スイングバイ・スイングバイ・スイングバイ

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梗 概

スイングバイ・スイングバイ・スイングバイ

地球近傍で小惑星どうしが衝突し、内包されていた昇華性炭素結晶アダマンタンが大量に宇宙空間を漂う。各国の宇宙開発組織はただちに危険はないと判断し、観測継続に留める。
 地上では、電気自動車やロケット開発を手掛ける連続起業家が、自動車リースに月極プランを提供しないことで苦情を受けていた。連邦取引委員会職員の私は監査にあたる。「毎月の日数が変動するから面倒」という弁明は不正ではない。理解できるが共感できず簡易監査を継続。この物語は、私が見聞きした起業家の姿だ。
 
 数年後、起業家は複数の小型無人宇宙機を積んだロケットを、繰り返し打ち上げた。
 各宇宙機はアダマンタンを採取して、イオンエンジンの推進剤として利用。直径数メートルの小惑星に接地して押す。宇宙機はアダマンタン採取と、別の小惑星を押す作業を繰り返す。
 押された小惑星は、より大きな小惑星に衝突して軌道をずらす。その小惑星は数十メートルの小惑星に対してスイングバイ(かすめ飛行)する。エネルギー交換によって軌道が変わった小惑星は、数百メートルの小惑星にスイングバイする。それがさらに大きな小惑星にスイングバイし……と多数の小惑星群どうしのスイングバイが連鎖する。
 
 小惑星の地球衝突を予想した科学者に対して、起業家は謝意と報酬を与え、雇用した。宇宙機のファームウェアは継続的に更新され、小惑星群の軌道調整により衝突を回避する。各国政府は起業家を放置した。地上には解決すべき課題が山のようにある。
 巨大小惑星の一群が、地球の公転進行方向の後ろを、継続的にスイングバイする。地球の速度が落ち、軌道が内側に寄る。予見・阻止できなかった各国政府はメンツがつぶれる。
 やがて小惑星群が去り、地球の公転周期は三六〇日〇時間〇分〇秒、自転周期は二四時間〇分〇秒になる。起業家は「毎月三十日に固定されたので、需要があった月極プランを開始する」と発表。「そんなことのために軌道を?」と全世界が呆れる。
 
 以前の暦に合わせたソフトウェアの誤動作、記念日・誕生日の消滅に批判が出る。起業家は「これまでの二月二九日と同様、運用でカバーすればよい」と一蹴。
 一方、気象学者が、太陽に一%接近したことによる気温上昇を予想した。これに乗じて政府は反逆罪での逮捕を準備し、議会は公聴会に召喚した起業家を追求する。
 起業家の発言ターン、新規事業のプレゼンを始める。太陽光発電を拡大してベースエネルギーにし、化石燃料発電を二〇%削減、その結果、CO2排出削減によって、軌道変動由来の温暖化を相殺できることを示す。
 ライブ動画を視聴した人々や、一部の議員が起業家を称賛し、公聴会はお開きになる。
 その年は日数不足が原因で、多くの企業が売上目標未達、株価下落。起業家の事業もしかり。SNSで「ざまあ見ろ」と罵られた起業家は、SNSを買収し、気に入らないアカウントを片っ端から凍結した。

文字数:1198

内容に関するアピール

「地球近傍でアダマンタンを採取できる」が、最小限の嘘(フィクション設定)です。渋滞がむかつくからラスベガス近郊に穴掘って電気自動車を走らせるとか、好きなことを言いたいからSNSを買収するとかやってる富豪起業家なら、条件が揃えばやりそうだと考えました。そんな理由で、金と手間をかけんの?的な。
 日数が変動するにも関わらず、社会に「つき」の概念があるため、キリのいいサイクルかのように月払いが存在します。おかげで一月三一日に開始した月極サブスクの、請求日、日割り計算、うるう年の二月末例外処理が不必要に面倒です。これがむかつくから一年の日数自体を変えるまでの無双ドミノ倒し物語です。
 実作では「彼女がエスパーだったころ」や「グレート・ギャッツビー」のように、近くにいる人物に不可解さを語らせます。いかがでしょうか?
参考文献: 安達ら,「イオンエンジンの推進剤としての昇華性物質の検討」宇宙太陽発電 Vol.5, 2020

文字数:408

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スイングバイはミッションなのか

オーク材でできた焦げ茶色のドアをノックすると、どうぞ、と中からくぐもった声で返事がある。待機室とはいえ、議事堂のドアは重厚にできている。
 ドアを開けると、モダンな革張りのソファーに、濃いグレーのスーツを着た男性が座っていた。こちらに向けた顔は、確かにマックスだ。
「失礼します」
と、僕は声をかける。
「どちらさま?」
のりの効いた白いシャツ、形の整った紺色のネクタイ。平均的な、中年すぎの男性よりも、エネルギッシュに見えるが、顔の皺は増えたようだ。
「ご無沙汰しております。取引委員会の――」
「取引委員会が何の用?」
「お邪魔でしたら――」
「いや、大丈夫。中途半端に二十五分くらいあって、持て余していた」
時間があると言いつつも、会話がせっかちなのは相変わらずだ。
 マックスは、若いころからつぎつぎと事業を生み出し成功させた、連続起業家だ。今では電気自動車や宇宙開発に携わっている。マックスの発言ひとつで、株式市場が動く。
「ところで君は?」
「申し遅れました。ずいぶん前、簡易監査でお会いしました。月払いのことで――」
「あぁ、思い出したぞ。まだインターンだったな。何年前だっけ?」
 
 十五年前、マックスは、電気自動車のサブスクリプションを始めた。料金プランは週払いのみ。長期契約すると、週払いの料金が下がる。
 多くの消費者が月払いにしたいと要求した。四回払いの月と、五回払いの月があり、月ごとに支払額が変動するのがいやだ、という理由だった。
 マックスはその要求を拒絶した。気温が下がって電気代が上がっても、調整を求めたりしないではないか。祝日が多かったり、子どものサッカーの少なかったりでガソリン代が上下しても、調整を求めないではないか。受けているサービスに対価を支払ってもらいたい。そういう理屈だった。
 消費者のグループは、不平を取引委員会に持ち込んだ。けれど、取引委員会に重要な業務が溢れていたし、この問題自体に興味もなかったので、放っておいた。憤慨した消費者たちは、SNSで不満をぶちまけ、マックスと取引委員会にくってかかった。曰く、政府と大企業が結託して、消費者を苦しめている、権利を侵害している。
 マックスは、メニューが気に入らなければ他の店に行けばいい、とSNSで応戦した。僕がその投稿にいいねをつけると、消費者のグループに絡まれた。大企業にしっぽをふる犬、拝金主義者、消費者の敵。僕は自分のSNSアカウントをしばらく非公開にした。
 メディアからの取材や問い合わせが増え、取引委員会は何かしらポーズをとる必要があると判断した。そこで、形式的な簡易監査をすることになり、暇そうにしていたインターンが任命された。それが僕だ。
 僕はメールやファックス――他部署が持っていたのを借りた――で、マックスの会社に連絡したが、返答がなかった。電話をしても広報から発表しているとおりだ、と取りつく島もない。上司に相談すると、そういうのは取引委員会の封筒を使って送るんだよ、と、封筒のありかを教えてくれた。
 つたない文章を上司に直してもらい、封筒に入れて送ったところ、話が進み、一度対面で認識合わせをしましょう、ということになった。
 僕が訪問し、通された会議室には、広報でも会計担当でもなく、マックス本人がいた。
 月払いプランがないことで苦情が寄せられている、消費者の権利がみだりに奪われていないか確認したい、これは簡易的なものなので話をするだけだ。僕は、声と膝を震わせながら言った。
 当社のサービスががそうなってるだけだ。週単位でうちが所有する自動車を貸す、その代金を週単位で支払ってもらう。それだけだ。たしかにうちは月払いのプランを用意してない。じゃあ二ヶ月半ごとに支払うプランがなかったとして、何か問題があるのか。それと同じじゃないかな。
 そういうマックスの回答を、上司に報告書を提出すると、ほんとめんどくさい奴だなと言ったまま、その件は終わった。
 
「で、今日はどうしたの?」
「月払いを嫌がった理由をうかがおうと――」
「あのとき話しただろう」
「いまだに、よく分からないのです」
 そう、よく分からない。理屈はとおっているし、不正もない。けれど、たかだか一日、二日の誤差が出たって、月払いプランに大した影響しないはずだ。理解できるが共感できない。
「当時は電気自動車が高価だったので、顧客は空白期間を作りたくなかった。だからサブスクリプションは任意の日に開始できるようにした。月曜日のみ開始、月初にのみ開始のような制約はない、ということだ。分かるね?」
「はい」
「けれど月によって三十日だったり、三十一日だったり、二十八日だったりすると、債務と債権のバランスが一貫しない。料金は一定なのに、提供する価値が変動する」
「多くの企業は、数日の誤差には目をつぶって、月払いを提供してきたんですよ」
 社会では、当然とされる期待や常識というものがあって、そこから逸脱すると混乱が起こる。小さな不都合を受け入れることで、社会全体が大きな便益を得る。公共の福祉とは、そういうものだ。
「ふむ。多くの企業は、短期間で電気自動車を実用化できなかったけどな」
「祝日がある週は利用状況が変動しませんか?」
「祝日をどう過ごすかは、顧客が決めることだ。多くの人は休んでるかも知れないが、私はクリスマスにも仕事をする」
「そんなワーカホリックばかりじゃありませんよ」
「いいかい。われわれはサービスのキャパシティを提供し、顧客が使い方を選ぶ。そういうサービスだ。毎月の日数を選べない状況では、月払いこそアンフェアな契約だね」
 
 僕が簡易監査をしていたころ、世界中でもっと重要なことが起こっていた。小惑星の衝突も、そのひとつだ。
 地球近傍で複数の小惑星どうしが衝突し、珍しい物質が大量に宇宙空間を漂っている、と報道された。各国の宇宙開発組織は、ただちに危険はないと判断して、観測を継続するにとどめる。一般人の間では、オカルトや陰謀論を含む憶測が飛び交った。
 僕のまわりでも話題になっていたけれど、僕には何が起こっているのかよく分からなかった。もしかしたら、みんなそうだったかも知れない。けれど、常識がないと思われるのが嫌で、分かったふりをした。
 こういうとき、僕はいつも幼馴染のアリスに頼っていたものだ。家族ぐるみで仲がよく、幼いころから大学まで一緒で、それが続くだろうと僕は思っていた。アリスは物知りで、頭がよくて、優しくて、いつも僕を助けてくれた。それを僕は、おそらくアリスも、好意だと思っていた。
 物理学専攻のアリスは、何が起こっているのか教えてくれた。
 小惑星というのは、直径数メートルから数百メートルの天体で、太陽を公転している。大抵は岩石みたいなものだ。いまニュースになっている小惑星は、衝突したときに、欠けたり割れたりした。そのとき、内部にあった物質が宇宙空間を漂い始めた。観測によると、アダマンタンという物質だ。
 えーっとちょっと待ってね、と言って、アリスはスマートフォンで何か検索しはじめた。ふんふん、と頷きながら、どんどんページを開いていく。
 アダマンタンは炭化水素の結晶で、地球上では化学的に合成して、医薬品の原料に使われている。原油を蒸留して分離できるけれど、ごく微量だ。常温では昇華――個体から気体への相転移――する特性があり、刺激臭がある。昔、防虫剤に使っていた樟脳と似たようなものだ。吸い込んだら体には悪そうだけれど、万が一、地球にやってきても、地表に到達するまえに燃え尽きる。
 アリスは、そっちのほうが体に悪いと思うよ、と僕の口元を指さした。僕は、その日からマリファナを吸うのをやめた。もともと同級生たちの真似をしただけだったからだ。
 一年後、アリスと僕の両親は大学のある町にやってきて、卒業式に参列した。終わってから、みんなでレストランに行く。徹夜明けでレポートを提出した学生の胃袋に、コーヒーとパンケーキを供給して、午後の授業に送り出すことをミッションにしているような店だ。
 壁に設置されたテレビではニュース番組が流れていて、マックスの会社が話題になっていた。
 先週、マックス氏が経営する宇宙開発会社が、ロケットを打ち上げました。再利用可能なロケット開発を主たる事業とするため、これまでも日常的に打ち上げは実施されています。しかしながら、今回は複数の小型無人宇宙機を搭載し、しかも、第一宇宙速度を超えて楕円軌道に入りました。航空宇宙局の観測によると、宇宙機はアダマンタンを採取している可能性があると指摘されています。
 親たちは、また成金がよからぬことを考えてる、危ない物質で爆弾でも作ってるんじゃないのか、などと話し始める。僕とマックスに面識があることを持ち出し、大丈夫なのか、と責められる。
 いや、そういうことじゃないと思うよ、だよねアリス? と話をふる。アリスはパンケーキを飲み込んでから、イオンエンジンの原理はね、と話し始めた。
 大雑把にいうと、スプレーを噴射して進むようなものなんだよ。筒の中に気体を入れて、周りに電界をかけると、プラズマ化した気体が決まった方向に動く。反作用で、逆向きに筒が動く。その筒が宇宙機ってわけ。よく人工衛星や宇宙ステーションなんかが、プシュっと何かを噴射して角度を変えたり、移動したりしてるでしょ。あれだよ。
 エネルギー源は電力だけれど、噴出する物質が必要になる。キセノンを使うことが多いかな。高圧で液化してタンクに入れて、ロケットに積んでいく。
 マックスの宇宙機は、地球から推進剤を運ばずに、宇宙空間に漂っているアダマンタンを使っているみたい。昇華性の物質を推進剤にするという基本原理はずいぶん前からあったと思う。でも、用途がなかったから、実用化には時間がかかると思ってけどね。
 アリスの解説に、親たちは納得し、さすが航空宇宙局に就職が決まっただけのことはあると関心した。そして、相変わらずアリスに助けてもらってるんだね、と僕を茶化した。
 
 腕時計を見ると、まだ二十分ほど時間がある。
「あの宇宙機の推進剤は、いつから考えていたのですか?」
「アダマンタンが漂い始めてからだよ」
「そんな短期間で実用化を?」
「まあね。国の機関とはアプローチが違う。連中は何度も何度も紙とコンピューターで解決してから、やっと実験をする。うちは、ある程度シミュレーションができたら、プロトタイプで実験をする。だから早い」
 マックスは、あごを上げて、ぎりぎりふんぞり返らないくらいの姿勢で話す。自慢話をするときは、いつもこの姿勢だ。
「失敗のリスクを考えないのですか?」
「もちろん考えている」
「ですが、いきなりプロトタイプなんて」
「宇宙開発には『ミッション』と『バス』という考え方がある。アダマンタンが推進剤としてどのくらい使えるかを確認する、というのはミッションだ。実験が失敗するかも知れないし、アダマンタンが役に立たないことが分かるかも知れない。目標はあるけれど、期待どおりに行かないかも知れない。それがミッションだ。分かる?」
「ええ、分かります」
「バスは、ミッション遂行のための手段だ。地上の実験施設や計測装置がバス、アダマンタンのイオンエンジンがミッション。ロケットがバス、アダマンタンで推進する簡易宇宙機がミッション。そうやって、前進するんだよ」
 確かにそうかも知れないが、そんな金の使い方が許されるだろうか。あるいは、敷かれたレールから外れた生き方をするためには、ときには社会には許されないような逸脱が必要なのだろうか。
「私の金だ。正確には株主の金で、私が経営している」
「では、たくさんの宇宙機を打ち上げたとき、アダマンタンのエンジンはバスになっていた。ということですか?」
「そのとおり。ミッションはスイングバイだった」
 
 卒業後、僕はインターンからそのまま取引委員会の本部で、アリスは遠く離れた航空宇宙局で働き始めた。
 アリスは僕を助けてくれようとしたけれど、もはや授業を受けたり、宿題を提出しているわけじゃない。僕のほうが事情に詳しいことだってある。僕が助けを断っているうちに、アリスの申し出も減り、やがて連絡が減っていった。
 両親もアリスのことを話さなくなった。正確には、アリスと僕が一緒になることを前提にした未来について話さなくなった。社交辞令や、親密さや、ちょっとした冗談に近いものが混じり合ったものだったのだろう。幼い僕は、外部から与えられたアリスとの親密さを、好意のようなものだと勘違いしたのかも知れない。
 働き始めて二年ほど経ったころ、出張でアリスの住む街を訪れる機会があった。ちょっとだけ時間ができたから、もしよかったら、と言い訳じみた連絡をすると、アリスはお茶しようと返事をくれた。
 航空宇宙局のカフェテリアには、フリーズドライのアイスクリームというメニューがある。宇宙食らしい。きめの細かいパサパサしたビスケットのような食感で、僕はコーヒーに浸しながらかじった。
 マックスの宇宙機が小惑星を押している、とアリスは言った。僕は開拓しようとしてるのかな、と聞いてみた。マックスはもともと、火星に移住するためにはリサイクルできるロケットが必要だ、という信念から宇宙開発会社を設立したからだ。
 アリスは、小惑星は人が住めるような環境でも、大きさでもないと言った。代わりにスイングバイの話を聞かせてくれた。
 マックスの無人宇宙機は、直径数メートルの小惑星に接地する。地球で巨大なロケットを接地させることに比べれば簡単だ。それぞれの宇宙機は小惑星を押す、という動作を繰り返している。アダマンタンが足りなくなったら、漂っている結晶を採取して、航行を再開する。
 押された小惑星群は、大きな――直径数十メートルくらいの――小惑星に衝突する。いくつもの小惑星に衝突された結果、大きな小惑星は軌道が変わってしまい、別のより大きな――直径百メートルくらいの――小惑星のすぐ近くをかすめて飛行する。これをスイングバイという。
 スイングバイすると、天体どうしの重力の相互作用により、運動エネルギーが変わる。つまり速度が変わる。その結果、大きいほうの小惑星の軌道がずれていき、さらに大きな直径数百メートルの小惑星にスイングバイする。そこからさに大きな小惑星にスイングバイし……と多数の小惑星どうしのスイングバイが連鎖している。小惑星群は軌道を変え続けており、三体問題を遥かに超える複雑さで、継続的に互いの軌道に影響を及ぼし合っている。
 スイングバイ自体は、長距離宇宙航行で実用化されている方法だけれど、小惑星が連鎖的にスイングバイさせるようなことは、これが初めてだという。
 そういう話をアリスはしてくれた。
 もちろん政府は、マックスに説明を求めた。だが、実験だと回答があっただけだ。実際問題として、地球外軌道での、小惑星の衝突や軌道のずれは珍しくないし、地球に落下してくるわけでもない。人工衛星の打ち上げや弾道ミサイルの実験のほうが、あるいは感染症流行や大国の紛争のほうが、地上の人類とってはるかに驚異なのだ。政府はマックスを放っておいた。
 
「あと十五分だ」
「スイングバイも最初は実験だったのですね」
「そう。だから失敗もあった」
「宇宙空間での実験にしては、次のフェーズに移るのが早かったと思います。実験を端折ったのでは?」
「イエスでもあり、ノーでもある。物理的な実験の回数は端折っている。そのぶんシミュレーションがカバーするケースを増やした。見当違いな物理的な実験を減らせたんだよ」
「それでチャーリーを雇ったのですね」
「そうだ。スイングバイは、もはやバスになっていたからね」
 
 口の中をからからにして、フリーズドライのアイスクリームを食べ終わったころ、よれよれのTシャツとだぼだぼのジーンズを着た、三十代くらいの男性が職員が入ってきて、コーヒーを注ぎ始めた。あの人は何をしているのかと、僕はアリスに尋ねた。この機関には研究者か事務員しかいないと思っていたからだ。アリスは、チャーリーは技師で、新しい軌道シミュレーターを開発している過程でスイングバイ連鎖の危険性を発見したのだ、と教えてくれた。
 やあアリス、友達かい、とチャーリーがこちらに近づいてきた。もうすぐ辞めるから仕事はほとんどないんだ、と言いながら席についた。
 チャーリーはもともとスイングバイ航行のプロジェクトに所属して、航行シミュレーターを開発していた。
 Y=2X+1
 という式があるとする。Y=7となるようなXは、解析的に算出できる。式変形すると、
 X=(Y − 1)÷ 2 = (7 − 1)÷ 2 = 6 ÷ 2 = 3
 となる。
 けれど、宇宙航行はもっと複雑で、解析的に解を算出できない。九月三日に火星に到着させたいとき、どんなに式変形をしても、何月何日にロケットを発射すればよいかに答える式を得られない。
 だからシミュレーションを繰り返して、適切な日を探し出す。一月ならどうか、ああ早すぎる。三月はどうか、ああ遅すぎる。じゃあ二月か。そうやって解を探索をしていく。
 チャーリーはその計算を高速化した。大雑把にいうと、いくつかのパターンで予想した結果を、機械学習させることで、途中の計算過程を厳密に計算せずに済ませる。単純に機械学習させるのではなく、軌道計算の専門知識を利用することで、精度と速度を両立させているという。
 計算能力のアピールのため、チャーリーはスイングバイをしている小惑星群の軌道をシミュレーションした。質量が小さい物体どうしの相互作用とはいえ、小惑星の数が多いぶん複雑だった。シミュレーション結果は、小惑星群が地球に接近することを予言していた。
 チャーリーは上司に報告したが、それ以上、上には報告されなかった。チャーリーは技師という職種で、組織内では相対的に立場が低い。論文を書くこともない。そのため研究成果とは認められなかったのだ。
 しかたなくチャーリーは、マックスのSNSにダイレクトメッセージを送った。マックスは謝意を伝え、報酬を送った。そればかりか高額の雇用条件を提示した。チャーリーは受け入れ、航空宇宙局を退職することにしたという。
 コーヒーを飲みながらチャーリーは、明日ちょっとしたお別れパーティがあるんだ、アリスも来るんだよ、君もどう? と僕を誘った。
 どうしようかなと言いながら、僕はスマートフォンのカレンダーを確認する。今日の午後から、明日の夕方まで「アリス」という予定でブロックしてある。お茶以外に約束はないけれど、このあと一緒にいるかも知れないと思ったからだ。いや、一緒にいるつもりだった。
 けれどアリスにはアリスの生活がここにあって、明日はチャーリーのパーティに行くと決まっている。そのチャーリーは、マックスに乞われて転職する。
 僕は、悪いけどそろそろ空港に行かないと、みたいなことを言って、コーヒーを飲み干した。カレンダーの予定は削除した。
 
「チャーリーと会ったことがあるのか」
「僕のことは、忘れてると思いますが。時間は大丈夫ですか?」
「あと十分ほどある。チャーリーはよくやってくれた。大きな計算リソースを与えたら、さらに高精度なシミュレーションができるようになった」
「チャーリーを雇う前にも、シミュレーションしてたんでしょう?」
「していたよ。けれどチャーリーの精度と速度は桁違いだった。遠隔で宇宙機のファームウェアをアップデートして、宇宙機の動きを変えて――」
「小惑星の軌道を変えて、スイングバイの連鎖軌道も変えた、と」
「そのとおり」
「チャーリーの予測がなかったら、小惑星は衝突したのでは? あまりに危険すぎる」
「いや、もともと衝突はしなかった。精度が甘かったので安全率を高めにとってあったんだ。小惑星が地球に接近しすぎないように、遠くの軌道をとるようにしていた」
 マックスは、左の拳を突き出し、その周りを右手の人差し指をくるくる回す。地球と小惑星軌道のつもりだろう。
「チャーリーの高速、高精度なシミュレーションのおかげで、もっと地球に接近させても安全だと分かった。地球の周り人工衛星との衝突も回避できるしね」
「そんなギャンブルみたいなことを」
「逆だよ。シミュレーション精度が上がったから、安全に地球に接近できたんだ。自動運転の性能が高いから、安全に高速走行できるようにね」
「そして予定よりも地球に接近できたから、ミッションも早く完了した、と」
 
 フリーズドライのアイスクリームから、五年。ビデオ通話画面の向こうにいるアリスは、マックスなんかに興味を持つ人間の気が知れないと、かすれた声で言った。マックスのせいで連日、広報官としての仕事に追われているアリスにしたら、散らかしっぱなしで、後片付けをしない悪ガキのようなものなのだ。
 僕はマックスの考え方を知りたかった。起業したいわけじゃないけれど、自分のミッションをどうやって見つけているのか、その思考過程を知りたかった。僕はこれまで、与えられた課題、あるいは、たまたま目の前にあったことを、自分のミッションだと信じて、取り組んできた。でもそれはミッションなんかじゃなくて、誰かの無責任な思いつきだったり、会ったこともない自己啓発書の著者の意見だった。アリスとお互いに好意を持っていた気がするけど、なんだかあいまいで、しかも確認するようなタイミングは、とっくに逃してしまった。
 マックスは地球を壊そうとしているのだろうか、と僕が尋ねると、アリスはうつむいたまま首を横にふる。各国の宇宙開発機関の望遠鏡や宇宙ステーションの観測結果を寄せ集めたところ、正確に衝突回避しているという。
 小惑星が大きな小惑星にスイングバイし、それがさらに大きな小惑星にスイングバイし……が連鎖し、小惑星群の軌道が大きく変わり続けた。その結果、地球と月の両方の周りの、いびつな軌道上を小惑星群が回っている。まるで土星の輪のように。
 小惑星群は、地球の公転方向の後ろ側をスイングバイする。重力を介したエネルギー交換により、地球の速度がほんの少し落ち、小惑星の速度が大きくなる。
 そのまま小惑星群は月に向かい、月の公転方向の前をスイングバイする。その結果、月の速度がほんの少し上がり、小惑星の速度がほんの少し落ちる。こうして、地球の運動エネルギーを、月の運動エネルギーに移し替えていたのだ。
 地球と月の質量差が大きいため、月がどんどん早くなる。しかし、別の小惑星群の塊が、月の運動エネルギーを、さらに別の天体に運び出すことで、月の公転速度が速くなりすぎるのを防いでいた。
 速度が落ちた地球は、太陽との距離を維持できなくなり、太陽に落ちていく。それでも結構な速度で動いているため、一定の距離を保ったまま落ち続ける。つまり、内側の軌道で安定して公転をする。
 スイングバイは、十年近く続いた。
 地球の公転軌道が変化することなど、誰も想像していなかった。地上の揉め事にかかりきりだった各国の政府は、マックスのミッションを予見できず、メンツを失っていた。
 僕はアリスに、メンツを取り戻すことがミッションなのかと尋ねた。アリスは単なる仕事だと答えた。自分や組織が持っている有益な情報を、広い世界に伝えていくことがミッションなのだという。幼馴染として僕を助ける役割を終えて、広報官として世界に伝える役割を担っていた。僕だけが、まだアリスのまわりを回っている。
 小惑星群が去り、地球の公転速度の変化が止まるまで、さらに三年かかった。そのころには、小惑星が衝突して破損した人工衛星の損害賠償をめぐる裁判も、ひととおり決着がついていた。
 地球の公転周期は三六〇日〇時間〇分〇秒、自転周期は二四時間〇分〇秒に固定された。
 国連が主導し、一ヶ月を三十日とする暦を定めるのに、大して時間はかからなかった。一年は十二ヶ月、一ヶ月は三十日、一日は二十四時間。例外はない。うるう年もない。
 暦の名前はもめた。マックスは、自分の名前を冠すると期待していたし、主張した。ユリウス・カエサルが制定した暦をユリウス暦、グレゴリウス十三世が指導した暦をグレゴリオ暦と呼ぶように。けれども、メンツを潰された国連も各国政府は、マックスの名前を入れたがらなかった。結局、公共性という理由づけでISO8600番台の無味乾燥な符号が与えられただけだ。僕も含めて、みんな「ISOのやつ」と呼んでいる。
 
「そうして、あなたは月払いプランを開始しました」
「消費者や取引委員会が望んでいたとおりにね」
「たったそれだけの理由で、地球の軌道を変えたんですか」
「順番が逆だ。月の日数を固定するために、美しく合理的な暦のために、地球を少しばかり動かした。毎月三十日に固定できたから、月払いを提供してもいいかなと思った」
「全世界があなたに呆れていますよ」
「主語が大きいな。私は全世界に呆れている」
「目的語が大きいですよ」
 僕はためいきをついてしまった。マックスの眉間に皺がよる。苛立たせたのかも知れない。
「あと五分しかありません。あのですね。僕が言いたいのは、引き起こされた混乱や、使われたエネルギーが膨大すぎるってことです。あなただって、さすがに不必要な混乱だったとは思っているでしょう」
 マックスは答えない。代わりに、目を見開き、口角をあげ、肩をすくめる。
「月払いの話ですが」
「君はしつこいな」
「予測可能な誤差として吸収できたのではありませんか。祝日にビジネスの稼働が減少することを、あなたは許容しているわけですし」
 マックスは黙っている。
「何が気に入らないのですか?」
「ちょっとした計算に、条件分岐が必要になる。今日から三ヶ月後まで何日あるか、を計算するときに、今日が何年の何月かによって条件が煩雑になる」
「でも計算できますよね」
「ああ、できるよ。でも美しくない。六ヶ月後の今日まで、何日ある?」
「えーっと、今日が八月三十一日ですから、二月の末日までの日数ってことですね。九月と十一月は三十日。十月、十二月、一月は三十一日。合わせて、えーっと百五十三日」
「二月は?」
「四で割り切れる年は、うるう年だから、二十九日ですね。だから、合計は、百八十二日」
「じゃあ、今日が一九〇〇年だったとしたら?」
「同じことでは?」
 何か間違ったのだろうか。マックスはニヤニヤしている。
「西暦年が一〇〇で割り切れる年は、原則としてうるう年ではない。こういう例外ケースが、至るところにある。君たちも使っている表計算ソフトも、一九〇〇年二月二十九日が存在するように振る舞う関数がある。『ひと月』というのは、想像している以上にキリの悪い単位なんだよ」
「一年を五日も短くする必要がありましたか? うるう年ぶんの ¼ 日だけでもよかったのでは」
「分かってないな。それだと月の日数がばらつくだろう。君たちが大好きな月払いに一貫性がなくなる」
「それを解決するのがITでは?」
 マックスがため息をつく。肩をすくめ、目をぐるりと回し、唇を尖らせて大げさにヒューと小さな音を出す。それから人差し指を向けてきた。
「いいか」
眼光が鋭い。顔が少し紅潮している。
「昔は、君たちが気づかないところで、多くの人々が少しずつ混乱を抑え込んでいたんだ。毎月の日数が一貫していなくても、強引に日割り計算をして、理解のできないバカな客を説得してきた。表計算ソフトが歴史的に抱えるバグに、現場のビジネスパーソンが頭を悩ませ、ネットで解決策を検索していた。『ひと月』をキリのよい単位だと思い込む連中――君たちのことだよ――のために、多くのエンジニアが残業したり、夜中に叩き起こされたりしてきた。そういう分散して見えないコストの総和こそが膨大だ。人類にとって莫大な損失だったんだよ」
 そこでマックスは一息つく。ペットボトルの蓋を開いて、水を飲む。
「私の十五年がかりのプロジェクトで、将来発生する無駄を潰したんだよ。投資対効果としては、かなり割がいいと思うね」
 この数年の混乱が些末なことである、と、マックスが本気で信じているのか、屁理屈を捏ねているだけなのか、僕には判断できない。けれども、それが解決すべき課題であり、自分のミッションであり、自らの意志で取り組んだことは間違いない。なんとなく目の前から進路を選び取り、毎月の日数が変動することに一切の疑問を持たないで生きてきた僕とは対象的だ。
 
 ISOの新しい暦が施行されると、多くの既存ソフトウェアが誤動作した。電子機器に組み込まれたソフトウェアはアップデートができないことが多い。僕の両親も、毎月のように、手動でデジタル目覚まし時計の日付を調整していた。あまりに不便そうなので、僕は新しい目覚まし時計を贈った。きっと、工場や流通システムに組み込まれている電子機械は、こんなものでは済まないだろうと思う。
 社会的な混乱もあった。一月、三月、五月、七月、八月、十月、十二月の第三十一日がなくなり、誕生日がなくなった人や、記念日を失った国や地域が出てきた。また二月三十日の発生も、人々を混乱させた。
 マックスは、運用でカバーできる範囲だと一笑した。グレゴリオ暦を使った四百年にわたって、二月二十九日生まれの人々は、四年に一回しか誕生日がこなかったじゃないか。それを「誕生日の前日二十四時に、年齢が上がる」とかいうたてつけで運用してきたんだろう。しかも今後は、新たにそういう日は発生しない。まだ生きている三十一日生まれの連中が死んだら、問題ですらなくなる。
 そういうことをSNSで発言し、当然、反感を買った。
 一方、地球が太陽に近づくことで、気候への影響は直感的に懸念されていた。けれど、周期的な気候変動や、人間の経済活動の影響が大きく、軌道変化の影響の度合いは、しばらく明らかではなかった。ところが三ヶ月前、気象局と大学の合同プロジェクトチームが、ここ数年、気温上昇に対して、地球軌道変化が三十〜四十五パーセント寄与していると発表した。
 国際的にラディカルな環境保護団体が、マックスを強く非難する声明を発表すると、非難ムードが世界中に広がった。そして、世界中の人々が、この国の政府が無策であることを非難しはじめた。
 政府は、マックスをつぶす機会をうかがっていた。あらゆる組織が、マックスのスキャンダルを探し回っていた。僕も再び不正な取引がないか監査を命じられた。いちゃもんをつけられそうな活動がいくつかあったけれど、あまりに些細だった。他の省庁も似たようなものだっただろう。
 最終的に、政府は反逆罪で立件することにした。ただし世界中が注目しているので、国際世論を味方につけたまま進める必要がある。
 今日、マックスは議会の公聴会に召喚され、議事堂内の待機室にいるというわけだ。公聴会で絞り上げられ、糾弾された後、議事堂の外で警察に呼び止められ、取り調べを受けることになるだろう。
 マックスは、攻撃的な発言をすることはあるけれども、悪意のようなものは感じられない、と僕は感じている。とられどころがない、とも思う。逮捕される前に、もう一度、会って話したい。僕は、議事堂での用事のスケジュールを調整し、面会がかなった。
 
「時間だ」
マックスは立ち上がり、一緒に部屋を出る。ドアを出て左がロビー、右が公聴会の会場。僕は会場には入れない。
「僕はここで失礼します。幸運を祈ります」
マックスはニヤリと笑い、じゃあな、と手を挙げて、会場のほうに歩いていった。
 僕はロビーに移動し、壁際の小さな椅子に腰かけた。外にはメディアが押し寄せていて、警察が待機している。しばらくはロビーにいるほうが落ち着いていられそうだ。
 スマートフォンで動画配信アプリを開く。公聴会は穏やかに始まった。形式的な開会があり、目的を確認し、議員たちが当たり障りのない質問をし、マックスが答える。キリのよい暦を作るためにやった、というマックスの回答を、議員たちは理解できないようだ。僕だって、ずいぶん長い時間をかけて理解できるようになった。共感は難しいけれど。最初から反逆罪でしょっかせる気でいる議員たちは、からかわれていると感じているかも知れない。
 公聴会のトーンは質問というより、糾弾する雰囲気に変わってきた。動画配信アプリの画面にも、議員側を応援するコメントが増えている。そうだそうだ。いいぞ、もっと言ってやれ。拝金野郎が。
 議長が、一旦議員たちを黙らせた。マックスに何か言いたいことは、と尋ねる。マックスはうなづき、設置された大型スクリーンを指差す。経営する会社のロゴが映し出されている。タイトルの文字は読み取れないが、プレゼンテーションを始めるようだ。
 何人かの議員が立ち上がって、どう責任をるのかと問うていると怒鳴った。修辞的疑問だよなと、僕は思う。どう責任を取るを知りたいのではない。ただ糾弾したいのだ。
 もう一度、マックスは議長のほうを向き、議長は黙ってうなづく。マックスが話し始めた。
 議員のみなさんは、私が事業利益のために人類を危険に晒したと言いました。ですから、まずは、その事業について話しましょう。本日、新規事業を発足しました。
 高効率の太陽光発電設備の建設と運用を提供するソリューションです。これまで、太陽光発電は効率が悪く、しかも蓄電のコストがかかりすぎることが課題だと言われ続けてきました。しかしながら、私の電気自動車会社には、高性能な発電および蓄電技術があり、イノベーションを続けてきました。
 こちらの写真をご覧ください。このビール工場の発電・蓄電設備は、すべて我々のテクノロジーを使っています。発電はもちろん重要ですが、蓄電も重要です。電気自動車で培ったバッテリー技術により、太陽光発電からの余剰エネルギーを蓄電し再利用できます。
 実証実験は完了し、環境当局の許可もとれました。本日より次のプロジェクトを発足します。まずは、南西部の砂漠にある発電設備をすべて入れ替えるところからスタートします。他にも、いくつかの既存設備や新規発電所と交渉が始まっています。契約締結が完了次第、順次、発表します。
 試算では、設備置き換えによって、化石燃料発電を二十パーセント削減でき、その結果、二酸化炭素の排出量も相応に削減できます。これにより、軌道変動由来の温暖化を相殺できる計算になります。もう一度、申し上げます。本日発足した新規事業により、そして、邪魔されなければ、温暖化をチャラにできます。
 議長、以上です。
 マックスは静かに、にこやかに着席した。
 一部の議員が立ち上がり、拍手をして称賛をする。他の議員は、何か怒鳴っているようだが、マイクが音声を拾えていない。不意を突かれた議員たちは、新たな修辞的質問を思いつけず、公聴会は混乱し停滞してしまった。議長が閉会を宣言。動画配信が終了したので議事堂の状況が分からない。
 SNSでは、マックスが新事業計画を次々に投稿している。また、所有する事業会社の決算報告も合わせて投稿していく。売上を、新規発電事業の投資に回しているので、連結では赤字になっているが、既存ビジネスでは黒字だ。ただ、一年の日数が少なくなったせいで、売上目標が未達になっていて、それに応答するように株価が少し下がっている。もちろんマックスは、そのような投資家の評価は間違いだと嘲笑する投稿をしている。
 しかし、マックスを嫌うSNSユーザーたちは、ざまあ、バカじゃねーの、言い訳が見苦しい、と、しつこく罵しり続けた。マックスは罵倒投稿に「よくないね」をつけていき、わざわざスクリーンショットを撮って投稿。さらに罵倒が続く。
 相変わらずだ。ちょっとした不愉快さや不都合は、黙って見過ごせばいいものを。けれど、マックスはいちいち正さずにはいられないのだ。一ヶ月を三十日に固定したように。
 マックスは、世界を変えられると信じている。労力のかけ方と、その見返りのバランスは、マックスにとっては適切なのだ。自分が望む方向に、世界を押す。動かないこともある。失敗することもある。けれど、続けているうちに、はずみがついて回り始めたのだろう。
 目の前に差し出されたメニューから選び続けてきた僕とは、大違いだ。だからこそ、僕はマックスに惹かれ続けた。
 SNSに戻ると、マックスがあらたな買収が完了したことを追加発表した。さんざん揉めて、何度も買収中止をほのめかし、問題視されてきた、このSNSの買収だ。
 マックスは、今日「よくないね」をつけたユーザーのアカウントを凍結する、異議申立はサポートページから受け付ける、と宣言した。僕はその投稿にいいねをつけた。

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