梗 概
怪獣国境
国境とは、世界各地に点在する怪獣同士の間に生じるボーダーラインのことである。十年に一度、怪獣たちは一斉に移動し、それとともに各国の領土は拡大と縮小を繰り返す。怪獣がどこへ向かい、どこで止まるかは誰にもわからない。人々は怪獣の動向に一喜一憂した。
前回の移動でケイの住む国は多くの領土を失った。まだ幼かった彼女はそのことをあまり気にしていなかったが、もともと国は資源や食料に乏しかった上に、数少ない漁場が隣国の領土になったことで、生活の質の低下が進みつつあった。
ケイの国と隣国の間にある小高い丘の上には、進行を停止した体長五十メートルの怪獣が微動だにせず佇んでいる。移動時は収納している触手を左右にぴんと伸ばし、地平線の先で別の怪獣の触手と絡め合うことで国境線を形作っている。
ケイはその丘の麓で育った。両親から止められていたにもかかわらず、国境という概念をよく理解していなかったケイは、興味本位で丘の向こうを目指してしまう。バイクで巡回中の国境警備隊員が、丘を登ろうとしているケイを発見し、慌てて連れ戻そうと走って追いかけてくると、漠然といけないことをしている自覚はあったケイは全力で丘の向こうに逃げる。
怪獣は越境者に襲いかかる習性を持つ。国境警備隊員が必死にケイを捕まえた時、怪獣はすでに触手を収納し動き出していた。バイクにケイを乗せ、急いでその場を離れると、怪獣は再び止まった。ケイは国境警備隊員に諭される。「怪獣が描いた線の内側で僕らは生きていかなきゃいけないんだよ」という彼の言葉にケイは釈然としないものを感じ、不貞腐れた。国境線はごくわずかだが動いていた。
それから数年後、ケイの国は本格的な飢饉に直面していた。国境を挟んだ向かいには港町がある。人々の間にこれも天命だという諦念が満ちる中、ケイは単身怪獣をおびき出すことによって国境線を変更しようとする。港町との行き来が可能になれば、皆が助かる。国境警備隊の制止を振り切って、ケイはバイクで国境を突破する。怪獣の咆哮が轟き、巨体がケイを追ってきた。距離を保ちつつ隣国の側へと進んでいったケイの目前に、やがて港町が迫った。その中を突っ切るわけにもいかないので、ケイは方向転換し山岳地帯に入った。道は険しく、次第に追いつかれる。すでに怪獣は数十キロほど移動し領土は大きく拡大した。目的の達成を確信し満足気に微笑むケイを捕食し、怪獣は休眠状態になった。
ケイの行動は史上最初の侵略と呼ばれた。
港町を含む、新たに併合された地域で食料を確保し、ケイの国の人々は餓死を免れた。しかし奪われた領土を取り戻そうと、怪獣を引き連れて越境してきた隣国の人々との戦争が勃発し、夥しい数の死者を出した。国境線は人間の手で引き直すことができるという認識が世界中に広まっていった結果、侵略戦争の時代が幕を開けた。
文字数:1176
内容に関するアピール
ベルギーとフランスの国境を隔てる境界石を、ベルギーの農家がうっかり移動させ、領土を一千平方メートルほど拡大させてしまったという事件が去年ニュースになりましたが、今回は国境石が自力で移動する生物だったら、という設定の怪獣SFです。人間が恣意的に国境線を引き直そうとする世界を相対化する物語を目指して書きました。
文字数:155