ぼくのコユビト

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梗 概

ぼくのコユビト

ピンポンパーン!
 2045年夏、生放送はエンディング間近。子どもの質問に、専門家が答える展開が続く。

「次が、土曜日ラストの質問ですぅ。電話の前のお友達、こんにちはぁ。お名前と住んでる場所を教えて下さい」

「サトシ、5つ!福岡!」

「ありがとう、きちんと答えられて偉いねぇ。では質問、教えてくれるかなぁ?」

「はい!人間の小指には、なんでオジサンがいるの?」

「…ん?サトシ君、なんだってぇ?」

「じぃじにウソつくとね、小指のオジサンが『フガガ』って鳴くの。なんでー?」

とんだ空想もあるものだと、大人の多くが、薄ら笑いを浮かべている。
 ただ一人、人体研究の第一人者ナカモト先生だけが、笑いではなく冷汗を浮かべている。

「ウソだろ…。あの子には、コユビトが居る。…だとしたら、あと何日残ってる?」

 

***

 

ナカモトは、エストニア発の健康サプリメント企業「ナチュララ」の研究員だった。
 2025年、US経済紙が選ぶ「世界を動かす10の会社」にも選ばれたナチュララ。2027年には、小指埋込み型の生体通信デバイス「iLITTLE」を発売し、世界的大ブームに。しかし2030年、ライフログの重大な漏洩が問題となり、各国で製品回収。ユーザー情報は凍結された。

しかしブーム後も、ある変化を、一部ユーザーの「身体」に残していた。
 身体を走る電気信号を拡張する特殊金属で動いたiLITTLEは、皮膚表面の肌フローラ(菌環境)を超活性させ、健康被害を生んだ。中でも2035年、世界で数十件、異常に高度化した分解力と知性を持った寄生菌による死亡事故が報告された。
 彼らの小指には、「コユビト」と名付けられた、酔ったオジサンのような真赤な顔面を持つ生物(菌)が寄生。ウソをつくなど、
感情と乖離した行動をとる度に、小指が悍ましい奇声をあげた。
 その上、寄生して1週間経つと、本人がコユビトに操られたように動き出し、奇声を上げ、自傷行為に至り、自ら命を絶った

これら事故とデバイスの関係は注目されず、隠蔽された。
 正義感が強い開発メンバーで、ナカモトの妻アズは告発を計画するが、何者かに押され落下事故を起こす。お腹の中の赤ちゃんは無事だったが、アズ自身は植物状態に陥った。
 告発を支援できず、また彼女を止めも出来なかったナカモトは、事故を機に心神喪失に陥る。

見かねたアズの父ゲンゾウは、アズと息子を実家の福岡に連れ帰った。

その後、ナカモトは、学生時代の恩師イトウの誘いで、私立大学へと転職した。
 今回のラジオ番組出演も、子どもを通じて心がほぐれるのではという、イトウの計らいだった。

 

***

 

ナカモトが醸し出す緊張感で、スタジオから薄ら笑いは消えていた。

「小指にオジサンが出てきたのって、何日前かな?」

「じぃじと、ママのお誕生日会を開いた日だから…」

「(福岡、祖父っ子、ママ誕生日。もしや…)この前の日曜かな?」

「あ、そう!にちよーび」

サトシの声にアズを感じたナカモトだったが、そんな感傷に浸る間はない。
 彼のコユビトが暴走するまで、あと1日しかない。

アズは正しかった。今になってこんな事が起こるとは…。
 そうか、超活性した菌は、過剰な分解者として、もっと自然に生きろと強要する。だから、人が他人や社会に合せて、意思と反した行動を、不自然な「エラー」と扱って、発話した人間自体を自然に還そうと分解する(つまり死に追いやる)。
 まるで子どもに『オトナになるな』と言わんばかりに、『本音を隠す』行動をとった者たちの命を奪い取るように出来ている。
 ここですべてを告白すれば、これからの命を救うことができるかもしれない。
 もう一刻の猶予もない。

ナカモトは、番組ディレクターが遮るマイクを奪い返し、訴えた。
「小指にいるのは、ウソつきが大嫌いな、危ないオジサンだ!君がウソをつく度に、君の心を食べてしまうんだ」
続けて、易しい説明で、隠し続けた事件の全貌を告白。アズが開発したワクチンの存在も明らかにした。

勿論この行為は、5年前のナカモトが恐れたように、自分の安全を保障する選択肢ではなかった。

 

収録後、ナチュララやメディア等に追われる身となったナカモトだが、ゲンゾウの助けもあって、無事福岡まで辿り着き、サトシは一命をとりとめた。
 ナカモトのもとには、次々にコユビト目撃報告が届く。今回の事件は、ナカモトの長い反省の旅の始まりに過ぎなかった。

*最終行で、ナカモトは今まで見落としていた重大な事実に気付く。サトシは直接iLITTLEを着用していないのだ。コユビト体質が遺伝し、今も世界中に生き続けている可能性を示唆していた

文字数:1881

内容に関するアピール

「NHK夏休み子ども科学相談相談」を聴き、どんな身近な生物も、不思議だらけの調査対象に変える子どもの観察眼に感心しました。
そこで、身体に何兆個も存在し、無意識に共同生活している、最も身近な生物「菌」を扱います。

食品の広告制作で、菌の図鑑を調べた際、世界を「動物界、植物界、菌界に3分類」する観方をしていました(学術的に少数派らしい)。
 自然界における菌の役割は「分解者」。恐竜が絶滅した時、菌が大量発生した痕跡もあるらしいです。一方で、いま世界は「菌ブーム」。「人間勝手に」腸内や肌の菌を活性化させる商品が続々発売しています。
 いつか菌界の逆襲が起こっても、おかしくないかも?と思いました。

実作では、揺れるナカモトの感情に寄り添いながら、現代に蔓延する「『本音で生きる』と『社会的に生きる』の間の軋轢」を、分解者であるコユビトの登場がかき乱す。そんなアイロニーたっぷりの展開を目指します。

文字数:394

課題提出者一覧