イミテーション・アニマルズ

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梗 概

イミテーション・アニマルズ

宇宙船に鳥の鳴き声が響く。
「金持ちたちはどうして本物をほしがるのかね」トーマは動物園の完成予想図ホログラムで鳥類コーナーを眺めていた。
「あの連中は区別がつけられると思ってるんですよ」その隣でギ=マニュエルがコーヒーをすすった。

トーマとギは配送宇宙船のパイロット。生き物を細胞レベルで再現して作れる大型3Dプリンタ「アウズンブラ」を観光惑星に向けて運んでいた。動物園に展示する動物をアウズンブラで生み出すのだ。

警告音が鳴って画面が貨物室のカメラに切り替わった。白くて大きい怪物が扉を壊そうとしている。意志を持つ人工生物。船のレーダーに反応はなく壁にも異常はないが積荷が荒らされている。アウズンブラを狙う強盗が積荷の中に小さい人工生物を紛れさせ、隠れながら動物の材料を食べて大きくなったのだと、トーマは推理した。船に武器はない。切羽詰まった二人は仕方なくサンプルとして運んでいたライオンを起動して闘わせることにする。
「脳の電子化。動物の権利を守るための下衆な建前に救われるとは皮肉ですね」
高度な情報技術も学校で習う時代。二人はライオンのAIを戦闘用に改造して起動させた。扉が破られ、待ち構えていたライオンが怪物に噛み付くがいともたやすく殺/壊されてしまう。貨物室から主室までにはロックできる扉がもう一枚しかない。

トーマはもっと強い動物をアウズンブラで作ることを思いつくが、預かった積荷を勝手に使うことに職業規範から躊躇する。しかし積荷を守るためにこそアウズンブラを使う必要があるのだと苦渋の決断をする。広げた操作マニュアルと動物図鑑には、動物を合体させる方法が書かれていた。
「ゴリラの体にタコの腕が八本。名前はゴリラーケンでどうだ?」
貨物室に置かれた大きな箱型のアウズンブラに材料を投入する。生み出される動物の大きさに比例して生成時間が増えるため、時間ぎりぎりの大きさを狙う。

ゴリラーケンの完成とほぼ同時に扉が破られ、黒と白の巨体が対峙した。ゴリラーケンの八本の腕は徐々に怪物を追い詰める。怪物は体を変形させて逃げようとするが、タコの腕に引き摺り出され拘束される。すると怪物は半身を自切して脱出。隠していた巨大な鋸状の口でゴリラーケンの腕を全て切断し、形勢が逆転。そのままゴリラーケンが飲み込まれようとした瞬間、空中から小さい塊が怪物の口に飛び込んだ。それを飲み込んだ怪物はもがき苦しんで倒れる。
「鳥類コーナーを見てたのが役に立ったな」
アウズンブラの画面に表示された生成履歴には最速の翼を持つハヤブサと猛毒の触手を持つイソギンチャクが合体した姿で映されていた。ゴリラーケンが戦う間にトーマが作っていたのだ。
「なんとかなりましたね」
「本部に報告するぞ」

履歴にはもう一匹知らない生き物が表示されていた。白く小さい、怪物に似ている生き物だ。ギは履歴を非表示にし、トーマの後を追って操舵室に向かった。

文字数:1194

内容に関するアピール

*選択した課題は第一期第三回「『エンタメSF』の設計」です。

とにかくファニーな話にして目を惹こうと思い「3Dプリンタでゴリラとタコを合体して戦わせる話」にしました。

人間パートは『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』の軽快な会話の感じ、バトルパートは『キングコング:髑髏島の巨神』の怪獣プロレスの感じをイメージしています。

謎を残したまま引きで終わる結末を読者が許してくれるかどうかが懸念です。もしも話として成立していないのであれば、「政府高官の偽物をアウズンブラで作って政治転覆を狙う」というギの背景ストーリーを用意しているので、サスペンス風に話の中に編み込んで最後にネタラばらしする展開にしたいです。

文字数:305

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イミテーション・アニマルズ

知らない鳥の鳴き声だ。もしかしたら鳥の鳴き声というもの自体聞いたことがないのかもしれない。この世が終わる夕焼けの色をした腹部と、淡く光る深夜の海の色をした背を持つ鳥が、引きつった高い鳴き声を宇宙船の中に響かせ、そしてこの鳥は私の視線に気が付いていない。
「金持ちたちはどうして本物をほしがるのかね」私は操舵席のシートに体を固定させながら、サンプルとしてもらっていた動物園の完成予想ホログラムで鳥類コーナーを眺めていた。
「あの連中は区別がつけられると思ってるんですよ」隣に浮いているギ=マニュエルが無重力用のマグカップからコーヒーを一口飲み、木から飛び移る鳥を掴もうと腕を振ったが、ホログラムの鳥は手のひらをすり抜ける。宇宙船の中で、鳥たちだけが重力に制限された動きをしていた。枝に乗った鳥は小刻みに足場を移動し、頭を回転させる不随意の動きをせわしなく繰り返して環境を見探る。表示されていない土から生えている木々の力強い存在感には、たとえホログラムなのであったとしても、白く清潔にデザインされている操舵室も所詮人工の環境なのだと思わせるものがあった。ホログラムの描画範囲の認識が甘いせいで、鳥が一匹、操舵室の窓から船外に飛び出した。窓の外に広がる宇宙の深淵が、やはりあの鳥には見えていないだろう。まだ目的地は遠い。

目的地、私たち運送業者はそれを配達先と呼んでいるが、今回この船が向かっている配達先は、エッジワース・カイパーベルトの内縁部に浮かぶタラリアという名前の小惑星だ。タラリアは資本の集う金融センターとして栄える観光惑星。観光の新たな目玉として地球の歴史上に登場した動物たちを展示する「地球動物園」の建造が決まっていた。展示される動物は惑星の外から運び込まれるのではない。私たちが運んでいる「アウズンブラ」を使って惑星の中で生み出されるのだ。

生き物を生み出す悪魔の発明品、アウズンブラ。ファクトリーと呼ばれる4メートル四方の白い筐体の中に、気の遠くなるほど数多くの技術者の創意工夫が詰め込まれている。私が今まで運送業者として働いた20年の人生で、その全期間で運んだ全ての積荷の値段を足し合わせたとしても、値段の1%にすら届くことがない高価で化け物的な品物を、何のことはない動物園のためだけに、資本を握る顧客たちは発注したのだった。金持ちたちのくだらない目的のためにたいそうな積荷を運ぶことになりはしたが、それが私の仕事に対する姿勢に影響することはない。どんな顧客だとしても確実に積荷を運ぶ、そのシンプルな目標が組織から私にたくされたものの全てである。

鳥たちのホログラムが消え、白い操舵室の全体が露わになった。軽い警告音が鳴り、操舵室のパネルにアラートが表示されている。
『認証されていない乗員を検知しました』
メインモニタが切り替わって船内のカメラの映像が映し出された。白の保護パッケージで梱包された積荷がたくさん積まれている部屋だ。私たちが乗っている輸送船アクロスは、全長およそ100メートルの中型船で、中央に位置する大きな円筒型のエンジンをいくつものドーナツ状の機体が取り囲む形をしており、その機体のほとんどを占めるのが貨物室だった。画面右上には「C-2」と部屋IDが表示されている。ここから二ブロック隣のドーナツだ。そして、その白い積荷を背景にして、画面端から中央にかけて、見たこともない白く巨大な体の生き物がゆっくりと現れ、二本の腕で扉を叩きつけはじめると、その鈍い音がスピーカーを通して操舵室に響いた。私とギ=マニュエルは唖然としてそれを見つめていた。ギ=マニュエルの手から離れたマグカップが宙を漂い、わずかに回転しながら直線運動を続け、そのまま壁に当たって音を立てると、その音を合図にしたように私たちは堰を切って動き出す。

=マニュエルが急いでシートに体を固定してモニタにダッシュボードを表示し、計器類をチェックする。
「どうやって入った? 護衛艦は何してた?」私は思わず声を荒げた。今回の航行では高価なアウズンブラを守るため、万一に備えて無人の護衛艦二台がアクロスを囲んで航行していたのだ
「いや待て、計器類のチェックの前に部屋がロックされているかどうかだ」私は船全体をビジュアルで表示する画面に切り替え、C-2をズームし、ロックされていることを表す赤いバッジが表示されていることを確認し、ひとまず安堵する。あの怪物は一体どこから入ってきたのだ。
「護衛艦のレーダーに反応はありませんでした。さかのぼってログも確認済みです」ギ=マニュエルが慌ただしく様々な画面をチェックする間、私は冷静さを取り戻し、あたりをつけて状況を見定める。
「気圧計は正常だ。壁に穴が開いてるわけじゃあなさそうだな」それに船外へと出るための扉が開けられているわけでもなかった。護衛艦のレーダーをかいくぐり、船の外壁に穴を開けずに中に入るってくるなんてことは一体可能なのだろうか。画面の隅に小さく表示されているカメラをもう一度見ると、積荷の白いパッケージが開封されて、中に入っていたボール紙の箱が散らばっている。
「おい、積荷が荒らされてる。この部屋に積んであったのは何だ?」
「たしか、アウズンブラに入れる動物の素です」ギ=マニュエルは画面をチェックするのに忙しくこちらを見ない。
「そういうことか」私は一瞬黙った。「外から入った形跡がないのはそういうことなんだ」私はカメラの映像を最大化して画面いっぱいに白い怪物を表示した。
「はじめから積荷の中に入っていたんだ」
「あんな大きいやつが一体どうやって?」ギ=マニュエルの手が止まってこちらを振り向いた。白い怪物の体長は、カメラの映像によれば貨物室の床から天井までの高さ3.5メートルをほとんど占めている。ギ=マニュエルは早く答えが聞きたいという目をして私の顔を見つめる。
「これだ、ここをよく見ろ」私は蓋が空いたパッケージにカメラをズームする。ボール紙が破られ、中に入っていた動物の原料がなくなっている。
「動物の素を食ったってことですか?」ギ=マニュエルは信じられないというふうに両手を広げた。
「あんな低分子を取り込む生き物なんていませんよ。あれは食べ物じゃあない」
私はカメラを戻して再び怪物をモニタに表示させる。怪物は人間と同じように二本の腕と二本の足を持ち直立する姿をしてはいるが、哺乳類とはおよそかけ離れた見た目をしていた。肩からゆるやかにつながる頭部には、目のような器官は確認できず、口は開くというよりも割れると形容したほうがふさわしい深い溝の形を成している。透明な表皮と、その奥には鱗のような六角形のグリッドに覆われた第二の皮膚が透けて見え、おそらく軽量化のためであろう、自然の動物にはありえないトポロジー最適化された無数のスリットが体のところどころに空いている。「こいつは人工の生物だ。きっと動物の素を食って大きくなるように設計されている。それによく見てみろ。無重力だっていうのに姿勢をほとんど変えずにさっきから扉だけを狙って叩き続けてる。普通の動物にはできない動きだ。行動がプログラムされているのか、あるいは操作されてるんだ」
「そうだったとしても一体何のために、狙いは何なんですか」
「それを考えるのは怪物をどうにかしてからだ。しかし、おそらくはアウズンブラが狙いだろうな」

『扉に歪みを検知。線形予測による損壊時間: 約32分』再び操舵室のパネルにアラートが表示され、私は冷静さを装い何も言わず黙ってそれを見つめる。ロックされている強固な扉を生き物が生身の体で破壊することができるとは本気では考えていなかった。心のどこかにあった何も起こらないであろうという安心が崩れ去ったかのように、ギ=マニュエルはこの船に武器が積んでいないという分かりきったことを大声で叫び、護衛艦にセキュリティを頼り切った弊害だと皮肉を続けた。しかし、扉が壊れてしまうことを船のシステムが告げているのにも関わらず、私はその時なぜか、やはり依然として扉が壊れることはないという気がしていた。

*

透明なプラスチックの箱の中に蜂を入れて貰ってきたことがある。辺境の小惑星で子供が実際に見ることができる昆虫なんていうのは、養蜂で飼育されている蜂ぐらいしかいなかった。はじめは箱を指でつついて蜂を驚かせ、小さい箱の中を鉢が飛び回るのを眺めていたりしたが、すぐに飽きて、いつの間にか蜂は箱の中で動かなくなっていた。
宇宙船のパイロットになろうと思ったのは星を出たかったからだ。このまま星に住み続ければ、あの蜂のように、自分は箱の中でいつか動かなくなってしまうのだという想像があった。採掘用の小惑星の暮らしはとにかくひどい。掘り出す資源が底をついたら用無しになる星を住みやすくしようだなんて考える人間はいない。17歳の私は当時猛烈に星を出たがっていたが、二人の弟を残して旅立つのは心残りだった。
「トーマ、お父さんに聞いた。この星を出ていくんでしょう? いつも勉強を頑張っていたのはそのためだったんだ」下の弟のステファンが私の部屋には入ろうとせずに顔を覗かせて言った。うん、と私は力強く返したが、その後に続ける言葉が見つからず沈黙が続いた。「どう思う?」私の決意は固かったが、ステファンの気持ちを聞くべきだと思った。「嫌だけど……、トーマがいなくなるのは嫌だけど、止めてもだめなんでしょ?」ステファンは泣き出しそうなうわずった声を出し、気持ちが昂るといつもそうなるように口元が細かく震えていた。そうだな、と私が言葉にし終わらないうちにステファンは泣き出した。私は廊下に出てステファンを抱きかかえ、頭を撫でてなぐさめた。ステファンはいつまでも泣き止まなかった。

*

「どうだ? 開きそうか? トーマ!」上の弟のアランが扉を力強く押しながら声を上げているのが聞こえる。ステファンは扉のガラスの向こうで不安そうな顔をしているのだろう。私が旅立つ日の前日の夜、営業時間が終了した父が経営する雑貨店のバックヤードで、父と弟たちが送別会を開いてくれた。父が仕事仲間に呼び出され、30分ほど席を離れている間、ステファンが倉庫に飲み物を取りに行った。ステファンの戻りが遅いことに気付いた私は、倉庫の扉の方に顔を見やると、扉の向こうでガラスを叩いて叫んでいるステファンが目に入った。扉で音が完全に遮断され、気付くのが遅くなってしまったが、どうやら扉が開かないようだ。私が気付いたのを確認してステファンは扉を叩くのをやめ、私に分かるように扉を引っ張ってみせ、声は聞こえないが大きく口を開けて「あかない」と言った。私は立ち上がって扉まで近づき、ロックされているかノブの隣の表示を確認したが、表示状は電子ロックは解除されている。何かのはずみで扉がはまってしまったのかもしれない。何度か押してみるがそれでも扉は開かない。アランにステファンを見守るように言って、店の制御パネルを覗くためにバックヤードから表へ出た。制御パネルを見ても扉のロックは解除されており、開きそうかとバックヤードのアランから大声で尋ねられた私は、再起動してみることを大声で伝えた。店の制御全体を再起動してみても扉は開かなかった。私はバックヤードに戻ってアランと一緒に扉に体当たりをしてみることにした。すると、どこかへ行っていた父さんが戻ってきて、何事が起きたのかと私たちに尋ねた。扉が開かなくなってステファンが閉じ込められたのだと告げると「ああ、形が分かりづらいからよく間違えるんだけど、この扉、倉庫に向かって押さないと開かないんだ」と父さんは言った。私たち兄弟はずっと、扉を開ける方向を間違えていたのだった。扉を押してステファンを救出すると、扉の開く方向を見てすぐに事情を理解したステファンは笑い声をあげた。

それから何十年もあの小惑星に帰ったことはない。アランとステファン、そして父さんがどうしているのかは、宇宙を飛び回る私にはもはや分からなかった。「倉庫に向かって押さないと扉は開かない」。あの怪物が何度も扉を叩くのを見ていると、昔のそんな出来事をふと思い出してしまったのだ。しかし、今まさに私とギ=マニュエルが対峙しているのは、思い出の中の笑い話ではなく、本物の危機だった。
この船に武器はないとギ=マニュエルが叫んだが、それは本当なのだろうか。これだけ積荷を運んでいるのだから、中に武器が混ざっていてもおかしくはない。
「積荷のリストを調べるんだ。武器になる何かがあるかもしれない」数万にも及ぶ積荷のリストを高速で流し見する。とにかく種類が多い物品たちの名称のみを見て、それが武器らしい名前なのかどうかだけを判断する。これだけ多くの積荷が積んであるのに、ギ=マニュエルはどうしてあの部屋に動物の原料があることが分かったのだろうか。その疑問は、私とギ=マニュエルが目当てのものを見つけたことで吹き飛んだ。
「あったぞ、テーザー銃だ」「こっちも見つけました、ハンドガンですね」
積荷の場所はどちらもB-10、あの化け物がいるところよりも手前、ここの隣のドーナツだ。銃があるのが化け物の奥側の機体ではなくて助かった。あの化け物がCの機体にいるのではそれより奥へ行こうとするのは危険だった。私たちは宙を浮きながら壁に備え付けられた移動用のハンドレールを伝ってB-10まで急いだ。それぞれが覚えている積荷の格納場所のパッケージを開けると、顧客の積荷を勝手に開封する躊躇など存在しないように中のものを乱暴に取り出した。テーザー銃はどうやらそのまますぐに使うことはできず充電をする必要があり、ハンドガンの方は十分な数の弾が付属していてすぐに使えるようだった。もっと良い武器が混ざっていないか近辺の積荷を開封してはみるも、テーザー銃とハンドガンはそれぞれ一丁ずつたまたま積荷の中に入っていたらしく、他の積荷は全て雑貨だった。
「武器が手に入った。これであいつと戦えるかもしれない」私はテーザー銃を眺めながら言ったが、しかしギ=マニュエルから反応がない。ギ=マニュエルの顔を見ると、何か言いたそうで不安げな表情をしていた。
「ギ=マニュエル、何か不安があるのか」
「こんな小さいハンドガンであの巨大な化け物を止められる気がしません。素手で宇宙船の扉を壊すようなやつですよ? バズーカとか、せめてアサルトライフルとかじゃないと」ギ=マニュエルの言うことはその通りだった。私はとにかく対処法が見つかったことに安心をして、実際の戦いを想像することから逃げていた。しかし他に積まれている武器を今から探しても結果は変わらない気がした。もっと別の方法が私たちには必要だった。
「動物園からサンプルで貰ったライオンが積んであるじゃないですか」そうだった、配達先に到着した時にアウズンブラの成果物を見せて金持ちたちを喜ばせるため、事前にアウズンブラによって作られたサンプルのライオンが積んであったのだ。船が出発する前、アウズンブラを納品しにきた技術者はその出来を自慢するかのように私たちにアウズンブラのデモンストレーションを見せた。その時技術者がサンプルのライオンも動かしていたのを思い出した。
「ライオンを戦わせるってことか? 」一体どうやって?
「プリセットAIに闘犬用のがあるって、あの技術者が言ってました。もし起動する時にAIを選べるんだったら、トーマさんと僕とライオンで3対1になります。3対1だったら勝てるかもしれない」
アウズンブラで作られた動物の頭の中には実際の脳ではなく、脳を模したチップが入っている。「動物の権利を守るための下衆な建前ってやつですね。実際の脳が入ってなければそれはロボットと同じ扱いになるんです。弁護士に確認も取ってます」あの技術者はそう言った。
「デモンストレーションの時僕見てたんですけど、起動する時に端末から動かすためのAIをどれにするのか選ぶんですよ。トーマさんもライオンがうさぎみたいに跳ねるのを見てたでしょ?」
それは私には思いもつかない考えだったかもしれない。一緒に働きはじめてまだ数年しか経っていないが、ギ=マニュエルはたまにものすごく頭が切れる時がある。
積荷を勝手に使うのは善管注意義務違反に相当する。しかし、時間がかかる長距離惑星間輸送では積荷を勝手に使われることよりも積荷が届かない方が何十倍も不都合なことだった。私がこの仕事をしていて強盗のようなものと出会うのははじめてだった。実際あの怪物は強盗なのかもしれない。わたしたちを殺した後に船を乗っ取って護衛艦を無力化し、どこかで待っている人間の強盗たちがこの船に乗り付けてアウズンブラを奪うのだ。たとえわたしたちが殺されたとしても船はしばらくは問題なく航行するだろう。操舵室という名前が付いた部屋こそあるものの、あそこは操舵室というよりも事務室みたいなもので、私たちが操舵することはほとんどない。基本的な運行管理はオートパイロットで実行され、人間が登場するのは今この状況のような機械が判断できないイレギュラーが発生したときだけだ。宇宙船は、大気のない星に設置された軌道エレベーター上のスカイフックからまっすぐに宇宙へと投げ出され、配達先に到着すれば同様のスカイフックにかいがいしくも優しくキャッチされる。出発から到着まで宇宙を真っ直ぐ飛ぶだけなので、宇宙船の中での生活は退屈だ。乗務員が少ないのはできるだけ運ぶ積荷を増やすためだ。宇宙での貨物輸送はとにかくコストが高くつく。人間が増えれば居住用の設備が増え、そのかわりに運べる積荷の量、すなわち売上高が減るのだ。私とギ=マニュエルの二人しか乗船していなかったことは、怪物との戦いにおいて大いに不利に働くことだろう。

Aの機体へと戻る最中、携帯端末を見ると扉の損壊予想時間は残り10分になっていた。CからAの機体まではロックできる扉が二枚ある。一枚が破壊されたとしてももう一枚分だけの時間の猶予はあった。ライオンのサンプルはアウズンブラと共にAの機体の操舵室の隣に置いてあった。私たちはAの機体へ戻ると操舵室を通ってとなりの貨物室へと向かった。アウズンブラが置かれている部屋は大型貨物を格納するための部屋で特別広い。箱に入れられて動かなくなっているライオンを見つけて引っ張り出そうとするが、体長2メートルほどの大型のライオンを動かすのは無重力だとしても難儀だった。ライオンはまるで深い眠りについているかのようでいて、本物のライオンに触れたことはない私にでさえ、偽物ではないと思わせる確かな生き物の感触がした。携帯端末にアウズンブラを操作するソフトウェアをインストールすると、動物を起動するためのメニューから闘犬用のプリセットAIを探した。ギ=マニュエルがそれを先に見つけたようで声を上げる。
「あの技術者、闘犬用だって言ってましたけど、これは明らかに違いますね。おそらくどんな動物でも戦えるようにしてるんですよ。趣味が悪いですよこれ」そういってギ=マニュエルが見せてきた画面には「グラディエーター」という文字が並んでいる。地球の古い歴史の中で、見せ物のために戦った戦士たちを意味する言葉だ。
「たしかに、そうだな。動物が戦うのをみたがるやつらがいるってことなんだろう」私はその人間たちの気持ちが少し理解できることを隠しながら言葉にした。
「このプリセットを使って起動したら、人間には攻撃してこないんだろうか。それに無重力で動けるかどうかも心配だ」
「おそらく大丈夫なはずです。人間に攻撃なんてできたら大惨事になるはずですから。アウズンブラは宇宙で使うことも考慮されてるはずなので、AIをセットする時に環境を選べるはずです。でもまあ、どうなのかは試してみないと分かんないですね。人工の生物だけに攻撃するようになっていて、動物の動きは宇宙に対応してる、っていうのを祈りましょう」

私たちは急いでライオンをあの怪物が壊そうとしている扉の目の前の部屋まで運び込んだ。扉の損壊までの予想時間はもう2分を切っている。ギ=マニュエルが端末を操作して戦闘用のAIを使ってライオンが目覚めるように入力した。ライオンはまるで今まで本当に眠っていたかのように宙を浮かびながら目を開けて起動した。起動する時に固定できず止まらなかったわずかな回転を残していたライオンは、壁に着地するように手足をうまくつかって姿勢の乱れを制御した。本当に戦ってくれるかどうかはあの怪物がこの部屋に来るまでは分からない。私たちはすぐにAの機体へと戻れるように怪物とは反対側の扉の近くに位置取り、さきほど手に入れたテーザー銃とハンドガンを手にして扉が破られるのを待った。

既にひしゃげている扉は怪物の最後の一撃によって吹っ飛び、貨物室の中を何度か跳ねた。17歳の私が開くことができなかったあの扉を思い出す。この怪物は倉庫の扉を力づくで開いてしまったのだ。テーザー銃の狙いを扉のあった場所に定めていた私は、怪物が扉をくぐってこちらの部屋に入った瞬間に引き金を引いた。射出したワイヤーの先端に付いている針が怪物の太い足に刺さり、ワイヤーを通して電流が流れる。怪物は一瞬動きが止まったが、すぐにワイヤーを掴んで刺さった針を引っこ抜いた。怪物が動き出す前に、同じように狙いをつけていたギ=マニュエルがハンドガンを発砲した。怪物の腹部に被弾したが、皮膚に飲み込まれるだけで出血はなく効果の程が分からない。怪物がその場を動かないうちにギ=マニュエルは発砲を続け、弾倉の弾を全て使い切った。弾が切れた瞬間を狙っていたかのように怪物は二本の腕を使ってこちらに向かって飛び跳ねた。予想外の動きの素早さに隣の部屋に逃げ込むのが間に合わない。その瞬間、怪物の体の横からライオンが突進し、怪物の跳躍の進路をそらした。その隙に私とギ=マニュエルは隣の部屋に逃げ込み、扉を閉めてロックした。私は扉の小窓からライオンと怪物の戦いを見つめる。ギ=マニュエルはライオンを援護するためにマガジンをリロードし、私が扉を一瞬開いて、その間にギ=マニュエルが怪物に向けて発砲する。ライオンの戦闘用のAIはうまく動いていたが、怪物に向かって飛び掛かって噛みつこうとするも、すぐに引き剥がされて部屋の中に投げられた。大型の獣であるライオンに対し、怪物の体はその3倍ほどの大きさに見えた。ギ=マニュエルが二回目のリロードをしようとした瞬間、怪物のワニのような口が大きく開いてライオンの頭を噛み砕いた。AIが搭載されている脳が潰れたせいでライオンの動きは止まり、なすすべもなく怪物に飲み込まれていく。私はギ=マニュエルのために扉を開く手を止め、ロックしたまま小窓からライオンの体が消えていくのを眺めていた。
「無理ですよ、トーマさん。これじゃあ勝てません。銃が効いていない」私は何も答えることができない。
「一旦ここを離れよう。操舵室まで戻って、もう手遅れだが救難信号を出して、せめて襲われていることだけでも誰かに伝える。私たちは死ぬかもしれないし、そうじゃないかもしれない。まだ方法はある」
「僕もまだ諦めてませんよ。死にたくない。もう一度武器を探しましょう」

私たちは操舵室に戻って再びモニタを見つめ、積荷のリストを高速でチェックしはじめた。画面端に小さく表示されているカメラには、怪物がゆっくりライオンを食べている姿が映っている。ライオンが動物たちの王と呼ばれていることを私が知っているのは、私が航行の間、暇があれば地球で撮られた映画を見ていたからだ。あれほど強く大きい人工の生物を一体どうやって無力化すればよいのだろうか。映画の中では怪物と戦うのはたいてい別の怪物だと決まっている。いや、私がそういう映画を好んでいるだけなのかもしれない。私はいくつもの積荷の名前を眺める。名称が書いてあれば幸いな方で、名前だけからは中身が分からない品番のようなコードが書かれていれば、いちいちその積荷の詳細画面を開いて画像を確認しなければいけない。積荷の多くはアウズンブラ関連のものが多く、特に動物の原料が多い。あの怪物はこの原料を食べて大きくなったのだろう。きっと、船が出発する前に何者かが小さい状態のあの生き物をどこかの積荷に入れたのだ。人工の生物がこの船に入る方法は他にはないだろう。しかし、惑星間輸送においては惑星ごとの法律や、国際宇宙条約で取り決められた規則を守るための出航前の厳しいチェックがある。そのチェックをすり抜けて生き物をもぐりこませることなんて、一体可能なのだろうか。アウズンブラのいくつものマニュアル書が連なって画面に表示されている。なぜわざわざわ紙に印刷するのか、私はそうなった経緯を想像しながらそれらを高速で読み飛ばして武器を探す。武器、銃、火器、それらに類する名前がないかを画面を凝視して探しつづける。数千個の品を見たあたりで「アウズンブラ」という本体そのもの名前が現れて、そして私はそれを読み飛ばした。私の手は画面を送るために動き続けていたが、私の目は数秒の間画面の上を滑っていた。
「アウズンブラだ」私はギ=マニュエルに聞こえないぐらい小さい声で呟いた。私はなぜかいつも、問題から逃げるためなのだろう、真に捉えるべき対象を無視してしまう癖がある。今この時、その癖を強く恨んだ。早くその可能性を考えるべきだったのだ。
「アウズンブラであの怪物よりも強い動物を作る」私は低い声でそう言った。
「アウズンブラの使い方なんて分かりませんよ、技術者じゃないんだから」ギ=マニュエルはちらりとこちらを見たが、それがつまらない意見であるかのように再び画面に顔を戻した。
「分からなくても使うしかない」生き残れなかったとしてもそれが私にできる唯一の対抗方法だと思った。

私はすぐに操舵室を飛び出して再びアウズンブラのある部屋まで向かった。あの怪物はライオンを腹の中に収めようといまだに苦労をしている。その後扉を壊すのに取りかかったとしても、少なくとも40分以上はかかるだろう。この短時間でアウズンブラを動かして、さらにはあの怪物よりも強い動物を作り、私が生き残れるだろうとは考えてはいなかった。しかし、そうだったとしても私の体は動いていた。武器を探した方がいいですよ、と叫びながらギ=マニュエルが後ろをついてくるが、私はそれを無視して進む。白く大きなアウズンブラが鎮座する部屋にたどり着くと、さっき見た積荷のリストを思い出しながら、マニュアルが保管されているであろうパッケージを開いて、アウズンブラのマニュアルを取り出した。マニュアルは思っていたよりも薄かった。船のパイロットになるための教科書に比べると5分の1もないだろう。技術に詳しくない金持ちたちでも動物を生み出せるように、簡単に作れるモードが搭載されており、この薄いマニュアルはどうやらそれのためのものだった。アウズンブラの筐体横にあるパネルから動物を選べばそれが出来上がる。動物を生み出すための時間は生み出される動物の大きさに比例して増える。あの怪物を倒すためにはせめて3メートル弱はないと立ち向かえないだろう。マニュアルによればそれには約6時間はかかることが分かった。あの怪物がずっとライオンを食べるのに苦労し続ければよいのに、と私は非現実的な妄想をしていた。

まるで納得をしていない顔をするギ=マニュエルに指示を出し、動物を作るのに必要ないくつかの材料をアウズンブラの背面にある投入口に入れるのを手伝わせた。全ての材料を投入して、生み出す動物のための設定を急いでパネルに打ち込む。生成するボタンを押そうとした瞬間、視界の横でギ=マニュエルがこちらにハンドガンを向けているのが見えた。
「トーマさん、そこまでです」
「ギ=マニュエル、やはりそうか」
白い怪物を生み出したのはギ=マニュエルだった。強盗は外からやってくるのではなく、中にいたのだ。出航前のチェックをすり抜けてあの怪物が貨物室に現れたのは、それが出港後にこの船の中で生み出されたからだ。さきほどギ=マニュエルに気付かれないようパネルでアウズンブラの使用履歴を見てみたが、あの白い怪物に似た小さい生き物がこのアウズンブラによって一週間前に生み出されていたのが分かった。
「さっきから考えているのだが、おまえが強盗なのだとしたら、どうしてその銃で私を殺さないのだ」
「血飛沫が飛んだらうまく隠すのが難しくなるからです。計画通りにするには、あの怪物に食べてもらわないといけないんですよ。そして、テラリアには何事も無かったかのように辿り着かないといけない」
「だとしても私が死んだら何事も無かったかのようにはいかないだろう」
「アウズンブラですよトーマさん。そこまでは思いつかないですよね。アウズンブラであなたを作るんです。そしたらバレない」
「何が狙いなんだ」
「簡単です。資本が集まって政治腐敗した観光惑星にアウズンブラでコピーした政府高官を送って政治転覆を狙う」
「それで配達先に着いた時に、私が殺されているのがバレてはいけないということなのか。ならあの怪物がここに来るまで私のことは殺せないということだな」私はそう言ってアウズンブラの生成ボタンを押した。

アウズンブラが起動した。ギ=マニュエルは悔しがるように悪態を言葉にし、私を突き飛ばしてアウズンブラを停止しようとしたが、そのような操作を受け付ける仕組みにはなっていなかった。箱型の筐体がにわかに、周囲の空間とは切り離された別世界の異様なもの、例えば森の奥に密かに住んでいる巨大な蛇のような存在と化し、その蛇に見つめられていたことを今さら気付いたかのような感覚を私は覚えた。アウズンブラが起動と同時に鳴らした、低く唸った音のせいかなのもしれない。大気のある場所で暮らしたことはないが、大気の音を聴いたとしたならこんな音なのかもしれないと私は想像した。
もはや自分の命が助かるだろうとは考えてはいなかった。ギ=マニュエルはこの後白い怪物がいる貨物室の扉を開けてここまで連れてきて、そして私はあの怪物に食べられるのだろう。しかし、私は偽物の積荷を顧客に届けるわけにはいかない。私が死んだとしても、ギ=マニュエルを阻止することが運送業者としての私の使命だ。
筐体の中に配備された超小型の化学プラントが水や炭素、アンモニアといった原材料を元に生物に必要な分子やポリマーを作り上げる。それらを受け取って高速で生物の形に組み立てるため、筐体前面の半分を占める大きな水槽の中で、目に見えない、数億個のナノマシンたちが中を漂いながら待機している。ブラインドを降ろしたかのように透明だった水槽の色が一瞬で薄緑色に切り替わった。筐体がたてる音が一段と高くなって、水槽の奥の化学プラントから冷たい水の中に熱いお湯を流し込んだかのように、屈折率のちがう液体が流れてくるのが見えた。
今から生成されようとしている生物に、私が設定したAIは、ライオンに設定したのと同じ戦闘用のAIではなかった。生成履歴から、ギ=マニュエルが白い怪物を生み出す際に使ったAIを選んだのだ。プリセットのAIであれば、人間に危害を加えることはできなかっただろうが、あの怪物と同じAIならば、目覚めた生物は対象を選ばず襲い掛かるだろう。
初めに水中に現れたのは、薄紅色の細い筋だった。哺乳類が持つ膨らんだ筋繊維だ。何本かの筋繊維がゆらゆらと水中に浮かび、そしてその次に、それとは全く雰囲気の異なった白い紐が現れた。頭足類の腕だ。そして、それらの類人猿の筋繊維の一本一本が、軟体動物である頭足類の謎めいた筋肉に癒着していくのだ。心許なかった細い線が、いつの間にか、正確にどの瞬間からそうなのかは分からないが、圧倒的に力強く太い駆動する物体として立ち上がった。アウズンブラが工程の中で一番初めに生み出したのは、私が作り出そうとした生き物の最も異様な部分、類人猿と頭足類の肉体が出会う接着面だった。
アウズンブラがいくつかの動物を合体させた生き物を生み出すことができることを、私はアウズンブラのマニュアルを見た時に思い出した。あの技術者が言っていたことを私はすっかりと思い出していた。全くもって趣味の悪い機能だった。脳を無くしてAIに置き換えたところで、こんなことは許されるのだろうか。私はやはりギ=マニュエルに知られないよう、筋肉量の多い二つの動物、大型の類人猿と大型の頭足類を合体させることを試みたのだ。あの白い怪物に勝つためにはこちらも怪物を用意する必要があると思った。
二つの動物のパーツが接着している面をいくら見つめても、ピントが合っていない写真を見ているかのようで、その存在を受容することができなかった。その筋肉はどんどん広がっていき、類人猿の肩から頭足類の腕の先端までが形作られた。ナノロボットが生物を作る順序はデタラメで、筋肉の上にまだらに頭足類の赤みが貼り付けられ、類人猿の側ではまるで手入れを怠った芝生のように毛がまだらに生えていた。
私は、そのおぞましさに一瞬目を背けたが、再びその光景を直視して、まるで神聖なるものの誕生を見つめるかのような、生まれてはじめて炎が燃えるのを見つめる子供のような気持ちになっていた。気が付けばギ=マニュエルはこの部屋にはいなかった。あの怪物を連れて戻ってくるのだろう。
生き物が完成すれば、アウズンブラは内側から開く仕組みになっている。「倉庫に向かって押さないと扉は開かない」。怪物は17歳の私が開くことができなかったあの扉を扉をも開いてくれるだろう。
もはや生物には類人猿と頭足類の境目は存在していなかった。動物と動物が組み合わされているのではなく、一体とした生き物としてそれは生み出されつつあった。
新たに誕生するこの怪物は、白い怪物とギ=マニュエルを圧倒する。しかし私が怪物の完成を見ることはないだろう。私の頭の中には、あのプラスチックの箱の中で動かなくなった蜂が、再び動き出して飛び回るイメージだけがあった。

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