梗 概
世界相続
カイン達が育った世界はもうすぐ終焉を迎える。すでにほとんどの住民が次の世界へ転送を終え、静かな町の片隅に残りの人々はなんとなく集まっていた。
消えゆく町を、消えゆくキャンパスに描き続ける、消えゆく少女、アウン。カインは彼女の黒髪が風に靡く様をぼんやりと眺めていた。
「まだいたんだ」アウンは絵筆を動かしながら振り返らず言う。カインはそれ以上少女に近づくことができなくなる。
カインは次の世界へ行く権利を相続していた。それは彼の祖先の遺産だった。カインの祖先は少しずつ数を減らしながら種を保存しているこの世界システムを開発したチームのひとりだった。次の世界へ行くためには、前の世界を維持する人々がそこに残る必要がある。アウンは、次の世界へ行くことを認められなかったひとりだった。彼女にはこの世界では珍しく、姉がいたから。
アウンは姉のことが大好きだった。しかし兄弟がいるということは次の世界へ行けないということを意味していた。だからほとんどの家庭に子供はひとりしかいなかった。それでもアウンは、優しく美しい姉のことを憎んだことはなかった。
カインにも兄がいた。とても優秀な兄。カインは兄のことが苦手だった。何をするにも兄と比べられた。兄を嫌いたくはなかった。カインが嫌いだったのは、何も特別でない自分のことだった。けれどどうしても、兄とうまく接することができなかった。
「どう?」
アウンが体を傾け、キャンパスを示す。そこに描かれていたのは、誰もいなくなった公園ではなく、幼い頃、四人で駆け回っていたころの、楽しそうな自分たちだった。
カインはアウンへ、次の世界へ行くためのキーを渡そうと思っていた。そして彼女がきっとそれを受け取らないだろうこともわかっていた。だからそれは、カインの感傷以外のなにでもなかった。カインは、世界とともに自分が消えることを想像できなかった。アウンがいつから、そういった日のことを考えていたのか、知らなかった。
「わすれない」とカインはいった。その絵を持っていくことはできない。
「どうしてわたしは生まれたのかな」とアウンが言った日のことを覚えている。それからカインは、どうして自分は生まれたのか、考えることをやめられなかった。自分は、世界のシステムには必要のない、贅沢な権利を持っていて、それを我儘に行使している一族だった。
サイレンがなり、世界がまた小さくなった。今日の転送が行われた。空が夕焼けで赤く染まり、ふたりの影が長く伸びる。夜の設定に移り変わり始めた。
「はしっこ、見に行かない?」
言ったそばからカインは、何か言わなければと思い軽率な発言をした自分を悔いた。アウンは首を振った。それから「葬式ごっこしようよ」と笑った。ごっこ、とカインは胸の内で呟いた。
次の日、カインは花の中に横たわり、アウンたちを利用して、キーを使った。なにもわからず、なにもまなべないまま。
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内容に関するアピール
現実がうまくいかず死にたいというか逃げ出したいときもありますがそれでも結局死にたくないし死ぬことをきちんと受け止めることができていないどうしようもなくなにもできないだめな自分。死ぬことをきちんと想像することもできないのは生きることにきちんと責任をもてていないからかもしれません。
文字数:139