幾何の泡(いくばくのあわ)

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梗 概

幾何の泡(いくばくのあわ)

僕(イレブン)の働いているラボが閉鎖になるという通知と迎えの日時が届いた。

ラボは海流発電の保守も兼ねている海中の施設だ。その最後の研究員が就業不能になったというのだ。僕らは水中作業用に特化し開発された人間で、魚類ほどではないが鰓呼吸もできた。作業員は3人のチームで保守、採取を行っていた。研究員は元々8名いて僕たちとは居住棟が隔てられていた。

事故をきっかけにラボの研究員はもめるようになった。ここを閉鎖して「ホーム」へ戻ろうという者と、ここで研究を続けることが未来への投資だという者に分かれた。研究員はみなイライラしていて僕に悪態をつく者もいた。僕には彼らのイライラがその時は理解できなかった。イルカたちが慰めだった。そんな中いつもきちんとした態度で僕と話をしてくれる研究員がいた。他愛のない仕事の会話も僕には楽しかった。僕が憧れる地上の話の時だけは顔を曇らせた。事故以来、時折起こる偏頭痛を気遣ってくれたのも彼だけだ。順生(よりき)は研究員の中で一番地味な粘り強い男だった。彼が「就業不能」になった最後の研究員だ。「君ならたどり着ける」という手書きのメッセージが、僕ら水棲人間が空気中で活動するためのエアスーツに挟まっているのを後に見つけた。

順生のメッセージの意味を考えながらイルカたちと遊んだりした。思い立って今まで興味のなかった「研究者のエリア」へ行こうと思った。

最初に見つけたのは脱出モジュールで死んでいる順生だった。モジュールに設定してある行く先は「別の海域」の同じ研究施設だった。順生を引っ張り上げ研究棟の小さな医療室へ行くと事故で海流に流された以外の順生の他の研究員たちが死後、冷凍保存されていた。ログには自ら冷凍保存カプセルに入った者がいる事も記録されていた。彼らは研究員であると同時に海中生活で起きる様々な事象の研究対象者だったのだ。「ホーム」へは迎え以外の方法では帰れず怒りや狂気にさらされていたようだ。順生は何を知ったのだろう、彼の部屋で残された旧型機器の中から、なぜ人間は海中で暮らし、僕らは作り出されたのか「計画」の経緯、推移、の断片のような研究者の独白を見つけた。頭痛が酷くなった僕は順調に発電を続けている電力管理コンソールをぼんやり見ていた。

タブレットにビープ音がした。迎えが来た。ビークルが電力プラントに差し掛かる。その時「この電力を使っている人たちがこの先にいるはずだ」とひらめいた。かつてあらゆる情報を運んでいた海底ケーブル沿いに一番近い大陸へと進んだ。たどり着いた「汐留」と書かれた都市は廃墟だった。無人の町で何かわからない数値が危険値であるという赤い点滅を繰り返していた。

エアスーツを脱いで歩いてみた。呼吸は苦しいし、重力がすごい。順生の国の文字が並ぶ本を見つけた。文章の最期には気泡のようなマークがあった。風が吹いて目が乾くと水が染み出した。それは涙だった。

文字数:1200

内容に関するアピール

 小さな嘘がエスカレーションするSFを真面目に模索して思いついたのは、認知症の母親に父親は遠くで生きていると嘘をついて始まり、「会いに行く!」という母親に付き合うのに疲れて帰ろうとする息子は音を上げて地方のホテルで「死んじゃったんだよ」と告白しひとしきり母と涙にくれるが、認知症なので翌朝には「探しに行く!」といって果てしなく続く人情ロードムービー風味を思いついてなんとかSFにできないかなと思っていましたがなりませんでした。

 じゃあこの梗概が「嘘」がエスカレーションしていると言えないといけないなと思い考えた嘘が『これは「嘘」がエスカレーションした文明の果ての物語です』という非常に苦し紛れの嘘しか思いつけませんでした。こういう時に作家に必要な言い張れる屁理屈力は身につくものなのでしょうか。ご指導くだされば幸いです。(違

文字数:362

課題提出者一覧