創造的休暇は突然に

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梗 概

創造的休暇は突然に

ロンドンのペスト大流行で大学が閉鎖され、奨学生のアイザックは故郷に戻るも母のいる実家には帰らなかった。父はおらず、彼の生後すぐ裕福な牧師と再婚し、自分を祖母に預けた母を嫌い、不即不離の関係だった。

ある日帰郷を知ってクラーク家の娘ケイトが訪ねてきた。母の友人の薬剤師クラークは彼の大学進学前の下宿先の主で、ケイトは婚約者だった。彼女に惹かれる反面、彼は母の影響で女性不信であり、何年も結婚を延期していた。煮え切らない彼に、科学実験を装って密かに料理に凝っているのを吹聴する、と彼女は迫る。彼の実験室を勝手に覗いて得た秘密だった。創造性の発揮が生きがいの彼は清教徒だが粗食が耐えられなかった。彼は彼女を宥めるが女性不信と探究心の狭間で徐々に精神的に追い込まれる。殺すほかないと思い詰めたとき、庭の木からリンゴが落ちてきた。

それを見た彼はクラーク家のアップルパイに薬品が誤って混入したように毒殺を企てる。一方クラークは内向的な彼は娘とは合わないと考え、婚約解消と大学での活躍を望んでいた。そうとは知らない娘は、秘密を握って結婚を迫っているとクラークに得意げに話す。彼を心配し訪ねたクラークが窓から覗くと、台所にアップルパイの材料とパイに不自然な薬草を見つける。急な訪問に慌てる彼を見てクラークは事態を察し、薬草に気づかぬふりをして娘の行為を詫び、仲裁を申し出る。彼は彼女への曖昧な態度を謝り、根源にある母への不信を吐露する。再婚は彼と祖母の生活費を稼ぐ手段だったとクラークは明かし、彼は一方的な嫌悪を悔いた。恩に報いたいと言う彼に、ペストに対し薬の限界を感じていたクラークはペストに対抗する料理を依頼する。

ペストの原因は瘴気だ。火で空気を清め、香料を入れた飾りで予防する。ただ瘴気は不定形の気体なので予防効果は算出不能だ。火よりも確実な調理法を探るため彼は、気体の研究で名高いボイルに相談する。気体は分子の集合であり、瘴気を排したと言える空間は真空だけだとボイルは言い、彼の師ゲーリケが銅製の球体内を脱気し真空を作った実験手法を教える。早速自宅の庭で再現しようと半球同士を閉じるとき、リンゴが落下して中に入った。

それを見た彼はこのまま真空にして火にかければ、瘴気の非存在下で清められると考えた。結果、真空リンゴは旨味が凝縮され、そのパイは適度な酸味と芳醇な甘みに満ちていた。真空下でのシロップの吸収率上昇も発見した。真空アップルパイは人気を博し、彼はパイを持って母を訪ねる。味を絶賛する母に対して不孝の償いに同居を提案するが、研究に勤しめと断られた。ケイトはパイに感動し、探究心を軽んじた行為を恥じ、応援を誓う。

学究に燃えた彼はケプラーの天体運動記録を眺めた。惑星は恒星を焦点とした楕円軌道を回る。自分も母やケイトと近づいては離れ、離れては近づく。

人の間の見えない力を感じたとき、リンゴがひとつ落ちてきた。

文字数:1200

内容に関するアピール

選んだ課題は、2020年第7回の「何かを食べたくなるお話を作ってください」です。イギリス料理が美味しく発展しなかった理由のひとつに、清教徒の禁欲主義に起因する粗食が挙げられます。清教徒革命を率いたクロムウェルをはじめgentlemanは、フランス貴族のような豪勢な料理は堕落の元と考えており、紳士たるもの粗食と節制が美徳とされました。17世紀自然科学の黎明期、ロンドンのペストの煽りを受けてケンブリッジ大学は閉鎖され、ニュートンは大学の雑務から解放されて故郷で研究に没頭しました。若き清教徒の科学者がほとばしる創造性を、田舎で人目を気にせずに密かに食の探究に向けていたら、古き良きイングランド伝統のアップルパイは数世紀の進化をして真空低温調理法に辿り着いたかもしれません。作物が実りにくい冷涼な土地で粗食に甘んじるほかなかった人々に当時の最新の知識で食の楽しさを伝えるニュートンを描けたらと思います。

文字数:400

課題提出者一覧