梗 概
家獣と生きるヒトビト
毛畑農業を営むタギヒコの村では今年も種まきの最盛期を迎えていた。健康な毛の生えた毛穴には主に五本の苗を植えこむことによって増毛を行い、すでに抜け毛を迎えるばかりの毛穴には豆をまいて蔓を絡ませることによって脱毛をギリギリまで抑制する。力を失って細い産毛しか生えてこなくなった毛穴には肥料を施し発毛を促し、こうしてタギヒコの村ではずっと農村生活を営んでいた。村には増毛のためのノウハウが長きにわたって蓄積されており、おかげで今年もタギヒコの村はフサフサの豊作を迎えることができそうだった。
作付け作業が一段落したころ、村を訪れたのは牧畜民族であるタゲリたちシラミ一族であった。牧畜シラミは毛にたいして産卵を行うため、産卵場所として健康な毛を必要とする。村長は快くシラミ一族を受け入れ、シラミ一族は産卵された卵の中から次代の家畜として残す分以外を食用として村に提供する。成長したシラミのうち種メス以外はすべてその場で食料にする。
卵や虫肉、豊富な作物で催される宴に加え、遠く顔面地方、爪地方などからもたらされた交易品。村長たちが喜ぶ中で、タゲリはタギヒコにひとつの噂を伝える。近々、角に住む王様の代替わりのため、大規模な寄生虫狩りを行うことが決まったのだという。
家獣の口腔内に住む種族は主に家獣の歯の間にあるものを採取して暮らしているが、ときどき、家獣の口の中の餌をついばみにくるモンモン鳥に食べられることがある。口の中に大量の生贄を集めモンモン鳥を呼び寄せると、そのフンを食った家獣が寄生虫に感染する。寄生虫は数日の後に排泄され、新しい王様はその中にふくまれた寄生虫を狩ることを楽しむが、その間、家獣は苦しみもがいて大暴れをする。地面にすりつけられた毛畑はすりきれ、シラミは逃げ出し、鼻や目からあふれる大洪水で大量の家と人命が失われるが、そんなことは王様の知ったことではないのだった。
前回の寄生虫狩りについて長老から聞いたことを思い出し、震えあがるタギヒコ。タゲリは寄生虫狩りを中止させるための襲撃を行う計画を明かす。
寄生虫の種付け儀式の日、シラミ族のものたち、タギヒコのような農民、爪やしっぽや肛門に住むものなど、多くの人々が集まって襲撃を行った。しかし彼らを待っていたのは、角に住む王族が組織した蚤騎兵の迎撃であった。上空からの攻撃、大シラミの針矢の攻撃にばたばたと倒れるヒトビト。だがタギヒコたちは家獣の鼻の孔族と協力し、健康な毛に植え付けたシラミの卵を持ち込み繁殖させることで戦力の補充を行おうとしていた。
その時、鼻穴と歯の間に大量のシラミが発生、血を吸われた家獣が、くしゃみをし、げろをはいた。
ヒトビトは連続くしゃみと共に散り散りばらばらに飛び散った。そのときタギヒコが見たのは、はるか山脈のようにそびえたつ家獣の全貌であった。家獣はくしゃみと共にげろも吐き、ヒトビトはげろと共に家獣に置き去りにされた。だがまもなく家獣のげろのところに小さな家獣がやってきて、半消化された胃の内容物を食べ始めた。タギヒコは生き残っていたタゲリに促され、家獣に乗り移った。小さな家獣の上に乗り移れたヒトビトが見たのは、無数の野生シラミやノミが跋扈し、毛もまばらな未開の背中だった。
タギヒコは村を出るときお守りとして持ってきた種もみを手に、あたらしい家獣の背を一面の毛畑にすることを誓うのだった。
文字数:1389
内容に関するアピール
ある種の遊牧民族は、乳・肉・皮・骨などすべてを利用し、羊からほぼあらゆる生活資源を得ています。ならば逆に、いっそ超巨大な羊の上で暮らすことも楽しそうだなあと思って書きました。
他にもヤシの森に住み、ヤシの実を食い皮から繊維を取り男も女もヤシの樹液からつくるヤシ酒を一日中飲んで暮らすという生活サイクルなど、人間がひとつの完結した生態系の一部として生きているかのような生活のスタイルも存在しています。そこにはある種の浪漫が存在しています。
けれども、そういった『自然と調和するナチュラルな生き方』を完全に理想化し信仰することは、現実に存在する自然と人間の関係の在り方を模索するにはかえって邪魔になるようにも思えます。かといってナチュラルな生き方へのロマンを完全に否定するニヒリスティックな見方もまた、ひとつのニーズを見失っているとも言えるのではないでしょうか。
ですので、適度に理想化されず適度に楽しそうな中間あたりを提供するためも、巨大獣の体の上で完結したばっちい生活を送る『ヒトビト』の楽しそうな姿を書いてゆきたいと思っています。
また、この作品には育毛剤やアデランスのCMにあふれる毛への情熱、および、谷山浩子さん『かおのえき』に感じた毛というものへの驚きが含まれていることを明言したいと思います。
文字数:547