2122年夏、男が40年ぶりにカーテンを開けると昼なのに寒く、薄暗い世界でポピーが咲き乱れていた。
　ハンドルネーム：ケシカスは引きこもり歴40年の男だ。無視のいじめがきっかけだった。57歳の誕生日にネット掲示板で「80を超える両親が死んだら私はダメになる。でも外は怖い。月面都市に行きたかった」と吐露し、励まされた事で40年ぶりにカーテンを開けた。外の異様な光景にケシカスは驚き掲示板に書き込むが、怪訝な反応をされる。まるで皆ポピーが見えていないようだった。そこに、南極で原因不明のクレーター発生の速報が入る。速報映像には、燃える謎の塊が空から落下する様子が映っていた。ケシカスがISSの配信映像を見ると、スペースデブリに生えたポピー同士が根を繋げ、層となり地球を覆っていた。遮光率80％のポピー層が重力に負け、極点上空から崩落し始めたのだ。
　ISSの映像から、ポピー層崩落が日本を襲うのは１、2週間後だと推測できた。ケシカスは死から目を背け、何故自分だけがポピーを認識できるのか考え始めた。
　調べると、40年前の記事を見つけた。第三次世界大戦後に戦死者追悼として安らぎの匂いを発し、繁殖力を高めたポピーが開発されたという。そのポピーが人の前頭前野などに異常を与え、ポピーの存在自体を人の認知から外した。ポピーは繁殖力を最も高める方法を選んだのだ。難を逃れた究極の引きこもりのケシカスは扉越しのメモで親にガスマスクを頼む。両親は何も訊かず買ってくれた。更に調べると戦争を機に興隆した宇宙開発は20年前に全て休止していた。契機はロケットの打ち上げ連続失敗だった。全てがポピー層への衝突によるものだったが、戦後の疲弊した世界ではポピーによるあらゆる障害が原因不明で片づけられ、あらゆる物事が諦められた。誰もが眼前の困難を無視したのだ。
　ネット掲示板に戻ると、スネップと名乗る月面都市の住民がポピーを持って月に来るようケシカスに頼んできた。ポピー層崩落で月・地球間の通信が回復し、今ならロケットで月に来れる。しかし、月から往復するには時間が足りないのだと。
　生き延びるためケシカスはスネップの提案に乗る一方で両親を慮る。だが、両親の体力や現存するロケットの規模からして一緒に月に行くことは出来ない。ケシカスは40年ぶりに両親と食卓を囲み、涙を流す。
　１週間後、突貫の訓練を終えたケシカスは種子島でロケットに搭乗する。打ち上げの軌道傾斜角を現在の15度から100年前の28.5度にすることでポピー層が消えた空間を通る事が出来る。宇宙センターの人たちは怪訝に思いながらも月面都市からの依頼通りケシカスを見送る。40年ぶりに他人から一人の人として認識されたケシカスは胸が熱くなると共に彼らに対し寂寥感を覚える。数十年ぶりの晴れ空の下で色鮮やかなポピーが咲き誇っているのに、彼らはそれを一度も見ることなく死ぬのだ。