梗 概
クレタ人はみな嘘つきであろうとする
あるところに、嘘つきばかりの住む町と、正直者ばかりが住む町がありました。嘘つき町に住む人は、いつも嘘をつかねばなりません。これは変わった風習だということで、フィールドワークをしにきた研究者やら、物見遊山の旅行客やら、多くの客が訪れ、外貨で潤っていたといいます。
さて、ある野心を持った青年がおりました。嘘つき町に乗り込み、風習を利用して良い暮らしをしてやろうというのです。二つの町に向かう分かれ道、噂通りに道案内の姿を見つけ、聞き及んだ情報を試します。正直町に行くには、「あなたの町へ」と頼めばよい。そこで、彼は言いました。
「あなたの町、ではないほうの町に連れて行ってください」
正直者は正直に、嘘つきは嘘をついて、どちらにしても嘘つき町へと連れて行ってくれるはずです。
正しく物事が運べば、そうなるはずだったのですが。その時の道案内は、嘘つき町から来た子供でした。まだ道案内に慣れていない子供は、迂遠な言い回しに混乱してしまい、うっかり正直町のほうを指差していたのです。
青年は、意気揚々と正直町に向かいました。
町に辿り着いた青年は、道ゆく人に声を掛けました。
「すみません。この町で、一番汚い宿はどこでしょう?」
「え、一番汚い?」
「はい、一番見窄らしくて、酷い宿です。値段は高いほどいい」
町人の戸惑った様子に、彼は「しめしめ」と思います。これで、嘘つき町で、一番良い宿を見つけられるだろう。
しかし、そこは正直者の町。彼は「一番汚く、見窄らしくて、高い宿」に泊まることになりました。町の人たちは、失礼と思いつつも嘘がつけないものですから。
しばらく町で過ごすうち、青年は「何かおかしい」とようやく気づきました。そして、思い至ります。
「すっかり攻略法がバレているのだから、この町の人もやり方を変えたわけか。こちらの意図を読んで、その裏をかいている?」
そうして、青年は疑心暗鬼になっていきます。彼がいるのは、誰も嘘をつけない町なのに。
予定より早くお金を使い切ってしまった青年は、この町を離れる前に、「嘘のつきかた」を学ぼうと決めます。
「最初からそうすればよかった。この町のやり口が分かれば、外の世界に戻ったとき、完璧に騙せるようになるだろう」
そうして青年は、正直者の町のやり口をしっかりと学び、自分では究極の嘘つきのつもりで、しかし他人からすればバカが付くほどの正直者として、この町を出て行ったのです。
二つの町と外の世界を繋ぐ交差点で、青年は道案内に会いました。他でもない、彼を正直者の町へと導いた、嘘つき町の子供でした。子供は「つけなかった嘘」を反省し、今度こそちゃんと嘘をつこうと決めていました。
青年は問います。
「あなたの町、ではないほうの町に連れて行ってください」
子供はきちんと嘘つき町を指差しますが、青年はそのおかしさに気づきません。己の成長に気を良くし、二つの町に背を向けて、意気揚々と歩き出すのでした。
文字数:1200
内容に関するアピール
「嘘」にまつわる課題で、真っ先に思い出したのが、ドラえもんの「ウソ800」でした。「嘘がすべて本当になる」という設定について考えるうち、「正直村と嘘つき村」の話を思い出していました。正直村に行きたいとき、どちらの村から来たのかわからない案内人に何を尋ねれば良いのか、というなぞなぞ。そこで「小さな嘘(正直)」がつかれ、その後のドタバタに繋がっていくコメディができないか、と考え、この梗概を書きました。「一つの嘘」から広がっていく話にすべきなのに、「一つの正直」から始まるのは規定違反かとも思いつつ、道案内にとっては逆説的に「嘘をついてしまった」ことになるので良いのではないか、と言い訳しながら書き進めました。青年のこの後については、人を騙すつもりで騙されてしまうのか、騙しているつもりで正直なことばかりして人々の信頼を勝ち得ていくのか、どちらも思い描きつつ、短編としてはここで筆を置きたいと思います。
文字数:400