姫にゃーのお別れ会

印刷

梗 概

姫にゃーのお別れ会

姫江市が、隣の雪津市と合併する前に打ち出した最後のセレモニーは「姫にゃーのお別れ会」だった。姫にゃーとは姫江市の御当地キャラクターであり、三十年前からはそう名づけられたAIでもある。姫江市で語り継がれる猫の恩返し伝説に因んで猫耳と尻尾を生やした姫カットの美少女キャラクターは、時代がかった口調でも人気を博し、姫にゃーAIはキャラクターロボットを操作してあちこちに登場しては、歌でもダンスでもトークでも観客を盛り上げた。姫江市の公式ウェブサイトやSNSでも活動し、郷土愛納税に対しては、返礼品に添えて一通一通異なる礼状を送り、その内容が話題となって姫江市の税収に貢献した。そうして活躍した姫にゃーだったが、定住者を呼び込むことはできず、市の合併とともに維持費の嵩む自らの終焉を迎えたのだ。
 市の女性職員、五十三歳の広報課長、柿原泉は、姫にゃーとは長い付き合いだった。そもそも柿原が小学五年生の時に授業の一環として市に応募した御当地キャラクターが姫にゃーなのだ。以来四十二年間、姫にゃーは姫江市の顔であり続けた。姫にゃーをAI化したのも、大学の工学部AI学科を卒業し、市職員として働き始めた柿原だった。言葉遣いや仕草から好き嫌いや趣味、特技に至るまで、他の広報課職員と話し合いながら細かく設定して、愛されるキャラクターを創り上げ、姫にゃーAI自身にも学習を積ませてきた。かくして、姫にゃーは日本でも十本の指に入る有名御当地キャラクターになったのだが、彼女のために海辺の寒村に住もうと来た人間は、数えるほどだった。姫にゃーが増やした税収で道路は整備され、市長が公約した通りにテーマパークや物産館などが創られたが、どれも黒字経営ができたのは一、二年ほどで、確保できるはずだった働き口も先細りという惨憺たる結果だった。姫にゃーが登場するイベントだけは常に人気で、グッズも売れたが、人口増には結びつかなかった。唯一の小学校に通う児童数が二十七人という事態を迎えるに至って、有権者達は合併やむなしと結論づけたのである。
 「姫にゃーのお別れ会」は市長が言い出したことだったが、多くの賛否両論を得て最後の話題作りとなった。立派な祭壇を設け、キャラクターロボットを棺に入れて、「生前」の映像や主電源を落とす直前のメッセージを流し、「葬儀」を行なうという、趣味の悪い内容を企画したのは柿原である。姫にゃーを葬ることに断腸の思いがあったからだが、イベントとしては大成功だった。多くのファンが涙して見守る中、「出棺」までを采配し終えた柿原は、後を部下に任せて市庁舎で身辺整理を始める。退職願は既に提出済みだった。
 三年後、経営を学んだ一般社団AI法人ゾンビ姫にゃーが、旧姫江市のテーマパークと物産館の経営を黒字化し、「恩返し」をしたと報道される。理事兼社員として、その設立当初から関わっていたのは、柿原泉だった。

文字数:1193

内容に関するアピール

御当地キャラクターがAI化される未来はすぐに現実になるのではないかと予想していますが、自治体が合併される際、その御当地キャラクターAIはどうなるのだろうと想像を膨らませました。新しい自治体には、新しい御当地キャラクターが誕生しますし、合併する小さな自治体の財政は、大抵苦しい状態にあります。予算の都合上、古い御当地キャラクターが維持して貰えなくなった場合は、旧自治体の名称とともに葬られることになるでしょう。そこに絡む、市職員、市長、住民、ファンなど、さまざまな立場の人の思いを、市の看板を背負って葬られるキャラクターの姿に重ねて、丁寧に描きたいと思います。また、AI法人となったゾンビ姫にゃーの、伝説になぞらえて報道される「恩返し」にも、アイドル活動や、大手広告代理店からの出資、経営方針の説明などで、真実味を持たせていきたいと考えています。

文字数:372

課題提出者一覧