ことほぎ
イザナギの命とイザナミの命は結婚して、ヒルコをお生みになりました。
この子は葦船に入れて流し去りました。
この子は神には入れません。
●
斎の夫が失踪したらしい。
隣で寝ていたはずの夫が朝起きたらおらず、音信不通のまま1週間が経っているという。財布とケータイはないが、他の荷物はそのまま。
計画的な離縁というよりは思いつきの家出だな、と思った。
斎の夫、美保くんのことを、ケーコと私は『神様』と呼んでいる。結婚式も結婚指輪もない代わりに、記念の品として斎に榊を渡したからだ。神社とかによくある白いビラビラがついてるやつ。
「神籬っていってらしいんだけど、神様の依代? なんだって」
「なんでそんなもん」
「いつも一緒にいられるようにって」
それで私たちは美保くんのことを『神様』と呼んでいる。いつも一緒にいられるように、斎に依代を渡してきたということは、美保くんが神様だということになる。
大きく巻きすぎたサムギョプサルを両手でつかんで困ったように眉を下げている目の前の斎は、いつもと変わらぬように見えた。
「神様とケンカでもしたの?」
ケーコの質問に顔を上げた斎は、小さな笑みを作って首を振る。
「わたしたち、ケンカしたことないから」
「嘘でしょ。斎んとこって、結構長いよね」
「付き合ってる期間も入れたら10年くらいかな」
ケーコが再び「嘘でしょ」と叫んで、うちなんかケンカしない日ない、だって昨日も、と話しはじめる。
斎が神様と10年ケンカなく過ごしていたとしても全然おどろくことじゃない。15歳、高校1年の春に会ってからもうすぐ20年。わたしも斎と、ケンカをしたことがない。
ケーコとはある。思い出せる大きなものだけでも3回。でもその度にケーコが泣いて電話をかけてきて、それを聞いてるうちにわたしもいつの間にか泣いて、いつも通りに戻っている。そういうことを繰り返して仲良くなってきた。
でも、斎とはそういう思い出がない。いつも他人のいうことに眉を下げて笑っているだけの斎にイライラしたことは何回だってあるけど。
高校3年の秋、斎の彼氏が浮気をした。斎にとっては初めての彼氏で、斎が彼とのことを少ない言葉で、でも明らかに嬉しそうに眉を下げながら話すのを見てわたしたちまで胸が高鳴るほどだったから、その彼が浮気をしたと聞いて怒らない女友達はいなかった。なのに、当の本人はいつものように眉を下げて笑っているだけだった。
「斎さ、ちゃんと怒った方がいいよ。悪いのは向こうなんだよ」
そういったわたしに、斎は小さく首を傾げて微笑んだ。紺色のセーラー襟の上で切り揃えられた斎のまっすぐの猫っ毛が揺れて、わたしは耐えられなくなって叫んだ。
「自分を邪険にするやつにはちゃんと、ノー、っていいなよ」
そういったわたしを斎が眉を下げて黙って見つめている。わたしの気持ちも言葉も、斎という空洞のなかでこだまするだけで、それが消えたらなんの跡形も残らない。まるで空っぽの容器。そう思うと、怒りが止まらなくなった。
「その顔ほんとやめて。わたしはなんでも受け入れてますみたいな」
汚くて臭い、ドロドロの感情の塊を泥団子みたいに固めて投げつけて、その空っぽをなんとか揺さぶりたい衝動にまかせてわたしは叫んだ。
「特にその眉毛。媚びてるみたいにいっつも下げて、ほんとはバカにしてるんでしょ!」
どう考えたってわたしが悪かった。傷心の友人を励ます自分を演じさせてくれなかったから怒り出すなんて、あまりにも理不尽だった。なのに先に「ごめんなさい」といったのは斎だった。
「この眉毛、遺伝なの。お父さんもおばあちゃんも下がり眉で」
そういって指をハの字にして、下がったままの眉毛の上に重ねてみせた。
ケンカにならなかった。泣いたのはわたしだけだった。ワンワン泣き続けるわたしの背中を、斎はいつまでも隣でさすり続けた。
「神様、仕事はどうしてるの?」
ケーコの質問で我に返る。
「今、お互い夏休みなの。来週から仕事だけどパソコンとかうちに置きっぱなしだから、明日には一度戻ってくるんじゃないかと思ってる」
「じゃあとりあえず待ちだね。10年も一緒にいたら、ほっといた方がいい時もあるよ」
ケーコがそういって甕から注いだマッコリを差し出す。斎はそれを受け取って小さく笑う。もちろん、その眉毛は下がっていた。
22時には解散した。明日は夜勤だからもうちょっと飲みたかったけど、ケーコは子供ができてから2軒目は行かなくなってしまった。じゃあ斎と2人で、とはならない。
電車に乗ってスマホを出すと、ケーコからラインがあった。今日は楽しかったまたやろうねといういつもの文句の後に
[斎、大丈夫かねえ]
とある。読んでいる途中に新しいメッセージが追加される。
[斎って自分の感情全然出さないから心配。今日もほんとはもっと話聞いてあげるべきだったのに、わたし喋りすぎたなって反省中]
斎に感情なんてものがあるのか、わたしには想像がつかない。わたしの中の斎は、人間みたいに動く、人間の形をした容器なのだ。
[明日帰ってくるっていってたし大丈夫じゃない? 斎ってああ見えてうちらの中で一番タフだから]
打つとすぐに既読になる。
[そうかなあ]
[そうだよ。で、意外とケーコが一番弱い]
[意外とかいうなし!]
怒っているウサギのスタンプがとんでくる。目がびよびよに濡れて、いかにも弱そうなウサギ。このイラストひとつでわたしたちの気持ちは簡単に通じ合う。強いもののことはわからない。もう30も過ぎたんだし、それでいいじゃんと思う。
それから思い出して、理人に昼間送ったLINEを開く。
[今日無理なら、明日の昼はどう?]
まだ既読にもなっていなかった。
斎から連絡が来たのは、それから3ヶ月後だった。
[香奈ちゃんって子宮筋腫に詳しい?]
わたしが看護師だから連絡してきたんだと思うけど、婦人科でもないし、子宮筋腫のことなんて全くわからない。
[子宮筋腫の診断受けたんだけど、なんか違うんじゃないかな、って思って]
[なんで?]
[生理がこないの]
専門じゃないから分からないけど、確かに子宮筋腫だから生理が来ないというのはあまり聞いたことがない。普通は不正出血とか、むしろ血が増えるイメージだった。
[もう3ヶ月きてなくて、何か別のものなんじゃないかなって思って]
形が見えるものの診断を間違うとは思えないが、とりあえず院内の婦人科の先生に聞いてみてあげるよ、と返す。するとすぐにスタンプが返ってくる。大きな木、多分屋久杉のイラストの横に『感謝』と筆文字で書いている。斎はこのスタンプを愛用している。
[そういえば、美保くんと仲直りできた?]
すぐに既読になる。そのまま置いてトイレにいく。返信しようとしてスマホを取り上げるが、斎から返信はきていなかった。だからヤバかったかなと思って追加でメッセージを送る。
[言いにくかったら全然いいから。今度会ったとき教えて]
メッセージにはすぐ既読がつく。そして今度はすぐにメッセージが返ってくる。
[ううん、大丈夫だよ。それがまだ会えてないんだ]
神様は、夏休みが明けても家に帰ってこなかったらしい。会社に電話したら、無断欠勤しているが分かって、その日のうちに警察にも届けを出した。しかし事件性はないと判断され、積極的な捜査は行われず、なにも音沙汰のないまますでに3ヶ月が過ぎているというのがことのあらましだった。
[じゃあ、行方不明ってこと?]
[そうみたい]
そうみたい。って。夫が行方不明になって、そんな言葉を選ぶだろうか。
プラスチックでできた空っぽで透明の斎が、暗い部屋でソファに座っている姿が浮かぶ。手に持ったスマホの液晶の光が、斎の体を照らして通り抜けていく。
新しいメッセージの知らせがなる。
[妊娠してるのかなって]
子宮筋腫のことだ。
[3ヶ月生理がないうえに、つわりっぽい症状もあって、ネットで調べてみたらだんだんそれっぽく思えてきちゃって]
暗がりで淡く照らされた透明な斎のお腹に、小さく光るものがある。その光を見る斎の眉はいつものように下がったまんまだった。
妊娠してるわけがない。筋腫の診察のときに、妊娠を見逃すはずないじゃん。
[筋腫のこと、聞いたら連絡するね]
そう送ると、また屋久杉のスタンプが返ってきた。
だから斎とのLINEはそれでおしまいにして、昼から何度も見ている、理人に送ったLINEを開く。
[それってなに? 別れたいってこと?]
既読はついているがまだ返信はなかった。
その週のうちに、ケーコとランチの約束をした。理人の話を聞いてもらうためだったから、夜勤の日に私がケーコの職場の近くまで行った。オフィス街のランチタイム。聞き慣れないタイ語が飛び交う賑やかな店内で料理が届くまでの間、斎の話をした。
「さすがに先生に聞くまでもなかったから、妊娠の可能性はないっていわれたことにして、昨日LINE送った」
「そしたら斎なんて?」
「ありがとう、って」
斎が送ってくる屋久杉のマネをしてみせるが、ケーコは笑わなかった。
「あんた、ちょっとそれ酷すぎない?」
確かに杉のマネは不謹慎だったかもしれない。ごめん、と謝ったが、ケーコは追求をやめなかった。
「夫が行方不明なんて意味わかんない状況の中で、自分も病気になって、それも妊娠も期待してたんでしょ? そんな踏んだり蹴ったりの人が送ってきたスタンプのことバカにするとか、ありえないんだけど」
ごめん、ともう一度謝る。
「でも斎、いうほど落ち込んでないと思うよ。だから・・・」
「香奈、斎のこと嫌いなんでしょ?」
即座に返せなかった。
「嫌いじゃな・・・」
「嫌いじゃないなら、苦手でしょ?」
返す言葉がない。ケーコが大きく息を吐く。
「別に人間なんだし、得手不得手があるのは仕方ないと思うよ。けど、それとこれとは別じゃない? たとえ苦手な人からだとしても、助けを求められたときにそんな風に扱える神経が分かんない」
「助けを求めてきたなんて、斎は事実以外なにもいわなかったよ」
「事実を話してくれること自体が斎なりの最大のSOSじゃん。20年も一緒にいて、そんなんもわかんないの?」
そういうとケーコは立ち上がった。
「今日は気分悪いから帰る。また連絡する」
テーブルに残された食べかけのカオマンガイを見ながら、やってしまった、と頭を抱えているとスマホがなる。理人から数日ぶりのLINE。
[考えてみたけど、やっぱ別れた方がお互いのためにいいよね。今までありがとう!]
なにが『お互いのため』だよ。自分が別れたかっただけのくせに、責任転嫁してきやがって。
斎の話より先に、理人の話をするべきだったと後悔する。でも結局ケーコだって結婚して、子供2人もいるし、結婚したいけどできない私の悩みなんて実際のところ分かってくれてない。「いつもまたいい人見つけてくるじゃん」とかいうけど、今年35の私がマッチングアプリでどんだけの人に会って、どんだけしんどい思いしてるか全然分かってない。
しんどい。そう、もう、なにもかもしんどい。こんなしんどいんだから、杉のモノマネくらいさせて欲しい。斎は見てないんだし、見てたって、どうせあの顔でいつもみたいに笑うだけに決まってる。
「斎なりの最大のSOSじゃん」
そんなの知らないよ。私だって助けて欲しいんだよ。
次の日、昼にケーコから電話があった。いつものように向こうから「ごめん」と切り出される。友人への酷い仕打ちへの後悔と、失恋の悔しさと、夜勤明けの疲れに打ちのめされた体に、その言葉はあまりにも効きすぎた。
「こっちこそほんとにごめん」
泣きながら、辛かったことを全部話す。ケーコはうんうん、と聞いてくれて、
「分かってあげられてなくてごめんね」
といった。それで私はまた泣けてきて、ずるずるになった鼻にティッシュを突っ込む。
「昨日、斎にも電話してみたの」
ケーコはいった。
「気持ちが落ち着いたらでいいから、香奈、斎と会ってみてあげてくれない?」
「え、なんで私? 私よりケーコの方がよくない? それか3人で」
「いや絶対、香奈と斎、2人の方がいいと思う」
ケーコはキッパリとそういった。
待ち合わせしたカフェの窓際の席に、斎はちょこんと座っていた。手を膝の上に乗せて背筋をまっすぐに伸ばしてる。私に気づくと、いつもの下がり眉の笑顔を作って手をあげる。私も同じように笑って手をあげると、向かいの席に座った。
「なんか、ごめんね」
第一声、斎がいう。
「なんで」
斎は笑顔のまま、小さく首を傾げる。そして神様のことを、ぽつりぽつりと話し始める。でもそれは事実ばかりで、すでに聞いた話ばかりだった。
ダメだと思うのに、まただんだんイライラしてくる。ケーコにいわれたように斎のSOSを汲みとろうとするけど、斎の気持ちが全く分からなかった。
「なんか、手がかりはないの? スマホの履歴とか残されたものとかさ」
ほとんど投げやりにいった私の言葉に斎が少し表情を変える。
「・・・置き手紙があった。でも、あんまり意味ないから警察にも見せてない」
斎を見ると、眉を下げて首を傾けている。置き手紙なんて最大の手がかりを警察に見せてないって、本当に斎は神様を探す気があるんだろうか。もしかしたら神様がいなくなって喜んでるんじゃないか、とか、実は斎が神様を殺したんじゃないか、とかさえ思えてくる。
「ふーん、そうなんだ」
やっぱり私には斎のことがさっぱり分からない。空っぽの容器にしか思えない。
「でそれ、なんて書いてあったの?」
「『あなたの中でわたしを守り続けてください。もしそれが難しくなったら戻ってきます。』」
斎はスラスラと淀みなくそういって、私は思わず「え、キモ」といってしまった。斎の下がり眉が一瞬まっすぐになる。もう、どうでもいいやと思った。
「『あなたの中でわたしを守り続けてください』って、自分のこと覚えててください、ってことでしょ? 自分は斎の前からいなくなるくせに覚えてて欲しいとか、執着心異常じゃない? それに『それが難しくなったら戻ってきます』とか、意味わかんない言葉で困った人の弱みにつけ込む脅しじゃん。完全なるモラハラでしょ」
まだまだある。
「それに『あなたの中でわたしを守り続けて』とか、マザコン感キツすぎる。ママの子宮大好き男が使いそうな言葉すぎて辛いわ。なのに『あなた』とかいって、大人の男が使いそうな言葉で浸っちゃってるところがさらにキモい。キモい男の標本みたいな手紙じゃん」
そこまで一気にしゃべって一息ついて、コーヒーカップを持ち上げる。熱くて飲めなかったコーヒーはすっかり冷めて、グイグイ喉に入っていく。
興奮状態のまま目の前の斎を見ると、口を開けて、空っぽになった私のコーヒーカップを見つめていた。眉毛はまっすぐになっていて、私はざまあみろ、と思う。空っぽの自分に酔って生きてるからこんな仕打ちを受けるのだ。
「美保くんはそんな人じゃない」
斎がつぶやく。
「美保くんはそんな人じゃないから」
顔を上げた斎が私を見つめる。
「謝って」
眉毛がほんのちょっとだけ、まっすぐから上向きになったかと思うと、斎は聞いたことのない大声を張り上げた。
「美保くんに謝ってよ!!」
店中の中が一瞬で静まり、視線がこちらに集中する。斎は下唇を噛んでしばらく私を見つめていたが、サッとカバンを取ると小走りで店を出ていった。なにが起こったのか分からないまま、人々の好奇の視線の中、私も慌ててその後を追った。
「待って」
人混みの中で斎の腕を捕まえると斎は大人しくそれに従ったけど、眉はまっすぐのまま、こちらを見ようとしなかった。とりあえず歩道の脇により、車道との間の柵に寄りかかって2人並ぶ。どれだけ時間が経ったかわからない、私たちはただ並んで立っていた。
「美保くんってね、あんまりしゃべらない人だったの」
斎が話し始める。私は前を向いたまま黙って聞いている。
「私はあんまりおしゃべりが得意じゃないから、それが心地よくて。喧嘩がないのもしゃべらないからだけど、仲良くないからしゃべらないわけじゃないし、私はすごく幸せだったの。でも美保くんはそうじゃなかったのかもしれない。私に不満とか色々あったのかもしれない」
「そんなことな・・・」
「そんなことなくないよ。じゃあなんで出ていっちゃったの?」
そんなの分かんない。人の気持ちなんて分かんない。神様がなにを思って出ていったのか、斎がどんな気持ちで今まで過ごしてきたのか、理人が、今までの彼氏たちがどんな風に私のことを嫌になっていったのか。
「美保くんに会いたい」
そういうと斎はうー、と唸ってうつむき泣き始めた。私はその丸まった背中に手を置く。初めて触れた斎の背中は痩せて、服の上からでも浮いた背骨の形がわかる。プラススチックの容器なんかじゃない。ちゃんと人の体だった。それで私も泣けてきた。35の女が2人、道端で肩を寄せ合って声を出して泣いた。
「あのモラハラ野郎」
斎が泣きながらいうから、私は笑ってしまう。斎も顔を上げて笑う。下がった眉が可愛かった。
「探してみなよ、美保くんのこと」
「でも私が嫌になって出ていったかもしれないのに、そんなこと」
「理由なんか聞いてみないと分かんないじゃん。嫌になったら逃げるだけのクソ野郎じゃないって信じてるなら、探すべきだよ」
そして私たちは一緒に歩き始める。
途中、アイスクリーム屋さんを見つけて2人で入る。路上で食べながら、こうやってると高校のときと変わんないよね、と斎がいう。
「香奈ちゃんには、いつも話聞いてもらってる気がする」
「え?」
「こないだの筋腫のときもそうだし、高校生のとき、私、彼氏に浮気されたことあったじゃない? あのときも香奈ちゃんが話聞いてくれて」
斎は眉を下げて笑う。
「ありがとうね」
これまでの色々を思い出して罪悪感が首をもたげるが、それを振り払う。一人芝居で膨らんだ過去に囚われるより、今、目の前の斎がいってくれる言葉を素直に受け入れることにする。
「神様、絶対見つけようね」
●
その火事はもう15年も前のことやった。うちはまだ8歳やったけど覚えてる。
晩御飯食べてるときに家の前をサイレン鳴らした消防車が何台も通って、見に行くというお兄ちゃんについていくことにした。お母さんは「そんなん」といったけど、結局子供だけじゃ危ない、といってついて来た。外に出て消防車が向かっていった方へ歩いていく。煙の匂いが強くなってくるにつれて、うちらと同じように火事を見にいく近所の人とか学校の友達が次々合流した。お兄ちゃんはクラスの友達とよくわからんけど体をぶつけ合って笑っていて、お母さんはパート先で一緒の人と「怖いなあ」と話している。普段は静かな暗い道がみんなの期待で満たされて、お祭りの夜みたいやった。
火事の家は、すでにいっぱいの野次馬に取り囲まれていた。大人たちの頭のうえにオレンジ色の光が見えるだけで、火は見えない。消防士さんが掛け合う声だけが火事の緊張感を伝えていた。
「見えへんなあ」
途中で一緒になった同じクラスの子もうなずく。
「前行かへん?」
「せやな」
大人の足元の隙間をぬって、1番前までたどり着くと、目の前に2階建ての一軒家をのみこむ大きな炎の塊があらわれた。
「あつっ!」
隣の友達はそういって手で顔をおおった。確かに熱かったけど、うちにはそんなことどうでもよかった。音を立てて燃え盛る大きな火。燃える火は力そのもので、うちはその力に圧倒されるしかなかった。あの火を、力を、今でも覚えてる。
「美保さんとこの火事な。両隣まで燃えたおっきい火事やったさかい覚えてるわ。まだ若いのにご夫婦二人とも亡くなってなあ」
来月定年を迎える課長。役場の課長なんてハンコつく以外やることないけど、今はもう本当にやることがないので、日がな一日こうやって誰かを捕まえては世間話をしている。
「そうか、あすこの息子さんか。火事の後すぐ東京に出ていったって聞いてたけど、今度はその息子さんが行方不明かいな」
「はい。奥さんって人から問い合わせで、こっち来てませんかって」
「なんや手続きでもしとったらわかるけどな、行方不明の人がわざわざそんなんせんわな」
「じゃあ、追い返してもいいですか?」
「追い返すって、電話ちゃうんかいな」
「今、窓口にいます」
「東京から?」
本人から聞いてはないが多分そうだ。嫌な予感がした。
「そりゃ追い返すのはかわいそうやろ」
水をえた魚。初めて使ったけど、きっと使い方間違ってないと思う。課長はにんまりして、大きな図体を深い椅子から持ち上げる。
「ほら、いくで、待たせたら可哀想やないか」
ため息を堪えて「はい」と返事をする。歩くたびに揺れる体の後ろについて行くしかなかった。
課長の延々とつづく話に、女の人は小さく笑って相槌を打ち続けている。その眉は下がっていて明らかに困っているが課長は全く気づかずに、なんの手がかりにもならない火事当時のことを話し続ける。
「しかしあれやなあ、両親は火事で亡くなって、自分も行方不明なってまういうたら、あっこは水が悪いんやな」
失踪した家族をわざわざ東京から探しにきた人に向かって、冗談でも「水が悪い」なんて、ありえへん。そう思って課長を見るけど、悪びれた様子は全くない。来月といわず、1日でも早くここから去ってほしい。
向かいをみると、女の人は表情をミリもかえずに、バブルの遺産みたいなソファのうえにちょこんと座っているだけ。こんなこといわれて黙ってるなんて。怒ったらいいのに。
でもその人の下がったまんまの眉を見ていると、疲れ果ててるんかも知らんなと思う。夫が失踪して探し回ってる人の気持ちなんか想像もつかへん。水が悪い、くらいいわれ慣れてるんかもしれん。この壺買ったら見つかる、とかお布施で霧が除かれる、とかそういうことも色々いわれてきたんかもしれへん。
「こっちは初めてですか」
「ええ、ご両親は亡くなっていると聞いていたので」
「ええとこでしょ。三輪山に守られた神聖な土地ですよって」
水が悪い、といった口でなにいうてんねん、とはたいてやりたい。
「そや、せっかく来てもうたんやから家見にいったらええわ。住宅地図、出して」
こちらに向かって顎をしゃくるので、棚から最新のものを取り出して課長に渡す。
「あれどこやったかいな」
「箸墓の隣です」
ああそやそや、といいながらピタリとそのページを開く。こういうのを見ると40年の勤務はダテじゃないと思うけど、今はデータで同じことができる。残念ながら。
火事で燃えた3軒分は今も空き地のままだった。土地が有り余ってるこんな町で、わざわざ曰く付きの土地を選択をする人はいない。登記簿謄本を見ると、『美保』の名が記載されていた。
「車やったら10分もかからんよって」
「歩いてだとどれくらいですか?」
「車ちゃうんですか」
女の人は黙ってうなずく。すると、課長がこちらを見て
「お前連れてったれ」
といった。「なんでうち?!」ともいえないので、黙っている。黙っていれば、客人が「お気持ちだけいただきます、ありがとうございます」といってくれるはず。しかし、いつまでたってもその言葉は聞こえず、応接室は静まり返ったままだった。
「お昼はまだですか?」
沈黙を破ったのは、課長だった。
「ええ」
「じゃあ、うまいそうめんの店案内しますわ。ご一緒しましょう。その後、こいつに案内させますから」
向かいの女の人は、先ほどと同じ眉を下げた顔でニコニコして頷いた。そしてうちと目があうと、
「よろしくお願いします」
といって深々と頭を下げた。
国道沿いの雑多な店々の向こう、なだらかに広がる緑の盛り上がりが見えると助手席の女の人は声をあげた。
「あれが三輪山ですか」
「そうです」
「わたし、もっと猛々しい感じを想像してました。あんなに穏やかな山なんですね」
晴れた空の下、左右対称で雄大な三輪山は、確かにそこにあるだけで守られてるような安心感がある。
「あの山の神様を祀ってる神社があって・・・ああ、これです」
車窓に過ぎてゆく大きな石の鳥居を指差していう。
「美保さんちの近くに箸墓古墳っていうのがあるんですけど、それはこの神様の奥さんやった人のお墓っていわれてるんですよ」
「へえ」
「その人は自分の夫が神様やって知らへんのですよ。それで、いつも夜にしか来えへん夫に、姿をちゃんと見たいから昼に来て欲しい、っていうんです。そしたら夫は、見ても驚かんといてや、っていって、その日は朝までいたんです。それで朝になったら夫は小さい蛇になってたんです。それ見て奥さんが驚いてもうたから、神様は山に帰ってしまって、奥さんは色々ショックでへたり込むんですけど、へたり込んだちょうど股のところにお箸があって」
「お箸?」
小さい頃からよく知ってる話やから分からんかったけど、改めて聞かれると確かに、え、お箸? ってなるなと思う。
「それが刺さって死んでしまわはったんで、箸墓、っていうらしいです」
へー、お箸、とまた女の人がいう。
「その、奥さんが死んでしまったのって、偶然なんですか? それとも神様がその人を殺したってことですか?」
「さあ。でも箸墓は神様も一緒につくったらしいですよ。だからわざとやったとしても、やってもうたな、くらいには思わはったかもですね。まあ神様の気持ちなんか分かりませんけど」
はあ、そうなんですか、と女の人はいった。
目的地は本当にただの空き地だった。両隣には家があるものの、裏が畑になってるので閑散として見えた。端のほうには隣の家のものらしき車と軽トラが停められていて、長らく誰も管理してへんのがうかがえる。
「降りてみます?」
詳しく見たからといって何か新しい発見があるような場所ではないけど、せっかく来たんやし降りてみるしかない。空き地の中に車を突っ込んでエンジンを止めると、二人で車を降りる。女の人は、いけんもんを踏んでるような感じで、何の変哲もない土の上をそろそろと確かめるみたいに端から順に歩いていく。
わたしはやることもないので、道路へ出て周辺の宅地の様子を観察する。実家から近いけど、この辺へきたのは中学生のとき以来やった。狭い道に迫るように建ってる家はみんな、トタンの屋根が錆びて、壁は薄汚れて、じっと動かず静まり返っている。空家か、お年寄りだけで住んでる家がほとんどやろう。
と、突然、勢いよく鎧戸の開く音がする。空き地の斜め前、門扉のない家の玄関に、こたつ布団みたいなハンテンを細長い体に引っ掛けたおじいちゃんが立ってこちらを見ていた。目があってしまったから、頭を下げる。するとそれに呼応するようにおじいちゃんは外に出た。萎びた見た目からは想像つかへん大股でぐんぐんこちらへ向かってきて、あっという間にうちの前までくると、キッと背筋を伸ばして立ち止まった。
「あんたら、なにしてんのや」
女の人はちょうど目を閉じて手を合わせているところやった。きっと火事で亡くならはったお義父さんお義母さんの冥福を祈るか夫の無事をお願いするかしてたんやろう。おじいちゃんにはちょうど背を向けてる形になってたから、呼び声に反応して女の人が振り返った。
そのとたん、おじいちゃんの顔色が変わった。イカつかった目が見開いたかと思うと、今度はそれがだんだん細まってきて顔全体が歪んでいった。そしてうめくみたいな声で
「先生」
といった。
おじいちゃんに見つめられたまま、女の人はぼんやりと立ち尽くしている。まるで長い時間を越えて出会った運命の恋人みたいに、ふたりは見つめあったまましばらく動かなかった。
「あの」
うちが声をかけると、おじいちゃんはようやく我に返って顔をこちらに向けた。
「うち、役場の職員です。この方はこの土地の所有者の奥さんで。東京から来てはるんで案内してたんです。だから怪しいもんとちゃいます」
胸に下げっぱなしの職員証を見せながら説明すると、おじいちゃんはしばらく黙ってそれを見ていたが、また女の人の方を向いて、その体を上から下まで点検するみたいに見てるなと思ってたら、急にパッと音がしそうなくらいの勢いで笑顔になった。
「先生の奥さんでしたか。よく似たはるから先生やとばっかり」
うちらは顔を見合わせる。
「うわー懐かしいわ。先生も元気そうで」
おじいちゃんはニコニコしてそういって、女の人のそばに寄っていく。
ボケてるんかもしれんな。
女の人は課長にしていたのと同じように、何やら話しかけてくるおじいちゃんの話を微笑みながら聞いているが、これはどこかで適当に切って逃げるか、家の人を呼んで帰さないと埒があかない。一度車に戻って、念のため持ってきた住宅地図をとる。またおじいちゃんの気分が変わって何かいい出したら、これで説明してやるしかない。
二人のところへ戻ると、女の人が手に持った小さいカバンの中から、白い封筒を取り出しているところだった。何の変哲もない角2の封筒やけど異様に膨らんでいる。それになんか違和感がある。目の錯覚かなと思って目をきつく瞑ってからもう一度開けてみるが、やっぱりその違和感は拭えない。差し出された封筒をおじいちゃんが受け取り、中に手を差し込んで一枚の便箋を取り出す。分厚く見えた封筒やったけど、その一枚がなくなるとすっかりぺたんこになった。
そしておじいちゃんが便箋を開いた瞬間、今まで出したことないような声が出る。女の人が驚いてうちの方を見る。
「どうしたの? 大丈夫?」
後ずさるうちに駆け寄って女の人はいうけど、うちは便箋から目が離せない。
夥しい数の虫が蠢いていた。白い紙に、灰がかったピンク色の蛆虫みたいな虫がウヨウヨと湧いては端からこぼれている。こぼれてもこぼれても次から次へと湧いてくるので虫の数は減らない。おじいちゃんが不意に紙の上で手を払い、虫を跳ね除ける。その虫が一斉にこちらに飛んで来たので、うちはさっきよりも大きい声で叫んで地面にへたり込む。女の人は怯えるうちのそばで困惑している。この人にはあれが見えてない。それは何となく分かったけど、今は虫が怖いのとキモいのでいっぱいいっぱいやった。
「これが、先生がいなくなった後に残されてた手紙か」
女の人はうちの背中に手を添えたまま、おじいちゃんの質問に「はい」と答える。おじいちゃんが、絶え間なくわき続ける虫をこっちに払いのけてくるので、もう声もでえへんかった。
ふむ、といっておじいちゃんが手紙をとじ、封筒の中にしまう。すると封筒はやはりもとのように膨らみ、そしてモゾモゾと蠢いた。女の人は差し出されたものを躊躇いなく受け取ってカバンの中にしまう。地面にはまださっきの虫が散らばったままのたうち回っている。大声で泣き出したいのをかろうじて我慢する。
「とにかく、腹の中から出さんように」
おじいちゃんがいうと、女の人の眉が一瞬だけ真っ直ぐになる。
「腹の中?」
「手紙に書いてたやろ。『中で守り続けてください』ゆうて」
「それって、腫瘍のことですか?」
地面を見ると、まだ動いている虫が地面についたままのうちの手のすぐそばにいた。芋虫の体の真ん中には目みたいな丸いものが1つついていて、その気持ち悪さに堪えていた悲鳴が一気に溢れた。
「あーもう、かなわんなこれは」
おじいちゃんがそういって便所スリッパを履いた足で踏み潰していく。そのたびに、ヒィ、ヒィ、と声が出て、いつの間にか涙がダラダラ流れていた。わたしは泣きながら聞く。
「なんなんですかそれ」
「これか」
そういっておじいちゃんは虫を1匹つまみ上げる。もう悲鳴にもならない。
「今風にいうなら『愛』やな」
そういっておじいちゃんは面白そうに笑った。まさか。愛がこんな気持ち悪いわけがない。
「いや、こんなん『呪い』でしょ」
うちがいうとおじいさんは首を傾げる。
「それをいうなら『祟り』やわ」
役場に戻ったうちはもうボロボロやった。
女の人を駅まで送る間も助手席にあの封筒があるかと思うと、生きた心地がせんかった。
「おー、どうやった?」
別の人を捕まえて世間話をしていた課長が、うちの姿を見て能天気な声をかけてくる。1ヶ月後といわず、1秒でも早く去ってほしい。ほんまに。でもうちはなんかやらかしても、やってもうたな、で済ませられる神様とは違う、平凡な人間やからつい、いってしまう。
「課長のいう通り、あすこは水が悪いですね」
課長は二重アゴの上で顔を揺らして満足げにうなずいた。
●
斎さんから電話があったのは、美保が無断欠勤をして2日目の昼だった。夫の不在確認をする女性の声は冷静で、取り乱したところがひとつもなかったのを覚えている。
入社から10年、彼の評判は社内外ともに良かったから、同僚はみな心配するだけで悪くいう者はいなかった。失踪の1週間前に一緒に飲んだ時も、何かに悩んだりしている様子はなくいつも通りに見えた。外からは見えない何かがあったのか。穏やかに見えるものほど、内側に溜め込んでいるのは定石だ。友達ではなく、仕事仲間。だからいえなかったこともあるかもしれない。それでも10年も、生活の多くの時間を一緒に過ごしながら何も気づいてやれなかったことは俺を曇らせた。
そんなかっこいい言い方をするな、といわれるなら、確かに好奇心もあった。ああいう男が、失踪するにはどういう理由があるのか、どんな心の動きがあったのか。そういうことを知りたいとも思った。何か事件に巻き込まれている可能性もある。そう考えると、自分が推理小説の登場人物になったみたいでもあった。
結局、3ヶ月後、美保は退職ということになり、社内に残っているものや書類などを取りに斎さんが会社へやってきた。結婚式で一度見たきりだったが、その時は式の間中ずっと困ったような笑みを浮かべていて「大和撫子」という印象だった。明るい会議室でベージュのワンピースに身を包む彼女を改めて見ると、顔も平安調というか、少なくとも今風の感じではなかった。それでもなんとなく男心をくすぐるものがあるのは、俺が古風な男だからなのか、失踪した夫を思う憂いの妻みたいなものへの幻想なのか。
それでつい、LINE交換をしてしまった。相談とかなんでも乗りますよ、とかいって。
そして今こうして、斎さんと向かい合って土曜日の昼間にランチを食べている。美保のことも話したいし、気分転換にどうですか、といったら来てくれた。美保の退職から半年、失踪したときから数えると8ヶ月も経っていた。
妻には休日出勤だといった。そういう嘘は初めてついたのでドキドキした。
大きな窓から井の頭公園の桜が見えるイタリアンレストラン。といってもカジュアルな雰囲気、という言葉は初めて使ったけど多分合っていると思う。広い店内にはTシャツにエプロンをつけた20代の髪色の明るい女性や坊主頭の男性が声を掛け合いながら絶え間なく行き交っていて、客もみな、テーブルに肘をついたりしながらおしゃべりに興じている。隣の大きなテーブルにはベビーカーが2つも並んで、壁際のソファで赤ちゃんがテーブルを掴んで立ちあがりパンを盗み取ろうとするのを俺と同い年くらいの男性が必死で引き剥がしていた。
斎さんはそんな店内を微笑ましそうに見つめている。春らしい、肩が大きめに開いたトップスから伸びるほっそり長い首元に淡い光が反射して、前に会ったときよりきれいな人に見えた。
「ワインでもいきますか?」
食事のメニューと一緒に出されたリストを見ながらいうと、斎さんは首を傾げた。
「今日はお酒はちょっと」
眉の下がったその表情に、ちょっと首もと見すぎちゃったかな、と焦る。でもすぐその後
「明日、手術なんです」
と斎さんはいった。
「え、手術?」
「あ、でもそんな大したことじゃないんです。筋腫で。陽性だから、別に取らなくてもいいもくらいのものなんです。だからお付き合いはできないですが、どうぞ遠慮なく飲んでください」
厄年なのかな、と思う。夫が失踪して、自分も手術なんて。
まあでも大事ではないようだし、彼女の言葉をそのまま受け取ってこちらはビールをいただくことにした。
次々出てくる食事を取り分けながら話を聞く。美保の行方探しは、具体的な進展がないようだった。調べたところや連絡してみたところ、出向いた場所などのリストを見せてもらったが、俺が付け足せそうなものはもはやなかった。だから話は自然と斎さんの今の生活のことになる。仕事も家も美保がいなくなる前と変わらずそのまま過ごしているのだという。
「引越しは考えないんですか」
そういった瞬間、斎さんの顔から笑みが消えたので慌てて付け足す。
「いや、金銭的な面でって意味です。ごめんなさい、デリカシーなかったですね」
斎さんは笑みを戻して首を振る。俺はおかわりしようと思っていたビールのグラスを端へ寄せる。
「確かに一人で暮らす家の家賃としてはちょっと多いんですが、自分が生活する分は稼げてるし、あと、美保くんの退職金をそれなりに出していただいたので、とりあえずはなんとかなっていて」
でもそこにいたんじゃ、いつまでも美保に囚われてしまいますよ。
と喉まで出かかったので、ビールグラスをさらに端へ追いやる。
斎さんはまだ、美保が帰ってくることを信じているんだよ。と自分を戒めて気づく。
俺はもう、美保は戻ってこないと思っているのだった。
「しつこいですよね、自分の意思で出ていったかもしれない人をこんな風にいつまでも待ち続けるなんて」
声に出してしまったのかと思わず手を口にやる。そんなわけないし、これじゃよけい怪しい。咳込むふりをして、首を振る。
「そんなことないですよ」
「いいんです、自分でも分かってます」
そういった斎さんの表情は変わらない。
「でも、あと少しだけ待ってみようと思うんです」
その口調にはなにか確信めいたものがあった。
それからも定期的にLINEのやり取りは続けていた。手術の後にも連絡がきて体調に問題ないことを教えてくれたし、どこか調べに行ったときには報告もくれた。あくまで夫の元同僚として連絡をくれているのは分かっている。けれど、連絡がくるとその日はなんとなく落ちかなかった。
そして7月の終わり、【引っ越すにことにしました】というメッセージが来た。ちょうど美保がいなくなって1年が経つ頃だった。浮かれた気持ちが滲み出ないよう細心の注意を払って返信する。
【教えてくれてありがとうございます。日が合えばお手伝いしますよ】
昼休みを全部使って練り、完璧、と思って送ったものの、読み返してみると下心が透けているような気がして既読のつかない午後はずっと落ち着かなかった。けれど夕方、吉報がくる。
【ではお言葉に甘えても良いでしょうか?】
最高気温38度の暑い日だった。天気予報は今年1番の暑さだと繰り返し、俺は制汗スプレーと変えのTシャツを持って家を出た。
妻には後輩の家の引っ越しを手伝うといった。半分は本当だからいいことにした。
荷出しは大丈夫ということなので、新居へ直行する。最寄駅は東新宿駅、住所には歌舞伎町が入っている。どうしてこんな場所を選んだのか。確かに交通の便は良いけれど、女性が1人暮らすには決して治安のいい場所だとは思えない。家賃もそう安くはないだろうに。
駅を出てスマホアプリのマップが指し示す場所へ歩く。車体の光るキックボードの上に直立したマネキンみたいな男が何人も行き過ぎ、デロデロに酔っ払った体を支え合いながら無言で歩く真っ白な若い男女にすれ違う。みな、俺とは反対方向、駅の方へと向かっていく。
車道には車が走っていなかった。
土曜の昼間なのになんだかしんとした感じがする。昼の歌舞伎町はこういうものなのかもしれない。
大通りから一本入ると、学校の靴箱みたいに均一に区切られた看板のついた雑居ビルが、道を挟んでこちらへ迫って立ち並んでいた。
見渡す限り人がおらず、道の先には蜃気楼が立っている。
一歩足を踏み入れると、アスファルトの路面が波立ったのかと思われた。しかし路面が動くわけはなく、道の両脇に灰色の筋があってそれが波のように上下しながら動いているのだった。近寄ってみると、その瞬間、一本の筋は大小のなにかに変化し、すごい速さで散り散りになった。ネズミ。それは大量のネズミの列だった。
ハムスターくらいの大きさのものや猫くらいあるものなど様々な大きさのネズミが、俺の存在に気がついて側溝やビルとビルの狭い隙間に素早く身を隠して消えた。しかし離れると途切れた列はまたいつの間にか繋がって、ネズミたちは蜃気楼の方へと絶え間なく進んでいく。
歌舞伎町にはネズミが多いと聞いたことがあるが、これはさすがに異常だった。斎さんは本当にこんなところに住むのだろうか。気味悪さに耐えながらネズミの列とともに地図に従い道を進んでいると、途中、神社があった。中をのぞくと、掃き掃除をしているお爺さんと目が合う。こたつ布団みたいなハンテンを着ている。向こうが頭を下げてきたので、こちらも会釈で返した。
ラブホテルの角を曲がってすぐのところが、斎さんの新居のあるマンションだった。建物自体はここ10年以内に建てられたのだろう、こぎれいで申し分ない。ロビーで部屋番号を指定してインターフォンを押すとすぐに斎さんの明るい声がして、自動のスライドドアが開いた。
11階建ての最上階、清潔で簡潔な10畳のLDK。扉は閉じられているが寝室も付いているようだった。掃除を終えて窓を全て開け放したがらんどうのリビングには、少し強すぎる風が吹き抜けていた。それなのになにか妙な匂いがした。
引っ越し屋のトラックは渋滞にハマって少し遅れているらしかった。
ベランダからは歌舞伎町の街が近く見えた。この辺ではここが1番高い建物らしく、意外と圧迫感はない。雑居ビルの屋上が並ぶ景色は新鮮だった。無機質な四角の平面にはさまざまなものがある。ポツネンと室外機や給水槽だけが置かれているところもあるが、どうやって運んだのか車が停められているところもあるし、物干し竿に洋服や下着などが干されているいるところもある。物干しの屋上には引き戸のついたペントハウスがあって入り口には漬物桶なんかに植えられた緑色の植物が所狭しと置かれている。誰かが住んでいるようだった。
「どうぞ」
声をかけられて振り向くと、斎さんがペットボトルのお茶を差し出していた。
「面白いでしょう」
受け取るとそういって斎さんが笑ったので、思い切って聞いてみる。
「どうしてこの部屋を?」
「びっくりしました?」
「まあ、少し」
斎さんに不快な様子は見えない。
「美保くんにとって、ここがいいんじゃないか、って気がして」
「美保? 連絡がついたんですか?」
「そういうわけじゃないんですけど」
そのときインターフォンが鳴る。壁についたモニターの向こうから、荷物が着いたという知らせが聞こえて、斎さんは彼らを搬入動線へ案内するために部屋から出て行った。俺はベランダから部屋に戻って、ガラス戸を閉めた。
ふと、匂いが鼻につく。この部屋に入ったときに感じた匂いが強くなっていた。窓は全て閉まっているから、外からではないようだった。排水溝から上がってきているのか、とキッチンを嗅いでみるがこちらでもない。浴室、トイレと回ってみるがどこも違う。リビングに戻る途中、寝室の扉の前を通ると不意に匂いが強くなった。
閉まったままの扉の隙間に鼻を近づけてみる。想像以上の臭いに、反射的に吐き出すような咳が出る。匂いの原因が寝室にあるのは確実だった。この暑い中、ずっと扉を閉め切っていたから中で何か腐ってしまっているのかも知れない。引き戸の扉に手をかけてから、しかし、ここが人の家で、しかも女性の寝室であることを思い出す。見られてはまずい何かがあるかも知れない。例えば下着とか。下着とか。下着とか。
だから斎さんが戻ってくるのを待つことにした。とりあえず窓を開けようとしたとき、背後で音がした。
振り向いても誰もいなかった。が、また音がした。今度は視界の端で寝室の引き戸が少し動いているのが見えた。
ゴロ、ゴロゴロ、と音を立てながらほんの少しずつ、しかし確実に扉は開いていく。シンと静まり返った部屋にゆっくりと動く扉の音が響き、動悸が早くなっていく。そして10センチほど開いたとき、床の隙間にピンクというか肌色のようななにかが見えた。指のような形をしていて、左右に揺れている。動きは蝶の幼虫のようだった。恐る恐る近づいてみる。やはり、アゲハ蝶の幼虫みたいな形の生き物が左右に揺れて扉を押し開けていた。しかし、虫の幼虫とは色も質感も違う。哺乳類を思わせるような肌の感じがあった。
何かはわからないが、とにかく匂いの原因は確実にこれだった。どこかから入ってきてしまったのだろうか。どちらにせよ、斎さんが帰って来るまでには捨ててしまわないといけない。鼻を摘み、さらに顔を近づけてみる。とそのとき、虫の体の真ん中にあったシワがぱっくり開いて、目が一つ現れた。それは全く人間のそれだった。開いた目は、真っ直ぐに俺を見据えていた。
叫んだのと、ドアが開いたのは同時だった。だから俺はそれにも驚いて、再び声を上げた。玄関に立った斎さんと俺はちょうど向かい合っていて、俺の情けない姿を見た斎さんの眉毛は真っ直ぐになった。投げ出すように靴をぬいで、迷うことなく寝室の扉の方へ向かう。ピンク色のやつを見つけると
「美保くん!」
といって、躊躇なくそれを両手ですくい上げ、寝室の中に消えていった。それから思い出したように引き戸が中からピシャリと閉められた。その後はもの音ひとつしなかった。
まだ心臓はゴンゴン音を鳴らしていた。恐怖と混乱で空っぽの体に、あの視線が蘇る。
あ、無理だ。
瞬間、そう思って立ち上がる。
カバンをつかみ取り、玄関までの短い距離を走って靴を履き、家を出る。エレベーターのボタンを連打する。鼻歌を歌うかのようにトロトロ上がってくるエレベーターが恨めしかった。
通りにでると、ネズミの列はもう途切れていたが、遠く向こうのほうに波立つ線が見える。俺はネズミたちの列を追いかけて走り出す。あちらに逃げればいいんだな。よく分からないが、確信があった。人のいない、ゴミひとつない、歌舞伎町の街を走り続ける。ネズミの列に追いつき、彼らと一緒に走り続ける。
どれくらい走っただろうか。気がつくと、テレビなんかでよく見る歌舞伎町のゲートの下に立っていた。大通りには車が行き交い、青信号になった横断歩道で人々が往来している。
震える手を抑えて、カバンの中から制汗スプレーを取り出す。脇だけでなく全身に振りかけて、歩き出す。
新宿には普段通りたくさんの人が行き交っていた。道の端にはゴミも落ちているし、なんとなく汚い。普段通りの新宿だった。普段は息苦しくてあまり好きでないはずのそんな状況に、心から安堵している自分がいる。
雑踏の中のただの1人として歩いていく。ただそれだけなのに、なぜか世界の全てを祝いたいような気持ちになって、いつの間にか涙が流れていた。
●
香奈ちゃんに後押しされて探し始めたけど、美保くんはどこにもいなかった。
まるで神隠しみたい、手がかりが全くなかった。だから私は毎日、美保くんの手紙を読み返す。
『あなたの中でわたしを守り続けてください。それができなくなったときに戻ってきます。』
私はずっと『あなたの中で』を、『あなたの心の中で』という意味に読んでいた。けれど奈良でおじいさんと話してから、これは『あなたの体の中で』という意味なんじゃないか、と思うようになった。美保くんがいなくなった時期に私の体に新しく加わったものといえば、子宮筋腫しかない。おじいさんも「腹の中のもの」といっていた。だから私はこの筋腫を美保くんだと思うようになった。美保くんが私の子宮の中で眠っているんだと思うと、なんだか面白かった。
でも面白く思えたのはほんのひとときで、そんなところにいるなら会いたいと考えるようになった。医者も香奈ちゃんもただの筋腫だといったけれど、子宮の中で大きくなって赤ちゃんとして生まれてくるんじゃないかと期待した。
けれど、半年経ってもお腹は全く膨れてこなかったし、検査でも腫瘍の大きさに変化はない、といわれた。
それでまた手紙を読み返す。
『あなたの中でわたしを守り続けてください。それができなくなったときに戻ってきます。』
ということは、体の中で守ることができなくなれば、つまり腫瘍を体の外に出せば、美保くんが戻ってくるんじゃないか。
それで、別にしなくてもいい摘出手術をすることにした。完全に信じてたわけじゃない。ただ、もうこれ以外にやることがなかった。
手術は奈良で会ったおじいさんに紹介してもらったところでした。
通っている病院で摘出した腫瘍を持って帰ることができるか聞いたら「無理だ」と言われたことをおじいさんへの手紙に書いた。おじいさんとは帰ってきてからも何度か手紙のやり取りをしていた。
腫瘍は取るべきではない、という内容が延々綴られた返事があった。けど最後に、どうしても取るのであれば、と、病院と先生の名前が書いてあった。
『とったものは必ず持ち帰って、塩で清めた水で毎日洗いなさい』
手術はあっけなく終わった。入院も2泊だけだった。退院の日に先生が病室に来て、ガラスのシャーレに入った腫瘍をくれた。使いふるしの消しゴムみたいなピンク色の肉塊は今にも脈打ちそうに見えた。
「下に敷いた脱脂綿は塩で清めた水でいつも、十分に湿らせてください」
透明なえのきに銀縁のメガネが乗っかってるみたいな先生は、おじいさんと同じことをいった。
「ずっとそうしていたらいいんでしょうか」
「とりあえずは」
聞きたいことは山ほどあったけれど、何をどう聞けばいいのか分からなかった。
「分からないことがあるときはどうしたらいいですか」
えのきのカサが少しあがる。
「覆水盆に返らず」
「え?」
「どうしようもないんじゃないですかね」
そういって先生は去っていった。帰り道にスーパーで1番高い塩を買った。
最初に思い出したのは、臍の緒だった。小学校3年生のとき母親が見せてくれたそれは、干からびて赤黒く、花壇のふちに落ちているミミズの死骸にしか見えなかった。この腫瘍も、放っておいたらあの臍の緒みたいになってしまうかもしれない。
それでいわれた通り毎日、水で洗って脱脂綿を濡らした。さらに上から湿った脱脂綿を被せて、シャーレの蓋を閉めた。ピンク色が脱脂綿から少しだけはみ出ていると、お布団をかぶっているみたいでちょっと可愛かった。
お腹の中ではないけど、私が美保くんを『守る』のだ。
シャーレに向かって
「おやすみ、美保くん」
といってみる。そうすると布団の中でまだ小さな美保くんがぐっすり眠っているみたいだった。
退院祝い、といって香奈ちゃんが食事に誘ってくれた。仕事で少し遅れて行ったら、4人がけのテーブルに3人座っていた。香奈ちゃん以外は私たちと同じ歳くらいの知らない男の人だった。
私の隣に座っている人は、あまりしゃべらなかった。
美保くんもそうだったな、と思う。私たちは話しもろくにせずにどうやって仲良くなって、どうやって付き合うことになって、どうやって結婚したんだろう。いつの間にか美保くんは隣にいたからよく分からない。美保くんがいなくなってもうすぐ1年が経つ。
香奈ちゃんともう1人の男の人が楽しそうにたくさんおしゃべりをしてる向かいで、私たちは黙って目の前のお皿に盛られたものを食べた。
帰り際に男の人は「LINEを交換しましょう」といった。そのとき初めてちゃんと顔を見た。肌が綺麗で鼻筋が通っていた。それなのにどこか変な顔だった。美保くんみたいだなと思った。LINEの名前は「蛭子」となっていた。
「ひるこ? えびす?」
私が聞くと
「えびすです」
と蛭子くんは答えた。
「最初に香奈が紹介してくれたんだけど」
そういって蛭子くんは笑った。私が謝ると「僕も緊張して全然しゃべれなくてごめんなさい」といった。
1ヶ月経っても、美保くんは干からびなかった。
そしたら今度は腐らないか心配になってきた。薄く剥いだ脱脂綿で包んで持ち上げ、指で突ついて確認するが今のところどこもそれなりの弾力を保っているようだった。けれど、これから夏に向かって暑くなってくる。冷蔵庫に入れては、生命活動を止めてしまうような気がして、ネットで見つけたペット用の保冷ざぶとんを買ってシャーレの下に敷いた。
2ヶ月経つ頃には、色が白っぽくなってきた。少し透けて、カブトムシの幼虫みたいな色。
あんまり触りすぎるのもよくないと思ったので毎日、朝と晩決まった時間に腐敗確認をする。張りはむしろ前より強くなっているようだった。
そしてある朝お布団の脱脂綿をどけたら、白くパンパンに膨らんでいた美保くんはへしゃげ、その横に小指くらいの大きさ、灰色がかったピンク色の動くものがあった。細長い胴体には淡い灰色の無数の短い触手がこちら向きに生え揃っていた。それだけでも青虫に産みつけられたハチの卵みたいで気持ち悪いのに、その先はフジツボみたいに窪み、揃ってこちらを向いていた。全身にウェーブのように鳥肌がたつ。思わず声をあげて、手に持っていたシャーレの蓋を取り落とす。溢れてくる嫌悪感は止められなかった。
目を逸らして気分が少し落ち着いたら、今度は強烈な匂いに気づいて鼻をつまむ。お風呂の排水溝に溜まったヘドロの匂い。
鼻を摘んだまま、もう一度見る。薄目で。気持ち悪い部分はこちらを向いている方だけみたいなのでひっくり返せばただの芋虫になるかもしれない。片手で鼻を摘んだまま、もう片方の手でお布団をとってピンク色の部分をちょいちょいしてみる。ころんと転がると案の定、とりあえず芋虫の姿をしていた。が、胴体のちょうど真ん中に一つ丸い目があった。小さいけれど、確実に目だとわかった。白目の中を黒い瞳孔がギョロギョロと動いている。気持ちいいとはいえなかったが、裏よりは随分とマシだった。それにこんな立派な目があれば、私を認識してくれるかもしれない。鼻を摘んでいる私を見たら美保くんは傷つくだろうと思ったので、鼻を摘んでいる手をはなし、反対側を向いて思いっきり息を吸い込んで、とめ、美保くんの目の真上に顔を持っていく。動いていた黒目が止まり、私と目が合って止まる。にっこり笑って見せる。
「おかえり、美保くん」
いった途端に臭いを吸い込んでしまい、咳き込んで鼻を摘みなおす。あまりの臭気に涙が出てくる。とりあえず 目がついてるのが真上だけで良かったし、あとは耳がないことを祈るしかない。
こうして美保くんと私の新しい生活が始まった。
なにを食べるのか分からなくて、いろんなものをあげてみた。ご飯粒とかレタスとか生肉とか金魚の餌とか。でもどれも食べなかった。そもそも口みたいなものがないことに気づくのに1週間かかった。
そして音は聞こえないようだった。だから私が帰って来ても、姿が見えるところまでいかないと気づかなかった。気がつけばサワサワと動いてシャーレの端までやってきてくれる。
家にいるときは出来るだけ窓を全開にした。塩水につけておけば随分臭いはマシになったが、水に浮かんですぐクルンと仰向けになって、お腹のあれが見えてしまうので、どちらを取るか悩ましかった。シャーレの中にいるときはその大きさを確認するように前後左右に動き回った。たくさんのタマゴみたいな足で360°どこにでも動き回れるようだった。
美保くんが戻ってきたのだから、もう今みたいな広い部屋も必要なかったし、なによりここは臭いがこもる。風通しが良い場所に引っ越さないといけないなと思った。
蛭子くんからご飯に誘われた。美保くんのことをいわないといけないと思って、
[私、結婚しているんです。でも夫が行方不明でもう1年経つから、それで多分、香奈さんがあの食事会に]
というところまで打って気づく。美保くんはここにいる。それで
[私、結婚しているんです。なので、もし蛭子くんがご結婚相手を探していて、その候補として私をお誘いくださったのならお食事には行くことができません]
と返した。返事は来ないだろうと思っていたのにすぐ来た。
[事情は香奈から聞いてます。とりあえずご飯に行きましょう]
それで香奈ちゃんに連絡してみたら、蛭子くんは香奈ちゃんの大学の同級生で信頼できる人だということだった。
[ていうか、あのとき話したよ?]
[ごめん、上の空だったのかも]
そしたらうさぎが怒ってるスタンプと一緒に
[ちょっと元気出てきたんだ、よかったね!]
というメッセージがくる。
[蛭子はいいやつだから、ご飯は気負わず気分転換だと思って行けばいいと思うよ]
といわれたので、御意、の屋久杉スタンプを送った。
物件はなかなかいいところが見つからなかった。人目につきづらく、風通しがよくて、今より安いところ。そんなに難しい条件じゃないのに、どこもピンと来なかった。不動産屋さんが「あとはこれくらいしかないですけど」と出してきた物件は、住所が歌舞伎町となっていた。端の方だとはいえ少し気が引けたが、内見に行ってみたらとてもよかった。
最上階の11階、両側に窓のあるその部屋には、常に風が吹いていた。
でも周辺環境が気になって帰りに周りを歩いてみたら、小さな神社があって、そこは奈良のあの神社と同じ神様を祀っていた。それで、もう迷うのをやめた。
今、私が最優先にするべきことは美保くんを『守る』ことだ。あの神様なら、美保くんを守ってくれるだろうと思った。
引越しの日は美保くんの元同僚が手伝いに来てくれた。でも美保くんに気づいたのか、途中で逃げ帰ってしまった。写真とか撮られていないか心配で、しばらくネットで『未確認生物』『UMA』とかを検索し続けたけど、出てくるのはビッグフットとかモンゴリアン・デス・ワームとかばかりだったので大丈夫そうだった。美保くんのことは、絶対に人には話したり見せたりしない方がいいと思った。
引っ越してすぐ、シャーレに収まりきらない大きさになったので、水槽を買った。底に手拭いを敷いて浅く水を張った。アクアリウム用の浄化槽をつけてさらに毎日水を換えると臭いが随分マシになった。
浄化槽のついでに買った水車小屋の飾りの前を、一つ目の美保くんがたくさんの足を忙しく動かしながら歩いていく。見ようによっては情緒がある。私はいつまでも水槽の中を眺めていた。
蛭子くんと3回目のご飯に行ったとき引っ越したことを伝えると
「近くに神社があるでしょう」
と家の近くの神社の名前をいった。そんな有名なんだろうか。
「えびす様を祀ってるから知ってるだけ。同じ名前だからえびす様のことはなんとなくサーチしてるんだ」
といった。
「あの神社って三輪山と同じ神様を祀ってるんじゃないの?」
「あー、それも祀ってるのかな。同じ神社の中に何人もの神様を祀ってるところは多いから」
蛭子くんがスマホで検索して、三輪山の神様とえびす様とあと何人かの神様を祀っていることを確認する。
「あの神社、えびす様も祀ってるなんて初めて知った」
私がそういうと、神社にどの神様が祀ってるかなんて普通気にしないもんね、といって笑った。それからまたえびす様の話になる。
「えびす様って由来になる神様が2人いて。1人は事代主っていう偉い神様。三輪山の神様の息子なんだけど、島根の美保神社ってとこに大きな神社がある」
美保、という名前に私が反応してしまったのか、蛭子くんは
「斎さんと同じ名前だよね」
といった。私は自分の名前というよりは、美保くんのことを思っていたけど、とりあえず頷く。
「で、もう1人はヒルコっていって、日本を作ったイザナギとイザナミの間に初めて生まれた子供なの。でもこのヒルコは出来損ないってことで船に乗せて海に捨てられちゃうんだ」
「出来損ないって?」
「よくわかんないんだけど、足が立たなかったとか、奇形児だったとか、色々いわれてる」
一瞬、今うちにいる方の美保くんのことを思い出してしまう。
「で、そのうえ、お前は神ではない、とまでいわれて」
「それは不遇だね」
「確かに、今の僕らから見ればね。でもこの不遇な生い立ちがみんなの心を揺さぶって、民間信仰の対象になったところはあるんじゃないかなあ。十日戎とか、福男とか、えびす様って庶民に1番愛されてる神様だと思うし。あんまり偉い神様だとこうはいかないよね。個人的にも、ヒルコの方が同じ名前感強いから肩入れしちゃうとこある」
蛭子くんはそういってニコニコと笑った。蛭子くんのちょっと変な顔は、笑顔によく映える。
美保くんはあまり笑わなかった。いつも難しい顔をしていた。
美保くんは日に日に大きくなった。あっという間に水槽が小さくなったので、ビニールプールを買った。水を入れて塩をばら撒き、美保くんを入れる。もう30センチほどになっていた。灰の滲んだピンク色の皮膚はしわしわで、ダンゴムシみたいな体の中央にある目はいつの間にか人間の目みたいな形になっていた。それがギョロギョロ動く。もう水に溺れて仰向けになることはなかったが、水浴びを楽しんでいるのか、自ら仰向けになることはあった。そういうときは自然を装って目を背ける。大きくなると、臭いもさらに強くなった。外出から帰ってきたときの家の臭いは頭痛がするほどだった。
どこまで大きくなるのか考えると不安で眠れなくなった。大きくなり続ける彼をどうやったら『守る』ことができるのだろう。考えても答えは全く見つからなかった。
ベランダに出て窓を閉め切っているときだけ、全てを忘れることができた。もはや見慣れた歌舞伎町の上からの景色。四角に切り取られた空白の屋上が乱雑に並んでいる。
蛭子くんとは週に1回くらいのペースでご飯を食べにいくようになった。家に帰りたくなくて、終電まで付き合ってもらうこともあった。蛭子くんの笑った顔を見ていると、もっと一緒にいたいと思った。蛭子くんもこうやって会ってくれているのだから、悪い気はしていないのだと思う。でも私の事情を知っていて、ちゃんと適度な距離感を保ってくれる。最初はそれが心地よかったのに、今はそれが少し悲しいような気がした。
真っ暗な家の扉を開ける。耐えられない臭いに鼻をつまみながら家中の窓を開けて周り、寝室に入る。電気をつけると、美保くんが眩しそうに目を開ける。私が帰ってきたことに気づいて、丸いビニールプールの中でモゾモゾ前後左右を確認しながらこちらへ近づいてくる。その姿を見ていると、さっきまでの楽しかった気持ちが消えて、申し訳なさと自己嫌悪でいっぱいになって泣けてくる。美保くんが横目でこちらを見てくるので、腕に顔を埋める。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい」
美保くんには耳がないから声は聞こえない。少し酔っ払っていて、私は誰にともなく話し続ける。
「私が『守る』なんてたいそうなこといったけど、無理かもしれない。おじいさんのいう通りにすればよかった。お腹の中から美保くんを出さなければ、私は『守られてた』んだね」
涙がひと段落して顔をあげると、美保くんはひっくり返って気持ちよさそうに水浴びをしていた。
寒くなり始める頃には、ビニールプールも手狭になっていた。縦は80センチほど、横幅も40センチくらいはある。重さは計っていないけれど、もう1人で持ち運ぶのはそろそろ限界になっていた。いよいよどうにかしなければ、この部屋からも出せなくなってしまう。今ならまだ大きい方のトランクで連れ出すことができそうだった。でもどこへ? どこか田舎、山付きの一軒家を買ってそこで暮らすとか? そしたら自分の仕事はどうするんだろう。通帳に残ったお金ももう少なくなってきている。このまま都心で暮らすとしたら、駐車場とか? だめだ、ひと目につくところは騒ぎになってしまう。それに水を替えるのもどうしたらいいか分からない。おじいさんへも定期的に報告程度の手紙は書いているが、手術の後、返事がなくなり助言の期待はできなかった。
冷たい風が吹きはじめたベランダからはいつもの歌舞伎町が広がっている。街の上空にこんな静かな空き地が広がってるなんて、下から見てたら分からない。そう思って気づく。急いで部屋からスマホを持ってきて、目の前に広がる街と地図アプリを重ね合わせた。
決行は月曜の昼に決めた。夜は人通りが多いので、明るくても昼の方が安全だった。その日は朝から有給をとった。寝室ではいつものように美保くんがビニールプールの丸い縁を辿って歩き続けている。
「美保くん」
目を覗き込んでいうと、動きが止まった。伝わるかどうか分からないが、できるだけ口をはっきりと動かしながら続ける。
「大きくなってきちゃったから、場所を移動することにしました。これからこのトランクに入ってもらって、移動します」
トランクを持ち上げて、美保くんの目の前で回してみせる。美保くんは目を開いたまま動かなかった。
「少し窮屈だと思うけど、我慢してね」
トランクに美保くんはピッタリ収まった。また大きくなっていることに気づき、今がギリギリのタイミングだったんだと安堵する。横向きになった体に蠢く触手から目を背け、塩水に浸したバスタオルをかけると蓋を閉めた。
変装用のカツラと帽子をかぶって、普段より大きめのマスクにサングラスをかける。さらに薄手で透明のラテックスの手袋を両手にはめて黒いスニーカーをはくと、玄関に横向き置いてあるトランクを立てる。重心が変わり、中のものの位置が動いたのがわかったが、そのまま引きずって外へ出た。
通りは静かだった。
しんとして誰もおらず、タクシーの1台も走っていなかった。通りにはゴミもなく、むしろとても美しく見える。清められている。そんな感じがした。途中、神社の前を通ると、いつもいるハンテンを着たおじいさんが掃き掃除をしていた。会釈をしてきたので、一応頭を下げる。私だと気づいているなら嫌だなと思った。
昼1時の雑居ビルには人の気配がなかった。防犯カメラの位置も一応チェックしているので、できるだけ映らないように、映ってしまうところは背を向けて進んでいく。エレベーターで最上階の10階まで行き、そこから階段で上がる。踊り場を抜けると、陽の入るすりガラスのついた扉が見える。2度確認して、2度とも開いていたからきっと大丈夫。ノブに手をかけて回すと、重い扉が音を立てて開いた。
扉を閉めると、トランクを倒して蓋を開く。バスタオルを剥がすと、美保くんは目をしばたかせた。
寂れたペントハウスの脇には長らく使わずに放置されて錆びた物干し竿があった。引き戸の前には枯れ切った観葉植物がいくつもおいてある。中にはホコリをかぶったソファと掃除用具などが少しあるだけでがらんどうで、昔は誰かが住んでいたのかもしれないけれど、今はもうまともに管理さえされているとは思えなかった。
とはいえ、あまりモタモタしていいことはない。バスタオルを床に敷いてその上に美保くんを移動させると、作業に取りかかる。
事前にペントハウスに持ち込んでおいた大型のビニールプールを組み立てていく。プラスチックのポールにビニールシートを張るだけの簡単なものだが、縦5メートルもあるから1人で設置すると結構時間がかかった。そこに蛇口からホースを這わせて水を入れる。この水の使用料でバレるんじゃないか、と考えたが、この量の水をここまで持って上がるのはどう考えても現実的じゃなかったので諦めた。というか、考えるのを途中で放棄した。5センチほどたまったところで水を止め、スーパーのセールで買った1kg300円の伯方の塩をばら撒き、100円ショップで買ったホウキで混ぜていく。バスタオルの上からはみ出さないよう右往左往している美保くんを持ち上げると、ビニールプールに入れる。50センチほどの柵を持ち上げるのも精一杯だった。
最初はこわごわと少しずつ動いていたが、端にぶつかり、それに沿ってプールを一周した後はバチャバチャと音をたててあちらこちらと動いている。それなりに気に入ってくれたようだった。
見上げると、11階の部屋のベランダが見えた。
日が短くなって、もう辺りも夕焼けに染まりはじめていた。そろそろ、このビルの従業員たちが出勤し始める時間になる。
周りはラブホテルと雑居ビルしかないのだから、窓の外をのぞく人なんかいない。マンションの住人もほとんどが年中カーテンを閉め切っている。でも念の為にビニールシートを被せて屋上を後にした。
初めは毎日様子を見にいっていたが、特に問題がなさそうと分かってからは2日に1回、3日に1回、1週間に1回と減っていった。あまり出入りして怪しまれるのも嫌だった。
年末、仕事の繁忙期も相まって10日ほど見にいかなかった。
ブルーシートを開くとこもっていた臭いが一気に広がる。鼻を摘み、もう片方の手で開いたブルーシートを高く支える。私が来たことに気づいた美保くんが、こちらに近づいてくる。臭いがさらにキツくなって、改めて鼻を摘みなおした。美保くんは私の真下まで来て、大きなひとつ目でじっとこちらを見つめた。また大きくなっている。長さはもう1メートルはあると思われた。高さも1番高いところは柵のすれすれくらいまである。
「長らく来れなくてごめんなさい。仕事が忙しくて」
聞こえていないのだから、理解しているわけもない。そもそも時間の感覚とか感情とか、そういうものがこの美保くんにあるのかどうかも分からない。
「また大きくなっちゃったんだね。ここにも入り切らなくなったら、もう私にはどうにもできないよ」
そういっても、こちらを見たまま動かなかった。けれどその後、私が何もいわずにいるといつものようにまたプールの中をバシャバシャと動き始めた。
ビニールシートをめくる。大きなビニールシートを畳むのは面倒だった。さすがに半分くらいになった水を足していく。いつもより多めに、体の半分くらいが浸るくらいの高さまで入れる。5メートルのプールにそれだけの水を入れるのは時間がかかる。もうあたりは暗くなっていた。時計を見ると、夕方5時をさしている。水がたまったら塩をまき、ホウキで混ぜていく。
もう疲れた、と思った。
最後にまたビニールシートを被せないといけなかったけれど、もうそんな気力は残っていなかった。
「美保くん」
プールの真ん中で水浴びをする美保くんに呼びかける。聞こえるはずもなかった。ビニールプールは大きく、美保くんは遠かった。
「じゃあ私、行くからね」
扉を閉める前にもう1度、美保くんを確認する。触手を上向きにしてゴロゴロと水の中を転がっていて、私が出て行くことには気がついていないようだった。
クリスマスの土曜日、蛭子くんと会う約束をした。電車の関係で新宿の方が蛭子くんも都合がいいのは分かっていたが、これまではなんとなく別の場所にしてもらっていた。
[どこにしようか?]
というLINEに
[新宿にする?]
と返すと
[いいの? 大丈夫?]
と返ってきた。蛭子くんは、今までは何がダメだと思ってたんだろう。
[うん、もういいの。大丈夫]
そう返すと、鯛が飛び跳ねるOKのスタンプが返ってきた。
その夜、蛭子くんはうちに来た。蛭子くんが眠ってしまったベッドを抜け出し、服を着てベランダに出る。街の明かりが重い雲に反射して、歌舞伎町の空は薄明るかった。美保くんのいるビニールプールが薄い明かりを映して光っていた。その中央で灰色の影が動かずにじっとしている。美保くんの手紙を思い出す。
『あなたの中でわたしを守り続けてください。それができなくなったとき、戻ってきます』
もしかして、蛭子くんが美保くんなのかもしれない。
蛭子くんとは退院した次の日に会った。だから、美保くんが蛭子くんとして戻ってきているとしても、辻褄は合う。おかしくないはずだ。いや、おかしいくないことはないかもしれないけど、でもあれが美保くんだなんて考えるよりは、よっぽど普通なはずだった。
でもだとしたら、あれはなんなんだろう。ビニールシートを剥がしたままにしてから10日たつが、なんの問題も騒ぎも起こっていない。
明るすぎる夜の中でさえ誰にも気づかれず、あの得体の知れない不気味な生き物はどんどん大きくなっていた。
冷えてきたので部屋に戻る。外から見えないようカーテンを閉めた。
●
このラブホの1番いいところは、窓がお風呂場についているところ。お風呂場であれば、まだベッドで寝ている女の子を気にせず窓を開けることができた。歌舞伎町の物で溢れかえっている感じは嫌いじゃないけど、たまには抜けも欲しい。窓の外に広がる歌舞伎町の上空は、結構広い。この辺りは特に高い建物がなくて、空を眺めるのに邪魔するものが少ない。最上階が空いてれば1番最高。902は至高。
店が終わって、アフターに行って、ホテルに入る。朝5時以降に入ればロングタイムで夕方までいられるから、寮という名のあの部室みたいなゴミゴミした部屋には出勤前の着替えに帰るだけでいい。だから馴染みの女の子たちに頼んで付き合ってもらう。
「またあ? 早く自分の部屋借りなよ」
と女の子たちはいうけど、そんな嫌そうでもない。セックスするときもあるけど、しないときもある。先輩は何かというと「枕しちゃえばこっちのもんだよ」とかいうから、まだ23なのにオオサカ堂で買ったED薬まで飲んで頑張ってる時期もあったけど、そういうのはあんまり性に合わないと気づいてやめたら楽になった。新規でとれるお客さんの数は減ったけど、1回馴染みになってくれた子は長続きするし、困ったときは助けてくれもする。誕生月でもトップ10にギリ入るかくらいだし、店からの圧をかわすのは面倒だけど、ちょっと貯金したってそれなりに暮らしてけるだけのお金はあるからこれで十分だった。こんな感じでやってけるなら、ホスト稼業は結構自分に向いてるとさえ思う。
あのプールに初めて気づいたのは、ハロウィンイベントの次の日だった。しこたま飲んで、どうやって辿り着いたかも覚えてなかったけど、ちゃんと902に入っていた。隣でサキュバス姿の女の子がいびきをかいて寝ていた。
さすがに二日酔いが辛かったから、風呂に湯をはる。あったまった体に、窓の外から入ってくる冷たい風が顔に当たって気持ちよかった。でもあったまり過ぎて今度は気持ち悪くなった。それで風呂のふちに座って、体を冷やす。高くなった視界から隣のビルの屋上が見えた。
そこには見慣れない青い大きな箱みたいなものがあった。ビルの屋上はどこもほとんどものがないから、新しく加わったものはすぐにわかる。なんだろう。
そのときベッドから「優羽くーん」と僕を呼ぶ声がした。女の子は1番長いお客さんだったから見せてみよっかな、と思ったけど、ちょっと迷って窓を閉める。いくら付き合いが長くてもお客さんはお客さんだから、一緒にホテルにいるときに男が彼女以外のものに興味が向いてるなんていい気はしないはずだ。風呂場を開けてまた僕の名前を呼んだ女の子は
「何これ、こんな寒い風呂入ってんの?」
といった。
その次に見たのはクリスマスイブの日だった。それまでもホテルには行っていたけど902がなかなか取れなかった。8階以下だと隣のビルが邪魔で見えないし、下2桁02以外の部屋は窓の向いている方向が違う。その日は1番太いお客さんが902好きの僕のために、事前に予約してくれていた。朝方、ようやく女の子が眠り始めたので、風呂をためながら窓を開ける。青い箱は変わらずそのビルの屋上にあった。けど上に被せてあった青いシートがなくなって、ビニールプールが出現していた。朝の気配を宿し始めた歌舞伎町の上空で、プールの水は柔らかな光を反射してゆらめいている。そしてその中央には、肌色のドーム状のものがある。なんだろう。しばらくじっと見ていたけれど、よく分からなかった。部屋に戻ってスマホをとってくる。カメラをオンにして拡大してみる。けどよく分からない。一応写真を撮る。そして今度は地図アプリを起動して、ビルの位置を確認する。ホテルは10時には出ないといけないから、18時からの同伴まで十二分に時間があった。
これだけたくさんのビルがあっても、歌舞伎町に上がれる屋上はほぼない。期待はしていなかったけど、その扉はあっけなく開いた。周囲に高いビルは902のホテル側にしかなく、冬のキンと冴えた青い空が広けていた。こんな屋上があるなら、絶対落としたいお客さんを連れて来るのにぴったりだ。けど、口の固いお客さんに限る。噂が広がったら、すぐに鍵がかかってしまう。
ビニールプールは奥の方にあった。手前横にペントハウスがあって、枯れてしまっているけど植物なんかもある。誰か住んでいるのかもしれない。プールからは水のはねるバシャバシャという音が聞こえる。上からは見えなかったけど、魚か何かを飼っているんだろうか。近づくと、変な匂いがする。やっぱりなんか生き物を飼っているのかなと覗き込んで、声をあげた。見たことのない、肌色のでっかいダンゴムシみたいなやつがプールの中を動き回っていた。いや、形はダンゴムシだけど、質感はもっと柔らかそうでシワシワで、そう、ハダカデバネズミみたいな感じだった。そして何より違うのは、1番盛り上がっているところのてっぺんに、でっかい目がひとつ、ついていることだった。
僕の声に気づいて、ハダカヒトツメダンゴムシの黒目がこちらに動く。ひぃいぃぃぃ、と漫画みたいな声が出て、後ずさる。けど驚いたのは僕だけじゃなかったようで、ハダカヒトツメダンゴムシの方もただでさえ丸い体をさらに盛り上げたかと思うと、すごいスピードで端の方へ逃げていった。しばし膠着状態。どれくらいそうしていただろう、気持ちが落ち着いてくるとハダカヒトツメダンゴムシがプールの端で震えているように見えてきた。大きく深呼吸をして、呼びかけてみる。
「あの、怪しいものじゃないです。あそこの窓からここが見えて、なんだろう、と思って来てみただけで」
ハダカヒトツメダンゴムシは動かない。
「だから、シバこうとか、拉致ろうとか、そういうこと思ってないんで安心してください。とにかく敵じゃないんで」
なんで話しかけてるのか自分でもよくわからない。けど、なんとなく話が通じる気がしてしまうのは、目が人っぽい感じだからだろうか。
そんな僕の思いが通じたのかどうかはわからないが、ハダカヒトツメダンゴムシはほとんど三角になっていた体を緩めて、元のダンゴムシみたいな形になっていく。そしてプールを横切り、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。50センチほどの距離をとってダンゴムシは止まった。横向きで、黒目をこちらへ向けている。
「僕、優羽っていいます。ホストやってます。よろしくお願いします」
そういって頭を下げると、ダンゴムシはしばらくじっとしていたが、不意に前後に動き始め、それからバシャバシャと音を立ててプールの中を歩き回り始めた。
毎日、屋上へ行くようになった。ダンゴムシは僕を認識してくれたようで、近づいてももう驚かなかった。それどころか、7日目には僕がきたと気づいて向こうから近づいてきてくれた。もっと仲良くなるにはやっぱ食べ物かなと思ってハムとか刺身とかきゅうりとかポッキーとか色々持っていってみたけど、どれにも興味を示さなかった。そもそも口らしきものが見当たらなかった。
2週間に1度ほど、水が増えているときがあった。水飛沫が大きくなるせいかもしれないけれど、嬉しそうに見えた。当たり前だけど、誰か世話している人がいるのだ。その人は、僕がここに来ていることを知ったら嫌がるだろうか。周期的に見て、そろそろその人がくる頃だった。水は1番多い時の3分の1くらいになっている。
ちょっと考えてから、屋上の端にあるホースを引っ張ってきてプールの中に突っ込み蛇口をひねる。端の方で仰向けになってゴロゴロしていたダンゴムシは水が入ってきたのに気づくと体制を立て直し、こちらへ近づいてきた。
「水浴び好きっすか?」
聞いても答えないけれど、逃げもしなかった。ホースをプールの中から取り上げてみる。
「しますか? 水浴び?」
ホースから流れる水を見て、ダンゴムシはその場で前後に動く。
「おっしゃ! やりましょ」
そういって僕はホースの先をつまみ、上方へ向ける。水が細かい粒になって扇形に広がり、放射線状に落ちていく。ダンゴムシは黒目を上へ向けてしばしその様子を見つめていたが、不意にお腹についているたくさんの足みたいなものをザワザワザワと動かしたかと思うと、落ちてくる水の中にすごいスピードで突っ込んでいった。僕がホースを動かすとダンゴムシもそちらへ移動する。面白いのでホースを動かしながら水を撒いていく。広がる水滴に太陽の光が反射してきらめく。ダンゴムシは楽しそうに水を追いかけ続けていた。
「優羽くん、最近なんかあった?」
女の子の観察眼というのは、本当にすごいといつも感心する。何もいってないし、何もやってないのに、何を見て気づくんだろう。全くわかんないからこそ、こういうことをいわれたら適当に誤魔化そうとしちゃいけない。図星のときはなおさらだ。
「あったよ。ていういか、あるよ」
「え、なに?」
女の子の顔に、期待と不安がよぎる。彼女はここ半年ほど足繁く通ってくれて、先月、初めて一緒にホテルにきて、今日が2回目だった。
「そりゃ今日また、一緒に来れたことでしょ」
女の子の顔が今度は嬉しさと不満でゆがむ。頭の下に敷いていた枕を引っこ抜かれて顔に投げつけられる。
「うそ! 他になんかあるでしょ!」
僕は笑いながら暴れる女の子に抱きついて、ごめんごめんと謝った。
「ペット」
「え?」
「ペット飼い始めたの」
「うそ。優羽くん寮じゃん。嘘つかな・・・」
「ダンゴムシ」
女の子の顔が固まる。
「ダンゴムシ飼ってんの。虫籠に入れて自分のベッドに置いてる。他のやつにバレたら捨てろ、っていわれるから、絶対、内緒にしててよ」
顔から疑念が少しずつ消えて、今度は怪訝になる。
「うそ、ダンゴムシ? あのゲジゲジみたいなやつ?」
「え、ひどい。めっちゃ可愛いよダンゴムシ」
「まじで? 写真ないの?」
写真。結構毎日撮って、いつも家とか、店のトイレで見ている。
「写真は撮ってない。だってダンゴムシだよ?」
「え、ひどいのどっちなの。ペットなんでしょ」
「水浴びとかしてるの見てたら可愛くて、それで満足しちゃって。今度撮って送る」
「ダンゴムシって水浴びすんの? てか、ダンゴムシの写真送ってくるホスってなんなの」
女の子はもう満面の笑みになっている。帰りにダンゴムシを探さないといけないな、と思った。
斎さんに会ったのはバレンタインデーだった。
いつもは午後に行くのだけど、イベントの準備と同伴もあるから、午前中のうちに屋上へ行った。そしたら先客がいた。線の細さと背の高さから、女の人だと思った。こちらに背を向けてプールの方を眺めていた。
黒いダウンコートに落ちている茶色の長い髪は明らかにヅラっぽい人工の艶を放っていて躊躇する。職業柄、危険信号が点ってしまう。ああいうのをつけてるのは地雷が多いのだ。でも話してみたい好奇心も抑えきれない。あのダンゴムシについて聞きたいこともいっぱいあったし、共有したい話題もいっぱいあった。他の人にはいえない。話すとしたら、あの人しかいないのだ。
扉の前で動けずに立ちすくんでいたら、女の人が振り返った。僕の存在に気づいた途端、体をビクリとさせて驚いた様子を見せたけど、それは単に、何もいないと思っていたところに人がいたから驚いただけのようだった。それはそうだろう、と思う。
僕たちはお互いの存在をすでに知っていたのだから。
ダンゴムシの名前を聞いたら、斎さんは少し戸惑いながら「美保くん」と教えてくれた。だから僕も「美保さん」と呼ぶことにした。名前の由来は笑って教えてくれなかった。美保さんがなんなのかは斎さんもわかっていなかった。たまたま拾った小さな虫が美保さんになってしまったのだといった。
斎さんは、僕が斎さんを知っているよりももっと、僕のことを知っていた。僕の外見も職業も美保さんとどんな風に遊んでいたかも知っていた。902のラブホの奥にあるマンションに住んでいて、ベランダから見ていたらしい。
「マジックハンドでなんかしてたの、あれなに?」
「あーハムっす。美保さんとお近づきになりたくて。食べるかなと思って」
「何それ、犬みたいだね」
そういって斎さんは眉を下げて笑う。もとから下がり眉の人だから別に苦笑しているわけではなく、これが全力の笑い方なんだろうと思う。僕も笑った。
「いやでも僕、昔から犬めっちゃ飼いたかったんすよ。でも家貧乏だったし、ペットとかそういう感じじゃ全然なかったから、今、その願いが叶ったっていうか。美保さんのおかげで今、毎日すげえ充実してて」
ただ美保さんのことを話せてることが単純に嬉しかった。日々の楽しい出来事を話せる相手がいないのは、辛いことだったんだと気づく。斎さんもずっと1人で世話をしてきたんだから、きっと同じ気持ちがあるだろうと思って見たら、斎さんは下がり眉でこちらを見ていて、僕と目があうと、その目からポロポロと涙をこぼした。
「どうしたんすか」
「ごめんなさい。会ったばっかりなのに急に泣き出して怖いよね」
「いや、全然いいっすよ。僕も今、斎さんが思ってるよりめっちゃ喜んでますから。多分、僕の嬉しさ知ったらめっちゃ怖いと思うと思いますよ」
あはは、と声をあげて斎さんが涙を流したまま笑う。
「私も嬉しいのかな、嬉しいんだったらいいけどな。もうよく分かんないな」
言葉の意味は分からないけど、きっと今までなんか大変だったんだろう。確かに出来心で拾った芋虫がこんな形でこんな大きくなってしまったら、困惑するのかもしれない。でも、こうやってちゃんと世話をしてきたんだから偉いと思う。チワワみたいな小さい犬でも、すぐに世話するの無理になる子はたくさんいる。
「チワワは毎日、餌あげて散歩しないといけないじゃない。でも美保くんは何も食べないし散歩もいらないのに」
そういってまたオイオイと泣き始めた。
斎さんには好きなだけ泣いてもらって、その間、僕は美保さんと遊ぶ。ホースを持ってプールの周りを走ると水の軌道を追いかけて、美保さんも走る。大きな一つ目をギョロギョロと動かしながら猛スピードで追いかけてくる姿が面白くてあっちに行ったりこっちに行ったりを繰り返した。
それからは毎日、斎さんに教えてもらったように水を足して、塩をまいて、ホウキで混ぜた。いい写真が撮れたら、斎さんにLINEで送る。斎さんは時間が空いても必ず返信をくれる。でもこちらに向いたマンションのカーテンはいつも閉まったままだった。
春になって夏が近づいてきた。僕は相変わらず毎日出勤して、屋上に通い続けていた。斎さんとは月に一度、会うか会わないかだった。僕と会う日以外は、もう来ていないみたいだった。
その日は、梅雨の合間の貴重な晴天だと予報が出ていた。久々に美保さんと水遊びが出来ると思って、ホテルには泊まらず、寮で寝て、朝から屋上へ向かった。
空は青く晴れ渡っていた。ホースから跳ねる水は日を浴びて輝き、放物線の中に虹がかかる。
毎日、こんな風に晴れたらいい。そしたら毎日楽しく暮らせるのに。
水飛沫の向こう、11階建てのマンションのカーテンが開き、ベランダに人が出てくる。斎さんだった。大きく手を振ると、向こうも手をあげて応えてくれる。LINEがなって
[そっちに行ってもいい?]
とある。僕はベランダに向かって大きな○を手で作ってみせる。その拍子に水があらぬ方向に飛び散って、僕も美保さんもびしょびしょになったので声をあげて笑った。
斎さんは引っ越すのだといった。
「恋人が一緒に住もう、っていってくれて。それで」
ヅラをつけていない、肩までの黒い髪が強い風に吹かれてなびいている。
「都内だから来れないことはないんだけど、頻度が減ってしまうと思うから、それで」
そういって斎さんはうつむく。
「恋人はどんな人なんですか?」
「え?」
「彼氏さんっす」
「ああ、とってもいい人よ。ちょっと変な顔なんだけど」
「あはは、じゃあ美保さんみたいっすね」
僕がそういうと、斎さんの下がり眉が一瞬、真っ直ぐになる。
「美保さんのことは、どうせ僕が毎日見に来てるんで気にしないでください。自分の幸せ大事にしてください」
斎さんは聞き取れないくらい小さい声で「ありがとう」といって、それからじっと黙ってプールの端をグルグル周回し続ける美保さんを見ていた。目は赤くなっていたけど泣かなかった。
それから僕に小さな木箱をくれた。箱には金色の印刷で『臍の緒』とあり、その横に黒のマジックで『美保くん』と書かれていた。
「美保くんが生まれたときに入ってた卵というか殻みたいなものなんだけど、よかったら」
幼虫のときに拾ったんじゃなかったけ、と思いながらも開くと、白い綿の上に干からびたミミズの死骸みたいなものがあった。ちょっと気持ち悪かったけれど、せっかくくれたので一応もらっておくことにした。
「引っ越すまでに優羽くんのお店、一度遊びに行くね」
「え、マジすか。斎さん、ホストとか行くんすか」
「行ったことないんだけど、ダメかな」
「いやいや大歓迎っすよ。うわー楽しみだな。なに入れてもらおっかな」
そういうと、斎さんの眉毛はまた真っ直ぐになった。
その日の夜はとても忙しかった。常連が示し合わせたかのように一斉に来るうえに、新規もひっきりなしに入ってきて、てんやわんやだった。夜10時ごろ、送りで外に出るとサイレンの音が聞こえた。
「なに、火事ー?」
女の子がそういう間にも目の前を消防車が大きな音を鳴らしながら何台も通り過ぎていった。
「やば、めっちゃ燃えてんじゃね?」
消防車は、歌舞伎町の奥へ向かって消えていく。斎さんのマンションと、美保さんのいるビルの方だった。
「902だったら、優羽泣くよね」
酔っ払った女の子がヘラヘラと笑いながらいった。僕は小さく笑って女の子の頭に手を乗せた。
戻っても火事のことが気になって接客に集中できなかった。ぼんやりしてる僕に女の子がキレて、あけたばかりのシャンパンを頭からぶっかけられた。
「このクソ忙しいときにお前なにやってんだよ。だから枕で機嫌とっとけ、っていつもいってんだろ」
裏でタオルを渡しながら先輩がいう。もう我慢できなかった。
「すいません、ちょっとだけ抜けさせてくだい」
後ろから先輩の呼ぶ声や女の子の罵声が聞こえたけど、どうでもよかった。店を出て消防車の向かっていった方へ走る。通りは人であふれていて、まるでお祭りの夜みたいだった。人にぶつかって舌打ちされて、でもそんなの全然気にならなかった。斎さんの、美保さんの、無事を確認できればそれ以外はどうでもよかった。
煙の匂いが強くなり、消防車の明かりが見えてくる。902のホテルの角に2台。よかった、と思ったら、曲がったところにさらにたくさん消防車がいて、ハシゴが高く上方へ伸びていた。斎さんのマンションだった。高いところであることはわかるが、どの部屋が燃えているのか分からない。斎さんに電話してみるが繋がらない。ホテルのすぐ脇に通行止めの黄色いテープが張られ、たもとでは住人らしき人たちが心配そうに様子を見守り、野次馬たちが大量の煙を吐き出すマンションにスマホのカメラを向けていた。
ここにいてもこれ以上わかることはなさそうなので、方向転換してまた走る。美保さんのいるビルに行けば燃えている部屋がわかるはずだ。
道すがら、いつもは目につかない神社がなぜか気になった。
石の鳥居の奥、暗闇の中に橙色の大きな提灯が二つ浮かんでにぎやかな街の中でそこだけとても静かだった。あんなに急いでいたのに、吸い寄せられるように神社の中に入っていく。初めて入ったけれど、よく知ってる場所のような気がした。本殿の中には提灯と同じ色の明かりが灯っていて、奥に丸い鏡が見えた。財布を持っていなかったので、鈴だけ鳴らして手を合わせる。
斎さんと美保さんがどうか無事でありますように。
「よお、お参りくださいました」
振り向くとおじいさんが立っていた。こたつ布団みたいなハンテンを着ている。
「神様も喜んでくださってます。ありがとうございました」
おじいさんがそういったとき、社務所から男の人が出てきた。多分30代か40くらい。斎さんと同じ歳くらいかもしれない。なにかよくわからないけれど難しい顔をしていた。
美保さんのいるビルに、夜に来たのは初めてだった。テナントの看板の明かりはついていたのに中は不思議なくらい静かだった。上り慣れた最上階から屋上への階段がとても長く感じられる。扉を開けると、強い煙の匂いがなだれ込んでくる。手で鼻を抑えてビニールプールへ歩いていった。
プールの中は空っぽだった。
まるで最初からなにもいなかったかのように、そこにはなにもなかった。
見上げると、つい数時間前に斎さんが手をあげていたベランダに赤い炎が見えた。炎は開いた窓からまるで生きているかのように燃え上がっている。
神様みたいだな、と思った。理由とか気持ちとかそういうの全部飲み込んで、ただ燃えるという理屈だけで、そこにあるものを焼き尽くしてしまう。
スマホを出して斎さんにメッセージを送る。
[斎さんの部屋が燃えてます。気づいたら連絡ください]
週末なんだから、きっと恋人の部屋で映画とか見てるに違いない。
大丈夫、さっき神様にお願いしたんだから。
空に広がっていく薄灰色の煙は、街のネオンに照らされて淡く発光しながらどこまでも風に流されていた。
文字数:37825
内容に関するアピール
昨年12月、最終実作を前に
「私にはやっぱりSFは書けない」
と途方に暮れていました。
4月、自己紹介に「自分なりのSFをつかみたい」と意気揚々書いていたのに、書けば書くほど「無理・・・SFってなに・・・」となり、その極限状態で1番大事な時期を迎えてしまいました。
困ったときは基本に戻るのが大切。
高校の国語の先生が
「その言葉の意味がわからなくなった時は、その対義語を考えてみなさい」
といっていたのを思い出し、科学(Science)の対義語を調べてみました。
魔法
哲学
スピリチュアル
摂理
迷信
美術
文学 etc…
Strangeな世界。
左もいきすぎれば右になるはず。それを信じて、Strange Fictionに徹しました。
今作で選んだstrangeは『不在の神様』です。
作中に出てくる神様は、基本的に古事記の記載をベースにしています。
どうぞよろしくお願いします。
文字数:373