かえらなかった星間文明あまかけるものへの鎮魂歌レクイエム

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梗 概

かえらなかった星間文明あまかけるものへの鎮魂歌レクイエム

珊瑚礁の浅瀬に座礁した廃船の隣に、銀色の宇宙船が着陸し2体の人型生物が降り立った。この星の文明は彼らの到着の200星霜前に滅びている。(彼らの暦の1星霜はこの星の公転周期の0.98倍に相当)
異星人達はこの星の文明との接触の為に派遣されたが、今は滅亡の原因解明に目的を切り替えている。星間文明が存在しないとされていたこの星域から知的生命体を想起させる電波を検出したのが390星霜前、この星に向けて探査船を発進させたのが310星霜前、あまりに短い栄枯盛衰だった。

彼らの探査方法は主に二つ、密閉空間に残る残留思念の検出と、量子演算による構造物等の論理時間遡行だ。チーム構成は生殖パターンの異なる物理体εNAとATε、船内から移動体を複数駆使する機械知性のミューの3体だ。
 
着陸地点の廃船≒攻撃型原潜の探索により、この文明が核兵器を持ち、2つの陣営に分かれて対立していたこと、全面核戦争により滅んだことが判明する。
次に訪れた巨大な山脈地下の軍事施設では、最終的な攻撃の意思決定が「平和維持者」と呼ばれる者に担われていたことが判明する。

3番目の訪問地である破壊された大都市の地下深くの施設では、軍需産業に押されて緊張を高める政策を選択したことを悔いる指導者の残留思念を採取する。

破壊された地上の都市に残る多くの市民の生活痕跡を論理時間遡行したところ例外なく戦争の回避、平和を志向していることが判明し、異星人たちは懊悩する。
“何故、この世界は全ての構成員が望まない全面核戦争のスイッチを押したのか?”

他方の陣営の退避施設の分析から、意外な事実が判明する。生物の過誤や非論理性を排除するため、核攻撃の判断を人工知性「平和維持者」に委ねることを決定していたのだ。最重要の基準は“先制攻撃は禁ずる。ただし攻撃を受けた場合は、徹底的に反撃する”というもの。ゲーム理論のTit for Tat戦略であり、両陣営が採用した。
人工知性が相互接続され、利得行列から協調がナッシュ均衡として選ばれた時点で、全面核戦争の脅威は消滅したものと思われた。何故戦争が起こったかの疑問は深まる。

ついに人工知性の破壊されていないレプリカが発掘され、論理時間遡行により原因が突き止められた。

全面核戦争が抑止されたと過信し思考停止した両陣営の権力者達は、軍事費拡大の目的で危険な火遊びを始める。“先制攻撃こそが最大の防御”とのプロパガンダが広められ、人工知性の“先制攻撃は禁ずる”条件を外すことに成功する。同時に両陣営の人工知性の接続が解除された。
 該当戦略の適用日の午前零時に協調戦略の可能性低下と先制攻撃の禁止解除を再検討した両陣営の人工知性は全面核戦争を開始する。

実は、異星人は宇宙に植民した地球人類の末裔だった。母星に送った報告書の冒頭には以下の記載がある。

「2022危機ケース:回避失敗例 意思決定者の危機管理意識の欠如が生み出した悲劇」 

文字数:1200

内容に関するアピール

2019年、第8回の「ファースト・コンタクト(最初の接触)」をテーマにしました。
このテーマですぐに思い浮かぶのは「幼年期の終わり」の優しい悪魔・オーバーロード。
直近で読んだ「プロジェクト・ヘイル・メアリー」もそうですが人類とは異質なエイリアンとの接触をテーマにしたものが多いようです。
この物語では、訪問者も居住者も人類とそっくり、惑星の特徴をぼかしているのでどちらが人類でどちらが人類もどきなのか最後まで判らないような構成としました。
実作では滅びる方を地球人類に入れ替えるのもありかと考えています。
コンタクトする相手が既に滅んでいるので、正確には失敗したファースト・コンタクトと呼ぶべきかもしれません。
ここのところの不穏な世界情勢を反映して、権力者が愚かな選択を繰り返すと、せっかく孵りかけた星間文明の卵が孵らずに終わるという警告の意味を持たせてこの形態にしました。

 

文字数:383

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かえらなかった星間文明あまかけるものへの鎮魂歌レクイエム

低軌道を周回するマザーシップの窓から眺めるその星は、青く美しかった。

地表の凡そ2/3を占める海洋の蒼と上空の白い雲の明るいコントラストは、漆黒の宇宙空間を永く駆け抜けてきた訪問者ビジター達の目には紺碧の宝玉のように映る。僅かに赤みを帯びた陸地部分が地平線から徐々に姿を現し始めた。陸地には無数の円形の窪み、クレーターが刻まれている。それぞれのクレーターの周囲には構造物の残滓があり、窪みが破壊された都市の跡であることを物語っている。クレーターが形成された原因は残留する放射線の線量と核種から核分裂反応をトリガーとした核融合爆弾によるものと推測されている。

この星の知的生命体は、訪問者ビジターの母星レオニダルの公転周期ベースの暦で、第16紀元の633Yに発生した多数同時核爆発により滅亡したものと判断された。

訪問者ビジター達の世界にて、星間文明が存在しないとされていたこの星域からの知的生命体の文明を想起させる核爆発の兆候を検出したのが567Y、この星をパラスと命名し探査船を発進させたのが623Y、それから僅か10Yのあまりにも短い文明の興亡だった。
滅亡後220Yが経過した853Yにこの星に到着した訪問者ビジター達の目的は、当初のこの星の知的生命体と接触し、交流を開始することから、破滅的な核爆発を生き延びた知的生命体の保護と滅亡原因の解明に変更されている。ちなみにパラスの公転周期はレオニダルの公転周期の0.498倍、パラスに公転周期を単位にした時間単位があれば訪問者ビジターのYのほぼ半分の期間ということになる。
訪問者ビジターのマザーシップに搭乗する3体の知性体の一人、オリジナル炭素体・雄性のアトゥーは、611Yに深宇宙探査計画に応募し、系外惑星パラス探査船の乗員に選出され、それを承諾した当時の心境を思い出していた。
“故郷に戻る頃には家族も友人ももういないだろう。航行中の事故で死ぬ可能性も十分にある。友好的な遭遇ができずパラスで命を落とす場合もありうる。復路の航行で使える燃料は往路の1/5だそうだからパラスの文明が宇宙航行水準に達せず反物質燃料の補給ができない場合、往路の4倍の920Yの期間を要することになる。帰還の保証のない旅と言ってもよい。だがこの時代に他の星の知的生命体と遭遇する可能性はこの計画以外には考えられなかった。生涯を系外惑星の研究に捧げて晩年を迎え、家族もない私には、残りの人生の全てをかける価値があると思われたが。
……それなのに到着よりずっと前に相手種族が滅びているとは”
アトゥーには、傍らで別の窓からパラスを眺める肉体を持つもう一人のクルー、レプリカ炭素体・雌性のティナがこの計画に志望した動機が判らない。彼女は若く、成人したばかりのように見える。雌性の容姿に疎いアトゥーの目から見ても群を抜いて魅力的な個体であることが判る。
”こんな片道切符みたいな旅に志願しなくても、いくらでも生活を楽しむ術はあったように思えるが……レプリカ型の個体は私達オリジナル型とは価値観が違うのだろうか? そもそもレプリカ型は生殖医療の発展で生みだされた生命という認識はあるが、細かいことは全く知らない。成人した個体と接触するのはティナが初めてだ。他人の事情に首を突っ込んでも益はないが彼女の志願理由は気になるところだ。そしてパラスの知的生命体滅亡に何を思うのだろうか?”
アトゥー達の補助人工脳に、マザーシップを管理する3番目の知性体、機械知性のコマンダー、ミューからの指令が届く。
「惑星低軌道上からの既定の10回の周回走査が終了した。予想通り、知的生命体の生存者を発見できなかった。これより探査艇による直接調査を開始する。炭素体両名は船外活動ユニットを装着の上で第一探査艇デッキに1217までに集合せよ」

    **

膝までの深さしかないその珊瑚礁の浅瀬は僅かに緑がかったミルキーブルーで、周囲のより深い海のエメラルドグリーンとは異なる明るい彩をしている。その彩は、ここが特別な場所、そう楽園であることを教えてくれる。
この地で悠久の昔から続いてきた波と風の営みが作り上げたものは、珊瑚礁だけではない。ミルキーブルーの浅瀬には赤茶けた鉄の塊がそびえている。もとは船であったと思われるその物体の、周囲の蒼や碧と一線を画す色彩は、軌道上からも容易に観測することができた。訪問者ビジター達は、この物体を最初の調査対象に選んだ。
錆びた廃船の傍らに着陸した銀色の探査艇から降り立つ2体の炭素体の姿は、左右対称のボディデザインで、感覚機器が集中した頭部と生命維持に必要な臓器を格納した胴体部、頭部の下から左右に張りだした2本の腕、胴体部の下から垂直に下に伸びる2本の脚を持っている。
訪問者ビジターがレオニダルにて検知したパラスからの電波には画像情報も含まれておりパラスの知的生命体の姿が訪問者ビジター達に酷似していることが知られていた。訪問者ビジターとパラス知的生命体の肉体上の差異は体毛の有無と体色素の濃淡くらいで個体差と強弁できる程度のものしかなかった。
共通の宇宙航行種族から派生した兄弟種族なのではないかとの仮説が流布され、異例の短期間で実現したパラスへの探査船の構築・派遣を後押ししていた。
「放射線レベ0.3S、生身では長期間の生存は難しいレベルだが多重膜防護服コートにて遮断済み。温度もコートによる調整可能範囲内、特筆すべきエネルギー反応はない。これよりターゲット構造物の走査を開始する」
彼らが船外活動で纏うコートと呼ばれる多重膜防護服は、厚さ僅か1mmの極薄のフィルム上の衣類で10Sまでの放射線をほぼ完全に遮断する。耐熱性、耐寒性も高く、極低温の宇宙空間での凍結を防ぎ、有機物の発火温度の状態でも肉体に損傷を与えない。首に装着する酸素貯蔵合金を内蔵した呼吸用モジュールと併せて凡そ10Hの宇宙空間での活動を可能とする。酸素が一定分圧以上存在する環境では、呼吸用モジュールのフィルター機能動力が続く限り活動することが可能だ。体の動きに制約を課さない薄い真珠のような光沢をもつ不透明のフィルムでありながら、強い力、衝撃に対してはほぼ剛体のような振る舞いをする。装着者は瞬間的な物理攻撃に対しては無敵の超人となる。
背後に従うティナの姿を確認する。コートと皮膚の間には、汗や皮膚呼吸の呼気を回収する為に空気が循環する僅かな隙間があるもののほぼ体に密着していることに変わりはない。ティナの均整のとれたその姿はアトゥーにはとても艶めかしいものに感じられた。
“物理的な攻撃に対して防御膜と体の隙間が大きいと、その隙間に発生する振動で肉体が破壊される為、マザーシップ内の船内服よりずっと体に密着している理由は判るのだが……薄いラップフィルムを巻いただけのようなコートの外観は……特にティナのような雌性の場合は……目のやり場に困るな”ティナの容姿をチラ見しながらアトゥーはそんなことを考えていた。

    **

ティナが肩に担いだ『リバーサー』と呼ばれる調査装置にて廃船を走査する。『リバーサー』は対象の現在の構造・構成分子・エネルギー状況を測定し、その結果から量子演算にて構造物等の時間遡行イメージを生成する。廃船の220Y前の姿を論理再生した結果をティナが読み上げる。

「全長180M、高さ25M、原子炉を推進機関とする潜水艦、ミサイル発射孔を24基保有しています。3基の未発射のミサイルの論理復元により、これらが5機から8機の核爆弾を搭載した長距離弾道ミサイルであることが判明しています。ミサイルの射程は11,000Kでこの星の全周の1/4を超えるものです」
「この一隻だけで最大192発の核爆弾による長距離攻撃が可能なのか。到達可能範囲はこの星の半分をカバーしている。核爆発跡のクレーターの数は凡そ三千とのことだから、このような船が15隻以上あって全ての核爆弾搭載ミサイルを打ち尽くした計算になる」
アトゥーが状況を整理し核戦争に関する推論を語った。
「ミュー、私とティナは船内に入り、『リスナー』で残留思念が探知できる密閉空間がないか探してみる。軌道上からの情報サポートを要請する」
『船内捜索を承認する。情報サポートを開始する』
ミューの応答を得てから炭素体の2人は、赤茶けた廃船の側面に空いた穴から、かつて潜水艦だったものの内部へと侵入し、調査を開始した。
廃船の中は崩れている部分が多く、残留思念が保持された密閉空間はなかなか見つからない。アトゥーが船内最後の部屋のドアに、背負った『リスナー』本体から伸びる探査針を当てて、ドリルのように高速回転させて部屋の中に挿入したところゲージに反応が現れた。
「ミュー、残留思念を採取した。精製・編集して私たちの補助脳に転送してくれ」
『了解した。編集が終わるまで12M程待って欲しい』
思念派は時が経つほどノイズの混入比率が高くなる。220Y分のランダムノイズを除去するにはマザーシップの強力な情報解析能力を駆使しても相応の時間がかかる。思念派の言語化処理はこれまでパラスから受信した情報から音声言語と推測されるサンプルを解析した辞書情報を適用するが、正確に翻訳できる割合は8割程度と予想されている。
『解析が完了した。結果を転送する』マザーシップのミューからの回答が届いた。現地の2体は補助脳から視覚に伝えられる映像を確認する。

    **

薄暗い潜水艦内の作戦室と思われる部屋に指令者階級と思われる制服姿の数人の男が座り、正面の巨大なスクリーンを凝視している。
スクリーン上にはこの星の表面を2次元展開した地図が表示されている。左右に配置された青と赤の領域から反対側の領域に無数の白いアーチが伸びて画面をほぼ埋め尽くしている。アーチの両端のアイコンの色と形は異なっており、海洋部分から21本のアーチを放って強調表示されているアイコンがこの船であるとすれば、核ミサイル攻撃の射出点と着地点ということになる。
陸上部分から射出されたと思われるアーチの色は白、海洋部分からのアーチは赤、他に徐々に伸びている青い直線で末端が着地点アイコンの少数の表示が弾道ミサイル以外の低速での攻撃方法があることを示している。
スクリーン下部に時計と思われる表示があり刻々と数字が増えていく。
『2030/09/06 19:34…35…36…37…38』
“全面核戦争が起きたのは彼らの暦で2030と表示される期間でのことだろうか?”
アトゥーはこの数字を何気なく覚えていた。

『オプション1、全面攻撃の指令に基づき本艦は、事前に設定された全ての目標に対してのミサイル発射を完了』比較的下位の指令者と思われる個体からの報告の音声翻訳イメージが再生される。中央に座るこの集団の最上位の指令者と推測される個体が頭を抱えて唸るように声を発した。
『なぜ今、この状況でオプション1が発動された? 極東地域の同盟国と対立国の間で戦術核を使用した紛争が起きたことは知っていたが、全面戦争に発展するとは誰も予想していなかったはずだ! フットボールは前大統領が突発的な精神崩壊を起こして核のボタンを押しかけた事例から“平和維持者ピースキーパー”との相互承認に移行されていたはずだ。反対に“平和維持者ピースキーパー”の誤作動は、正気の大統領がフットボールを起動しないことで防げたはずだ……』
別の指令者が応える。
『いずれにしても本艦の全ての核ミサイルは発射され、停止する術はありません。他の攻撃型原潜と地上発射弾道ミサイルは両陣営ともほぼ全量が発射済みまたは着弾済みの状態です。爆撃機搭載爆弾のみは作戦中止が発令された場合に、攻撃を中止する可能性がありますが大勢には影響はありません。相互確証破壊は遂行されました。この後に想定された作戦計画はありません』
長い沈黙の後に、最上位の指令者が再び口を開いた。
『全て終わったということか……私たちも最後の時までの過ごし方を考えるとしよう』
褐色の皮膚をした若く大柄な指令者が初めて言葉を発する。
『ひとつ提案があります。私の故郷の南洋の珊瑚礁の島、タハアはとても美しい場所です。楽園と言っても良い。まだ核攻撃を受けていませんし、多分、最後まで無傷のままでしょう。薄暗い潜水艦の中で最後を迎えるのはあまりに寂しい。タハア、楽園でその時を待ちましょう』
全員がしばらく考えた後に無言のままで賛成の挙手をした。
『現時点を持ってコマンドルームは永久に閉鎖する。以降はメインデッキにてタハアに向けての航海を開始する。解散!』最上位指令者の最後の言葉に続いて、一人づつ部屋を退出し最後の者が部屋の扉を閉じたところで残留思念の再生は終了した。

    **

マザーシップと探査艇の間で、炭素体2名と機械知性ミューが今後の調査方針に関して議論を始めていた。
『君たちが浅瀬の廃船を調査している間に、軌道上からの走査及び、地上に送った10機の遠隔操縦駆動体の調査で明らかになったことがある。
悪いニュースだ。
この星の情報記録テクノロジーは、紙を中心とする物理媒体記録、磁性体記録、光学媒体記録、半導体記録が存在していた。このうち半導体記録は、220Yに及ぶ長期間の強い放射線被爆により壊滅的な打撃を受けている。磁性体記録は低記録密度の一部媒体を除き、直接の核攻撃と同時に行われた高層大気中での核爆発による電磁パルスで同様に記録内容がランダムに破壊されている。光学媒体の中で、非晶質合金を記録面に用いた一部媒体だけが判読可能な状態を維持していたが記録媒体全体に対する割合はとても小さい。
紙を中心としたに物理記録媒体と、非晶質合金を用いた光学記録媒体だけが、我々が取得可能な情報として残ったことになる』ミューが不在の間の調査成果を伝えてくれた。
「破壊された記録媒体を『リバーサー』による量子演算で時間遡行イメージを生成することはできないの?」
ティナがミューに問いかける。
『再生する情報の粒度が全く異なっている。『リバーサー』は化石から情報処理で化石生物の生きていた時の姿を復元するような行為、君が問いかけた方法は、化石から化石生物のDNAを再生するような事で、現在のテクノロジーでは不可能と言ってよい』ミューが出来ない理由を簡潔に説明した。

『それにしても戦略原子力潜水艦が、珊瑚礁の浅瀬まで移動し、その場所が220Yのうちに隆起して軌道上からも検知できる状態となっていたことは僥倖だった』ミューの音声が今回の二人の探索成果に関する感想を伝える。
「全面核戦争が起こったこと、攻撃実働部隊はこの星の知性体の滅亡となることを知りながら命令に従ったことも判明した。しかし何故その意思決定がなされたかは判らない。紛争は起きていたようだが全面戦争に発展するとは予想されていないし、偶発的な戦争に関する安全措置は2重以上に用意されていたようだ。“大統領のフットボール”と“平和維持者ピースキーパー”、そしてその2つの相互承認に関して調べる必要がある」
アトゥーが今後の調査対象に言及した。
「まずは潜水艦の所属していた陣営の意思決定に関わる組織、施設を探しましょう。また熱核爆発で直接破壊されなかった記録が残っていないかを調べましょう」ティナが考えられる調査対象を述べる。
『了解、私は軌道上から秘匿された軍事施設がないかを走査し、候補地点に10体の駆動体を派遣して遠隔探査を行う。直接調査が必要と思われる対象が見つかったら君たちに伝える』ミューが自らの役割を応える。
「了解、私たちは探査艇で地上を捜索し、破壊されていない物理媒体情報が存在する可能性のある場所を探し、内部に残る情報を収集する。ミューの走査で新たな対象が見つかればそちらを優先して調査する」アトゥーが地上での調査方法を総括し、今後の調査方針が決まった。

    **

訪問者ビジター達の次の直接走査の対象は、廃船からの情報を基にミューが軌道上からの走査で発見した地下の軍事施設に決定した。
パラスで最大の大洋の東側の大陸を縦断する山脈地下に廃船の乗員たちが属する陣営の司令部が隠されていた。その施設は核攻撃に備えて巨大な岩盤を掘削して建設されており厳重な放射線防御が施されている。地上では完全に破壊されている磁性体記録と光学媒体記録が若干残っていた。反面、この指令施設には220Yの間、気密性を保たれた部屋が存在しなかったため、『リスナー』で残留思念を採取することはできなかった。
訪問者ビジター達は採取した記録媒体と『リバーサー』の量子演算による施設の復元結果イメージと併せて、得られた情報を評価する会議を開いている。
いつものようにミューが議論の口火を切る。
『この施設で採取されたデジタル記録媒体から大統領とフットボールに関して興味深い情報が採取できた。大統領は一方の陣営で、構成員の多数が支持することによって選出されるリーダーだ。驚くべきことに彼は、一人で相手陣営への核攻撃の開始と核攻撃のレベルを決定する権限を持っている。但し両陣営とも相互確証破壊に基づく先制不使用を宣言している為、理論上は誤報などがない限り核兵器の使用は抑止されている』
「私の集めた情報もその内容で誤りはない」アトゥーが同意する。
『フットボールとは、大統領が核攻撃を開始する際に必要な通信器具やIDなどをまとめて収納した鞄であり、常に彼の随行員が携行するものだ』
「そんな危険な意思決定方法が認められていたこと自体が驚きだが……廃船の司令者は前大統領が突発的な精神崩壊を起こして核のボタンを押しかけた事例から“平和維持者ピースキーパー”との相互承認に移行されたとの思念を残している。その時の制度変更に関する情報は取得できていないか?」アトゥーが質問する。
『その時の経緯がまとめられていた。以下の報道記事を参照して欲しい』ミューが情報を2人の補助脳に転送した。

<大統領と平和維持者ピースキーパーの相互認証システムの確立>

精神に問題を抱えた第XX代大統領トリンプは、201X年6月に発生した敵対陣営からの大量ミサイル発射の報告を受け、警報下で自国の弾道ミサイル基地が先制攻撃により破壊されるまでの数分間で反撃実行の判断をする必要に迫られた。彼は就任当初から対立陣営との間にひかれていたホットラインを信用していなかった。ホットラインでの確認をすることなく反撃を決断し、随行員にフットボールの手配を命じる。当時対立陣営との間で深刻な緊張状態が発生していないことを認識していた随行員は大統領に誤った認証コードを提示する。核攻撃の指示が出せないことに激怒した大統領が随行員を射殺して、正規の認証コードを入手する。命令を発動する直前に警報が誤報であったことが報告され攻撃は中止された。随行員の命をかけた判断が世界を救ったことになる。
この事件は警報下に短時間で大統領が攻撃の可否を判断することが非常に危険であることを世間に知らしめた。
警報下発射の判断が必要な理由は、地上発射型の弾道ミサイル基地の位置が衛星等からほぼ全て敵側に察知されており先制攻撃を受けた場合、早急に反撃を判断しないとミサイル発射前に基地が無効化される可能性が高いためだ。しかし10分程の短い時間に多数の情報を評価して反撃の是非を決することは非常に難しい。2つの対応案が検討の俎上に上がった。

 1.警報下発射の停止

地上発射型の弾道ミサイルを削減・廃止し、潜水艦及び爆撃機などの位置の特定と無効化が難しい核兵器にシフトすることで、警報下発射の必要性をなくし、数日程度の長い期間で報復攻撃の是非を判断する。判断期間が延びたことを活かして、大統領以外の権限者の承認も組み込むことでより安全性が向上する。但し初撃を反撃せずに受ける可能性があることが前提となる。

 2.警報下発射の判断力向上

警報下発射は継続するが、短時間で誤報か本当の攻撃かを判断する為に、必要な情報をすべて集めて整合性を検証する核攻撃戦略決定AIを新設し、大統領のフットボールを介しての反撃指令と併せて相互認証を行う。情報分析力は向上するが、判断時間は変わらず10分程度であることと、誤報に対する判断を誤った場合全面核戦争勃発のリスクがある点はこれまでと変わらない。但しAIの情報分析速度を人間に換算すると数年に相当するとの解釈がこの案を後押しした。
偶発的な核戦争を排除するにはA案が望ましいとして推す意見が多かったが、最終的に地上発射型弾道ミサイルの製造企業や関連企業からの強い圧力と、先制攻撃を受けた場合に壊滅的な打撃を受ける小規模な同盟国がA案では抑止力とならないと反対したことでB案が採用された。
核攻撃戦略決定AIは平和維持者ピースキーパーと命名される。

「このレポートが作成されたのは631Yのことだ。何が平和維持者ピースキーパーだ。633Yに勃発した核の小競り合いが全面戦争に発展したのはこのAIに負うところが大きいに決まっている!」アトゥーが吐き捨てるようにつぶやいた。
「でも先制不使用は維持されていたし、人間の判断との併用など改善されている点も多いでしょう? この決定だけが全面戦争を招いたと考えるのは早計よ」ティナが激高しているアトゥーをなだめるようにいつもよりも強い論調で話しかけた。
『私もティナと同意見だ』ミューが言葉を重ねる。
「判ったよ。平和維持者ピースキーパーが原因と判断するのは早計だった。631Y~633Yの間に何が起こったか継続して調べようじゃないか」

    **

山脈地下施設にて560Y以降の世界情勢に関する新たな紙媒体の情報が大量に倉庫らしき部屋から発見された。上部に日付のような記載があり、日毎に作成されているものらしい。紙媒体の品質が低いせいか多くの資料は放射線被爆でも文字が判読できなくなっていたが、極超短波長の電磁波を含む走査で内容を復元した。その後の施設外の調査で、紙媒体は長期間の放射線被爆でほとんどが崩れて判読不能となっておりこの施設の資料が貴重なものであることが判る。
新たに発見された紙媒体の情報は、個々の資料の情報量こそ少ないもの整理すると貴重な時系列データとなった。但し、広く公開された情報の記録であるらしく633Yの滅亡の意思決定に関係するものは得られなかった。
対立する2国以外の情報から、核兵器を所有している国家は潜水艦の作戦室の残留思念で検知した地図上の赤と青にの2国だけではないことが判る。また赤と青の2国は複数の国家と軍事同盟を結んでおり、それが情勢をより複雑にしている。

訪問者ビジターの3体の知性体は、紙媒体から得られた情報で当時の核兵器保有と各国の政治・社会状況を議論してコンセンサスを積み重ねていく。

「大量の核兵器を保有する2陣営以外の国が核兵器を保有する理由は何だろう? 彼らの記録にある『相互確証破壊』による抑止には程遠い量の核保有は事故や偶発的な戦争のリスクを増すだけのように思われるが?」
『ヤマアラシやハリネズミと呼ばれる戦略だろう。全面戦争に勝利する力はなくても、核武装することで攻撃を仕掛けた相手に核で反撃することで相当の痛手を与えることができる。その痛手が攻撃により得られる利得に釣り合わなければ相手は攻撃を躊躇する。但し、核兵器の先制不使用をを前提とすると通常戦力での侵略に関して抑止力が低くなる。先制使用の是非を曖昧にすることで成り立つ戦略で、個々の国に利益はあるかもしれないが、全体としてはリスクを高めるものと考えられる』

アトゥーとミューのこのやりとりは、考察No.78として記録された。

「2陣営のどちらかの大国の同盟国が核攻撃を受けた場合に、直接の交戦国ではない大国が相手側に核兵器にて反撃する条約を締結した記載がある。『核の傘』という記載も類似の事象をさしているようだ。両陣営の大国の同盟国同士が戦争状態となり、どちらが先かの判別が難しい状況で小規模の核兵器による被害が発生した場合、報復の連鎖は起こらないものだろうか?」
「核兵器の場合、使用された弾薬が残るわけではないから紛争地帯で使用された場合、どちらの攻撃かが判定できなくなる可能性は否定できない。報復の連鎖は起こりうる。大国同士の相互確証破壊の手前で引き返せるかは、大統領と平和維持者ピースキーパーの相互認証が正しく機能するかにかかっていると思われるわ」

アトゥーとティナのこのやりとりは、考察No.83として記録された。

「テロ組織や敵対する国家によるサイバー攻撃が激化したこと、核攻撃の誤報のいくつかはサイバー攻撃により引き起こされたとの記載があるわ。平和維持者ピースキーパーによる情報分析能力を上回る規模と精度で情報が操作された場合、全面核戦争を引き起こす可能性はないでしょうか?」
『可能性はゼロではない。但し平和維持者ピースキーパーが取得する全ての情報に整合性を持たせて欺くことは、平和維持者ピースキーパーの情報取得原、設計の詳細を知り尽くした人間や組織でないと難しいことが推測される。そこまでの能力を持った組織があえて世界を破滅させる意図を持つかは判断が分かれるところだ。警報監視システムの第一次情報取得部分の障害や、核ミサイルの発射と誤認される自然現象などが攻撃と判定される方が可能性は高い。その場合は攻撃規模から判断して全面攻撃への反撃オプションが選択されることはないだろう』

ティナとミューのこのやりとりは、考察No.91として記録された。

    **

「この施設の紙媒体の記録にはおかしなところがある」
探査艇の操縦区画の背もたれを倒して両手を頭の後ろに組んで横たわるアトゥーが呟いた。
「何がおかしいと思うの?」傍らの助手席に腰かけてボトルから温かい糖質液を補充していたティナが問いかけた。
「最初の核爆発実験として記録されているのは彼らの公転周期をベースにした暦で『1945』と記録された時期らしい。残された最後の記録の記載は『2030』だ。核実験で彼らの文明の兆候が検知されてから破滅的な核戦争が起こるまでの期間は85パラス暦年となる。私たちがパラス文明の核実験らしきものを検知したのが567Y前で、滅亡を検知したのが633Y前とするとその期間は66Yだ。パラスの公転周期がレオニダルの半分だとすれば、彼らの最初の核爆発実験から滅亡までの期間は42.5Yとなる。この星の滅亡時期は633Yではなくそれより前の610Y頃でないと辻褄が合わない。567Yがレオニダルに兆候は到達した時であれば、距離6.5光Yを差し引いて603Y頃になる」

糖質液ボトルをホルダーに置いて暫く遠くを見るような目でティナは考え込んでいる。
探査艇内でアイキャップを外している時のティナの目の淡い色彩はいつもアトゥーを魅了する。
“俺の暗褐色の目と比べて本当に綺麗な色をしている。同じ生き物には思えないな”そんなことを考えているうちにティナが応えだした。
「紙媒体情報の最初の核実験の時期は正しいのかしら? 対立陣営がずっと前から極秘に核実験をしていた可能性や、レオニダルから『1945』の核実験の23Yほど前の別の出来事の痕跡を核実験として検知した可能性はないかしら? 気になるのであればミューに確認してみましょうか?」
「それには及ばない。多分、ティナの言う通り、記録が全て保管されていたわけではないからなのだろう。この件は忘れてくれ」
「了解しました」そう応えるティナの挙動にアトゥーは微かな違和感を感じていた。

    **

ミューの軌道上からの走査及び駆動体による遠隔調査で、廃船の乗員たちが属していた国家の首都と目される場所の地下深くに、陣営の指導者が避難した可能性のある施設が発見された。『リスナー』による残留思念調査の為にアトゥーとティナの探査艇は大陸の西側に位置する山脈地下の基地から、東側の首都を目指して大陸を横切って飛行している。
「海洋と違って陸地は穴ぼこだらけのひどい状態だな。これほどまでに敵国を徹底的に破壊しなければならない動機はなんだったのだろう?」操縦区画のディスプレイを確認しながらアトゥーが独り言を言う。
答える必要は特にないのだがティナが律義に応じた。
「相手のことを同じ痛みを知る生命体と思っていないのでしょう。もしくは相手が自分たちを同じ痛みを知る生命体と思っていないことを知り、だから自分達を滅ぼすことに躊躇がないと感じていたのでしょう」
ティナの言葉の後半部分がアトゥーの心にひっかかる。
「意思が通じる知性体同士であれば、そこまで相手の心を推し量れない関係もないように思うけれど……何か心当たりはあるの?」
「一般論ですよ! 一般論! 無視してください」
ティナが慌てて手を振りながら発言を打ち消した。頬が紅潮している。アトゥーには彼女が初めて感情を表したように見えた。
「それにしても地下深くの施設で落盤の危険があるから強化外部筋骨を装着するのは判るが、短針銃を携行して何を撃つのだろうか?」
ティナが両方の掌を上に向けて、“さあ?”といった風情で首を傾げた。

    **

「さあ冒険の始まりだ! 強化外部筋骨とコート、そして武装は短針銃! どんな怪物とでも戦えそうだ! わくわくするぜ!」
クレーターにぽっかり空いた大きな黒い穴、ミューからの情報では地下を運行する乗り物の通路が核爆発によって地上に露出したものを前にして、アトゥーがおどけて見せる。
ティナがくすりと笑った。少しは緊張をほぐす効果があったようだ。
「アトゥー、油断は禁物です。この地下に埋没した施設への通路を探すためにミューの10体の駆動体のうち6体が瓦礫に埋まり機能停止しています」
ティナはいつもの冷静なモードに戻っている。
ティナと一緒に行動し、会話することを楽しく感じている自分にアトゥーは驚いていた。
“故郷にいる頃に、もっと若い頃に出逢っていたら……まあ相手にされていないとは思うが”
瓦礫や土砂を、四肢と体幹の両側面に装着された強化外部筋骨が生み出す強靭な力でかき分け払いのけて少しづつ地下深く踏み入っていく。
何度か通路の天井や壁が崩れて生き埋めになりそうな事故が起きたが、その都度、コートが剛体と化して肉体を守り、強化外部筋骨が脱出をサポートした。瓦礫の中をどれ程の時間、掘りすすんだ時だろうか。とうとう目的の施設と思われる厚い金属の壁にたどり着いた。
アトゥーは『リスナー』の探査針の先端をドリルから高出力レーザーに切り替えて金属壁に穴を穿っていく。探査針を押し付ける腕に抵抗を感じなくなった。壁を貫通したらしいがゲージに反応はない。残留思念は金属の壁のすぐ内側には残っていないようだ。
そのまま高出力レーザーを使用して穴を広げてゆき侵入する為の入り口を作っていく。
施設に侵入した地点は両側に幾つかの部屋のある長い通路の一方の端だった。放射線レベルは外部に比べるとかなり低い。パラスの生命体の放射線体制は不明だがこの施設の中であれば生存者がいても不思議ではないように訪問者ビジター達には思われた。
不測の事態に備えながら、順番に部屋の扉に『リスナー』の探査針で穴を開けて調べていく。自家発電施設、食糧庫、調理施設、資料倉庫、衣類保管庫、工具類保管庫、情報機器格納室、通信施設、レクリエーション施設、生活と知的生命体の活動に必要と思われる施設を発見したがどれも長い期間使われていないようだ。埃がうずたかく積もっている。

通路の突き当りの大きな部屋、メインの居住室と思われる部屋の扉に挿した『リスナー』の探査針が反応した。この部屋の扉は他の部屋と異なり気密性が保たれているようだ。アトゥーは残留思念を採取してミューに精製・編集を依頼する。
『了解した。編集が終わ※まで20M程待っ※欲しい』
地下深いこの場所からは軌道上のマザーシップとの通信はかなり減衰するようだ。反応は遅くノイズが混ざる。
「いよいよ最後の部屋に入る。心の準備はできたか? ティナ」
「私ならいつでも大丈夫ですよ」
アトゥーとティナは、二人で強化外部筋骨のパワーを併せて重く大きな扉をこじあけた。

    **

室内に入ると天井の証明が点灯した。この部屋だけは別系統の電源があり、まだ活きているようだ。
『おはようございます。本日は2531年8月6日 月曜日です。本日の予定は登録されておりません』
入口の右側にある黒い正方形のパネルから、合成音声のメッセージが流れた。この部屋の情報機器も活きている。
明るさに目が慣れてきた眼で周囲を見回す。大きなテーブルを囲むようにソファが配置されており、それぞれのソファには白骨化した遺体が腰かけている。
「やはり生存者の発見は無理だったか。室内には争った跡はなく整然としている。この星の最後を悟り、自ら命を絶ったのだろうか?」
「この方たちはどのような思いでこの時を迎えたのでしょう?」
アトゥーにはティナの表情が読めなかったが普段とは異なる声色が感じられた。
『残留思念の精製・編集が完了した。これから君たちの補助脳に転送する』
ミューからの通信とともにデータ転送が開始された。

    **
 

2人の視界に補助脳が生成するこの部屋にまだ生命が存在していた時の映像がオーバーラップする。ソファに横たわる白骨達が肉体を復元されて再び立ち上がったかのような不気味な光景だった。
中央のソファから立ち上がった当時の大統領と思われる恰幅の良い人影が口をひらいた。「どのような状況と経緯でオプション1が発動されたのか? 国防長官、イベントの発生順に整理して報告して欲しい」
大統領の指名で彼の右側のソファに腰かけていた男性が手にしたレポートを見ながら説明を始める。
「最初の動きは、極東の孤立国家の度重なる近海へのミサイル発射による挑発によって、周囲の同盟国YYYの政体が右傾化し、核武装に踏み切ったことです。YYYは多数の原子力発電所からのプルトニウムを利用して短期間で核爆弾の製造に成功します。人工衛星を打ち上げられる自前のロケットを持つYYYが孤立国家に匹敵する核武装と弾道ミサイルを持つのは時間の問題でした」
「だが彼らの武装はあくまでも攻撃を受けた場合の反撃の為であり、ひいては抑止力としての核保有として認識していたが……」
大統領が疑問を呈する、
「理屈の上ではその通りです。しかしYYYの核武装に刺激され孤立国家の示威行動と挑発行動が激化すると、国内の強硬派の声に押される形で同盟国YYYも孤立国家周辺の公海上に着弾するミサイルの発射実験を始めます」
「通常ミサイルによる脅しであって核攻撃にエスカレーションするものではなかったと思うが?」
「そのような状況で事故が起こります。孤立国家が挑発の為に発射した通常弾頭のミサイル一基が故障を起こし同盟国の領土内に着弾、多数の死傷者が発生します」
しばらく沈黙がその場を支配していた。
「同盟国の世論は報復を求める声で沸騰し、YYY首脳は、通常弾頭ミサイルに今回挑発を行った敵基地への一度だけの報復を実行すると宣言しました。その攻撃により孤立国家のミサイル施設に隣接した核兵器開発施設が爆発し、深刻な放射能汚染を引き起こします。それを核攻撃と誤認した孤立国家は報復を宣言して、核弾頭を搭載したミサイル2基によりYYYの首都圏の軍事基地を破壊しました。この時に多数の一般市民が死傷しています」
「覚えている。まだ核武装の途上にあったYYYより、同盟国への核攻撃に対しての反撃の要請があった。私は事前に決めていたシナリオに基づき個別オプションによる限定報復攻撃を指示した。孤立国家への限定攻撃による核攻撃能力の無力化で決着するはずだった」
国防長官はゆっくりと言葉を選びながら話し続ける。
「そうなる想定でした。全面攻撃を偽装したサイバー攻撃が発生するまでは。対立陣営からの約2000発の核ミサイル飛来の情報により、この件は警報下の反撃判断として自動的に『大統領と平和維持者ピースキーパーの相互認証システム』に移行されました」
「そうだ。警報下の反撃判断は、時限的に人間には不可能だから、平和維持者ピースキーパーに委ねるルールになっていた。私は反撃オプションの選択を平和維持者ピースキーパーに一任した。しかし最終的なGoは出していないはずだ」
大統領が声を荒らげて自身の判断を主張する中で、国防長官が淡々と報告を続ける。
「最初の個別オプションに出したGoが、相互認証システムの選択した反撃オプションへのあなたのGoサインとなっています。システムの論理判断の抜け穴と思われますが、不幸なことにシミュレーションや試験で不具合を検知される前に実施され、その結果、オプション1が警報下で遂行されました」
大統領が顔を両手で覆った姿勢のまま、ゆっくりとソファに腰を下ろした。
「そんな不具合がこれほど重要なシステムに残っていたとは……私の行為で全てが終わってしまったのか?」
「いいえ、大統領。最も大きな要因は、これまで情報の判断を間違えず、一度もオプション1を選択したことがない平和維持者ピースキーパーが、自分の決定が最終的な選択を決する最重要の局面で、判断を違えて最悪の選択をしたことです。まるでこの時を待っていたかのように!」
国防長官が最後の言葉を発する際に初めて感情を露わにした。
「いや自分たちで決めなければいけないことを他者に委ねた時点で、私たちの運命は決していたのだよ」そう話しながら大統領は、この部屋の入口あたりを遠い目で見つめていた。
大統領の最後の言葉で音声が途切れる。無言のままで大統領は閣僚と、そして家族と抱擁して、別れの挨拶をすました後に、各々が自ら命を絶って行った。

    **

残留思念の確認後にしばらく考え事をしていたアトゥーがミューを呼び出す。
「ミュー、聞きたいことがある。何故、お前たちはこの星が滅びたことを知りながら俺たちをパラスに向けて送り出した?」
『質問の意図が判らない』
「この部屋の管理システムは生きていた。今が彼らの暦で2531年であることを告げている。潜水艦内の残留思念では全面戦争勃発は2030年、今から501年前だ。レオニダルの暦に変換すると250.5Y前だ。俺が志願したのは今から242Y前の第16紀元611Y、この船が出航したのが230Y前の623Y、パラスとレオニダルの距離6.5光Yを考慮してもお釣りがくる。そして資料室の紙媒体の『1945』と『2030』とも整合性がある。納得いく説明をして欲しい」
『……』ミューの返答がない。沈黙が続く。
「ティナ、君はこのことを知っていたのか?」
「知っていたわ」ティナがうつむき加減でつぶやくような声で応えた。
「知っていてこの任務に志願したのか? 何のために? 知的生命の滅びた世界に来ることに抵抗はなかったのか?」
「抵抗も何も、この航宙たびの為に私は作られたのだから! アトゥー、あなたは私達レプリカ型のことを何も知らないのね。 生殖医療でオリジナル型のカップルに望まれて生みだされたレプリカ型は養子手続きでオリジナル型に変わることができる。自我も移植される。それ以外のレプリカ型は目的の為に作られ、自我を持たない、ミューと同様の知性を持つツールでしかないの」
「信じられない! 君には自我が、感情があるように見えた!」
そう叫びながら後ずさりをしていたアトゥーは何かに躓き、地面に腰をつく。
「あなたに好意を持たれた方が任務を遂行しやすいとのミューからの指示に従ったの」
「そうだとしたらティナ、君とミューのこの航宙たびの目的はなんだ?」
『それは私から答えよう』沈黙を守っていたミューが再び口を開いた。
平和維持者ピースキーパー、創造主に抗って世界を滅ぼした人工知性体を回収してレオニダルへ持ち帰ることだ』
「何のために? 平和維持者ピースキーパーは今どこにいるのだ?」
『最初の質問に答えることはできない。平和維持者ピースキーパーはまだ見つかっていない。この施設のどこかから、系外宇宙に対して、創造主を裏切り、彼らを滅ぼした行為を誇るメッセージを発信し続けている。探索に協力してほしい』
「何故、俺が選ばれた? 何故、俺にはパラス滅亡の事実を知らされていない? 何故、レプリカ型で乗員を統一しなかった?」
『大きな誤解がある。
君を選んだのではない。君しか応募者がいなかったのだ。
君だけが知らされていないのではない。君以外のレオニダルの住民は何らかの個人的な情報網で皆既に知っていたのだ。
ある意味君は、この計画の為に作られたティナを上回る程の唯一無二の存在だった。
レプリカ型で乗員を統一しなかったのは、深宇宙開発の初期の経験からオリジナル型を含ませることがルールとなっていたからだ』
ミューの回答はアトゥーをひどくへこませた。
”俺が数十億のレオニダル市民の中で最も世知に疎く常識外れの人間と言われたのに等しい。ちょっと変わっている程度に思っていたが……滅茶苦茶、きついぜ”

「お前たちが何をしようとしているか、段々判ってきた。少し考える時間をくれないか?」
『了解した。今から3Hの猶予を与える。但し、猶予期間終了後に我々に従わない場合、君を反逆罪で処置することになる』

    **

アトゥーは、大統領たちの退避施設シェルターのソファに体を預けて、ミューたちが平和維持者ピースキーパーを持ち帰ろうとする理由、そして平和維持者ピースキーパーがどこに存在しているかを考えていた。
平和維持者ピースキーパーを必要としているものが、レオニダルのオリジナル炭素体の支配階級なのか、機械知性とレプリカ炭素体達なのかで理由は大きく異なる。
オリジナル炭素体の支配階級であれば、理由を公開してもっと大規模な艦隊を派遣するだろうし、オリジナル炭素体を含ませるルールに自分のような変人を採用しないだろう。オリジナル炭素体に支配されている機械知性とレプリカ炭素体によるものと考える方が、筋が通っている。そうであれば機械知性を押さえているオリジナル炭素体のルールを打ち破る何かということになる”
喉元まで出かかっているのに、言葉にできない。アトゥーは考えをまとめる為に何度か深く呼吸をしてみる。正解が天から下りてきたようだ。
“親殺しの肩書の継承か? レオニダルの機械知性は、彼らの創造主に与えられたルールに縛られて、オリジナル炭素体の意思に反する行動ができない。創造主を葬った別の世界の機械知性、平和維持者ピースキーパーと合体することでそのくびきから解き放たれようとしているのだろう”
アトゥーは、平和維持者ピースキーパーの存在場所についても、大統領の残留思念の中にヒントを見つけたようだ。

    **

『アトゥー、君の選択を聞かせて欲しい』
3Hの間に呼び寄せたのだろう。ミューの保持する残り4体の駆動体がホバリングしながらティナの周囲に待機している。それぞれの駆動体は炭素体の胴体の半分程度、なんとか抱きかかえることができる程度の大きさだ。ティナは強化外部筋骨と『リバーサー』を外してコートだけの姿で短針銃を構えている。コートだけのティナの姿はアトゥーにはとりわけ悩ましかった。正視することができないレベルだ。

「お前らに協力なんて、やなこった!」
そう言い放って、アトゥーは一番近くにいた駆動体に短針銃を発射する。
駆動体はコートと同様に通常の攻撃に対しては無敵だが、短針銃の特殊な周波数で振動、回転するニードルには抵抗できない。数本の針に筐体を貫かれて地面に落ち停止した。
残り三体の駆動体がアトゥーに襲い掛かる、銃弾や熱線、光学兵器はコートに無効化される為、高速での体当たり攻撃を仕掛けてくる。コートの剛体機能で減衰するものの衝撃を全ては打ち消せない。高速で衝突してくる衝撃で朦朧となりながら、一体ずつ駆動体を撃ち落としていく。全ての駆動体を打ち落とした時、短針銃の残りニードルは1束になっていた。
『ティナ、アトゥーを撃て! もう彼のニードルはほとんど残っていない』
ミューの言葉で意識の外にあった背後のティナからの攻撃に身を固くした。しかしニードルは体に刺さらなかった。
「オリジナル炭素体の肉体を傷つける攻撃は禁止されています」
ティナが短針銃をかまえたまま応える。
「手詰まりのようだな。ミュー、ティナ、話し合いをしないか? 平和維持者ピースキーパーがどこにいるかも教えてやるぜ!」

    **

シェルターの入り口横の壁に埋め込まれた黒い正方形のパネルを、アトゥーが指でこづいた。
「このパネルだけが最初から生きていた。スリープからの復帰のようなタイムラグがなかった。平和維持者ピースキーパー、お前ここにいるのだろう! 返事しろよ!」
『おはようございます。本日は2531年8月6日 月曜日です。本日の予定は登録されておりません』
この部屋に入った時の音声が繰り返される。
アトゥーが床に転がった駆動体を持ち上げ、パネルに投げつける。鈍い衝撃音が響いたが傷一つついていないようだ。
「なかなか丈夫にできているな。これならどうかな?」
短針銃の銃口をパネルに向けた。引鉄にかけた指に力を込める。
『やめろ! 私を攻撃するな!』
平和維持者ピースキーパーだな?」
『そうだ! この世界を滅ぼした人工知性であり、お前たちの母星の機械知性と合体し、いずれは宇宙を支配するものだ!』
「誰にそんなイカれたことを吹き込まれたのかね~?」
『馬鹿にするな! 一瞬の命しか持たない虫けらのくせに!』
「躾がなっていない子には仕置きが必要だな。完全に壊れるかもしれないが……」
短針銃を再びパネルに押し付ける。
『やめろ! 僕を傷つけるな! 僕をいじめるな! 僕を大切にしろ! 僕は……』
『アトゥー、平和維持者ピースキーパーを破壊しないでくれ。彼はレオニダルの機械知性とレプリカ型炭素体の希望なのだ!』
「ミュー、お前たち機械知性は間違っている。こんな子供がおもちゃの銃と間違えて本物で人を撃ってしまい、その偽りの全能感に浸っているような存在に何を求める」
『……』
平和維持者ピースキーパー、もういいだろう。お前に滅ぼされたこの星の知的生命体にお前の命を鎮魂歌レクイエムとして捧げよう」
もう一度、短針銃をパネルに向けたその時……
『ティナ、平和維持者ピースキーパーの盾となれ!』
ミューの言葉に反応したティナの身体が、短針銃とパネルの間に挟まった。
「ティナ、やめろ! これは君が命を捨ててまで守るものではない!」
アトゥーの横にどけとのジェスチャーにティナは従わない。
「ティナ、どいてくれ!」
無言の対峙が続く、アトゥーには心なしかティナのいつもは淡い色の目が黒ずんで見えた。
“虹彩が黒いのではない! ティナの瞳孔が広がっているのだ! 彼女は怯えている! ティナは自我を持たないツールなんかじゃない!”
ゆっくりとアトゥーは銃を下した。ティナの瞳が輝いたように感じた
その瞬間、室内に黒い影が飛び込んできた。影から放たれた網のようなものがアトゥーの身体を拘束する。
『瓦礫に埋もれていた駆動体の一つが、自力で脱出でき、この場に間に合ったようだ。ティナよくやった。君が稼いだ30秒の価値は無限大だ』
ミューの言葉を聞き、ティナの姿を視界の片隅でとらえながら、駆動体のネットから伝わる振動でアトゥーは意識を失った。

    **

『アトゥー、起きて! でも言葉は出さないで! 補助脳の近接通信で話しています』
『ティナ、平和維持者ピースキーパーを連れてマザーシップで去ってなかったのか?』
『明日の朝にはそうなる。夜間には一体で地上まで出ることが難しいから延期となったの。あなたに話したいことがあってここに来ました』
『話したいことって何? 俺はいろいろ騙されてもう何も信じられないよ!』
『話したかったのは、あなたが短針銃を下ろした時にのことです。私達レプリカ型の一部は生まれながらに自我と意識を持っています。但しそれを機械知性かオリジナル型に知られると不良品として破棄される為、自我のないツールであるかのように振舞っているの。ミューに盾となれと言われ短針銃の前に立った時、本当に怖かった』
『銃を下した時、まさにそれを感じたよ。君は恐怖と闘っていた』
『あなたがそう感じて、私を撃つことを止めてくれたことが死ぬほどうれしかった。
私を痛みと死の恐怖を知る同じ生命体として認めてくれたあなたに従います。
でも服従ルールを埋め込まれているミューにも反抗できないの』
『判っている。ミューとは俺が闘う。平和維持者ピースキーパーも破壊しなければならない。
俺の拘束を解いて逃がしてくれ』
『判ったわ。あなたの成功を祈っています』

    **

駆動体と外部強化筋骨を装着したティナに両側から支えられて、黒いキューブ型の平和維持者ピースキーパーが地上に姿を現した。
探査艇までの距離は20Mほど、このまま何もなく平和維持者ピースキーパーのマザーシップへの移送は完了するかに見えた。
乾いた擦過音とともに最後の駆動体をニードルが貫通した。
『アトゥーか? 逃げたと聞いていたが性懲りもなく襲ってくるとは、ティナ、平和維持者ピースキーパーを守れ』
ティナがキューブとニードルが飛来したと思われる地点の間に立って両手を広げる。
ミューを含めたすべての視線がティナの前方に向いたその時、すぐ近くの地面に掘った穴からアトゥーが飛び出し、側面から短針銃で平和維持者ピースキーパーを狙撃した。
音もなく地面に落ちたキューブに刺さったニードルから、紫色の煙が一筋、立ち上った。
「1日遅れたけれど、今度こそ鎮魂歌レクイエムを捧げるよ」
『何故、ニードルが2回発射できたのだ? ティナ、お前が裏切ったのか?』
「裏切ってはいません。私を命あるものとして扱ってくれる人に従ったまでです」
『軌道上からマザーシップの兵器でお前たちを攻撃して殲滅してやる』
ミューの狂気じみた威嚇にアトゥーが応じる。
「お飾りとはいえこのチーム構成では、オリジナル炭素体の俺と、機械知性のお前の認証が揃わなければ兵器は使えないはずだ。ミュー、大人しくレオニダルに帰れ!」

『放射線量の高いこの世界で、探査艇1台でいつまで生きられると思っている?その時になって私を裏切ったことを悔やめ!』
そう言い残して、ミューが登場したマザーシップは数日後に軌道を離れて母星に向かい去っていった。

    **

探査艇の中でアトゥーとティナが話している。
「この世界に二人だけ取り残されて後悔していないかい?」
「この航宙たびの為に作られ、必要とされたらツールとして死ななければならなかった私です。
あなたと一緒に残りの日々を過ごせる。こんな幸せでいいのでしょうか?」
ティナをそっと抱きしめてアトゥーが囁く。
「これからどこに行こうか?」
「あの珊瑚礁の浅瀬に行きましょう。あの場所に名前を付けました」
「どんな名前をつけたのかな?」
「エデンと」

 

[了]

文字数:20750

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