竹馬チクマ

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梗 概

竹馬チクマ

 「川嶋さん、でしたっけ」伊達は私の話を一通り聞き終わると、ようやく私の顔を見てくれた。「体重、何キロですか?」最初の質問がこれである。任務遂行後のカネか待遇の話を真っ先に聞かれると思ったので、少し戸惑ってしましたが、会って早々相手のペースに乗せられるのはマズいと思い、なるべく冷静に、最近は体重計に乗っていないから正確な数字は分からないが、約55キロだと話した。
 伊達はようやくベッドから起きて私の正面に立つと、じっと私の両眼を見つめて「良かった良かった、コイツに乗るには体重が60キロを超えてるとダメなんですよ」と言い放った後、家の扉を開けて、家の外壁に立てかけてあった大人の身長よりやや低めの、二本の棒を家の中に持ち入れた。
 棒?いや、棒ではない。それは生き物だった。これが噂に聞く<竹馬チクマ>か。

 私は軍の命で晩秋租界の馬賊の頭領、伊達順之助のもとへ訪ねて行った。私が課せられた任務を遂行するためには、現地の馬賊の協力を得ることが不可欠であるためだ。それも単なる馬賊ではなく、密偵行為を専門に請け負う特殊な馬賊の協力が必要であるという。
 私の任務は概略以下の通り。我が国の傀儡政府を晩秋租界に設立するにあたり、晩秋租界の旧王族の末裔であるFを始皇帝とするところまでは話がまとまったのは良いものの、現在晩秋租界を牛耳っている「お菊」と呼ばれる女が率いる馬賊の監視下にFはある。そのためFをお菊の勢力圏から脱出させ、わが軍の庇護下に入るようにしなければならない。彼を連れて脱出するには徒歩ではなく当然馬で行動しなければならないのだが、戒厳令下にある街で普通の馬で行動するのは目立ちすぎる。
 そのため、竹馬を操ることのできる数少ない馬賊の頭領である伊達に協力を仰ぐことになった。

 私は伊達からたった一日だけ竹馬の操縦法を習ってすぐに、天津のFのもとに伊達とその部下三名を伴って出発した。同行する竹馬は六頭、もちろん行きは計五名だが、帰りはFも加えて六名になるから、行きは一頭余分に連れていくことになるのだ。

 伊達は出がけにこんなことを言った。途中に「オーロン宮」という酒場兼宿屋がある。Fの住居まで休息なしで行くわけにはいかない。途中でそのオーロン宮で休みをとろう。しかし、不穏な噂がある。「お春」と呼ばれるオーロン宮の経営者は、馬賊の女頭領でもあるのだが、お菊の義兄弟(この場合姉妹か)の盃を交わしたらしい。しかしおそらく大丈夫だろう、最新の情報では彼女たちは些細な事で喧嘩をし、既に縁を切ったとも言われているらしいから、と。出発直前にこんな私を動揺させるようなことを言うなんてなんて男だろう。

 伊達はわざと私が動揺するようなことを言って、悦に入っているだけだろう。おそらくお春は我々に何も仕掛けてこないだろう。そして私は無事にFを軍に届けることが出来るだろう。
 大丈夫、何の問題もない。

文字数:1199

内容に関するアピール

 竹馬の話です。
「数千年間いやおそらく数十万年のあいだ、人間と呼ばれる奇妙な存在が、地上を歩き出してからこのかた、大地の上を移動する速度の最高の標準は、走る馬」であった(シュテファン・ツヴァイク)のですが、残念ながらこの世界では車輪が発明されませんでした。そこで文明がある程度発達した段階でも、人間は移動の際は「速度の最高の標準」である馬に頼らざるを得なかったのですが、しかし如何せん、馬は体が大きすぎて密偵行為には向きません。
 そこで人間と呼ばれる奇妙な存在は、馬の品種改良を数千年間もしかしたら数十万年のあいだ続けることによって、軽量化された馬を生み出すことに成功しました。
 それが竹馬です。竹馬は体長一メートル半、幅は十センチほど。棒のような胴体の末端に短い脚が二本あり、その脚をちょこまかと動かすことで、二足歩行で動きます。竹馬は腰の部分が隆起するように改良されたため、人は竹馬の腰の出っ張りに片足ずつを乗せることにより、二頭の竹馬を駆って最高時速三十キロで移動することができます。
 なお留意点としては、あまり体重がある方が乗ると竹馬が疲弊してしまうため、レイバー乗りと同じくちっこい奴に限ります。

文字数:503

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