梗 概
恋獣
恋が暴れてあたりのものを全てぶち壊して進んでいく。
私の家は木っ端微塵に壊れた。
母は死んだかもしれない。
建物を破壊し、人を踏みつぶし、怒り狂って進む。
地震や津波で亡くなる人がいるとき、私は悲しくなる。
でも、今、私自身が地震や津波という存在と同義であるとき、そこに感情はなかった。
人はどこまでもやはり自分が大事なのかもしれない。
そんな残酷な真実を中学二年生で知るつもりはなかったのだけれど。
「最近、この娘集中力がなくて困ってるの」
テストの結果が学年の半分より下回った時期、私は母に連れられて叔父さんのところに行った。
叔父さんは優秀な科学者で海外の有名な賞とかももらっている。
母は口を開けば叔父さんの自慢ばかりをしている。
叔父さんの自慢をしたいのか、叔父さんの姉であるのを自慢したいのかわからないほどに。
二人きりになると、叔父さんは「クラスの子?」と唐突に聞いてくる。
「何が?」
「好きな人のことだよ」
「……はぁ?」
精一杯、意味がわからないというふりをした。
この叔父さんはだから苦手だ。
何もかも見透かされているようで時々怖くなる。
「もう中学生だ。恥ずかしがることはないさ」
「……叔父さんには言わないよ」
「そうだな。でも、奏もこのままお母さんに毎日小言言われるのも嫌だろ」
「……うん」
「じゃあ、こいつをあげよう」
叔父さんは私に卵を手渡す。
「卵……?」
「卵だ」
バカにしてんのか。
「いらない」
「まぁ、落ち着きなって。こいつは恋獣の卵だ」
「こいじゅう?」
「恋の獣と書いて恋獣。この卵は人間の恋を感知して大きくなるんだ。それを肌身離さずに持っていれば、やがて、卵から恋獣が生まれる」
なにそれ、怖い。
「なんで、そんなものを?」
「僕の研究のために決まっているじゃないか」
「はぁ?」
「まぁまぁすぐ怖い顔するなって。これに付き合ってくれれば、成績のことはうまくいってあげるよ。君がその気なら勉強を教えてやってもいい。ウィンウィンだろ」
「…なんか、だまされている気がする」
「うんうん。大人を疑うのはいいことだ。しかし、一方で信じるものは救われるという言葉もあるのだよ。さぁどうする?」
「うーん……」
「言い忘れたけど、日給5000円出すよ。研究の手伝いだから」
「やる!」
しかし、私はやはり騙されたのだ。
数日たって、孵化したそいつは、私のことなんかほっといて自由きままに動き出し、驚くほどの速さで進化していった。
最初はなんだか可愛いなんて思っていたけれど、どんどん大きくなっていって、だんだん私は怖くなる。
卵から孵って数時間後、そいつは昔、図鑑で見たティラノサウルスってやつとそっくりになっていた。
そいつは私を手で捕まえる。食べる気なのかと思ったが、そのまま動きだす。
街を破壊しながら、そいつが行く方向は、私が想像していた場所だった。
授業は始まっている。
今の時間は、ちょうど「体育」だ。
男女合同でやることになっていたバレーに私は少し期待していた。
あいつと同じチームになれるかもしれないって。
この気持ちがこいつをこんな大きさに、こんなに狂暴にしてしまっているのなら、私は恋なんてしなければよかったのだろうか。
こいつが、どうすれば、この狂暴さを失い、死ぬのか、私は答えを知っていて、けれど、それが怖くて怖くて仕方なかった。
あいつには好きな人がいて、それは私ではない。
その事実と向き合えずにいたことが、この「恋」をこんなに狂暴に自分勝手にすべてのものを破壊しても構わないと思えるほどに大きくしてしまったのだ。
だから、こいつが学校についたら、私は迷わず言うのだ。
そして、あいつの戸惑った顔を見て、大泣きしてやるのだ。
文字数:1549
内容に関するアピール
今、友人にとてつもない片思いをしている人がいて、その人のことをイメージしながら書いてみました。
好きな人に好きな人がいるという悲しい現実。
ウェルテルは自殺してしまったほどの悲しい現象。
スマホでなんでもできる時代でもこれだけは何一つ変わらない切実さがあります。
しかし、悲しんでばかりもいられないし、いっそのこと大暴れしてみたいというのも恋の傲慢さ。
そんな恋を恐竜にして暴れさせてみようというのが本作です。
書いていて、これは細田守監督のデジモンアドベンチャーの最初の劇場版みたいだなと思いました。
文字数:253