梗 概
サイズがあわない
結婚という制度が、配偶者登録にかわってしまった社会である。宮下は、30代の派遣営業職で、配偶者登録を済ませて同居する妻はさいきん精神的に不安定であった。妻は共稼ぎもやめ、家事もあまりできず、なかばこもっている。
宮下に、派遣先の新商品の営業がまわってくる。
心理療法の器械で、アメリカの商品であったがあまり売れず、日本にまわってきた。「ギャップフィラー」と呼ばれ、自己の「心理的サイズ」と「生理的サイズ」のギャップを埋めるという。自分を変えることで環境に適応する文化により向いている、と、開発者のコメントがついていた。
売り込み先に指定されたのは矯正施設や、教育施設であった。実績がないので売れないところで、心理療法を名乗る施設が何台か購入する。
数か月後、その施設の運営は軌道に乗っていた。事前に遺伝子解析をうけたうえで、毎夜頭に装着するのであるが、心理面に作用するのではなかった。心理面は、成長期の神経回路形成によるものでこれは修正できず、これに対して、各種の遺伝子の活性化による身体的な対応を目指すものであった。
その施設では主に、性的不適合とよばれるものに使用、心理的な性に対応したホルモンバランスをギャップフィラーが実現し、使用者の心理的安定は大きかった。この実績から、矯正施設での性的不適合者への使用が開始されると聞き、ほかの心理的不適合にも応用できるという論文も紹介されたことから、宮下は、じぶんの妻に使用してみようと考えた。
サンプルとして貸与されているものを持ち帰る。妻はあまり歓迎しないままに使用を始めるが、落ち着くといって、引きこもったまま指定より長時間の使用を続けた。妻のギャップがどこにあったのか宮下にはわからないままだったが、やがて妻は、部屋から出て、自分もギャップフィラーを販売し始めた。小柄な妻は、顎や指がやや大きくなり、自分の本来のサイズにからだが近づいていると語る。動作も大きくなり、宮下に対してやや喧嘩腰になることが増えた。性生活もなく、配偶者登録の解消を宮下は考える。妻は、パートナーシップについての考え方がなっていないと宮下をなじる。本来の自分となったうえでの結合を主張する妻と、むき出しのままの人間同士ではつながりようがないという宮下はかみあわない。
ギャップフィラーは、「本来の自分らしく」というキャッチで拡がっていくが、使用者による争いが目立つようになって、国が規制をかける。使用できなくなった妻は、容姿がかわったまま、ふたたび引きこもる。
思考や思想の統制をおこなったうえでギャップフィラーを使用するのが社会内での秩序を守るために必要という論文があらわれるが閲覧禁止となる。ギャップフィラーは、思想統制のつよいある国に大規模に販売されたという話を宮下はきく。その国は、やがて、自分の国のサイズを本来のものにもどすと主張して、周辺諸国に戦争を仕掛ける。
文字数:1199
内容に関するアピール
ちいさなところからエスカレーション、というと、むかしながらの「修身斉家治国平天下」、一身からはじめて国の問題にまでしてしまう思考を思い出します。
人間の志向性に、あとづけで体の方まで変えてしまうなら、その多様性には冗長性がなくなってぶつかりあうばかりとなりそうです(意味不明)。志向性を強要される社会は、そのうち人間もみんなかわってしまって身動きがとれなくなるだろうなあ、などとあまり役に立たないことを考えながら梗概をつくりました。しかしオチは大きな嘘ではなくただの現実のような気がしてきました。
文字数:248