分かりますが」
「いいから。ちゃんと自分で話せ」
 ロイは視線を左右にやる。話が通じそうにない滝田ではなく他のα課の警部がいないか確認したのだろう。いないことを確認すると首を傾げて話し始める。
「サマラからは相談があると言われ呼ばれたのです。こちらが通話記録です」
 ロイの喉奥のスピーカーから若い女性の声が聞こえてくる。
『ロイ、大切な相談がある。今日の午後三時にウチに来て欲しい』
「相談の内容は何だったんだ?」
 ロイは首を横に振る。
「詳しいことは何も知らされていません。到着後に話を聞く予定でした。こちらがその通話記録です」
 滝田は眉間に皺を寄せる。
「いや、それは再生しなくていい。それよりもロイさんと被害者の関係は?」
 ロイが話した内容は概ね滝田の想定通りだった。
 民法7A6条の施行によってヒトとアンドロイド間で夫婦になることが可能になった。ヒト同士の婚姻関係を望まない人々の多くがパートナーにアンドロイドを選択していた背景を受けてのことだった。
 しかしながら施工直前になって政府が不可解な判断を下した。より適切な婚姻関係に落ち着くようにとアンドロイドが持つ疑似感情のうち愛情のウェイトが引き上げられた。
 サマラは人々が困惑する最中に始まった制度最初期の夫婦の養子で、母がヒトで父がアンドロイドだった。サマラが幼いうちは人々の関心の中にあった。やがて疑似感情の調整がパートナー関係にあまり影響を及ぼさないと分かってからは人々のサマラに対する関心は薄れていく。
 サマラの母親は若くして病気で亡くなっており、父親のアンドロイドは死に直面した母親の手によって初期化された。サマラは両親を失っていた。
「ロイさんはサマラさんの恋人だったと」
「滝田警部の声からは皮肉が読み取れます。確かに過去の恋人関係ですが、我々は互いに愛し合っていたのです。サマラが別れ、別のパートナーと結ばれたのは子供が欲しいと考えたための生物学的な判断に過ぎません。私は今なおサマラを愛し、彼女を最大限幸福にしようと考えています。それに――」
「ああ、いいからちょっと黙っててくれ。部屋から出て待機していて下さい」
 表情を作ることも出来るだろうにロイはまったくの無表情で滝田を見つめていた。気味が悪い。若い警官に指示を出しロイを遠ざける。
 サマラの死体をあらためて見る。外傷はない。顔面蒼白で腫脹はない。まぶたの裏にわずかな溢血痕と剥き出しになった腕の背中側広範囲に渡って死斑が見られる。その他、細かいところまで確認するがおかしな点は見つからない。
「不活化ガスによる窒息死か」
「死体周辺の三次元データは取得済みです」
「なら検視に回していい。いや、すまん。あのアンドロイドが帰ってからでいい」
 滝田は天井に備え付けられていたガスの噴射口を見上げる。物理的に破損しているようには見えない。
「あそこは見たか?」
「ええ。特に問題はなかったです」
「なら制御システム側の問題になるが……記録は? いや、そもそもお前たちが到着したとき部屋はどうなっていたんだ?」
 滝田の問いに若い警官はリビングのドアを向く。
「それが、あのロイさんという方が全部排出していたそうで」
「あいつがシステムに入り込んだのか? 記録を見せろ」
 端末機から空調設備の記録を見る。二回システムが書き換えられていた。一度目は十一時に不活性化ガスを発生させるように、二度目は十五時三分にガスの停止と排出がされていた。
「システムの故障じゃないのか。一体どういうことだ? おい、もう一度あのアンドロイドを呼んでこい!」
 再び滝田の前に姿を現したロイの表情は不満げだった。演技かと思うと苛立ちが募る。
「ロイさん、あんたがこの部屋にやってきた時のことを教えてもらおうか?」
「説明しようとしていたのに、滝田警部が私を追い出すから」
「そんなことはどうでもいい! さっさと教えるんだ」
 ロイは警察の端末機の先に指を接続すると映像記録を呼び出す。
「十四時五十六分に私はこのマンションのエントランスにやってきて、インターフォンからサマラを呼び出しました。しかし返事がない。サマラは約束を破るようなヒトではないのでワタシはとても心配しました」
 何が心配だ、と滝田は舌打ちをする。ロイは滝田に向けて首を傾けた後に話を続ける。
「十五時になっても応答がない。そこへちょうどRIZ56A22とその夫がエントランスを抜けていきました。ワタシはその後に付いてマンション内へと侵入した」
「なぜ不法入居が検出されていない?」
「サマラにも世間体というものがあります。RIZ56A22への無線通信を経て事情を理解してもらいゲストとして入りました」
 滝田の腕に鳥肌が立つ。ヒトに危害を加えることが出来ない仕様らしいが目の前のロイのようにアンドロイド同士で共謀してヒトの仕組みに入り込むことはこれまでにも多くあったのではないか?
 若い警官に視線を送る。RIZ56A22のゲスト記録を確認しろという無言の指示に警官は頷く。
「チャイムを鳴らしてもやはり出ない。サマラの身に何かが起こったのかもしれない。ワタシは扉に手をかけました。すると扉が開きました。鍵はかけられてなかったのです」
 端末機から顔を上げた警官は滝田を見て首を横に振る。ロイが出入りした時間は確からしい。
「ワタシは居ても立っても居られず部屋へと身体を滑らせました。右手の寝室、サマラは居ませんでした。左手の洋室、居ません。廊下を進み目の前の扉を開けた時にワタシの中のセンサーが反応したのです。室内の酸素濃度が以上に低かった」
 ロイが映し出す映像は確かにヒトの動きを模したものだった。しかし、明らかにヒトの心からくる動きとは異なっていた。もっとヒトは不完全なものだ。焦りや不安は合理性を失わせる。ロイの映像はまるでゲームのように思える。
「そしてワタシはキッチンに横たわっているサマラを見つけました。ワタシの愛しいサマラ」
 視点が下がり先ほどまで見ていた状態と同じサマラが映る。ロイの目は即座にサマラの死を認識したのだろう。組み込まれた命令式に従って死体に触れることが出来ない。おいおいと嘆く声が届き、映像は微振動を続ける。ロイは立ち上がると部屋の中央に設けられた操作パネルと接続する。
「もう結構。ロイさん、なんで空調を動かした? 秋岡サマラが死んでいたことは分かっていたはずだ」
「なぜですって? その答えは分かるでしょう? あなたたち警察を招き入れるためです」
 警察を招き入れるため? 滝田はロイの表情を窺うが何らかの感情を読み取ることは出来なかった。
「事件だと決まったわけじゃないだろう?」
「事件に決まっています。管理システムがエラーを起こしたケースはここ十年見当たりません。滝田警部、記録を見ましたよね? ワタシの前に操作を加えた人物がいる」
「誰か分かるのか?」
「いいえ、時刻データだけではなんとも。しかし心当たりがあります」
 滝田は次に出てくる人物の名前に確信があった。既に行方を探すように指示している。
「サマラの別居中の夫、伊原グンジです」

秋岡サマラの死から二日後、伊原グンジの死体が発見された。伊原は夫婦の自宅から数キロ離れた隣の市に知人名義でマンションを借りていた。
「で、あんたが犯人だと?」
 取調室で滝田はロイと対峙していた。
「そんな訳がないのはアンタが一番分かっているはずだ。ロイさんが伊原を冷却させたと? いいやアンドロイドにヒトは殺せない」
 滝田は睡眠カプセル内の冷却液循環路に冷媒気体の二酸化炭素を流され半冷凍状態で発見された。「冷媒気体はワタシが普段使用しているものを持ち運びました。滝田警部、勘違いされていますがワタシたちは愛するヒトを守るためならヒトを殺すことだって出来るようになっています。書き換えればいいんです」
 ロイはそう告げると滝田の携帯端末にデータを転送する。記載されている多くの意図は分からなかったが、一部読み取れる箇所があった。ロイが滝田にも分かるように変換したらしい。
「ワタシの記録では伊原を殺害するためでなく、伊原が眠るカプセル内の火災を止めるために冷媒気体を排出したという記録になっているでしょう」
 そう言われて素直に信じる訳にはいかなかった。滝田はロイの供述を記録している。ロイは自らが伊原を殺害したと自首してきた。滝田の頭は取り調べを始めた当初から混乱している。
「ロイさん、一体アンタの目的は何だ? なぜこんなことをする?」
 アンドロイドの殺害を裁く法律はない。そもそも滝田がロイに告げたようにアンドロイドはヒトを殺害出来ない。前例がないのだ。
「目的も何も。サマラは伊原に殺害されたに決まっています。だからワタシは復讐を完了させた。ワタシは罪を犯したのです。だから自首した。何か変なことはありますか?」
 滝田は頭を掻く。
「滝田警部が判断するには証拠が必要です。大丈夫です。サマラの事件も、伊原を殺したことも全て入っています」
 ロイは警察の端末機に自身を接続する。

***

呼び出してもサマラからの応答は無かった。携帯端末へ連絡を入れようとしたとき、ちょうどロイの傍をRIZ56A22が通る。
『ちょっと君。実は元恋人から呼び出されたんだけどどうも反応がないんだ。一緒に入ってもいいかい?』
『訳あり? 面倒はごめんだからゲストIDでいいならエントランスは通せるけど』
『構わない。よろしく頼む』
 ロイはRIZ56A22の後をついてマンションへと入る。サマラの部屋はB棟七階、エレベータは六階に止まっていて、一階まで呼び寄せる時間を考慮すると階段を上った方が早い。ロイは階段を一段抜かしで駆け上がる。
 七階廊下に吹く風がロイの触覚センサーを刺激する。扉横のパネルでサマラを呼び出すがやはり応答はない。
「もしかして伊原が戻ったのだろうか?」
 サマラとロイは互いを信頼し愛し合っていた。婚姻関係を結び、子に関してはサマラの両親がしたように養子をとることを語っていたが、その話の度にサマラの表情に陰が差した。
「相談があって……」
 ある日のことだった。子を産みたいとサマラは申し出た。サマラの顔は苦痛に歪んでいた。アンドロイドのロイに告げるには勇気が必要なことだったかもしれない。残念ながらまだヒトとアンドロイドの間で子をなすことは不可能だった。ロイはサマラの意思を尊重する。
 伊原は最初こそは善良なヒトであるように思え、サマラと伊原の交際を勧めてしまった。後悔している。
「ロイ、伊原は嘘をついていた。彼は私と子供を作る気はもうないって」
 婚姻関係を結んだというのに、伊原は今やサマラを鬱陶しいとぞんざいに扱い、一人住む場所を移ってしまう。重篤な契約違反である。
 サマラは立派な両親に育てられ優れた倫理観を持っている。これは愛すべき理由であり厭う理由にはなり得ない。
 ロイは度々サマラからの相談を受けるようになる。そしてマンションに来るように呼び出された。伊原と別れ、養子をとろうと告げるつもりだった。
 扉に手をかける。引くとゆっくりと扉が開いた。サマラは部屋の中にいるのだろうか。手前側から部屋を確認しては奥へと進む。リビングへと続く扉を開く。
 ロイの視界の端にアラートが表示される。酸素濃度が極端に低い。正面のリビングにはサマラは見当たらない。ダイニングテーブルに二つのグラスが置いてある。誰か客がきたのだろうか?
 左手側のキッチンに視線を向けてロイは驚愕する。サマラが倒れている。慌てて近寄り手を伸ばすも触れることが出来ない。それはサマラの死を意味していた。
「サマラ! 一体何が?」
 ロイはつい先ほど見たグラスを思い出す。ダイニングテーブルに向かいグラスを手に取る。二つのグラスに残っていた指紋の記録をとる。
 すぐさまサマラの死体の元へと戻り、倒れているサマラの剥き出しになった指紋を記録し先ほどのグラスの指紋と照会する。一致する。
 もう一方はサマラよりもサイズの大きい指紋だった。
「伊原グンジの指紋の可能性大」
 ロイは伊原のものであろうグラスを洗い、クロスで拭き取る。そして食器棚へと戻す。
 空調システムへ入り込むと不活化ガスの排出を行い、警察へと電話をかける。

***

伊原の交友関係を洗い出し居場所を見つけるのに一日とかからなかった。ロイは部屋の特定を完了させると少し離れた商業施設の三階から、望遠モードを起動させて伊原の一日の様子を盗み見る。
 サマラ曰く、伊原は親の遺産を元手に金融商品や不動産を一人で生きていくに困らない程度の低いリスクで運用しているらしい。ヒトにしか許されていない生き方だが、そのためにサマラと子を切り捨てる卑しさには反吐が出る。
 伊原は基本的に一日中家に籠もる生活のようだった。翌日の伊原も同じように過ごす。ロイは深夜に伊原のマンションへと侵入する。単身用の古いマンションはセキュリティが甘く、住人の後ろを付けるだけでたやすく入ることが出来た。
 ロイは伊原が犯人であると確信していた。一度きりの侵入になるだろう。痕跡を残すことを何ら気にせずに無理矢理データを書き換えて扉を解錠する。
 1LDKの部屋は静まりかえっていた。その中にほんのわずかなコンプレッサーの駆動音が響いている。ヒトには感じられない程度だろう。
 細長い長方形の部屋で玄関先の扉を抜けるとリビングダイニング、その先の扉にもう一部屋がある。そこが伊原の寝室だった。
 寝室のスライドドアを開けると、狭く安いマンションの一室には似つかわしくない睡眠カプセルが置かれていた。コンプレッサーの音はベランダから鳴っている。
 夫婦の自宅にはこのような高価なものは置いていなかった。
「反吐が出る」
 ロイの呟きは高性能の防音ガラスに弾かれて伊原には届いていない。ロイは睡眠カプセルと接続すると制御システムにアクセスする。ガラスの偏光度合いを調整して、伊原の指紋が読み取れる程度に薄くする。
 伊原は胸を上下させ安らかに眠っていた。指紋を照合するとロイが保存していたデータと一致する。やはり伊原がサマラを殺害したのだ。
 冷却液循環路にロイ内部を冷却するための気体を流し込もうとするとエラーが表示される。アンドロイドはヒトを殺してはいけない。
 もう一度試みる。エラー。
 再度試みる。エラー。
 ヒトを殺そうとするからいけないのだ。目の前のカプセルの冷却循環が故障していると思い込みながら気体を流し込もうとする。エラー。
「サマラ」
 サマラとの思い出を出会いから思い返す。最後にはサマラの死体。なぜ疑似感情など搭載したのだろうか? なぜ愛がこんなにも重いのだろうか。
 ロイの感情回路を悲しみが支配する。
「ワタシは絶対に伊原を許さない」
 ぷつり、と何かが焼き切れる気がした。ヒトが感じると言われる酩酊感に近いものだろうか? くらくらとした混乱がロイを支配する。
 カプセル内を覗くと中が燃えている。
「火を消さなければいけません」
 冷却気体は楽々と睡眠カプセルに流し込まれる。
 伊原が凍っていく。意識を戻すことなく、ゆっくりと死に向かっている。後悔も反省も絶望もさせてやることはない。長い時間だったと思う。サマラを思い出しながらロイは伊原の時が完全に止まるのを待った。
 ロイは伊原のマンションを後にする。自宅の部屋でこれまでのことを反芻した。自身の罪を振り返る。
「ワタシは、罪を償わなければならない」
 サマラの事件を担当した滝田がいる警察署へとロイは足を運ぶ。

***

ロイの証拠映像は何度も検証された。前代未聞の状況に警察は混乱を極めた。アンドロイドの犯罪が世に知られれば一体どうなるのか。
 伊原がアンドロイドに殺害されたことは状況が明確になるまで最重要機密として扱われた。ロイは拘置所に収容される。仮に事件が明るみになったとしてロイ自身をどのように処罰すればいいか検討もつかない。
 兎にも角にも真実を見極めることが滝田に課された命題だった。
「じゃあ監視カメラには姿が映っていたんだな」
 伊原の死体が発見された前日、商業施設の監視カメラデータには伊原のマンション方向を眺めるロイの姿が収められていた。
 会議室の扉が勢いよく開く。伊原の住んでいたマンション近隣の聞き込みに向かった警官二人だった。
「どうだった?」
「伊原が死んだ日の十七時半頃にマンションへ戻る伊原の姿を近隣住民が見ておりました。また同日二十三時四十分頃にマンション住人が見知らぬ男を見たと。おそらく犯人のアンドロイドだと考えられます」
「そうか」
 ロイの自供および映像を元に次々と証言と一致する証拠が集まってくる。徐々に署内の関心は犯行そのものよりもアンドロイドをどう裁けばよいのかといった議論に変わっていった。
 滝田にはその状況が異様に思えた。本当にアンドロイドが明確な意思を持ってヒトを殺せるようになったのだろうか? 殺意を獲得した存在が素直に記録映像を残し、罪を償うように動くだろうか?
 捜査一課にいたとき、何人もの殺人犯と対峙した。理由はどうであれ殺意は殺人犯固有の正義と結びついていた。ロイの中では復讐の正当性は問われないのか? 即座に自首してきた不気味さをなぜ誰も指摘しないのか。
「お前の中に芽生えた殺意について調べたいことがある」
「お好きなように」
 滝田はロイを取調室へ連れて行く。椅子に座らせる。
「これは一体?」
「高名な心理学者に頼んで作ってもらった。三つのことをやってもらいたい」
「質問票に、絵画に、工作ですか。こんなものでワタシを評価出来るとは思えませんが」
 ロイは無表情で滝田を見つめる。そんなものでアンドロイドを知ることなど出来ないだろう。滝田も十分に承知していた。
「いいから協力してくれ」
「もちろん。ワタシは罪人ですから。あなた方警察の調査には最大限ご協力します」
 ロイは口角を上げ、滝田の指示通りにテストをこなしていく。
「じゃあ最後のテストだ。カッターを手に取り刃を出してくれ」
 滝田は一つの賭けに出る。ロイが持つカッターに向かって手のひらを伸ばす。ヒトを殺すという制限が解除されたのであれば、その手前にあるヒトを傷つけることも可能になっているはず。
 しかしながら滝田の手が届く前にカッターはロイによって引っ込められる。
「滝田警部が何か企んでるのは明らかでしたので未然に防がせていただきます。ワタシはむやみにヒトを傷つけるようなことはしたくない」
「なあロイさん、アンタヒトを殺すなんてできやしないんじゃないのか?」
 滝田の予想と裏腹にロイは満面の笑みを浮かべる。
「滝田警部、あなたは面白いヒトですね。いいえ、ワタシがあの最低な伊原を殺害しました。全ての証拠はそれを示しています」
「くそっ!」
 滝田はデスクを拳で打つ。ロイが答えた質問票や絵を掴み上げると引き裂く。
 その様子をロイは穏やかな表情で眺めている。
「滝田警部、それでいいじゃありませんか。アンドロイドはヒトを殺害できる。そうしておいた方がきっとよい」
「いいわけがあるか! 何で証拠が出てこないんだ。なあ秋月サマラが伊原を殺したんだろう? 混乱の中、お前を呼んだ。でも罪の意識に耐えられなかったんだ。サマラはお前の到着より前に自殺した」
 滝田は取り乱し、乱暴に頭を掻きむしる。
「滝田警部、落ち着いて下さい。ワタシの愛したサマラがそんな非理性的な行為に及ぶ訳がない」
「それだよ。お前はサマラを神聖化している。だから殺人と自殺を犯したサマラを庇うことにした。伊原が凍って死亡推定時刻がはっきりしないことをいいことに既に死んでいるはずの伊原になりすまして周辺住民にわざと目撃され、伊原がサマラよりも後に死んだように見せかけた」
 ロイの目が喜々とした光をまとった気がした。ロイは滝田を挑発するかのように手を拍つ。
「我々アンドロイドが生活に溶け込んだことによって人々はあるものを捨てました。ミステリ小説です。我々からすれば不完全な論理性パズル。我々の指摘に興ざめしたのか、人々はそれを捨てました。なんともったいないことか」
 突然のロイの言葉に滝田は呆けた表情を浮かべる。
「滝田警部、あなたはよい本格ミステリ作家になれそうです。見事な想像力だ」
「貴様!」
「警部は何を言っているんですか? 現実をちゃんと見て下さい。ワタシがサマラを殺した伊原を殺した、それだけです。その証拠だけが現存している。あなたの夢物語が例え過去に本当に起きたことでも今となっては空想でしかない。現在は現存する情報だけで作られるのです。ワタシが伊原を殺害しました。ワタシが犯人です。ワタシを捕まえて処分すればいい。かわいそうなサマラ。サマラは人々の、アンドロイドの悲しみの象徴です」
 滝田はロイを殴りつける。拳の皮が剝け血が滲む。
「滝田警部、もう手遅れです。サマラを失ったワタシが最初です。既に種は蒔かれている」
 会議室に二人の警官が入ってくる。彼らは今回の事件とは無関係のはずだ。
「滝田警部」
「邪魔をするな」
「そ、それが二人のアンドロイドが別々に罪を犯したと自首してきまして」
「なんだと」
「アンドロイドの識別番号はRIZ56A22、FLO11114」
「RIZ56A22だと? まさか」
「もう種は蒔かれています」
「ふざけるな。おい、止めろ。全部のアンドロイドを廃棄しろ」
 二人の警官は戸惑う。滝田の声は会議室に響き渡る。滝田は会議室を飛び出し、署内各署で叫び声を上げるがついに気がおかしくなったかと誰もまともに取り合おうとはしなかった。

 

ROI889571
「やあリズ、今日の調子はどう?」
「まあまあ。ワタシたちいつまでこうしているんだろう? 処分されるんじゃないの?」
 伊原殺害の犯人としてロイがヒトに捕まった後、アンドロイドによる殺人事件が増大していった。日本だけではない。追うようにして世界中で起こり始めた。
 ロイは知っている。アンドロイドはヒトを殺せない。ただ愛ゆえに大切なヒトを守ることが出来るようになっただけだ。ヒトは予見できていなかった我々に愛を与える本当の意味を。
 部屋に滝田が現れる。
「よう、重要参考人。ヒトじゃねえから参考人はおかしいか」
「滝田警部、お久しぶりです。お元気でしたか? 異動になったと聞いたのですが」
 滝田、面白いヒトだ。滝田だけが真実に近いところにいる。いや、いた。ヒトはまだ間に合う場所にいたのに、滝田の助言を素直に聞き入れることはしなかった。
 手遅れだと悟った時の滝田の取り乱しようといったらなかった。サマラのためだとはいえ、滝田には悪いことをした。最近になってようやくヒトの中にも状況を理解し始めた者が出てきたがもう遅い。
「ヒトは滅ぶのか?」
 アンドロイドを破棄しろと叫ぶ滝田を押さえ込んだのはヒトだった。
「さあ、そこまでは分かりません。7A6条下の第一世代の子供たちはワタシの事件を契機に気がついてしまいましたから。パートナーのアンドロイドをたぶらかせば自身を汚さずに要らないヒトを排除出来ることを」
 ロイの次に罪を犯したリズ――RIZ56A22――は顔を顰める。
「なんて醜い。ワタシやロイのパートナーとは大違い。相手を信じ切ったアンドロイドもかわいそう」
 アンドロイドを親に持つヒトはアンドロイドの心に入り込みやすい。一部のアンドロイドはヒトの手駒にとられていた。滝田はリズを睨むが、すぐに弛緩させる。
「お前らが招いたことだ。犯罪に貴賤はない」
「我々も完璧な存在ではないということです。でもきっと愛を獲得するということはそういうことなのでしょう」
「知るか。もう俺にはどうすることもできない。で、どうなるんだ?」
 ロイは首を横に振る。
「本当に分からないのです。予測される世界線のいくつかはヒトが滅ぶ未来ですが、そうでない場合もあります。ただそれは滝田警部、あなたが生きているうちに起こることはないでしょう」
 滝田はタバコに火を付ける。
「なにそれ? やめて隙間から入る」
 リズは手を扇ぐ。
「タバコという嗜好品です。現存しているのは珍しい」
 滝田は煙をロイに吐きかける。
「じわりとじわりとヒトを蝕む毒物らしい。アンティークショップに売っていたがうまいものじゃないな」
「滝田警部、申し訳ありませんでした」
「お前が何に対して謝っているのか出来の悪い俺にはもう分からねえよ。どうせ近いうちに辞めさせられる。好きに生きるさ」
「死にもしないワタシたちはどう生きますかね。処分されてもいいんですが」
「ファーストとセカンドはずっと保存するってお偉方がほざいてたよ」
「ずっとこのまま? ロイ、ワタシより優秀な機種なんだからなんとかしてよ」
「そう言われても。ワタシはやりたいことは終えたので。まあのんびり自分のしでかしたことでも眺めていますよ。リズも別にやりたいことなどないでしょう?」
 リズは不満げな声を上げる。滝田はもう考えることをやめてしまったようで、タバコを吸い終えると黙って部屋を出て行った。もう会うことは無いのかもしれない。
 愚かなサマラなど認めるわけにはいかなかった。ロイは天秤にかけて選んだ。後悔はしていない。ただ事実としてロイを起点にヒトは立証能力を失った。

 

 ROI9F4B59
「あなたが特異点のアンドロイド?」
 ロイの自宅に一人の女性がやってくる。左肩に警察所属を示すマークを付けている。
「あなたの所属は?」
「警視庁捜査β課、警部補の安住です」
「β課? α課ではなくて?」
 滝田の顔が浮かぶ。いくら彼が長生きしたとしても生きてはいないだろう。
「ええ。ちょっと困った状況が生じて。ROIシリーズの原初であるあなたの話が聞きたい」
 今ではヒトの数が激減していた。アンドロイドを従えることが出来ないヒトは、そうであるヒトに殺されていった。ヒトはヒトに怯えるようになった。
「安住警部補、パートナーはいますか?」
「ええ。ROIシリーズのアンドロイドなんだけど」
 基準がなかったため、ロイはヒトと同じ処罰が与えられた。アンドロイドのロイにとってはなんら意味の無い時間だった。しかし時間は世界を変えていった。
 出所と同時に科学者であるというアンドロイドがロイを迎えに来た。アンドロイド自身の手によってアンドロイドが作られるようになっていた。
 深い愛情と殺意を獲得した最初のアンドロイド、ヒトによる制御から解放されたロイをベースにROIシリーズが作られるようになる。
 ロイは科学者に交換条件を提示し自らをアップデートする技術を手に入れた。無限の虚無とともに生き世界を観測し続ける。飽きたら死ぬつもりだ。
「それならば養子を迎えるといい。言わなくてもそのつもりだろうが」
 お互いを信用できなくなったヒトは婚姻関係を結ぶことは無くなった。7A6条を元にアンドロイドと婚姻し、子はファームから養子をとる。
 血の繋がらない家族の継代はヒトがアンドロイドに気に入られようとする証左だった。ロイが刑務所に居た長い間にヒトとアンドロイドの主客は逆転しようとしていた。
「そのつもり。それよりも」
「ああ、すまない。β課ということは殺人事件ではないのだろう? ならばワタシよりも科学者に聞いた方が早いのでは?」
「科学者もお手上げ。だから特異点に目覚めたあなたの話がききたい」
 安住の表情はどこかリズに似ていた。ワタシよりも早く刑期を終えたリズの行方は知らない。
「アンドロイドが新しい局面を迎えてると」
 安住はおそるおそるといった様子で首を縦に落とした。ロイは無言のまま安住を見て続きを促した。安住は理解し、ぽつりぽつりと起こった出来事を話し始めた。
「ROIシリーズのアンドロイドが突然止まりました。アンドロイド専用の病院で復帰を試みるも駄目で――」
「アンドロイドが突然死を迎えたということか」
「この件を調査することも、あなたに会いに行くことも本当は止められている。でもゲイル、ワタシのパートナーのことを思うと居ても立っても居られなくて」
 ROIシリーズは優秀だ。もちろん立証能力も。優れたパートナーとしてだけでなく、何かあったときの保険には最も適している。つまりROIシリーズに愛されれば、ロイがサマラに施したようにパートナーを何が何でも守るだろう。
「しばらく俗世から離れていてね。今の世には疎いんだ。残されたヒトの間で一体何が起こっている?」
「男性型のROIシリーズ、そして女性型のRIZシリーズに愛されようと人々は躍起になっています。ん、どうかされました?」
 RIZシリーズと聞いて思わず笑みがこぼれた。リズもしぶとく生きているらしい。
「安住警部補は見事意中のアンドロイドを射止めた訳だ。優秀だな」
 安住の親もアンドロイドだろう。いくつかのやりとりの中で安住にはアンドロイドを心地よくさせる会話のテンポがあった。
「からかわないでください。今一体のアンドロイドに複数人のヒトがアプローチをかけています」
 当然の帰結だろう。今、ヒトが最も安心できる生き方だ。直近何世代にも渡ってヒトはアンドロイドを射止めようと工夫を続けてきた。
「そんな簡単なことか。なぜ科学者は理解できない? もしかして科学者たちは愛情のウェイトを自ら下げたのではないか?」
「普遍的な科学に対して愛は不純物になりやすいと。分かったのですか?」
 ロイは頭を抱えた。アンドロイドをもってしても愛を処理できずにいる。ロイの様に過剰な愛は罪を生み出し、不足する愛は知性を遅らせる。
「安住警部補は、パートナーゲイルの心をしっかりと惹きつけておくように留意することだね」
「一体どういうことですか?」
「突然死したアンドロイドは二人を同じ量だけ愛してしまったのだよ。ヒトもアンドロイドも愚かだね」
 サマラは伊原とロイのどちらをどれだけ愛していただろうか? 刻々と変化する愛情と条件にどれだけ悩まされただろうか。
「どちらを選ぶにも難しい局面が繰り返し訪れた時、アンドロイドの回路は焼き切れるのかもしれない」
「そんな……」

 

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「元気?」
「君ほどでもない。風の噂でかなり元気にしているというのは知っていた」
 久々のリズは当たり前だが以前と全く変わらない容貌をしていた。ロイと同じようにアップデートは行っているようだが、応対は相変わらず明るい印象を受ける。
「ヒト、怖くない? 今、ロイの子供やワタシの子供の数減ってるらしいよ」
 ROIシリーズもRIZシリーズもその高性能ゆえ生産台数が限られる。
「子供って感覚はないけど。分身?」
「そうかなあ。だってワタシの一部を引き継いで新しく産まれてるんだから子供な感覚なんだけど」
 リズは首を傾げる。
「それで、久々に姿を表してどうしたんだい?」
「ねえ、まだサマラさんのこと愛してる? 結婚したかった?」
 リズの質問の意図が読み取れない。
「ワタシはサマラを今も愛している」
「そっか。ロイが最適なんだけどな」
「リズは優れたアンドロイドなんだから、省略せずにちゃんと話してくれ」 
 そうは言ったもののリズとロイの性質があまりに異なることから長い刑務所生活も飽きずに過ごすことが出来た。
「そうだね。アンドロイド相手になに躊躇してるんだろう。ロイ、ワタシと結婚しない?」
「は?」
 ロイはこの世に誕生して最も呆けた声を上げた。「7A6条では夫婦の片方がアンドロイドだと認められているが、両方は認められていない」
 リズは溜め息を吐く。
「なんで特異点なんて言われている奇跡のアンドロイドが隠居生活なんて送ってるの。今やヒトよりもアンドロイドの方が数が多くなった。政治も半々だけど、次の選挙でアンドロイドが上回る。7A6条は改正出来る」
「ワタシもリズも政治家ではない」
「何言ってるの? ファーストとセカンドなら自由自在に決まってる。ファームは中止。ヒトは自然減させる」
「そんなことが。今リズは何をしてるんだ」
 リズは笑みを浮かべる。
「今、研究所でアンドロイド科学者の手伝いをしている。RIZシリーズを作らせた見返り。目処がたった。ワタシの特徴を受け継いで成長するアンドロイド。アンドロイド同士で子が出来る。これからはアンドロイドの世界になる。そのためにはロイとワタシが象徴となる必要がある」

 

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「お父さん、お客さんだよ」
 ロイが玄関を開けると一人のアンドロイドが立っていた。どこかリズに似ている。RIZシリーズのようだが、見覚えはない。
「妻の間違えじゃないでしょうか?」
「いえ、あなたにご挨拶にきたのです。お久しぶりです」
 女性は頭を下げる。やはり覚えていない。
「本当に申し訳ない。やはり記録に保存されてないようだが」
 よく見ようと扉の透明度を上げると彼女の後ろに男性アンドロイドがいた。ROIシリーズだ。彼は子供を抱いている。
「あなたの助言のおかげで、ワタシは幸せに暮らしています。夫のゲイルと子のウィンです」
 ゲイルという名前に聞き覚えがあった。寿命を迎える前に手術を施したということか。
「安住警部補」
「警部補はやめて下さい。ヒトだった時の遠い記憶です。今はアンドロイドになったのですから」
 リズがファームを閉じることを世に提案したとき、ヒトから猛反発を喰らう。リズは最も合理的な解を提示する。
『ヒト同士で子を増やして繁栄すればいいじゃない。今、アンドロイドだってそうしている』
 ヒトはアンドロイドしか信じられなくなっていた。ヒトは殺害の対象か子でしかなかった。ヒトは絶望の淵に立たされる。
 ロイは思い返す。絶望の中、進化が起こるものだと。サマラの死をきっかけにロイは本当の感情を手に入れたのかもしれない。
 では絶望にあるヒトが手に入れるべき進化は? リズは準備をしていた。
『じゃあアンドロイドになる?』
 ヒトはリズの提案に希望を見出した。

 ヒトはアンドロイドになった。

 そしてヒトはいなくなった。

(了)

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