梗 概
あるいは脂肪でいっぱいの宇宙
あるいは脂肪でいっぱいの宇宙
「ちょっと太ったかも」
Zoom女子会で笑ってたら、リアル女子会が決まった。うそまじむり、だってちょっとじゃないもん、ガチ太った。対女子じゃパゴダスリーブもシフォンも手首見せも揺れるピアスも使えない。だってあいつら肉質を読む。
「BMI18.5以上とかないよね~(実は24ある、死ねる)」
幻聴オーディオコメンタリが聞こえる。決戦は三ヶ月後、絶対に負けられない戦いが始まった。
「デブデブの実の呪いでは……?」
二週間たっても体重と体脂肪率、微動だにせず。スーパー糖質制限もやった、肉と蒟蒻とバター囓った。カロリー計算の鬼にもなった、羊みたいな生活送った。小金ならある、とジムに飛び込んで筋トレしまくった。もう駄目だ、と思って海外通販でヤバい薬取り寄せた。
なのに、全く体重計の値が変わらない。
モチベアップのために匿名で始めたTwitterがその内「絶対痩せないアカ」としてプチバズりして、テレビから話が来た。3人のダイエットの神が何とかしてあたしを痩せさせるバトルするんだって。顔と名前NG、声も替えて、バレたら恥死するから!!と念を押して3週間、前にも増して過激なダイエット。24時間スマートウォッチの監視付き。
なのに痩せない!!
今度は世界でバズった。なんか凄い研究機関と巨大ベンチャーから調査したいって。渡米して体中全部調べて、プールの中に沈んで生活して、あれやってこれやって……ってやってたら脂肪と話ができるようになった。ストレスで幻聴が?!と最初は思った。でもマジだった。
脂肪ちゃんが言うには、あたし、ダイエット特異点なんだって。今世界80億の9%の人が飢餓で、20%が肥満で悩んでる。そのアンバランスなカロリー収支が、なぜか、あたしの体の中で特異点を作っていて、だから痩せない、と。
ちょっと、意味がわからんとです。
でもこのままだとその世界のエラー?が歪みを生んで世界中の人の体重が固定されちゃう、と。それがわかった瞬間にあたしのダイエット計画は加速した。全世界の9%と20%が死に物狂いで頑張った。
で。解決策。あたしの中に超小型ブラックホールを生成する。特異点は特異点で打ち消す。
全く意味がわからんとです。
あたしは今宇宙にいる。お腹に超加速した陽子をぶっ込んで、超超ちっちゃいブラックホールを一瞬だけ作って……
まぁ結論から言うと、これ失敗した。失敗した結果、あたしは拡散してうっすーーーーーくなった。つまり宇宙中にあたしが広がった。
BMI、限りなく0に近いから、ダイエット成功と言えば成功だけど。
今度は脂肪ちゃんのみならず宇宙中の生きて考えてる存在と繋がった。みんな、多いとか少ないとか尖ってるとか丸いとかスカスカとか密密とか悩んでた。つまり、宇宙が偏ってる。だから濃いところや薄いところを、良い感じに盛って削って埋めて……ほら、どうよ、みんな完璧!!
このあちこちの偏りを直すのってつまり、宇宙をもう一回作ることだった。古事記でやったよね。「成り合はざる処」「成り余あまれる処」。
だからさ、今みんながいる新生宇宙ではみんな自分の形にもう悩まなくていいはずだよ。
神となったあたしの悩みは女子会。あのホテルのアフタヌーンティー、スコーンが最高に美味しいんだよね。BMIが限りなく0に近い今なら何食べてもいいよね。
よっしゃ、戻ろう。何とかして神から普通のあたしに。
待ってろ、スコーン!!
文字数:1431
内容に関するアピール
世界で一番どうでもいい話、他人の太った痩せた話。
世界で一番切実な話、自分の太った痩せた話。
一番小さい嘘ってなんだろ?って考えて出てきたのが「ちょっと太ったかも」。
そこから雪玉式に転がしていったら、国生みならぬ宇宙生みまでいけないかな、と。
これはまず実作には選ばれないだろうけど、オフビートなヘンテコ話を楽しんで書きたいと思います。相棒の脂肪ちゃんは、よく電車広告で見る白衣を着た人が意味ありげに持っている謎の塊、あれに可愛く目鼻をつけた感じで。実作だと可愛くウザく、たくさん喋る予定。
P.S. 椿山荘のスコーンが美味しいと思います。
文字数:273
あるいは脂肪でいっぱいの宇宙
「ちょっと太ったかも」
その一言が全部の始まりだった。
月一ZOOM女子会、大学の同級生四人、いつものメンバー。ヨガ講師のマユ、メーカー勤務の琴美、主婦でフォロワー数四桁のインスタグラマーえりりん、でもって出版社勤めのわたし、上出萌。
「太るよねー、ずっと家にいるもん」
「琴美もリモート?」
「うん、正直もう会社行きたくない」
なんてことをドリトスを箸で摘まみながら言ってるんだから、そりゃ太るわ。わたしもついこれで濡れ煎餅四枚目。マユにオンラインヨガやって、とか誰も言わないのは、ヨガじゃ痩せねぇ、ってわかってるから。意識高く健康な生活送るには、みんな自分を理解しすぎている。
「化粧品とか、ここ半年買ってないなぁ。プチプラでもなんか面倒くさくてさ」
「どうせZOOMじゃ見えないし」
「ってか化粧むしろ濃くなったわ。ハイライトとシェーディングばりばりで、素で見るとキム・カーダシアンか、って思う」
「画面越しだと目元のグラデなんて頑張っても飛ぶもんね」
「え、じゃあさ」
琴美がニコッと笑う。確かに、鼻筋立ちまくってる。中華メイク動画でも見て、ノーズシャドウのいれ方勉強しようかなぁ、とか思ってたら、運命の一言を聞き逃していた。
「いいね、久しぶりに会おう。おしゃれ気合い入れる!」
「え?」
「あ、そうだ、ちょうど良い感じのアフタヌーンティーあるよ~。甘いのもしょっぱいのもあって、無限にいけるやつ」
「え?」
「じゃあ三ヶ月後、第一日曜日でどう?」
「え? え?」
話が掴めないでいるうちに、リアル女子会が決まっていた。
やばい。
やばいやばいやばい。
マジ無理、本当にダメ、助けてそこらへんのダイエット神!
だってちょっとじゃないもん、実はガチ太った。
「じゃあ三ヶ月後目指してダイエットしよっかな。いいモチベになる(こういうのでもないと絶対やんない)」
「えりりん、太ってないじゃん(はいはい、って言っときゃいいんでしょ?)」
「え~、そんなことないよぉ、ぷよぷよだもん(はいはい、って答えときゃいいんでしょ?)」
「じゃあわたしもがんばろ。BMI18目指す~(実は24ある。三ヶ月後に18とか、死ねる)」
幻聴オーディオコメンタリが聞こえる。
もともと不規則な生活で、ストレスも多いし、付き合いの席もそれなりに。それでも30過ぎてそこそこの体型を保っていられたのは、毎日の通勤と、忙しくて食事にあんまりかまけてなかったこともある。家で仕事するようになって、きちんと三食食べて、閉じこもりきりも良くないか、と近くのコンビニまで散歩行って、ついでにお菓子コーナー覗いて、つい買っちゃって、口寂しいから合間合間でおやつ食べて……
6キロ太った。
高校生の時の人生最高体重に近くなって、慌てておやつの量減らしたけれど、時既に遅し。家でやる体操も続かないし。手間暇かけてヘルシーなメニュー自炊するのも面倒だし。だから順調に現状キープだ。
だけどそうも言ってられなくなった。
対女子じゃパゴダスリーブもシフォンも手首見せも揺れるピアスも使えない。だってあいつら肉質を読む。会った瞬間スカウターばりに体脂肪率も骨密度も基礎代謝も測定される。
本気出すしかない。32歳限界女子のマジモードってやつを見せてやろうじゃん。
前、半年で7キロ痩せたこともあったし。三ヶ月で6キロだったら、アレの2倍頑張ればいいんでしょ? 余裕じゃん。
大丈夫大丈夫、むしり取った衣笠? 昔噛んだミネハハ?
なんとかなるって。
「デブデブの実の呪いでは……?」
3週間後、わたしの体重は微動だにしていなかった。体脂肪率も全く動かない。タニタの体重計が壊れているのでは?と家電量販店まで行って最新式のにこっそり乗ってみたけど、数字は無情だった。
おかしい。理論上は絶対痩せるはずなのに。
最初の一週間は気合い入れてスーパー糖質制限やった。1日糖質20g以下。肉と蒟蒻の合間にバター囓った。さすがにカロリー取りすぎかと不安になって、今度はアプリ入れてカロリー計算も同時にやった。緑の野菜ばっかり食べて、羊みたいな生活送った。小金ならある、とプロトレーナー雇って吐きそうになりながら筋トレしまくった。もう駄目だ、と思って海外通販でヤバい薬も取り寄せた。
なのに、全く体重計の値が変わらない。
理解できない。
体重は減らないのに、モチベアップのために、と思って匿名で始めたTwitterのフォロワー数は増えた。
「もえたま*ダイエットちゅ♡ 今日のお昼ご飯はキャベツとお豆腐、クリチも一個食べちゃった」
みたいな可愛い呟きから、
「もえたま*でぶはしね 肉ベラ欲しい。この恥ずかしボディから肉をこそぎ取って胸とかに移動させたい。今日もずくしか食ってねぇわ」
って呟きが殺伐としはじめたらフォロワー増えた。
理解できない。
面白がったフォロワーさんから次々ダイエット情報が寄せられて、片っ端から試したけど、どれも駄目。水断食とかやって、1gも減らないって、質量保存の法則拡大適用すぎない?
じたばたやってたら、「絶対痩せないアカ」としてプチバズりして、ぐいぐいフォロワー増えた。五桁とか……フォロワー一人と体重1g、交換してくれないかな。
全員がわたしの体重と体脂肪を見守っている。朝一の体重報告を待たれている。釣りなんじゃないかって言われて毎朝体重計乗るとこリアルタイム配信してる。ここまで来たら、ストレスとかプレッシャーで痩せない?
痩せないんだな、これが。
キュウリだけのビーバーのエサみたいなランチをTwitterに上げようとして、DMが来ていることに気づく。
「突然のご連絡失礼いたします。投稿についてお伺いしたくメッセージしました」
おおお、ついに来たか、取材依頼! テンプレメッセージにワクワクしながら返信してみた。
お昼前にやってる情報バラエティ系の番組で、わたしのダイエットを取りあげたい、と。それだけなら断ろうかな、と思ったけど、この後が魅力的だった。題して「今話題の絶対痩せないダイエット女子を絶対痩せさせるガチ対決! ダイエットの神三人が本気で挑みます」。
え、これもう最後の手段では? タダでプロに痩せさせてもらえるとか、断る理由がない。失うものは何もな……あ、けっこうあるな。顔と名前NG、声も替えて下さい、バレたら恥死するから!とかたくかたく念を押して、OKすることにした。
期限は四週間。まず一週間ずつ、三人のダイエット神がそれぞれの方法を試す。でもって一番効果があった人が、最後の一週を勝ち取る。経過はテレビとオンラインで随時報告。なおかつ、ズルができないようにスマートウォッチをつけて、24時間、生活を配信。さぼりなし、こっそり間食なし。
ネットでは事前予想が大盛り上がりだった。くそぅ、みんな人のダイエットで遊びやがって。
まぁでも、人のダイエットなんて遊びだよね。世界で一番どうでもいい話、人の太った痩せた。世界で一番切実な話、自分の太った痩せた。
一週目:カリスマトレーナーKotaroさん
あの芸能人もあの有名人ももれなく痩せさせた、ボディシェイプ界最後の駆け込み寺。ゴリゴリマッチョに甘いマスク、しかもイケボ(しかしなんでみんな名前をアルファベットにしたがるのか)。
この人につきっきりでトレーニング受けたら、ときめきで痩せるかも。
なんて最初は思ってました。ときめきとか、皆無だった。あまりに追い込まれ、筋トレ中は獣のような声で呻くだけ、滝汗でメイクも髪もぼろぼろ、特製プロテインミックスとやらはあまりに不味すぎて1回リアルに吐いたし。
無理だって言ってるのにそこから、もう一回とか爽やかに抜かすイケボに最終的には殺意を抱くまでに。殺すか、いっそ殺して逃げるか。
結果、痩せず。筋肉痛だけが残る。
二週目:超管理栄養士小野寺さん
ふわわんとした上品なおばさま、でも実はあらゆる小学校や老人ホームから引っ張りだこの伝説の栄養管理士なんだって。この方考案の究極のダイエットミールなるものを三食食べた。正直、不味かった。テレビ的には「わぁ、お腹いっぱい食べられてしかも美味しいなんて最高」みたいなこと言わないといけないけれど(小野寺さんの圧も凄かったし)、実質ハムスターペレットの味がした。子供の時食べたからわかる。
ハムスターペレットを三食食べ続ける、これも地獄の一週間だった。
結果、痩せず。わたしの目から光が消えた。
三週間目:スピリチュアルトレーナー翠光さん
太っているのはわたしの中のインナーチャイルドが愛に飢えているから、それを解消しない限り痩せない。地球の波動を感じ、満たされることで全ての問題が解決する、と。
山奥に連れていていかれて、ひたすら座禅を組んで自然に感謝する、とかいうのをやった。食事は三食豆みたいなものをポリポリ噛むだけ。でもこの頃にはわたしも悟りの境地みたいなのに達していたから、ハイハイもう何でもして、って感じ。
結果、3日目で強制終了。翠光さんがわたしに隠れて超濃厚コンソメパンチとストロングゼロを決めているのを見てしまい、逆上してつかみかかって大喧嘩になって、その模様が全部配信されていたから。
二週間と3日。
死ぬ気で頑張った二週間と3日。全部無駄だった。ここまでしても1gも痩せず。
この頃になると、世論もだんだんオカルトに傾き始めていた。人為を越えた存在、みたいになって、今度は世界でバズった。今、わたし、Women who never lose weightことWWWって呼ばれるてる……プロレス団体か。
もう全て諦めようか、とコンビニのお菓子の棚を殺人者の目で睨んでいたとき、テレビ局のプロデューサーさんから電話が来た。企画倒れになっちゃったから、お蔵入りですって連絡かな、と思って、ゾンビみたいな声で出た。
「あ、すみません。あの、ちょっと急な展開なんですけど」
と言ってプロデューサーさんが出したのは、世界中誰でも知っている超大きなベンチャー企業の名前だった。時価総額100兆円とかの。
「そこから連絡があって。えーともえたまさんの身体状況を詳しく調べたい、と」
コンビニの前でポカンとしながら聞いた話によると、その企業(えーといろいろあってあんまり言えないからTとしておく)は今宇宙関連の事業に乗り出している。ロケット幾つか打ち上げるとかじゃなく、本気で宇宙で人間が生活したり、他の星に移住したりすることを目指しているそうな。で、その際に食糧とか、必須栄養素とか問題になってくるわけで、今なんか話題になっているWWWの異常な代謝に何かヒントがあるんじゃないか、と。アメリカにある研究所まで来て、検査をさせてもらえないだろうか。もちろん渡航費用(ファーストクラス!)から滞在費(ホテルのスイート!!)は向こう持ち、仕事を休む間の手当(年収じゃん!!!!!!)も出す。研究の結果次第だけど、特許などが取れそうなら%でバック(生涯年収じゃん!!!!!!!!!!!!!)もする。
「い、行きます! やります受けますOKですヨーロコンデーーー二つ返事で前のめりに超イエス!」
プロデューサーさんはわたしの勢いにドン引きしながら、じゃあ数日以内に連絡行くと思うから、と言って電話を切った。5分後に日本代理店の担当者って人から電話が来て、コンビニの袋をぶら下げたまま契約書を交わしに行って、三日後には飛行機に乗っていた。前のめりだったのはわたしだけじゃなかったみたい。
ファーストクラスの食事だけはノーカウントってことにした。こんなもん生涯で食べられるの1回だけだろうから(帰りのことは考えない。エコノミーに格下げされる可能性もある)
寝過ぎてぐにゃぐにゃになりながら降り立ったオースティン・バーグストロム国際空港、わたしを出迎えてくれたのは小柄なアメリカ人男性だった。髪の毛は今のわたしと同じくらいくしゃくしゃで、眼鏡をかけていて、きっちりボタンを閉めたチェックのシャツにジーンズに……なんだか見覚えがある。
「はじめまして、ジョン・スミスです。上出さんの担当をさせていただきます。何かわからないことがあれば、僕を通じて聞いてください」
めちゃくちゃ流暢な日本語で一気にまくし立てられてポカンとしていると、ジョン・スミスさんはぐっと顎を強ばらせ、更に早口で話し出した。
「ジョン・スミスは本名です。日本語はアニメを見て覚えました。はい、そうです、僕はオタクで日本文化が大好きです。ニチアササイコー。夢はいつかコミケにリアルに参加することです」
この死んだ目にも見覚えがある。あれだ、小野寺さんのハムスターペレットを食べ続けたときのわたしだ。つまり、ジョン・スミスさん、
「みんなに同じこと聞かれ続けて、やけっぱちのテンプレート回答になったのね」
「Yes」
なんか親近感。わたしもなんで痩せたいか、100回くらい聞かれて、もう自動応答できるようになったもんなぁ。カリスマトレーナーKotaroでイケメンアレルギーを発症したわたしにとっては、ジョンのオタク臭が心地いい。筋肉どーん白い歯キラーン笑顔ピカーンな陽エネルギー満載な人が担当だったら、また殺意の波動に目覚めてたかも。
「わたし、英語全然だから、通訳超助かる。まぁ、気楽に行こうよ、スミスさん」
「ジョンでいいです」
ちなみにもう少し打ち解けてから無理矢理聞き出したハンドルネームは、† Everlasting Radiance †だった。すごい、そこまで日本人ナイズドされてる。ハンネで呼ぶ嫌がらせをしかけたら、真顔で「もえたまたん」と呼ばれてわたしの方が致命傷だった。
研究所でありとあらゆる検査をした。だいたいのことは日本でもやってたけど、その比じゃあなかった。血液検査も、酸素マスクみたいなのつけて走るのも、CTもMRTも、およそ考えられる検査は全部やったと思う。せっかくのホテルのスイートルームも、だいたい帰ってばったり倒れて寝るだけで全然楽しめない。食事もあいかわらずビーバーのエサかハムスターペレットだし。まぁでも、ここで頑張らないと、もう一生デブデブの実の呪いにかかったままだ、と思って必死に頑張った。
で。
わたし、死んだ。
あ、正確には死にかけた。死にそう、とかじゃなくて、本気で死にかけた。
深いプールの中に沈んで酸素量や運動負荷やなんやかやを計測する、って検査の時。その前に飲まされたバリウムみたいな薬が良くなかったのか、それともここんとこスムージーしか飲んでいなかったからか、なんかふわ~っとしてきたなぁ、と思ったらそのまま体に力が入らなくなって沈んだ。その時に呼吸用のケーブルが引っかかって、外れちゃったらしいんだよね。苦しいとか、そうのはいっさいなくて、なんか眠たい、動けない、なんだコレ、と思ってたら。
辺りがぱっと明るくなって。
違う場所にいた。
白っぽいもこもこふわふわした床と天井がどこまでも続いていて、向こうが見えない。床と天井の距離も何か良くわかんない。あのもこもこは雲みたいに大きいかもしれないし、ブドウくらいかもしれない。その距離感がわかんない広い広い場所に、わたしは相変わらずプールの中にいるみたいに浮いていた。
ははーん、これはあれだな、死んだな、さては。ダイエット死とか末代まで笑われるやつでは?
しかし死後の世界殺風景だな、と辺りを見回していると、足下辺りの床がぐいっと膨らんで、ぷちんと千切れた。両掌に余るかな、くらいの塊。そのままわたしの目の前まで浮いてくると、瞬きした。
目があったのだ。黒豆みたいなちっちゃい目が二つ。それから口もあった。
「初めまして、萌ちゃん。ぼくは脂肪のがいね」
「脂肪死すべし!!!!!!!!!!」
その瞬間、わたしはその塊に飛びかかって、ぶん殴って蹴り飛ばして千切って揉んでめったくたの粉みじんのぎったぎたに……
気がついたら、やつは少し離れた場所で、黒豆みたいな目に明らかに恐怖の色を称えてこっちを見ていた。
「あれ?」
「あれ、じゃないよ!! 自己紹介しようとしている明らかに知性のある相手を急にぶち殺そうとするなんて、むしろ野獣でもやらんわ!」
「脂肪を見たら潰せ、って今までの生涯で学んできたもので」
「どこのバーサーカーエステティシャンだよ!」
確かに、そいつは電車のつり広告で見る、謎の白衣の男性が意味ありげに「これが脂肪1キロです」って持っているやつに似ていた。脂肪1キロをもう少しファンシーにして、気持ち悪くなくして、黒豆つけたやつ。でも脂肪は脂肪だ。
「もう一回言うよ、ぼくは脂肪の概念。君たち人類が持っている脂肪というそんざ……だから千切らないで! セルライトじゃないから! 細かくしても排出されない! 概念を滅ぼそうとするって神か!」
「自由という言葉を無くせば自由という概念がなくなる。同じように脂肪という概念を」
「ニュースピークやめて」
隙あらばやつを仕留めようとする両手を必死を押さえながら聞いたところでは、
①わたしは死んでいない。ただ精神的にけっこうヤバい。ヤバいから脂肪ちゃんが見えている。
②ただ脂肪ちゃんは存在する。妄想ではない。
③脂肪ちゃんは脂肪の概念で、みんなの脂肪に対する思いの捻れから生まれた。
「今世界中に80億人の人がいて、9%の人が飢餓で苦しんでいて、20%が肥満で悩んでるんだよ。生物として両極端に振れちゃってるの」
ほうほう。
「そもそもさ、生き物って、エネルギーを得ることが大事なの。生きるって、エネルギーを得て、繁殖することでしょ? なのに人間はその生き物としての命題をダイエットという後付けの理由で書き換えようとしている。お腹いっぱいに食べたい、食べたらダメ、太りたい、痩せたい……アンビバレンツなの。君だってそうでしょ?」
脂肪ちゃんはじっとりとわたしを睨んだ。器用だな、この黒豆。
「健康体重っていう生きるために最適なバランスを、お金払って、時間使って、努力して、不健康に修正しようと頑張ってる。外側の問題で、内側を壊そうとしてるんだよ」
この後、脂肪ちゃんはとうとうと脂肪がいかに生きていくのに大切かの講義を始めた。あまりに長いので、途中で1回寝て、起きてもまだ喋ってた。
「その不自然なエネルギー、世界中で凄まじい数の人が、何とか痩せたいとあれこれやっているエネルギーが、君という存在に一極集中したんだ。結果、君の中に特異点が生まれた」
「特異点?」
ちょっと、意味がわからんとです。
「だから痩せない。痩せないどころか、今後、世界中の人間が太りも痩せもしない。超生体恒常性、スーパーホメオスタシス状態だよ」
「なんか話が大きくなってきた……えっとじゃあ、成長期の子供とかは?」
「成長しない」
「ひえ。ってことは不老不死……?」
「ではない。あくまで脂肪細胞の状態が固定されちゃっただけだから。だから筋トレしたら、筋肉はつくよ。だけど、脂肪細胞は今のまんま」
OK完全に理解した(1mmもわからん)。
「えーとえーとじゃあ、あれだ! チートデイ! ホメオスタシスって、体がバランスを保とうとすることでしょ? だから、低カロリーに慣れちゃった頃に、めっちゃ食べて体を騙して、でもってホメオスタシスを解除する」
順調に下がっていた体重の変化が、同じことをしても動かなくなった、踊り場状態になっちゃった時に一時的にカロリー制限を解いて好きなものを好きなものだけ食べる、というほんまかいな、なダイエット方法だ。
「だから、人類みんなでチートデイやれば」
「無理。言ったでしょ? 問題は、君の中に特異点、いわばカロリー収支の結びこぶができちゃったことだから。人類がみんなしてケーキどか喰いしても、これはどうしようもない」
絶望じゃーん。何でなんの断りもなく人の中にそんなもん作るかなぁ。絶望のあまり脂肪ちゃんを捏ねくりまわした。脂肪ちゃんはあふ!とか、ふぇん、なんて声を出しながらも今回は逃げなかったので、割と良い感じだったのかもしれない。一級脂肪ちゃんマッサージ師ならなれそう。
「とにかく! 今ふぇえええ君がすべおぅふきことはもひゅっ」
あれ、なんか脂肪ちゃん、柔らかくなってきてない? もしやあんなこと言っていたけど、マッサージしてたらなんとかなったりしない? いっそう熱を込めて脂肪ちゃんを揉みまくった。とても喋れなくなった脂肪ちゃんは、ひゅえええええ、みたいな声を出して四散した。
目覚めたのはベッドの上だった。
異変に気づいたスタッフがぎりぎりのところでわたしをプールから助け出したらしい。総出で平謝りされたけど、英語だから良くわかんないし。わたしは枕の上で居心地悪くもぞもぞしながら、大丈夫だからジョン・スミスを呼んでくれ、と言い張った。
ぶっ飛んできたジョンがこれまた平謝りしようとするのを遮って、一気呵成に脂肪ちゃんから聞いたことを話した。だって、こんなのわたしひとりじゃどうにもできないもん。ここには頭良い人がたくさん集まってるんだから、誰かひとりくらいいいアイデア思いつくでしょ。
わたしの話をポカンと聞いていたジョンの顔がだんだん赤くなっていく。やべ、怒らせちゃったかな……と思いきや、立ち上がって拳を振り上げ、叫んだ。
「ニチアサだ!!」
そのままぶるぶる震えながら涙目で宙を見上げている。
「今君がすべきことは、僕のことはナイショにしてなんとか解決の道を探すこと、って言おうと思ったんだけど、なんか結果オーライだったね」
「いやぁ、オタクは話が早くて助かるよ」
答えた後で固まった。待て待て待て、今の声って。
「はぁい、ぼく脂肪ちゃん」
頭の下の枕を鷲づかみにして、力一杯放り投げる。ベシャッと壁にぶつかったのは、紛れもない脂肪野郎だった。
「なんで! なんでいるの!?」
「だってぼく、もえたまのパートナーだもん」
黒豆をきらきらさせるな。え、じゃあこれって他の人にも……? 恐る恐るジョンに脂肪ちゃんを示して、何に見えるか聞いてみる。
「……枕、かな」
「そりゃそうだよ、何度も言ってるけど、ぼく脂肪の概念だもん」
やっっっっばい、さすがに枕を相手に独り言を言うのは、お病気判定される。と思いきや(二度目)。
「魔法少女のパートナーの妖精のことは秘密、わかってるよ。ぼくには枕にしか見えないけれど、あれは本当は脂肪の国から来た光の脂肪、脂肪ちゃんなんだよね」
オタク、話早えぇえええ! っていうか、設定が追加されてる……
「OKOK,ぼくはトンボポジション。いやぁ、感激だなぁ、ニチアサが向こうからやってくるなんて。大丈夫、任せて。秘密を守りつつ、なんとかしてみせるから」
脂肪ちゃんとジョン。二人して目をきらきらさせるな。
本当に何とかなった。
最初は、枕にしか見えないものを抱えて必死で訳のわからない話をするわたしを、やっぱりあの時脳に酸素が行き届かなくなったのか、可愛そうに、って目でみんな見てたけど。ここでジョンがとんでもない暴挙に出た。この話を研究者のオープンコミュニティに流したのだ。最初はそこでも笑われるだけだったけど、だんだん、本当に世界中の人たちの体重が固定されたことがわかってきてから一気に状況が変わった。世界の9%と20%、ついでに体型を気にする身内に猛烈にせっつかれた世界の頭脳数%が死に物狂いで頑張った。
結果、解決策は見つかった。人類すごい。
「特異点は特異点で打ち消すんだよ。君の中に、超小型ブラックホールを生成する。まだ試験段階だけど、軌道上にある小型陽子加速器、これを使うんだ。いいかい、シュヴァルツシルト半径を」
全く意味がわからんとです。
宇宙に行く前の晩、ずっとずっと見ないふりをしていたことに向き合った。
事の発端になった四人グループのラインに意を決して書き込んだのだ。
「萌:ごめん、なんか仕事忙しくってさ。
もしかしたらアフタヌーンティー行けないかも。
そのときはみんなでわたしの分まで食べておいて」
これだけ打つのに、すっごい時間かかっちゃった。
「えりりん:え~そうなの? やだ、もっと早く言ってよ。リスケする~」
「琴美:まだ予約してないから大丈夫だよ」
「マユ:いつ戻ってくる?」
「萌:う~ん、ちょっとわかんないかも
って、戻ってくるって?」
「マユ:じゃあ地球に戻ってきたら連絡して、もえたま」
「萌:あsdfrgthjkl;:」
「えりりん:え、嘘、バレてないと思ってたの?」
「琴美:わたし、けっこう初期からTwitterフォローしてたけど。
がんばってんなぁ、わたしも負けてらんない、って思ってた」
「マユ:ぶっちゃけ、あたしもオンラインヨガばっかになってから、
つい手抜きしちゃっててさ。割と太った」
「えりりん:体脂肪率30越えてからが本番だよね(笑)」
「琴美:二重顎、ZOOMでバレないように
デーモン閣下ばりのシェーディング入れてたよ」
女子達、強かった。肉質読むだけじゃなく、匿名アカウントの同定までできるとは。
あっけらかんと励まされて、行っておいで~って送り出されて、お土産に宇宙饅頭(低糖質)頼んだよ、って言われて、なんかスッキリした。
最後に「萌・スミスって名前、悪くないと思うよ」って言われたのは納得いかんけど。
ってことで、わたしは今、宇宙にいる。
国際宇宙リニアコライダー、数十キロもある長い長いパイプを繋げた真ん中。麻酔か何かで眠らされるのかと思ったけど、意識が合ってもなくてもあんまり変わんないらしい。痛いとか、熱いとかもたぶんないだろうって。
わたしの近くには、あいかわらず脂肪ちゃんがふよふよ浮いている。
「これ成功したららさぁ、ISLCダイエットとか言って、怪しいサプリ売りさばいて大儲けできんじゃないかな」
軽口叩いてるのは、正直怖いからだ。陽子と電子ドッヂボールの的になるなんて、人類初だもん。誰もはっきり言わないけど、死ぬかもしれないし、もっと悪いことになる可能性だってある。だから、今ここに脂肪ちゃんがいてくれて良かった、とちょっとだけ思った。
「ねぇ、脂肪ちゃんはどうなるの?」
「お、ぼくに会えなくなったら寂しい?」
「寂しくなんかないもん! ってテンプレやめて。いやまぁ、どうなるのかな、って」
「ぼくもわかんないよ。どうしてぼくが生まれたのかもわかんないもん」
「そっか。でもこの状態が解消されても、人類が相変わらず不自然に痩せたい、って思うのはかわんないでしょ? だからもしかしたらまた遠からずおんなじ様なことがおこるかもね」
「人類だけじゃないよ」
あれ、お前、さらっと凄いこと言わなかった?
「意識があるもの、みんな、似たようなこと考えてるんだよ。みんな、多いとか少ないとか尖ってるとか丸いとかスカスカとか密密とか、自分の今に不満があるんだよ」
「じゃあさ、火星人のガリガリと、地球人のでぶでぶを交換できたらいいかもね」
言いながら、これってまんざらでもないかも、と思った。宇宙は斑で、偏っている。でもいつかみんながその足りない部分や余ってる部分を交換できるようになったら。みんな満ち足りて、幸せになれるかもしれない。
あ、そうか、古事記でやった「成り合はざる処、成り余あまれる処」ってそういうことなのかも。
「よし、じゃあこれをもえもえプロジェクトと名付けよう」
「だっさ!」
「いいんですー、言葉があれば、概念が生まれる。概念があれば、みんな考えるようになって、いつか解決策が見つかったり、あんたみたいな変な生き物がまた生まれるかもしれないじゃん」
「ニュースピークやめて」
特許料貰えたらさ、研究所を作って、そこにわりかし有能な研究者らしいジョン呼んであげて、もえもえプロジェクトを追求するのもいいかもしんない。萌・スミスにはならないけどね!
ブザーが鳴り響く。心臓に悪いな、ステキなチャイムとかにしてよ。
「いよいよだね」
「うん。あんたが消えても、覚えておいてあげる」
脂肪ちゃんは笑って、わたしのほっぺたに一瞬だけぴとっとくっついた。きも。
さぁ来い、陽子と電子! もうここまで来たら怖いものなしだぜ。今考えるのは一つだけ。スコーン! アフタヌーンティーのスコーン! 炭水化物の塊に、超高カロリーなクロテッドクリームと、糖質の塊のジャムをこれでもかって塗って、一口で食べてやるんだ。
ダイエット? いいの、明日から頑張るから!
文字数:11555