チキン・ゲーム

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梗 概

チキン・ゲーム

1

私は数日前、ある建物の一室で目が覚めた。建物は円柱状で、中柱を囲むように扉に1から数字の書かれた部屋が12部屋並んでおり、各部屋には私と同様、状況に困惑している仲間がいた。部屋の中には食料と思われる大量の屑米の詰まった箱が置かれていた。

 

私達の首元には扉のキーがつけられており、私達がそのキーを部屋の扉にあてると扉が自動開閉し、私達は部屋を出入りすることができた。中柱には私達の背丈の数倍も大きい大扉があり、その傍に私達の体程の時計が掛けられていた。大扉は施錠されており、大扉下には4桁の番号を入力するボードがついていた。

一先ず、私達は助けが来ることも考えて暫く待つことにした。

 

2

その夜、大扉から彼が現れた。

彼は私達と同様二足歩行の生物だが、私達より体格が数倍大きく長脚でその姿は異形だった。彼は私達の方へ途轍もない速さで向かってきたので、私達は身の危険を感じ各部屋へ逃げこんだ。

私達はその夜から数日間、彼から逃げ惑いながらも建物や彼の情報を集め、互いに脱出するための意見を出し合った。途中、仲間の多くは各部屋に食料もあるし無理に脱出しようとするのは危険だという理由で諦めてしまったが、私は残りの仲間の力を借りて何とか状況を整理した。

♦彼は大扉での入り出時、ボードに4桁の数字を入れ大扉を閉錠・開錠する。大扉は彼の入り出前は、自動開閉する。

♦4桁の番号は彼の入り出で異なり、彼の出現時間によっても異なる。

私は彼の入れる4桁の数字と時間の規則性から、暗証番号が彼の入り出の時刻であることに気がついた。

そこである時、彼が仲間を追ってる隙に、すぐにボードに駆け寄り、口先で素早く現在の時刻を四桁の番号で入力した。すると大扉は開き、私は遂に外に出ることができた。然し、すぐ後から彼が凄まじい速さで私を追いかけきて、私は難なく捕まってしまった。

彼は、「よし合格だ」と声をあげた。

彼と私は音声器官が異なり直接の対話ができないが、首元のキーから彼の話す言語が私の言語で翻訳した音声で流れ、聴き取れる仕組みになっていた。彼は続けてこのゲームについて私に話し始めた。

 

3

彼は分類学的に自らを人間、私達を鶏という異種の生物として定義していた。そして、自らを脳神経科学者と名乗り、パーキンソン病の治療研究のため、私達を実験台にしていたことを明らかにした。彼はドーパミン神経細胞を私達の黒質に大量移植し、大脳内の線条体に多量のドーパミンを出すことで、新たに蛋白質を合成させ脳を肥大化させていた。更に、ゲームに必要な時間、数等の知覚・言語情報を予め私達の言語特徴空間にとりこませていた。因みに、大扉の暗証番号は私達の判断能力を測ると共に実験の時間管理も兼ねていたそうだ。

4

私は今も彼の研究プログラムで知性の向上を日々感じている。

私は世界を知っていく自由を得ながら、自分は造られた得体の知れない者なのかという問いに拘束されている。

文字数:1214

内容に関するアピール

私は今回の梗概を書くにあたり、ミステリー要素を入れることで物語を構造的に面白く出来ればと思い、私と彼の正体を最後まで明らかにせず、謎解き感覚で物語が進むよう、助数詞や主語、状況設定に注意して書きました。また、最終的に読者から見たときに得体のしれない生き物は彼ではなく私という主人公の方だったという仕掛けも入れて工夫してみました。

鶏を題材にしたのは、ゲーム理論のチキン・ゲームから着想を得て書き始めたことと、鶏は世間が思っている以上に賢く、自らの社会的立場を自覚出来る動物なので、本稿の内容にも落とし込めるだろうと考えたからです。

主題としては、バイオ・テクノロジーの視点から、生物が自由への渇望の為に知性を獲得する尊さと、同時起こり得る苦悩のジレンマを自分なりに書いてみました。梗概では、構造的な側面にテキストを多く使ってしまったので、実作では、主題についてより深く書きたいと思います。

文字数:392

課題提出者一覧