電子な小悪魔の過去・未来・運命

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梗 概

電子な小悪魔の過去・未来・運命

 インターネット空間に自分のアバターを持って楽しむことが普及した社会。仮想空間で出会った一組のカップルが、現実では富豪とオフィスワーカーで実際に結婚したため、仮想空間は本気の恋愛を手に入れられる、との認識も冗談半分ではあるが広まる。
  テツヤはその話を本気にせず、半ば好奇心、半ば仮想空間での金を稼ぐためホストクラブで働いていた。
 テツヤを時折指名する客がいた。ジーン・テイラーと名乗り、女性でややスレンダーなボディとつり上がった目に薄めの唇、その唇の端だけを上げて笑うアバターだった。世界をリアルにするために、業務として入っている人間も存在するので本当の客かどうかはテツヤには判断しかねたが、何となく本物の客だろうとテツヤは思っていた。「明日もあるから今日は早くオフする」等の言葉もそれらしかった。
 ある週末、やや肌の露出が多目の服を纏ったジーンが、ソファで伸びをして言う。
「何もかもがウソって分かっているから、思いっきり遊べるし酔える。危ない奴がいればオフすればいい」
 そうかもしれませんね、と相槌をうって、テツヤはここが仮想空間であるとあらためて実感した。酔いの方はバグの恐れもあるので、現実世界とはまた別の心配をしなくてはならないが。
 ジーンとの会話は、スポーツにも似て頭をフル回転させる皮肉やジョークの応酬が多く、テツヤは自分がこの空間ではホストであることを忘れて楽しむことも少なくなかった。
 しかし、指名どころか、顔を見ないほどにジーンは消えた。よくあることだ。多少寂ししさを感じたが、テツヤはログインして楽しみ続けていた。
 指名が入り、証明がやや暗いソファにテツヤは足を運んだ。
 レトロ、時代遅れ、いっそ伝統を守る名門校。そんな詰め襟の学生服に身を包んだ、見かけは十代半ばのアバターがいた。
 この場所に入れることから、中の人間は成人していることが見当は付いた。アバターはジーン・テイラーを名乗った。ふさわしい言葉を探している間に、ジーンは人生のやり直しをシミュレーションしたくなって、暫く学生生活を楽しんでいた、と語った。流石の度胸だ、とカクテルグラスを口に運ぶ詰め襟姿のジーンに告げつつ、テツヤはシミュレーション結果が現実の「ジーン」の精神に及ぼす影響を心配した。ジーンが唇の端を上げて笑う。
「どうせ架空の場所なんだから」
「そうでした」
テツヤはジーンの求めに応じて、新しいカクテルを注文した。しなやかな強さをテツヤは羨み、自分もそうありたいと願った。
 久し振りに己のあり方を考えさせられた。ここはまさしく本気の感情を得られる場所なのかも知れない。テツヤのアバターは苦笑を浮かべた。

文字数:1098

内容に関するアピール

本来考えていた物とは違う小品がするするっと出てきました。気楽に

書けて楽しかったです。求められた主題とは違う気もしますが。あと、

「行ったこともない場所を書くな」の批判は勘弁して下さい。

文字数:91

課題提出者一覧