わたしと七人の「わたし」たち

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梗 概

わたしと七人の「わたし」たち

「ハイ、コギト。この世界で、一番『わたし』らしいのは誰?」
そう話し掛ける女性の姿を映し込んだ姿見型デバイスは、彼女と同じ顔で笑顔を作る。
「それは、シラユキ003です」
──わたし以上に「わたし」らしい人物が、まだこの世にいるだなんて! 
シラユキの表情が歪む。他人には見せられない嫉妬と憎悪は反映せず、姿見は笑顔の彼女を表示し続ける。

2112年、冬。世界気象機関(WMO)の設定した通りに、純白の雪が天から舞い降りている。会社に向かうオートモビリティの車中、「自分らしさ」の情報収集に勤しむ彼女の知覚拡張デバイスに、見慣れた広告が割り込む。
「『個性』輝く、新しい夜明け──他の誰でもない、『あなた』になろう」
事の発端になった広告を見て、彼女は「その日」のことを思い返す。

「代わりはいくらでもいる」だなんて手垢の付いた表現とともに、彼女は築いてきたキャリアを失った。幼少期に選ばれた「人生設計カリキュラム」通りの、理想の人生を歩んできたというのに。途方に暮れる彼女の知覚拡張デバイスに、すぐにエルゴスム社の広告が入ってきたのは、広告配信アルゴリズムの性能を褒めるべきか。駄目元で応募したキャンペーンに当選した彼女は、エルゴスム社の新商品「コギト」のテスターに選ばれた。「コギト」は、ユーザーの情報を収集し、「『わたし』らしい『わたし』」を実現する手伝いをする、姿見型のデバイスである。
毎朝、コギトに話し掛け、その導きに従って生活するようになった彼女は、次第に自信を取り戻し、己の価値を信じられるようになった。人生設計カリキュラム通りではない自分にも、意味はあるのだ。
そのままでいれば幸せだったのに──しかし、彼女はコギトに尋ね、知ってしまった。この世界には、自分よりも「自分」、すなわち「シラユキ」らしい者がいることを。それは、「他の誰でもない『わたし』」たらんとする彼女にとって、許しがたいことだった。

「最も『シラユキ』らしい」と認定された人物は、シラユキの旧友、同じ人生設計カリキュラムを生きる人物だった。シラユキは彼女に会い、理想と寸分違わない人生を送る旧友に嫉妬して、階段から突き落としてしまう。
タガが外れた彼女は、コギトにより「シラユキらしい」と認定された人物を次々と手に掛ける。だが、一人消すたび、別の人物が新たに「最もシラユキらしい」と認定され、いつまで経っても、唯一無二の「シラユキ」になれない。

やがて、コギトは告げる。今や、シラユキは唯一無二。だが、それは彼女の理想とした「シラユキらしい」ものではなく、狂気のシリアルキラーとしてである、と。コギトに映った自分の姿を叩き割るシラユキの全身のデバイスが、一斉に赤い警告表示を浮かび上がらせる。被害者の共通点を見出した警察が、彼女に迫っているのだ。赤い表示から逃れようとして身を捩る彼女の姿は、まるで真紅の衣を纏って踊っているかのようだった。

 

文字数:1200

内容に関するアピール

課題として選択したのは、2016年度第4回「誰もが知っている物語をSFにしよう」です。

他に特に候補としたのは2017年度第8回、2018年度第5回、2019年度第3回、2019年度第5回です。その上で、「やっぱり、お月様。」の課題で真っ先に思い浮かんだのが「かぐや姫」モチーフだったこと、「初めてのSF」にも「誰もが知っている物語をSFにする」ことが活かせるのではないかと考えたことから、この課題を選びました。

「誰もが知っている物語」として「白雪姫」を選びました。「最も美しいのは誰か」ではなく「最も私らしいのは誰か」としたのは、同質性と個性とを同時に求められる社会において、「自分は自分らしく在るか」が普遍的な問いになると考えたためです。「白雪姫」において、王妃が白雪姫の継母(または実母)であることから、クローンなどの設定も検討しましたが、「同じカリキュラムで生きる別人」としました。

文字数:394

課題提出者一覧