私探しカーニバル

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私探しカーニバル

「自分探しの旅に行こう!」
 夏休み、私の部屋でだらだらしてると、ユウがいきなり立ち上がって言った。
「なんで?」
「退屈だし、大学生っぽいことしたいじゃん」
 私、アイは花の女子大生だ。しかし大学生になれば自動的に青春になるのかと思ったらそんなことはなかった。サークルも入らず、勉強もがんばらずいると無の日々が過ぎ去っていった。そして高校からの付き合いであるユウとだらだらしてたら、いつのまにか大学生活の半分が終わっていた。春は来ず、花は咲かなかった。そんな状況に、焦燥感がないと言えば嘘になる。
「確かに来年はもう就活だもんなあ」
「だろ? そんな時こそ自分探しだ!」
 自分探し、手垢に塗れた言葉。それを開き直ってあえて宣言することで恥ずかしさを誤魔化そうとしてる。でもだからこそそれは本心なのだ。
「本当は青春したいのだ。そんなユウの気持ちもわかるのだった」
「全部聞こえてるわ! うるせえ! 行こう!」
 そういうわけで私たちは大学三年の夏休み、就活前の最後のモラトリアム、あてもない旅をすることにした。
 そこからは早かった。
 ユウが持ってたバイクに乗って、手ぶらで、目的地もない。そんな勢いだけの旅に出た。
 都会を出る。といってもしばらく同じような街の景色が続く。のっぺりとした日本の風景を感じる。
「あっちに行こう」
 ユウがスマホを見ながら、バイクを走らせる。よくわからんけど目的地があるのだろう。
 道の駅とかトンネルとか、徐々に旅っぽい雰囲気が出てくる。風を感じる。自分探しの旅、よくわからんが、なんかやってる感はあった。
 気がつけば国道から遠くはなれて、道の横には鬱蒼とした森が。夏だしと余裕こいてたらあっという間に暗くなった。だいぶ来た。もはや舗装もガタガタだ。
 ちょっと不安になって、ユウに尋ねる。
「今更聞くのもなんだけど、どこに向かってるの?」
「さあ」
 さっぱりした返事が返ってきた。
「え、たまにグーグルマップ見てんじゃん」
「うん。でも地図見て、良さげな道の全部逆を行ってるからわかんない」
「道の逆張りしないで」
「自分探しだぞ。自由の旅だから。既にある道に私たちの進路を狭められたくないんだ」
「浅いこと言ってないで。そもそもここはどこなん?」
「どっかの山奥」
「それはわかるけど」
 軽口を叩いてると、違和感があった。バイクが止まった。
「あ、ガス欠だ」
 さらっと怖いことを言われた。私たちがいるのはまさにどっかの山奥だ。周囲は暗く、森に囲まれていて、視界もままならない。
「いやいや、大丈夫なの?」
「まーなんとかなるっしょ……あっ!」
 ユウがスマホを見て声をあげる。なんだろう、なんかやばいことでもあったのか。
「株価が下がってる」
「そんなの見なくていいから。私たち遭難寸前なんだからもうちょい真面目に……」
「あっ、円安ドル安になってる」
「どういう状況? 世界恐慌なの?」
「あっバッテリー切れた」
 ……嘘だろおい。
「あっ、雨だ」
「どんだけやばくなんだよ!」
 とか言ってるうちに、ポツポツはザーになり、どんどんザーザーの嵐になっていった。当然、傘などは持っていない。バイクはとりあえず置きっぱで、道の脇、森の中に入って雨をやりすごす。
 ユウと並んで顔を見合わせる。この状況を招いた戦犯野郎は、ひきつった笑顔を浮かべて、ぼそっと言った。
「……詰んだか」
「おい。本気でやばくないこれ?」
「とりあえず歩こっか」
「愚策っぽい」
「私、どっちが東かわかるから」
「そんなんで東京に帰ろうとすんな」
そんなことを言いながら、バイクを放って森に沿って歩いていく。
「おいおいマジか。遭難すんぞ」
歩く。寒いし、霧で先が見えない。
「……よし」
 ユウが決意したように呟く。なにか案が浮かんだのだろうか
「転生しますか」
 覚悟決めてるけど前向きだ。
「無能力だけど最強みたいな能力がほしいなー」
「ああ欲が深い」
「あとはテレポート能力がほしい」
 今の素直な気持ちだ。限界を感じる。
「じゃあアイは? なにになりたい?」
「神になりたい」
「テキトーに返事すな」
 気力体力の限界なだけだ。普段インドアだからバイクに揺られてるだけでも疲れた。そんでこの有様だ。パニックにならない方がおかしい。
意識朦朧としていたら、霧の中、ぼんやりとした光が見えた。幻覚か? それともほんとに転生か?
「いや、あれは……」
「人生なんもしてこなかったから逆に悔い無いかもなあ」
 すでに諦めムードに入ってるユウの肩を叩いて、私は大声で言う。
「見て、あれ! 明かりがある! 村だ!」
「っしゃあ!」
 ユウが復活の声をあげる。
「村人に酒と肉でもわけてもらおう」
「三国志の価値観だ」
 最後の力を振り絞って、私たちは光に向かって歩いて行った。
 家の前まで来た。
 ぽつんと建っている小屋。森の中にあるのがふさわしいような見た目。三匹の子豚ならギリ吹き飛ばされそうな感じ。
 インターホンとかはないようだ。扉っぽいところを叩いてノックする。
「すいませーん。自分探しの旅をしてたら死にそうです」
 情けないことを言っていると、ガラガラと音がして扉が開いた。そこから顔が覗く。
「は、はい?」
 女子が出てきた。私たちとそこまで変わらなそうな年齢。おずおずとした様子だ。
「あのー私達、迷っちゃったんですけど、助けてくれませんか?」
 急に受け入れてくれると思えないが、非常事態だ。端的に伝える。
「ああ、旅人ですか。わかりました。どうぞ」
 予想に反してスムーズだった。女は扉を全開にし、私たちを招き入れてくれる。
「ど、どうも。ありがとうございます」
 物分かりの良さに困惑しながら、靴を脱いであがる。中は和風の昔の建物って雰囲気だ。
「ずぶ濡れですね。これどうぞ」
 タオルを出してもらう。体を拭く。
「あ、服も着替えてください」
 旅館の浴衣みたいなのを出される。喜んで着る。
「これもどうぞ。食べてください」
 お椀を出される。
「えーっと」
「村で取れた野菜のスープです。どうぞ」
 座って飲む。素材の味だ。栄養補給。
 ああ、生き返る。至れりつくせりだ。完全に体力回復して、一息つく。
「……いや、順調すぎない?」
 ユウと顔を見合わせる。疑問に思う。
「やっぱ田舎は優しいな」
「そうなのかな……やたらテキパキしてるような」
 女子が目の前に座る。一息ついて、私は改めて頭を下げる。
「あの、助けてくれて、ありがとう」
「いえいえ当然ですから…あれ?」
 女子が私達の顔を、ぐいっと見てくる。
「お二人は、外から来られたんですか?」
 外から? なんか変な言葉だが、答える。
「うん、東京から」
「と、東京から来られたんですか!? 本当ですか!??」
 食いついてきた。な、なんだ? なんで今更こんな驚いてるんだ? 最初はテキパキしてたのに。
 私たちの訝しげな様子を見て、女が言う。
「まさか本当に旅人とは……いえその、すいません、村民同士を泊めるとかはよくあるので」
 だとしても普通にわかりそうなもんだけど……。
「その、ここは僻地の村で、外から来るとなると、よっぽど逆張りの道を通らないと来られないはずなんですが……」
 本当にそんな行き方なのかよ。
「あ、あの、私はアイで、こっちはユウです」
 変な雰囲気を変えるために、私はとりあえず自己紹介してみる。
「あ、私はハルといいます。すいません、興奮してしまって。その……私、東京に憧れてるんです!」
「そ、そうなんだ」
 ハルというらしい。やたらぐいぐい来る子だ。
「渋谷とかすごいんですよね!? みんな自由にお洒落して、夜でも明るくて、毎日がお祭りみたいな!」
「ま、まあね」
 言葉を濁す。東京育ちだけどファッションとか興味ないから渋谷などほとんど行ったことない。なんか怖そうみたいなイメージしかない。
「放課後は渋谷もそうだし、あと大森貝塚とかよく行くよ」
 ユウがテキトーなことを言う。行ったことねえわ。
「もっと聞かせてください! 私、東京は帝都物語の知識がメインでして」
「だいぶ偏ってるな……」
「東京はそうだなー。ギャルとかタピオカとかいるよ」
 さっきからめちゃくちゃふわっとしてるが、私たちの知識の限界だ。話題を変えよう。
「ハルはずっとこの村に住んでるの?」
「はい。お母さんは東京に行っちゃって、父親は…死んじゃいました。だから一人暮らしなんです」
 話題を変えようとしたら気まずい情報を聞き出してしまった。
「ふーん。気まずいし、もう寝ようか」
「地雷踏んだと思って強引に逃げようとすんな」
「いえいえそんな、気にしてませんから」
 平然と言う。本当に気にしてないようだ。でもこっちが気になる。一人暮らしなんてやっていけるのだろうか。個人的な事情を深く聞くのはよくないけど。
「でも一人暮らしなんてやってけるの?」
 ユウはバカだから深く聞いた。
「なんとかやっていけますよ。村民同士の助け合いもありますし、公衆衛生もしっかりしてますから」
 思ったより現実的な単語が返ってきた。でもよかった。最初の反応が変だったからちょっと不安だったけど、いい村のようだ。
「この村、名前はなんて言うの?」
「変態村です」
「やっぱやべー村じゃねえか!」
「い、いえあの、虫の変態的な意味ですよ」
「あーそれなら普通か」
 普通でもないだろ。
「それより、もっと東京の話を聞かせてください!」
 強引に話題を戻された。よっぽど知りたいらしい。
 その後も私たちは都会について、あることないこと吹き込んでいった。
 うん、少なくとも、ハルは悪い人じゃなさそうだ。なにより助かった。死ぬところだったし。
 生を感じながら、夜が更けていった。

 目を覚ます。
 知らない空気が鼻をさし、知らない布団の重みを感じ、知らない視界が広がる。
思い出す。そうだ。私達、村に迷い込んでたんだった。
「おはようございます」
 声をかけられる。ハルだ。一晩で結構仲良くなった。主に東京についてテキトー言ってるだけだったけど。
「えーっと、この後、どうします?」
「ハル、村を案内してよ。そしたら帰るからさ」
 ユウが起きてきて言った。
「どうやって帰るの?」
「まあテキトーに歩いてればなんとかなるっしょ」
 ユウに聞いても無駄なので、ハルに尋ねる。
「えーっと、なんとか国道に出て青看板探せばなんとかなると思います」
「Googleマップの位置特定の仕方だ」
「すいません、私も外に出たことないので……とりあえず、村をご紹介します!」
 誤魔化されつつ、ハルが戸を開く。私たちも靴を履いて後に続く。
 視界が広がった。初めて村の様子が見える。
 緑があってあぜ道があって田んぼがあって、典型的な、理想の村という感じだ。
 光。晴れてる。におい。雨の水気を含んだ、自然を煮詰めたような匂い。五感が活性化するのがわかる。
「空気がおいしいってこういう感じなんだな」
「そうだね」
 普通に頷いてしまう。都会とは全く違う感覚に、体が癒されたような気持ちになる。
「ここに来て正解だったろ」
「最初から来る予定だったみたいに言うな」
 三人でのんびりと道を歩く。
「こういう村、本当にあるんだね」
「なんか落ち着くよな。お祭りとかやってないの?」
「昔はあったみたいですけど。盆踊りみたいのが。ここしばらくはやってないみたいです」
「ふーん」
 他愛もない会話をしながら村を回る。
「ハルも東京来なよ。案内するからさ」
「本当ですか? ありがとうございます!」
 平和な会話だ。いいムードだなあ。本当に旅に来たって感じがする。
 ピンポンパンポン
 和んでいると突然、チャイム音が聞こえた。
『村民のみなさん』
 男の声だ。校内放送のような、録音でスピーカーから発せられたような低音ボイス。どこかから、村全体に流れているようだ。
『問題が発生しました。至急、神社にお集まりください』
 アナウンスは短く終わった。
「……あ」
 ハルが真顔になる。緊張した感じだ。なんだろう。
「すいません、帰れなくなりました」
「え?」
 シンプルな言葉に、困惑の相槌しか打てない。 
「なに? なんかあったの?」
「……はい。お二人も、来てください」
 ハルはさっきまでの楽しげな雰囲気から一転して、虚な足取りで歩いて行く。私達も、困惑しながらついていった。
 しばらく歩いた先、人の集まりがあった。人数は多く、フェスのような雰囲気。村民たちが集まっているようだ。
 村の中心なんだろうか。広場のようになっている。奥には石段が伸びて、その先には立派な建物が見える。神社だ。厳かな雰囲気がある。
 そこに男が現れた。老人だ。地位がありそうな雰囲気がある。みながそっちを向く。
なにが始まるんだろう。
「フェスでもやんのかな」
ユウがぼそっと呟く。しょーもない同じ発想をしてしまったことを悔やんでいると、老人が大 声で話を始めた。
「えー、皆さんに集まってもらったのは他でもありません。昨日の大雨の影響で、土砂崩れが起きました」
 そんなだったのか。危なかった。
「なので解決のために、生贄を出します」
……ん?
 耳慣れない単語が、さらっと聞こえた。
「というわけで、誰か生贄になってもいいぞ、って人」
 村長が手を挙げる。立候補を促しているのだろうか。
「…………」
 みんな黙っている。だって生贄とか、え?そんなん……
「は、はい!」
 元気の良い声。隣から聞こえた。
 ハルだった。
「え?」
 改めて見る。緊張して強張った顔。震えながら手が挙がっている。
「私、生贄になります!」
 生贄、本当にそう言っている。
「ハルちゃんも生贄に行く日が来たのね」
「がんばれよ」
 周囲の人に話しかけられている。
 え、なにこの感じ。
 状況に追いつけず見ていると、ハルと目が合った。
「アイさん」
 話しかけられる。
「ありがとうございました。私、最後にお二人と話せて嬉しかったです。おかげで、決心がつきました」
「いやいや、え? なに?」
 困惑の声しかあげられない。ユウも目を丸くして黙っている。それでも状況は先に進んでいく。
「それでは、さようなら」
 お使いにでも行くようなトーンであっさりそう言って、ハルは歩き出した。
 人混みをかき分けて、石段を上がっていく。全員の視線を背に受けて。足取りは震えながらも、まっすぐに進む。
 神社の入り口、老人の前までたどり着いた。
 そこには、大きな箱のようなものがあった。地面に直置きされた、シンプルな立方体。ハルはそこに入って行って、見えなくなった。ふたが閉じられる。
 老人の横にいた男が取り出す。
 それは、剣だった。
 用途は予想がつく。そしてすぐに、実現した。
 剣は、箱に突き刺された。
「これにて、生贄は神に捧げられた」
 老人が宣言した。
「「「おお!」」」
 村民たちが満足そうに叫んでいる。
 その様子は、なにかに取り憑かれたようで。私たち二人を置いて、熱狂に包まれている。
 理解できない光景が、目の前を過ぎ去っていった。

 村民たちはぱらぱらと、平然と解散していった。
 私たちはどうすればいいかわからず、黙ってその場を離れた。逃げ出したかったからだ。あの場所からも、村民たちからも、異様な空気からも、全てから。
そしてハルの家に戻ってきた。壁を隔ててるところに行きたかった。安心したかった。家主は、いない。ユウと二人きりだ。
 座り込む。遭難した昨日よりも圧倒的に疲れ果てている。
「やばくない?」
 なんとかそれだけを絞り出した。
「やばいね」
 やばいということが再認識される。なにも進んでないが、確実にやばい。
「やばいよ。さっさと帰ろうよ」
「うん……でも、土砂崩れとか言ってたし」
「そんなこと言ったってさ! やばいじゃんここ!」
「落ち着け」
 ユウが言う。私よりは冷静のようだ。普段からふざけてる分、危機的状況では頼りになるのかもしれない。
「もしかしたらこれは、仮想現実かもしれない」
「ああ全然ダメだった。現実と虚構の区別がついてない」
「とりあえず私たちは、やばい村に迷い込んだらしい」
 ユウはそれでも落ち着いた口調で、現状を一言でまとめてくれた。
「なにがやばいか。直接に危害は加えられてない。あの生贄だ」
「そうだね」
「おかしいのはまず、土砂崩れに対して生贄を出すところ。でもそれだけならまだ怖い村あるあるだろう」
「いや、ねーよ」
「もっとおかしいのは、生贄が立候補制なところだ。生贄にもかかわらず自発的。私たち自体はなにもされてない。ハルさんも昨日は普通だった。だからいきなり襲われたりはしないと思う」
「そうなの……かな」
 だいぶ楽観的だけど、とりあえず、少しだけ落ち着いた。
「でも、あんな剣をグサグサ刺す儀式とか、どうなってんの?」
「山上兄弟みたいだったな」
「あんまりグサグサやってるイメージないけど」
「そっかプリンセス天功か」
 マジでどっちでもいい。
「だからさ、きっと生きてるよ」
「なにがだからなの?」
「山上兄弟だっててじなーにゃをやめて大人になっても手品やってるよ」
「そっちじゃなくてハルさんのほうだから。今はボケがめんどいから」
「だからその、プリンセス天功みたいになんとかなるって」
「気休めのロジックが強引すぎる」
 生きてるわけない。それを口に出したくはなかった。
 怯えていたら、夜になった。
「とりあえず今日はじっとしてよう。なにかするにしても、明日だ」
「……そうだね」
 私たちは布団に入る。
 その日は当然、眠れなかった。

 朝になった。状況はなにも変わってない。
「とりあえず、外に出てみよっか」
 ユウが言った。
「そのとりあえず歩く発想でこんな村に迷い込んだんじゃ」
「でも籠城してるわけにもいかないっしょ」
「それは……まあ、確かに」
 外に出る。相変わらずの晴れ。昨日いい天気で空気がうまいとかほざいてた自分を殴りたい。
 恐る恐る、歩く。スニーカーで土の道を踏み締めて、こそこそと。意味はないだろうけど音を殺して、人と会わないように歩を進めていく。
 昨日の広場に来た。
 人だかりがあった。昨日よりは少ないけど。ざわざわしている。
「またなんかの儀式かな」
 様子を伺う。村人たちの会話に耳をすます。
「ずいぶんと……どこで……」
「うん、あたし……」
「じゃあ……東京から……旅を……それはよう来た……」
「えっ!」
 驚いてユウと目を合わせる。
 東京、旅。そんな単語。誰が来たんだ。私たちと同じだ。希望だ。助けあえるかもしれない。
 こっそりと近づく。後ろから背伸びして、人混みの中心を見る。
 女だ。目に入るのは金髪。巨大化したまつ毛。白くて赤い頬。派手なメイク。そしてちゃらちゃらした服。村には似合わない、きらびやかな外見。
ギャルがいた。渋谷からワープしてきたかのような雰囲気。
 しかし違和感があった。不自然な外見にではない。顔にどこか見覚えがあった。じっと見ていると、目があった。
「あ、よろしくー」
 ギャルは私たちに向けて、軽いあいさつをした。その声で、疑念が身を結ぶ。
「え、ハル?」
 その姿は、昨日生贄に捧げられたハルに似ていた。
「ん? 誰それ」
 女がわざとらしく首をかしげてとぼける。
「いや、ハルだよね!?」
 見た目は全然違うけど、顔や声がそうだ。自信はないけど。
「あたし、はるぽよって呼んで」
「やっぱハルじゃん!」
「んー放課後は大森貝塚とか行くよ」
「それ私たちが言ったやつだろ!そんなギャルいないから!やっぱハルだろ!」
「よくわかんないけど、じゃあねー」
 手をぶんぶん振って、去って行った。
「……どういうこと?」
 ユウと顔を見合わせる。わからない。困惑が続いている。
「なにが起きてるの?」
「わからん」
 わからんが怒涛の勢いで来た。ハルだったよな? 私達の会話のネタ知ってたし。 とりあえず生きてる? でもなんで、服が変わってる? なんで別人になってんの?
「わからんわからん……」
 それしか言えずに立ちすくむ。
「君たち」
「うわっ!?」
 急に声がかけられてびっくりしてしまった。
「外から来た旅人だね?」
「え、は、はい」
 目の前におじさんがいた。警戒しつつ頷く。
「わからないことだらけだろう?」
「は、はい。そ、そうです」
 なにがわからないのかもわからない。
「この村に伝わる唄を聞けば、わかるよ」
 なんだ。村に伝わる唄? なにそれ? ますますわかんないけど、教えてくれるのか?
「どんな唄なんですか?」
「それはこれを見ればわかるよ」
 差し出される。小さく折り畳まれた紙だった。ところどころ傷んでボロボロになっている。
「なんですかこれ」
「この村に伝わる唄の歌詞カードだ」
「伝承の唄に歌詞カードがあんのか……」
 困惑しつつ、紙を広げて目を落とす。
『この村はなにか問題が起きると神の怒りと解釈する。それを鎮めるために生贄を出す。しかし生贄は実は死んでいない。なぜなら生贄を出しまくってると人が足りなくなるからだ。だから死んだと見せかけて別人になり戻ってくることにした。そして別人になるにあたっては、当人がそのキャラを自由に選択することができる。この村では、人は、生まれ変わることができる』
 読み終わった。
 頭が痛くなってくる。謎の制度。説明になってるのかとか、なんの解決にもなってないとか、色々思う。だがまず言いたい。
「あの、歌詞が全然唄っぽくないんですけど」
 思いっきり説明文だ。
「内容ははっきり言わないと、唄って大体リズムに乗ってるだけで歌詞とか聞いてくれないからね」
 じゃあいちいち唄にすんなよと思ってると、ユウが口を挟む。
「でも最近の歌は歌詞を聞かせようとしすぎって甲本ヒロトが言ってましたよ」
「それもまたロックだね」
「ロックだよね」
「急に意気投合しないで」
「とにかく、僕らの村はずっと昔、だいたい寛永からこのシステムでやってきてるから」
 いつだかわからない。ノリで元号変えてた時代だ。
「寛永っていったら、まだyoutubeとか流行ってなくて、ustreamとかのころですよね」
「ustreamそんな昔じゃないから。しょーもない話進めないで」
 全然なにもわからないのに、話が脱線してしまうの、地獄だ。
「えーっと、つまり…」
「つまり、この村では人は自分が決めたキャラになれると」
 ユウ飲み込みはやっ。
「おじさんはなにキャラなんですか?」
「そうだね、僕は……」
 少し間をとって、口開く。なんなのだろう。
「村の入り口にいて新参者にルールを説明するキャラだ」
「なんだそのキャラ。そんなんもありなのかよ。なんでそんなんになりたいんだ」
 ついツッコミをいれてしまう。
「僕は説明が好きでね。なんでも説明できる人間、荒俣宏みたいになりたいんだ」
「荒俣宏そんなんじゃないから」
「なるほど。好きを仕事にすることにしたわけですね」
「いいように言わないで。説明キャラってなんだよ」
「つまり彼女は昨日、生贄として死に、そしてギャルキャラとして蘇ったというわけだ」
「……はあ」
「彼女はずっとこの村で暮らしてきて、それで変身しようとしたんだ。おそらく、なにかきっかけがあったんだろうな。都会に刺激を受けるような」
 ……え、私達のせいなん?
「それじゃあね。またなにかわからないことがあったら、説明してあげるよ」
 説明おじさんは去っていった。悪いことはされなかったが、あまり絡みたくない人だった
 しかし説明はされたが、理解が追いつかない。私たちは二人、広場に立ち尽くす。
「つまりこの村は、生贄に出されたら死んだ扱いになるけど、自分の意志で別のキャラになって戻ってこれる村ってことか」
 ユウは理解が追いついてるようだ。
「じゃあハルはその、とりあえず生きてるけど、別人になって、それは私たちのせいってこと?」
「まあそんなんは自己責任よな」
「ドライだ」
「東京に憧れてるとか言ってたし、もともと思ってたんじゃないか。てかどこ行ったんだろうな。私たちがいる元の家? でも別人になってるなら違うとこなのか?」
「とりあえずハルに会いに行こうよ。まだわからないことばっかだし」
「そうだな。誰かに聞いてみよう」
 改めて見回す。人はぽつぽつといる。よく見ると変な外見の人が多い。なんかのキャラになってるのだろう。今までは村という先入観で気づかなかった。
「なるべくまともそうな人に話しかけようよ」
「そうだな……あ、すいませーん」
 ユウが話しかけに行った。
「はい、なんでしょうか」
 お姉さんだ。質素な服で、髪を後ろで括って、箒を持って掃除している。
「あら、見ない顔ですね」
 まともそうな見た目、まともそうな話し方だ。よしよし。
「あの、私たち、旅人で、その、どこに行けばいいとかあります?」
「無難なのは誰かの家に泊めてもらうことですね」
 お姉さんが優しく教えてくれる。そうか。だからハルは、私たちが最初に訪ねた時、あんなテキパキしてたのか。旅人を泊め慣れてるんだ。
「あと、宿屋がありますよ」
「そんなのあるんですか」
「はい。この村に頻繁に旅人が来るので、その方達向けの施設があります」
 なぜか頻繁に旅人が来る。そこの根幹には触れないらしい。
「教えていただいてありがとうございます。お姉さんがまともな人でよかったです」
「ふふ。えーっと宿屋への行き方は……」
 お姉さんは眉間に皺を寄せて、こめかみに手を当てて言った。
「宿屋、300メートル直進。右折して150メートル直進。道を渡って斜め左方向、20m先、右側にあります」
 やたら詳細なルート情報を教えてくれた。どこかで聞いたことある定型文だ。なんだっけ、えーっと。
「Googleマップ内蔵人間だ!」
「……いやなにそのキャラ?」
 疑問に思ってよく見ると、背中から配線のようなものが出ている。大人しい女性のこの姿、どこかで見たことあるような……
「……あ! 人工知能学会の表紙の炎上したキャラだ!」
 ユウが思いついたように大声を出した。そんなんあったな。懐かしい。
「正解です」
 お姉さんが言う。正解ですじゃねえよ。なんでそんなキャラを選ぶんだ!
「私、以前は東京で働いてたのですが、AIに仕事を奪われてしまいまして。それ以来AIを憎む気持ちと、AIに憧れる気持ちの二律背反がありました。そしたらこの世間から叩かれ捨てられた女性ロボット型AIのキャラと出会いまして。自らの境遇と重ね合わせて親近感が湧いたのです。最善がわかるAIも、人の心はわからない。だから私自身がそんなAIになろうと思ったのです」
「そうっすか。さようなら」
 やっぱやべー人だったと判断し、私たちはそそくさと離れて、指定されたルートで宿屋に向かった。

「あ、これだ」
 ユウが声を上げる。目の前に、一際大きな建物があった。看板に、宿屋とそのまま書いてある。瓦とか立派な屋根ついている。想像以上に立派だ。
 中に入る。木でできた内装。旅館のような雰囲気だ。玄関で靴を脱ぐ。下駄箱に靴がたくさん入ってるので私たちも並べていると、受付らしき人に話しかけられる。
「いらっしゃいませ。宿泊されますか?」
「あ、いえ、その、人を探してて」
「どうぞご自由に。部屋はあちらですので」
 指示された先、廊下を進む。大部屋が一つのようだ。扉を開くと、そこには大量の人がいた。部屋には二段ベッドが並んでいて、バックパッカー的な雰囲気。和室なのに二段ベッド。和洋折衷といえば聞こえはいいけどテキトーだろう。そこで床に座ったりとくつろいでる人々、村とは思えない活気。その一角に、見覚えのあるギャルの姿があった。
「あ、ハルだ」
 私は声をかけるが、無視される。
「……はるぽよさん?」
「あ、また会ったねー」
 返事された。やはりこの村に来たギャルというスタンスは崩さないらしい。
「なんの用だ?」
 どれくらい別人になったのだろう。探りを入れてみるか。
「私たちこの村に来て、ハルって人に泊めてもらってたんだけど、家、勝手に使ってていいと思う?」
「ん、まー知らないけどいいんじゃない?」
 いいらしい。他人のことって感じを保っている。
「じゃあ壁にトゲトゲつけるDIYでもしようかな」
「……まあいいんじゃないの。知らんし」
 ちょっと葛藤が見える。別人になったと言っても無意識レベルじゃなくて、演技してるくらいのようだ。
「はるぽよはこの村で、なにするつもりなの?」
「んーテレクラでもしようかな」
 ああギャルの情報が古い。全然この村に来る理由になってないし。
「おや、新しい旅人かい?」
 近くにいる男が話しかけてきた。この人も旅人なんだろうか。
「私は就職したのだけど、出社1日目でなんか違うなとなって、会社をやめて、旅をしてるんだ」
「沢木耕太郎みたいなエピソードですね」
「それでヒッチハイクをしていたら、ここにたどり着いたんだ」
「はあ」
 なんでここに辿り着くんだよと思っていたら、また別の男が話しかけてくる。
「私は世界の果てを探して船旅をしていたら、ここに流れ着いたんだ」
「ここたぶん内陸だぞ」
「世界の果てはどうなってるのか……おそらく大きな滝があって、そこを落ちると神様に釣竿で吊られて戻ってくると思うんだが」
「そんなマリオカートのコースアウトみたいな感じじゃねえよ」
「私は勇者。魔王を倒すため。パーティを追放された。それでここに流れ着いたんだ」
「追放されすぎだろ」
 やべーキャラもいる。共通しているのは、全員、旅人ということだ。
「……そうか」
 私は気づいた。
 自由なキャラになって、その上でこの村にいる辻褄を合わせようとすると、旅人になりがちなんだ。そしてみんな、宿屋に集まる。だからこんなに繁盛してるんだ。そして終いには、共同生活みたいになる。自由な旅人を目指してたはずなのに、集団化してしまう。
「帰ろっか」
 私は言った。ハルに会えばなにか情報が得られると思ったが、悲しいことに特にそんなこともなさそうだ。大量の旅人、いや村人たちの視線を背に受けて部屋を出る。廊下を歩いて、出口へ。
「ご利用はされないのですか?」
 受付が訝しそうに尋ねてくる。私たちが本当に旅人なのもわかってて珍しいのだろう。
「あ、大丈夫です」
「ねえ、ここって、食事とかはどうしてるの?」
 ユウが割り込んで基本的なことを聞いていた。
「無料ですよ。生活に必要な最低限は支給されます」
「そんなんでやっていけるの?」
「まれびと、という概念はご存知ですか?」
「え? あーはいはい知ってるよ。あれね。でも一応教えてもらおうかな」
 知らなそうだ。
「外部から来る旅人は、古来より神として歓待されたという民俗学の概念です。それは閉鎖的な村で血が濃くならないよう外部から種を欲しがるという意味があったと言われています」
 説明された。それがなんだと言うのだろう。
「まれびとは歓待しなければならないので、食糧は大丈夫なんです」
 方法を聞いてるのに理由を答えられた。
「いや、その、心構えを聞いてるんじゃなくてですね」
「まれびとは歓待しなければなりませんから」
「だからそれが可能な原理を……」
「まれびとは歓待しなければなりませんから」
 急にRPGの宿屋みたいな、繰り返す会話になった。
「またのご利用お待ちしてます」
「ああRPGの宿屋の別れの挨拶」
 私たちは外に出た。
「どうしよっか」
 私が言うと、ユウが答える。
「一度家に戻ると、なにか起きるかもしれませんよ」
「お前もRPGみたいにならなくていいんだよ」
 虚しい気持ちでになりながら、ハルの家に戻る。いつのまにか私たちの拠点みたいな扱いになっている。
「今のうちに登記とか移しちゃおっか」
「揉めそうだからやめて」
 少し緊張がほぐれて他愛無い会話をしてると到着。だが扉の前に、男がいた。
 作業服のようなものを着て、ダンボールを置いている。中には野菜が。昨日も食べたものだ。そして、宿にも大量にあったもの。
 彼が配ってくれてるのだろうか。あいさつしてみる。
「あ、どうも。ありがとうございます」
「消えろ」
 怖い人だった。
「えーっと、食糧は、あなたが作ってくれてるんですか?」
「あ?」
 諦めずに対話を試みるも、態度悪いやつだった。なんでそんなやつが野菜配ってるんだ。
「その、不思議なんですけど、こんなところでどうやって生きてるのかなって。宿屋にもあるみたいですし、その、どうやって自給自足してるんですか?」
「俺たち農民が作ってんだよ」
 シンプルすぎる回答だ。
「人間は植物に支配されてるからな」
「え?」
 急にどうした。
「人間が植物を使ってるつもりかもしれないけどな、実は違うんだ。植物が人間を利用して生息を拡大して生き延びてるんだ。人は植物の奴隷なんだよ」
「あ、サピエンス全史を読んだやつがドヤ顔で語ってくるやつだ」
 ユウが言う。なんだそのあるある。
「まあそうだな」
 あっさり肯定された。
「だから俺は、人間を滅ぼすために、植物を作ってるんだ」
 植物側だった!
「個性、顔、それは美しい花のようなものだ。あそこの宿屋にも、お前らも咲き乱れている。身体は茎。その下に、根を張ってる。それは見えないところで、絡み合っているんだ」
 いきなり語り出した。この村の人間は、自分の好きなことを話したがって会話が通じないっぽい。
「繋がらないと生きていけない。人はただの、大きな人なんだ。だから俺は、こうやって野菜を育ててるんだ」
 よくわからないが、わかったことがある。こいつは変な思想にかぶれてる農家だ。
「でもそれだけで足りるんですか? 配給とかそんな分量」
「旅人どもも手伝ってくるけどな。ボランティアだ」
「はあ……」
 一瞬納得しかけたが、それってこの村の農民が旅人に変身して、そんでボランティアとして手伝ってるという名目で農業をやってるってことか。回り道にも程がある。
「じゃあな。お前らもいつか土に還る」
 男は決め台詞らしきものを言って去っていった。
 私たちは元ハルの家に入って、靴を脱いで座る。ふうっと息をはく。久しぶりに落ち着く。ただひたすら混乱した一日だった。
「いやーキモい村だった」
 ユウがわかりやすい感想を言う。
「なにがキモいってさ。説明おじさんとか、AI女とか、宿屋の受付とかさ、それっぽく説明してくるのがおかしいよな」
「気になるところそこなの?」
「だってハルは私たちを知らんぷりしてただろ? キャラ変みたいなことしたわけで。でもあのおじさんとかは、システムの説明とかしていいんか? よくわからんけどルール違反なんじゃないの? しかもその説明も全体的にキモかったし」
 やっぱりユウはちょっと冷静だ。私はもう、なにがおかしいのかもわからない。脳がキャパオーバーしている。
「明日は色んなとこ見てみようか」
 ユウのその言葉、こいつはやっぱ冷静じゃない。私はきっぱり言う。
「違うから。どうやって帰る?」
「え、帰るの? 食糧もあるみたいだしいい村じゃん。旅行に来たと思えばさ」
「よくそんなテンションでいられるな」
 今すぐにでも逃げたい。こんな村、おかしい。
「おかしいよ、神様なんていないのに。みんなキャラ変とか、死んだことにしてるとか」
「え、神様ってほんとはいないの?」
「いま茶化さないで」
 ちょっと神経質になってる。自分でもそれがわかる。ユウも察してくれたのか、真面目そうな顔で言う。
「でも、どこだってそうじゃない?神様がいないなんて知ってるけど、いるように振る舞ってるじゃん。クリスマスとか、神頼みとか」
「そうだけど……キャラ変とか、なんなの?おかしいよ」
「私たちも無意識になにかのキャラなんだ。それを自分で決められるなら、いいシステムなのかもな」
「なんでユウがそっち側なんだよ」
 とにかく疲れ果てた。
 濡らしたタオルで体を拭く。ハルのものと思われる服に着替えて、布団に入って、そのまま泥のように眠った。

 ドンガラガッシャーン
 けたたましい音で目覚めた。
「な、なに!?」
 起きる。外に出る。朝日がうっすら登っている。ぱっと見は異常ない。村にいること自体に異常を感じなくなってきてる自分が腹立たしい。
 ピンポンパンポン
 困惑してると、チャイムがなった。
『村民のみなさん』
 アナウンスが村に流れる。その無機質な声に、背筋が凍る。
『問題が発生しました。至急、神社にお集まりください』
「また、生贄会議かなこれ」
 ユウが起きてきた。浴衣がはだけているけど、顔は少し強張っている。
「行こうぜ」
「……そうするしかないか」
 私たちは緊張しながら、神社に向かった。
 神社の前の広場に到着。すでに人混みが形成されている。周囲を見回す。前は余裕なくてわからなかったが、変な格好の村民ばかりだ。またこの中から、キャラ変したいとか言い出すやつが現れるのだろうか。
 階段の上に、村長らしき爺さんが現れる。前も見たその人が言う。
「先日の雨の影響で、再び土砂崩れがあった」
「この村、災害起きすぎだろ」
 ついぼそっとつっこんでしまう。
「生贄に頼って治水とかなにもやってないからね」
 聞いたことある声。隣を見る。説明おじさんが小声で説明してきていた。別にいらないからその説明。
「これは神の怒りだ。生贄を出さねばならない」
 村長が続ける。これも前と同じだ。どうせならハルのと一回にまとめろよ。そんで効果なかったって気付け。
「というわけで、生贄になりたい人」
 毒づいていると募集が始まっていた。再びの挙手制。もはや生贄に対しても滑稽に見えて、緊張感が薄れてる自分に気づく。
「いませんか? 誰か出るまで帰れませんよ」
 帰りの会みたいなことを言ってるし。こんなことをやって、なんの意味が……
「……はい!」
 声が上がった。また誰か、酔狂なやつが現れたらしい。誰だろう。
「私、やります!」
 その宣言は、私の隣から聞こえてきた。
 声の方を見る。ビョンと張った腕。見知ったそれが目に入る。
 立候補したのは、ユウだった。
「……え、マジ?」
「ちょっと楽しそうじゃん。自分探しみたいなもんでさ」
 唖然とする私に、ユウは楽しそうに言う。正気と思えない。
「いや、そんな、なにされるかわかんないんだよ? 別人になるなんて、もしかしてやばい薬とか、脳手術とかされたりとか……」
「まあなんとかなるっしょ」
 投げやりなことを言う。
「良いのだな?」
「はい!」
 村長からの確認にユウは元気よく頷いて、歩いていく。人混みをかき分けて、みんなの前に出る。
「じゃあね」
 最後に振り返って、私に笑顔で手を振る。そして石段を上がっていく。村民たちが黙って、ユウのことを見つめている。そして登り切った先、前と同じ。大きな箱がある。仕組みはわからないが、よく見れば典型的な手品のようなものだ。死なない。そういう制度らしい。それはハルで確認したし、ほかの変なキャラたちも見た。だから本当に殺されたりはしない。それはわかった。
 それでも、怖い。
 ユウが箱に入る。男が剣を突き刺す。
「これにて、生贄は神に捧げられた」
 村長が宣言した。
「「「おお!」」」
 村民たちが満足そうに叫んでいる。
 前にも見た光景。
 そして前と違うこと。
 ユウが私の隣から、いなくなった。
 村人たちは解散し、私はハルの家に戻ってきた。すっかり馴染んだ家だ。しかし、決定的に違う。
「あいつまじか。どんだけ人生舐めてんだ。正気じゃないだろ。そんなに自分探ししたいんか?」
 口に出してツッコミを入れる。
「…………」
 返事はない。一人になったのは久しぶりだ。
「そもそもここに来た時もあいつのノリで死にかけたし、自分探しとかも本気なのかもよくわからんし、あいつずっと無茶苦茶で、そのくせ私以外にはコミュ障なとこあるし、でも私にもなに考えてるかよくわかんないし、ほんとさあ……」
 溜まった文句をダラダラ言ってると、夜になった。
「……寝るか」
 宣言して、寝ようと努める。
 やることは決まっている。
 明日、ユウの変身を見る。
 ハルの時と同じなら、神社にいるはずだ。

 目を覚ます。まだ日は登る前だ。それでもいい。私は朝一で神社に向かう。
「あいつ、わざわざキャラ変するくらいなんだから、よっぽど面白いキャラになんだろうなおい。しょーもなかったらキレるぞ。もしなんか洗脳とかされても知らん! 自業自得だ!」
 自らを鼓舞するために文句を言いながら歩く。
 神社についた。まだ誰もいない。一番乗りだ。そのまま広場の端っこでしゃがんで、ユウを待つ。ちょこちょこ人が集まってくる。
「さて、今日はどんなのが来るかな」
 野次馬だ。来るのがわかってる旅人ってなんだよ。今更この制度につっこんでもしゃーないけどさ。
 待つ。日が昇って暑くなってくる。
「んーもったいぶんなあ」
 来ない。待つ。陽が沈む。夜になる。
 来ない。待つ。
「ちっ、おせーなあ」「だいたい日中に来るんだけどなあ」
 周りの奴らからも不満が漏れる。だからこいつらなんなんだよ。
 でも、ちょっと不安になる。たしかにハルは昼には来てた。もしかしてなんか異常があったんじゃ……
「おっ」
 声が上がった。私は立ち上がって、石段の上を見る。
 月明かりに照らされる、人の姿があった。遠くから見てもわかる。ユウだ。こうやってくるのか。とりあえず生きてるらしい。
 見た目。大きな黒の服を着て、マントがヒラヒラしてる。顔になんか塗ってる。右手に革の鞄を抱えている。変な格好だ。カッコつけたコスプレのような。
 広場に降りてきて、私達の目の前まで来た。
「ユウ!」
 声をかける。目が合う、口が開いた。
「…………」
 返事がない。
「……ユウ?」
 様子が変だ。
「……お前、誰だ?」
 たっぷりの沈黙のあと、返ってきた言葉。それに背筋が凍る。
 そうだ、知らないフリなんだ。別人になったって、設定なんだ。たぶん。知った相手に誰と言われるのはゾクっとする。とりあえず挨拶する。
「私は、アイ」
「そうか……ぐっ」
 ユウはいきなりうめき出した。
「がっ…」
 喉を押さえてしゃがみ込んでいる。
「なにこれ、どうしたの?」
 まさか、なんか変なことをされたんじゃ……脳を改造とか。わかんないけど、色んな恐怖が頭を駆け巡る。
「チ……」
「え?」
 なんか言った。聞き返す。
「ちを…血をくれ」
 ……どういうこと?
「ユウ……ユウ!」
 焦って、ユウに抱きつく。様子がおかしい。本当に、やばいんじゃ……
「ユウ! 大丈夫なの!? 本当に変わっちゃったの!?」
 耳元で叫ぶと目が合った。ユウはゆっくり口を開く。
「……いや、演技してるだけだから」
「……は?」
「あんまガチで聞いてくんなよ。冷めるから」
 ユウは何食わぬ顔で、そんなことを言った。
「……よかったああ」
 全身の力が抜ける。へたへたと、その場に座り込みそうになる。
「せっかく渾身の吸血鬼やってんだから、邪魔すんな」
「なんだよ吸血鬼キャラって。わかるかそんなん」
 私はツッコミを入れながら、心の底からほっとしていた。
「ぐ、ぐわああ。血を、血をくれ!」
 まだやってるし。
「うーん星1だな」「夜に来るって演出はいいけど、それ以外は単純」「なにより演技が過剰で、照れが見える」
 野次馬にボロカス言われてる。評価してくるうぜえオタクキャラかなんかかこいつら。
「ぐぅ、ぐああ」
 ユウは酷評を受けて、リアルなダメージ受けていた。
「……おい、場所を変えるぞ!」
 ユウが恥ずかしそうに私に言う。
「……はあ」
 虚しい光景に、私はため息しか出てこない。私たちは小走りで広場を離れた。
 道沿いで二人きりになる。そして、吸血鬼と化したユウが言う。
「いやー恥ずかしかった」
「じゃあやんなよ」
「お前もなかなかだったけどな。ユウ……ユウ!? とか言って」
「やめろ」
 いじられる。正直、今でも安心で心臓がドクドク鳴ってる。
「不安だったんか」
「だって……怖かったから。死なないだろうなって思ってても、なにされるかわからないし」
 正直に言う。少しは私の気持ちも考えてほしいという思いだ。
「いやーめんごめんご」
 全然考えてくれそうにないな。
「あの箱に閉じ込められたらさ、すべり台になってて、服とか本とかいっぱいおいてあって、どういうキャラになるか選べるんだよ」
 そんな楽しそうな空間なのかよ。
「あと……あ、あんま言うと怒られちゃうかな。あとは自分の目で確かめてみて」
「私は行かねえよ」
 軽口を叩き合う。心底安心して、口が周る。
「てか、なんで吸血鬼なの?」
「んー……その、いざキャラ変ってなると自分の欲望がわかんなくて、とりあえず不老不死だし、あと強そうだし。なんかかっこいいし」
 ガキかこいつ
「まあでも、微妙だったなあ」
「そりゃそうだろ。自分探しに来て吸血鬼にキャラ変してどうすんだよ。なんの解決にもなってねえわ」
「何が良くなかったかって、野次馬にも指摘されたけど、恥ずかしがってネタに走ってるところだよな」
「自覚あんならちゃんとやれよ」
「ああ。だからもう一回やるわ」
「……ん?」
 なんか嫌なことを言われた気がした。
「これ楽しいし、想像力が膨らんでさ、本当に自分探しに来たって感じがするんだよ」
 ユウはペラペラと語りながら私の目を見て、珍しく伺うような様子。
「だからさ、その…お前には酷な頼みかもしれんけど」
 前置きがもう、嫌な予感しかしない。
「もう一回キャラ変したいから、生贄会議起こしてくれない?」
「はあ!?」
 予感以上の頼みがきた。
「そしたら私、もう一回立候補するから」
「いやいや、ユウがまたキャラ変したいのはまだしも、私が生贄会議起こすってなに?」
「だから、アイがちょっと村とか壊してくれればいいから」
「無茶言うな」
「吸血鬼でずっとやってくの厳しそうだし」
「勝手にやめればいいだろそんなん!」
「いや、それはなんか怖いじゃん。設定は守らないと生贄を超えた罰とか食らうかもしんないし」
「村壊す方がこえーよ」
「次はどんなキャラがいいかなあ」
「前向きに考えるのやめて」
「じゃ、よろー。私は旅人宿屋で泊まるから」
「え、そうなん? 吸血鬼って旅人なの?」
「不老不死で世界を観察して旅してるって設定だから! じゃっ!」
 ユウはテンション高く、マントを翻して去っていった。

 一夜明けた。私は村を一人で歩いている。再び村への恐怖も薄れて、平和な散歩タイムだ。
 落ち着いて歩いていると、頭の中でぐるぐると思考が回る。議題は当然、昨日の出来事について。
『生贄会議を起こしてくれない?』
「はあ」
 ため息をつく。変身したいから村を壊せって、なんだその頼み。私にそんな力ないし。そもそもそんなんダメだろ。
 でも昨日のことを思うとまず、安堵の感情が強い。ほっとした。ユウの変身、ただの演技、茶番だったからだ。
 しかし、それだけじゃない。私の中に、不確かな感情があった。
 ユウが吸血鬼になって登場して、誰?って私に言った時の、本当に変わってしまったのではないかと思った時、ゾクっとした。ゾクっととは、ゾクっとということだ。不安だけじゃない、脳と心臓と下腹部を貫くような変な気持ち。今までずっと一緒にいたユウが消えた。笑って、ボケて、なんでも茶化してた姿。それが変わって、グロいものに消えたような、不気味な感じ。
 なんだろう、あれ。
 自分探し、本当の自分。ユウはずっとそんなこと言ってるけど、本当に真面目な姿を見たことない。ここまで変態にこだわってる変態なのに、なにがしたいのかわからない。私も本当の、変わったユウを見たい。そんな期待と、恐怖。どっちもあるのかな。
 じゃあそのために、村破壊する?
 いや無理に決まってんだろ。なんでそんなこと私がしなきゃ……たしかにユウの本気は見たいけど、だからって……
「いてっ」
 思考をぐるぐるして歩いていたら、なにかにぶつかった。見るとそれは、岩だった。かいりきじゃないと押せなさそうな大きな岩だ。
 いつのまにか、村を見渡せる丘の上に来ていた。集落から坂を登ってたらしい。でもなんでこんな岩があるんだろう。土砂崩れとやらの影響だろうか。
 ペタペタ触ったりしてると、岩はコロコロと坂を下っていった。そのままゴロゴロと転がり、勢いよく集落の中へ。
「あ」
 ドンガラガッシャーン
 民家に直撃した。
「え、マジで?」
 私の呟きをかき消すように、遠くで怒号が聞こえる。
「おい、家が潰れてるぞ! 大丈夫か!?」「ああ、幸い空き家で怪我人はいないが……やべえ!」「なんで山の上から岩が……」「まだ先日の雨の影響で……」「神の怒りなんじゃ……」
 私は、村を破壊してしまったようだ。
「……逃げよう」
 誰にも見つからないようにダッシュでその場を離れた。
「はあ……はぁ……ふぅ」
 足を止める。目の前、宿屋だ。私は焦って、ここに来た。
 中に入って、大部屋のふすまを開く。ユウの姿を探す。いた。隅の二段ベットに陣取っている。本当にここで一晩明かしたらしい。
「私、吸血鬼だからさ。昼出られないんだよ」
「あー私と一緒だね。今度クラブ行こうよ」
 ギャル化したハルとバカな会話してる。吸血鬼がギャルと意気投合してんなよ。
「いいねー……お」
 私の姿を見て、表情を変える。
「お前は、たしか、旅の娘……私に血をよこす気になったか?」
 まだ設定守ってるらしい。気楽なやつだ。
 顔をぐいっと私の耳元に近づけてくる。噛んでくんのか思ったら違った。小声でささやいてくる。
「生贄会議、できそうか?」
 どんだけ気になってんだ。
「…………たぶん」
 私は答える。認めたくないが、おそらく村を破壊してしまった。
「ナイス!」
 ユウが吸血鬼らしからぬ笑顔を見せて続ける。
「もう限界だったんだ」
「はやっ」
「だって私のアイテムを見てくれよ」
 ユウが鞄を開く。変身した時から抱えてたやつだ。その中に赤い袋、輸血パックのようなものが大量に入ってる。
「中身はトマトジュースで、これしか飲めないんだ」
「アホやんけ」
「もうシンプルに空腹の限界」
 そう言って袋にストローを刺してゴクゴク飲む。
「ぷはぁー、でもかっこいいだろ。情熱大陸でレトルトカレーをストローから飲む落合陽一みたいで」
「あぁ……なんで私はこんなやつのために……」
「次は本気でやるから。ありがとなー」
 私は疲れて、そのまま帰宅して眠った。

『村民のみなさん、問題が発生しました。至急、神社にお集まりください』
 アナウンスで目が覚める。寝起きから憂鬱だ。
 ……やっぱりこうなってしまった。
 足取り重く、広場に向かう。そのまま人混みに加わる。離れたところにユウの姿もある。日傘と帽子を装備している。まだ昼なので日光をガードしているようだ。無意味な努力しなくていいから。
「昨日、山から岩が転がってきて、民家が潰れた」
 村長が言う。
「このような現象は今までなかった。まさしく神の仕業だ」
 ……私の仕業なんだよな。
 ユウと目が合う。グッと親指を立ててきた。あー罪悪感。
「というわけで、生贄を募る」
 宣言された。結果的に、ユウの理想通り。
「はい!」
 ユウが元気よく手を挙げた。やっぱりキャラ変を試みるらしい。
「私が生贄になります!」
 吸血鬼が生贄に立候補すんのおかしいだろ。吸血鬼ってのは普通村の処女の生贄とか求めるんじゃねえのか? あ?
「……よかろう」
 村長の返事にちょっと間があった。連続でおまえかよみたいな空気を感じる。しかし早い者勝ちらしく、拒否はできないようだ。
 ユウが石段を登っていく。ついこないだ見た光景だ。そのまま箱に入る。グサグサと剣が刺される。儀式が完了した。
「……はあ」
 いつのまにこんな、生贄を捧げる儀式がおふざけになってしまったんだ!

 翌日、朝早く起きて、広場に向かう。ユウを待ち伏せるためだ。
 本気でなりたいもの。前は照れが入ってた。さすがに今回はやってくれるだろう。たぶん。きっと。そうじゃないと、なんのために私が村を破壊したのかわからない。
 神社についた。既にギャラリーもぽつぽつ。
「お、来たぞ」
 野次馬が声をあげる。石段の上に姿が見えた。今日は早い。自信があるのだろうか。期待が持てる。
 外見に目を凝らす。第一印象は、ワイルド。前回と打って変わって民族的な衣装に身を包んで、バンダナを巻いて髪をかき上げている。背中にはギターを背負っている。
「よう、みんな!」
 広場に降りてきて、元気よく声をかけてくる。なんのキャラなんだろう。
「私は自由を目指す。ヒッピーだ」
 ヒッピー。自分探しの王道。言われてみればそんな感じの見た目だ。
「本当の自分は心の中にある。でもそれは、社会により抑圧されている。だから自由と破壊で、解き放つんだ! 自分を変えるんだ!」
「今まさに私たちがやってることよなそれ」
 自己分析はできてるようだ。一応、やる気は感じる。
「で、なにするの?」
「ヒッピーだから……そうだな。フリーセックスでもするか」
 とんでもないことを言い出した。
「説明おじさんを性の喜びおじさんに変えてやろう」
「そんな勇気ないくせに。で、なにするの?」
「…………」
 沈黙が返ってきた。
「まさか、またなんも考えてないんじゃ…せっかく生贄会議起こしたのに」
「嘘嘘。見ろ、これがある」
 鞄に手を突っ込んだ。またアイテムがあるらしい。取り出したのは、チラシだった。テキトーなフォントで、『ラブアンドピース。歌は世界を救う』と書いてある。
「今日の夕方、ライブやるから」
「そんなのできんの?」
「まあ見てろって」
 日が沈む頃、広場に再集合する。
 ライブ。ユウが大学で軽音に入ってたとかそんな話は聞かない。できるのだろうか。
「今日は来てくれてありがとう!」
 マイクもない。ギター一本。ストリートミュージシャン風だ。
「音楽の力で世界を変えるんだ! 行くぜ!」
 ギターをかき鳴らす。おそらくテキトーにがちゃがちゃやってるだけだが、伴奏が奏でられる。そして叫んだ。
「ドーはドーナッツのドー」
「ドレミの歌じゃねえか!」
「しょーもな」「あーまたネタに走っちゃったか」
 私とギャラリーたちから野次が飛ぶ。
「違う!お前ら、ドレミの歌はメッセージがあるんだ!」
 普通に返事してきてるし。
「ドレミの歌の先鋒、ドーナッツとレモン。ラインナップがおかしいと思わないか? これは酸いも甘いもなんだ!つまりドとレは世界のことを指してるんだ!」
 ドレミの歌に深いメッセージ読み取ろうとしてる!?
「そして、みんな、ファイト、空! これはイメージだ! 全員がんばれ! この青い空のように!」
 もはや歌ってない。叫んでいる。
「ラはラッパのラ。これは置いておく」
 うまいこと言えないからって置いておくな。
「シは幸せよだ! お前ら!世界!全部!幸せになれ! そういうメッセージだ! サンキュー!」
 最後に声を張り上げて、歌は終了した。
「…………」
 拍手はない。というか、観客は私だけになっていた。
 ユウは全然使わなかったギターを肩から下ろして言う。
「なんか違う気がするわ」
「自覚はあんのかよ」
「幸せになれとか、言ってなれるもんじゃないしな」
「そこじゃないから。選曲から中身までネタに走ってるだろ」
「ポジティブシンキング、自己啓発感、口当たりのいい言葉が気持ち悪いんだよな。そもそも歌で世界を平和にとか意味わからんから」
「もうなにやってんだよお前」
「だからさ……」
 伺うような様子。これは、アレだ。
「もう一回変身したいんで、村破壊をお願いしていい?」
「……はあ」
 私はため息をついた。それしかできなかった。

 翌日、私は再び村を歩きながら考える。議題はまず、ユウについて。
 キャラ変に苦しんでる。それが率直な感想だ。本当の自分を探そうとして見つからないのか、ただふざけてるのかわからない。ヒッピーはネタに走ってしまったが、自己分析はできてる。だからある程度、やる気はあるはずだ。
 そしてもう一つ、私について。
 そもそも私はユウに、変わってほしいと思ってるのか?ヒッピーのユウを見た時、失望があった。ネタに走り、本気の姿を見られなかったからだと思う。もっと剥き出しのユウが見たい。私はなにがしたい?
 考えていたら、また坂の上に来た。前回と同じ大きな岩が並んでいる。考えながら歩いてるとここに来ることになってるらしい。
 いや、そんなわけない。私は自分の意志でここに来た。村破壊といえばここだ。私は村を破壊しにきたのだ。ユウに依頼されて。でもそれだけか?村を破壊する快感があるのか?前回の岩落とし偶然の産物。しかし今回は必然だ。結果を予測した上で、意志で村を破壊する。偶然と必然。でもなにが違うのか。結果は同じなのだ。もう一回やっちゃったわけで。でも村破壊とか流石にあかんやろ。でもユウは変えないといけないし。でもなんでだ? 私も、本当の自分に憧れてるのか? でも……
「ええい、知らん! デモもパレードもない!」
 私は岩をドンと押した。やっちゃえ!ヒッピーを見習え!ロックだ!岩だ!
ゴロゴロゴロゴロ
「うわ、また岩が!」「あぶねっ!」「よけろっ!」「なんでこんなに!」「神の仕業か!?」
 坂を転がった岩は、ボウリングのスプリットのように民家を通り抜けていった。被害はなかったようだ。
「……あー、よかったよかった」
 私はほっとして、その場を後にした。
 宿屋に着く。部屋に向かう。
 ユウはベッドで寝ていた。なんて気楽なやつなんだ。
「おい、ヒッピー」
 頬を叩いて起こす。
「んあ?」
「起きろ、せめてヒッピーっぽく振る舞っててくれ」
「あー……得意技は、ゆびをふるだっピ」
「それはピッピだ。ふざけんな」
 ユウは目を擦りながら、のっそり起き上がる。
「やっぱさあ、ヒッピーとか違うんだよなあ。インドとかもうベタすぎてネタだし。ボランティアとかもさあ、ほんとに意味あんのとか思っちゃうし。正直、知らない他人とかどうでもいい。環境とか動物もどうでもいい」
「ただのクズじゃねえかおい」
「かといって自分の快楽に貪欲かって言われるとそうでもなくて、なにがしたいのかもよくわかんないんだよ」
「はあ」
 なんかヤケになってるな。
「嫌なことはいくらでもあるんだよなあ。就活とか。そもそも自己分析とか自己啓発みたいでキモいし。就活も自分探しじゃん。で、それを逃げてフリーターとかやっても夢を追ってる自分探しとか言われて、なにやっても自分探しじゃねえか。そうだ、私たちは自分探しを強いられてるんだ!」
 社会のせいにし出した。もうだいぶ限界を迎えてるなこれ。
「だから世界へのカウンターでヒッピーとかやってみたけど、やっぱそれも違うんだよなあ。そもそもダメそうと思ってとりあえずやってみるやつ、だいたいダメなんだよな」
「もうお前がダメ人間じゃねえか」
「はー。全部ぶっ壊したくなるけど、破壊とかアナーキーなこと言ってても無理だよなあ」
 やさぐれてるユウに、私は告げる。
「壊してきたぞ」
「……え、マジで?」
 目を丸くしてるユウに、さっきの村破壊のことを説明する。
ユウはあっけに取られた様子で、言った。
「アイ……お前、ロックだな」
「お前よりはな」
「……そうか、また変身しなきゃいけないか」
 なんで義務みたいになってんだ。
「お前がやれって言ったんだからな。次こそ真剣に変身しろよ。ネタに走るなよ」
「……わかった」
ユウは緊張した様子で頷いた。

『問題が発生しました。至急、神社にお集まりください』
 アナウンスに起こされる。もはや恒例行事になりつつある生贄会議。
 広場は既に朝礼のように集まっている。近くにユウの姿もある。ちょっと緊張してるように見える。
 いつも通り村長が現れ、口を開く。
「再び岩が村を襲った」
 あー、私、やっぱやったんだなあ。他人事のように聞こえる。
「このような超常現象が連続するなど、神の仕業に違いない」
「……いや、本当にそうか?」「今までそんなことなかったけど」「普通に人の仕業なんじゃ……」
 ざわざわしている。微妙な空気が流れている。しかしバレてはないようだ。ちょっと優越感。あんなに怖かった村人たちが、私に踊らされてる。
「アイ……」
 ギターを抱えたユウがぼそっと言う。
「ちょっとやりすぎなんじゃ」
 なんでお前がそっち側なんだよ!
「というわけで、生贄を募る」
 村長はそう宣言した。よしよし。予定通り。
「……はい」
 おずおずと手が上がった。ユウだ。
「…………よかろう」
 だいぶ嫌そうなよかろうが出た。周囲の村人たちも騒ぎ始める。
「いくらなんでもハイペースすぎないか……」「よく考えたらあいつらが来てから……」「てかあいつらがやったんじゃ……」
 めちゃくちゃ疑われてる。まあ正解なんだけど。
 疑惑の声を背に受けて、ユウが石段を登っていく。足取りは重そうだが、逃げるようにして箱に入って行った。特にためらいもなく剣が刺される。
「これにて完了ということで。では」
 村長の軽いあいさつと共に、もはや流れ作業的に解散となった。

 翌日、神社の前の広場でユウを待つ。もはや飽きられてきてるのか、野次馬たちの数が減っているしかし私にとっては重要だ。
 ユウ、だいぶ限界を迎えていた。余裕がなくなり、剥き出しになってきていた。ネタに走らない、本当の自分、見つけられるのだろうか。
 正午ごろ、石段の上、姿を現した。
 見た目。髪は黒のままだ。メガネかけてる。フォーマルな服。スーツ?鞄とか持って、本を抱えて。
 よしよし、外見はまともそうだ。ネタに走ってなさこう。とりあえず、第一関門は突破。あとは中身だ。
 広場に降りてきた。メガネをクイっと上げて、ユウは私たちに話しかけてくる。
「この村のみなさん、初めまして」
 礼儀正しい口調だ。さあ、なにキャラなんだろう。頼むから、真面目であってくれ。
「私は東京の大学院からフィールドワークに来ました」
 おお、なんか真面目そうなキャラだ。
「自分探しやキャラとはなにかを主に研究しています。ここは自分を変える村だと聞いてきました。まさに研究のヒントになる。そして学術的意義があると思います。ですので、しばらく滞在させてもらいます。今後ともよろしくお願いします」
 さらさらと話して、頭を下げた。ちゃんとしてる。こんなユウは初めて見た。研究者、フィールドワーク。自分探しやキャラの研究者。まさにここに来るためのキャラだ。
「自分探しとは、古くはイエや村などの共同体に、少し前なら終身雇用と自分を縛り規定するものがあったのですが、それが現代になり薄れたことにより、自らの基礎を自らで探さねばならなくなった、自由の代償による現象です」
 それっぽいことを言っている。
「そしてキャラとは、無根拠になった自分自身を直視するのを避けるため、場面場面で期待される立ち位置を演じるようになるという現象です」
 滔々と語っている。こいつ、こんなこと思ってたのか。
「つまり自分探しとキャラとは、現代社会でいかに生きるかを解き明かすテーマなのです」
 語り終えた。まともそうだ。今までふざけてたのが嘘のようだ。
 だからこそ、嫌な予感があった。私は口を開く。
「すいません、一つ質問いいですか?」
「はい、なんでしょう」
 ユウの顔が私の方を向く。それに向かって、告げる。
「メタに逃げてない?」
「え?」
 固まった表情に、続ける。
「キャラが思いつかないからキャラを研究するキャラにしたろ」
「……なにを言ってるのですか」
 とぼけるその声に、元気がない。刺さったんだ。
「自分探しについても、ずっと見つからないから、自分探しをメタって研究するキャラにしたんだな」
「違います。私は小学校の自由研究が博士論文と認められ朝生では1vs9で勝利し将来はノーベル勉学賞も視野に入っている新進気鋭のポスドクですが」
「今度はネタに走ったな」
 思考が手に取るようにわかる。
「ネタと言いますが、笑いとは予想と裏切り、機知と未知の往復です。それは知ってるはずの自分から距離を置き相対化する機能も持ちます。つまり自分探しの一環とも言えるのです」
 笑いの解説している。これは、あれだ。
「ネタのメタに走ったな」
 やっぱふざけている。最初は気合い入っててすぐに力尽きるいつものパターンだ。落胆。そう結論づけようとした時、心によぎった。
 もしかしてこれが、ユウの本気なのだとしたら?
 考えが足りないとかじゃない。むしろ考えすぎるあまり、真面目になろうとしても、そんな自分を俯瞰して、相対化して、嘲笑の対象にしてしまう。ネタに走ってメタに逃げる。ベタな自分のキャラを見つけられない。この態度そのものが、ベタなんじゃないか?
「……そうか」
 私は呟く。いろんな直感が、頭の中で結ばれる。
「今まで知的ぶっていけすかないギャグとか言ってたのも、本気だったからなんだ」
「なにか考えてると思ったら急にぼそっと辛辣なこと言わないでください」
「恥ずかしいからネタに走るけど、そんな自分も俯瞰してメタってて、どうすればいいかわからなくなって、メタなネタをベタとして提出してくるんだ」
「おいこら」
 東大とか研究とかもそうだ。ユウ、賢くありたいのだろう。でも賢くあるということは、自分のことを俯瞰してしまう。だからずっと、ギャグで誤魔化してた。ベタな欲望を俯瞰して恥ずかしいとも思ってるからネタに。そしてそんな自分のことも俯瞰してしまうからメタに。そんな悩みごとベタに出てきたキャラなんだ。
 ベタとネタとメタのループ。それに囚われてる。それは本当の自分を、追えば追うほどわからなくなる無限の循環。
 ユウはずっと、自分探しに、本気だったんだ。
「最初に吸血鬼ネタに走ってたのも、ベタなヒッピーが不可能だったのも、そして今、メタな研究者キャラに走ってるのも、ループに囚われてるからなんだね」
「……はあ。あなたと話していても虚しいですね」
「ああネガってる」
「うるせえ!いい加減にしろ!」
「えーっとこれは、ベタ?ネタ?エラーとか?」
「シンプルにキレてるんだ!人の心理でクイズやろうとしないでください!」
 もうキャラなのか元のユウなのかわからん。
 ただわかること。ユウは、自分探しのループに囚われてることも俯瞰してる。だからこそ逃げ出せない。
 愛おしい気持ちになった。むきだしじゃないけどむきだしの本音。それがわかったから。
 そんな彼女に、私ができることは一つだ。
「ユウ」
 私は名前を呼んで、肩を掴んで、目を見つめる。
「な、なんですか?」
 そして優しい言葉で語りかける。
「とりあえず、村壊してくるね」
「おい、待て」
「ユウのためなんだ」
「全然そこが繋がってないぞ! おい! もうキャラが思いつかないんだって! そう理解してくれてんじゃねえのかよ!」
「まあまあ。村破壊すればなんとかなるよ」
「お前が壊したいだけか! 村破壊にノリノリになってんじゃん! アイの方がキャラ変わってるよ!」
「じゃ!」
 私は力強く、ダッシュで去った。
 ユウと分かれて、一人で村を歩く。私のターンだ。
「さーてぶっ壊しますか」
 なにしよっかな。壊そうと思って村を歩くと、景色が違って見える。村の家、木造とか瓦とか古めなのから、戦後っぽいコンクリっぽいのもある。三匹の子豚の狼視点だ。
 しかし、違う。ただ壊せばいいってもんじゃない。
 ユウを救う。自分探しのループ。それを破壊したい。今回はそのための村破壊だ。
 とりあえず、いつもの丘に行くか? シューティングするか?
「いや、違うよな」
 私は呟く。岩落とし。そんなんじゃぬるい。まだ偶然の破壊に逃げてる。私はもう、村破壊を決意してる。
 ではなにを壊せばいいんだ?
 ベタとネタとメタのループから抜け出せて、この村の、生贄ーキャラ変システムを破壊するようななんか。
「あーなんかいい感じに象徴的な壊せるもんないかなー」
 考えながらぶらぶらしてると、いつもの広場に戻ってきた。ユウたちはもういない。おそらくすごすごと、旅人たちの宿屋に向かったのだろう。
 広場、その先には神社がある。
 今更ながら、思った。
 この神社って、なんなんだ?
 神。それはいないとみんな知ってる。でも儀式をやってるってことはいるという体でやってる。そこらへんが気持ち悪い。前にユウが言ってたことだ。
 考える価値がある気がした。そもそも生贄会議、なんなんだろう。変だ。いやそりゃ変なんだけど。
 災害は、自然現象という偶然から発する? それを生贄にして解決をすることで、偶然を必然の論理に変えようとしている?
 必然、ユウはそれに悩んでる? キャラとは自己の一貫性。必然の論理では? そしてだからこそ、自分の中でのキャラ変はそのループに陥る。必然から逃れること。必然とは神だ。神の偽装。それを破壊すること。
 おお、上手いこと言えてる感じがするぞ、私! つまり、神を破壊、それだ! 私の中の神から与えられた使命だ!
 心臓がドクドク、脳の奥がジュクジュク言う感じ。足が勝手に動く。石段を登る。初めて見るそこには、ちっちゃい本殿らしき建物があった。
 この中にはなにがある?神?いやいやそんなんいないって。じゃあなに?空っぽ?
 なんでも見てやろう。
 入り口でおじぎを2回する。神様への礼。そして中指を立てる。わかりやすいように、2回。そして門を強行突破。
 これが私なりの神への宣戦布告。二礼二ファック一レイドだ!
 神を殺してやる!
「うおおおおお!!!!!」
 ドンガラガッシャーン
 腕を顔の前でクロスしてジャンプしながら本殿にダイブ。けたたましい音と共に扉を破る。そして奥に到達した。すだれのようなものがある。その中は……
「誰だ!?」
 声がした。見つかった。テンション上がりすぎたようだ。
 男たちがやってきて腕を掴まれる。
 私のテロは、一瞬にして制圧された。
 私は抱えられて、小部屋に連れて行かれた。目の前には村長、今まで石段の上で神様~としか言ってなかったキャラだ。その横に初めて見る、秘書っぽい人もいる。そいつがメガネをクイっと上げて話しかけてくる。
「なんでこんなことしたんだ?」
「いえ、その……」
「まあ理由なんてどうでもいいんだけどな」
 キレてるなこれは。神妙そうに話さねばならない。
「反省はしてます。冷静に考えれば、私の行動は間違いでした」
「そりゃそうだろうな」
「神はいないって、みんな知った上で生贄制度とかやってますもんね。だから神がいないわざわざとか言っても意味ない。もうちょっと考えないと」
「そんな気づきは求めてないんだよ。舐めてんのか?」
 強い口調のメガネ。インテリヤクザの雰囲気だ。
「まあいいや。こっちはしかるべき処置を下すだけだ」
 なにをされるのだろう。閉鎖された村での罰。冷静に考えると怖い。やっぱり、生贄だろうか。キャラ変。それならまだいい。あれは自然現象への、偶然を必然にするための生贄。では人を罰する罰は、なにをされるのか。
「今までの災難もお前なんだろ。そうなると、とりあえず……」
 沙汰が下される。
「警察に通報しよう」
 めちゃくちゃ現実的な罰だった。
「おい、そんなときだけ国家権力に頼んな!」
「いや当たり前だろ。器物損壊なんだから」
「生贄にしてください」
「はあ?」
「キャラ変したいんで!ね!ね!!」
「別にあれ、罪人を裁くシステムじゃないから」
 そんなとこだけきちっと適用しようとすんな!
「……そうですか。わかりました」
 覚悟を決める。私は本気っぽい雰囲気を出して、口を開く。
「……この村における生贄制度、それは偶然の災害を必然とするためのものですよね」
「ん、まあ、そういう言葉使いをすればそうかもな」
「神様とは必然。なら私たち人間も神様が作ったんですよね? ということは私も災害のようなもの。私という悪も神様の怒りによるもの。だから鎮めるため、生贄を出す必要があるのではないですか?」
「……なんだと?」
「そうなりますよね。私たちの存在も言わば、神の必然なんですから」
「……こんな時だけ神様に頼りやがって」
 やり返してやった。論理を武器にした快感がある。よし、そのまま勢いで押し切る。
「そして、どうせなら、私を生贄にして殺した方がよくないですか?」
「それは……いや、そこはそうじゃなくてもよくないか? 別にお前である必要ないよな」
 押し切れなさそうだ。論理の怪しいところがバレた。
「ごちゃごちゃうるせえから警察に通報するか」
「ああ待って! 対話を諦めないで!」
「ふむ、待ちなさい」
 割り込む声があった。ここまでなにも言わなかった村長だ。
「この少女の言いたいことはわかった」
 村長は白い顎ひげを触って、考えている。そして、口を開いた。結論が出たようだ。
「こりゃ一本取られたわい。あっぱれじゃ!」
 あー一休さんの和尚キャラみたいな村長でよかったあ!
「人も神の災難。うまいこといいおるわ。ほっほ」
 なんか人生楽しそうだな。
「ならお主を生贄に出すのも必然じゃな」
「いやだからそこは別にそうじゃなくてよくないですか?」
 メガネヤクザ秘書からツッコミが入るも、なんとか押し切れたようだった。
「では明日生贄会議を起こしてお前を殺すということでよいな?」
 言ってること怖いけどよかったよかった。
「はい! お願いします!」
「……はあ。わかったよ。明日会議やるから、今日はここで大人しくしてろ」
 秘書がダルそうに言う。結果、私の大勝利だ。
 私は、生贄に捧げられることになった。

 目が覚める。違和感を覚えて、すぐに思い出す。ああそうだ、ここ、本殿だ。私、いろいろはっちゃけて、一晩見張られてたんだった。そんで今から始まるのは……
『問題が発生しました。至急、神社にお集まりください』
 アナウンスが聞こえる。予定通り、生贄会議が始まるんだ。
 私は神社から出て石段を降り、何食わぬ顔で群衆に混じる。昨日話した村長がいつも通り出てきて、言う。
「先日、神社が壊されかけるという事件があった、これは神様がお怒りの合図だ」
 私の犯行ということは隠してくれてるようだ。優しい。そのおかげで会議を開く理由も論理も曖昧になってる感じもあるけど、もうなんでもいいのだろう。
「ということで、生贄を募る」
 立候補の時間になった。
 ユウを見る。
「…………」
 手を挙げようとして、躊躇っている。
 やはり本当に、限界なのだ。自分の中での自分探し。ベタとネタとメタのループに囚われて抜け出せない。
 いいだろう。その悩み、私が解き放つ。
「はいっ!」
 私は勢いよく手を挙げて、元気に答えた。周囲の視線が刺さる。ユウがびっくりして私を見ているのがわかる。
「よかろう」
 予定通りだとばかりに村長が頷く。それに合わせて、私は前に進み出る。石段をのぼる。全員に視線を背に受けて、ちょっと気持ちいい。
「じゃあね」
 ユウに向かって手を振る。ハイになってる。ユウが初めて生贄になった時と同じだ。あのときの気分がわかる。なんか、特別になった気がするんだ。
 箱に入る。蓋が閉じられて、視界が真っ暗になる。この後、剣が突き刺される。それは知ってる。でも殺されない。そうわかってても緊張する。
「はあ……はあ……」
 箱越しに、処刑人の息遣いが聞こえる。興奮してるような気がする。
「あ、あの……お手柔らかに……」
 中から話しかける。
「はあ……こいつ、俺たちの村を荒らしやがって……殺してやる……」
 殺してやるって言ってるけど殺されない……はずだ。たぶん。
「うわっ!」
 声を上げる。体が浮いた。重力を感じる。急に床が空いたのだ。
 そのままスライダーみたいに、滑って落ちていく。箱の下、そういう仕組みになってるらしい。ユウがたしか、そんなことを言ってたのを思い出す。
 すぐに尻餅をついた。滑落は終わって、ぼよんと、クッションがあった。
「いたた……なんでこんなちょっと楽しい感じに」
 ぼやきながら周囲を見回す。よくわからない空間に着いた。
 部屋になっていた。白い部屋だ。村に似合わない雰囲気。
 ここでキャラ変するのだろうか。いいだろう。覚悟は決まっている。すでに死んでいる神を、みんなに自覚させるためのキャラ、それを私が、やってやる。そんな決意のもと、私は立ち上がる。
「ようやく来たか」
 声がした。部屋の奥、人がいた。
「誰?」
「我は、神だ」
 神おるんかーい!!!
「いやただの人間だろ」
 声の主を見る。全身真っ黒の服に、黒い仮面をつけている。素顔は見えない。が、人型の男だ。キモい見た目だけど、普通にキモい人間だ。
「我は万物のキャラクターのキャラだ。クター様と呼ぶがいい」
「ああもう全部ふざけてる」
「伊藤剛はキャラクターとキャラを区別した。物語の中の存在がキャラクター。そして物語の外でも人々の中に存在するのがキャラ。その理論において、キャラクターとキャラの差分、それが我。外部のキャラが飛び交うこの村という内部におけるキャラクターの神、クターだ」
 キャラキャラ言ってて全然わからん。
「キリスト教において世界は三角形として表された。三位一体の象徴としてだ。それに則るなら汝らは底辺。我は高さだ」
 意味わからんが馬鹿にしたいという思いは伝わった。
「……で、結局あなたはなんなんですか?」
「我はキャラ変のアドバイザーだ」
 そんなのいるのかよ。
「それと、生贄会議招集のアナウンスも担当している」
 ああ、なんか聞いたことある低音ボイスだと思った。
「要するにこの村の雑用係ですか」
「違う。キャラを司る神だ」
 もうそれでいいや。
「汝は生贄により死んだ。しかし生まれ変わることができる。ここで新しいキャラを考えるのだ」
 なんか変なやつがいたが、大方は予想通りだ。ここでキャラ変をする。生まれ変わる。みんな、そうしてるのだ。
「奥の部屋には本とか、あと服とかたくさんある。過去のキャラたちのアーカイブが蓄積されてるから充分だろうが、もし足りなかったら言うがいい。アマゾンで頼むから」
「普通にそんなの使えるんかい」
 クター様が、私に向き直る。そして、言う。
「さて、アイと言ったな、お前はどんなキャラになりたい?」
 私のキャラ変の時間が、来たのだ。
「自分の過去の行動の一貫性やトラウマを発見して、それに従うのがわかりやすくていいぞ」
 クター様が無難なアドバイスくれた。ちゃんと仕事はするらしい。
「汝は最初、ボケであるユウの横をやれやれとか言いながらついていツッコミキャラだった」
「そんな見られてたんですか」
「この村は互いのキャラを見るのが唯一の娯楽だからな。汝らコンビの行動も把握している。ツッコミだった汝は途中から、はっちゃけだした。つまり汝の欲望は……ツッコミからボケになりたいのではないか?」
「アドバイスあっさ」
「そんなことはない。なぜ汝は変わったか。それはずっと一緒にいたユウへの憧れとか、嫉妬とかがあったのではないか? 自分探しを求めて変わりたがった彼女。そこに寂しさを感じなかったか? ユウのようになりたい、ユウを乗り越えたい、ユウを手に入れたいというのが、汝の本当の欲望なんだろう?」
 クター様がめっちゃ早口で言ってくる。それに対して思う。そうか、私……
「いやユウが欲しいとかないよ気持ち悪いな。百合好きのオタクかお前」
「…………」
 黙っちゃった。言いすぎたかもしれない。フォローしよう
「いや、確かに、最初はそう思ったよ。ユウが悩んで、自信を失ってく姿とか、不気味な様子に興奮したかもしんない」
「だろ?」
 ちょっと嬉しそうだ。素直な人なのかもしれない。
「でもわかったんだ。ユウはずっと悩んでたんだ。この村に来る前から。本当の自分を見つけたいけど、そんな自分をバカだってわかってて、だからギャグで誤魔化してて、だからこそ余計見つからなくて、自分探しに囚われてたんだよ。ずっと本気だったんだ」
「青いな」
 なんだその感想。
「キャラになるってのがそもそも、おかしいんだよ。これは私が村を破壊してるときに思ったんだけど」
「そんな時に思わないでくれ」
 私はこの村を壊そうとした。それは最初はユウに頼まれてだったが、途中から、それがユウを救うことだと思った。この村のキャラ変システムを破壊することだ。理想の自分になるという自分探し。しかし自分だけでは自分は見つからないんだ。なら、自分すらも壊す必要がある。
「決めました」
 私は真面目な口調にして、クター様に宣言する。
「私、神になります」
「却下」
 却下された。
「神、最強がいいみたいなのはダメだ」
 自称キャラの神のお前が言うなよ。
「わかりました。じゃあ、巫女になります」
「なにがわかったんだ。なにがじゃあなんだ。なにがしたいんだ」
「この村にかつてあった、祭りを復活させます」
 疑問ばかりのクター様に向かって、私は言い切った。
「……どういうことだ?」
「この村の人間を救います」
「……つまり、なんだ?」
「巫女とは神を操る者。私の力でら神を寝かせます」
「さっきからふわっと決め台詞ばかり言ってないでちゃんと説明しろ」
「大丈夫です。私に任せてください」
「とても任せられないからな」
「クター様にも手伝ってもらいます」
「だからなにをだよ」
「それは明日、皆の前で説明します」
 私の戦いが、始まる。

 そして、朝になった。起床して、制服から巫女服に着替えて、ふうっと息を吐いて、用意は整った。地下室から階段を登る。神社の本殿に出た。そのまま外へ。
 変身の時間だ。
 石段の上からパラパラと人が見える。視線を浴びながら、人混みの広場へ向かう。パリコレみたいでちょっと気持ちいい。
「さてなんのキャラなのか、研究対象にさせてもらいます」
 ユウがメガネをクイっと上げながら言う。そういやこんなキャラだった。
「あなたは、なんですか?」
 尋ねられる。ここの答えで、確定するのだ。
「私は巫女。神の使いです」
 驚く顔。めんどそうな顔。こいつ変なこと言い出すんじゃないかみたいな顔。さまざまだ。
 息を吸う。決意をすると決意して、声を発する。今から神の、いや私の意志を伝える。
「この村は、おかしくなっている」
 強い言葉から、私の演説が始まる。
「キャラ変する村。自分を必然の論理の中に閉じ込めてる。各々で生まれ、背景、トラウマ、目標などの物語を作り上げて生きている。しかもその上で、キャラ変制度なのにそれをちゃんとやってるやつと、俯瞰してるやつが混じってる。村民の中でメタとベタとネタがバラバラ。みんなメタとネタとベタのループに囚われてる」
「それは……」
 ぼそっと呟いたのは、ユウ。自分探しの輪廻。そこから解放しなければならない。
「神様がいないと知ってるのに、いることにしてる。神とはなにか。必然の論理です。キャラの一貫性というそれに、あなたたちはまだそこに囚われている。神様は怒っています。それは生贄を求めてるのではなく、生贄を食わせすぎだからです。休ませましょう。神様は殺すのでも鎮めるのではなく、もてなす。必然に固執するのではなく、この日は、必然を忘れる。そういう日を作るのです」
「ずっとなに言ってんだ?」「難しくてよくわからん」「結局なにするんだ?」
 野次が飛んでくる。それに向かって、私は答える。
「祭りをやります」
 村民たちがポカンとしている。
「なぜ祭りという概念が急に出てきたのですか?」
 ユウが尋ねてくる。私は答える。
「この村、かつては祭りをやっていたが、なくなったと聞きました。それはこの村の毎日がお祭り状態だからです。虚しいキャラ変が、それです。祭り、祝祭とは神の存在を本気で信じた上でやるもの、しかし神がなくなることで日常がのっぺりした祭り状態になっています。だからこそあえて、本気の祭りをやるのです」
「……あの、なんで祭りを思いついたか聞いてるのに、目的とかふわっとした概念で答えないでください」
 ユウが指摘してくる。前に私も似たようなツッコミをしたことがある。逆転している。ちょっと快感。
「ではどんな祭りか、それは我々が固執しているキャラを交換することです。一人でではなく互いで。必然ではなく偶然で。それは村民同士にとどまらない。かつて生贄に捧げられた死者たちも含めてです」
「どんどん先に行かないでください」
 ユウを無視して、私は続ける。
「死者を招く。それはお盆です。この村には死者が積み重なっています。それをみなさんの元に蘇らせます。私たちはなんにでもなれる、なってみる。理想のキャラ、本当の自分なんて、自分だけで考えててもわからない」
 ユウの目を見て、私は続ける。
「明日、お盆祭りを復活させます。それによりみんな、生まれ変わります。そう、それは言うなれば」
 息を大きく吸って、宣言する。
「Re盆です」
「…………」
 沈黙が返ってきた。反応が微妙だ。
「お盆というのは仏教の盂蘭盆会から由来していて、Reをつける意味がわからないですし、そもそも、偶然をしようという意志の時点で偶然じゃないのでは……結局どういう祭りをやるのか具体的にわからないし……」
 ユウ、ツッコミを入れることしかできなくなってる。そんな存在に向かって、私は言う。
「うるせえ。やるぞ」

 そして、一日が経過した。
 神社の下、生贄会議で集まっている広場。ここが祭り会場だ。
「祭りっぽい感じの設営とかしないのか?」
 なんだかんだ手伝ってくれたクター様が言う。
「とりあえず焚き火でもつけときますか」
「テキトーだな」
「大丈夫です。私達には、これがありますから」
 私とクター様で運んできたもの。服、パーツ、小物。地下に保管されていた、大量のキャラの残骸たちだ。
 日が沈む。火が燃え上がる。彼岸への扉が開く時間だ。
 準備は整った。私は宣言する。
「これより、祭り開始をします!」
 目の前の空間に、声が響き渡る。
「…………」
 返事はない。参加者はゼロ。誰も来てくれてないのだった。
「そりゃいきなり言っても無理だ」
 クター様、結局こいつが唯一の参加者だ。優しい……。
「大丈夫、私に策があります。これを読んでください」
 訝しむクター様に、マイクと紙を渡す。
「なんだ? えーっと……村民のみなさん、問題が発生しました。至急、神社にお集まりください」
 村全体に、声が響き渡る。
「おい。生贄会議アナウンスで釣ろうとするな。ずるいだろ」
 ツッコミも響き渡る。
「なんだなんだ?」「あ、昨日言ってた祭りか」「さて、なにを見せてくれるのかな?」
 村民たちがちょこちょこ来た。ちょろい。そして、隅っこに。ユウもいた。やっぱり来てくれた。これだけいれば充分。
「それでは、Re盆を始めます」
 私はそう宣言して、ガバッと、巫女服を脱いだ。これで巫女じゃなくなった。そのまま大きな箱、今まで処刑用に使っていたそれに服が大量に入っている。そこに手をつっこむ。テキトーにつかんだ布、それを着る。
「みんな、自由になろう! 世界をぶっ壊せ! 自分を捨てろ!」
 私は叫んだ。派手な色でボロボロの服と、民族衣装っぽいバンダナを付けて。
ヒッピーキャラだ。ユウが前に捨てたそれが帰ってきた。偶然これを引いてしまった。
「これを繰り返していけば、自分じゃない自分になれるぞ!」
「いや、別に……」「なりたくないんだが」「そもそも祭りなのかこれ」
「よし、クター様もやれ!」
 隣にいる漆黒の人間を見る。そいつは口を開いた。
「……恥ずかしいな」
「普通に恥ずかしがってんじゃねえ!」
「……いいだろう。我も、変わる時が来たのだ」
 決意したような口ぶり。クター様は黒服を脱いだ。素顔は素朴な青年だった。そして服を着る。クター様が変わる。
「私、東京から来たツッコミ女子大生。よろしく」
 女子大生になったようだ。性別すら超えているが問題ない。それも狙いの一つだ。それより問題がある。クター様のキャラ、そして着ている服、見覚えがあった。
「私が昨日まで着てた服じゃねえか!」
 私になってしまったらしい。
「日本中の村をぶっ壊してやる!」
「私そんなんじゃないから」
 野次馬から声が漏れる。
「おい、クター様まで」「あの村長の息子の引きこもりニートが」「そもそも外に出てるの久々に見たな」
 クター様そんなやつだったんかい。
「とまあこうやって、今日だけはキャラを忘れて、自分の意志も忘れて、自由に変身できるってシステムだ!」
 とりあえず説明は終わった。私たちは偶然に変身した。でも、これじゃ、クター様とのタイマンだ。広がらない。誰か村民が、最初に入ってくれないと……。
「なるほどね」
 声がした。一歩を踏み出して、男が近づいてくる。
「君たちのやろうとしてることは説明できるよ。これは祭りというより、カーニバル。神がいる上で神を否定する価値の転倒。そうやって自分を探す。というより、自分を諦めるんだね」
 この声、この口調、この内容。それはまさに、説明だ。
「私も参加させてもらうよ」
 説明おじさん、参戦!!
「私は昔、妻に東京に逃げられてね。その理由を解き明かそうと、全てを説明しようと思っていた。だから村の入り口で待ち続けてたんだ」
 自分の背景を説明してる。
「でももう、やめるよ」
 そう言って、説明おじさんは服を脱いだ。説明おじさんのパーツがなんなのかはよくわからないが、とりあえず変わったらしい。
「んーあたしも、ギャルとか向いてなかったよ」
 若い女の口調。見る。それは懐かしい顔。
「ハル! あなたも、参加してくれるの!?」
「うん。ジジイもようやくキモいキャラやめたみたいだし」
 元説明おじさんとハルが向かい合っている。
「え、二人って知り合いなの?」
「うん……そうだね、私が説明するよ」
 ハルは不良の格好を捨てて、説明おじさんの服を着た。つい今までおじさんが着てたのに躊躇ない。そして説明少女になって、元説明おじさんを見て、言った。
「お父さん、お久しぶりです」
「お前ら親子だったの!?」
 なんだその意外性!?
「お父さんはずっと荒俣宏に憧れてたので、私も小さいころから帝都物語をよく読まされたんです。そういう東京のイメージがあるって言いましたよね」
「なにその伏線!? いる!?」
「そんな父さんに反発してギャルになってみましたが、もう満足しました。アイさん、ありがとうございます」
「そ、そう。よかったね」
 色んな親子の形があるんだなあ。
「……俺もやっていいか?」「私も、やってみようかな。今のキャラしんどいし」「ワシも入れてくれ」
 ちょこちょこと参加者が増えてくる。続いて、見知った顔も来た。私たちに旅人宿屋の場所を教えてくれたAIお姉さんだ。
「私も変わります。よく考えたら人工知能学会の表紙のキャラなるとか意味わからないんですよね」
 そりゃそうだろ。
「私も変わるよ。世界の果てはないのに、自分で自分の限界を作ってしまっていたようだ」
「あっ、世界の果てを探して旅してた人だ」
 続々と変態していく。
 炎が燃え上がる。服とかが投げられている。別にそんなことしろとは言ってないんだけど、勢いだ。死者の衣、生者の鎧を吸って大きくなる。
「異世界転生って死後とかに深い意味はなくてファンタジーを現代の価値観から見る方が読むの楽っていう、ゲーム実況の影響だよな」
「ああもう異世界転生キャラが普通に感想言ってる」
「O型の血からしか摂取できない栄養素があるんだよな」
 吸血鬼キャラがツイッターにいるオタクになってる。
「ちっ、アスパラの2、3本いかれちまった」
 えーっとこれは、買い物帰りに狙撃された主婦だ。
 もう服とかもどうでもよくなる。好きなキャラに。狂乱の中で。
「野菜を食べるという身近な問題と、環境問題による地球の破滅。現実と世界の二つを直結させてしまう植物。人間は本当に、植物の奴隷なのかもしれないな」
「ポエマー農家さん」
「人間は植物よりも、繋がりすぎてしまったんだろう」
 服が、パーツが、人間性が飛び交って、人というものが変わっていく。
「我殴る、ゆえに我あり」
 ルネ・ゲバルトだ。
「別に君を求めてないけど、横にいられると思い出す。ポリスアンドガバメントの公僕のせいだよ」
 つらいことを国家のせいにしてる瑛人だ。
「こんな祭り、おかしいだろ!」
 叫ぶ男がいた。なんだ、問題発生か?
「カーニバルを燃やせ! ポリフォニーを超えろ! ここにいる者は誰も読ませない!」
 反バフチンの煉獄さんだった。キャラならよかったよかった。
「野球ってボール投げてるのにピッチャーが悪い球投げたらボールって判定されるのおかしいよな」
 変な野球のアンチだ。
 誰が誰か、自分がなにかも、わからなくなる。自分がその中に、消えていく。
 それはカーニバルだ。聖と俗、必然と偶然、生と死、自己と他者、全てがひっくり返って、ごちゃ混ぜになった空間。
 でも一つ足りない。私が求めているもの。
「アイのおかげでわかったよ。みんな、キャラに固執しすぎてたんだな」
 声がした。それは期待していた言葉。振り返る。わかってくれたのか。
「我が間違えていたよ」
 クター様だった。
「いやお前かい! 私の服着てるんだからその大物風口調やめろ!」
「この口調じゃないと人にアドバイスとかする自信がなくて……」
 急に素朴な理由だ。気弱な人だった。
「とりあえず、キャラ交換しましょう」
 私のヒッピー衣装と、クター様が着てた私の服を交換する。別にこだわりはないんだけど、変なことに使われそうだし回収しておこう。
「ヒッピー……これもループするものだね」
 民族衣装を握って、クター様が言う。
「消費社会への逆張り、それは価値を認められるとそれ自身が消費される。そして消費社会は強化される。また逆張りは発生する。世界はずっと、君の言うように、ループしてるのだろう」
「おお博学だ」
「僕はそれが虚しくて、世界をメタって、地下室の外に出るのを拒んでたんだ」
「ああ博学なニートだった」
「でも君に無理やり連れ出されて、感謝してるよ。世界も自分も、同じところをぐるぐる回ってるけど、でも、一人の人間から見たら、それでいいんだよね、きっと」
「クター様……最後に急に出てきたネタキャラだったのにそんなさわやかに語られても困るんですけど」
「ふふっ、ありがとね」
「ああさわやかな笑顔を浮かべるイケメンキャラだ」
「あとは君の、やるべきことをやるといい」
 かっこいいことを言って、クター様はカーニバルの中に還っていった。
循環する祭りは、どんどん広がっていく。
「体温32.5℃。正常です」
 信頼できない測り手だ。
「あわてないあわてない。人殺し人殺し」
 ファッキューさんだ。
「クックアビュービュルビュー」
 射精するニワトリだ。
 生を笑う。笑いを嗤う。嗤って生きる。
 ループはずっと、回る。
 私探しカーニバルは続いていく。
「……こんなのが、正しいの?」
 背後から、ぼそっとした呟きが聞こえた。自信なさげな口調、何度変わっても忘れない声。私は振り返って、その顔を見る。
「これが、アイのやりたかったことなのか?」
 ユウだ。私に対して、本気の問いを発している。
 村を見る。盛り上がっている村民たち。全てが逆転するカーニバル。でもそれは、ちょっと離れたところから見ると、ただテンションが上がったコスプレパーティにも見える。ナンセンスだ。明日からどうなるのかとかも、知っちゃこっちゃない。計画されたものじゃない。勢いだけのものだ。
 でもだからこそ、自信を持って、私は言った。
「これが、私がやりたかったことだよ」
「いや、ほんとかよ」
 ユウはうさんくさそうに軽く笑った。それに向かって、私も笑顔で正直に言う。
「どうしてこうなった感はあるけど、勢いでやってしまった。後悔はしていない。それこそが自分なんだ」
「おい、テキトーなこと言うな」
「テキトーだけどテキトーじゃないよ。なんて言うかな、私にもね、ユウと同じ景色が見えたんだ」
「今度はゾワっとすること言い出したなおい。キモいキモい」
 たしかにキモい。でもキモいのも好きだ。だから続ける。
「私は自動的に生きてたんだ。ツッコミだったから。それはダメとか常識に反してるとか言って、アイロニーが駆動して、本当に自分がやりたいことなんて、考えてもなかった」
 私の自分語りを、ユウは黙って聞いている。こんなことをしたのも、初めてだ。
「でも村破壊とか、キャラ変とかしてみてわかった。ユーモア側。正しいのかわかんないけどとりあえずやるってこと。そしてユウはそこに悩んで、逆にツッコミになってた。たぶんこれが、ぐるぐる回るんだ。ベタ、ネタ、メタのループ。今もそのどっか、私たちはいるんだ」
 私たちは入れ子のように、互いに、ループの中をすれ違っていた。そして今、再び出会っている。だから、わかる。
「ならもう、諦めようよ。ループにとどまることだよ」
 諦める。それが結論だ。
「本当の自分、理想、必然を自分で作って、それを自分で批判して、さらに自分で目指さないといけなくなってる。その無理が来てる。その解決。必然から偶然。理想から諦め。それこそが、世界を、自分を受け入れるということなんだ」
「なんか、一周回ってベタなこと言ってんね」
「人は何者にもなれないから、キャラは決定されない。だからこそ、何者かになれるんだよ、きっと」
「ベタベタだね」
「ネタにもメタにも、散々走ったし」
「…………そっか」
 たっぷりの沈黙のあと、ユウは頷いた。
「まあ、そっかあ」
 自分に向けて、世界に向けて、これまでの全てに向けて、頷いてる。
「うーん。そうでもないかなあ」
 ああまた悩んでる。
「いや、そうかあ」
 よしよし。
 ユウはじっくり思考を咀嚼して、そして口を開いた。
「じゃあ、アイさ」
「なに?」
「とりあえず、帰ろっか」
 いきなりそんなこと言い出した。
「どうやって?」
「んー」
 ユウはちょっと考えて、言った。
「テキトーに歩いてれば、なんとかなるっしょ」

 

文字数:39266

内容に関するアピール

ずっと自分探しをしていました。
小説における自分探しとは、なにを書きたいかということです。この講座中、というか小説家になるぞーとニートになってからもずっと、自分はなにを書きたいんだ、なんなら書けるんだと自問自答して全然書けないという地獄にいました。
その中で残ったのは、ギャグと思想です。読む人を笑わせて、なんかいい事を言いたいという欲望が、自分の中にありました。
ギャグ。でも笑わせる目的の小説なんてほとんど見ないし、真面目な文体で変なことやってるのをユーモアとか表現されがちだけど真面目な文体が読むの辛いからギャグが好きなわけで悔しい気持ちになるし、かといってテンション高いギャグって書けば書くほど自信がなくなってくるし……
思想。悩みを解決したくて小説より思想書とかつい読んでしまうけど、何冊読んでも全然わかった気がしないしすぐ内容忘れるし、そもそもすごいメッセージ書けるほど自分の思考に自信がないし……
などとうじうじしていましたが、書きました。
ギャグと思想、言わばネタとメタ。この二つに引き裂かれてた自分を探すこと、それがそのまま、物語になりました。なのでこの小説が自分の、全力で本気です。
SFなのかはわかりません。ラノベにしては小難しいこと言いたがるし、一般小説の文体ではないと思います。自分のジャンルがなんなのかわからないという悩みがずっとあります。それも自分探しです。しかし少なくともこの講座では、自分が書きたいことを書くことができました。
誰かに少しでも刺さる瞬間があれば幸いです。
一年間、ありがとうございました。

 

文字数:660

課題提出者一覧