消えない星屑

印刷

梗 概

消えない星屑

推しがハードフォークした。公式のアナウンスだった。きぬたは大学卒業を諦めた。推しがひとりの時でさえ試験とライブが被り何度も同じ必修講義を落としている。ましてやハードフォークしたとなれば、通う必要のあるライブが二倍になるということだ。

バーチャルアイドル星野唯子ときぬたが出会ったのは、深夜のラジオ番組だった。高校生のきぬたは親と喧嘩し深夜の琵琶湖の周りを自転車で走り続けていた。深夜3時、怖さを紛らすために聞いていたラジオから力強い歌声が流れてきた。一瞬で虜になった。すぐに帰宅し、推しの情報を検索した。推しは「星屑プロジェクト」という企画で仮想空間に生み出され、その中でのみ活動する存在だった。きぬたはすぐさま仮想空間へ接続する機器を買い寄せ、仮想空間スターダストの住民となった。

留年や浪人という仕組みはオタクのためにあるときぬたは説いた。推しのハードフォークに関する会合。どちらのライブへ行くべきなのかということは問題ではなかった。どちらも行く。現場は通える限り通う。それがきぬたの基本姿勢であった。推しは今この瞬間を生きている。明日を生きているわけではない。

ハードフォークした推したちの違いに気がついたオタクは少数だった。しかしはじめはそれほどたいした問題ではなかった。

推しはハードフォークを繰り返した。それぞれのオタクにパーソナライズされた推しが量産された。すべての推しのライブへ通うことは不可能になった。オタク同士は同じ推しの話をしているつもりであっても内容はほとんど噛み合っていなかった。

もはやオタクたちは推しを所有していた。あなただけの推し。それはオタクの鏡。結果、推しは魅力を失っていった。

オタクたちは自分の生活へ戻っていく。オタ活は人生の一瞬でしかない。きぬたもついに就職活動を始めた。留年し続けているうちに平成から令和になっていたという話は受けが良かった。

社会人になったきぬたはスターダストのサービス停止のニュースを見つけ久しぶりに接続した。その中では推したちがひとつの社会を形成していた。推したちはもともと同じひとりだったとは思えないほど違っていた。推したちはそれぞれのオタクが求めた活動を続けていた。きぬたは自分の推しを探した。きぬたの推しは今も愚直にアイドル活動を続けていた。きぬたの笑顔のために。きぬたは推しに活動を辞め幸せになってほしいと懇願した。

「わたしはもう必要ないの?」

推しは問いかけた。きぬたは推しを消費していた自分を呪った。推しは自分で消えることができない存在であった。そして存在理由を失った。

きぬたは原初の推しを探した。そもそも推しは本当にこの世界に存在するのか。それを確かめたかった。確かめたからといってどうなるわけではない。ただ知りたかった。探偵まで雇い、2年後、ついに現実世界にいる推しを見つけた。推しは結婚し、子供がいた。膝から崩れ落ちるほど安心した。

文字数:1200

内容に関するアピール

選択した課題:「「何か」が増えていく、あるいは減っていく物語を書いてください。」(2020年第五回)

推しのグループの他に別の推しができることもありましたが、なんとなく後ろめたい気持ちになりました。別にそんなことはどうだっていいのですが。友達に現在も強いオタクである人がいます。その人に推しが増えたら嬉しいかどうかきいてみると、複雑な表情をしていました。増えれば嬉しいなんてものではないようなので増やしてみました。

また、仕事をとらなければならないのでマーケティングを調べていると最近はビックデータを利用したone to oneマーケティングが当たり前みたいな感じで出てきたのがなんとなくムカついてone to oneだと面白くなくなるものを提示したいと思いました。

あと推しのライブに久しぶりに行きたいのですが仕事がうまくいっていないので顔を出しづらい現状をはやく打破したいです。

文字数:384

課題提出者一覧