それは小さなバトンだけれど

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梗 概

それは小さなバトンだけれど

 また父親と母親が大声でけんかしている。小学3年生の中井戸陸(なかいどりく)は、感情表現が苦手な少年だった。喧嘩の原因は自分だった。今日は父親が頑として譲らなかった。生活費を使って陸のためにタブレットを買った事を。父親にはそれ以来会えなくなった。陸はタブレットを使って勉強をした。レトロなチャットルームを作ったり、アバターを作って可愛がったりした、陸はクラスの人気者になっていった。それを面白く思わない板野綺里 (キラリ)。小学生ネットアイドルとして活躍し、そのおかげでギーク達から面白いアプリを教えてもらって披露して羨まれていたが、その座がすっかり陸に奪われてしまった。それを恨んで、陸にネットリンチを続け最後には上の学年の子に陸を突き飛ばさせた。担任の田辺和清は気づいてはいたが、陸の母親が面倒な保護者なのを忌避していじめも隠ぺいした。

 陸は脳震盪を起こし入院するが息をしたまま目を覚ますことはなかった。その数日後キラリにメールが届く。書いてある通りに陸の机の上のおかしなマークを読み込んでみる。カメラの中にはうつ向いた陸がいた。キラリは悲鳴とともにスマホを投げ捨てた。

 没収されたスマホを田辺のところへ取りに来たキラリは怯えていて要領を得ない。そういえば田辺の元へも差し出し人不明のメールが来ていた。田辺は犯人を突き止めることにした。

陸は相変わらず寝たきりでタブレットも電源が入らない。彼の母親は廉価版の最低スペックのスマホだった。別居の父親は陸の入院を知らされていなかった。いったい誰が?陸に友達なんかいただろうか?バスを待っていると近接表示の液晶に「なぜ助けなかった?」の文字が流れる。動揺する田辺のゆく先々の液晶に非難の言葉が追いかけてくる。ホームに入ってくる電車の液晶を避けようと後ずさりして田辺は反対側の特急に轢かれてしまう。

キラリの呼びかけに誰も反応しない。クラスのチャットルームも人がいない。入ってきたのは陸のアバターだった。ぎょっとして退室しようとするが画面が割れていてうまくいかない。アバターは急に立ち止まりキラリを見上げる。声にならない悲鳴。吹き出しがポコンという音を立て陸のアバターの上に浮き上がる「ユルサナイヨ」。キラリは、ネットアイドルをやめて引っ越してしまう。

陸がかわいがっていたアバターは寂しかった。陸をネットやクラウドで探し回っていたら、いじめを見つけた。彼は彼らを許せなかった。そして復讐を始めた。そして陸の言葉を父親へ送り続けた。

陸の入院を知った父親は努力した。仕事を見つけ新居を構え親権も勝ち取った。パソコンを覚え陸が作ったアカウントを登録する。すると次々にメールがダウンロードされて来る。陸からだった。日々の日記や父親への感謝、会えない寂しさ…泣きながらメールを読む父親。

翌日、病院へ迎えに行く父親、陸の頬に血色が戻っていく。目をあける陸。

「届いたの?」

文字数:1199

内容に関するアピール

2018年第5回法月綸太郎さん回テーマ「来たるべき読者のための「初めてのSF」」を選んで書きました。

私がSFに出会ったのが小学生。小学生が身近に感じる話を考えてみました。最初に映画館で観た映画も『宇宙戦艦ヤマト』だったはずです。

メディアで責任を取らない大人ばかり子供たちに見せているようで心苦しいので、小学生が読むのに人が死んだらよくないかなと思いながらもやはり勧善懲悪で行きたかった。田辺先生は贖罪の捧げものです。

元IT関係者としては、DXが人を分断するものではなく人の機会を均等にできるツールとして浸透してほしいという願いも込めて。両親は「機会を与えられなかった人達」キラリはインターネットによって「自我が肥大化した人」としての行く末をイメージしていきました。

で、わたしはコンピューターおばあちゃんになりたいです。

 

 

 

 

 

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