重なりの穴

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梗 概

重なりの穴

世界の至るところに、穴は空いていた。わかっているのは、穴と穴はつながっている、ということだ。

何度目かの就職氷河期が訪れ、工藤が何とか就職したのは地元の葬儀屋だった。
決め手は大学で修めたアラビア語だった。なぜ葬儀屋にアラビア語が必要なのか? 工藤の疑問に、見た目がマイルドなヤンキーの社長・吉田が答える。

「おめぇな、うちが何やってっか知ってっかおめぇ? 量子やってんだわ量子! 量子葬!」

量子葬、それは最先端の技術を駆使したエコでクリーンな葬送方法、らしい。

「量子は葬儀のエスペラント語なんだわ!」

吉田曰く、輪廻を信じ、遺体が不要な火葬文化圏は、遺体を量子分解する量子葬と元々相性がよい。また、復活を信じ、最後の審判の際に遺体が必要な土葬文化圏についても、量子分解時に記録される遺体の情報から故人の肉体を完璧に再構築できるため、対応可である。故に、量子葬は世界のどの文化圏の葬制にも適応可能な葬送方法である、という。

「で、今うちの最大のお得意さまが、あれなんだわ!」

量子葬場に連れてこられた工藤が振り向くと、いつのまにか大量の黒い袋が積まれている。そういえばと、先月から中東で新しい戦争が始まったことを思い出す。積み上げられた袋の背後には、黒い大きな穴があった。

量子葬の手順はシンプルだ。穴に遺体を突っ込み、制御装置を操作するだけ。それで本当に遺体が量子レベルで分解される、らしい。制御装置で穴を閉じたり、別の穴とつなげたりもできる。工藤の主な仕事は穴の開閉操作や遺体の運搬・分解、そして現地顧客との通訳などだ。穴が通じれば現地に行くことも可能らしいが、恐ろしくてそんな気にはならない。個人所有可能な穴の規模としては最大級であることが、吉田の自慢のようだった。

ある日のことだった。遺体は、まだ若い女性だった。いつものように穴を開き、遺体を安置し、分解のボタンを押したそのとき、穴の向こうから、若い男が飛び出してきた。男は「彼女はまだ死んでいない!」と叫び、遺体を袋から出そうとする。工藤が緊急停止ボタンを押すと、穴から這い出てきたのは、女と男、死者と生者が重なった存在だった。かけつけた吉田は、状況を把握、「おい! 量子化すっぞ!」と証拠を隠滅しようとする。死/生者をもう一度穴に押し戻そうとする吉田と工藤だったが、その瞬間、死/生者は姿を消す。死/生者は穴ともつれる存在となったのだ。

重大インシデントの発生に、吉田は高度な経営判断から穴を通って死/生者を追跡することを決定する。各穴の制御装置に記録された情報、そして吉田の張り巡らせたヤンキー・ネットワークを駆使し、工藤は吉田、そして量子葬場の穴に残された遺体袋とともに死/生者を追いかける。最終的に到着したのは戦争真っ只中の中東地域だった。吉田は現地顧客と遭遇し、本当に量子分解された同胞たちの復活は可能なのか尋ねられる。実は分解した遺体を再構築するには超巨大な設備が必要であり、町にそんなものはなかった。激怒する現地顧客の銃撃を交わしつつ、死/生者を探す工藤と吉田と遺体袋。見つけのは小高い丘の上だった。そこには粗末な墓標のようなものと、俯く死/生者の姿があった。吉田が撃たれる。工藤は躱す。遺体袋は吹っ飛んで中から生/死者が頭を出し、死/生者とぶつかり重なり合う。突如大きな穴に飲み込まれるような感覚の中、工藤は若い女が若い男と重なる姿を見た。

目を開けると、そこはいつもの量子葬場だった。自分を見下ろす穴を見て、なぜだか工藤/吉田はホッとした。

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内容に関するアピール

心は常在戦場、弔い合戦!

文字数:12

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